第千七百九十六話
どんなに話しても、沸点低すぎる女神さまの笑いのツボはどうにもできない!
しんどいで、ほんまに! っていうやつだ。
ところで「はあ、お腹いた」と涙目になりながら、アマテラスさまは私の身体に御珠を押し込めて戻した。わりと容赦ない動きだった。
それで、テレビに向けて指を振る。それで、動画が流れた。日曜夜によくやっている、冒険バラエティー番組だ。その傑作選。
人を飛ばすマシーンに乗っかって、飛ぶのとか。飛行機の翼の上に設置した椅子に座るのとか? 世界の名峰登山に挑んだり。総集編でわりかしこすられてるネタといえば、ペットボトルで飛べるかどうかの実験あたり?
あの番組って、ほどよく綺麗でわりかし品のいいジャックアス感がない?
好き!
アマテラスさまも好きなのね? ジャパニーズリアクション芸人のおじさんが宙を飛んだり、ペットボトルロケットで悲惨な墜落をしたりすると、私を抱っこしたままで、息も絶え絶えになりながら畳を叩く。もしかして、立ってテレビを見ていたら、崩れ落ちて動けなくなるんじゃないかっていうくらいに笑いまくる。
ペットボトルロケット製造時の失敗例として、空気圧をめっちゃ高めた状態のアクシデントなんか、やばい。プラスチックが千切れて、破裂して、悲惨な状態になるくらいの爆発を起こす。
おじさんが、自分がひどい目に遭わないように「これはやめてね?」と説明するべく擬音を連呼して「ばんばんばんばんばーん!」って言うだけで? 女神さま、瀕死。
七十キロのおじさんに十二本のペットボトルをつけたら死なないレベルで飛ぶことができる、みたいな説明がしれっと入る。あまりにしれっとしすぎていて気づかないけど「死なないレベル」ってワードが入っているんだから、やばい。
あかん! あかんよぉ!? そんなんテレビでやることちゃうよぉ!? って主旨のことを、同じ番組にでているお祭り男さんなら、もっと面白いセンテンスで突っ込んでくれそう。
実際に試すでしょ?
ひどいことになるの!
ペットボトルロケットをランドセル型に連結して背負い、飛んだら? ロケットの推進力に対して、ランドセルを装着してるおじさんにはなんの推進力もないから、バランスが悪い。姿勢を制御できない。
でもって、いろいろ試す。ペットボトルを増やすって、番組の先生は言うけど。演者さんとナレーターさんのバランスが、同じ番組でもコーナーによってちがうのね? ツッコミ強め系のナレーターさんなら「もう、他の燃料でいいのではないかという言葉を我々はぐっと飲みこんで」的なことを、面白くなるように言うのでは?
たいがいね?
この番組が壮大な前振りをするとき、それまでの失敗であかん感じが出ているときって、思いきり、きもちよーく「すかーっ!」と外す。それが気持ちいいまである。
おっきなペットボトルロケットで五メートルを飛んだ場面も、なんかいい。
でも、なかなかに体当たりな場面が多い。
海外の、なんともいえない「いやいや。無茶いうね?」っていうアトラクションとか、悪ふざけとか、遊びとか? そういうの、ちょいちょい取り上げてくれるし、芸人さんが挑んでぜったい面白いんだけど!
言わずにいられない場面、多くない?
あかん! って。
直近だと、いつかな。ファリンちゃんと組んで、隔離世の高速を爆走する車から射出されたときなんかが「あ。これあかんやつやん!」っていう瞬間だったかな。
このところしょっちゅう「あかん」札をあげてる。白旗といってもいいかも。
赤ちゃんは泣くことが運動になっているそう。運動が好きで好きでたまらないタレントさんが、ロケの最中も、隙間時間でも、しょっちゅう運動しているなんていう噂を聞いたことがある。ほんとかどうかは知らないけどね!
それくらいさ? 運動したい気持ちで赤ちゃんが泣いていることがあるとしたら?
あかん!
ぷちたちが育つことによって、逆にぃ! 赤ちゃんになって、すくすく人のサイズで成長するようになったら?
もうね。四六時中「あかん!」と旗を振るし、なんなら「なにをやってもあかんわ」の歌を熱唱しながら旗を片手に踊り狂うくらいの騒ぎにまでなりかねない。
人数が人数じゃない?
だからね? 運動したくて泣く子、お腹がすいて泣く子、なんかさみしくて泣く子、だれかが泣いているから泣く子、びびってもらしちゃって泣く子、他にもいろいろな理由が入り交じるわけでしょ?
