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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百九話

 



 爆睡しちゃった。

 ふご、という自分の豚っ鼻いびきで目が覚める。

 まぶた越しに目元を撫でた。そこで「あれ」と気づく。

 ユメがいない。それどこから、他にぷちたちもいない。

 階下からぷちたちの元気な声が聞こえる。身体を起こして、思いきり伸びをした。

 目元に浮かぶ涙をこする。目やにもついてた。おう……。

 思ったよりもけだるい。ただ、よく寝たという実感は確かにあった。

 スマホを見ると、昼を僅かに過ぎる頃。間違いなく、よく寝た。

 部屋着に着替えて、くしゃくしゃの髪の毛を手櫛で直しながら一階へ。脱衣所で顔を洗って、髪に櫛を通してからリビングに。和室は昨日と同じくカナタがぷちたちと遊んでいるものかと思っていたから、メイド服のミユさんがぷちたちを相手にあやとりを教えている現場を目撃して固まる。


「え。メイドミユさん、なんで?」

「おはようございます。お姉さまがリビングでお待ちですよ」

「……はあ」


 え。ミコさん来てるの?

 なんでだれも起こしてくれないの? 言ってよぉ!


「はい、スカイツリーでございます」

「「「 おー 」」」

「これを、このようにすると――……配管工のひげおじさんでございます」

「「「 おおおおおおお! 」」」


 メイドがあやとりで妙なことしてる。

 だめだ。頭に入ってこない。そそくさと和室から離れてリビングへ。

 そこでは、たしかにミコさんがいた。カナタを相手に、人差し指を立てている。


「いい? 人月という考えがある。実行可能なタスクとしても、ひとりが一ヵ月に必要な収入としても考えられる。収入にはあらゆる保険制度や年金などの支払いも含まれる。生活費のみならず、余剰分もなきゃね。経済はみんながお金を使わなきゃ回らないもの」

「は、はあ」

「人月として技術費も加味される。コンビニでのアルバイトと、漫画のアシスタントやプログラムの派遣社員の賃金が同じか。ケアや介護の現場で働く人や、医療で働く人の賃金が同じか。どう?」

「そ、そりゃあ、高く、なりそうな。場合によっては技術の習得とか、個人の能力に加味されたお金がありそうな?」

「そ。でもね? 派遣だと、たとえば雑な例だけど現場から五十万で発注されて働く社員が、派遣会社から二十万だけ支払われているというケースもある」

「そんな無茶な」

「漫画はまだお金が払われているほうだけど、小説などの原稿はもっと悲惨。役者も売れない時期は同じね。日雇いで働く労働者たちもそう。紹介が間に入ったり、支払いの関係で納品から賃金が支払われるまでタイムラグがあるケースも悲惨。舞台なら、チケット購入が収入源。それまでの収入となるお金はどこから出てくるの?」

「……あの。役者はやめろって話です?」

「いいえ? ピンキリがある構造には基本的に格差を是正する、ないし放置する、それか放置せざるを得ないなにかしらの要素がある。それは個人ではなく集団によって形成されているものだし、簡単には対応できないもの。あなたの考える、これまでいた人々が手出ししがたい領域。だから、それを理解したうえで、やりたいというのなら好きにやっていいんじゃない?」

「え、えええ。お金回り、どうにかしてくれたりは?」

「雇用関係にあるとき、やりすぎるとトラブルになるけれど。元請けが強く、契約が強いのは事実。労働者に渡す金を減らせば儲けになり、人件費の買いたたきが続く悪習はどの業界にも相応に存在するの。派遣が蔓延する昨今においては顕著なくらいよ。それに」

「まだなにかあるんですか?」

「みんなが貧するほど、芝居だ娯楽だなんだっていうのはどうしたって影響を受ける。お財布が潤っているほど金が落ちる業界は、逆にいえばお財布が貧しくなっていくほど金が減る。それで腐して芸を磨かなきゃあ、ますます苦しくなっていく」

「――……儲かるかわからないのに、情熱を持てってことですか?」

「そんなに稼ぐことを神格化しなくてもいいんじゃない? 稼ぎたいならノウハウと人脈のある営業を捕まえてやっすい資本金で派遣会社やって、技術者あつめてなるべく安い給料で済ませるか。法律なんて知ったこっちゃないぜと金属類を収集して売りさばくなり、流行品を買いあさって転売するなりすればいいじゃない」

