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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百七十九話

 



 隔離世の緋迎家の屋根の上。

 どれだけ声をあげても誰にも気づかれない……今この時、確かに私たちは二人きり。

 だから額を重ねて笑い合って、落ちないようにお部屋に戻っても……現世に戻ろうとはしなかった。

 お互いに見つめ合うだけでわかりあえてしまう。

 現世では大声が出ないようにとか、物音を立てすぎないようにとか。誰かが起きてきたら息を潜めなきゃいけないとか。

 そういうことに気をつけなきゃいけない。

 けどここは違う。

 ここは違うんだ。

 互いの理性の導き出した結論と湧き上がってくる欲望に背中を押されるように近づいて、抱き合って、ベッドに倒れ込む。


「……、」「――」


 お互いに何も言えない。言わない。

 他の恋人たちはどうしているんだろう。こういう時。

 ドラマでもあまり見たことがない。映画でも。

 だいたいにおいてお互いがお互いに相手を貪るように求める。

 でもそれをするには私たちはまだ子供過ぎたし、けれどそれをどこかで求めるくらいには大人になってきてる。

 一度目の時の方が夢中だった。昨夜の方が自然だった。

 今はだめ。お互いに意識しすぎてて、なのに夢中になれないくらいにはお互いで経験していて。


「……二日連続は、はじめてだ」

「う」


 口火を切ったのはカナタの方だった。


「いやじゃ……ないか?」


 不安に曇る瞳を見て全力で叫びたかった。


 ◆


 したいかしたくないかで言ったら、断然したいですけどおおおおおおおおおおおおお!


 ◆


「ハル?」


 はっと我に返った私は戸惑う。

 どう答えるのが正解なのかわからない。正解なんてないのかもしれない。

 ただカナタは不安で、それは自信に繋がる何かかもしれないから。


「したいです……」


 そう言った。

 初めてそれをした時よりも、もしかしたらひょっとしなくても、それは恥ずかしい告白だった。


「する時はいつも……夜中にキスをして。流れがあったよな?」

「そうだっけ?」


 割と素で聞き返しちゃった。

 だからかな。カナタが呆れた顔で私を見る。


「キスをして、お前が俺の身体にしがみついてきたらOKのサインだと思っていた」


 ……え。


『おぬし、いつもその流れじゃったぞ』


 えええええ!

 割と衝撃を覚えているのは私だけですか!?


『……ぐう』

『十兵衞はほれ、この通りよく寝ておるから知らんじゃろうが。妾は覚えておる。おぬしは欲望がある時には決まって恋人にしがみついておる』


 な、なんということ……!

 これは恥ずかしいサインが無意識に出てましたかね……!


「今日は口頭で意思を確認できたが」

「くっ……」


 はずかしめです……はずかしめを受けています……!


「てっきり恥ずかしくて言えないのだと思っていた。お前の羞恥心は一種独特だからな」

「どういうこと!?」


 羞恥心が独特ってなに!


「黒歴史日記の言い回しを自然にしたり浸る時もあれば、それを恥ずかしいと感じる時もある。俺はハルのテンション次第の問題かと思っているが……こと艶事において、お前はいつだってテンション高かったから」

「う、うう。そ、そんなことないよ、それだとまるで私が前のめり過ぎる感じするじゃない!」

「だったら俺の首はもう少し無事だったはずだ」

「おぅっ」


 ぐうの音も出ないね!


「でも……今日は違う」


 熱っぽい目で見つめられると……その、困ります。


「少し……試してみたいこともあるんだ」

「なにをするの?」


 問い掛けた私の耳元にカナタが唇を寄せて囁いた。


「俺にすべて……奪わせてくれるなら教える」


 もう……そういう風にしてくれるから、私はいつだってテンションが上がってしまうのに。

 甘い声が染み込んできて背筋が震えてしまって、気づいたら無意識にカナタにしがみついていた。確かにこれは私のサインなのかもしれない。


「……逃げるなら今しかない」


 恥ずかしい。

 キスしたこととか、はじめてした時のおねだりみたいで……すごく恥ずかしいけど。


「いいよ」


 カナタになら、と願いを込めて返事をしたの。


「なら……覚悟しろ」


 囁いてすぐ口づけられた。

 耳元は弱いの。獣耳もだけど、私はどうしてもそこが弱い。

 あんまり責められると笑ってしまうくらい、身体が跳ねてしまう。

 だからびくっとした。なのに、冷たい霊子がカナタの唇から耳へ、通じて頭の中へと染み込んできてすぐ。


「――……」


 水音がして身体中が甘く痙攣した。

 カナタが何をしたのかわからない、わからないのに……想像できてしまった。


「作り替えられる……というわけではないんだ」


 耳元で囁かれる言葉がすべて蜜。


「ただ……種が芽吹くように、そこにある感覚を起こす」


 それだけで……声だけで今まで経験したどれよりも魂を焦がして溶けさせてしまう。


「ハル……」


 名前を呼ばれるだけで、私の視界は涙で溢れた。溢れて、止まらない。

 身体の自由さえ掴めず、カナタに抱き締められていなければ自分を保てなかった。


「これは元から……お前にある性質なんだ」

「ら……め」


 舌さえもつれる私の耳元で、


「本来あるべき感覚を目覚めさせる。その効果は……今のでわかっただろう?」

「まって、」

「もっと……もっと目覚めさせていく。溺れるくらいに」


 カナタは囁き続けた。

 その声だけで私は蕩けて力さえ入らなくなってしまっているのに。


「……誰かを救えるお前の過去は黒なんかじゃない」

「カナタ、」

「俺には……白く輝いて見えるよ、ハル」

「ん――……」


 するすると私の部屋着を脱がせて、カナタは私の素肌に口づけを落としていく。

 いつもは……いつもなら、私が嫌がらないか確認する意味でも、ゆっくりとなぞるだけだったのに。

 今日のカナタはちがう。自信の種が芽吹いたから?

 だとしたら私は……彼氏を侮っていたのかもしれない。

 カナタがキスした箇所が空気の流れを敏感に捉え始める。

 逃れようのない谷底へと堕ちていく。

 尽きぬくらいに燃えて、萌えて、上り詰めていく。

 なのに意識が飛ばない。カナタに塗り替えられていく。

 カナタがくれる刺激、目覚めさせる感覚すべてに染まっていく。

 黒じゃない。真っ白になるの。

 こんなの、もう……上書きできない。

 黒が白になるのなら、もうなんだって白に染められてしまう。


「――、」


 喘ぐ私の声を求めるようにカナタが唇を、指を私に当てる。

 だから最後だった。

 唇を塞がれたのは……本当に最後だったの。

 目覚めさせられた感覚は口づけの意味さえ変えて私を翻弄する。

 視界に映るのはもう、月。まあるい月しか見えない。

 溺れる私をカナタは白に染め上げた。

 重なり繋がり月に星がちらついて、夢中でカナタにしがみつく。

 世界の色が変わる。

 私の中心は、あなた。

 いつまでも、あなただけ。




 つづく。

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