第千八百七話
二階からどんどんと荒々しく踏みならされて床が悲鳴をあげる。
次いでご近所中に響き渡らんばかりの大きな声で、ママって呼ぶ声がした。
心が鷲掴みにされたような痛みを感じる。それでも急いで二階へ。
途中でカナタやお母さん、他のぷちたちが「なにごと!?」って顔をしていたけど、構わず向かう。
私を呼んでいたのは、ユメだ。
私の部屋で、耳を真っ赤にして怒っていた。
それだけじゃない。
泣いていた。
訴えている。けど、感情があまりに溢れすぎていて言葉にならない。
なんだろう。わからないけど、
「ユメ?」
恐る恐る名前を呼んだ途端、怒れるこどもはだだだと駆け出して、飛んだ。
それはもう、見事なジャンプだった。
スローモーションで流して、無骨な剣と盾を手にしていたなら? 勇者が竜に挑むに相応しい、伝説に残るような跳躍だった。間違いなくね。
体格に見合わないほど、高く高く飛んだユメはフェイスハガーもびっくりな勢いで私の頭に見事だきついた。途中で軌道に狙いを見て取ったけど、判断が遅れた。両手で受けとめるべきか、それとも甘んじてジャンピングハグを受け入れるべきか。そのせいで、もろにジャンプを食らって頭を押され、よく掃除してあるフローリングにつるりと滑った私は、首に激痛を感じながら倒れた。
それはそれで、やはりスローモーションで再生したら、勇者の跳躍に倒されるモンスターのように見事なやられっぷりにちがいない。
脚色はさておき、必死にしがみついて私のおでこに頭をごしごし擦りつけながらギャン泣きをするユメに獣耳と耳がきんとなる。
犬のおまわりさんが困っちゃうくらい、迷子の子猫さんは泣いてばかり。
そんなもんだ!
背中から床に落ちて、後頭部もぶつけて痛いけど、呼吸して痛みを堪えようとした。そこで気づく。ユメのお腹に圧迫されて、鼻と口がふさがってる!
背中を撫でて「んー」となだめようとするのだけど、そんなので収まるはずもなく。ますますユメは強くしがみついてくる。大号泣だ。あまりに見事な「もうなんかやだ! やだやだ! ばかばか!」っていう気迫に押されたのか、扉のほうからぐすぐすと鼻を鳴らす子たちの声が聞こえた。カナタやお母さん、他のぷちたちが様子を見にきたのだ。そして、ぷちたちがもらい泣きを始めている。
総毛だった。まじか、うそ、やめて、と願うも空しく、みんなで大号泣。
ううん。訂正。
みんなでギャン泣き。
どたどたと慌ただしく駆け寄ってきて、みんなして私にしがみついてくる。
こうなるともう、だめなのでは?
金色でなにかを――……浮かばない。
息苦しいし痛いし熱い。ひとりでも頭がおかしくなりそうなほど心がかき乱されて、不安になるし、どうしたらいいのかわからなくなるギャン泣きを、ぷちたち全員がするんだから。
気がついたらもう、夕方。
嵐のように過ぎていった時間の中で、何時間も泣き声はやまなかった。
結局のところ、ユメは私の頭にくっついて寝たかったんだ。ずっと。だけど我慢してた。我慢しなきゃ、我慢しなきゃって無理してた。寝相ちゃうんかいと内心で突っ込んだけど、面白くみんなで笑えるようギャグ加工する余裕なんて欠片もなくて機会は流れてしまった。
みんなに「ママつらそうだよ」って言われたりもしていたそうだ。
やだったこと、我慢してたこと、どんなに言ってもだいじょうぶ。私は大好きだし、ユメが私のこと大好きだってわかってるよって伝えた。ほんとのところは、絞り出した。
いろいろ聞かれたよ。ユメに「ほんとにママはもうご主人じゃなくて、ママなの?」「ちゃんとママなの?」「ごっこ遊びじゃない?」「ユメたちのこと、ちゃんと大事なこども?」って。ひとつひとつ「ああ、そんなに大前提になる段階まで不安にさせてたのか」と。それだけで気持ちが千々に乱れそうになる。実際、ちぎられている。ちぎれそうで、あるいはちぎれた心を必死に集めてこれ以上バラバラにならないように、ユメだけじゃなく、ぷちたちそれぞれに不安を抱えていたことを知って。
居るのはつらいよっていう本がある。
たぶん。
言うのはつらいよってこともある。むずかしいこともね。
してほしいこと、したいこと。
してほしくないこと、したくないこと。
それって、自分ひとりより、だれかと居るほど増えるものだ。
だれもがおなじものを、おなじだけ、おなじように感じて、好きで、きらいでいるかっていったら? もちろんちがう。感じ方はひとりにおいても、様々だ。
極端な例でいえばさ。だれもが「ご飯は食べてお腹が満たされればいいだけ」なら、コンビニの食べものコーナーはひとつでいいかもしれない。そうならないのは材料の確保が大変だから? たったひとつだけに依存するのは生存戦略上あやういから? そうなっていないのは、そういう理由があるから?
