第千七百七十九話
盛りあがりはそこそこ。
愉快な新技術と巡り会えるかもしれないとなれば、おもちゃを探す遊びみたいなもの。
一部は深刻。けどだいたいは呑気。
春灯のぷちたちもそうだった。触発されてか、緋迎カナタのぷちたちさえ出てきた。
そう。この俺から誕生しちゃった、あのぷちたちが!
なので春灯のぷちたちと遊んでいた二年生たちがそろって「先輩? なにしてんの?」と笑顔でキレていた。圧がすごかった。怯みましたよ? ええ。それはもう!
見かねた数人が集まってきて、助けてくれた。それからこどもの勢い凄まじい。加えて、一緒に遊べる人が何人もいてすごい。全員じゃない。分かれ目はなんだ。わからない。
その中に泉がいた。
意外な男が意外な面倒見の良さを見せる。なんて。失礼か。
ちゃらくて女子にはすこぶる評判が悪い。悪化の一途をたどっている。学内でちゃらくいるのはやめたほうがと言うヤツもいるけれど、まあ、そういうことでもないよな。
これで八葉や尾張と組んで、なにかと遊びを思いつくのがうまい。世話になっている間に春灯が来た。悩みごとの内容や、読みふける本に一抹の不安を覚えないでもないけれど、なんだかんだ、ぷちたちの輪に入っていつもの笑顔を見せてくれていると落ちつく。
華やぐ輪から抜け出して、泉が近づいてきた。
「先輩、あの。ちょっと、いいっすか」
「なんだ、珍しい。ユウリやジロウ先輩じゃなくていいのか?」
「そのふたりのほうがいつもは頼りになるんすけどねー」
「おい!」
ほんとのこと言うなよ!
「じゃなくて。先輩、お兄さんが警視庁の人ですよね? 侍隊の偉い人」
「まあ? なんだ、困りごとの相談か?」
そういうのはまずお近くの警察署へだな。
「謝肉祭遊園地って、聞いたことありません?」
「しゃにくさ――……なんて?」
「ないかー。いやね? 青澄ちゃんと天使ちゃんの中学時代のともだち! 神力結ちゃんにアタックしてる同士がいまして」
なに? ぜんぜんわからないぞ?
神力結というのは、北斗に通う侍候補生だ。
春灯は士道誠心に、天使は都内の高校に通って途中で編入してきたが、神力は都内から北海道にある北斗に入学し、侍候補生の道を歩んでいる。かなりの強者だ。加えて春灯と天使とはまた別の意味で、変な子だ。つかみどころがなくて、いまいちわからない。
ただ、春灯とも天使ともまたちがう方向性で華やかな子だ。
泉が片思いをして玉砕した、みたいな噂なら聞いた。ユウリから。あいつ耳ざといんだよ。
「ねばってるのか?」
「俺は期待値一割くらいっすかね。結ちゃんたちと同じ中学の男子にね? ずーっと告って振られてるヤツがいまして」
まだ本題に入ってないよな?
「はあ」
「そいつがね? 久々に通話できて、これで最後だっつう覚悟で告って振られまして」
やっぱり振られたのか。
「憂さ晴らしに渋谷で夜通し遊んで、漫喫で軽く休んで始発で帰ろうとしたら、ポケットに妙なチケットが入ってたって。それが、謝肉祭遊園地。画像もあります」
泉がスマホを向けてくる。
金色の紙に赤い糸の刺繍で文字を象っていた。
そのまま、謝肉祭遊園地。縁取りと、日付。そして「Lv.1」という小さな表記。
「漫喫で軽く寝ちゃった間にポケットに突っ込まれたのか、さもなきゃどっかで入れられたのか。いずれにせよ、なんか気味が悪いってんでオカルト方面つよいだろーって相談うけたんですけどね?」
「はあ」
よどみなくとりとめもなく喋り続けるなあ。
アントマンの親友かなにかかな?
春灯にツッコミ食らいそうだな。それはどうでもいいんだよな。
「で?」
「それが先週の話なんですけども。そっから連絡とれないんすよ。明坂29の研究生のライブに結ちゃんでるってんで見にいったとき以来、意気投合して絡んでるんですけども」
え。なに。そんなファン活動してんの?
