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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百八十一話

 



 彼女とふたりで鎌倉へ。

 このように述べると、まるで男性向けのキャッチコピーだ。

 榛名ホノカに適用される日が来るとは思わなかった。

 彼女の運転する車で向かうだなんて。まさかのまさか。それが叶っている。

 不思議な感慨は、けれど学校の近場にある回転寿司のチェーン店の、よりにもよってトイレで中断された。

 奇妙なチケットがデニムのポケットに入っていて、気がついたときには舗装された道のど真ん中に立っていた。そばを人が通り抜ける。ひとりやふたりじゃない。大勢が、私を追い越して前へと向かっていく。

 彼らの向かう先を見た。

 まず最初に印象的に感じたのは、煌びやかな光の洪水のようなまばゆさ。それらが照らすゲートに、私の通路を含めて左右から伸びるふたつの道が向かい、合流する。

 大勢の人々は、必ず、金色に煌めく券を持っていた。

 ゲートが間近に迫るとき、彼らは券を掲げる。そうして通り抜けるゲートが奇妙だった。小さな通り道がいくつもある門の先が見えない。通り道に入るなり、人々が見えなくなるほど強力な光が照らしている。その光の必要性もさることながら、券を確認する人がいない。

 そもそも、私はどうやってここに来た。尋常ならざる手段にちがいない。周囲を見渡せば、私のように困惑して立ちつくしている人が何人かいるのだが、一割に満たない。九割を超える人々が、嬉々としてゲートに向かっていく。

 ときにゲートに券とくれば、チケットの有無を確認するなにかがありそうなものだ。人か、あるいは機械か。しかしいずれもない。二○○一年宇宙の旅くらい古びたSF映画のような、光の向こうに消えていくだけ。

