第千七百九十九話
お姉ちゃんが幽霊たちをあの世へと送る。
隔離世、うちの庭にお姉ちゃんがこしらえた巨大な洞穴へと幽霊たちが進んでいく。
途方もない人数だ。
昼下がりにスーツ姿の鬼たちが並んで、交通整理をするように誘導していた。
私もカナタも、ぷちたちも、縁側でほけーっと眺めている。
情緒もへったくれもないけど、でも助かる。私の元を訪れる幽霊さんたちの数がすごい。昨夜みたときよりも多い。
洞穴の前にカウンターを設置して、鬼のみなさんが台帳を手に受付をしていた。名前と生年月日を尋ねている。すぐ後ろで眼鏡をかけたお姉ちゃんが、小さくて分厚いノートを忙しなくめくっていた。時折、受付の鬼のだれかがお姉ちゃんへと振り返り、アイコンタクトを待つ。イレギュラーがあるとすれば、そのささやかな手間くらい。
どれほど待っても、列は途切れない。なので、洞穴から折に触れてスーツの鬼がやってきて、列の整理に向かう。
「冬音に来てもらえてよかったな」
「ね」
こんな大勢の死に際みたら、マジで私どうにかなってたよ。
事情を説明したら、すぐにやってきてくれたんだよね。
十王の裁定に向かうよう手配する。私とカナタが思うよりも数が多いから、呼んでくれて助かったって。お姉ちゃんはそう話してくれた。
実際、多い。迷える魂。地縛霊とはちょっとちがうのかな? なぜか、逝けなかった魂たち。
漏れなく最期が悲惨だというのなら?
それを私が追体験することが、果たして私の好きな形なのか。列を成して「あー、やっとだわー」って疲れた顔して進んでいるみなさんの望みなのか。
望みだったら声をかけてきそうなものだけど? 一切! ない!
悪夢、見損なのでは?
いや。悪夢も、追体験して感じたあんな悲惨な体験も、損でしかないぞ?
「多いな」
「ほんとに」
カナタとふたりで途方に暮れちゃう。
みんなが吸いこまれちゃうおうちがあったとしても、三分おきくらいに必ず次の電車がくる都心をぐるぐる回る路線があったとしても、けっこう時間がかかりそうな列だ。
夏冬の有明級?
根を上げてよかった。ほんとに。
安堵すると同時に「いったい私たちは、なにをしてしまったのだろう」と思う。それくらい、列が途切れない。
眺めながら思う。私の見た末期。場合によっては地縛霊だの怨霊だのになって祟ることで復讐しようとしてもおかしくないような暴力を受けていた。
けれど、いまの彼らはお姉ちゃんと鬼のみなさんの指示に従って、この世にさっさと別れを告げたがっているように見える。
復讐。怨み。
真っ先に思い浮かぶのはメンタリストのパトリック・ジェーンだ。あのドラマはシーズン七まであるけど、敵は強大だった。アメリカエンタメによく見る対組織へと展開していく。法に関わる人間が敵組織にいると、それだけで打倒のハードルがぐっとあがる。正当性のある手順で、となれば余計にそう。日本でいえば、国会、内閣、裁判所のみっつの機関が独立して、相互に抑制しあい、バランスを保つ三権分立が、とことん腐敗した形で安定していると? たとえば公務員ひとりにできることには限界がでる。
次に浮かぶのは?
