第千八百八話
春灯が二階にあがっていく。
見送ってからは、山吹たちと情報共有を済ませて通話を切った。
すぐに小楠たちに通話を繋げた。こちらも用事は変わらず。
ひとしきり話し終えて雑談をひとしきりしていたら、シオリが尋ねてくる。
『ハルちゃんが心配なのは言うまでもないけど、カナタはだいじょうぶ?』
「俺? なんで」
『『『 なんでって 』』』
これには宝島の旅館の広間でのんびり過ごしていた三年の仲間たちが呆れた。シオリを筆頭に小楠やエマら女子の比率が多い。
『彼女の家に世話になっていて』
『彼女のこどもというべき子たちが大荒れで』
『彼女はショックを受けていて?』
『『『 特になにもしてないでしょ 』』』
待て待て待て! 最後! ハモってまで指摘することがそれ!?
いやいやいや。そんなことないって!
ない、はずだよな?
ぷちたちと過ごして、家事も率先してやり、ついでに至らなさを春灯のお母さんにしょっちゅう弄られている。あ、ちなみにお母さま、という呼び方はむず痒いからやめろと言われた。いつの時代だって早口で突っ込まれたとき「たしかに春灯のお母さんだなあ、この感じ」と思っちゃったのだけど、それはさておき。
わりと、がんばってるぞ。緋迎カナタ、なにかと挑戦中だぞ?
『あ。わかってない顔してる』
『どうせ身の回りのこととか、面倒みてるからいいでしょーみたいな腹づもりなんじゃないのぉ?』
『そういうとこあるよね。男って!』
一部の女子のトゲトゲしい言葉にざわつく通話先。
やめて? タブレットの通信越しにケンカしないで?
壁に立てかけたタブレットにシオリの顔がドアップで映る。どうやらシオリが持ちあげたみたいだ。足音を立てて、画面が揺れる。どうやら、その場を離れているみたいだ。
『ごめん。ちょっとこっちで小競り合いがあって。地雷になってる子がいたんだった』
お詫びを添えて説明をしながらも、シオリの口元を見ればわかる。してやったりって思ってるにちがいない。
「悪い顔になってるぞ?」
『腹の中に痛い気持ちを抱えるほど、人ってトゲトゲしくなるでしょ? ラビもこのところ抜けてるし。小楠は現状調整で頭がわーってなってる。ハルちゃんの言葉を借りるのなら』
「ううん」
『そのぶん、ユウリやカズマががんばって支えてくれてるんだけどさ。クリスやエマが放っておかれて拗ねてたり。ラビが遊びを催さないから、みんなフラストレーション溜まってるんだ』
それで、トゲトゲしくなっちゃっていると。
三年生になっちゃったしなあ。まあ、大体は大学部にそのまま進学するんだろうけどさ。
『ボクはね? カナタ。思うわけだよ。ガスがたまってるんなら、おならでいいから出せって』
「痛い気持ちは抱えず出すって言ってくれよ。おならって」
『音が出ないようにしなきゃと自分の恥を気にして無理して、実がぷりっと出ちゃうくらい我慢してるんだよ? みんながさ。らしくないだろ?』
「実って!」
例えがずっとシモなのなんで!?
すごくわかりやすいけれども。
『ハルちゃんは、ずーっと我慢してるよ。トイレ行けない、出せない子だよ? それをみんなは心配してる。けど小楠やユウリだけじゃなく、ボクも、みんなも知ってる。カナタだって、ハルちゃんに負けず劣らず行けない出せない二重苦野郎だろ?』
やだなあ!
その二重苦、ほんとにやだなあ!
『しかもハルちゃんちじゃ、行くのも出すのもむずかしそうだからさ。無理しないでね』
「待って。俺っていま、もらすの心配されてるのか?」
『うん。カナタが去年、お兄さんとの揉めごとを解消するまで、ずーっと毎日ぷっぷぷっぷしたり、ぷりぷりだしてたじゃん。ストレスを』
「よかった。うんちの話じゃないのな?」
『なに言ってるの? ストレスという形のうんちの話だよ?』
うんちかい!
結局うんちかい!