そういうことじゃあ、ないじゃん。
食事に対しても、いろんな感じ方があるし、そこでの他者性は豊かだ。
仮に野原を想起する。植物たちは自分たちの住処を確保していない? ススキが一面に生えているとき、ススキの根本で新たに根を張り育つのは苦労しそうだ。色とりどりの植物たちが共生している場所よりも、ひとつの目立つ種がわーっと生えている場所のほうが、私はぱっと思いつくかな。荒れ放題の庭なら別かな? どうだろ。
意外と侵略的だ。同一であることを好むほど、私たちはちがいについて無自覚になってしまう。ちがいについて説明をつけようとしたり、答えを出そうとしたりして、同一になれないことで生じる不愉快さを、直ちに終わらせようとする。
たぶん、楽なんだ。
それはある意味、安心できるようになるための手段なのかもしれない。
けど、それがすべてではないし、手段であるのなら自分が楽でいたいかどうかについてくらいは、せめて自覚的でいたい。
じゃないと忘れてしまう。
ちがいについてつけた説明も理屈も、その多くは自分たちのトラウマやコンプレックスを声高に叫んでいることのほうが多い。そういうことにならなければ自分たちは困るのだという、言葉を選び繋げて発信したその態度で、如実に自分たちを浮き彫りにしていることが多い。
ほんとに。
ふり返るほどに自分の振る舞いに辟易とするけれど、それでもぐっと堪えて。
聞いていくんだ。
ひとつずつ。
してほしいこと、したいこと。
してほしくないこと、したくないこと。
だれかといるほど、なにかに関わるほど、自然と生じるものだ。
それはひとりでできる場合もあれば、できない場合もある。
別に不思議はない。
だれかといるほど、なにかに関わるほど生じるのだから。
すべてが一緒くたに自分でやらねばならぬ、なんていうほうがどうかしている。だからって、じゃあ、なんでもかんでもみんなの協力がなきゃだなんて! 大げさだし、行きすぎてない? と感じる人も、そりゃあいるだろう。
ここでもいろんな感じ方がある。
そもそも、だれがやるか、訴えた人の問題かっていうのがテーマだった?