それが二十四時間三百六十五日、続くと。最低でも。
わーお。
あかん!
それはあかんよ!
対応できんもの! いまでさえ私の「あかんゲージ」は常時真っ赤に点滅中なんやぞ!
むりむりむり!
そのむりさをなだめるべく「まずはキミが落ち着け」と、シンゴジラのおじさんのセリフが思い浮かぶし、そう促している人もいるみたい。
でも、むずかしい。「なにをやってもあかんわ」が脳内爆音再生中で、旗を手に踊り狂っているときに言われても。ヘビメタをキメてがんがんにヘドバンしまくって、頭がふらっふらになっているくらいの状態のときに言われても、頭に入ってこない!
まさしく「なにをやってもあかんわ」なのである!
お祭り男が世界の大食いに挑戦して、思わずおえっぷ超絶リバースをして、キラキラエフェクトが流れるじゃない? ご意見番がすくない語彙のカタカナ発音の英語で話して、アメリカでおつかいするじゃない? イケメンがやらかしたり、恥ずかしい失敗をしてナレーターさんが「うぇいうぇいうぇい!」と大はしゃぎするじゃない?
それが好きなの!
あ、いまの全部、濁点をつける勢いで!
それが好きなの!
日常にはないの! そう思えるけど、でも、あるときにはあって、そういうときって概ね居心地がいいの!
流暢な英語で無難におつかいに四苦八苦するさまよりも、ご意見番の「なにぃ!? それなにぃ!?」っていうヘンテコ発言大連発が見たいの! イラストで再現される、わけのわからないアイランドシーン連発が見たいの!
大食いで成功するのはすごいし、大食いファイターさんの動画チャンネルは登録していて、ちょいちょい見てるくらいには好きだけど、でも! 見ていて「あ」ってなる、おえっぷ寸前からの白目! からの持ち直して挑むけど、全身が一時停止! からのぉ!? 空を仰ぎ見て! からのぉ!? きらきらー! が、見たいの!
そこまで考えるとね?
芸人さんのツッコミって、よく「ボケの説明」っていうけどさ。緊張と緩和っていうけどさ?
みんなが「ああもうこれはあかん! けど言えん!」っていう状況をコントで再現して「これもうだめだねぇ!」って気持ちよく言ってくれる、あの爽快感みたいなの、いいよね。
七十歳までの人たちに「長続きの秘訣は」と聞いて、でてくる「ユーモア」って、たぶん「あかん」の気持ちよさも入っているのかもしれないね?
あかん! を、みんなで共有して、笑ったり、それをネタに楽しくできたら? それもあり!
アマテラスさまが録画してた動画も流れる。イングリッシュ繋がりで、アイドルグループのメンバー三人と海外の人を三人、交互に並べて伝言ゲームをする番組がある。だれかに教えてもらった気がするけど、改めてみた。
英語を聞いたら空耳地獄に陥って、めっちゃ笑っちゃうの!
江戸時代に行ったときに動画みたいっていう話が出ては、いろんなタイトルを聞いたものだけど。そういうとき「こういう番組はあり」「こういうのはなし」っていうトークに発展することがある。
正しいこと、合っていること。まあ、それぞれの定義も突っ込んでいかなきゃわからないけど、ひとまず「かくあるべき」「さあみなさん、真似してね」系の話もあれば? 逆に「あかん!」をどう面白くするか系の話もある。
前者も後者も、いろんな分類に分かれるんだろうけど、たとえば「あれは正しくない。しくじっているのをみんなで笑って、しょうもない」っていう人もいれば「いや正しい正しいって圧かけてるけど、どれくらい調べてやってんのよ」っていう人もいる。
とことん雑にいっちゃうと、どっちもツッコミようがある。言いだしたらきりない話でもある。
しんどくて大変なときに求める「正しくあらなきゃ」、すごくよくわかる。追いつめられていて息抜きしたいときに求める「うっわ、だっさ」っていうのも、わかる。
悪いやっちゃなー状態の楽しみ方さえある。
それって、どうなのぉ!? とぷりぷりする人もいるかもしれない。その発展形かな? ディストピア系の話にしても、そこまでいかずともケアってなんだろうとか、居るのはつらいよとかにみるような現場にも、あるいはホームランドやクリミナル・マインドのみならずSUITSさえ含めたフィクションでさえも、感じ方、受け取り方が制限されがち。
そんな風に考えても、感じてもしょうがない。
意味がない。
間違っている。
やめな? みたいな風に。
ディストピアなら、処罰される。お父さんの持ってる録画ディスクにある、世にもちょーこえー話のエピソードに、人にむかっとされたら即座に特別警察があらわれて、その場で殺される作品があった。あんなノリだ。PSYCHO-PASSなら色相が濁ったことにされて捕まるし? 一九八四年なら連行されるよね。水面下で。
そこまで過剰にしなくても、ビジネスの政争劇なら思想や派閥の闘争で立ち位置や利益相反に繋がると見なされれば? 悲惨な目に遭う。日頃の言動には、注意しないとね?