やめない? うんちから離れない? ねえ。
『おならだろうと、うんちだろうと、しかるべきところで出して。お尻を綺麗にふきふきして。手は洗って、それでオッケー。そういうことが、自分の痛い気持ちだと、途端にできなくなるんだ』
「あ、ああ」
『急にみんな、おならの音我慢選手権はじめたり、トイレ行かずに済ませる選手権をはじめたりするんだよ』
もうずっとうんちじゃん! 話題が! 例えようは他にもあったのでは!?
八葉たちと絡む機会が増えているっていうから、その影響なのかな!?
別にそれならいいと思うんだけどな!? うんちはどうなのかな!?
ただ、悔しいことによくわかるよ! その例え!
自分の悩みや葛藤が、だれにとっても心地よいものか、ダイヤモンドに値するようなものかといったら、そうでもない。むしろ逆だろ、という人もいる。
俺はどちらかというと、そっちだ。なるべく出さず、見せずに済ませたいまであった。春灯と会う前は特にそう思って過ごしていた。おならやうんちに例えると、汚いけど、でも、わかる。たしかに、それくらい忌避してた。見せるべきじゃないし、感じさせるべきものでもないとさえ思っていた。
『出すもの出したほうがいいのに、なんでそれがわからないかな』
「自信がないか、どう取り扱えばいいのかを知らないから、なのかな」
今日のユメちゃんを筆頭にした、ぷちたちの涙の訴えを部屋の外で聞いていた。
それを伝えたら、きらわれてしまうんじゃないか。伝えたうえで、拒絶されたら? ますます追いつめられてしまうじゃないか。
なによりも「できない」ことの証明となるのではないか。
まずい。とても、よくない。
そんな自分を受け入れてくれるかどうか。安心して伝えられる相手はいるのだろうか。
わからない。言い切れない。
なら言わずに我慢したほうがいい――……なんてな。
我慢している間に、我慢できなくなっていって、とうとう出ちゃうわけか。
ぷって。
あるいは力加減をミスってしまって?
ぷりって?
うわ。きつ。
『もうすこし自覚的でいたいよね』
「だな」
『じゃ。また次の定時連絡に。おやすみ』
「おやすみ」
通話が切れる。
部屋を出て移動したシオリがどこに行ってなにをしようとしているのかは知らないが、用事は済んだ。情報共有、進展なし。
それは停滞を意味する残念な知らせのようで、実は朗報でもある。
現状、さらに遊園地に誘拐された生徒は出ていないということだ。一度連れ去られた者たちさえ含めて、無事に済んでいる。
もっとも高等部に限った話で、他に誘拐されていた人がその後どうかというと、調べきれていない。いまのところ、警察にとって直近かつ最大の問題は連続殺人事件の犯人逮捕による解決であって、謝肉祭遊園地という妙な話じゃない。関連性も現状、疑うような証拠は出ていない。それに紐づけて捜査するような慣習がないから、期待するだけ難しい。
ルルコ先輩の会社を伝って警備の依頼が入っている。何人かと誘拐されたホノカさんの紹介である。意外な仕事の入り方だ。どぶ板営業がなんだかんだ一番強いというけれど、人づてというのは強そうだ。俺の舞台の仕事もそういうとこあるし。食事会で交流を深めて繋がることもかなり大きい。
で? 他になにかあるかって?
ない!