ブラックジャック。間黒男。幼少期に爆弾事故に遭った人。ずさんな不発弾処理が原因で、爆発に巻き込まれて全身がずたずたになっていた。名医によって治療を受けて、ハーフのともだちの皮膚を移植したから、顔の皮膚の色が異なっている。
お母さんを亡くすし、父親は母と自分を捨てて愛人とマカオに行っちゃうし、リハビリは過酷だ。そんな彼の感情の矛先が、不発弾処理をずさんに済ませた業者や、自分を捨てた父親に向かうようになったんじゃなかったかな。
で、業者のひとりを見つけ出して誘拐。地雷原のただ中に置き去りにする。時間を置いてまたやってきて、水と食糧を与えるけど、助けはしない。地雷を踏んだら治してやると言ってなかったっけ? 実際、地雷を作動させた男を治療してみせた。
大笑いして、涙して、震えながら身体を縮める彼の猛烈な孤独と、やり場のない膨大な感情の渦に言葉を失う。
やらずにはいられなくて、やる。復讐に向かうときの彼は、これまでの孤独に怒り、背負いきれない重さに喘ぐ顔になる。幼い頃に読んだときは修羅のように見えたけど、いま読んだら真逆。いまにも壊れそうな、ヒビだらけの危うい顔にしか見えない。
もうひとりの復讐相手を見つけた話もあるんだってね? 二人目は末期癌で、余命幾ばくもない。だから癌を切除して、完全に取り切ったうえで復讐を果たそうとする。けど相手は心臓発作で死亡。相手の娘さんに、精いっぱいの感謝と「先生のおかげで安らかに逝けた」みたいな言葉をかけられるけど、ブラックジャックは終始、動揺。感情のやり場を失って、狼狽した。やるせなさを抱えて立ち去って行く、みたいなの。
その手順に矛盾を感じる人もいるかもしれない。わざわざ治す意味があるのかって。
昭和の作品だけに、大勢の人が読んで、大勢のブラックジャック像があるんじゃないかな。
ね? ありそうだよね。
こういう風に復讐する! とか。母と自分を襲ったことを実感させてやる、とか。いろいろあるんだろうなあ。そこにがんじがらめになっている自分の感情もまた、時間とストレスで刺激されるほどに複雑になっていく。
そこから百年経ったらどうなるんだろう。二百年、三百年。あるいはもっとかかっていそうな人も見かける。彼らの心はどんな状態なんだろう。
さっぱりわからない。正直、介入する勇気もない。私に詰め寄った人もたくさんいたけれど、顔が思い出せない。あの列の中には加わっているはずだ。
「なにかしらの理由があって成仏できなかった幽霊は、ここにいる人たちで全員なのかな」
「さあなあ。冬音が探していそうだけどな」
「ああ」
言われてみれば。
地獄のお姫さまでもあるのだし?
私よりもよっぽど仕事熱心なんだよね。うちのお姉ちゃんは。
「ああ、でも、いまニュースを騒がせている事件が幽霊の仕業でした、なんてことになったら大騒ぎかもな」
「ちょっと」
ぷちたちがそばにいるのだ。列を見守るのにすっかり飽きて、いまじゃ私の尻尾を引っ張ったり、カナタの背中をよじのぼったり、リビングでゲームやったりしてるけども! 発言には要注意!
「あ、いや。シオリが立沢からなにか相談されてるみたいでさ。例の事件が気になってるんだよ」
「例のって、マンションの?」
「そう」
お互いにあえて「儀式殺人」という言葉は避けた。けど、言わずともわかっていた。
理華ちゃんが現場の第一発見者だっていうことなら、もう知っていた。
凄惨な事件現場だったから、報道が過熱している。ワイドショーもそればっかり。
「現世で牛鬼たちとの戦闘があって、だいだらぼっちと東京湾で決闘した。霊子が満ちて、途端に事件の規模が大きくなったし、現世で戦う機会が増えた」
「現世で起きる被害もまた、増えているって言いたいの?」
「警察の刑事さんたちも、侍隊も、地獄のみなさんも、みんな変化に対応しきれてないんじゃないかなって」
カナタがぼーっとしながら、わりと絶望的なことを言うから横目で睨んじゃった。
なんてこというんだ。ああ、でも、そういうことなのかな。
目の前の光景は、カナタの示唆する可能性の一端なんじゃないかな。
「それくらいの変化なんだから、その。さ」
私を横目で見て、睨まれていることにようやく気づいた。肩をびくっと跳ね上げてから、視線を右往左往させる。開こうとした口を閉じようとするけど、止めて。やっぱり開こうとして、止めて。歯切れが悪い。
「ひとりで、抱え込むのは無理なんじゃないかなーって。だめ?」
それを聞いちゃうところがだめ。
つれない言葉を飲みこんで、列に視線を戻す。
黒いのがこの世界から立ち去るとき、膨大すぎる霊子をこの世界に残していった。世界のありようが変わるくらいの影響力があるんじゃないかな。
すると、私たちは影響を受けて変わることに対処しなきゃいけない。歪みも生じるだろう。
それでなくても安定とはほど遠いこの世の中で? さらに?
わーお。
そりゃあ、ひとりで抱え込んでる場合じゃないぞ?