しかも、別のファンと仲良くなっちゃうの?
コミュ強かな?
なんかいいなあ。そこまで行動力ないぞ、俺には。
「――……で?」
「そいつの学校に問い合わせてみたら、ちょうど連絡もらったあたりかずっと学校さぼってるんですって。それで気になって家に行ったら」
「引きこもってたか、家出してたとか?」
「それがね? いたんです。家に」
いたんかい!
いなくなる流れじゃないか?
いや、いてくれたほうがいいんだけど。
「いたんですけど、至って普通で。学校には通ってるって本人は言ってて。ご両親もぜんぜん、普通のノリで。なんか薄気味悪くて帰ってきちゃったんすけど……」
お前の行動力がすごいなあっていうのが気になっちゃって仕方ないんだけど。
「ただ、どうしてもその場で気になったんで、チケットの話をしたら」
怪談話や都市伝説系の話なら、ここで特大のなにかがくる!
「気味が悪いから捨てたって」
こない……っ!
「笑顔で言うんです。けどね? なんか、あんまり気味悪くて。ネットで検索しても、同じチケットの画像なんていっさい出てこないし」
「お前も刀鍛冶なら、霊子を探ってみればよかったんじゃないか? オカルト、強いんだろ?」
「茶化さないでくださいよ。ちゃんと調べましたよ? でも、なんともなくて。帰るっつって家を出て、帰ったふりして駅のトイレからレプリカ使って、隔離世まで行って見てきたんです」
行動力の化身なの?
むしろお前、それはもう確実に怪しいと思って行動してない?
「どうだったんだ?」
「――……なんともなくて」
ないんかい!
そこまできて、なにもないんかい!
「邪もいないし、霊子体も普通だったし? 家族の問題とかだったら、気軽に突っ込めないし。で、帰ってきたんですけども」
「もしもその、なんたら遊園地っていうのが奇妙で怪しいものだったら、なんとかしなきゃってことで。そうじゃなきゃ、いつでも相談に乗ると伝えるってところでケリをつけるか」
「そんなとこっす。で、先輩の反応からして、知らないと」
「悪いな」
覚えがない。
謝肉祭、カーニバル。西洋文化圏における祝祭。
かつて地域によってはきわどい儀式も、風習もあったかもしれない。
現代においては華やかに楽しく遊ぶお祭りになっているだろう。情報化社会において、奇祭ほど話題にしやすいものもない。開催しているコミュニティが特殊で、かつ危険であれば? 今度は都市伝説や風説として、まことしやかに語るページができることだろうし?
結局、妙な祭りなんてものがあったら、物好きほど放っておかないだろう。
「日本語だけじゃなくて英語とかで調べたか?」
「思いつく限りは翻訳サイト使って試しましたけど、だめっす。同じチケットの画像が出てこなくて。外国語じゃ日本の扱いそんな~だし? あいつ、ずっと日本にいたろうし」
「まあ、そりゃあ、そうか」
「いちおう、山吹たちが目録みてるんで。それっぽいのないか聞いてきます」
「おー」
走っていく泉を見送ってから、腕を組む。
俺は俺で春灯と話して、俺と俺のぷちとの関係をどうしようか考えていた。
春灯のぷちたちに比べて、より幼いのが俺のぷちたちだ。
なんでもしたい。けれど春灯のぷちたちとちがって、俺のぷちたちは呼んでもすぐにでてくるわけでもない。なんとか出てきても、すぐに眠ってしまう。寝る子は育つ、というわかったような、わからないようなことを高橋先生に言われた。診てもらった結果、よくわからないことがわかった。
それとは別に聞く、泉の懸念。
念のため、兄さんに確認しておくか。
「カナターっ!」
なに見てんだよ、手伝えよぉっ! と、表情筋に力が入りまくりな笑顔で春灯が呼びかけてきた。いそがなきゃ。夜が怖い!
