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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百八十五話

 



 鳥居から生還を果たした人が、四人。

 ちょうどその現場を見ていた。宝島と行き来するときの移動と現象自体は同じ。

 一年にいる忍びの瑠衣くんが来ていて、麗ちゃんたちを連れ帰ってくれたふたりが知り合いだと証言してくれて助かった。以上、終わり!

 それじゃ困る。なんにも解決していない。

 かといって先生たちが集まってきて、ふたりを連れていってしまうから混ざれない。

 マドカたちはなんとか話を聞いてくると追いかけていったけど、私はキラリとふたりで残った。それでキラリに肘をつつかれて促される。

 橋本さんへの連絡を。

 なにせ彼は忍びの頭領。いかにも事情通みたいなふたりの上司だ。直属っていうより、いくつも上の立場だ。そうなると「部下の任務を全部は把握してない」と言われるのかな? そもそも夜遅いけどだいじょうぶかな?

 ひとまずメッセージを送ると、二分もせずに通話がかかってきた。


『おーっす』


 がやがやとにぎわう声が一緒に聞こえてくる。


『春灯ちゃん!? 来て来て! 呼んで!?』

『ばか、高校生だっての! いつまでも懲りないから、ずーっと売れないの!』

『ひ、ひどい!』


 なんか、聞いた覚えのない声が聞こえてくる。

 さては仕事仲間と呑んでるな?

 もちろん行かない。誘われても絶対に。そもそも行けないし。手段があっても無理。余計な揉めごとを招きかねない。


『ごめん、ちょっと待って! ああ、ちょっと開けて! 俺の酒に妙なことしないこと!』

『じゃあ呑んでいけー?』

『そうそう!』


 みんな出来上がってるなあ。

 あと、橋本さんが呑んでいるってことは忍びの人たちが活動中って伝わってないのかな?

 喧噪の音から遠のいていく。

 忙しない足音がしてほどなく。


『おっけ。時雨たちの件だったね?』


 頼りになる彼の真剣な声。いまの彼はシラフだ。

 できあがってたおじさんたちの声を聞いたばかりだから、いつも通りだとわかる。余計にね。


『予定どおり調査中。ただし提供できるほど情報はまとまっていない。警察が動ける段階でもない。目に見える被害はいまのところでていない、ないし見つかっていないから』

「なのに忍びは動いてるのは、なぜ?」

『うちは場合によっては恨みを買いやすい。特に目立つ子が何人かチケットを手に入れてね。それがなにか調査中だ』


 調査。調べている最中。情報はなし。

 カナタがシュウさんに聞いたのも、泉くんの話も、結局のところはまだ噂や不確かな情報に留まる。


『時雨からは先ほど軽く知らせがきた。明日、話しあう予定だ』


 ぜったい嘘。今夜中には確認を取るはず。

 そりゃあ、話すにしてもすぐではないかもしれないけど。なにせ麗ちゃんたちを連れてくるなり、彼女たちふたりは直ちにどこかへ消えたのだし。

 四人が連れ去られた現場に戻った可能性もある。

 あるいは、二度目の探索に向かう準備をしているかも?


『慰めにはならないと思うが、こちらで確認が取れている限りじゃあ、朝には必ず戻されるというよ?』

「でも、だれが、どんな目的で人を集めているのか、そしてなにをしているのかはまだわかっていない、と?」

『現在調査中』

「……そうですか」

『気になるだろうけど、調べるのはこちらに任せてくれないかな。キミには式神のこどもたちがいるだろ? 安全を確保するにはさ。まだ準備が足りない』


 ああああああ。

 私には、ぷちたちがいるから。

 いつかだれかに言われる気がしてた。

 ぷちたちがいる。幼く元気な子たちが。加えてみんな、まだまだすくすく成長中。みんなの環境、すっごく大事。それには私がすくすく健やかであるほどいい。

 放っておけなくてここまで来た。けど、いいの? 尻尾の中、たしかにみんなに手伝ってもらって、掃除をして、屋敷の中は特に綺麗になった。だから、そこにぷちたちを寝かせれば、それでよし?