兄さんならどうだ? 警察の仲間内でこっそり情報が行き来している可能性がある。けど、それを俺たちに明かしてくれるということもないだろう。特に今回は、事件があまりに惨いから。
報道の過熱ぶりがすごい。
被害者の情報がどんどん流れていく。報道のネタになるものであれば、流れる。ときにそう感じるくらい、個人情報が垂れ流しになる瞬間はある。
歯止めが最も効かなくなる瞬間があるとしたら、容疑者になったときか。疑わしきは罰せず。たとえ裁判ではそうだとしても、報道ではちがう。疑わしきは報じとけになっていると感じることは多い。他社に差をつけられてはいけないとばかりに。
コメンテーターの語る是非論と混じって、ストレスフルだ。仕事をするほうも、なかなかにしんどいのでは? それに、昼から夕方にかけての時間帯の番組を情報源にしている人も、いまでも一定数いるのだろうし。
なにを考えているのだ。
「――……」
深呼吸をしてから、タブレットの電源を落とす。
部屋の照明を消して、布団に寝転がった。
『うちに泊まるなら、春灯と同じ部屋はなし』
『説明、必要かな?』
『いらないよね。じゃ、そういうことで』
春灯のお母さんにはっきり断言された。
続けて並べられた話も含めて、デスヨネー! としか言えなかった。
毎回そうだから「おー。カナタくん? いつもの和室に布団あるから」ってなもんだ。
嫌われているまであるのかな、と。ずっとそう身構えていたけれど、なんだかんだご両親はそれぞれに積極的に絡んでくれる。会話が多い。
話ができる。それが春灯の家で実感することだった。
うちだと、母さんが戻ってきてからなら? うちなりに盛りあがっているんだけど。母さんが戻る前はひどかった。ほぼ無言という時間のほうが多かった。
そんな環境で長く過ごしてきた俺から見ると、春灯とぷちたちは、そりゃあもう! かなりよく話している。それをどんなに伝えても、春灯の心に届かない。
シオリの例えを借りるのなら?
おならやうんちを堪えているときって「話しかけるんじゃねえ! 漏れるだろ!」くらいの気の張りつめ方まで追いつめられることがある。朝のラッシュ帯に、混雑する駅のトイレにできた列を見ると、よ~くわかる。いるよ。何人かいるよ。
寮制度があって本当によかったって思うくらい、朝の駅のトイレは割とトラウマだ。
間に合わなかった人の末路がトイレに残されている。後輩たちに伝えられることがあるとしたら? 列ができているときにだれも入っていない個室があったら、そこは覗くな! 見るんじゃない!
これから寝ようっていうのに、ずっとうんちの話なんだが。
「んんん」
指先までめいっぱい伸ばして、大の字になる。
二階は静かなものだ。春灯はすやすやと眠れているだろうか。
みんなそれぞれに自分の価値観の中で過ごしているから、自分と比べてどうのこうの言ってもはじまらない。それぞれにそれぞれの世界を見て、過ごしている。
それでも比較せずにはいられない心理もあるのだろう。
もしかしたら、シオリにはそこを心配されたのかも。
春灯の家は俺にはけっこう眩しい。
行き届いた掃除。埃ひとつなくて、床もぴかぴか。見事なまでに片づいているし、春灯とトウヤくんの幼い頃の絵や、青澄家の家族写真が飾られている。そこにはしっかり、冬音の写真も増えていた。トイレの台や壁、四隅にさえ、飾り付けれた家族の足跡とぬくもりみたいなの、眩しすぎて目がつぶれちゃいそうだ。そこかしこがぬくもりに溢れていて、正直にいうと慣れない頃は居心地が悪かった。惨めささえ感じた。
ここにはあって、うちにはない。そういうものが、あたたかくて、やさしくて、居心地がいいほど、つらい。最初はそう思っていた。白状すれば。
ただ、まあ、なんだ。
比べてなにがどうなるわけでもない。
そう思えるくらいには、ゆっくりとだけど俺も変わっているのかも。
うちにも飾ったりなんだりすればいいだけなんだ。
母さんに話して、ふたりで掃除をして、コバトが通えていた頃の小学校で作った工作とか、絵とかを飾ったりした。俺のや兄さんのも。今年の正月あたりで家族みんなでやった書き初めなんかもそう。
それって、春灯とふたりで過ごす寮部屋でもできることだ。
だれかと過ごすとき、大事にできるものでさえある。
なかった過去、できなかった思い出は変えられない。だけどいま、思い出を作ることはできるし、ほんのささやかなところから大事にしていける。
ひとり暮らしのときでさえ、きっとそうなんだ。
俺にもきっと、いずれくるんだろう。
ぷちたちが尻尾から出てこられるくらい、元気に育ってきて。穴蔵から抜け出す子狐たちのように強い好奇心と恐怖におっかなびっくりになりながら、春灯のぷちたちのように元気いっぱい過ごすときが。
春灯は春灯の未熟に頭がわーってなってる。俺も俺で、俺の未熟にきっと頭が爆発しちゃうんだ。そういうとき、忘れずに。ぷちたちもそれぞれに、どうしよって思ってる。
みんなしておならやうんちを我慢するくらいなら?