ううん。ちがう。けど、自然と連想する人も、いるだろう。
ぷちたちが話してくれた。
同じように告白する人がいたとき、黙っていたことを責める人もいる。なんでそんなことを言うんだとなじる人もいる。自分が傷つけられた、否定されたと感じてね。その刺激にモンスターが憑依するように、理性的に反応しているつもりが実は感情的になっているケースもある。
実のところ、あまりに根本的な話のような気がしているけれど。
でも。
してほしいこと、したいこと。
してほしくないこと、したくないこと。
それらは私たちの中に蓄積し、場合によっては大きく苛んでしまうんじゃないかと感じていた。ちょうど、最近ね。
だから、そういう意味でも、ぷちたちの告白は効いた。
ファミリー映画のようにはいかないや。涙の告白、笑顔のハグ。楽しいことをして、気の利いた冗談で終わり。気持ちよく次へ。そんな風にはいかない。
ユメは寝不足だった。気がつかなかった。あの子は私にくっついて寝た。他の子たちもだ。昼前にこれじゃあと危惧した通り、起きたらみんな、気にしていたけれど、私は大好きっていう気持ちを込めてハグをして、遊びにいく背中を見送ろうとした。一緒じゃ泣きゃだめだと手を引かれて、連れていかれたけどね。
ほんとはひとりになりたかった。
私のモンスターが大暴れだ。大荒れなんだよね。
泣かせてしまったと自分を責める。それはもう無意識で。苛烈に。
行動は、変える。
私には、それが恐ろしい。
BONESというドラマだと、法人類学者のスペシャリストがFBIの捜査官と一緒に、遺骨に残る情報を調べ上げて捜査を進め、犯罪を捜査する。骨絡みのホームズみたいなブレナン博士と、マッチョで元レンジャー隊員のブース捜査官の凸凹コンビがなにかと揉めたり、成長したりしながら、あらゆる事件に対峙していく。
ブレナンは格闘もいけるし、ライフル協会の会員で銃を撃ちたがる。それがブースにとっては無鉄砲で危なっかしく見えるから、たびたび博士に待ったをかける。実際、ほとんどの場合はブースで対応できる。元レンジャー隊員の彼は凄腕のスナイパーなのだ。
しかし軍で派遣された経験がある彼にはトラウマがある。
任務で標的を狙撃した。そのとき、標的は息子の誕生日を祝っている真っ最中だったそうだ。撃たなければならない。それが任務だ。だからブースは撃った。標的が息子と向かい合うそのときに、引き金を引いた。任務は無事に達成された。つまり、標的を無事に狙撃して、殺した。そのとき、なにが起きたか。
標的と同じおとなたちは、なにが起きたのかを理解していた。標的が、そして標的を狙うアメリカが、どういう緊張関係にあるのかも。
けれど、標的の息子はちがう。
愛する父親が、目の前で撃たれた。大量の出血は、息子を濡らした。自分の誕生日に、だれかが父親を殺したのだ。彼にとっては、それがすべてだ。
ブースは恐らく、息子の顔を見たのかもしれない。引き金を引いた結果、自分は標的を殺した。それだけじゃない。息子の人生を大きく変えた。歪めてしまった。
軍の任務だ。そうした言い分で対応できないときが、必ずくる。だれの心にも、必ず。
共感できる人ほど、してしまう人ほど耐えられないと話す人もいる。
それは答えの出ない事態だ。だれかが「任務だったから」や「キミ自身の責任ではない」じゃ、もうどうにもならないくらい心が砕けてしまったら、どんな言葉も破片を集めることはできても、元通りにすることも、癒やすことも、できやしないのだ。
言葉だって、暴力になり得る。
行動はもっとそう。
一緒くたにしすぎ? 考え過ぎ?