 問われて固まる。思っていたよりずっと言葉が出てこない。

 なにか、言える気がしてた。

 なんなら喜び勇んでここまで来た。待ってましたとばかりに。

 それでいいのか。

 よくない。

 ただ、ぷちたちがいるから、という部分に参りすぎてる。

 橋本さんは「安全を確保するには、まだ準備が足りない」と続けて言ってくれている。黙ってろでも、でてくるなでもなくね。

 どうどう。落ち着いていこ。


『出番が来たら知らせるよ。ちゃんと、キミたちみんなにね? ただ、現段階では調べておきたいことが多すぎるし、俺たちの得意分野だ。だから連絡がくるまで、しばらく待っていてはくれないかな?』


 実際、橋本さんは冷静に私に語りかけてくれている。

 丁寧に言葉を選んで、優しく伝えてくれている。いまはまだ、そのときじゃないだけだと。

 それでも浮かない声が出る。


「――……はい」

『あれ!? 地雷ふんじゃった!?』


 こういうときにおどけて返せるところ、ほんと見習いたい。


「私がいけないんですけども。なんか」


 隣でキラリがずっと見てる。

 気まずい。通話の声は筒抜けだ。なにせ耳がいいからさ。

 でも、白状しちゃう。


「久しぶりにいろいろ起きたみたいだから。期待しちゃってました。ぷちたちのこと、寝かせておけばいいや、みたいに軽く済ませて。わーって動いて、それで、その」

『憂さ晴らし、したかったかな?』

「なのかも……」

『じゃ、それは別で企画しよっか。今夜はゆっくり休めば、したかったことがわかって、休息も取れて一石二鳥だ』


 明るい返し。ほんと、とことん、見習いたい。

 仕事現場でも、舞台裏でも、すごく頼れる人だ。


「危ないことして鬱憤晴らしっていうのは、まずいですよね」

『ちゃんとわかってんじゃ~ん。ま! ちゃんと大事にしたい人の顔を思い出せるのなら、だいじょうぶさ! 眠れそうかい?』


 なんとか、と返す。

 明るく笑い飛ばして、冗談もいくつも言って私の笑い声を聞くと、ようやく橋本さんは通話を切った。明日いちど、必ず学校に連絡いれておくって約束までしてくれた。

 めちゃめちゃ気遣われてる。気遣わせてしまってる、と考えるくらいには私いま参ってる。

 でも、参るのは中断! 停止!

 気の持ちよう? それで済むなら楽なんだけど、もちろんそうはいかない。

 橋本さんが笑わせてくれたから、そのまま笑っとく!

 その話をキラリと軽くしてから、みんなに今夜は解散を提案。

 実際、麗ちゃんたちを迎えにきた先生たちも促してるから、乗っかる形だ。

 みんなで島へ戻り、キラリと別れた私はそのまま宿へと向かう。

 カナタとメッセージでやりとりをすると、既に解散して、一部のメンバーで今後の流れを確認していたそう。あまり時間がかからないみたいだから、ほどなく宿で合流できそうだ。

 夜道を歩く。ひとり、またひとりと別れていく。

 ふたりで泊まる宿はみんなと別にした。

 となれば、歩くほどひとりに近づいていく。尻尾の中で、ぷちたちはまだ寝ているとして、寝かせたときの布団の冷たさを思い出す。

 寝ている場所には体温が残る。新しく、あるいは初めて寝る場所は冷たく感じる。

 こども心に、あったかいのが好きだった。ひとはだの温度の寝場所って、よくない?