さっさと出すもの出して、きれいきれいにして、やりたいことやってったほうがいい。
それって、我慢してるときほどむずかしい。
トイレみたいにわかりやすい場所がないとな。
春灯の御珠にこびりついた、くさくてたまらないもの。それが春灯の邪なのだとして。あの匂いは春灯が自身に向ける嫌悪感なのだとして。
俺にできることはないのか。
実のところ、ずーっとそれを考えている。
在学中の俺の後任に、片瀬が名乗りをあげていることは重々承知だ。片瀬が春灯と交流を深めていくことを邪魔するつもりもない。実際、学年がひとつちがうのは確かだ。留年する気まではないしなあ。さすがに。こればかりは。高等部の一年の学費、ばかにならないし。
正直、いまのところ春灯たちと同じ事務所に籍を置いているわりには出演料もろもろ格安だ。もらえているだけありがたいレベル、みたいな雀の涙レベルだし、その額をみると「労基法? なにそれ」って感じだ。ほんとに。
いっそ個人事業主やフリーランスは自分に、仕事をする場所の最低賃金以上のお金を稼がなくてはならないとして、仕事の受注主にそれ以上の支払いを求めなければならないような、そんなやり方はないものか。
そう切実に思っちゃうくらい、メインとは遠い俺の役に対する支払いは微々たるものだ。バイトしたほうがいいまである。生徒会面子でやってる番組もてこ入れの嵐。そっちの出演料も、わりと地味に買いたたかれ気味なので、泣けちゃうレベル。
こつこつ学び、地道に続けるまでだ。いい仕事をするだけじゃなく、縁を広げて深めていく。
そこまでのラインにしたって、大勢がやっているし。
競争と実力で成り立つ社会は、血縁を人脈に置き換えた貴族社会であるという認識が日々深まっていく。大昔よりは公平だろ? と言わんばかりだ。そんなことはない。
資金面で春灯の支えになれたら、もうちょっと楽になる負担もあるだろう。けど、なかなかそうもいかない。
世の中、実力も環境もすべて運のうちだ。
そんな中でも水物の業界は、特にそう。
一般企業、とりわけ制度が充実していて自浄作用と資金力がある程度ある規模の会社員になるのが、一番堅実なんだろう。
そういうのがない。とことんない。
そんな愚痴を先輩たちから聞くと「う、ううん」と悩みもする。
芝居に情熱がなきゃだめ。だけど、情熱だけで食っていけるほど、先人たちも、彼らにつづいていまを生きる人たちも、整えようと整備し続けている世界って、どれほどあるのだろう。いまに精いっぱいなほど、運というふるいは人を次々に落としていく。
ろくにないかもしれない。
そうした将来への漠然とした不安も、春灯は意識している。
たまにする雑談で、社会に関するトピックスが増えてきたから、わかる。
恋愛の甘い夢も、現実の世知辛さが混ざってくると? だめだ。
いちごクリームラテに激渋抹茶団子を落としてかき混ぜたら? それはもはや別物だ。
多くのことが春灯の世界に団子になって落とされていって、春灯が望まない、準備もろくにできていないタイミングで乱暴にかき混ぜられてしまった。あいつはいま、自分の世界のぐちゃぐちゃ具合に頭も心も追いついていない。
傍目八目。
そう見える俺に、じゃあ整理がついているかって?
