第十八話
お風呂もあがってお部屋へ移動したの。
制服かしといて、穴あけたげると言ってくれたトモに深々と頭を下げつつお願いしたり。
パンツを履いても微妙に履ききれない現状に嘆いてみたり……刀を出して刀身を眺めてみたり。
今日はイベント盛りだくさん過ぎて疲れちゃった。
もーいい寝る、って言って下着姿のままでベッドに倒れ込んだよ。
トモに裁縫お願いしといてあんまりなことを考えたバチが当たったんだろうか。
『身体の手入れがなってないな』
『まったくじゃの』
バキバキの身体が悲鳴をあげながら勝手に動くの。
「ほぐしておかんと明日がひどい」
おじさんの声と一緒に両手が身体の筋を撫でる。
悲鳴を上げられないレベルで痛いっす。痛いっす。まじやめて欲しいっす。
「明日のため、我慢だ」
うう……そう言われましても。
っていうか……ずっと突っ込まなかったけど、おじさんたちなに?
「十兵衛だ。柳生十兵衛三巌」
『玉藻前……この時代だとどういうしゃべり方が受けるかの』
さらっと言ってくれますけど、二人の名前って……ほんもの?
「やれやれ……窮地を救ってやった恩も忘れたか」
身体を勝手に動かしてるの、おじさんなの?
「まあな」
痛いのおじさんのせいじゃん。
「斬られてもっと酷い目にあってもよかったと申すか」
……まあ、それはそうかも。どうもありがとうございます。
そう考えただけで伝わるらしい。おじさんの笑い声が頭の中で響く。
ところで、もう一つ地味に気になってたこと聞いてもいい?
「なんだ?」
……私が見てるものって、おじさんとお姉さんにも見えてるの?
『見えるどころか、触れた感触も、身体の五感なにもかもが伝わっておるよ』
お姉さんの声に恐る恐る鏡に顔を向ける。
下着姿の私が足をかぱっと開いて、太ももから膝にかけて丁寧にマッサージ中。(それもおじさんによるマッサージ)
ちょ! ちょー! おおおおお、おおおおおお!
「なんだ、騒々しい」
叫ぶよ! え? 恥ずかしい! やだやめて!
「子みたいなもの。気にするな。今は俺の身体でもあるのだから」
そ……それはそうなのかもしれないけど。
恥ずかしい。あとマッサージがだんだん気持ちよくなってきた。
泣きたい。
めそめそしながらおじさんのなすがままマッサージをされる私。
自分の手なのになんでこんなに悲しくなるんだろう……。
地味に気持ちいい。放っておいたら筋肉痛になるのは間違いなし。心の中からね? とてもあったかくて優しい気持ちをおじさんから感じるから、もう素直に諦めて受け入れることにしたよ。
ひと息吐いたおじさんにマッサージの終わりを感じたらしい。
「さて……ぬしよ、変わってもらうぞ」
『むう』
お姉さんに主導権が変わったみたい。
次に私の身体に触れる手つきはおじさんのものと明らかに変わっていた。
身体のいたるところを指先で押す。
いたきもちいい。っていうか痛い。でも気持ちいい。す、すごい……。
こ、これはなにを?
「ツボをな、突いておる。妾の宿る肉体がちんちくりんでは困るのじゃ」
お姉さんもなにげにひどい。
「落ち着け。そして聞け」
うん? と思った時、お姉さんの操る私の指先はおちちの付け根に移動した。
「ちち……今よりもう少しくらい、でかくしたいじゃろ?」
う、うん……って、待って!? 弟に哀れ乳とさげすまれ続けて地味にコンプレックスになってきたその願望を、なぜ知っているの!
「こし……もっと細くしたいじゃろ?」
うん!
出来ればお風呂場で会った銀髪の子くらいきゅっとしたい!
「しり……なやましくしたいじゃろ?」
したいです!
今のお尻は微妙なので変えたいです!
「傾国に導く美をそなたに授けよう。なに、たまに身体を使わせてくれればよい。身長も……もしかしたら少しはマシになるやもしれん」
ほんと!?
「さて、無理かもしれんが。しかし美しさに手を伸ばすことはできよう。どうする?」
な、なんかすごいこと言ってる。
けど悩むところじゃないので、素直にお姉さんに従うことにしよう。
よろしくお願いします! 土下座の勢いでお願いします!