 そういうなにげない大事なささやかさの積み重ねが日常の居心地を変えていく。

 熱を奪っちゃ、だめだよなあ。


「はあ――……」


 息を吐く。吐けば吐くほど頭が重たく感じる。

 自分に待ったをかける。

 鼻から思いきり息を吸って、夜の匂いを嗅ぐ。

 土埃、石畳、宿場から香る食べものやお酒の匂い。それよりも水路から聞こえる水音の心地よさ。温泉の香りが強くて、湯船に浸かりたくなってくる。ソープの甘い香りも風に乗ってやってきそうな気がして、そこまで嗅がなくていいやと中断。

 大事にしたい人の顔を思い浮かべる。いくらでも。

 アメスナで主人公は戦場に魂を置き去りにしてばかりで、奥さんも、こどもも、心に真っ先に浮かぶ状態になかった。長いこと、ずっと。戦場、仲間たち、仲間を殺したスナイパー、敵対勢力。武器を取りに行くから、狙わなきゃいけなかったこどもたち。そばにいたのに離れていった親。銃を持ちあげたこども。撃たれて瀕死の仲間と、それを運ぶ他の仲間。

 なにも戦場ばかりじゃない。仕事に逃げて家族の顔を忘れるみたいに。愛人と寝ながら家族の冷たさから逃げて、そうなるまでの自分の振るまいからも逃げ続けるみたいに。

 そうなったらなったで、やまほど大変なことになりそうだ。けど、いまはまだ、私は立ち止まれる。橋本さんは、直接そう語らなかっただけで、私が気づけるよう言葉を残してくれた。

 宿に戻り、おかえりなさいと声をかけてくれる犬神の仲居さんにご挨拶して、入浴を勧められてからお部屋へ戻る。尻尾に手を当てて、ひとりずつそっと抜き出して、布団に寝かせる。みんなの身体がすこしだけ冷えていた。寝苦しそうな顔をしている子もいた。

 抱き締めて、寝かせて。寝床をあたためて、みんなが落ちついて眠れるまで見守って。それだけで無性に泣けてきた。なさけなーって、うんざりもする。あと、現状がどうあれ、私は暴れたいのだと自覚もする。

 どれほど良し悪しや正論でふたをしようとも、この衝動が消えることはない。なくなることはないのだ。ぷちたちがすやすや眠れるまで見守っていると湧き上がる、ぽかぽか感のように。ゼロになることはない。

 そして一度横になって、みんなの寝顔を見守っているとね?

 なかなか離れがたい。

 よく見ておきたくて。

 わけのわからない概念は、本気でどうでもいい。

 なにかを腐す、あるいはそう取れることばを使うときは、痛みをごまかすのに必死だ。すべてを言い表すような、包摂的ななにかで片付けようと拙速に判断するとき、余裕のない自分か、余裕のない状況か、支配の及ばない無力か、その組み合わせがあってさ?

 今夜の私は零点!

 だめだー! っていう、このへこみを言い表す概念に飛びつきそうになる。母性がないーとか、そういうの。

 だから先んじて言っておく。

 わけのわからない概念は、本気でどうでもいい。

 そんなのより、いまこの子たちの顔をじっくり見て感じることに夢中でいたい。

 すぐに思い出せるように。

 久々の憂さ晴らしや、ヒーローになれそうな場面に私はひどく飢えていた。お腹ぺこぺこすぎて、食べられる! っていう期待に一瞬でこどもに戻った。私の中の「暴れたい!」っていう願望はとても強い。

 実際、学校を休んで、学校でできる運動もご無沙汰だったから。

 なんか、暴れたくてたまらなかった。

 休む前の状態に、一気に戻った。なんならそれを歓迎さえした。

 けど、ただ戻るだけじゃあ、この子たちのことを私は置き去りにするのだろう。これまでのように、これからも。

 そりゃあ、だめだよ。

 そんな気持ちだけじゃ、暴れたい衝動は止められない。

 傾けて正論だけでふたをして、それでそのまま過ごせるかーっていったら?