それにしても、謝肉祭に、遊園地ねえ。
字面だけ思い浮かべてみたら、お気楽で楽しそうな場所に思えるのだが。
『青年の友人は、学び舎を欠席しているのだろう?』
光世はおかしいと感じるか?
『友人も、その家族も平常通り。だが、学び舎を欠席し続ける。きっかけは明白』
チケットか。
『これを妙だと思わぬ、というのは』
たしかに、気持ち悪いな。
勇気を振り絞って「ちょ、ちょっと急ぎの連絡があるから、済ませてくる!」と返した。
俺は見たぞ? たしかに見た。聞いた瞬間の春灯の眉間に、くっきりと深い縦皺が入るのを!
あとでなんとかフォローを。まだ。まだ、なんとかなるはずだ!
泉の友人が危険な目に遭っているのかもしれないのだから。
急ぎ、兄さんにメッセージを送ると、仕事中のはずなのに意外にもすぐに既読がついた。そして直ちに通話がかかってきたから、驚きながらも受ける。
「兄さん?」
『そのチケットとやら、画像を後ほど送りなさい』
わーお。
単刀直入、命令形! 清々しいくらい、いやなスイッチが入っているときの兄さんだ。
「友人の名前と住所も?」
『もちろんだ』
断定ね。
「問題あるの?」
『ふざけた名前のわりにはね。ウィリー・ウォンカのチケットに比べたら、とびきり血なまぐさい噂を聞く』
「噂なの?」
じゃあ問題ないのでは?
『前にチケットをもらった友人の様子がおかしくなったと相談に来た人がいてね』
「はあ」
『十数人程度となると、気味が悪い。調べてみたが、私たちにわかることもなくて。現世の領分かと思いきや、たとえば家族関係に問題があるとか、仕事や学校でトラブルを抱えているとか、そういう気配もまるでない』
「調べが足りないってことは?」
『何度か所轄の刑事に話したんだけどね。相手にされないんだ』
警察内部で風当たりが強い侍隊。
なかなかきついなあ。
『まあ、妙なチケットを持たされましたっていうんじゃあ、事件性もなにもないからね。できることなんてそもそもろくになくて』
それはそう!
『ヒノカを通じて声を聞きにいったこともあるが、そちらも不発となると、私にも打つ手がないのだが』
「だが?」
『チケットのディテールがね。妙にしっかりしている。画像を見せてくれた人も多い。Lvの記述はレベルじゃないかと思うんだが、その数値は確認されている限りじゃ、一と二のふたとおり。その差異も気になる』
「相談に来た人、彼らが気にする人に繋がりは?」
『あれば楽だったんだけどなあ』
だよなあ。
「繋がりがないのに、十数人が相談にくるから気にはなる、と」
『都市伝説めいていたり、幽霊や怪異にまつわる相談事っていうのも、一応は侍隊の管轄だからね。できることがないのがつらいところだが』
「さりとて無視もできない、か」
『そういうことだ。もしチケットを手に入れた人が身近にいたら、まず私に連絡を。チケットには触れず、保管しておきなさい』
「はあい」
じゃあ、という一言もなしに通話が一方的に切られた。
用件が済んだら終わりですか。そうですか。
「カナタぁ!?」
「はっ、はいぃっ! ただいま!」
春灯にどやされたのでスマホをポケットに突っ込んで、直ちに向かう。
しかしチケットで、レベルで、人が変わるねえ。
雲を掴むような話だ。
仮に、チケットをこっそり忍ばせ招く門外不出の遊園地なんてものが存在するとしたら?