半沢直樹シリーズでも、そうでなくても、腰巾着タイプはいる。太鼓持ちタイプ。ジャイアンタイプに対するスネ夫タイプみたいなの、ドラちゃんだけじゃなくて、いかついハリウッドアクション映画でもしょっちゅう見かける。ビジネスエリートたちにも、ヒャッハーいけいけチンピラたちにもいるんだから、わりと業が深くない?
貯めこんだ負荷を、発散しやすい立場に立つと? 権力構造における上位者が、それをし始めると? もう、悲惨。
マフィア映画で渋くてかっこいいのだと? 無茶する暴君は必ず悲惨な最期を遂げる。そこで暴君と部下たちは、常に緊張状態にある。暴力どこでもわっしょいしょいっていう社会じゃないし、暴力よりもお金のほうが強い社会なら? 札束ビンタが強い。すっごく雑に言うのなら。
そんなわけで、資本がものをいう社会ならどうなるかっていうと?
それはそれで、緊張状態にある。SUITSでいろんなパターンのトラブルを見れる。なにせ弁護士界のメジャーリーガーのお仕事を描くのだから。
特許権。遺産争い。後継者問題。株式売買によるせめぎ合い、などなど。他にも雇用主と労働組合の話なんかも、弁護士もののドラマじゃエキサイティングなネタのひとつ。医療や保険絡みの裁判は、どうしたって心苦しい状態をみるから、むずかしい。
いろんな立場の人たちが、いろんな場面に遭遇し、限られた条件が可視化されていく。
こう思うのが正しいとうそぶく悪魔は多い。
こう思わないととうなだれる、知識の探求への足を止めた識者もいる。
理想と現実の乖離に途方に暮れる人も多い。
そう考えるとね?
あかん! のユーモアって、まだまだうまく使えてないのかも。
すごく狭いボトルネックに、無理矢理にでも自分のストレスをぎゅうぎゅう押し込むような、そんなことを無理して続けるの。
なにをやってもあかんわ状態だと認めると? だって、すでに、断崖絶壁に追いつめられていて、どちらに動いても落ちて死ぬような追いつめられ方しててさ。
言えないの。
あかん! って。
もうちょい対応できるときなら?
あかんって言ってもなんにもならない状況だから、考えるよりもまず手を動かす! か。
はたまた、あかんって認めて吐きだしてすっきりしたほうが、そうしないよりちょっとくらいは状況が見えるかも。それくらいには、落ち着けるかも? だから言っちゃえ! か。
やばいやばいこのままだと失敗しちゃう、それはまずい、失敗したらまずい、と、むしろ断崖絶壁に自ら近づいていっちゃうか。
いっそ「やーめた!」とやめちゃうか。
あるいは頭の中が真っ白か、あるいは「わー」と感情で埋めつくされて、気がついたら逃げるか、ひどいことやらかしてるか。
みたいな選択に向かっていく。他にもパターンはあるだろうけど。
どっちかっていうと、これらはどれも「なんとかしなきゃ」と真面目になるほど追いつめられちゃうたぐいの話かも? やーめたのケースがどうかは意見が分かれるところだろうけど。
でも、真面目にならなきゃ生きられない。
そんな気がするほど、無理を通そうとする。
膨大な塊を、せっまいせっまいボトルネックの先に押し込もうとしちゃう。
あかん!
と、押し込むのをやめて、別の筋道を考えるなり、続けるにしても別のやり方を考えるなりすればいいのに。
続けちゃう。
こう思わなきゃ。こう感じなきゃ。こうあるべきだから。こうならなきゃだめだから。
そういう切迫感で頭がいっぱいだと?
自分がどういうボケをぶちかましているのか理解できないから、それに対してツッコミを入れることもできなくて。あかんなんて、言えない。
だって! むずかしいの! あかんのよ!