 今夜は無理だった。次も無理だったときに備えて、衝動はあるものとして想像する。計画する。それくらいがいい。対策というのなら、それくらいのほうがいい。

 下ネタ冗談、夜のあれこれ。そういう気分じゃないや。

 床を埋めつくす布団。薄い掛け布団にくるまって寝ているちびたちの寝息。明かりは消している。ちっちゃい明かりも今夜はなし。

 おばあちゃんちに集まるとき、たまに眠れない子がいる。私もトウヤも、たぶんお姉ちゃんも、この子たちも、そのあたりでは苦戦してない。

 いろんなところで寝てもらっているけど、ひとまず眠れている。

 ただ、眠れていれば快適かというと、もちろん話は別。

 どうすんの?

 したいことはあるよ。

 できたらいいこともたくさん。

 だけど、どうしたらいいか、どんどんわからなくなっていくよ。

 ヒヨリが言ってた。魔女宅の話。ホウキで飛べない、ジジの声も聞こえないときのキキはどうしてたんだろ。アニメの短いシーンでは、歩いて配達の仕事をしていたっけ。アニメ映画のほうではね。なら、原作は?

 迷子だ。私、いま迷ってる。

 なんなら、アディクションまである。好ましい役割を演じることが。

 そっか。

 私、切った張ったに否定的なこと言ったり考えたり、悩んだりしておきながら、それをせずにはいられないんだ。めっちゃ依存してる。強固に、収束する形で。

 この糸はほどいて、他の多くのことに分散してかないとまずい。けど、ゼロになることもない。

 セルフコントロールとして現状、ハームリダクションのために必要とすることがある。リダクションは低減を、ハームは二次被害を指す。自分を保ち、維持するうえで、他の多くに分散できる状態を前提としない。

 ひとりで抱え込んで、悩み苦しむとき、相談をと提案するには、相談が有効であるという成功体験が欲しい。けど矛盾をはらんでいる話だ。成功体験がないから抱え込むのに対して、成功体験をしなさいというのはおかしな話だ。

 このあたりを認めて組み立てていかないと、極めてきついケースから想定することなどできない。

 世の中、なにかと問題がある。トラブルも。私にとっての供給が存在する。そして私はそれをどうにかすべきと需要を育てている節がある。特に隔離世絡みの問題やトラブルに関してはね。

 今夜の一件からして明らかだけど、私の需要は供給に敏感に反応し、飛びつく。

 遊びたくてうずうずしてる子犬にボールを見せるようなもの。飛び跳ねて、尻尾をぱたぱたと振りまくり、吠える。はやくなげて! って。

 待ってましたとばかりに、遊びたがりの私は飛びつく。

 他にも関わるだけの理由があって、需要が存在する。供給が途絶えることもないだろう。

 けど、供給と需要が結びつくたびに、ぷちたちを置き去りにしたり放置したり、カナタと約束した夜を反故にしたり振り回して放置したりじゃあ、いくらなんでも私生活に問題を抱える。

 実際、他にも二次被害は生じている。

 仕事においても、人間関係においてもそう。

 そんな状態で事件に首を突っ込んでは、心身を痛めつけ、さらには解決しそこなって、だれかを傷つけたり、べつのだれかとの敵対関係を増やしたりすることになる。

 やめなきゃ。

 どうにか制御しなきゃ。

 そう思っているのに、やめられないんだ。私は。

 そんな自分を受容して、組み立てていけるかどうかっていう話だ。

 見誤ると、危ういことになる。

 アメコミのヒーローたちでは、ゼロじゃないけど多数派でもない印象があるけどね?

 自分たちの自警団的活動の負荷がとうとう私生活に無視できない影響を与えたとき、彼らは強いストレスに晒される。コミックで、ヒーロー。男性ばかりだった昔に比べて、着実に女性も増えてきた。いろんな人たちがヒーローになれる時代だ。そして、いろんな人たちがストレスと対峙する。

 彼らは聖人君子じゃない。なのでストレスへの対応力も、環境も、人それぞれ。

 なので、荒ぶり、暴力の発露に至るケースがある。

 凄まじい身体能力や人並み外れた特殊能力を持った人物の暴力! そりゃあ、悲惨なことになる。強固な倫理観があっても、ヒーローとしての責任感があっても、むしろだからこそ、ストレスが爆発したときの衝動ってとても恐ろしいものになる。

 ますますアディクションが強化されてしまう。

 その繰り返しによって人がどうなるのか。ばぶちゃんプレイに勤しむ超人とか、薬物依存の能力者とか、色狂いの強化人間とか、暴力に極度に依存する人類最強とかになっていく。

 間違いなく年齢制限くらいそう!