「ひ、ひどい」

「もちろんいけない。勧めないし、そんなことしたら通報する。けど、すべての人を留めるには脆い防波堤であることも確か。あるいはこうも言える。稼げる、というだけで一線を越える人がいる」


 昼過ぎなんだ。

 だけど話題が重いんだ。真夜中レベルなんだ。


「好きなことで稼ぐとき、その業界に存在する構造上の負荷への対応や、改善まで視野に含まれるケースがある。そのとき既得権益はブレーキとなり得る。別にこのままでいい人たちがリスクを取る理由がまず存在しない。この点でピンになった人たちがキリになった人たちを擁護しにくい構図になりやすい。自分が、そして自分が守りたいものが大事。それは後輩や後進よりも優先されるもの」

「う、ううん」


 めっちゃしっぶい現実的な話してるやん……。

 遠巻きに足音を立てずにソファに移動する。ミコさんは目配せをしてきたし、お母さんが静かにトーストや目玉焼き、レタスとトマトのサラダと焼いたソーセージの乗ったプレートを持ってきてくれた。オレンジジュースもセットだ。

 もしゃもしゃ食べながら耳を傾ける。


「はっ、春灯と見ましたけど。半沢直樹みたいな人がいたら、なんとかなったり?」

「しません。彼は実家での知識と経験を踏まえて、銀行マンとして投資先の工場に利益を生み出す提案をしていた。けれど、多くの銀行員ないし、賃金や待遇回りの弁護士にそこまで専門的な知識があるかといったら、まずないし、提案を受けた側として保証されるか担保が取りにくい。契約が強く元請けが強いのも事実。証拠だなんだは弁護士ではなく相談者が用意するもので、負担が大きすぎるのが現状」

「ええええ……」

「法的に疑問があるのならアクションを取る前に、それこそ公的な窓口に相談するし、解決が見込めないときには担当する省庁にさえ相談したほうがいい。けれど、常態化している業界の構造そのものに対して働きかけてと言うのなら、それには途方もない時間と、それを短縮するにあたる権限を持つ人と、対応する大勢の力がいるんじゃない?」

「おおお……」

「理想郷はないの。悲しいかな、西暦二千年を過ぎても尚ね。それを諦める理由にするか、それでもやらずにいられないかが分水嶺。やめても続けても、それはあなたのせいじゃない」

「あ、あまり救いになりませんけど」

「そうね。だから自分たちの仲間で集まって劇団を立ち上げたり、看板を立てて集客したり、いろいろな手を模索しながら活動しているんじゃない? あなたに目を掛けてくれている先輩は」

「――……」

「好きで、やるなら、持続可能な共同体としてのあり方を模索する。大勢のこれでいいやという人たちの無意識の暴力を変えようと抗うよりも、たぶん夢中になれる」


 さすがにトーストは冷えちゃってる。ドレッシングは手作り。サラダはおいしい。

 ならばとトーストにサラダとソーセージ、目玉焼きを挟んでサンドイッチにして食べちゃえ。

 ばりばり食べてようやくカナタが私に気づいたけれど、でも、ミコさんの話がパンチが効きすぎていて気持ちが追いついていないみたいだ。

 わからないでもない。

 ミコさんの話もそう。みんなで夢中になれて、そこそこ食えるようになっていく居場所を作って活気づけていくとしても、それがお金の回る既存の環境への働きかけになるかといったら話は別だ。変えよう変えようという圧は、変わりたくないという抵抗をより強くする。

 半沢直樹だと、町工場。銀行の貸し渋りや撤退だけじゃない。元請けの容赦ない値下げ断行にどんどん追いつめられていく。法外な利子を取る借金取りのヤクザな手口とさほど変わらない。だから下請け法なんて呼ばれる法律まであるんじゃなかったっけ。漫画家さんも小説家さんもライターさんも、文字や記号を取り扱う点で対象内だという。じゃあ、カナタが将来の視野に入れている役者は? 私みたいな歌手は? どうなるの?

 仮に「法律がこうなってるんですよお!」って訴えて、それで仕事がなくなりそうな立場におかれたら? どうしたらいいの? 契約が済んじゃっていたら、どうすれば?

