第千八百二話
気がついたら?
夜更け過ぎだ!
和室でカナタが寝て、お父さんとお母さんもすやすや。
ぷちたち? もちろん気持ちよく寝てる。
で、私は? 床に敷いた布団に寝ながら気づいた。
がちでなんにもできてない。理華ちゃんがあれこれ動いていて、マドカたちもなんかいろいろやっているみたいだっていうのに?
なんて比較しちゃうくらいには、今日をめいっぱい集中して過ごしてた。それって、いいことじゃね? ぷちたちと一日をめいっぱい過ごすのって大事じゃね?
ならばよし!
荒ぶる不安にあいさつをして、箱にしまう。
あるいは、こうも言えるかも。「さあ俺を持て。斬るんだ」と荒ぶる妖刀を鞘に収めるのだ。
ありとあらゆる感情は、その発露を求める。無意識に自分を振り回す。
どれくらいの影響力を持つかっていうと、んー。そうだなあ。
ジャイアンとスネ夫にいじめられて、ドラちゃんにひみつ道具を借りて目的を達成したあと、調子に乗って遊びだしたのび太くんくらい、妖刀わたしの不安はうっきうきで私を振り回す。
暴力にでることさえある。正当であると感じることさえあるし? そもそもそんなことに思いを馳せる暇もないことさえある。
妖刀は心のあらゆるものがなりたがる。
癒やすべきかどうかもわからないし、深く傷ついたままの記憶とか。逆に、それをどうにかできたとして自慢せずにはいられない記憶とかね。
我慢を強いられたと感じる相手のなにげない一言で噴出する、これまでの怒りとか。そういうとき、自分の妖刀を振るために必要な理由とか。
敵意も、トラウマも、コンプレックスも。
不満も、悲哀も、歓喜さえも。
待ち構えている。
振るわれるときを。
素直でないと、自覚できないままだと、あるいは無意識の領域にほっとくと?
刀はどんどん妖しさを帯びていく。さびつく場合もあるかもしれない。腐るのか、それとも発酵しちゃうのか。それだと意味かわってくるなあ!
だれかれ構わず刀を振るうように暴力的な人がいて、じゃあその刀が妖刀になっていたとして。周囲からも、あるいは本人からでさえも、見た目には刀でしかなくてさ? 妖刀だなんてわからない。刀を振るうまでにある前提、文脈、読み取れないし? わからない。
そこで労力を割いたり「こんなものだろう」と済ませると?
手ひどいしっぺ返しを食らうことがある。
物語じゃありがちだ。黒幕の一員が潜入していて、味方の振りをしていて、主人公たちは気づけない。あるいは敵陣に潜入した主人公たちに気づかない。
潜入されている場合、単純に諜報機関の任務、おとなの仕事って話もあるし?
あるいは弱味を握られていたり、守るべきものを救う提案をされていたり、より大きな利益を提供されていたりする。
逐一、疑っていると?
毎日がとびきり面倒でしんどいものになる。
ゆるく広く浅く、数多の依存で社会は動く。大勢の人たちの相互の依存で回る社会は、排他的になったり、猜疑心を前提にしたりすると? 回らなくなっていく。
あらゆる場面で「真実か否か」のチェックが必要になると? そのぶんだけ単純に手間が増えちゃうからね。たいへんだ。その手間を減らしたくて「辛口レビューがなきゃ信用できない」し「辛口は受ける!」ってスタンスの人もいるかもね?
巷に溢れる、心から生じる刀と、それが生まれた経緯、振るわれた経緯は読み取れない。また、読み取ろうとするのは継続的な行動が大事。共感し、共同体である感覚を、うんぬんかんぬんというところまでは本で読んだけど、正直まだぴんとこない。
だれかの心の刀がなんであるかはわからない。
そもそも、私は気づいたばかりだ。
私の心にも、実は取り扱えずにいる妖刀がやまほどあるぞ? って。
小学生時代から端を発する「よのなかなんて!」という怒りや不満は、一度でも持っちゃうと、しばらく振り回しちゃう。なかなか手離すことができない。
なので、まず妖刀クラスの感情も、記憶も、痛みさえも、まずは挨拶をして、鞘に収めてしまいたい。
これ、ありかも。
よしよしとうなずいてまぶたを閉じる。
今夜もアマテラスさまにお呼ばれするのかな? そんなことを考えながら、疲労感に心地よい眠気を重ねる。睡魔にすやあっと身を委ねて――……それで。
まぶたを開けると?
