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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千八百話

 



 お姉ちゃんに呼びかけて、みんなで現世に戻った。

 久しぶりに働いたーと喝采をあげるお姉ちゃんに、お母さんが待ってましたとスイーツボックスの箱を掲げてみせる。みんなのぶんも含めて、マカロンがいっぱい入っていた。

 まずはお姉ちゃんが選び、次をぷちたちに譲って、残りをお母さんとカナタと私とで分ける。

 ひとときの休息を。

 ホイップをのせた、あまいあまいミルクティーで。

 お菓子が大好き。だけどゲームも大好き! そんなお姉ちゃんたちがテレビ前を占拠して盛りあがっている。隔離世でも遊んでいたのに、まだまだ続く。

 果てしねえ。果てしねえなあ。

 好きだから飽きないのかな?

 それとも、楽しいから飽きないのかな? 両方なのかな?


「カナタくんはゲーム、やらないの?」

「あああ。うちは、兄が真面目で」


 お母さんに問われて、カナタが椅子に座り直した。

 すこしだけ丸まっていた背中がしゃきっと伸びる。


「ほしかったんですけど。ないんです、そういうの」

「あ、そうなの? スマホで遊んだりはしてないの?」

「あんまり、ない、かな。数独とか、囲碁とか?」


 即座にお母さんが物言いたげな顔で私を見てくる。

 いや。ほんと。こういう人なんだって。音ゲーとか、スマホゲーとか、あんまり響かないんだよね。シュウさんがけっこう偏見あるみたいでさ。カナタにあれこれ吹き込んでるの。


「あ、チェスならできますよ?」


 ちがう。そうじゃねえ。

 親子して内心で突っ込んじゃった。

 どやっているカナタさん相手に突っ込む勇気は親子そろってなかった。


「あと、カード類のゲームは好きですね」

「そ、それってトレーディング?」

「なんですか? それ」


 非オタやんけ! と驚愕の表情を見せるお母さんに「いまさらでしょ」って呆れた顔を見せる。ジェスチャーだけで会話して、声には出さない。

 なにせ、カナタさんはきらきらしてるから。

 カゲくんやミナトくんみたいに、カナタの親友のユウリ先輩はけっこうな趣味人だそう。けど、カナタの様子をみると、布教されていないか、しくじっているっぽい。

 凝り性なところあるから、戦略性のあるネトゲにハマろうものなら? やばい。なので、私はあえて弄らずにいる。


「じゃあ、麻雀はできる?」

「それなら、まあ。雀卓もってるヤツがいるんで。寮でちょいちょいやってました」

「あー。いまでもいるかー、そういう子が!」


 うきうきし始めるところわるいんだけど、お母さん。

 お父さんが帰ってこなきゃあできないと思うの。私、麻雀は役がよくわからないし。計算できないし?

 トシさんたちも麻雀が好きなんだよね。

 好きな人の「麻雀を一緒にやれば、だいたい相手のことがわかる」信仰ってなんなんだろ。

 ほんとなのかな?

 よくわかんないや。

 それならまだ人狼でよくないかな? ぷちたちを交えてできるし。

 なんてね。麻雀の牌のじゃらじゃら音が慣れないだけなんだけどね。


「なあ、春灯。ゲームでぼこすかやってるけど、あれはいいのか?」

「んー?」

「ほら。あれ」


 お姉ちゃんとぷちたちがスマッシュを狙うゲームで対戦している。

 けっこう白熱していた。さすがにお姉ちゃんに一日の長あり。けど、ホストに徹してる。煽るし褒める。楽しそうによく笑う。

 意外だ。うまくいかなかったら「ぬあああ!」と荒れるのが、私のイメージなんだけどな。今日のお姉ちゃんは余裕を持って、積極的に干渉するよりも、ぷちたちがどうでるかを楽しんでいる。待ちには煽り、行動には賞賛を。

 うまいもんだよ?


「なにか問題?」

「……や」


 お母さんとなにを話したらいいのか緊張して絞り出した話題が? からぶり!

 緊張してるなあ。カナタさん。

 お母さんがトランプを引っ張り出してきて、ふたりでポーカーを始める。

 なにもなしじゃつまらないから、お母さんが勝ったらカナタの、カナタが勝ったら私の子供時代の話をひとつするっていう、よくわからない賭けをする。

 いまさら隠すようなこともなし。呆れながらも私は椅子に座ったまま、のんびり見守る。

 カナタが話題にしたのは、表現かな。

 私の見た夢は? さすがにまずい。あれはよくない。ぷちたちに語るには早すぎる。

 じゃあ、境目はあるのだろうか。

 そもそも、その境目ってなんだろう?