列の整理をてきぱきとこなす鬼のみなさんは、声をあげて、連携を取り合っている。大勢を相手にするときは、大勢で。
戦は数だよ、兄貴ぃ! じゃないよね。数には数を。
規模が増すほど、対応の規模もまた増していく。
お姉ちゃんが霊子を操って作り出した洞穴を、鬼のみなさんがせっせと広げている。気づけば横八列に並んで通れる、遊園地のゲートくらい大きく広げられていた。
そして列を整理する鬼のみなさんが「ここからおよそ何分待ち」と示す類いの立て看板を立てていくし? 合間に時計台を設置したり、飲み物や軽食を運んできたりする。
至れり尽くせり。合わせてどれだけの鬼たちが働いているのかわからないくらいだ。
カウンターを見ると、さっきまではテーブルで台帳を見ていたはずの鬼さんたちが、いつの間にか国際空港の出入国審査所みたいにボックス型の座席に変化していた。中で対応する鬼のみなさんの手元に、うっすらと光が見える。台帳からパソコンになっているかもしれない。
ただ、それでもまだ時間がかかる。
「スタンプ押すところって、もっと簡略化される日がくるのかな?」
カナタに問いかけるも、返事がない。
ちらっと見たら、さみしそうなアヒル口をしてた。さっきのフォローに返事をしていないせいかな。拗ねるのはやっ。
「ちゃんと相談してるでしょー? お姉ちゃんにも来てもらったし。わかってるから、だいじょーぶ。ありがとね?」
肘を掴んで揺さぶる。ついでに身体を寄せておく。
こんな手でちょろく乗っかってくれたらいいんだけど、こじらせてたら困るなあ。
あなたのフォローに私がフォローで返すの、わりと謎じゃない?
「ま、まあ」
お。どもってる。けど鼻の下が伸びてる。
あれか。毎晩一緒に眠れなくなってさみしいってか。欲求不満ってか!
そういうのはいまは触れないぞ? ぷちたちも、幽霊のみなさんも、鬼のみなさんだっているんだし。
「たしかにあそこがボトルネックになっている印象あるな。受けるときはどきどきなんだけど」
「ねー!」
英語で問いかけられるんだよね!
もはや遠い昔のように思えるけど、アメリカ旅行のときを思い出す。
観光? 何日いんの? って。にこっと笑顔で見られて、パスポートにスタンプ押してさ?
返してくれるの。
あのスタンプを集めるのが好きで海外旅行してる人もいると聞く。
「顔認証とか、書類の電子化とか用いて簡略化する日はくるかもな? 国際的なインフラになるから、どのくらいの普及速度になるかはわからないけどさ」
「そっかあ」
スタンプは残るといいなあ。
なんかさ。行ったぞ! みたいな。そういうのが残るの、うれしくない?
そぼくな旅の喜びか。
「省略化するのに必要なものにも、すべからく手間がかかる。電子化するにしても、システムを取り入れるにしても、作って、配置してってやらなきゃいけない」
部品のお金もかかるし。部品が海外から調達する必要があるのなら? 輸送の手間がかかるし。そもそも部品を取りだして加工する、それぞれの段階でもそう。
システムなら、開発と導入、運用面での対応などなど、影響するよね。
わーお。
「一度変わったら、対応がいる。変わらなきゃ変わらないで、それによってでてくる影響に対応がいる。どっちがいいか。トレードオフなところがある」
一得一失。両立できない関係性。
変えるのか、変えないのか。
それぞれ長所と短所がある。影響する人の規模が広がれば広がるほど、あらゆる立場の人々を対象に考慮する必要性が出てくる。
いや必要ないっしょっていう人も、そりゃあいる。けど、長い目で見ると? もちろん影響は絶対的に出てくるの。それによって生じる変化に別途対応せざるを得なくなる場面が、必ずでてくる。
いま、どこまでやる? って話だ。
これからどこを目指す? って話でもある。
おじさんたちが会議室で怒鳴りあい説教しあい、エモそうな場面で主題歌やテーマソングが流れる類いのドラマだと? 「自分たちさえよければいいと思って」選択して、必ず「やべえことになっちまった!」という結果が出る。それに主人公が抗うのが、鉄板の流れだ。
理性と感情。あるいは意識と無意識とで相反することがあるよね。一得一失、二律背反な選択肢。
ただし変えるのか、変えないのか、このふたつの選択肢にはそれぞれに長所と短所があって、それは洗い出しきれているとも、精査しきれているともいえないものだ。常に抜けている可能性がある。考えるのが億劫なことさえある。
億劫さにやられているときに、大きな変化を見ると抗いたくなることさえある。
だから黒いのは問答無用、一気呵成に変化を与えて去っていったのかも。
勝手だと怒りまくっているだれかがいるかもしれないし、彼女にあれこれ「これ頼むわ」と言われてタスクをごそっと押しつけられた私は参ってるし?