「よう」
ヒゲにもみあげにぼさぼさヘアーのおじさんの顔が間近に。
「ひいっ!」
寝そべったまま、手足で下がる。
アマテラスさまにお呼ばれしたときの、ぷちサイズになるおたまモードかと思いきや?
いつもの姿のままだ。しかもパジャマ姿。
鳥肌が立って、急いで周囲を見渡す。烏天狗の館の広間だった。
「おいおい、ご挨拶じゃあないか? その態度は。アマテラスに言われて挨拶をしにきたちびっこがよう」
渋い声で語りかけてくるもじゃもじゃおじさんの胸元に緑色の勾玉が見えた。腰にぶら下げられた剣の形状も、柄から刀身にかけて一体となっていて、しかも素材が剥き出しだ。
「す、スサノオさまです?」
「おう。アマテラスが呼び出す術を盗んでな。ちょいとご指南つけてやろうと思ったわけだ。教えが欲しそうな顔してるもんな? もちまる狐女」
ひどい!
ひげもじゃおじさん、実は著名な神さまだ。
須佐之男命。アマテラスさまの兄弟で、お父さんであるイザナギさまの指示を無視して「かあちゃん……っ!」と、亡くなったイザナミさまを思ってくすんくすんと泣いてたら? 怒ったイザナギさまが追い出した。それでスサノオさまはアマテラスさまのいる高天原へ。
おいおい、高天原を襲いにきたか!? と身構えるアマテラスさまと、ちゃうちゃうと否定するスサノオさま。ほんとはどうなのか、占いで決着を。なんで? ジャンケンみたいなもの?
で、スサノオさまにそのつもりはないと結果が出ると「ほらみろ!」と、スサノオさまが乱暴を働く。ついに高天原の機織り女が亡くなってしまい、アマテラスさまは恐れ、怒り、悲しみ、くすんくすんと雨の岩屋に隠れる。
結局、スサノオさまは高天原を追放されて、地上へ。そこで大活躍! 八岐大蛇を退治した。出雲の国で暮らしたんだったっけ? いまでいう島根県だね!
戦い、争う。それだけじゃなくて、雅な趣味をもっていたり、木にまつわる力を持っていたりするそうだよ? 緑で大地を満たしたっていう話だ。
ただ、いま接しているのでお察しなんだけど。けっこうマイペースなんだよね。
他の私が生きる次元じゃちがうかもしれないけど、私の目の前にいるひげもじゃおじさんは小指を鼻の穴に入れてほじほじしながら「本題に入っていーかー?」って言ってる。
わりと、むり。
「い、いえあの、マイペースにやりますんで。アマテラスさまにも応援していただきましたし」
「えーいーじゃーん。教えさせてよー。ひまなんだよー。あいつに恩を売る絶好の機会だしよー」
見た目おじさんでも中身はわりとがきんちょだ。
言わないけど。アマテラスさまやミコさんとちがって、スサノオさまには思考がばれない。
「お前、いま俺をばかにしてるだろ」
ただし顔色でばれるので、あまりちがいはない。
「あのう。突然、教えてやるなんて言われても。わりと迷惑なんですけど」
「んだあ? 現世のいまの言葉遣いを学び、地獄の連中どもの組み手に付きあっているこの俺に面倒みさせろよ」
めんどくせえなあ! このおじさん!
「あの。ほんとにけっこうなんで。現代の勉強をなさるのならハラスメントについても学ばれてはいかがでしょうか」
「んだよ。けち!」
もじゃひげ面をくしゃくしゃに歪ませて、べろをべーっと出される。
このときの私の気持ちを答えよ。
断る! ただ不愉快!
