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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百九十四話

 



 食事、お風呂、怒濤!

 カナタが来たけど、学校からはひとりだけ。

 侍隊も、忍びや教団も、気をつけてくれるみたいだ。

 大勢こられたら面倒すぎて頭が爆発するまであるので、カナタで助かる。

 ぷちたちが眠りについて、放心状態ながらも状況説明をした。

 話し終わる頃にはすっかり夜も更けていて、けれどマドカたちからの連絡は通常運転。

 今夜はなにごともなく過ぎそうだ。

 私はというと、くたびれ度合いがひどくて半分寝てる。

 ねむたすぎてやばい。化け術を教えるとかなんとか言ってましたけども? できるはずもない。

 数少ないぷちたちの洋服は、一度の洗濯で大仕事。化け術を使ったほうが楽だ。財布も傷まない。それでいいのかというツッコミを受けそうだ。そもそもまず、私自身が悩む。

 自分を責める理由には事欠かない。

 フードトラックで走るシェフも、三ツ星に執着していたシェフも、その重さに喘いでいた。火星の人もね。どんなにできる人も、どんなにできない人も、その気にならずとも責める理由なんていくらでも見つけられるんじゃないかな。

 蛇口を捻ればあふれだす。

 水道管に圧力をかけて満たされた水が増えていく。圧力が増しているような気さえして、ろくに処理できない。自分を責めるか、だれかを責めるか、許せないことを増やすかして、参っていく。

 その反射のひとつなんだろうなー。

 責めたくなるのって。ろくでもねえぞって言うのって。

 原題「Burnt」にて、シェフは大荒れだ。仕事中、ずっと。

 あんな風になりたくなる。

 カナタに提案されて、隔離世に出向いた。

 私の話を聞いて、思うところがあったみたい。うちの庭に手を引かれて、ふたりででた。パジャマ姿。刀は部屋に置き去りのまま。

 促されて、金色を出す。カナタが手を伸ばして、霊子を操ると? それが続々といろんな人たちの姿に変わっていく。

 邪とも違う、不可視の存在たち。

 お父さんとお母さんがいまの私たちくらいの歳に、死んだ人たちが突如として出現。生きている人たちと交流するも、やがて一斉に成仏しちゃう映画があったそう。

 そんな話を思い出していた。時代も、恐らくは身分もちがう老若男女のみなさんが、私を見ている。金色は増殖を勝手に続けて、数が次々と増えていく。庭どころか、お隣さんの屋根だの、道だのに溢れかえるほど。夏と冬の祭典のよう。

 圧倒される私に向けて、彼らは一斉に口を開いた。


「早くしろよ!」

「あんた、窓口なんだろ!?」

「ほら、寝て! じゃないと夢枕に立てないでしょうよ」


 途端に非難囂々。これには私だけじゃなくて、カナタも怯む。


「あ、あの」

「みなさん、どういう?」


 ふたりしてか細く問いかけるのだけど、みなさんお怒りのご様子で、険しい表情で怒鳴りまくるものだから、かき消されてしまう。

 まるでずっとそばにいて、私に訴えていたかのようなテンションだ。

 なんでかな。窓口で延々と待たされてぶち切れてる人を思い浮かべたのは。

 大勢がたったふたりに向けて一斉に抗議をするものだから、音の洪水のようで、なにを怒られているのかさっぱりわからない。

 キレられたときの対処法、私の知ってるもののひとつが「よりキレ散らかす」なんだけど、人数的に負けそう。

 なので、しばらく骨折り損になると踏まえて「どうか、いったんお静かに!」と繰り返す。カナタもすぐに続いてくれる。頭の中がずんと重たくなって、胃がムカムカして、いてもたってもいられなくなってきて、いっそ負けじと怒鳴り返したくなってくるけど、堪える。