 門にも、門の向こうにも光源がいくつもあって、ゲートを照らす光量に負けじと強い光を発していた。色が変わっていく。白一色ではない。

 カットの多い宝石を並べて、乱反射させているよう。

 以前、息子が集めていたカードにきらきらと煌めく加工が施されていたけれど、あれの何十、いや何百倍も暴力的だ。

 露悪的な門に、戸惑う人々は目を逸らす。

 しかし門を目指す人々は嬉々として門を見つめ、目を見開いて、歓喜と共に向かっていく。

 この対比が異様だった。

 門の向こうを目指す人がだれひとりとして戸惑う人々に声をかけないのもまた、異様。


「あの」


 ちょうど通りすがった仕立てのいいスーツ姿の中年男性に呼びかける。だが彼は私を見ると、笑顔のまま道の先に顔を戻して歩いていってしまう。

 他の人もみな同じ反応だった。

 瞳孔が開き、涎を垂らし、唇の端に泡を吹かせて興奮気味に歩いている者さえいた。

 そのわりに、だれひとりとして走らない。律儀に歩いているのが、また奇妙だ。

 生きた亡者たち。

 観察していると、彼らの手にした券の刺繍は色が異なる。

 赤が一番多い。が、稀に黄色、ごくごく稀に青色が混じる。

 信号機の色? いや。他にも色はある。

 手元の券を確認する。

 私の券の刺繍は、黒。黒い糸。右下に「LV.?」とある。

 ここに集まるすべての人が持つ券にも「LV」の記述はあるが、決まって数字が記されている。確認できる限り赤が「1」、黄色が「2」で青が「3」。

 黒は他に見当たらない。数字も一から三まで。

 探せば四以上の数字もあるかもしれないが、それにしたって人が多くて見にくい。東京の満員電車時の人口密度へと徐々に近づいていく。

 そういうのがいやで、電車で通勤せずに済む仕事を選びたくてたまらなかった過去を思い出した。


「あ、あの」


 背後からだれかが私を呼ぶ。

 若い女の子の声だ。ふり返り確認すると、丸くて愛らしい動物の耳が頭頂部にちょこんと生えていた。背伸びしてみると、丸く膨らんで伸びる尻尾もある。

 母校の生徒かもしれない。そう思いはするが、話すには窮屈だ。


「来て」


 目線で促して、通路の端へと移った。

 その短い間でさえ、奇妙さは変わらず。人々は私と少女に文句のひとつもなく、おとなしく道を譲り、そして通れるようになるやいなや一心に前へ前へと向かっていく。

 人がぶつかって揉めるような声が聞こえない。戸惑う人々が大勢集まってきてなお変わらないのが、気味が悪い。


「あなた、士道誠心の子?」

「――……」


 少女に確認を取るのだが、彼女は私の顔をまじまじと見つめて固まっていた。

 返事をしない。

 この場の空気に飲まれたか、怯えているのか。

 そういうたぐいの硬直には思えなかった。


「私の声、聞こえてる?」

「――……あ、はい」


 確認を取ると、彼女の表情がめまぐるしく変化する。

 傷ついたように見えたかと思ったら、憤怒に歪んだようにも見えて、次の瞬間には引きつる唇の端をごまかすように引き結び、つづけて表情を引き締めて、うなずく。


「学校の特別体育館の神社の鳥居にきて、ポケットに券が入っていることがわかって。それで、その」

「気づいたら、ここに?」

「そう、です」


 今度は目を合わせようとしない。こちらが見つめていることに遅れて気づいて、周囲を見渡す振りをしている。わかりやすく、妙な意識のされ方をしている。

 気にはなる。

 けれど、こういう妙な体験は久しぶりすぎて、私も心の整理がつかない。

 在学中、教師として赴任中は、こういう体験もそれなりにしてきたつもりだったのだけど。


「この場所、明らかにおかしいけど、調べるよりもまずは退路の確保。ついてこれる?」

「もちろん」


 返事は早くて明瞭だった。

 人の密度が増していく。にも関わらず、プログラムで点をみっちり詰めて、すべて同じ動きをさせているかのように見事に進んでいく。アリを絨毯に敷き詰めたら、彼らもまた同じように進むのだろうか。

 いずれにせよ、流れに逆らって移動するのは骨が折れそうだ。

 彼女に手を差し伸べると、私の手と顔を交互に見られた。


「人が多いでしょ? はぐれたら大変。ほら」

「――……離しませんよね?」


 妙な問いかけをする子だ。


「当然」


 答えると、すぐさま繋いできた。

 強めに握って引く。まっすぐ向かって、人の流れに逆らって進む。

 モーゼの十戒で海が割れるように、人々が道を作る。


「な、なんか」

「彼ら、本当に人なのかな」

「ちょ、ちょっと」


 脅かすなと言いたげだが、安心させられるような言葉が出てこない。

 脅威度がどの程度か、まるで想像できない。

 おまけに歩けども歩けども、先が見えない。門の光から遠ざかるほど、道が暗くなっていく。なのに人の密度は変わらず。

 私と彼女のように戸惑っていた人々が次々と私たちの列に加わり呼びかけてくるが、すぐに黙った。見事に重なる足音。合間に雑音のように混じる私たちの足音は、否が応でも私たちのほうが異端であると感じさせた。

 要するに、恐ろしいのだ。

 軍隊の行進ならばわかりやすいが、彼らは券を片手に嬉々として門を目指す。

 券には「謝肉祭遊園地」とある。あの門の先に、もしも遊園地があるとして。彼らが一糸乱れぬ笑顔の行進を続ける、その異様さが恐ろしい。


「さ、寒くなってきませんか?」

「脂汗が冷えた?」

「だとしても、です」

「そうだね」


 少女の声がすっかり怯えていた。

 なだめたいけれど、私も内心かなり焦っていた。

 暗くなっていく道。なのに、明らかに私たちを挟んで、大勢の人々が行進を続けている。

 いまや彼らの握る券の煌めきが道を照らす鍵。なのに、果てがない。

 立ち止まり、ふり返る。

 少女だけじゃない。気づけば救いを求めるように怯えた顔が、十数人ほど。

 にも関わらず、行進を続ける人々はだれも私たちを気にしない。気にも留めない。私たちを道の真ん中にして続く行進。

 ぞっとする。鳥肌ものだ。

 いっそ火でも出して、空に飛ばしてみせようか。

 いや、気が進まない。

 明らかに挟み撃ちにされている。攻撃されているわけではないのだが、しかしこの圧は異常だ。彼らの行進もまた異様。

 すぐそばを大勢が当たり前のように進んでいく。

 彼らがいきなり襲いかかるようなことはないか。

 長い間、戦線から遠ざかってきた。育児に闘病、生活に必死で。こういうのは、本当に久しぶりなんだ。

 後ろには母校に通う少女と、中肉中背の男性が六名、それに女性に、お年寄り。幼い子がいないのがせめてもの救いだが、隔離世で活動する四校に関わるのは私と少女くらいだ。控えめにいっても運動のうの字にさえ無縁な集まりに見える。

 彼らを守る義理はない――……なんて、言えるはずもない。

 最近になって、ようやく隔離世絡みのリハビリを開始したばかりだというのに。

 さて、いったいなにをどこまでできるだろう。

 言ってる場合じゃない。

 いればいるほど危うい場所だ。ここは一刻も早く離れるべき場所だ。


「あなた、なにができる?」

「え」

「後ろの人たちを守って、元の場所に戻る」


 しゃべるだけで勇気がいる。

 それだけで周囲の行進隊が反応する恐れがあった。

 けれど、反応がない。

 それはそれで、恐ろしい。


「けどふたつはできない。私は戻るために必要なことをしたい。だから聞いてるの。あなた、守れる?」

「手」

「――……はい?」

「手、離さなきゃだめですか」


 なぜいまその話を?