成仏できずにいた幽霊さんたちが、ようやくあの世へ招かれてもいるし。
いいことも悪いことも起きる。
どちらかだけってことはない。そうそうない。
未来ちゃんと、必ず一日に一回はメッセージのやりとりをする。なんでも夢中になって楽しんじゃう彼女と接するのが楽しい勢が日に日に増えているみたい。そんな彼女から教えてもらうことが、いっぱいある。その中には、取り扱いが繊細な話題も含まれる。
たとえば、お薬。
病院に行けば医者は必ずこちらの病を治すもの。治すべきであり、治せなくてはならない! そして、処方箋を書いて提供されるお薬は身体に負担があってはならず、副作用などもってのほか! 患者である自分の病だけを、治す効果がある! それ以外は薬とは呼べない! ふんす!
そう思っている人もいる。
けど、そうはいかない。
それで済んだら楽ちんなんだけどね! そうじゃない。
お話を聞いて、検査をして、経過観察をしたり、様子を見つつ探っていくのかな?
お金がかかるし、場合によっては社会的なハードルがあったりする。なので、実のところ、だれもが医療を受けられるっていうのはSDGsの目標三に該当するくらい、まだまだ遠い目標。
薬にしても、そこまですんげえ薬ってそうそうないのでは? 理想が高すぎさん。
薬局で処方箋のお薬もらうと、ちゃんと書いてあるよね。副作用一覧。
字面を見て「うわっ! こわっ!」となる人もいるかもしれない。そういうときは相談してみればいいと思うの。
飲んでみて、副作用が出たら、お医者さんにお話するといい。記録を取って、お医者さんや薬剤師さんに伝える形になるのかな?
もしもそこでコミュニケーションがうまく取れない相手なら、別のお医者さんに変わってもらうのも手じゃないかな?
ざっくり並べただけでもね? さっきのふんす文は、かなりの理想が高すぎさんトークだ。しかもかなり夢見がちになっちゃう。現在は、まだまだそこまでいけてない部分がたくさんあるんじゃないかな。
でね? 未来ちゃんが飲んでいるお薬は、継続的に飲むものだ。平気そうに見えるから「もうやめたら」とか、そのお薬だいじょうぶ? なんかこわいって思って「それってどうなの」って周囲は言っちゃいがち。だけど、周囲のそうした振る舞いが、本人にとっては負担になる。
なので、だいじょうぶだよっていう話をしてもらったことがある。
そういう話も負担になっちゃうんじゃないかなーと思って、逆に変に遠慮しちゃうこともあるし? それがますます負担になるケースも。やっかい! しなきゃいけない話でもない。
たとえば自分のライフスタイルのこと、いちいち共有しなきゃいけないってもんでもないし。聞き出さないでしょ。いちいち。話したいとき、聞けるとき、握手するように話すだけ。
薬にしてもそう。
なんにつけてもね?
いいことも悪いことも起きる。
どちらかだけってことはない。そうそうない。
悪いことを、悪いとされているなにかに押しつけておけばいいってことはない。
それこそ、おじさんたちのドラマの鉄板筋書きのひとつだし? よくあることじゃない? 押しつけても、悪いことは変わらずあるわけだから、どんどん影響度合いが増していく。とうとう無視できなくなったときに「あれ。ほんとはこれってやばかったんじゃ」なんて気づいた頃にはもう、手に負えないレベルになっている。
虫歯なんか、そんな感じだよね。
暴力の行使もそうかな。それが個人であろうと、集団であろうと、組織であろうと、国家であろうとね。それを行使する状態が、まずそんな感じ。
いずれにしたって被害が出る。必ずでる。だって根本的な問題から目を逸らし続ける限り、問題はずーっと残り続けるからね。時間が解決するってこともない。それはない。
あ。だから行動しろ、休むな、がんばれ! って話じゃないのよ?
むしろ参っているときはまず休む、がんばるのをやめる、行動も一旦とめるほうがいい。それが当たり前になるようにっていう意味で、貧困を一に据えてるよね。SDGs。環境トークばっかりしてるとこあるけど。ちがうちがう。そうじゃない。
持続可能な開発目標が欲しい。
持続可能なようにするし、そのペースをきちんと作りたいし、評価し改善に反映するところまで含めてサイクルを作りたい。
そういうことさえ、私たちの頭からすっぽ抜けているのに、明日はくる。
黒いのはどでかい変化を与えた。私たちはまだ、その全容を把握できていない。たぶん、黒いのだってよくわかってないと思う。世界のすべてを掌握している人なんて、いやしない。なんならそんな必要もないかもね? だれの中にもさ。
知れば知るほど、知らないことを知っていくのだから。
これが現状維持できる、ないし、楽に生きれるラインだからもういいや、となれば? そこで立ち止まったとして、なんの不思議もない。
それも遠い人が大勢いるのも事実。
SDGsの十七項目の前半、一から順に貧困、飢餓、健康と福祉、質の高い教育。問題は解決し、支援はあらゆる人に公平にってしてるんだからさ? それくらい大事な目標じゃないかな?