 みなさんのお怒りは概ね「お前が悪い」の大合唱。

 かろうじて聞き取れた内容からして「自分が夢枕に立って狐娘に夢を見させる」と「あの世に逝ける」そうだが「今日の受付開始から、まだちっとも受けつけてくれない」ので「いつまで待たせるんだよ!」という主旨のよう。

 え。えっ! 聞いてない! とキレ散らかしそうだけど、お互いキレても平行線どころじゃ済まない。戦いだ! そんなことをしてどうする。

 どうどうどう、と自分をなだめるのだけど、感情は暴れたがる。

 それで「お静かに!」と訴える声に怒りが混じると? もうだめ。感情的になるほど、だれかの感情に敏感になりません? 私はなります。私みたいなタイプの人もいるようです。

 なので手間取るし?

 それでも訴えるしかなく、膠着状態に気づいてしぶしぶ間に立って仲裁に乗り出す人も出てくる。人というか、幽霊? 足は見えるけど。

 そこでようやく事情を確認するけれど、私が聞き取った内容とさほど変わらない。神社やお寺、頼れる伝手をたどってそれでも残された彼らは、頼りになりそうな兆しを共有していて、それで私の夢枕に最初に立った女の子がふわあっと私の中に吸いこまれたのを見て「これじゃね!?」と思ったそう。

 さっっっっっっぱり!

 わからん!

 なにいってんのぉ!?

 と、キレそう。どうどうどう。

 私にも言い分はある。三人の顔を思い浮かべながら、キレ散らかしたい言い分がある。

 キミらが見せた夢がえぐすぎて超絶上級者向けなんだよね……っ! と。私にできることは初心者中の初心者級のことしかできないよ!? と。

 うちのぷちたちは、どの子も概ね、骨のついてるお魚を食べない。取り方がわからないし、がんばっても口や喉に骨が刺さることが多いし、ただただつらい。なんで食事中にこんな面倒でいやな思いをしなきゃなんないの!? ママ取ってよ! と。言われちゃう。

 鮭の切り身なんか、朝に和食を出すなら定番の主菜。だけど鮭の切り身って、けっこう骨がついている状態で売ってる。それも毛抜きで抜かなきゃいけないたぐいの骨が!

 一切れの切り身から骨を取るのでさえ面倒なのに、大勢の子たちが食べる切り身から、ちまちま取れとぉ!? スーパーさん、魚屋さん、頼むよぉ! とキレそうになるくらい、地味ぃに面倒くさい。

 指で骨のあるところを調べて、包丁を入れて切りわけちゃうという手もある。ただし、これだと、たとえばはらわたの部分の薄くてぺろんぺろんで、こってり油が濃厚なうまうまゾーンが食べられない!

 いっそ焼いた鮭をほぐしちゃう? もうそれ、鮭フレークでよくない?

 なんて具合に悩まされちゃう。

 数が多くなればなるほど、一切れで面倒なのが増えるんだから、漁師さんも、そこからお店までの間に入る業者さんたちも、販売するお店の人も、母数が多すぎて、とてもやっていられない。じゃあどうなるかっていうと、骨がついた状態でパックになる。切り身に加工されてるだけ楽まであるし? どこかにキレても現状は変わらない。そう自分に言っても、キレそうな感情の処理はままならず、朝の食卓に鮭を用意するときは憂うつ。

 言い分は、そのままだと、ね?

 だけど言い分をぶつけたい気持ちって、どうにも処理しきれなくて、しんどくて、ね。

 自分を守るための理屈を並べて証明を終了させたくなるんだけど、お互いにそれやってちゃ話が進まないし、ケンカは終わらないから困ったもの。


「話を整理すると、たぶん春灯の御珠を通り道にして、移動したんじゃないかな」

「三人とも今日、金色を触媒にして姿を現した現場を現世で見たよ?」

「それは、ほら。あの。御珠が」


 カナタが明言を避けて目配せをしてくる。

 この場に集まった推定幽霊のみなさま、ざっと見で百人に届きそうだ。

 まだまだ増えるかもしれない。

 彼らは概ね荒ぶっていて、どれほど長い間待たされてきたのかもまちまちで、そこでの恐れや怒りのぶんだけ求めている。

 天国修行をしている最中で、九尾の尻尾を生やして、御珠も獲得している私に対して、彼らなりに「こいつだ!」っていう感覚があるみたいだ。どれほど聞いても要領を得ないし、長話ができる雰囲気じゃない。ふいんきなんて誤った言い方をして「てへぺろ!」なんてやろうものなら、袋だたきに遭いかねない。