 そこまではしないとして、もうちょいライトに描くとして、まあでも、そういうノリになっていく。日本だともしかしたら「そんなん見たいか?」とか「そこまで現実のやなもん持ち込むな」とか「売れないだろ」とか言われるかも。なんなら、たぶんアメリカでも言われてるんじゃないかな? 好きな人がいて、きらう人もいるよね。

 いまの私の筋はなるべく現実的に心を描くって話だけど、それだけじゃないよね。キャラクターは個性が演出された記号的な存在であって、人間でなくていいでしょー派もいるみたい。私の筋にしたって、どこまでやるのか、どれくらいがビジネスとして妥当なのかとか、言いだしたらきりない話。

 ただね?

 そういう議論はさておき。

 コミックに見るヒーローたちのアディクションは、条件を変えるとだれでもなり得るものでさ。私はいままさに悩んでる。

 ドラマのボッシュで描かれていた、薬物依存の治療。

 身体に害があり、日常生活が困難になる薬物依存の症状緩和の手段として、蔓延している危険な薬物を非合法に購入し、依存度合いを悪化して二次被害を増やすのではなく、公的医療機関にかかり、依存している薬物ではなく処方箋を持って購入できる薬物をもらいながら、医師と関わり、グループケアに繋げて、社会との繋がりを保つ接続方法を選ぶ。

 ただし、これにはまだまだ課題があるみたい。

 処方箋をもらって買える薬物、グループ治療、カウンセリング。これらの制度があれば、それでよしとはいかない。セルフスティグマ、自己への強い差別や偏見、忌避感情や嫌悪感、許せない感情が、セルフコントロール、自己の制御を乱す。ただ居るだけ、ただ生きるだけがひじょうにむずかしくなっている。一朝一夕ではどうにもならず、自分と居る、生きることがむずかしいとき、人をそもそも信じられなかったり、助けを求めるべきでないと自分を責めたりして、制度から離れてしまうことさえある。

 居ることができるのも、生きることができるのも、それを支える多くの依存があってこそだと思うのね? そして、その多くの依存は、当たり前に与えられるものじゃない。当たり前に得られるものでもない。それを実現するには、まだまだ、多くの課題が社会の側にある。いま苦しんでいる人に問題があるなんて暴力の話じゃなくて、いま苦しい状況に陥るほど支えが足りないっていう話だ。

 ヒーローたちは周囲との愛着形成や、仲間と出会い、縁を深めたりすることで、どうにか依存を増やす糸口を得ていく。

 ボッシュだと?