お姉さんに任せれば素敵ぼでぃ獲得ですよ!
「というわけで、自分で覚えよ。食事、立ち振る舞い、男との付き合い方。少しでも粗相をしたら、ほれ」
アゴの下をぐっとお姉さんが押した途端、激痛が! げ、げげげ、げ!
き、つううううう! おおおおおお! おおおう!
身もだえする私にやっと指が離れた。
痛みだって共有出来ているはずなのに、おじさんもお姉さんも笑うばかりだ。
「自ら努力する者にのみ、妾は力を貸そう」
『俺もだ。怠惰に浸るな』
う、うう……いわゆるチート能力二つもげっと、みたいに楽にはいかないの?
ひどい……。
でもツバキちゃんみたいな一目で女子だと思える力とか、綺麗だけど強いトモの女子力とギャップとか、あの銀髪の子みたいな美しさが私も欲しいです……!
「美は一日にしてならず。ほれ、素直に従え」
はあい……。
お姉さんの指が押す場所を覚えようとするんだけど、だめ。
繰り返すけど今日は色々あって、もう頭の許容量は限界値なんです。
もともと私そんなにスペック高くないからね。
「自分を否定するとは、呆れた女じゃ。罰を与えねばな」
『ケツ叩きは女狐に任せるとしよう』
「だぁれが女狐じゃ! まったく」
すっと身体を起き上がる。
痛みがだいぶマシになった身体は、下着姿のまま廊下へ……って、待ってよ!
ちょ、ちょちょちょちょ、ちょー! 服を! 服を着てくだちい!
「だめじゃ。これが罰だからのう」
いやいやいや! 痴女確定だよ!? しかもたぶんきっと真顔で、哀れむような目つきで服着ろよとか言われるに違いないよ! もう傷だらけだよ私の心は!
「ふむ……それは確かにつまらんのう」
足が止まってくれて心の底からほっとした。
そんなの一瞬しかもたなかったね。
箪笥を片っ端から開けて、服を並べていくんだけど。あのう……いったい、何を?
「ううん……この時代のセンスがわからんのう。わからんから、そうじゃなあ」
このへんかの、という呟きが私の喉から出た。
か、完全にお姉さんに身体を乗っ取られている!
箪笥から取り出したのは、中学時代にこじらせまくって買った闇の儀式用のえっちな下着だった。
ブラもショーツも黒のすけすけ。それにセットのネグリジェ。
血迷って買ったセットのガーターベルト。
それを着て英雄を召喚して、世界と戦う魔法使いになるんだとね。
私を捧げるんだとね。
考えていたんですよ。
そんな頃が私にもあったんですよ……中二病をこじらせてさ。今時じゃないだろうというお母さんのツッコミを浴びながら、マントを羽織って付け歯をつけて学校に通っていた頃がね……。
ネグリジェにしたって値段が値段なだけに、そしてサイズも変わってないから捨てられずに持ってきちゃったんだけども。
母親に見られたら死ぬしかないし。
ネグリジェとガーター以外身に付けたよね。お姉さんは。
その上でパーカーだけを装着したね。
鏡を見るにやっぱり痴女だよね。
ブラ見えてるし、パンツも見えてるし。
処理が足りてない生足なのもなんていうか、我がことながらいたたまれない。
いたたまれないよ!
待って! 待ってくだしい! さすがにこの格好はいろいろと死ねるのですが! 社会的に!
「今から剃るのもまどろっこしいのう。まあ妾の見た限り薄い方じゃから僅かばかりマシじゃが、普段から手入れはしっかりせい。日頃の手入れが自らの意識を高めるのじゃぞ」
うっ……はい。気をつけます。耳が痛いです。
そ、それでもだよ? それでも!
少なくとも下に何かを履くべきだと思うわけです!
心の底からそう思うし抗うのに、身体は動かなかった。
これだと男の子向けのちょっとえっちなゲームの「履き忘れた」みたいなタグつきの女の子だ。
元が私なだけにアピール力は比べるまでもないです。
きっと言われるね。「スカート履けよ」って。真顔で。
泣いてもいいですか。
「たらんのう。悩ましさがまるでないのう」
ぐさっ。
刺さるよね。刺してくるよね……!
