第千七百八十三話
カナタのウキウキとそわそわ加減がひどい。
ぷちたちを寝かしつけてからの盛りあがりっぷりと、いかにも「浪漫を優先に準備してます」という演出ときたら! 去年のクリスマスでも思ったけどね? 好きなんだろうね? そういうの。
今夜、ぜったい! 張り切る! みたいなノリ。
止まらない。ぜったいに! 今夜!
もういい、わかったってと呆れて笑っちゃうくらい、サービスがいい。
だからかなー。
ぷちたちとカナタと私の泊まる宿に、丈くんが来て「麗が帰ってこないんです、連絡も取れなくて」と言ったときのカナタの笑顔のこわばりようといったら!
いやー。全身から「ああ! 今夜は! お楽しみの予定だったのに!」という気持ちがダダ漏れだ。かといって、放っておけるはずがない。
「あああああ――……」
「どうしたの?」
あああ怪人になりかねないカナタさんの後ろから顔を出して、丈くんに事情を尋ねる。
士道誠心はこのところ宝島に滞在しているけれど、今夜は麗ちゃんとふたりでのんびり温泉宿に行く予定だったそう。で、買い出しに行ってくるというので、丈くんも宝島で買い物をしてから合流するつもりだったのに、彼女が来ないというのだ。
連絡も繋がらない。おまけに泉くんのともだちが行方不明で連絡が取れないという。
いかにもだ。
こんな状況を放っておけるはずがない。
これまで何度となく事件に遭遇してきた。
言わずもがな。調査に移るべきだ。それがわかっていて、今夜がとびきり長くなることが予想できたから、カナタさんはいまだに思考停止中。
未練だねえ!
これも前戯と思えばいいじゃんね?
スマホで直ちに小楠ちゃん先輩にメッセージを送り、指示を請う。既読がすぐについた。ラビ先輩が既に高等部の生徒に関して調査に移っているという。
と、なるとだよ?
けっこうな人数が巻き込まれてる? あるいは、その恐れがある感じ?
「だいじょうぶだ。絶対に見つける。それに彼女はお前の作ったスーツを携帯しているんだろう?」
「どんな状態でも麗の手元にあるように備えていられるかまでは自信がなくて」
「なにかに巻き込まれたと決まっているわけでもなし――……あ」
「あってなんですか! 先輩!?」
「い、いや、すこしばかり心当たりがな?」
「どっ、どういうことですか! なに、心当たりって!」
「あああのおお」
見ていて気の毒になるくらい弱り果てた顔でカナタの胸元を掴んで前後に揺さぶる丈くんに、カナタがしくじったっていう顔で私を見てくる。けど、無理だよ? フォローできないよ。
今夜のポンは高くつくんじゃないかなあ。
そうはいっていられないよね? 集まらないと。
夜中に元気が残っている人はすくない。
たとえ! 高校生であろうとも! すくないのである!
ということに、なりません? なりませんかね。なりませんか。そうですか。
仕事でくたびれて動けない日とか、ぷちたちの元気に当てられて憔悴しきった日とかに備えてそう主張したいけど、実際のところ、真夜中にもかかわらず思ったよりもたくさんの生徒が集まった。集まっちゃった! いや、いざ行動っていうときには頼もしくてありがたいんだけどさ。
島の催し物会場の一角を借り切って集合した頃にはもう、謝肉祭遊園地の噂で持ちきりだ。
カナタがシュウさんに確認を取り、今夜のカナタに負けじとカグヤさんとの夜をうっきうきで楽しみにしていたシュウさんが職場に確認を取り、その間にリエちゃん先生からヒヨリちゃんとホノカさんが謝肉祭遊園地のチケットを持たされて、他にも複数名と誘拐されたことが判明。シュウさんの元にも、いくつか知らせが届いていて、中には忍びや教団も今夜大慌ての事態になっているという。
失踪事件か、誘拐事件か。
隔離世とも、宝島のある場所ともちがう、奇妙な空間にある三つ叉の通路と門。その先を目指す数えきれない人々。その先に待つものとはなにか。
チケットも謎だ。気がついたら手元にあって、それを捨てても破いても、元通りになってポケットの中へと戻ってくるという。
だれか持ってないかという話題もあちこちで聞こえるけど、だれも持ってない。
現世に行けば手に入るのか。いやいや、そもそもだれがどこで配っているのか。
知らない。わからない。
なのでぶっちゃけ、集まったはいいけど、件の遊園地に向かう手段がない。
だって。チケットがないんだもの。
事情説明だけで終わってしまいかねない。