 ことばに存在する、個人による文脈の違いについては何度となく考えてきた。

 それと同じで、ものを見るときの感覚にも個人差はあるよね。

 ひとつの映画を観たとき、観た人それぞれの中に物語が生じる。映画の物語が正で、観た人の中に生まれる物語が誤とみるのは浅はかだとする人もいれば、頑迷に「まさしく!」と声をあげる人もいるだろうし? その他、もろもろ。ここも個人差があるところ。

 ただね?

 物語といえば上品だけどさ。

 楽しみ方と言い換えたら、どうかな?

 これはなにがどういいとか、かくあるべきとか、そういう類いのトークじゃなくね?

 フィクションを観るとき「わかりやすく」「考えたいことは考え、考えたくないことは考えずに済み」「話題として共有しやすく」「笑えて」「泣けて」「どきどきして」「はらはらして」「性的におおって思えて」「見終わったあとの気持ちがすっきりする」ことを望むケースがある。

 ここでの要素は人それぞれ。同じ人でも、時と場合によってだったり、媒体によって異なることがある。シコリティーなんて単語があるんだってね。いつのものかは知らないけどさ。男性が「うおおおおお!」とむらむらできるかどうかの指標があるのだそう。

 映画じゃもっとわかりやすくキャッチコピーで連発されてない? 胸キュン、泣ける、みんなが笑った、とか。そういうの。

 要するにね?

 フィクションを観るときは、まず楽しみ方から入るの。

 それに慣れすぎると、今度は自分の中に浸透した楽しみ方でいろんな物事を評価しちゃいません? みたいな捉え方をする人もいるし? しない人もいる。

 ただ、当たり前として作られた文脈になれちゃうところはある。

 お母さんはよくテレビをつけっぱなしにする。お父さんもそういうとこある。それでなにげなく私とトウヤで夜の番組を見ることも多かった。最近になってうちに帰ってきても一緒だ。

 それでふと思った。

 説明を必ずするよなあって。出てきたもの、やっていることについてこれない人を出さないよう、初めて見てもわかるように、説明をする。くどいくらい。テロップも絶対についている。

 でね?

 それくらい、話している最中に説明をどんどん増やすことって、ありません? あるいは説明がクセになっちゃってることって、ありません? 相手が聞いてもいないのに。

 当たり前になっていること、慣れすぎてしまっていることって、自覚しにくい気がする。

 そこには偏見が多分に含まれる。

 なので揉めやすい気がする。

 それでもあえて話を続けるとさ?

 自分のつらさをまぎらわせるためにナラティヴを求めたり。自分の欲求をまぎらわせるために作品を見たり。いろんな見方ができるよなあ。フィクションって。

 こういう見方だけすればいいの! っていうのは、無茶な話だ。また、証明もしきれない気がする。現状ではまだまだ無理じゃないかな。

 実際にね? 薄い本が出るじゃん。二次創作で。ふんすふんすするじゃん。萌えシチュだけどえっちなしがいい人もいれば、いいからやらしいことするんだよぉ! っていう人もいる。いろいろいて、だからいろんな見方をする人がわーって集まって、売ったり買ったりできるお祭りってほんっとすっげえなあ! って思うんだ。

 見るところ、求めるもの、人それぞれ。

 そんなもんじゃんね?

 そこで済ませずに、もうちょっと広げるけどさ。

 見ている時に楽しみ方なんて、そこまで深く意識するかっていうと? そんなことはない。どっちかっていえば無意識の領域の話じゃないかな。意識しているものがすべてです! なんてこともないよなー。そこまで自分を把握する術があったらいいんだけどね。ないもんなあ。ひとまずはさ。

 だからかな。

 フィクションを見るとき、エンタメとして求めているのか、同時にちょいとポルノ気取った要素もほしいのか、そうじゃなくて胸キュンくらいで留めたいのか、いやな気持ちでいっぱいだから悪役をぶっ飛ばしてすかっとさせてくれるなだめ役を求めるのか。

 いろいろ!

 自分と意識的に結びつけるのか、意識的にはNOとするのか、そのあたりも?

 いろいろ!