赤ちゃん時代を迎えていないとして、いまのぷちたちがわいわいはしゃぐだけで「あ、むり」ってなるのよ? しょっちゅう「あかん」になるのよ。外を歩くとき、わーって走りだすぷちたち全員と手は繋げられない。止められない。ありとあらゆる手でなんとかしないと、たとえ式神であろうと危ない。道に飛び出して車にひかれたら? 自転車にはねられたら? それでなくても見失っちゃって、見つけられなかったら? 地面に虫がいると、みんなで集まってつつくし。ばっちい指を平気でぺろっとすることもあるし? おトイレだって、まだひとりでちゃんとできない子がたくさんいるし?
わー!
あかん!
あかんよ!
いまある手段でやりくりしながらも、終始テンパってるよ!
そういう具合にマイナスとして数えだすとね? ねずみ算式に未来にマイナスが増えていくわけでしょ? そりゃあもう、絶望だよ。そんなくさくさした気持ちで過ごして、誰の得にもならんぜよっていう正論は、だけどなんの足しにもならないよ?
なので、じたばた泳ぐのをやめて、脱力して水面に浮かぶ。憂うつになるほど、たぶん沈む。力を抜いたとしてもね。なので、憂うつさにはあいさつをして、お休みしていただく。挨拶まわりをして、どぶ板営業をして、ひととおり終わったら? ようやく、ぷかぷか浮かぶの?
ノマドランドを見る前なら、この筋で考えてた。
けど、見たあとじゃ無理だ。
ないわー。ないない。
的外れ。
人それぞれに、たぶんある。外れなくなっている指輪みたいななにか。
それは、だれかにどうにかできるものじゃない。
まさしく、あかんこと。
正論を並べても、それがどういうことなのか分析しても、空振りする。
むしろ痛みが増すだけかもしれない。
ただただ、あかんのよ。
あかん! と、段階を踏んで、先に行くってさ。
それはもう、とんでもないことなんよ。
たぶん。
まだ、発明されてないかもよ?
あかん! あー! あかんあかん! と笑えたり、ふうって楽になれちゃうとき、ようやく先が見えるとしてもさ。どんなに時間が過ぎても、どんなにいろんな経験をしても、それでも笑えないような出来事はあるもの。
それはね?
絶対的な価値基準で決まることじゃない。
引きずっちゃうこと、あるよ。
どうにもならないわーってうなだれることもあるよ?
絶望しちゃうこともある。
だからかな。動画にせよ、私たちの世代じゃ遠くなったテレビにせよ、なんにせよ、失敗をいじったり、ネタにしたりして、ばかにしたり、だめだと非難するほうがよっぽど多い。あかんをいかに楽しむかよりもね。だめだめって言うほうが活気づいてるとこ、あるのかも。
満たされないとき、満たされるべきだとすると?
つらいから。
そのつらさを慰撫するなにかを求めるのかも。
でも、アマテラスさまに感化されて、私もさんざん笑っちゃう。お父さんの録画で何度も見てるはずなのに。おうちにいた頃は家族で見て、げらげら笑ってたのになー。
すごく久しぶりに感じる。こういう時間。
見渡せばわかる。世界をのんびりとことこ歩いてると、案外、思うほどしっかりしてないし、百パー満たされてるのが当然なんてこともないけど、だからって息苦しくもなければ、付きあいようによってはいくらでものびのびやれる。
番組の仕事で運転してみたときも、カナタの運転するバイクに乗ってるときもね? いろいろ。善意も悪意もせっかちさんものんびりさんも、ごちゃ混ぜだ。
けど、自分が求めるスタイルに、どんどん視野が狭まっていくの。
執着してたんだ。きっと。
あかんは、執着を止める運動なのかもしれないね?
アメリカでお使いするおじさんは、テレビ撮影であることを意識してか、あれこれと声に出す。けど、あれってけっこういいなーって思うわけ。リアクションを取るっていうのも、いいよね。
あれ。私いま、地上に降りた巨人みたいな思考してない? だいじょうぶ!?
だいじょぶでも、だいじょぶじゃなくても続けるけどさ。
段階を意識して、ひとつの段階ごとに考えて、行動する。だめだなーってときは? あかん! ってハッキリ言っちゃうの。
得手不得手はあるかもしれないし、面白いかどうかもあるかもしれない。
でも、そういうのはいったん横に置いといてね?
段階として、考えてみるとどうかな?
つらすぎる夢の事実は、どんな言葉をかけたらいいかもわからないくらい重すぎて、あかん。気の利いたことなんて、いまの私には正直、なにもできない。思いつかないよ?