麗ちゃんがピンチ。ヒヨリちゃんはホノカさんと戻ってこれたけど、ホノカさんの力あってのこと。そしてホノカさんは体調を崩して休んでいるそうだし? ヒヨリちゃんは平静ではいられないほど取り乱していて、とても話せる状態ではないという。
マドカは小楠ちゃん先輩たちと集まって話していた。チケットを強引に持たされて誘拐された人々に共通項はないか探り、同じか近しい条件を持つ生徒で救援隊を編成して、助けに行くべきではないかと言うのだ。
どんな場所で、どの程度の脅威がどのようにして降りかかるか見えやしないのに、許可なんてだれも出せるはずもなく。そもそも共通項がまずわからないのだから、判断以前の問題だ。
理華ちゃんたち期待の一年生たちもいるし、ワトソンくんやユニスちゃん、ファリンちゃんなど、凄腕で知識も豊富な生徒もいるけれど、だれひとりとして打開策の案がない。
情報を一番もっていたのはシュウさんで、それもふわっとした相談止まり。カナタがシュウさんに教えてもらった「そういう相談がありました」という事実よりも助かる情報がひとつもない。
ただ、瑠衣くんたち忍びは気に留めて調査活動を行なっていたという。
そして彼が頭領である橋本さんに報告して確認したところ、ちょうど連絡が取れなくなっている忍びがふたりいるとか。ひとりは星蘭に通う二年生、もうひとりは瑠衣くんの姉貴分である時雨さんという都内の高校生で、くノ一さん。
ついでに学内で行方不明になっている生徒はというと? 他にはもういなかった。
泉くんの友人が以前、チケットを持っていたそう。そしていま、彼の友人にも、友人宅にも、連絡が取れないままだという。
じゃあ泉くんのともだちのおうちに行けるかっていうと、遠くてむずかしい。不可能じゃないけどね。行くにせよ、どうしたって人数に限りがある。
手段がなきゃ、達成しようがない。
ごまかしようならあるけれど、そのものへのアプローチにならないのなら意味がない。
ノリと勢いの限界ってやつかも。
マドカやシロくんが提案する。作戦計画は実効性と実現性を求めるほど曖昧になってしまう。なかなか先へは進まない。けれど闇雲に行動しても、なんにもならないときには徒労感が増す。
ことばに似てる。
昔、どこかの収容所で職員が収容されている人々に「穴を掘れ」と命じた。それがこの時間に彼らがするべきことなのだと。スコップを渡されて、穴を掘る。
行動をするとき、そこに目的を探す。
食糧は乏しく貧しくて、環境は最低。摩耗していく心身に鞭を打って彼らは穴を掘る。逆らえばどんな目に遭うか。ろくでもない結果になるのは明らかだ。
だから、穴を掘る。
自分が埋まる穴かもしれない。ともだちが入るか、恋人やパートナー、それとも自分のこどもが入る穴かもしれない。
あれこれ考える。否が応でも考える。
慰めに自分を落ちつかせる理由を探す。
それは概ね、目的だ。
しかし穴を掘り終えて疲弊した彼らに、次の指示が下される。
では、諸君。穴を埋めたまえ、と。
意味などなく、繰り返される。徒労感は、反復する。そうして無力と無意味を学ぶ。自分たちがやることには意味などないのだと、繰り返すことで体験する。
それを体験し、学び、いかに残酷な暴力であるかを知っている人々は、抗い、声をあげる。
無力を学習させる、その度合いにもよるけどね?
手段はいろいろあって、方便として便利な言葉はいくつかある。「自己責任」は、そのひとつ。
でも、ちがう。
今日も明日も明後日も。ゆっくりと続いていく。
それがときにうんざりする呪いになるし、ときに救いにさえなる。
ただ、ね。
大地が揺れるだけで、落ちつかないところに住んでいるとさ?
今夜のご飯に戸惑う過ごし方に悩んでいるとさ。
みえないよ。ノリと勢い以外の手段が。
だって今日は、昨日や一昨日や一昨昨日や、そのずっとずっと積み重ねでできてるんだよ?
蓄積から目を逸らしたくて、蓄積と範囲のぶんだけ増える刺激に気が狂いそうになって、おかしくなっていくんだ。昨日や一昨日や一昨昨日のように、今日から明日へ、明後日、明明後日へと。
だからブレインストーミングしちゃうんだよ。
穴。掘る。このふたつから、それぞれに、いろいろと、やまほど。
意味を求めずにはいられない。
その方向性も、指向性も、人によって異なる。
だから、だれでも使える便利で平易な言葉って、怖いと思うんだ。難解なら、わかろうとする人だけが先を探そうとするでしょ?