 自分がどう認識し、どう認知しているのか、案外よくわかってない。自分で思うほどにはね。

 性加害にまつわる記述にせよ、ケアの現場の暴走を探る記述にせよ、いずれも個人の認識と、それによって選択する振る舞いにギャップが生じる。

 ジェシカジョーンズのお姉さんなんかは、まさにそれ。

 自分はこうなの! こう思ってるの! これでいいの! 感情が叫ぶほど、暴れるほど、大事な人の言葉が頭に入ってこなくなる。自分の激情の壁は加熱するほど分厚く高くなっていき、それを貫き自分と世界のギャップを埋めるのが困難になる。そういう状態に陥ってしまう。

 熱狂も、激怒も、没頭も集中にさえも、視野狭窄に陥る一面がある。


「む」


 カナタはポーカーフェイスを貫こうとしているけど、気づいていない。

 いい手がきたら尻尾が膨らみ、悪い手がきたら尻尾が露骨に窄まることに。

 おかげでお母さんにとっては、いいカモだ。

 だけどお姉ちゃんがぷちたちに対してホストに徹しているように、お母さんもまた勝ち負けのバランスを取っている。

 ゲーム。勝ち負けが決まるもの。ただ、それだけが楽しみ方?

 それを突きつめる作品はたくさん。突きつめる人たちもたくさん。

 だけど、それだけじゃないのも事実。

 住み分けできているときはほどほどに、混在すると揉めに揉めることもある。

 お母さんにとってもカナタにとっても、いまやっているポーカーは時間つぶしと、仲良くなるきっかけにできればいい。ので? 勝ち負けはせいぜい、スパイス程度。

 人によっては、スパイスがメインに昇格することも。

 作品の見方もそうだし? 物事や人に対する見方もそう。

 ぜんぶを一緒くたにしている人もいれば、そうじゃない人もいる。

 いろいろだ。

 いちごのマカロンをじーっと見つめる。

 淡い赤の皮の間にガナッシュ。ミルクティーのクリームを指先ですくいとって、のせてみる。

 どんどん盛りつけていく、私の考え。クリームとマカロンを貫通して届くような刺激って、世の中そんなにない。世界を見たくて、感じたくて、私はぼっちじゃないって知りたくて、お祭りだの遊びだの、ライブだの、いろいろやりたくなっていた。

 みんなといながら、私はどんどん孤独を深めていた。なんでかな。ひとりだった。

 ライブだとさ?

 心が剥き出しになるの。

 観客席にいたときだってそうだった。

 ステージに立つと、殻なんて一瞬で剥かれてしまった。

 なのに日常の私は、どんどん殻を分厚くしていくばっかりだ。

 過ごし方次第なんだけどね?

 楽しみ方次第なんだけどさ。

 囚われちゃうと、他の動きに移りにくくて、いやになっちゃうな。


「ううんんん!」


 お母さんの手のひらに転がされているのでは? と疑念を抱いたのか。カナタさんが唸りだした。おまけに、こういうときに限って運がない。カードをシャッフルして挑戦するときは決まって最後の手札がずーっと! ぶたさんだ!

 変に力んで、あれがほしい、これがなきゃってなるときって、なんか外しちゃう。

 外さない人もいるっていうよね。

 フィクションにはけっこう見る。

 たまーに現実でも「あの人やばいって」なんて聞いたりする。

 けど、そんなのいっぱい思い浮かべたって、手札はよくはならない。外しちゃうサイクルをどうにかできるわけでもない。

 肩に力が入ってる。フォームは乱れ、声を絞り出す喉は酷使して、余計なところに力が入って、自分ばかりがあふれて手に負えなくなっていく。

 しかもあふれてる自分って、こうじゃなきゃだめとか、なんでこれができないのとか、どうしてあいつはこうなのとか、そういうしんどい気持ちばかりでさ?

 それじゃあ自分も周囲もつまんなさで溺れちゃう。

 わかっているのに?

 やめられない。

 囚われるって状態は強い。

 弱いほうがいいんだけどな。

 どうせ溢れるなら、気持ちいいとか、たのしー! とか、そういうのがいいんだけどな?

 そういう気持ちで、日頃のうんざりする分厚い壁なんか貫きあっていたいんだけどさ。

 ままならねーので、困っちゃうね?

 金色を飛ばして、カナタのカードに当てて化かしてさ? ごまかしたり。あるいはカナタが霊子をいじって、カードの絵柄を変えたりしたら、どうなるだろう。

 お母さんが相手じゃあ、すぐに見破られちゃいそうだ。

 ごまかしきりたいだけのイカサマは、見破られちゃあ意味がない。

 だけどそもそも、ふたりのポーカーは勝ち負けよりも、その後の語りが本命。もっといえば、語りがしょうもなくても、素直であればなんでもいい。失うものなんてなにもない。

 いいかっこしたいと?