 そんな状況下で、迂闊には言えない。

 私の御珠がひどく汚れてしまっていて、とてもじゃないけどまともに機能しそうにないことなんて。

 落胆は引き金になる。


「み、みなさん、すみません。俺たちはまだ未熟な狐憑きなので、直ちにみなさんのご要望を叶えることは――……」

「時間を」


 できませんっていいそうなカナタさんに、私はあわてて口を挟んだ。

 できないってなんだよって怒鳴られる気がして。もうちょっと待ってと、とっさに求めた。

 けれど、引き金にするには十分すぎるほど迂闊な言葉だった。

 だれかが怒声を張り上げる。それにだれかが続く。うねりのように、怒りが私たちへと振り下ろされる。怒りは傷や恐れと繋がっている、なんてことを気持ちが参っているときにめいっぱい感じたけれど、大勢の人たちの感情をどうにかすることなんてできやしなかった。

 お願いすることしかできない。

 怒りもやるせなさも増すばかりだけど。

 私の気持ちは私のもの。

 大勢のひとりひとりの気持ちは、それぞれのもの。

 たぶん、怒りも、やるせなさも、傷も痛みも、自分のものさえ、どうにかなるものじゃない。どうにかできるものじゃ、ない。

 かつて見たフィクションの多くは、アディクションになるには十分すぎるくらい、優しい救いや、痛みのない幻想を見せてくれた。けど深く傷つくほど、やがて間に合わなくなる。解離に気持ちが入らなくなってしまう。別物だとして楽しめればいい。娯楽として付き合えればいいけど、なかには、ますます強固に依存するか、もっと痛みがマシになるものに移行していくケースもある気がしてる。

 だって、痛みはある。

 つらいことは起きる。

 固執する。それは、なくさなきゃいけないもので、許されなきゃいけないものだって。

 彼らの怒りは、そういう性質のもので。私の怒りはますますもって、そういう性質ど真ん中のものだ。このところ私が参りまくりながらも考え、本を読み、探していたことってさ。

 痛みはなくせる。つらいこともなくなる。

 そのために、これをしよう。証明するよ? こういう人たちが、こういう研究をしているみたいで、こういう実例があって、というたぐいの筋道。

 でも、読めば読むほど気づかされる。見渡せば、本を読む前に、察しちゃう。

 痛みはある。つらいことは起きる。

 ぷちたちが食べるの断固拒否する苦味に似てる。

 苦さは毒に気づく味覚なのだとか。だから、それを拒む。けど大人になるに連れ、いろんな食を経験していく過程で、食べられるようになる。おいしいと感じることさえある。私はシシトウを炒めて食べるのが好き。ピーマンは無理だけど。お抹茶もいい。

 ビールは苦いとよく聞く。トシさんに連れていってもらえるお店じゃ、大人たちがうれしそうに飲んでいる。珈琲も苦い。私はあまあまにするけど、ブラックが好きな人もいる。豆によって異なる苦味を楽しむ人だって。専門店に行くと、いろんな種類の豆がケースに並んでいて、ぷんと漂う香りがとてもいい。いつか、珈琲の苦味にハマれる日が来るのかもしれない。

 苦味。

 辛さもあるかもしれないね? 痛覚とか温度感覚として感じるものだとか。

 なのに担々麺が好き。ラー油たっぷりで食べる餃子も好き。カレーのからいのもいいし、唐辛子よりも山椒がきついほうがいけるくち。なので麻婆豆腐は山椒たっぷりが好み。

 食の話ならね。味わえる。やがて、そうなるかもしれない。

 けど、過去の記憶や体験は?