 この問題はかなり根深い。

 タレントママがこどものタレント業のお金をがっつり持っていっていたら? っていう例えだけじゃない。町工場が元請けにどんどん追いつめられていく状況も似てる。

 優越的立場の濫用。

 法では禁じられているけれど、窓口に頼るどころじゃないときに追いつめられていたら? 頭が回らない。首も回らない。工場で何人もの社員を養っていたら、彼らの生活は? 給料はどうすればいいの? 無い袖は振れない。

 結果、半沢直樹のお父さんは首を吊って自殺した。


「あなたのいう貴族社会という捉え方は、けっこういい線ついてる。人脈は結局、かつて有力者だった親から子へと受け継がれる点で、能力主義以前の貴族社会と安易に切り離せるものじゃない。むしろ貴族と、そうでない者との間に生じる溝は身近になって、ますます増えたとまで言える。職業選択がままならない地域、あるいは宗教観の国での能力主義はより貴族社会化を残酷に推し進める可能性さえある」


 でも。


「迫害を好む社会で成り上がろうと固執さえしなければ、好きなことをして、生活することはできる」


 その結論は、とても、怖い。


「当然、やむなく行なう迫害を選ぶ人々は変わらない。その連鎖は続く。変えようとしない人々がいる限り、これまで起きている悲劇の数もまた増えていく。けど、いきなり多くを変えられないのも事実」


 現状維持はDVを放っておくような状態。

 さりとて雑な刺激はますます悪化させてしまいかねない。

 個人ではなく集団が、環境を是とするのなら?

 根深い問題は大勢を苛み続ける。

 じゃあ、それは悪いことね、変えていこうという潮流が生まれたら、どうなる?

 みんながそれ一色になるのかって? まさか。ないない。

 グラデーションに分かれていく。反発も生じる。同意してる振りしてマウント合戦する人も出てくる。一枚岩になれるなんて幻想だ。

 自分の色に統一しようとすると? そりゃあ、無理だ。


「いくつになっても、技術と知識と経験を増やすこどもでしかないのよ。人も、人が作り出す環境もね。私でさえ例外ではない」

「……不公平じゃないですか?」

「公平さはみんなで築き、守らなきゃ作れないし、崩れてしまうの。トゲトゲしく、お前たちは間違っているって言ってくる新米よりも、気さくに付き合える新米のほうがモテるでしょうし? 既存のあらゆる環境は、その内部で一定の秩序を保つ」

「じゃあ、好きなことして稼ぐのって、そんなに、だめなんですか」

「いいえ? それができたら結構ね。ただ、あなたが考えるとおり、そうなるように整備されている場所って、本当に宝物なの。巡り会えるかどうか、作りあげていけるかどうか、仲間と出会えるかどうかなの。すごく素敵なことなのよ」

「それが、なかったら?」

「サクラと語りあったのでしょ? 守り育てる。自分を対象にね。そうして、好きな思い出を増やしていくの。好きな業界で出会った人々の、同じものを好きな別の人の思いを聞くの」

「――……それだけ、ですか?」

「家族になるのと一緒、というと言い過ぎかな? でも、ありだと思う。共同体になっていくという繋がり方は」

「ううん」


 カナタが相談したとして、内容がどんなものかは大体想像がついた。

 将来設計かな。役者の仕事の不安定さとか、収入面の悩みとかもあるかも。

 定期公演だと、埋まった座席分のチケット代が収入源。このとき、総額から劇場の取り分が抜かれる。そこには劇場で働く人たちの収入も含まれるだろうし、劇場の維持費だなんだも一年の中の一日分くらい引かれるのかも? で、残った代金を役者さんで回すとして。主役と端役で同じお金になるかといったら、そりゃあ、さすがにちがいそう。

 声優さんの話はなにかで聞いたことがあるけど。台詞ごと、あるいは一日まるっと拘束されるときの時間単位とで分かれることがあるそうだ。他にもあったかなー。

 ただ、お金回りが「なあなあ」で済まされてしまうことってあるそうだ。

 成果物の納品代だけしか出ないときは、一人月かける実際にかかった月日よりも非常に安価に設定されてしまいがち。そんなトラブル話も方々で噂になりやすい。

 トシさんのインディーズ時代の苦労話とか。トシさんのお友だちから聞く世知辛いお金の話とか。いろいろ浮かんでくる。

 カナタの言うような整備された業界ばかりなら、そんな不安はいらない。

 けど、そういうわけじゃない。

 養育環境での過ごし方さえ多種多様な人たちが、みんなして「理想的な環境にすべし!」と肩を怒らせたら? そりゃあ、ケンカになるんじゃない? あれがいい、いやこれがいい、それはだめだ、どうかしてる! みたいになりそう。揉めごとに巻き込まれるのも参加するのもいやで、便利になったり楽になったらいいけど、話し合いはNO! っていう人もいそうだ。