人による違いも踏まえて、維持し、ときに改善できる継続的なのがほしい。
もっとかみ砕いていうなら?
三歩進んで二歩下がるまでいったら上等なくらい、とっとこ歩くし、疲れたら休むし、直したらいいねーって気楽に話せるくらいのペースでいきたいのよ。日常を。過ごしやすくしたい。暴力抜きで。
それはそれで、どえらい理想の高さだ。
高すぎさんのダサさに気づいたので、高すぎさんにはおうちに帰ってもらって続けるけど。
「やることめいっぱいあるね?」
「だな」
必要な痛みはない。取り除けたら、せめて和らげることができたらいいなと願う痛みばかりが思いつく。それには味方が多ければ多いほどいい。
けれど途方もない人数が目の前を通りすぎていく。
それは私へのダメ出しの象徴に思えた。お前の考えは、地に足のついてない、甘えた妄想に過ぎないぞ? って言われているような気分だ。
その気分に触れて、勝手に彼らの不幸を背負い込みたがっていることに気づく。私になら解決できるのでは? という願いにやがて思い至る。
傲慢な思い上がりだと自覚する。
ジェシカジョーンズの育ちの姉みたい。正義感でジェシカのお母さんを、ジェシカの目の前で射殺して「これが正義!」って言っちゃうほどの、傍若無人な暴力さえ振るいかねない。
あかんと止めることをしらず、留まることをしらず、突き進んじゃうと? ひどいことになる。
ヒーローなら大丈夫そうだ。なんか、そういうことができそうなイメージだ。
特に理由もなく、背負うべきだなんて思っちゃう。ふわっとした雑なイメージを理由にして。
そんなのじゃ耐えきれない。強度が露骨に足りないし? 叶えるだけの人が集まって、熱狂的にみんなに関わろうとしたら? 大半の人は「うわ! うっとうし! 迷惑ぅ!」ってなるんじゃないかなー。
まさにジェシカジョーンズの育ちの姉みたいだ。彼女はヒーローに取り憑かれてるもの。
彼女の文脈、彼女の語彙なら? それはヒーローだ。あるいは、そうでなくてはこまるものだ。終盤にかけて、ヒーローと自分は同一であり、正当化されるべきだとさえ彼女は叫んでいなかったか。
自分しかないんだ。世界に通る理屈として、自分のものしかない。
対話ができないくらい、あかんことが積み重なっていて、余白がなくなってる。
そんな状態になりかねない。私も。
もしも自分の理屈だけが通ればいいなんていいだしたら? 揉めるよね。もしも仮に、そういう人が集まっちゃって増えたら? ひどいことが起きやすくなるんじゃないかな?
おじさんたちのドラマなら? そういう人たちが偉い立場とか、決定権のある立場にどかっと座って、席を死守する。しがみつく。なので主人公たちは、それはもう苦労する。このご時世に「バレるて!」と思うような隠蔽の仕方までするんだから、あの手のドラマの主人公たちはほんとに大変だ。
見苦しいし問題ありそうだから、やめよってなる?
ふわふわしてるよ? それも。
具体的に長所と短所が見えないままじゃ、繰り返してしまいそうだもの。
こわいことばっかりだ。
あーあ!
ただね? 私にヒーローは無理だ。
心の中にある無意識をなだめるように、ゆっくりと認めていきたい。
ぷちたちが元気にわーって遊んでるとき、起きている間は自分のことなんてしてる暇がないよ? 一切ないよ。欠片もないよ?
それに、ぷちたちが見ている。悪夢にみるような光景を再現するくらいのやばい現場になるまで放置して、過剰なことをして止めるっていうのはなあ。
諦めてうなだれる背中より、一緒にやって夢中になったり遊べたりするような方向性がいいな。
そりゃあ理想論だよ?