「せっかくよー。お前さんが面白いこと思いついたから、その相手をしてやろうって言ってんのに」
腕を組んで、顔を逸らして、不満たらたらとばかりに声をあげる。
しかし、流されてはいけない。
おじさん、横目でちらちらと私を見てアピールしている。
誘いウケのつもりか? 眼鏡の似合うイケメン相手にやるんだな!
「なんですか?」
「お!? 気になるぅ!?」
にやにやしながらドヤるおじさん。
わりと無理。
「どうしよっかなー!」
「寝ていいですか? 鳥居ぬければ帰れるかな」
「ちょいちょいちょい! 聞こう!?」
やだなあ。
「お名前が有名ですし、アマテラスさまの関係者なので覚えてましたけど! しっかりお話するのはこれが最初か二度目くらいなんですよ? ないです! 就寝中に呼び出されるのも、与太話に付きあう気も! いっさい! ないです!」
むかっ腹の刀を素直に振るうと、おじさんはあわてて両手を掲げた。
大げさなほど、指先までぴんと伸ばしているあたり、間違いない。
こいつ、まだ私をおちょくる気だ!
「スサノオさま? これ以上ぐだぐだいうなら、言いつけちゃいますからね?」
「わ、わーった、わーった。アマテラスみたいな剣幕で怒るな」
どういう剣幕だ。聞いたことないよ!
「無理です。だいたいなんですか。さっきの、私が面白いことを思いついたからって。覗き見してたんですか?」
「そりゃあ、ほら。恩を売ろうとだな。海の中で泳ぐ魚を見つめるがごとく」
「釣りたい魚に食わせる餌を眺めていたと」
「そうそう! ……あれ?」
あれじゃないよ。
ちゃちな誘いに乗って、白状しやがって!
これもおふざけの延長線上にちがいない。
長命の神さまたちの中には、こういうタイプもいる。
「わぁかった! な!? アマテラスに恩を売るついでに、付きあってくれねえか」
「どういう年の重ね方をしたら、そこまで口説き方が下手なままでいられるんです?」
「ごめんって! な、な!? おたまちゃーん。機嫌直してくれよぉ」
この感情の刀なら、妖刀にならずともいくらでもおじさんに振るっていいのでは?
許されるのでは。
正直そう思うのだけど、しぶしぶ控えて、鞘に収める。
まず、どれほど著名な神さまだろうと、このおじさんが私をなだめられるとは思えないし、私はいまそれを望んでいないし?
いざとなったらアマテラスさまが来てくれるはず。たぶん。
でも、それこそ貸し一つうんぬんと言いだされるかも。
非常に! めんどう!
「あなたが勝手に私を呼び出した。あなたは勝手に私に提案をする。以上。だれにも貸し借りなし。それでよければ、どうぞ」
「気ぃつよっ! おおこわっ! だれに似ちゃったのかなあ。あーあ」
薄目になって、鼻の穴をほじほじしながら呆れている。
ただ、こういうときに「おれぁなあ。えらいんだぞぉ? すごいんだぞぉ」と圧をかけてくるわけじゃないから、ほんのちょっぴりマシ。それでも十分、ラインは越えてるけどね。
「まあいいや。その気になったんなら、ついてこいや」
鼻をほじるのをやめて、指先でくいくいっとこっちこいジェスチャーをしてくる。
なるべく近づきたくない。だって、その手はお鼻をほじったほうだから!
ばっちいなあ。もう。
あとね? いいんかい! アマテラスさまへの貸し云々はどうでもいいんかい!
あっさり諦めるじゃん。それはそれで不穏だ。
一緒に向かったのは烏天狗の館の部屋だ。それも空き部屋。
かの神さまがどんな試練部屋を設定するのかと思ったら、見晴らしのいい草原のど真ん中だった。地べたに胡座を掻くように座って、スサノオさまが私を見つめる。
「さて、もちまる」
だれがもちまるじゃい!