「さすがに戦闘になるかもしれないからね。ここまでしゃべって無反応。逃げたいじゃない?」

「こわすぎますもんね」


 鼻の穴を膨らませて、熱のこもっていそうな呼吸をすると彼女から離した。

 そして手のひらを擦り合わせながら彼女は毅然と姿勢を正す。


「できます。守れます。だから、一緒に帰ってください」


 それを言うならみんなで一緒に戻りたいんでがんばって、みたいな言葉が妥当じゃないのか?

 まあいいか。言葉尻の話をしている余裕がないのだ。

 後ろにいる人たちがみな怯えて、なかには可哀想なくらい震えている人もいた。

 急ごう。のんきにしゃべる気もなければ、あの門をくぐる気もない。

 望んでもいない誘いに付きあわされるなんていうのは、ごめんだ。


「三秒、カウントしたら私について、全力で前に走ること。後ろの人も、よろしいか」


 わるいが返事は聞いていられない。


「ではいこうか」


 霊子体の穴は未解決。寛解を目指して身体は治療中で体力は未だ戻らず。

 だが、しかし、敢えて言おう。

 私の心はいま、燃えたぎっているのだと。


 ◆


 まるで出来の悪い映画のようだ。

 年齢、性別、服装から、恐らくは生活レベルさえ含めて、てんでばらばらの人たちが笑顔で一糸乱れぬ行進で、ゲートへと向かっていく。恐らくは謝肉祭遊園地へ。

 そんな場に気づけばいるのもじゅうぶん恐ろしいが、恐怖に身が竦んで見つけたのが榛名ホノカだったという満月日和の現実のほうがよっぽどショック。

 手を繋いだとき、不覚にもいろいろあふれでた。

 ずっと求めていたものと、彼女の反応にはとんでもない溝があるほどギャップがあるのに、私はそれでも縋ってる。

 まさに星は熱で真っ赤に燃えていた。

 なんなら太陽のようだ。彼女に象徴する私の気持ちは。

 ずっと、熱く、熱く燃えている。燃えたぎりすぎている。ぶくぶく泡立つのは水ではなく溶岩なのかもしれない。

 それでも、この状況は恐ろしい。

 そして愛憎入り交じり、マグマのようにふつふつと粘性も温度も高いものが泡立っているというのに、それでもなお。


「狸なら化け術つかえる?」

「で、できます!」

「火をつける。化かして。カウント!」


 彼女の背中を、見つめていたくなる。

 あれこれ浮かぶ思考が吹き飛んで、思考も感情もあふれてもはやわけがわからなくなって。

 両手を前に突きだして、彼女が円を描く。

 火花が散った。ちりちりと。線香花火のような、不可視のペンで彼女が描いた円に、絵筆もなしに線が入る。それは春灯に聞いた陰陽で有名な記号に見えた。

 直後、行進する人々と私たちの間に火柱があがる。

 彼女はもはや語らない。ただ、反射的にこれが私への合図なのだと察して、直ちに両手を左右の火の壁に伸ばす。

 尻尾を立てろ! 心を燃やせ? いいや、心は既に燃えている!

 後ろにいる人たちと、行進を続ける明らかにおかしな人々との間を隔てる炎を瞬時に化かす。私が化かすことができるのは? 一度に一種類だけ。だが、その限りにおいてなら? 得意中の得意だ。石の壁へと化かす。