「やれやれ。化粧道具はないのかの」
勝手に探しすぎじゃないです?
まあもういっそあきらめの境地に近づいてますけどね。
頭の中から追い出せるならとっくに追い出せていたはず。
それが出来ない現状、おじさんとお姉さんとやっていかなきゃいけないっぽいし。
「おお、おお。あるではないか」
お母さんが優しさをこめて用意してくれたメイク道具一式(私は使えない)を箪笥から取り出すと、
「こういうものは然るべきところに置くのがいいのじゃぞ」
余計なお世話……とはね除けられない、お母さんみたいな言葉を口にして、いそいそと使い始めた。
何がどんな名前で、どう使えばどうなるのかもわからない私は、鏡を前にせこせこと顔をメイクアップしていくお姉さんの手際を眺めるばかり。
だいたい一時間もした頃だろうか。
出来上がりを見てびっくりだ。
「道具が少ないから大変じゃのう」
文句を言いつつも、しかしお姉さんの手際は見事なものだった。
女子力皆無な私からしたら、私がすげえ綺麗になってるやん! くらいの印象なんだけどね。
まぶたがきらきらしてたり、唇がつやつやぷっくりしてたり。
「さて、現状のお主の魅力と現代の男たちの機微を探りにいくかのう!」
え。
「強くてだましがいがあって、不幸にしがいがあって……でも包容力がないといかんのう。何より誰より深く愛してくれる男でないといかんの。しかし男の良さも時代によって変化しよう。妾は前のめりに受け入れるぞう!」
尻尾がぱたぱた振られてます。
「大きな権力を持っている方が楽しいのう。貢がせたいから財力も必要じゃ。愛されている実感が欲しいからの! とはいえそれも時の流れで変わるか。くふ、久々の戦じゃぞー!」
あ、あのう。
私の身体で、私に罰を与えるために一体なにをなさるおつもりで?
「調査じゃ」
だ、だめな感じだ! 調査と言いつつ、ノリ的には男漁り的な勢いだ。これ放っておいたら私が酷い目にあうやつだ!
待って、お願い待って!
どれだけ叫ぼうとも、口からは何も出ない。
それどころかスキップでお部屋を出て行く私の身体。
「どれどれ。どこかにいい男はおらんものか」
ひいいい! やめてえええ!
私の身体で私に出来ないことしないで!
そんな願いは戦いを前にしたおじさんの時同様……聞き届けられませんでした。
◆
先輩の姿が遠目に見えるたびに「あれは雑魚じゃ」とか「あれも雑魚じゃの」と切って捨てるお姉さん。
どうにも気が乗らないのか、先輩に見られないように素早く移動して次を探す。
幸か不幸かわからないし、雑魚判定された先輩方にはただひたすら申し訳ないばかりです。
「おっ、食堂で会った坊主がおるぞ?」
そんなお姉さんの気を引いたのは、窓から見える中庭で素振りをする狛火野くんだった。
「どれどれ。一丁、戦に挑んでみるかの!」
や、やる気だ-!
必死に身体を動かしてみようとするけれど、まるで動く気配なし。
スキップして私は中庭へと出て行く。
「999……1000! ふう」
刀を手に素振りを終えた狛火野くんは、草むらに置かれたタオルに手を伸ばそうとしていた。
慌てる私に構わず、お姉さんは駆け寄っていってタオルを手に取る。
「え、あ、青澄さんか……んっ!?」
タオルを掴んだ私を見て何か言おうとした狛火野くんの目が見開かれた。
視線が胸元にいって、すぐに上にずらされる。
意識したくない事実として、パーカーのファスナーはぎりぎり胸元が見えるところで留められているのです。
もう一度いいます。
ブラが丸見えなんですよね。哀れちちと一緒に。
「ど、どうしたの? そんな格好で」
夜なのに、そばにある街灯に照らされて赤面しているのが丸わかり。
困った顔で背中を向けているし、身体が強ばっているのもわかる。
『照れておるぞ? そなたの身体で照れておるぞ? 自尊心、刺激されんか?』
う……ひ、否定しきれない。
ずっと男子関係だめ子さんだったから、尚更余計、かつ地味に嬉しい。
そんな心の弱さに『そうじゃろうそうじゃろう』と満足げに考えるお姉さん。
「窓から見えて、応援したくて、つい……来ちゃった」
流されませんよ!