そう思っていた時期もあるけどね。
それでもやっぱり「穴を掘る」っていう、ただそれだけの言葉からやまほど考えてしまう。
自分が沸き立つ言葉、刺激を前にすると、反応は制御できない。しきれない。
もしも自分が大地で、それを溶かそうとする熱が増して、本当にどろどろになってしまったら、そのとき溶岩と化した自分をどれほど認識できるんだろう。どれくらい自覚的でいられるんだろう。
つづいていくんだ。つづいてきたんだから。
どうするのさ。
ぷちは尻尾に入れてきた。置いてはおけないだろ? 私、しっかりしろ。
他にも大勢いるぞ? 麗ちゃんが捕まった。そういうことかもしれないんだぞ?
放っておけないでしょ。
生徒会メンバーで集まっているところに顔を出して、一声かけておく。
「カナタ! 現世、いってくる!」
「は、え!?」
「一時間くらい? キラリたちとでてくるから」
「お、俺も――……」
「だめ、みんなと相談しなきゃね? シュウさんとみんなの窓口になれる人でしょ?」
背中をばしばしっと叩いて、駆け出す。
キラリに声をかけ、マドカが渋々シロくんたちに後を任せてついてくる。
他にいくらでも声を掛けられるし、私が思いつく人なんてだいたいとっくに出かけてる。
先へ先へ。後へ後へ。果てはない。終わりがない。続いていく。
自分だけでも、自分の居場所だけでも、だれかだけでも、だれかの居場所だけでも間に合わない。ひとりなんて、たいしたことない。だからひとりから、ひとりたちを大事にする。
限界しかない。限界なんてない。
あいまいなものと付きあう。あいまいな世界に生きているのだから。
絶対的でわかりやすくて単純なものよりずっと、複雑で曖昧でちっとも不確かで残念で恥ずかしくてわけのわからないことたちと生きているのだから。
わかりやすさは沼だね?
ふたりと一緒に鳥居の先を目指す。
マドカはホノカさんたちが戻ってきた場所や、ヒヨリちゃんが飛ばされた場所を聞きだしていた。だれも頭が回っていなくて現地を見ていない。
そりゃあ、なにせ、深夜だもの。
ところでさ?
ブレインストーミングの問いを明らかにしておこう。
謝肉祭、遊園地。
まずは前者、謝肉祭。
お肉よ、さらば! 節制する時期の前に、たらふく食べておきたいぞ? という、そういうお祭り。仮面をつけて、素性を隠して、なんなら立場も交換して、肉を。遊びを。
ときに残酷に。ときに享楽に。耽り陥る欲の沼地で起きうる可能性は、どこまで淫猥に落ちるのか。そうした乱痴気はやがて昨日になって、一昨日になっていく。
増えていく。そこで起きたことへの感情が。ときに拭い去れない汚れとなって、大地を溶かしていく。溶岩になにを投じたところで、ろくに冷却できないくらいぐつぐつと煮えたぎっていく。そうして今日から明日へ、明後日へと続いていく。
それじゃあ困るから、過剰さを緩めていく――……というのが主題じゃないな。
遊園地はどう? 移動か、常設か。日本だと移動は身近じゃない印象があるなあ。知らない人さえいるんじゃない? せいぜい移動するならサーカスまででさ。それもなかなかね。
娯楽。遊び。非日常。特殊な空間。恐怖による緊張と緩和の場。そういうのが苦手な人向けに、リラックスできる場でもある。アトラクションは様々。
どれも決め手に欠ける。だよね?
たとえば謝肉祭。
だれにとっての、どんなお祭り? わからない。
チケットも問いのテーマのひとつ。
基本的には求める者が対価を支払い手に入れるもの。けど、意図せず持たされるところが不気味だ。そうじゃない?