まさか。
劇団で長らくご活躍されて、いまじゃテレビドラマや映画の仕事も多い方も舞台の食事や飲み会でご一緒する。話を聞くと、三十代や四十代でも稼ぎはろくになくて、けっこう苦労してたなんて話を聞くとめまいがする。
そんな選択、できるだろうか。心がくじけそうになる。
恋人にしたら貧乏一直線で苦労させられそうな職業とは? まあ、役者だ。歌手もそう。兄さんが昔、コバトがアイドルに憧れていたときに考え直すようあれこれ言ってたから、妙に覚えている。
兄さん曰く。手厚い社会保障制度、クレカも作れて住居の審査に困らない信用度の高さ! 決まった賃金が必ず振り込まれる安心感! それが水物の仕事にはない。手を考えないといけない。ときに「これまでこれで通ってるんだから、このままでいいだろう」や「弱者は淘汰され、強者はこれでなんとかなっているんだからこのままでいいだろう」という形で済まされてしまう既得権益は、とびきり手強い。環境の改善も、これまでの問題に向けた解決能力の向上も、またそもそも解決の機会そのものさえも、自分たちでどうにかするしかないかもしれない。貴族社会に労働者階級の庶民がひとりで入っていって、貴族社会で立身出世、財を成すのがどれほど困難か。語り出したら、きりがない。とことん、情熱だけでも、実力だけでも足りない。運だけでもとどまれない。運によって実力と環境を得られるのが一番いいかっていうと、それはつまり現状の仕組みに該当するし、いいとはとてもじゃないが言えやしない。
なにもそこまで言わなくても、とは当時も言ったし「黙ってろ」と言い返された。
いまでもコバトはそのことを根に持っているから悩ましい。
酔狂な人たちと、ほんの一握りの儲けた人たちとが混ざりあう世界へ。
そこへ飛び込むのは正気か、はたまた狂気か。
ララランドの冒頭の歌のようだ。ハリウッドに向かう、夢だけを見て瞳を輝かせ、現実という混ざり物によって攪拌され続ける人たちの魂のよう。
シオリやミコさんの語る企業論は継続、持続の可能な共同体を目指す。社会でそれがどういう立ち位置のものかというと、悩ましい。
共同体。
家族もある意味、そうだ。
三年生になってタイムスリップした江戸時代で見た村のひとつひとつもそう。江戸までいくと、これはもう大層な共同体だ。そこまで規模を広げずとも、いつものメンバーだって共同体だしな。
たとえば春灯とぷちたちも共同体だ。そこに加わる俺もまた、その一員となる。
なら持続可能な共同体とは、なんだろう。
春灯は今夜の通話で山吹たちと話していたとき、ウォーキングデッドを例にしていた。
あのドラマでは多くの共同体が登場する。
生きるために必要なこと。共同体の中に居るために必要なこと。そうやって設定するほど、過酷さは残り続ける。それはむしろ、取り除き、緩和し、なくしていくものではないか。
そうした問いを、主人公たちが巡り会うコミュニティはこれでもかと投げかけてくる。
人はどこまで堕ちるのか。
いや。いまあるもののひとつひとつが、そうならないよう支えているだけ。支えは増やすことはあっても、減らすなんてとんでもない。
そうした主旨だったように思う。
縋るように、切々と訴える春灯は、矛先を常に自分に向ける。
なのになにをどう増やせば、支えが増えるのかがわからない。その間にも、ぷちたちは傷つく。幼くて大事ないまを、曇らせてしまう。
山吹と天使がなだめ、話を聞いた。けれど決め手に欠けた。
答えはない。答えの出ない事態に耐えて、いまある素敵を数え、学び、思い出を増やしていく。できることがあるとしたら、それくらい。それが精いっぱい過ぎて、ときどき両手からこぼれ落ちてしまうのだと、春灯は嘆いていた。
俺も、山吹たちも、だれもなにも言えなかった。
答えはない。正しさは自分たちを、だれかを苦しめ傷つけるだけ。
そういうとき、なにができるだろう。
なにがあろうと変わらず味方でいるよ、仲間だよ、なにをしてしまったとしても大事だよ。だからいくらでも頼って。声をあげて、と。それくらいしか思いつかず。
愚痴るだけでも自分を傷つけてしまう人を相手にしたら? もしも自分たちにとって許しがたいことを相手がしてしまったら。そこまで悩んでいるに違いない彼女を前にして、俺たちになにが言えたのか。