「俺が剣を手に、お前に挑みかかる。剣はよく斬れるから、俺は剣を頼りにするし、お前は剣を恐れる。このとき、脅威といえばなんだ」
「スサノオさまですよね。挑みかからないでほしいんですけど。しがない新米狐娘相手に」
「あれ!? 俺、話下手なのかな。いや、そうじゃなくて」
膝を両手で苛立たしげにずりずりと擦って、歯がゆそうだ。
「剣を持った俺と、剣を持たない俺と、どちらが怖い」
「どっちも怖いんですけど」
「かああああああああ! もう! そうじゃなくてえ!」
両手で頭をわしわしと掻きだした。フケは出てこない。
両親が両親なだけに、それだけで神さまがぽんぽん生まれかねないところありません?
あと純粋に見た目にばっちいので、お風呂に入ったほうがいいかと存じます。
さすがに失礼が過ぎるので言わないけれども。
「なんですう? よくわかりません」
「だからあ。もちまるが寝る前、なにを考えていたかっつう話だよ!」
もちまる言うなし。
あと、寝る前? ときたら、心の刀、あるいは妖刀の話だ。
さすがにここでボケたりしない。いやむしろ、ボケるタイミングだったのかもしれない!
トンダゴッサ……。
じゃなくて。あれ? 私まだ寝ぼけてるのかな?
あり得るかも。頭、働かせていこう。
「要するに、あれですか? 刀を収める的な発想と絡めて、なにか提案しろと?」
「そう! そういうことだよ!」
眉間に皺を寄せて頬を膨らませられても困る。
「じゃあ、まあ。剣を鞘にいれます、かね。金色だして、化かして」
「もちまるの神通力でな? なるほど。じゃあ、俺が鞘ごと殴るか、剣を捨てて殴りかかってきたら、どうするよ」
「――……そりゃあ、殴り合いなんですかね?」
「かぁあああ! そこだな! そこが課題な!」
膝をばしばしと不満げに叩いて、腰に差したひょうたんを持ち出す。
揺れるたびに中で音がした。液体が波打ってるのかも。栓を取って、中身をかっ食らう。
間違いなく、お酒だ。あれはお酒にちがいない。
「くーっ!」
呼び出した私を放って、気持ちよくならないでほしい。
「じゃあ、そこはさておこう。大勢の輩が武器を手に、お前さんを取り囲んだら?」
「まあ、同じ流れになるんじゃないですか?」
「つまり、殴り合いになるかもしれないわけだな?」
「ですねえ」
「今度はな? 現代の、あれだ。銃? あれならどうよ」
「おんなじことですかねえ」
壁を作る。銃口を塞ぐ。理華ちゃんの力を用いて銃弾を元の場所へ戻しちゃう、などなど。
手はいろいろ浮かぶ。
だけどね? そっからどうなるか。
武器を捨てて殴りかかってきたら? そりゃあ、格闘戦になるよ。
別に競技スポーツやってるんじゃないんだから、合わせなきゃいけないわけじゃない。有利にことを運べればよし。警察なら制圧を目指すのかな? そんなノリで、目的を達成するために必要な条件を整えるのが大事だ。
「より強力な兵器がでてきたら? その矛先がもちまるじゃなくて、もちまるの身内に向かったら?」
「それでもできる限りのことをしますかね」
他にないもの。
ドラマのボッシュだと、彼は娘さんがたびたび狙われることになって、その都度、警察全体か、同僚の家などで保護している。そういう手段も含めて、できる限りだ。彼にとって安心できる中で最良の人に保護を頼んでいる。ときには自分の感情の刀を鞘に収めてね。
「拳さえも、あるいはそれを振るわなきゃいけない気持ちさえも、鞘にしまっちまうことはできねえのか?」
「えええ……」
殴り合いに発展しそうになったら、相手の腕にかわいいくまさんアームカバーを強制的にはめさせる、みたいな? めちゃめちゃクッションが効いていて、殴られても痛くない的な?
できなくはないな。
できなくはないけど。
「荒ぶる相手の気持ちがなだめられるまで、根比べになるかもしれないですねえ」
むしろ「ばかにしてんのか!? おぉん!?」とぶち切れられるまでありそう。
相手が大勢になると? ヤクザ映画みたいな大乱闘になるかも。
それをぜんぶ、かわして、避けて、みんなが疲れるまで粘る感じ?