破き、捨てても戻ってくる。
だれが入れたのかもわからないチケット。
LVのあとに数字が記されているそうだ。その数字もなにか示唆があるように思える。印字じゃなくて糸である理由は? これもまた謎だ。
ただ、それとおぼしき場所は見当たらない。
空に浮かんでいるとか? 現世に戻って鳥居を背に空を見あげたけど、道なんか浮かんじゃいない。
「特にこれといって気になる匂いはないな」
「どれがどれだかわからないね」
キラリとマドカが嗅いでいた。私も確かめる。けど、だからなにということもない。
わかっていた。ただここへ来て、それでなにかがどうにかなるなんて。そんなに都合よくはいかないことくらい。
「よう」
境内の岩に腰掛けているギンが呼びかけてくる。
鳥居の周囲にはノンちゃんや日下部さんたちがいて、難しい顔をしていた。
「霊子に名残がないか調べてるが、まだなにも出ちゃいないし、調べもついてない。だから、てめえらの霊子を出すのは、もうちょっと待ってくれ」
マドカに腰をそっと押された。
三人で鳥居のそばから離れて、ギンの座る岩のそばへ。
すぐにできることがあるとは限らない。
じゃあ、なにができないかを確かめようか。行動の準備をしながら、思考に勤しむのだ。
「ギンは、なにか思うところある?」
「うちの学校でいなくなったのが甘原、茜原、それと満月。卒業生を入れて榛名さん。たまたまうちの学校だからというには、聞いた噂で通路にあふれる大勢の奴らってのがな」
「被害者が多すぎるってこと?」
「それにしちゃあ、騒ぎになってなさすぎるだろ? ネットにも当たりなしだぞ?」
おかしいよね、とマドカがぼやく。
まことしやかにささやかれる、ならまだしも。
空振りにも程がある。被害者が増えるほど、なんの情報もないというのが奇妙だ。
泉くんのともだちは、普通に過ごしていた。ただし、学校には一週間、行っていないという。突然の不登校にしては親御さんが普通すぎた、というのが泉くんの談。それに泉くんの知る限り、そのともだちって学校を休むようなヤツじゃないんだって。なにせ小中、皆勤賞が自慢みたいでさ。
聞けば聞くほど妙だ。
「休んで笑顔で、それが当たり前、学校は気にしてるっていう泉の話がな。不気味なチケットと遊園地ってのがなければ、正直なところ本人の自由だと思うとこだが」
「チケットも遊園地も、無関係とはいえないっぽいと」
「おう。今回の件に関してだけなら、そんなとこだな。不登校の先の話は別だ」
それでみんなして黙り込んだ。
ギンの言葉の先が浮かばない。なにかある? ないなあ。いまは、まだ。
続いてきたし、続いていく。
意味を求める。それが空振りでも、意味がないと思えるときでも。
探さずにはいられない。
先に進まなきゃいけない。支えになる台に手をついて、体重を預けて、やっと次の一歩を踏み出す。それくらい疲れる毎日を過ごしているとき、台に手をついた途端に消えてしまう。当然、倒れる。痛くて、つらい。疲れていて、より一層くたびれる。やっとの思いで立ち上がり、確かめる。台が、ある。だから手をかける。感触を改めて、次の一歩を踏み出そうとしたまさにそのとき、台が消える。そしてまた、倒れる。
無様だ。恥ずかしい。しくじった。
それを、けど、何度も繰り返さなきゃいけない。
そんな日々を反復する。
続いてきたし、続いていく。
台だと、これは確かに頼りになるのだと、そう信じて体重を預けるほどに、手ひどく転ぶ。
痛みは増して、絶望は深まる。
それでも、ずっと続いてきたし、ずっと続いていくんだ。
「くそ、どこだよ」
丈くんが必死の形相で地面に這いつくばって、麗ちゃんの霊子の名残を調べている。
うんざりだ、もう。台なんて。そう思ったところで疲れて痛みにあふれた身体も、心も、世界も変わらない。支えは必要だ。
ひとりで、ひとりたちに関わるのは限界だ。
それにいまあるやり方も、知識も、技術も、まだまだこども。私たちも、おとなたちも、この世を去った人たちさえもが、そう。
さて、どうする?
私は知りたいよ。育て方も。間に合わなくて、追いつかなくて、えぐいことになっちゃっているときの泣きやみ方も、なだめ方も。
知らないことだらけだよ。
私と比べるのが申し訳ないくらい、蓄積しているインテリやアスリートやアーティストが大勢いて、そういう方向性とはちがうようで、やっぱり私と比べるのが申し訳ないくらい日常の達人たちも大勢いて、なのにまだまだ届かないことと出くわすの。
ほんとに、とことん、知らないことだらけ。
ひとまず私の身の回りに対して、私自身はね? 多くのことが、こどものままなんだ。
ぜったいに見つける。増やしていく。
ところで、気になることがあるんだけどね?
「丈くん! 麗ちゃんのスーツって、どんな機能があるの?」
「あー。先輩から青澄さんの映画好きを聞いて、スパイダーマンちっくなのはだいたい入れた」
「――……じゃあ、持っていけてるなら自衛手段はあるんじゃない?」
「いや。マニュアルが分厚くなっちゃって、どんな機能があるのか、麗はまだ覚えてないんだ。しゃべれるAIなんか、俺つくれないし」
「おーぅ」
「なんならスーツの展開方法まで覚えてないまである」
まじで?
◆
茜原アイが濡れ女状態になるには時間がかかる。
酒呑童子の御霊を宿して、性別まで変わった茨シズクとちがい、自分はまだ受け入れてない。それに妖怪の格からしておおきく差がある。
「がんばれー」
「声かけないでもらえます!? だいたい、そっちは糸で他になにかできないの!?」
「そう言われても……なんかあったっけ」
「知らないよ!?」
頼りにならないなあ! ええ!?
ご大層な装備をもらっていなかったか?
それがあってなお、使えないってか?
くっそ!
つづく!