よし! できひんぞ! と、はっきり言っちゃう緩和の手段がある。
芸人さんたちが絡んでるとき、年上の大御所さんが無茶ぶりをして、後輩の芸人さんが「兄さん、そんなんよう言いますけど、できひんよ!?」ってキレるとき、大御所さんも出演陣もスタッフさんたちも、みんなそろって噴き出しちゃってる場面をなにかで見たことあるけど。
似たようなので、新喜劇かコントかなにか覚えてないけど、ふたりの掛け合いで片方が「あれをなさい」というと、もう片方が「できません」と必ず断るのを見たことある。なんなら、いろんな人がやってるまである定番かも。できません、のあとに続くやりとりが面白いなーって思うところだとして、ああでも「できません」ってハッキリ言っちゃうのがまず面白いのあるよなー。
場合によっては、それってずるいと思えるくらいね? できませんって、むずかしい。
どうしたらいいのかわからないことも多い。
ノマドランドの主人公は旦那さんの今際の際。結婚したら、地元が大好きな彼と共に、彼の地元に暮らすこと。外れなくなった指輪。終末期。
人生の主導権。男性優位さえ、その気になったら読み取れるし? そこを主眼に、前面に押し出さない。結婚したら、男の選択に合わせる。男が仕事で住まいを移すのなら、男の求めに応じて決める。そこに自分はいないという背景も、あえて強く出さない。けど、読み取る人は読み取る。
タバコの匂いに似てる。
好まず吸わない人ほど、匂いに敏感だ。吸っている人にとっては、嗜好品。
そのギャップさえ含めて、タバコの匂いに似てる。
年を重ねていくほど、弱っていくときほど、日常の蓄積の答え合わせに出くわすようであり。実はわからなくて、ままならないことと出会うようであり。愛着を持てない人とは過ごせないがゆえの、熟年離婚という末があり。他にも似たような形は数多く。
どう生きるかは、どう死ぬかでもある。
イカゲームを思い出す。ノマドランドとの繋がりも感じる。
そういう点でも、敏感な匂いに執着しちゃうところはある。執着を感じるのってけっこう負担がかかるから、分煙お願いって話にもなるんだけど。
いやなもの。つらいこと。悲しいこと。苦しいこと。
その匂いに敏感になるから、執着しちゃう。なんとか匂いから逃れなきゃと必死になったり、慣れようとしては咳き込んだりしてさ。
すごく簡単なようで、むずかしい。
むずかしすぎることのようで、でもあっさりできちゃえそう。
へんてこだ。
あかん! って。
お祭り男は海外のお祭りに顔を出しては、練習したり訓練したりして、競技に挑む。戦績はまちまち。しくじることもある。
よくもわるくも人には土台がある。しっかり練り込まれた土台をもって、相反する人や、いやな匂いだと感じる人もいる。それが仕事や、居場所に必要な条件になっちゃう環境もあり得る。だから実際のところ、生きるのも、居るのも、つらいのよ。
あかん! だね?
もー! なにやってもあかんわ! ってなるね?
アマテラスさまのお膝の上でげらげら笑って涙が出るのに、枯れた井戸から地下水が染み出てきたみたいな、そんな切実な潤いに思えてさ。
じっくり見ちゃった。
なんで人は、すげえ速度で放たれるマシュマロを顔で受けるんだろう。
何十回もだよ? 痛いのにね。
よくわっかんね!
わっかんねーけど。
同じ番組でいえばさ? 海外のおばかチャレンジをやってみてくれる芸人さんが、これでもかと見せてくれるやらかしが、もう愛しくて面白くてやばい。なんでこんなに救われるんだろ。
だめなところを直しちゃうのでも、なかったことにしちゃうのでもなく、面白くしちゃうの。
ずっるい。
人がすっぽり入れるくらいの巨大な風船の中に入って、なんかするっていう回が個人的に神回! 脱衣するんだっけ? 着替えるんだったかな!
あれでね? ジャンプしたら、全裸ででてくるの!
なんで!? ってなるし、補助と説明をするお姉さんが大爆笑してた。
なんか、そういうのでいいんだ。
ほんと。そういうのでいい。
そういう風にできる私がいいな。
「あはははははは! あははははははは!」
ひいっ、ひいって息をするのに苦労して、お腹も顔もつってつらいーってもがいてる女神さまを見て、最初は「ツボあっさ! あかん!」って思ってたけど。
不思議。
途中で羨ましくなって、いまじゃ負けじと私も笑ってる。
つづく!