 恥を掻きたくないと身構えると、ついつい力んじゃう。


「ストレートとブタさんで、私の勝ちね」

「くうっ」


 必死に思い出を絞り出して粘りを見せるカナタの横顔を、じーっと見つめながら思う。

 ああ。好かれたい、好かれなきゃって必死だ。カナタのため。ふたりの未来のためーとか、力んじゃってるんだろうか。

 いいのに。楽にして。むずかしいか。恋人の家族って、要は他人だもんね。

 ぶっちゃけていえばきっと、無理して仲良くしなくていい他人。家族なんか、もっとそう。

 日頃、ずーっと一緒にいるのなら?

 力むほど参っちゃうよ。

 日常は続くんだもの。

 なんにもできない同士でいられるくらいがいいよ。できなきゃいけないこと全部すてて、一度すべてなしにしてね? 零点のふたりでなんとかできるくらいでいい。

 零点で、なにがどれくらいのことか知っていけるといい。お互いに共有できるといいなー。できないって素直に言えるほうがいい。言えないよりずっといい。

 そこまで思うのに、私は言えない。

 遠慮してるから? 不安だから? 怖いから?

 そんなのやまほどあって、決めきれないよ。

 ああでも、不安なんだなあ。

 三年生だもんなあ。

 なんだ。

 私、けっこう動揺してるんじゃん。


「じゃあ、次は――……」


 カナタはなるべく成功エピソードを話そうとするんだけど、ことごとく悲しいオチがつく。

 あれがうまくできた、これが自分的によかった。そういうトークのオチは、決まってシュウさんに叱られるかダメ出しされて終わるノリ。

 むしろいま、ふたりが会話できるようになったのが信じられないくらいだ。

 お母さんが話を掘り下げたり、カナタの考えを引き出してみると? 案外、シュウさんの失敗エピソードもでてくる。カナタはちゃんと知ってる。シュウさんがプレッシャーやストレスのやり場がなくて、八つ当たりしてたこと。

 だから余計に許せねえ! となるのだし?

 それでもいまではもう、ふたりは話せる仲になっている。

 その間に、なにがあるのだろう。

 わかんないね?

 そのへん、私がどうこう言えるところじゃないしさ。

 なぞかも。

 けど謎を暴かずとも、話は進む。受け手となるお母さんがうまくて、ゆっくりゆっくり、カナタが構えを解いていく。難があるけどね。いかんせん、去年の経緯がよくなかったからさ。

 私が倒れる機会がたびたびあったんだ。心配して気を揉んだうちの家族の感情のはけ口になりかけてたんだよね、カナタは。いや、なってたのかもしれない。そこんところをカナタが忘れられるはずもなくて、緊張し続けちゃうんだろう。

 ちょうど出くわしちゃったのがまずかった部分はある。だれよりカナタにいらいらしてみせたのがトウヤで、うちの両親はそれなり。ほどほど。だけど、うちにとって、私が恋人を連れてくるなんてイベントはカナタが初めてだし、実は大いに取り乱してる。まだ、やり方模索中。

 当事者の気持ちと裏腹に、将来がどうなるかはわからない。

 それは、どんなふたりにも言えることだ。

 だから「どこまで?」っていうのもあるよね。どこまでやるのか、どこまで迎えるのか。

 いちいち考えるのやめて、まずは知り合いになり、関係を深めたいなと思ったらそのようにするし、そうでないなら距離を取るくらいがいいっていうスタンスもありかもしれないね?

 お父さんはいまのところ、そんなノリ。

 逆に緋迎さんちだと? サクラさんが私に対して、そんなノリ。ソウイチさんはわりとウェルカムなんだけど。なんといっても、感情表現をするタイプじゃないからなあ。

 そうした面での不安もある。

 実のところ、みんなして距離感を掴めていないだけなのかも。

 私とカナタにしたって、カナタが高三で来年には卒業して大学部に通うってだけで動揺してる。仕事を始めたときだってそうだ。

 どうしたって変化するのにね?

 日常を続ける限りさ。

 トレードオフの選択肢を迫られる場面だってあるぞ?

 なのに身動きが取れずにいる。

 わお。

 めっちゃビビってるやん。私。

 これぞ、あかん! なのでは?

 日常にあかんことがあるじゃん。

 で、それっていますぐにどうにかしなきゃいけないことなのかな?

 焦らなくていいんじゃない?

 そう自分をなだめて、マカロンを食べちゃう。

 甘い甘いミルクティーをちびちびと飲みながら、カナタの奮闘を見守る。

 たまにぷちたちが呼んできたり、飛びついてくるときには、そちらに気持ちを向けて。

 勉強どころでもないし、事件どころでもない。

 零点になる。

 いくらでもね?

 そのままで、ときに歩み、ときに学び、ときに休むんだからさ。

 減点をせっせと集めている暇なんかないな?

 まずは零点の私のままで居るところからね。




 つづく!

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