山吹たちを訪ねてきていた一年生の中に、ツバキがいた。あいつが「今日のぷちちゃんたち、どうだった?」と尋ねてくれた。話すんじゃなく、聞こうとした。そうして、春灯はすこしずつしゃべりだした。ユメちゃんが教えてくれたこと、みんなが訴えたこと。今日の遊びでそれぞれがなにをしていたのか。なにを嬉しそうに話してくれたのか。ひとつひとつ。
夜も遅いから、すべては話しきれず、ツバキは仕事の連絡が入り中座。山吹たちが後を引き継ぎ、それでようやく話が回り出したくらいだった。
つれえなあ。大変だよなあ。そいつを当たり前にしちゃあ、いけねえよなあ。そんでもって、それとは別に幸せは大事に思い出にしてったほうがいいわなあ。
もしも地獄の友人たちに相談したら、彼らはだいたいこんなことを言うのだろう。
さしずめイマジナリー妖怪アンド幽霊フレンドたちか。なんだそれ。
ぼやっと考えていたら、暗い部屋でスマホの画面がぱっと明るく灯った。
手に取ると、ツバキからのメッセージだ。
『今日もっと、ぷちちゃんたちの思い出ふえて。明日もっと、待ち遠しくなる日がきますようにって。祈りたくて。伝えていいか、わからなかった』
春灯に言って負担にしてしまうのではないかと恐れたのだろう。
用事が済んで、気になって連絡してきたというところか。
返事をどうするか悩んだ。
だれにもわからない。春灯も、他のみんなも、ぷちたちだってそう。
なのに春灯にするべきこととして、点を打つと? 点と春灯の座標の違いという、ただそれだけの情報で春灯はより深く傷つく。参ってしまう。
兄さんと揉め続けていた時期をふり返った。人にはそういう状況があり得るってことを、俺は知っている。ツバキもそうだ。
しばらく悩んでから、ふと思い立って画面に打ち込む。
『もっと、あいつから、ぷちたちの好きな瞬間を聞けたらいいのかな』
送信はしない。
できなかった。
どうしたって答えを置きたがる。
求めずにはいられない。解決したくなる。
この不安定さをどうしていいのか、わからない。
母さんがなくなって、どんどん冷たく、埃っぽくなっていったうちを思い出す。
ああいう風になるんじゃないかと思うと? 恐怖がますます求めたがる。
済ませてしまいたくなるんだ。いまある状況を維持するほうが、挑戦するよりもマシな気がして。マシなこと、得なことを多く数えられるほど、済ませずにはいられない。
けど、だれかにとってだけ都合よく持続可能っていうんじゃあ意味がない。それはもはや共同体じゃない。みんなそれぞれにとってどうかを検討していく。七面倒くさくても、整備していく。それを続けていくことで、すこしずつなにかがマシになると信じる。
おならもうんちも気持ちよく済ませて、これからを先読みしすぎてうんざりするのもそろそろやめよう。
自分好みに変えるっていうのも、いったん離れて。
いまを愛でながら和歌を詠むように、日々を編んでいくのもいいのかもしれない。
母さんと掃除をして、家を思い出の品を使いながら飾りつけたとき、なんだか思っていたよりずっとあっさりできることにびっくりした。母さんとふたりで飾りつけた壁を見て恥ずかしそうに、うれしそうに笑って思い出話をはじめるコバトを見ていたら、母さんが俺に耳打ちをしたんだ。
好きなことを聞くの。それって、そんなにむずかしいことなのかな?
謎めいた問いかけで、そのときはよくわからなかった。幸せいっぱいで饒舌なコバトを見るのが本当に久しぶりだったから、後回しにさえしていたくらいだ。
けど、思い出したから編集中の文章を消した。
代わりに打ち込んだメッセージを送信する。
『ツバキが聞いてくれたとき、春灯はとても心がやわらいでいたよ。ありがとう』
もしかすると春灯は頭も心も、まだまだいっぱいになっていて、抜けているかもしれない。今日は特に、ショッキングな一日だったし。けど、きっとなにかの形で届いている。
明日も明後日も、聞いていこう。
好きなことを伝えるよりもっと、好きなことを聞いてみよう。
そうして思い出を増やしながら模索していくくらいでいい。
いまは、それくらいスローなペースがちょうどいい。
つづく!