 いまある苦しみや怒りは?

 手に負えないほどの傷は。

 それは、どうにかなるの?

 なるべきだ、早くそうして、と。できないあいつが、あれがわるい! と。

 なんでこんな目に!? という気持ちをぶつけずにはいられないときがある。

 荒ぶるとき、まずは静まらない限り、話すことはできない。

 エンタメの文脈なら? あるいは理想を思い描くときの、罪と罰がセットであるのなら、痛みと癒やしはセットであるべきで、因果応報。報いは与えられるべきだし? 求めがあれば、与えられるものがあるべきだ、みたいな感覚さえある。

 等価値の交換が行なわれるべきだと。

 けど、そうもいかない苦味や辛さの対処は?

 セットであるべき、デコに対するボコが提示されないときは?

 怒る? あるいは責める? だれかを? あるいは、自分を?

 わりと、視野が狭まりやすくなる。

 なので、自分に言い聞かせる。

 やがて過ぎる。だいじょうぶ。だから、鎮めて。

 目の前の人たちをひどく言い表したくなる衝動も、いまここにあるズレに急いで形を与えて済ませたくなる衝動も、どちらもいらないよ。

 そんなことしなくてだいじょうぶ。だから、どうか、鎮めて。

 願い、声をあげる。話を聞いて、と。荒ぶり投げつけたい気持ちがあるのはわかったけど、どうか、話を聞いて、と。声をあげ続ける。

 根比べだ。

 仲裁に入ってくれた幽霊さんたちが間に入ってくれる。

 みんながみんな、荒ぶっているわけじゃない。

 それぞれに痛みがあるとして、荒ぶる人がいたとして、それには私も含まれるとして、だれが悪いとかいう話でもない。


「どうか、時間をください」


 私は私のまま。

 彼らは彼らひとりひとりのまま。

 痛みがある。傷もある。辛くて苦い味を拒絶できないのが人生だ。どうしたって混じり合っているものだ。望もうと、望むまいと。悲しいことも、やるせないことも起きるもの。

 こんなことになるなんて、とか。荒ぶる感情のままに、幽霊いんのかよとか、私がなんとかしなきゃいけないなんて聞いてない、とか。いくらでも並べられる。

 正直、そう思いもするけど、それだけでもない。

 荒ぶるほど、それだけでもない部分が見えなくなる。感情的になるほど、見えないものなんてどうでもよくて、いまはひとまず暴力を、なんてことにさえなりかねないくらい、必死になる。躍起になるのだ。

 だから自分に「だいじょうぶ。きっと、うまくいく。やがて、過ぎるよ」と訴えながら、鎮め続ける。そしてとうとう、根比べの綱引きが一時中断したときになって伝える。


「私は修行中の身です。もっときちんとお送りする術があるかもしれませんが、存じ上げないのです。みなさんがひとりひとり夢枕に立つようだと、とても時間がかかってしまいます。それに負担が大きすぎて、満足にお応えできません」


 もちろん、本音は最後の部分にある。

 あまりにきつすぎる悪夢は、そう何度も見てはいられない。

 どちらも覚えている。はっきりと。

 日常を過ごすだけで参っちゃうのに、眠ってあれじゃ気がおかしくなってしまう。

 それじゃあ、なにもできなくなってしまう。


「順番にしても、なにせ大勢いらっしゃいますよね? このままでは揉めてしまうように思うので、どうか。準備をさせてください。今宵、私の面倒を見てくださっている方にお話を伺って参りますので、明日の夜、ご報告させてください」


 伏して願う。

 仲裁に入ってくれた幽霊さんたちが促して、ゆっくりと消えていく。

 たっぷり時間をかけてお辞儀をして、ようやく身体を起こしたとき、それでも残る幽霊さんたちが失望と苛立ちの眼差しを私に向けて、消えていった。

 カナタに言葉すくなく現世に戻してもらう。

 空気?