でもこれが私なの。
ショックを受けた状態であれこれ考えるとき、前向きなときの思考や知識も、前向きさを支える柱となる学びも、ぜんぶ頭からすっぽ抜ける。
モンスターと同化する。一緒になって怯えて、震えて、怒って、恐れて。ずーっと、その繰り返しになってしまう。
連れていってもらうまま、お昼を済ませて、夕方までめいっぱい遊び、夕ご飯を食べて、お風呂に入って眠るまで、ぷちたちとずーっと一緒だ。
家でお父さんやお母さん、トウヤとケンカして部屋に戻ればひとりになれる状況とはちがう。寮でカナタとふたりでいて、揉めても結局ふたりにならざるを得ないのとも、ちがう。
自分がぐちゃぐちゃになって、千切れるままに千切れ放題のばらばらになって、みんなに溶けて無くなってしまいそう。そんなの怖すぎて、いやだとモンスターが暴れる。
私をなだめるので精いっぱいになる。
だから、ぷちたちが寝ついた頃にはもう、エネルギーなんて欠片も残ってないどころか、魂をこそげ取られているような気分になるんだ。
あまあまのあの字も考えられないくらい、疲れ果ててしまう。
なので繰り返す。
みんなの願う、完璧で万能な私を正解にしないで、と。モンスターをなだめる。
ずっと足りないままだから。それだとそう遠くないうちに心が砕け散って、どうにもならなくなってしまいそうなほどくたびれちゃうよ。
それが願いじゃない。
抱え込まないようにしたくて、夜にカナタとふたり、和室でタブレットを立てる。ビデオ通話で、マドカたちと話すんだ。
気持ちがめげて、滅入っているときにすると、ますます疲れちゃうけど。
でも、大事なことだから。足がくんがくんで、いいパンチをもらいすぎて瀕死のボクサーくらいの気力で臨む。
共有したいのは、モンスターの話とか。最近のこととか? 今日のできごととか。
事務的に、現状がどうなっているかの情報共有なんかも、そりゃあできたらいいけど。そういうのはカナタに任せる。
めいっぱい、しゃべりたい!
そういう気持ちのままに、その通りにする。ただ、それだけの時間を過ごす。
モンスターに関しては、マドカが「邪って、そういうことなのかもね」と言っていた。言い得て妙だ。隔離世で、私たちの心から生み出されるもの。邪。人の欲望の化身。モンスター。
でも、こうも考えられる。
してほしいこと、したいこと。
してほしくないこと、したくないこと。
そういうのがねじれて、塞いで、どんどん歪んだり、何層にも重なってこじれてしまうと? そりゃあもう! 自分でもどうしたらいいのかわからないモンスターになりそうだね?
元気な時間、気持ちが逸らせるとき、なにかに夢中な瞬間なら?
モンスターの声に耳を傾けずに済むし、憑依されているかのように「ああああああああああ!」って暴れる心のままに当たり散らすようなことをせずに済む。
ふつふつと湧き上がる衝動のまま、思いついたことを、思いついたそのときにせずに済む。
それはときに、あまりにも人を暴力的に支配し、促す。そっくりそのまま、暴力を。
モンスターが大きく育つほど、制御しきれなくなるし、むずかしくなるから、周囲に求める? 自分を刺激してくれるなよって。
それ、まんまDV加害者の発想じゃない?
ぷちたちに暴れることはだめだときつく言って叶えるの? そうなる前に話しなさいって叱りつけるの? それもやっぱりちがうじゃない?
わかっている。
わかっているんだけど、もうすでに制御しきれなくなっている。
学べば学ぶほど、本を読む速度が鈍くなる。
この先に救いはなく、自分を責める材料ばかりが見つかるような気がしている。
自分の加害を、その輪郭を鮮明にするだけのような気さえする。
思うままにしゃべって、みんなとカナタにおやすみを告げて部屋に戻った。
みんなして寝ているけど、暗さに慣れた目でよくよく見るとたしかにユメはしわくちゃな顔して寝てた。たびたび寝返りを打っている。落ちつかないようだから、抱き上げた。
みんな、私も一緒になってベッドで寝るのがお望みだった。床に寝てんじゃねえよ、というのだ。いや、きみら私より先に寝るんだし、大勢いるから、あとから寝る私の入るスペースがないんだが? って思うんだけども。金色雲を使えばどうとでもなるでしょっていう、ごもっともなツッコミを入れられてしまったので、従うしかないのである。
みんなを金色雲に乗せて浮き上がらせて、ユメを抱きながらベッドに寝そべった。それからみんなを下ろして、それぞれの寝場所を整えていく。