 いろいろあるよね。いま、ふわっとくるんでふたをしたけども。いろいろあるよ。

 トゲトゲしく刺激して回るのは、ちょいと無策。

 それこそご家庭でひとり奮起するくらい、つらい。たいへん。

 依存労働に似てるかもしれない。

 共同体になっていく。未来語りダイアローグやオープンダイアローグのような手段までいかない、ふわっとした対話を行なう環境なら、人によってそれぞれに体験してそう。そういう居場所の心地よさを守り、育むっていうのも手。

 最初は小さく仲間を集めて、こつこつ育っていく。いろんな波に揉まれながら。そうして繋がりを築いていくと? 仲間が増えて、結果的にいいことがついてくるかも。いいことが先じゃなくて、一緒にやれる仲間っていうのが先ね?

 世界の街中にある、個人料理店のシェフを尋ね歩く動画が世界の配信サービスにあってさ。一軒の出店からこつこつ稼いでこどもを育て上げたおばさまとか出てくる。それはそれで、いろんなことがあったのだろうと感じとるなにかがあるんだ。比較してどうこうっていう話じゃない。だけど、そういう育み方もある。

 めっっっっちゃ! 推しの存在を愛でるようにね?

 自分の好きを育てて、好きを維持するために必要な依存先を確保していくっていうのも手。

 カナタとミコさんの話を聞きながら、あれこれ考える。

 傍目八目。

 こういう考えの整理の仕方もありだよなー。

 ぷちたちとの時間に当てはめることもできるんだ。

 環境と、そこに関わる人たちに一定の振る舞いを期待する。そういう風には、なかなかいかない。お父さんとお母さんに対する私やトウヤのように。地獄のご両親に対するお姉ちゃんのように。そして、ぷちたちと私のように。なかなか、そんな風にはいかない。

 むしろ、ぷりぷりしちゃう。

 そりゃあもう!

 呟きアプリでやまほど愚痴っちゃうぞ?

 くらえ! 私のおならぷうツイート! ぷぷぷぷぷ! ってなもんですよ! そんなに連発したら、出ちゃいけないものまで!

 ――……なんの話だっけ。

 ふたりはまだお話中。お下品なこと考えてる場合じゃないんだぞ?

 なるべく音を立てないように歩いてキッチンへ。夏はお水で洗うのが気持ちいい。冬は断然お湯。おばあちゃんちの水道、冬はなんで凍らないの? って不思議になるくらい冷たい。あれで冷やした果物を食べるの、わりとご馳走だ。

 ぷちたちに見せたら、どう反応するのかなー。

 どうも頭がぽーっとする。熱があるわけでもないのに。寝過ぎたせいかな。

 寝起きに激渋トークを聞いて、いろいろ考えたから? んー、どうだろ。

 ミコさんに聞いて、カナタが食い下がる。具体性のあるなにかを引き出そうとしている。けどミコさんが答えをぽんとくれるようなタイプじゃないことくらい、カナタだって知っているはずだ。ステージ中央で余裕の闘牛士を相手に、空振りし続けて疲れる牛みたいだった。

 石の上にも三年というけれど、そういうことかと尋ねたら? 三年も我慢せずに自分が居たい場所を探し歩いたほうがいいんじゃないかなと返されて。買いたたかれていると思ってもやりたいことができているならそれでいいのかと尋ねたら? ひとりが買いたたかれたままだと同じことをする大勢もまた買いたたかれることになるけど、それでいいの? と問われてしまう。

 ミユさんとぷちたちのところに顔を出すほどの元気はまだない。だからソファに寝そべって、ふたりの話をぽけーっと聞く。

 カナタの問いに、カナタの身の回りの環境も、そこに居る人たちも、含まれない。

 かくあるべきだとする理想は叶えば素敵だし、それを模索したほうがいいとミコさんは言うけれど、でも、それだけ。先はない。後もない。ただ、同意だけ。

 それが圧になったり、押しつけがましいほど、グラデーションの中でうっとうしさを感じる人の比率が増すかも。

 ままならなさのただ中にいる。これまでも。きっと、これから先もずっと。

 こつこつやってくっきゃないなー。

 楽しむことを楽しみながらさ。なんだかゲシュタルト崩壊しそうだけど。それくらい単純なことをするので、意外と人生、精いっぱいだ。

 学校で勉強していても。お仕事移動中も、お仕事中も、ライブ中さえそう。だいたい頭がわーっとなってる。楽しむ瞬間を、ただただ、そのまま、そのとおり、楽しむ。それ以外にできることって、そんなにない。ほとんどない。