来ちゃったじゃないよ!?
応援じゃないでしょ、狙いは別でしょーっ!
『現状把握じゃよ。おぬしの魅力の現在を知らねば、どこを目指すべきかわからんじゃろ?』
わかったような、わからないような。
いや、やっぱりわからないよ! この格好はやだ! 恥ずかしい!
精一杯訴えるのに、
「そんな格好って……どんな格好?」
お姉さん、ちょっと……っ!
狛火野くんのTシャツの裾を指先で摘まんで、くいくいと引っ張るあざとさ!
しかもふり返ってみてもいいんだよ、という選択肢を与える手腕!
私にはとても真似できないよ!
「そ、それは……」
うわあ……すごく悩んでる。
「ふふっ……」
『ああああああ! かわいいのう! ういのうういのう! たまらんのう!』
うわあ……お姉さん、イケイケな人だ!
もはや疑いようもないよ!
ゆったりとした足取りで狛火野くんの前に移動して、タオルを差し出す。
拭くくらいしかねないと思ったけど、違った。
お姉さんは私がしたことのない顔の筋肉の使い方をした。
「実家を出て、一人で……だから、なんだか寝つけなくて。ごめんね」
ど、どこまでも凄いなあ! いっそ凄いという形容詞しか出てこないよ!
何が凄いって、口から出ていく言葉は全部が嘘というわけじゃない。
だから彼にも届いたのかもしれない。
あ、と声をこぼした狛火野くんが私の顔を見る。
瞳に映る私は儚げに笑っていた。
す、すごい……こんな顔できるんだ、私。
『表情の作り方、天然で出来ねば自ら学ぶべし。鏡を使って特訓せい。してみれば……ほれ、どきっとした顔をしているじゃろ?』
なんだろう。ショートアニメでやってたあざと学とか、そういうのかな?
でも確かに彼は落ち着かなそうな、恥じらうような顔をしていた。
「じゃあ、おやすみ……風邪、ひかないでね」
立ち去ろうと背中を向けるお姉さんに「待って!」と思わず声を掛けちゃう狛火野くん。
お姉さん、マジで恐るべし。
ちなみに今の台詞の最大のツッコミどころは、私の方が風邪ひきそうな格好しているからな、です。
あとね。
背中を向けているから狛火野くんは気づいていないけど、自分の身体だから私にはわかる。
ものすごく悪い笑顔してますからね、今。
『かかった! ヒットじゃヒット! こやつ間違いなく経験なさ男くんじゃぞ! ひゅー! ちょろいのう、ちょろいのう。大好きじゃぞ! 経験なさ男くんは!』
頭の中で喝采をあげているお姉さんはひどく残念な感じです。
ああ……毒牙に。お姉さんの毒牙に狛火野くんが――
さめざめと泣きたい私と喝采をあげるお姉さんの意図などしらず。
「ちょっと……ごめん」
私の肩を掴むと、そっと回して。
狛火野くんは照れた顔をしていた。
私の身体を見ないように気をつけながらファスナーを取り、そっと引き上げた。
隠れる胸元、そしてブラ。
「君の肌が露わになるの、落ち着かない。なんか、困る」
ちょっと怒った声で、
「食堂で笑ってくれたみたいな、ああいう笑顔の方が、ぼ……俺は好きで……」
なにいってんだろ、と呟く。すぐにごまかすように、
「おっ、俺はそれだけで嬉しいから! だから君に見合う俺になるまでは……ごめん!」
より恥ずかしい台詞を口にした。
じゃ、じゃあ! と刀とタオルを手に走り去っていく狛火野くん……
「いい(ちょろきゅん」
『すごくいい(ちょろきゅん』
声を揃える私とお姉さんに対するおじさんの、
『阿呆。もう満足しただろう。そんな下着同然の格好で出歩いて風邪をひく前に、さっさと部屋へ戻って寝ろ』
というツッコミにより、今夜はお開きになりましたとさ。
……ほっ。
つづく。