暑い。クーラーが間に合わない気がする。あたたかいぷちたちの鼓動を感じる。
生きている。当たり前すぎるくらい、それを感じる。
暗い夜に、モンスターが私にささやくのだ。
『後悔していないと誓える?』
『本当はいますぐ学校に戻りたいんじゃない?』
『ようく学んでわかっているはず。高校生でこどもたちを育てるには、なにもかもが足りてない』
『仕事もめいっぱいがんばらなきゃ、次なんてあっさりなくなるよ? 働かなきゃ、もうライブもなくなるかも』
『こんなはずじゃなかった。そうでしょ?』
『認めなよ』
『尻尾に入れておければいいなって、本当は思っているはず』
『それができれば? すべて解決』
『去年のような時間が戻ってくる』
『ヒーローにだってなれるかも』
『戦闘技術、新しいスタイルも試せるよ?』
『この子たちのお世話してたんじゃ、永久に無理だよ』
『はやく片付けてよ』
『私には私の人生があるの』
『このままじゃ、塗りつぶされて、終わっちゃうよ』
『いや』
『そんなのいや!』
いまの状況に対して、自然と浮かぶもの。
私のしてほしいこと、したいこと。
してほしくないこと、したくないこと。
環境に望むもの。環境から追い出して拒みたいもの。
ネガティブな声たち。
反転させて、ポジティブな声たちを並べることもできる。
けどそれは、モンスターとちがって、私が自発的にあげなきゃならないもの。
モンスターに身を任せて、同化して、湧き上がる思いのままに済ませてしまえば?
引き金を引けば。
変わる。
この子たちを生みだしたのが私の霊子なら? 私の願いなら。
この子たちを消すのもやはり私の霊子なのかもしれない。
『ほら』
『本当はずっと、やりたかったんでしょ?』
『思いついてるんでしょ?』
『どうにかしたいんでしょ』
『こんなの、私の望んだ高校二年のイベントじゃないもの』
『修学旅行が待ってるし! 夏休みもくる!』
『華やかな一年にいくらでもできる! 去年の蓄積で、そこまでの材料は揃っている!』
『この子たちが邪魔なんだ!』
『式神? なら呼び出すときだけ動いてくれればいいじゃない!』
『こどもになるなんて思ってなかった! こんなの望んだ覚えはない!』
『いらない!』
『こんな私に育てられるわけない!』
『現に苦しませてるじゃない!? みんなつらいの! こんなのだめ!』
『ほら! 早く解決しようよ! 手段があるんでしょ!? 楽にしてよ!』
『『『 認めろよ! 捨ててよ! そんなの! 』』』
『『『 いい加減、諦めて楽になってよ! 』』』
金切り声のように、自分の思考がわき出てきては私を苛む。
くちびるを結んで、鼻で深呼吸する。
繰り返し、繰り返し。
尊さを感じている。いくらでも。
ぬくもりも、鼓動も、かけがえのないものだとわかっている。
大事だ。愛しい存在たちだ。守りこそすれ、傷つけることなんてあってはならない。
そんな正しさをいくらでも揺さぶる。どうすればいいのか答えが見えるほど、明らかにされるほど、どうにもならない現状が揺さぶり崩して、破壊し尽くす。
そうしてどんどん、促していく。暴力を。
ギンの村正を思い出す。去年、入学した頃の私が彼に感じた強さは、そのままでよかった。よく斬れればいいのだ。それが答えだ。正しさだ。刀にとって。それを扱える侍として。彼は答えそのものだった。けれど、ノンちゃんは鞘となった。よく斬れるぶん、暴力としての存在感を放ちすぎる彼と刀に鞘となってみせた。
無茶苦茶だったギンが、どんどん素敵な人になっていった。
刀には、鞘がいる。
モンスターにも、そう。
ぷちたちにも。私にも。
心の中でわーっと荒ぶるモンスターに、落ち着けるなにかが必要だ。
なにかとは断じてモンスターの言いなりになることではない。
わかっている。
怖くて、怯えているだけだ。
それなのにモンスターの声がどこまでもエスカレートしていくくらいには、私はいま参っている。
参っているくせに。
私がどうしたいのか、モンスターが必死になって訴えるほど、浮かんでくるよ。
みえてくる。
問いが。答えの出ない問いが。投げ出したいほど、いまの私には手出しのしようのない問いがやまほど、みえてくる。
言い換えればそれは、答えの出ない事態と言えるかもしれない。
こういうときほど、自分のことだけ考えるので、頭がいっぱいになってしまいがちだ。
さて。
モンスターくん? あなたがどんなに荒ぶろうと構わないのだけど、キミはとってももったいないことを見落としているよ?