それも、いまの私なら、できなくはないな。
キングスマンやボンド、あの手この手で戦える人が相手だと、手を替え品を替えるたびに対応が必要だから、練習がいる。
あとは、超長距離からの高速の攻撃になってくると、対応しきれるか自信がない。
常在戦闘。そうはいっても、東京のビル街でいきなり狙撃されるなんて心構えでいないし。みんな刀だ銃だでわーって混戦中にいきなり狙撃されるかもなんて思っている余裕もない。
そう考えると、これまでの戦闘はほんと運がよかった。
でも、逆にきちんと気構えができているときなら、大概のことは対応できる。
油断がそこにないとは言わない。しくじったとき、何度となく十兵衞やタマちゃんに、そしてトモたちに助けてもらってきたから。
言っちゃうと、私ひとりでなんでもやろうとするとしくじる。
できること、できないこと、それぞれにちがうから、集団になって、力を活かしきるのがいい。
「でも、みんなとならなんとかできるかも」
あえて条件をだして、どこまでできるか考えてみると?
案外、杞憂の刀で私の心を振り回していた。
実際に状況を想定したシミュレーションを繰り返してみないことにはね。今後の危ない場面にテンパることが減ることはないかも。訓練、大事。
ただ、そう考えると、このところのもやもやのひとつが明らかになった気がした。
規模が大きく激しくなりがちな戦闘ばかり増えてきた。この先、被害をおさえながらどこまでやれるのか。私も、みんなも、いつか手ひどく傷つくんじゃないかっていう恐れ。
戦闘になる前に。あるいは戦闘を過剰にせずに。そういうアプローチが欲しい。
けど、それだと戦闘自体のアプローチが一切ないからね。そこが怖い。
プログラムの仮定と一緒だ。ぜんぶ漏れなく対応しときたいね?
今夜は戦闘そのものについて考えられた。それがかなりの救いだ。
お礼を言えるまである。流れからして、解せないけど。
「えええ!? そこはさあ! アマテラスが目を掛けているもちまるらしい神通力の開発じゃあないのぉ? 戦闘術にさえ、もちまるのらしさはでないわけえ?」
おいぃ!
粘るんかい! ここで終わりでいいじゃん! 寝たいんだよ、私は!
「そんなこと言われましても」
「だれかのようにできるようになれとは思わん! 俺はアマテラスにはなれん! だがなあ、もちまる。お前に宿る力の一面には、武があるぞ? それを否定するのは、つまり己と、己に武を授けるすべてを否定することになるんじゃあないか?」
「う……」
せっかくいい感じにまとまって終わりそうなのに、ここへきての正論パンチ!
しかも、お説教だ。これは。
お年寄りはこれだから! なんて、それっぽい中傷を並べてガードを試みても、スサノオさまの言うとおりだった。否定しきれない指摘だった。
「お前に期待する者、勝手に要求する者は俺のように言い、求めるぞ? なあ、もちまる。だからこそ、アマテラスやウカ、お前の家族などはお前に求めないんだろうが」
おじさんは私だけを見ているんじゃなかった。
「武は刀だけか。もちまるの思いついた鞘じゃだめか?」
あごひげを撫でながら、御霊を宿してくれた十兵衞を見ている。
そうして、ふたりでうまくやれない私たちを見ているのだ。このおじさんは。
「俺ぁ面白いと思うがね。鞘に収めて抗う侍ってのも」
ぽんと膝を叩いて私の横を通りすぎていっちゃった。
文句のひとつも言ってやろうかとも思った。今回の教えがたとえどれほどありがたくても、勝手に引っ張ってくるなんて! と思っていたから。
だけど、スサノオさまが歩きだした頃には眠気がどどどと押し寄せてきていて、ふり返る前に眠ってしまった。
アマテラスさまに呼ばれることもないままに、ぱちっと目を開けるとね?