だけど忘れずにいたい、私なりの目標として据えておこう。
幽霊たちが鬼に促されて、旅立っていく。ひとり、またひとり。いや、八列に並んで。ときおり列が乱れて「八列での待機、ご協力お願いしまーす」と鬼のみなさんに言われてる。
いまじゃ待機列がはみ出ないように紐まで張られていたし? 鬼のみなさんのゲートのそばで、せっせと小さな鬼さんたちが霊子を操り改良していて、いまじゃ顔認証と回転式ゲートにまで発展していた。消化速度がだいぶ改善されている。
滞りなし。
あまりの手際に驚くくらいだ。
ここまでくると、お姉ちゃんのチェックももはや必要ないみたい。
肩を回しながら「ふいー」と、あまりに気楽に歩いてくる。私たちに笑いかけて、そのままリビングへ。ぷちたちと「よっし、対戦するぞ!?」と持ちかけていた。
呑気か。
呑気なほうがいいや。
夢に見た最期はどれも悲惨だった。幽霊たちがみな、あるいは何人かがそうした最期を迎えたのだとして、それだけでいまを過ごすのは、あまりにもつらい。
彼らがみな乗り越えたとは思わない。怨みがないとも思わないよ。
末期を夢に見た理由もね。私が解決させろと求める気持ちだけとは思わない。幽霊側にも、なにかしらの思いがあったのではないかと考える。
それでも、いまはまず、あの世へ。
彼らはそれを選び、進んでいく。
アマテラスさまは「好きなことをなさい」って言ってくれた。
強い風を受けて幹が折れたり枝葉が散ってしまった樹は、再び枝葉を伸ばし、やがて太い幹となる。
発達を目指そう。
大辞林によれば?
『発育して完全な形態に達すること』
『進歩発展すること。「――した文明」』
『規模が次第に大きくなること。「――した低気圧」』
『《心》[develop-ment ドイツEntwicklung] 生体が、時間的経過に伴って形態・技能・行動などを変化させていくこと。また、その過程』
進歩発展かな! この場合は!
目標を据えて、進歩し、発展する。
たとえば「これをしたから達成、はい成長~」とか「これをやったから、はい終わり~」とかじゃなくてね。目標に対して、積み重ねていくし? 終わりはないのだぜ。やってみて、はいだめでしたー、だけどがんばったよね? はい終了! っていうんじゃ意味がない。
終わりにしなきゃ困るの! って圧が強まるのもまずい。おじさんたちのドラマの悪役みたいに必死になっちゃう。
発達も大変だ。
私の中にもジェシカジョーンズの最悪な姉のような側面がある。まだ、ある。自分の理想の証明のために、自分ばかりに夢中になる一面が。
それは目標をたやすく歪めちゃう。
ああ。ぷちたちがそばにいてくれる時間が必要だ。
カナタがいて、お姉ちゃんがいて、お母さんたちがいて。
タマちゃんと十兵衞がいて。アマテラスさまがいて。
みんなといる時間が、とことん必要だ。
みんながいなきゃ、私、だめなんだ。
目の前の列を改めて、見る。
周囲の幽霊たちと話したり、鬼に質問したりしているけど、みんなあの世を見てる。列を抜け出して、これをしなきゃだめだと自分の内側の感情を見つめて壊れそうになっている幽霊は見当たらない。みんな、だれかを見てる。だれかと居る。
そのとき、自分だけじゃなくなる。だれかが自分の世界に現われる。自分の心の内側を見るか、自分の感情と躍るのか。それとも、だれかと語り合うのか。
私はひとりじゃ無理だなあ。
途方もない人数の幽霊さんたちの列に終わりが見えてきた。
もはや、みんな普通に歩く速度であの世へ旅立っていく。
最後の列を見届けて、鬼のみなさんがせっせと片付けに入る。それが済んだら私たちに目礼して、お姉ちゃんにあいさつをした。すぐさまゲートの向こうへ。盛りあがっていたゲートはみるみるうちに萎んで、元通りの庭になる。
これでもう、終わり。
ひと区切りだ。
呆気ない。
慣れてる人に頼るほうが、よっぽど早く事が済む。
当たり前だけど、ついつい忘れちゃう。
行き詰まっているときは特にそう。
そういうときに復讐や暴力の種は芽吹くのかな。ひとりでいるとき、あるいは大勢でいながら感じる孤独が育てるんじゃないかな。
なら、私はみんなといながら、カナタやぷちたちといながら、タマちゃんや十兵衞を御霊に宿しながらも、ずっと孤独を感じているのかな――……。
つづく!