いや。まさか。
現世には一般の、隔離世には侍隊の目がある。
目の届く範囲に、既存の遊園地以外にそれらしい施設があるなんて話を知らない。
おまけに東京には敷地に余裕がない。うちの学校がある西部はまだしも、東部の土地に空き地なんてろくにないのだ。東京湾を埋め立てる? まさか。それこそ目立ちそうなものだ。
それに謝肉祭て。
ちっとも身近じゃないんだが。
「カナタぁあ!」
「はいぃぃっ!」
考えている場合じゃない。急がなきゃ。
◆
失恋。恋を失う。
愛になる前に、それは終わる。
彼女の姿を探す。意味はないのに、探してしまう。
満月日和。失恋する前は、彼女の名前を思い浮かべると、それだけでなんだかそわそわした。
いまは? 変わらない。痛みが加わったくらいだ。
恋に落ちる。けれど、その恋からのぼって、離れることになる。
どうやれば、それができるのかわからない。
茜原アイには、さっぱりわからない。
恋から離れる手段。そんなものがあるのか。ないから人は苦しむんじゃないのか。
士道誠心はたまに息がしにくい。
だれかがどこかで常になにかをしていて、おおむね楽しんでいるように見える。
薄気味悪さと無縁なだるさや脱力加減が多くて、愚痴も聞くぶん、余計に息苦しい。
それでもがんばれる連中と、それさえ面倒になっている自分のちがいを探し始めてつらい。
女子からの風当たりも正直きつくなってきていて、憂うつだ。
「茜腹ー、そっち持って」
「んー」
向かいの友人に呼ばれて、一緒に箱を持ちあげる。
黒輪廻とかいう組織の収拾したものがやまほど入った箱が積み込まれたコンテナ群から、指定された箱を持ち出して並べる。ただそれだけの雑務を進んで引き受けたのは、身体を動かしていれば気が紛れるかもしれないと淡い期待を抱いたから。
でも、そんなことはなかった。
まず、箱が重い。
変な匂いがする箱もけっこうある。あと、漏れなく埃っぽい。
「お前も引きずるねえ。麗ちゃんの噂を聞いたときも一ヵ月くらい凹んでなかった?」
「あのビッチだろ?」
「お前さあ。人をそういう風に言うもんじゃないぞ?」
「……やりまくりの女じゃん」
「憂さを晴らすんなら、陰口でも悪口でもなく、遊びで。お前よく言ってたろ?」
「疲れてるんだよ」
だめだって顔して、ため息を吐かれる。
けれど作業は続行する。
ああ。まっとうだ。ここにいる奴らみんな、そうなんだ。
ここには女子がいなくて、だから適当に合わせてくれてもよさそうなものなのに。
まあ――……そういうところがだめなのも、わかっているけど。
どうやったら変われるかもわからないんだ。
「甘えるなって言いたいのかよ」
「言わないよ。自覚があってしんどそうにしてるヤツには特に」
いいからいこうぜ、と促される。
よくない。わかっているけど、こんな感じで話してしまう。
止めるにはどうしたらいい。最悪なんだ。気持ちがずっと不安定なんだよ。
彼女がいて、話せたら? 一緒にいることができたら? ちょっとは楽になれる気がする。
なのに、それだけが願いなのに、それが特にいま、叶わない。
くさくさした気持ちを持てあましながら、屋敷へと箱を運び込む。
コンテナに戻ろうとしたところで「茜原!」と呼び止められた。泉だった。
「よっ」
駆け寄ってくると、背中を叩いてくる。
一緒に箱を持ってきた友人に目配せした。ちら、と。
「ちょっといいか」
「じゃあ、こっちはコンテナ戻ってるわ」
「おー」
友人を送り出して、自分を引き留める。
気が利いてる振りするなよ、と。つい毒を吐きたくなる。
重症だという自覚はあるんだ。自覚だけじゃどうにもならないんだ。
「気晴らし、足りてなさそうな面してんなー。飯くってんのか?」
「お前は俺の母親かよ」
「腹にものいれとくと、ひとまずイライラはおさまるぞ?」
「太るだろうが」
「かりかりするよかよくねえ? ガンコな梅干しみたいな面してんぞ」
その例え、なんだよ。
太るかどうかにかかってないし。かけろよ。そこは。
なにを求めてるんだ。俺は。
「ちょっと休憩しねえ?」
「サボりの誘いなら、俺じゃないヤツにすればいいのに」
「いやあ! ほっとけないじゃん? 失恋仲間はさ」
「……同族意識だしていいヤツぶるなよ」
「おうおう。どうした! すげえ荒れてんな?」
まあいいから行こうぜと、泉は背後に回って、背中を押してくる。
有無を言わさぬ勢いだ。はね除けるのも容易じゃない。格闘技やってるからな、泉は。
そういうところも心底うざい。
ああ。ほんと。いろんなことがうざくてたまらない。
そんな自分が世界でもっともうざい。
「むしゃくしゃしてるかー。そりゃそっかー。そうだよなー。よし! 組み手だな!」
「なんでだよ!」
一方的に負けるだけなんだが。
「洋館のほうにいい庭があるんだよ。八葉たちもそっちにいるって。お前が攻め、俺が守りでさ。やろうぜ? な! ガス抜きだ!」
「脳みそ筋肉野郎が! 離せって!」
「まあまあまあ!」
「ちょ、こらっ! 腕をキメるなっての! ちょお!?」
「いこういこう! すぐいこう! 無制限でいいよ。ぜんぶ防ぐから! 野郎同士の交流といこうぜ!」
「暑苦しい! いやだっての! ちょ、離せよ! いや、離してくれませんかね!?」
「むーりー」
「暴力反対!」
「ことばの暴力ふるってる茜原は連行しまーす!」
く、くそ!