 なので厄介なだれかに煩わされていると感じたら、構うな、ほっといてってイライラする。お金回りや手続き回りが、休みの最後まで手をつけずに忘れてしまいたい夏休みの宿題くらいストレスフル。できる人にお任せできるんなら、そのほうがずっといい。お金払って済むのなら、それでいいまである。

 昨夜は天国でボヘミアンラプソディを見た。フレディ・マーキュリーの半生。彼のパーティー好き、というよりパーティーへの逃避は見ていて痛々しいものだった。私にとってはね。それで済むのなら、それでいいまである状況にだらーっとしてると? 楽しむ瞬間を、ただただ、そのまま、そのとおり、楽しむということからずれてしまう。

 原点に立ち返るっていうのはさ。大事なんだろうけど。愛するなにかを愛でることに集中するには、人生ってけっこう複雑なのか。それとも、自分で複雑にしすぎちゃっているだけなのか。

 わかんないなー。

 マダム・ジーナの待つ庭に降りていけないポルコ・ロッソのように、飛び回る。厄介な連中に絡まれたり、おっかない人たちに狙われたりしながら。追い立てられながら。

 いまに押しつぶされないように。

 自分の理想に壊されてしまわないように。

 愛すべき人たちの居る環境で、思い出を作るだけで精いっぱいなのに。

 たまにそれを忘れてしまう。


「ママー!」

「みてみてー!」


 廊下からリビングにまっしぐら。ぷちたちが声をあげてやってきた。

 私の元に、赤い糸でやるあやとりで作ったなにかを見せびらかしに来たのだ。すぐにぴんときた。ふたりが話しているからとなだめるより、起き上がって「んー?」と顔を向ける。


「うんち!」

「しょうべんこぞー!」

「羽ばたく鶴さん!」


 噴き出したし、鼻水が出ちゃった。

 どう見てもあやとりで作れる形じゃない。立体的にとぐろを巻いたうんちと、二次元的に描いた小便小僧と、翼を広げてばたばたと羽ばたく見事な鶴! ぷちたちが掲げるものから、それぞれに金色がふわふわと漏れ出ている。鶴はいいんだ。鶴は。他のふたつはだめだよ! アウトだよ! モザイクかけなきゃいけないレベルだよ!? 具体的な言及は避けるけどもぉ!


「「「 お姉ちゃんに教えてもらったの! 」」」

「すごいー?」

「やばいー?」

「きょういてきないんぱくとー?」


 そ、そうだねって引きつりながら答える。


「スマホで撮ってもいいのよ?」

「綺麗に撮ってね!」

「加工してね?」


 ううん……っ!

 こいつはとんだ難問だぜ!

 まあ、撮っておくか。画像を残しておいたら、この子たちがおっきくなったときのリアクションが楽しみまである。でもどうせなら動画でインタビューしておきたい。

 なぜ、三人はそれぞれにそのモチーフを選んだのか。

 そんなの始めたら、他のぷちたちが黙っているはずもなく。次々に集まってくるから、気づけばリビングがとても賑やかに。

 インタビュアーになって尋ねると、みんないろんな反応をするんだ。

 お母さんに前にこそっと教えてもらったっけ。「あんたがぷちたちのように、私に向かって、ままー、ままーって言ってたのがつい懐かしくなっちゃうな」って。言われてめっちゃ恥ずかしかったけど、でも、思い返すとたしかにね。そういう時期って、ずっとじゃない。

 こういう時期にいっぱい元気の源になる思い出を作っていけたらいいなあ。

 夜にはきっと、そんな思いどころじゃいられないくらい気持ちが疲れて参ってそうだけどさ。

 ならまずは、起きてから元気な間くらいはね。

 やがて、過ぎるもの。

 きっと、うまくいくよ。

 てれてれしたり、順番を待ちきれなくてぷりぷりしだすぷちたちにインタビューしながら、しみじみと思う。

 不安は尽きなくて、こうだったらいいのになって思うことも増えていくだろう。

 それでもどうか、落ちついて。

 まずは、こういうところから。ね?




 つづく!

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