「走れ!」


 彼女が図形を前に突き飛ばした。火花が散りながら私の石壁に衝突し、ぐるぐると回転。炎の扉となって、中心から外側へと広がり、先が見えた。

 露骨にトイレだった。

 構うものか。彼女の言葉に従って「いけえええ!」と声をだした。

 後ろにいる人たちに届くように。

 ふり返らずに走った。彼女はそもそもふり返らなかったし、当たり前のように後ろに手を伸ばしてきたから、私はもちろんそれを掴んだ。トイレを目指して。足音が後ろに続く。

 通り越えた。無事に。捕まることはなかった。

 何人かはついてきた。けれど、全員じゃなかった。

 言えやしなかった。彼女には。

 ふたりで手を繋いで歩いているとき既に、ひとり、またひとり、ふり返って、ふらふらとゲートを目指し始めたことを。どんどん数が減っていたことを。

 そしてそれは、脱出のために走りだすときですら起こっていた奇妙で恐ろしい出来事なのだと。

 言えるはずもなかった。

 荒い呼吸を押さえて胸を押さえる彼女に思わず抱きつきそうになって「だいじょぶ、警察を」と言われてしまう。

 喜びや恐怖に苛まれている人たちをなだめて、私は彼女の手を離さないままにスマホを出して操作した。すぐさま警察に通報を。侍隊を呼んでもらえるよう話をする。

 無事に帰ってくることができた人がトイレの扉を開けた。ラジオかなにか、音楽が聞こえてくる。それに香る、寿司の匂い。

 安心したら一気にお腹がすいてきた。

 なのに、いまもまだ、彼女の手を離せない。

 荒い呼吸が続いている。どんなにごまかしたくても無理だと心が折れてしまいそうな、ひどい咳を彼女は何度も繰り返した。背中を必死に撫でる。

 むちゃくちゃに暴れる太陽みたいに、私は母親に対して焦がれている。怒りも憎しみもあふれんばかりだ。根っこにさみしさがあるとしても、もう溶けあってわからないくらい。

 なのに、失うのだと突きつけられた気がした。

 まだ、名乗ってもいないのに。

 聞いてもいないのに。

 お母さんかもしれないのに。

 死なないで、なんて言葉さえ出てこない。

 ずっと会いたくて。ずっと聞きたいことがあって。ずっと教えてほしくて。

 助けてほしくて。

 愛してるって、言ってほしくて。

 なのに、ひとつも言えない。このまま終わりになることさえありそうなくらい、彼女はずっと咳き込んでいた。一緒に戻ってきたお姉さんがあれこれ言っているのに頭に入ってこなくて、うろたえる私の代わりに彼女が私のスマホで救急車を呼んでくれた。

 泣くことしか、できなかった。

 おねがい。

 ずっと、手を繋いでいて。

 どうか、離さないで。

 こんなお願いさえ、叶わない。

 ねえ。なんで?

 どうして?

 何時間もかかったような気がしたし、本当は十分もしなかったかもしれないけれど、警察が来て、救急車もきて、学校の先生もなぜかすぐに駆けつけた。リエちゃん先生だ。血相を変えて取り乱しかけて、けど私に気づいて、すぐに先生の顔に戻った。

 救急隊員が彼女を担架に乗せる。それで、私は引きはがされる。

 手が、大勢に、外される。

 彼女が救急車に乗せられるとき、先生がついていこうとする。

 私が行くと、気がついたら叫んでいた。なにを言ったかもわからない。気持ちがぐちゃぐちゃで、頭もぐちゃぐちゃで。

 先生とふたりで、付き添っていた。先生がずっと、私にだいじょうぶだと言ってくれた。

 だけど、顔色がどんどん悪くなっていく彼女はとてもだいじょうぶには見えなかった。

 病院の受け入れ先はわりとすぐに見つかった。

 診察も手早く。過労だろうと言われるも先生が伝えた病歴から心配であれば様子を見るべく入院するかと提案される。明日の診察で問題なければ帰れると当直の医師に言われたけれど、起きた彼女は軽く笑って辞退した。まだ顔色は優れなかったのに。

 離れないと駄々をこねる私のただならぬ状態に気づきながら、しかし彼女はなにも尋ねなかった。代わりに「今夜は宿に戻って寝るか」と提案する。

 お医者さんも、先生も、彼女の求めるままに。

 正直、やりとりなんかぜんぜん頭に入ってこなかった。

 ただただ、そばにいたかった。

 確かめてない。ほんとに彼女がお母さんかどうかは、実際のところ、まだわからない。

 なのに、もう、だめだった。

 初めて会った年下のこどもくらいにしか思えない。そうみられても仕方ない。なのに彼女は私を追い払うでも、尋ねるでもなく、一緒にいてくれた。先生に「だいじょぶ」と伝えて、ふたりきりにしてくれて。

 それが、もしかしてという淡い期待を燃やす。

 燃えれば燃えるほど、不安もまた強くなる。

 もしもちがったら。

 ただ、ね?

 わかっていた。

 真実がどういうものかはさておいて、このさみしさを抱えたまま、彼女と離れることなどできやしないことだけ、わかっていた。

 その先になんて、とても行けやしなかった。

 そばにいてよ。

 お願いだから、ひとりにしないでよ。

 そんなことさえ、言えなかった。




 つづく!

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