こういうところが! 苦手!
「だいきらいだ!」
「それでもほっときませーん」
そのまま館の庭へと連れていかれる。
見慣れた遊び仲間が既に集まっていて「お! 待ってました!」とはしゃぎだす。
なんでもいいから、発散を。
貯めこむくらいなら、ぶちかませ。
よっ、いったれ! と、みんなが声援を送ってくる。そういう形での、圧。
ほんとにしんどい。これだってじゅうぶん暴力だ。
ぶち切れて、みんなを罵倒して、ひどいこと言いまくって、さっさと離れてしまえ。
そう思うのに。
「みてみて! 茜原! すげえ長いはなげ!」
泉が鼻に指をつっこんで、さいきんハマっている転化で霊子と鼻毛を結びつけ、鼻毛を伸ばしてみせる。
正直、きもい。
きもいんだけど、でも、どや顔を見せてくるのが腹立たしい。
あと間抜けすぎて、軽く吹いてしまった。悔しい。
ばかにしているのだ。そういう挑発だ。
怒りを誘っている。
そして、いやだいやだといいながら、罵倒しながらも、一年とすこしを過ごした学び舎と仲間たちと離れられずにいる。
「あったまきた! お前の髪の毛、ぜんぶ剃ってやる!」
「こっわ! 鼻毛だけにして!?」
「くっ」
安い挑発だ。わかっているけど、あえて乗ることにした。
憂さを晴らす。とことん晴らす。
彼女に対する感情が、なにかしらの形で報われるわけではないけれど。
どうせ報われないのなら、恋から離れていくための手段として。
「徹底的にやってやる! 八つ当たりだ!」
「そうこなくちゃ!」
鼻毛が枝分かれして、手のひらの形になったかと思いきや拍手した。
すくなくとも、そういうジェスチャーをした。音は鳴らなかった。
鳴っても困る。なんだよ。鼻毛で拍手って。お前ギャグ漫画きどってんのか!? おぉん!?