 彼が潜入した、処方箋を得て買える薬物を横流ししてる組織のキャンプに通う女性がいた。彼女は昔、娘を失ったのだ。殺されてしまった。

 薬物治療のプログラムに加わることになるも、距離を置く。

 みんなで集まって、気鬱な体験を話さなければならない。

 受け入れるしかないという正論は、受け入れがたい痛みをむしろ悪化させるだけだ。

 彼女は無理だった。

 だからキャンプに参加しては、時折、身売りしつつ薬を集め、飲んでいた。

 やがて、ボッシュが彼女の娘の事件の真相を調べ上げて、犯人を逮捕する。

 正当な法による刑罰を求めるが、犯人は人身売買組織の一員で、仲間と拠点の情報を提供することで司法取引を取りつけた。

 刑の軽減。

 捕まるものが司法取引を持ち出すのなら、定番のメニューだ。

 何年もずっと苦しんできた。周囲から責められつづけてきたし、くわえて彼女自身が責め続けてきた。スティグマの強固さは推して知るべしだ。

 彼女はボッシュから事実を聞いて、犯人の罪が軽減されることを知る。

 その夜、彼女は家で服毒自殺をした。

 娘を失う前後、彼女は薬とお酒でボロボロだった。それらに依存する過程がもちろんある。そういう状況に陥る人が増えるというのが、貧困の蔓延の恐ろしいところだ。

 やりきれない。

 やるせない。

 たとえば。

 プログラムに参加して、薬を利用しながら、コントロールしながら、徐々に和らげていって、就職上でも生活のうえでも手厚いサポートを受けられるとして。

 それでも、育ってきた過程の痛みや、遭遇したできごとによるつらさは、たやすく人生を破壊する。一撃じゃない。それじゃ済まない。ずっと、続いていく。

 だからアディクションは強化される。スティグマも。

 留めて、止めて、和らげて、解放を。許しを。

 そういう方向性なのかも。人には罪がある、だが許されるという筋の話は。

 逆に、どんな罪を犯そうと必ずみんな救われる、というか人が作ったそんなものさえないのさ、という筋の話さえある。もちろん、他のバリエーションも、いろいろと。

 だけど、むずかしい。どちらもやっぱり、むずかしい。いまどきそれでお金取ろうとする人までいるんだから、ますます信じて一歩を踏み出すハードルが高くなっていく。

 さあ、やるぞと踏み出す勇気が持てない。

 痛みをなだめるので、精いっぱい。

 だから言うんだ。

 やがて、過ぎる。

 ぜったいにうまくいかないぞ、だめだ、自分はだめ、なにかがだめ、あいつらも、ああいう仕組みもだめ! みたいに、延々と考えちゃう。

 だから言うんだ。

 きっと、うまくいく。

 自分に向けて。

 自分の心をなだめるときに、言うんだ。

 だれかに向けてでも、だれかの心をなだめるときでもなく。

 まず、自分に向けて。

 いまあることは完璧でも万全でもない。依存先がいっぱいある人や、無自覚な人ほど、求めて焦がれる人にあれこれひどいことを言いそうだ。

 まず、無自覚な私が、私に向けて、言いそうだ。

 でもね?

 いまあること、いまできること、どれも完璧でも万全でもない。

 近代社会に生まれてうんぬんかんぬん?

 風立ちぬの劇中で「めでたい。日本を近代国家だと思っていたのか」って、主人公の二郎さんが笑われるシーンがあるけどね? あんなノリ?

 思考を止めて理解と共感を阻む、ちーっとも具体的になってない概念は、ぽい。

 辞書で調べて、こういうところがこう! と知識をつけてからにしよう。そして、そのときにはいまあるものと、いまないものをちゃんと把握しよう。いまないもの、それによって生じる痛みを和らげようと努められる私でいたいぞ?

 これはこれで、依存のひとつ。

 増やしていきたい、依存のひとつ。

 他にもあるよね?

 既にある、依存先。

 いま私に足りない、依存先。

 それもいわば供給と需要だ。

 ダメージを増やすものは低減を。元気を増やすものは増加を。

 数を増やして。

 多くの頼り先を、居場所を、楽に息ができる場所を。

 ふと思い出せる、大事な人の顔を。

 一要素に集まる過剰な数を、たくさんの要素にばらけさせて。

 それさえきっと、困難だ。

 いまある術じゃ、ちっとも足りないからさ?

 こつこつ進める。

 きっと、うまくいく。

 幸いにして今夜、麗ちゃんたちは無事に戻ってきた。

 そして、橋本さんたちが調べてくれている。

 既にある依存先のひとつだ。

 だいじょうぶ。

 完璧でも万全でもないかもしれないけど、ちゃんと、ある。

 増やしていける。

 そう思えてようやく、息をするのがすこし楽になる。

 怖がりなのに遊びたがりの心をなだめていけそうだ。

 ぷちたちの寝顔をじっと見つめて夜が過ぎていく――……。




 つづく!

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