薄暗い私の部屋が見えた。仄かに明かり差す早朝。起きるにはまだ早い。
寝ている間に乱れたタオルケットを掛け直して、そばに集まっているぷちたちを眺めてから、まぶたを伏せる。
鼻で息を吸いながら、考えた。
急に勝手に呼ばれるのは正直しんどい! けど、それとは別に。あくまで別にして、勝手に呼んだことはそれはそれで忘れずにいるとして!
鞘に収めて抗い戦う侍。
なんかめちゃくちゃだ。そんなのって。
けど、私は金色をだして、化け術を使えるのだからできる。
格闘がどこまでできるのかっていう話になると? 不安しかないけど。それさえ、金色と化け術を用いれば、どうとでもできる。工夫の余地がある。そこまでわかった。
そのときがきたら、やるだけ。
そうできるよう、日頃からできる訓練も思いつく。
なんてことない話で、ぷちたちと過ごしていて金色を化かす機会が増えるばかりだ。それがそのまま訓練になっている。
より戦闘に特化した訓練は、別個でやりたいところだけど。
日常が糧になる部分だ。これは。
『水到渠成だな』
すい、とう。きょせい?
十兵衞。それ、なあに?
『水いたるところ、みぞに成る』
山から海に至るまで、水が流れるところがみぞを作っていく……。
『日々絶え間なく行なう、水のようにことを成す。するとみぞになっていく。やがれ己に自然と身についていく』
私の金色と化け術と鞘が水到渠成ってこと?
『かの神がどうかは知らんが、春灯が水を流していることはみな知っているよ』
十兵衞も、タマちゃんも。うちの家族も、カナタも、緋迎さんちも。
トモやノンちゃん、キラリにマドカや、みんなもそうだよ。
教授たちでさえ、そうだ。
みぞはときに危ういね?
『雲無心出岫。雲、無心にして岫を出ず』
くも、無心にしてしゅうをいず……?
『雲は無心のまま、岫、つまりは山の穴から出てくる。もくもくと出てきて、風に流されていく』
なににも囚われることなく、風の吹くに任せる……。
『己の欲にみぞを深くすると? お主の言う、妖刀のような振る舞いになるのやもしれんな』
注いでしまう。欲する気持ちのまま。満たされなくて抗うほど、水を。
するとみぞは当然、深くなる。そうして傷も、執着さえもまた、深くなる。
『よいもわるいもない。水を注げば、みぞはできる。囚われるほどに深く刻むことになり、それは己の肌に浮かぶ皺のように明らかなものとなろう』
故に、雲無心出岫。
雲のように無心にて、かあ。
ちょおっとむずかしいよ?
『ならば己の噛みやすいよう、嗜みやすいようにせよ』
んー。
零点にして無限点の心地。点数から解放された境地、みたいなのが雲無心なのかも。
まあ、点数に囚われてるんですけどね。
あれ!?
頭が働かないね? 寝起きだからかな?
『さてな』
すみません。嘘です。思いつかないや。
雲無心。なんか悟りの境地みたいだ。
鞘に収めるまでが、いまの私には精いっぱいだよ?
『では、そこからだ』
ん!
じゃあ、もうちょっと寝るから十兵衞ものんびり寝るといいよ!
『俺はこれから宿に戻るのでな』
タマちゃんに叱られない?
『さて、さて。背から聞こえる寝息は機嫌がよさそうだが』
ひとしきり笑って、それっきり十兵衞の声は聞こえなくなった。
用事が済んだみたいだ。それにしても、これから宿に戻るって!
ご機嫌に飲んでいたのか、それともちびちびやっていたのか。
しかもいまのって、ふたり一緒だったってことでしょ?
おまけに、タマちゃんを背負ってるってことでしょ?
おー。
お外でのんびり夜更かしかあ。
いいなあ。なんかそういうの、最近ぜんぜんないなー。
ま! それどころじゃないからなんですけどね!
「んんんっ」
手足をめいっぱい伸ばしてから、あくびをめいっぱいして、まだ残っている眠気に身を委ねる。
水到渠成。
雲無心出岫。
どちらも素敵だけど、朝の眠気と二度寝はもっと素敵ってね!
つづく!