それからはもうずっと、ケンカだった。
刀鍛冶の授業で習うことがあるそうだ。霊子をなにかしらの形にしたり、相手の作ったものを分解したりする。それは遊びだ。と同時に霊子の扱いに慣れるための訓練でもある。ついでにいえば、それは転化の技術に通じるものがある。
霊子は心からあふれるもの。気持ちといってもいい。思いの丈でも、欲望でもなんでもいい。
攻め手はそれを形にしてぶつけ、守り手は分解する。
なにもそれは刀鍛冶同士でなければ成立しないわけではない。
侍候補生を攻め手として、刀鍛冶を守り手として、侍候補生の技を刀鍛冶が分解する構図で挑むこともできる。
刀を突きだされたら、それに合う鞘を作り出しておさめるイメージだと、刀鍛冶の彼らは一年生の頃に習うそうだ。ほかにも説明にいろんなバリエーションがあるだろ、と内心で思いはしたけど。
でも、こちらの感情を分解してみせたり、失敗して勢いよく吹き飛んだり、鼻毛が妙な変化をする泉を見ていると? あながち間違いでも素っ頓狂でもないような気がした。
荒ぶる感情を武器にするか。
あるいは、荒ぶる感情をほどいて守る。
感情は刀。
あるいは武器。
そういうイメージだ。
さんざんやりあって、身体も動かして、発散できて気分転換がうっかりできてしまったから、泉に話したら「それじゃあ、感情を伝えると攻撃することになるだろ」と返された。
いや、そこはもうちょっとほぐれる言葉をくれよと思ったけど、でも、たしかに泉の言うとおりだった。
甘原麗への暴言。あれは、暴力であり、斬るために振り下ろされた刀に違いなかった。
自分がやらかしたことをごまかしたり、なかったことにするために甘原麗を貶める感情を、次々と繰り出しかねない。いまの自分は。
気づけば夕暮れどき。
遠くに福留丈が見えた。
甘原麗の担当刀鍛冶であり、彼女と付きあっている男。
彼女が部屋に男を迎えいれていた時期を漏れなくしっているヤツ。
なのに、それでも、彼女と付きあうことにした、そんな人。
正直、欠片も理解できない。
もしも満月日和がそのような振る舞いをしていたら?
自分は彼女をとことん悪く言いそうだ。今後、彼女がそういう過ごし方をしたとしても、同じ。
丈は、なぜ。
付きあう前から、甘原麗の錆びてボロボロの刀をなんとかしようと献身的だった。すくなくとも、自分からはそう見えた。緋迎カナタ先輩に師事を願い、とうとう取りつけ、勤勉だ。昔も、いまも。きっと、これからも。
自分には無理だ。
あいつにあって、自分にないものはなんだ。
ヒヨリは丈を好ましく語っていた。ふたりでバイト先から帰るとき、雑談していて。たしかに彼女はいいなあと言っていた。いま思えば、あの頃にはもうすでに自分は甘原麗に対してひどい言葉を口にしていたように思う。
福留丈を、正直なめてたし、なんなら下にさえ見ていた。あいつは成果を出してなかったし。
だが、どうだ。
このところのあいつは。
躍進してる。めざましいものがある。
それに比べて、自分はどうか。
夜が近づく前に解散になった。宝島に戻り、晩飯を食べ、自由時間になる。
丈に対する感情が自分を腐らせる。いや。自分の腐った部分を映し出す。
うんざりして、みんなの中にいる自分でいるのがつらくて、離れた。
現世に繰り出すのだ。鳥居を抜けて。
学校のそばでいい。駅前のモールで十分だ。
みんなのいない場所、隔離世も関わらない空間にいたかった。
自動車が走る。文化の営みの音を聞くと、いまはすごく落ちつく。
ただしセミがうるさい。
地下に暮らしているころは五年くらい。けど、地上に出てきたら? 一週間から、長くて一ヵ月ほどの命だったっけ。
その一週間に交尾するべく、鳴く。
相手を求めて鳴く。
オスが、俺はここにいるぞと鳴くのだそう。
メスが来て、交尾できるかどうかは別。もしかしたら、だれにも出会えず息絶えるセミもいるのかもしれない。
泉はめげずに鳴くのだろう。自分はもう死にそうだ。もしも、セミならば。
飛び立ち、メスとの出会いを求めて移動するセミもいるという。泉なら飛ぶ。丈も。けど自分は死ぬ。
セミはうつ伏せではなく、仰向けで死ぬそうだ。
空を見ることなく、死んでいく。地面を見つめて。自分が長く過ごした場所を見つめられるのならまだしも、たぶん、移動しまくって、アスファルトやベランダや、見ず知らずの土地で死ぬのだろう。
あー。
いらいら期から、うつうつ期になりかけている。
「ったくさー」
なんだよ、とぼやきながら両手をポケットに突っ込んだところで、妙な手触りが。
右手に触れるものを摘まんで引っ張り出すと、それは横長の金色の紙だった。
ふわふわした赤い糸が縫い付けられて、文字になっていた。
「しゃにく、まつり遊園地?」
なんて?
なんだこれ。
つづく!