たしかに私は至らない。この先もそういう部分と出会い続けるだろう。他のことでもそう。初心者なことに接しているときほど、当たり前すぎるくらい? そう!
なので、ぷちたちにさみしい気持ちをさせちゃった。それ自体は、うーん。まだ受けとめられないかもしれない。あなたに負けじと私もビビってる。
けどね?
すごくない?
ユメはそれを私に言えたの。
それって、すっごいことだよ?
ああくそ。なんて最低な状況でがんばらせてしまったんだ。私め!
ちがうじゃん。
すっごいことだけど、それは小さな大人としてのすごさになりかねない、非常に危ういものだ。少なくとも私が「これができるからいいでしょ」と、胡座を掻いて甘えるだなんて! とてもあり得ないものだ。
落ち着け。
そうじゃない。ビビって縋ってる。そんな自分から力を抜いて。
私はぷちたちの素敵な一瞬を、どれほど気づかずにいるんだろう。
それに気づく余裕がない。とことんない。
ごめん。ごめんね。
だけど気づきたいぞ? 知りたいよ。私はそれを。
『『『 ――…… 』』』
モンスターが必死に恐怖を訴える。
わかる。わかるんだ。痛いくらい。今日のは効いた。ほんとに。
カナタはこれでもかっていうくらい「笑顔がさー、かわいくてさー」とか「遊びの思いつきがすごくてさー」とか言うの。私よりよっぽど、素敵な一瞬を見つけてる。
私とカナタとを比べて感じる負荷に、あれこれ説明をつけたり、理屈をこねたりして、なにかを下げて自分を慰撫しようとすることもできる。
自分とだれかを並べて、その違いに痛みを感じて、なかったことにしようとしたくなることも多い。答えを急ぐほど、自分が楽でいられる正しさにその身を早く置きたくなるほど、痛みは増していく。自分か、だれか、あるいは両方にとってね。
モンスターの言うとおりにしたい?
ううん。ここはあえて、例えではなく素直に問おう。
自分の恐怖に突き動かされて、済ませてしまいたい?
ううん。
怖いよね。ビビるよね。へこむし、へこたれるよ。
そんな自分を否定することもない。責めることもない。
ただ、でも、もっと好きになりたいから、抱き締めようと思うの。
手放したくないの。愛したいよ? 愛されたいよ。
この子たちも、それぞれの言葉で私に伝えてくれたんだ。伝えさせてしまった、と、つい責めたくもなるくらい、今日のは効いた。それくらいの出来事だった。
ああ。
まだまだだね?
寝つけそうにないなあと思いながら目を閉じていた。
どれほど経ったか。
胸に抱き締めたユメによじ登ってきた。私の頭に抱きつく。そして「ああ、これこれ!」とでも言わんばかりに、満足げに息を吐いた。そのまますやすやと寝つく。
ただ、それだけで終わらなかった。
頭を撫でてきたのだ。
どんな夢を見ているのかわからないけど「よしよし」って言うの。
なにいってんの。私が言わなきゃでしょ? そんな言葉が浮かんできたけど、言えなかった。
ただ涙が溢れた。
ユメとみんなの頭を撫でながら思ったよ?
世の中をなになげかまし山桜、花見るほどの心なりせば。
後拾遺和歌集より、紫式部の和歌のようにさ?
いまを嘆くよりも、恐れ不安に苛まれるよりも。そのぶんだけもっとたくさん、共に居る子たちの心を、顔を眺めていられたらいいな。そのぶんだけもっとたくさん、自分と、自分のイマジナリーモンスターと一緒に花を楽しめるようになれたらいいな。
つづく!