 最悪。

 カナタに予想できたはずもないから「気にしないで」と言うけれど、どれほど上滑りしていたか確認する気にもなれなかった。

 ゆっくりとだけど、確実に世界は変化していく。

 それが好ましいものだけとは限らない。

 放っておけば、むしろひどくなることがある。変わらないものは、変わらないように努めた人がいるからかな。具体的に並べていく気力もない。

 お母さんはずっと、長いこと、お姉ちゃんのことを引きずっていた。

 十六年くらいになるのかな。遺影を見つめていた、あの疲れきった顔を忘れられずにいる。

 十年、数十年単位で引きずるほど、抱え込んで途方に暮れ続けるほどの出来事が、人生には起きる。起きて、しまう。

 慣性に加わり、その慣性の運動下において、できることを増やしたり、ちょっとずつマシにしていく。そういう側面がもしも文明にあるのだとしたとき、ひとりひとりに起きる、あまりにつらくて別個にもほどがある事態に重なるデコとボコは? まだ、ないかもしれない。

 一階の和室に敷いた布団へと、カナタを連れていく。

 私は自分の部屋で寝るよ?

 その前にふたりで話すのだ。

 たわいのない話さえ、気もそぞろ。噛みあわない。

 だんだん、無理に話すよりはふたりでひっついているだけになる。

 それでもじゅうぶん。いまの私には、それでじゅうぶん。

 別個の人々のデコに、ボコを用意する。デコとボコが逆でもいいんだけどさ。

 仮にそういう、おいなりさん見習いのお仕事があるとして。あくまで仮にあるとして、私は初心者だ。ついでにいえばフィクションで見かけたときって、話を聞くことはあっても個別になにかお伝えすることってないよね。見守るだけ。祈るだけ。それで、精いっぱい。

 悪夢に見た情景は、それだけで一生を引きずるレベルのもの。そこで行なわれた暴力も、カルトちっくな歪さも、どちらも初心者中の初心者、ド素人の私には対応できない。

 未解決事件をまとめたファイルが積み上がっていくのがせいぜいだ。

 火星の人は、物資で作った基地で生活をする。けど、火星を人が住める環境にするほどの離れ業はできないし、目指さないし、目指せない。

 火星入植を実現するには、どれほどの依存が必要だろう。資源、技術、開発、それらを担う人たちの知識と生活、もろもろ。途方もない規模だ。

 トニー・スタークが何人いるんだろう。わっかんないなー。

 ワトニーがすることかな。

 死ねるかって決意した彼が目指す方向性なのかな?

 ちがうよね。

 今回のこともそうだ。

 ワトニーは物資を確認しまくり、状況を整理して道筋を見つけた。アイデンティティに立ち返る。そして彼は言うんだ。「幸い、僕は植物学者。火星よ、僕の植物学パワーを恐れるがいい!」と。

 私はなんだ。

 過去に戻って、すべての問題を解決するスーパーヒーロー?

 ちがう。ヒーローレベルなんてものがあったら、よくてちんけな初心者だ。まだまだ!

 ところで、青澄春灯。そろそろ思い出すべきじゃない?

 アマテラスさまに修行をつけてもらっている、狐憑きだ。

 捉えようによっては、神さま見習いといえる。

 戦いにせよ、霊子の使い方にせよ、あるいは勉強にしたって、なにかの趣味にしたって、料理さえ? やまほど、私よりすごい人たちの顔がやまほど浮かぶ。勉強中の本にしても、大学で講義を受けてる愛生先輩たちのほうがよっぽど勉強できてる。

 だけどね?

 金色と幽霊さんの相性は、たぶんいい。

 タマちゃんの役にも立ったみたい。

 たぶん、これだ。

 マーク・ワトニーが植物学パワーなら?

 私は金色の狐憑きパワーでいく!




 つづく!

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