第百七十七話
確かめたいことがあるの。
突撃! あなたの彼氏の好みチェック!
リビングでそばを打っている緋迎カナタさん、あなたの恋人は誰ですか?
「なんの真似だ……まったく。わかっているくせに、言わせたいのか?」
ぜひ! ぜひお願いします!
「お前だ。青澄春灯だよ」
彼女に惹かれた理由は?
「結婚会見か何かのつもりか? ……わかった。言わないと先に進まない気だな」
お察しの通りで!
「心の強さ、気高さ……誰かのために行動できる健気さ、そして溢れんばかりの優しさ」
外見的にはいかがでしょう?
「好きだよ。お前の瞳に見つめられると……一秒が永遠のように感じられる。甘くて、熱くて――……こんな調子で言ったら、お前の尻尾はすべて弾けてなくなるぞ?」
す、すみません。
想像以上の破壊力だったので、インタビュー相手に心配されるくらい尻尾が膨らんでしまいました。
き、気を取り直していきますね?
ではあなたに質問です! 本題といってもいいかもしれません!
「なんだ。はじめてハルとしたキスの感想でも聞きたいのか?」
そ、それは……無性に気になりますけれども……!
「じゃあ何が知りたい?」
カナタの初恋っていつなんですか?
「女性を心から意識したのはお前が初めてだ」
……うう。尻尾が膨らむ返事ばかりですね! 改めて聞くと!
じゃあ次の質問です。
私じゃなきゃだめですか?
「恋愛という観点でいえばハルを見るだけで俺は一生満足だよ」
……うう!
「満更でもないって顔をしてくれて何よりだ……どうしたんだ? 付き合いたての頃のような質問だな」
あの、その……それなんです。
付き合いたての頃みたいな、ありがちな質問ばかりしたのには理由がありまして。
今から言うのが本題なんだけどね?
私は恋人ですよね?
「そうだな」
疑いようもなく、恋人ですよね?
「夜の再現をしたいのか?」
囁く言葉のインパクト!
そ、それはその! 真っ昼間からおうちの中でとか、コバトちゃんだけが起きてるこの状況下でそれはハードルが地平の彼方にあるので遠慮しますけど!
「わかってる、冗談だ。それで?」
……デートとか。
ペアのアクセとか。
そういうのもっと欲しいなあ、と。
指輪は大事につけてるよ? つけてるけど、もっと……二人の思い出を作りたいといいますか。喫茶店のあの部屋を充実させたいなあ、というか。
「付き合って半年記念とか、そういうやつか?」
……だめですか?
「忘れてた。ハルは案外欲しがりだった」
ううう! 恥ずかしい言い方して! この! この!
「背中を叩くな! 執拗以上に背中を叩くなって! ……そば粉まみれで今は抱き締められないんだ。汚れたいならべつだけど、どうする?」
うう……ずるい。カナタの言い方はいつだって私をときめかせる。
元々ちょろい方だけど、どんどんちょろくなってる気がします。あたまばかになる。からっぽなのかもしれません。
「実はもう用意してあるんだ」
えっ……。
「そばまみれの俺でよければ……それとも、夜にデートに行くまで我慢する?」
ずるい! ずるい! 我慢できません! 尻尾が一斉に暴れ回る私を見て、微笑むカナタが囁いた。
「目を閉じて」
え。
思わずどきっとした。
「それから……ちょっと屈んで」
コバト、とカナタが呼びかけると、テレビの音のするリビングからぱたぱたと足音が近づいてくる。
な、なんだろう。なにされるんだろう。
「待って」
水で流す音がして、ほどなく物音がした。
ありがとう、コバトと囁くカナタにコバトちゃんの軽やかな足音が離れていく。
何かが擦れる音がして、ほどなく――……首に何かがつけられた。
「目を開けて」
恐る恐る目を開く。
首に触れると、そこにあるのは革の手触り。
「チョーカーだ。センターに十字架、ありがちだけど……お前の好みだと思う」
チョーカー!!!!!!!!
「喜んでもらえたようだな。鏡を見ておいで」
慌ててダッシュでお風呂場に行きました。
白い革に金の留め具。そして銀の十字架がついている。
あんまり太くはありません。細身でアクセサリーとして十分可愛らしい……はず。少なくとも私の好みのストレートを直球で撃ち抜くデザインです!
どきどきしながら指で手触りを確かめる。
滑らかで吸い付くような――……虜になる質感。
遅れてきたカナタが私を背中から抱き締めたの。
「首輪みたいで嫌か」
頭を振る私の視線は、鏡に映るカナタの首に。
カナタも同じデザインの黒いチョーカーをつけていた。
それは私のつけた痕に重なる位置に……ん?
「カナタ。もしかして、私の首噛み防止ですか?」
「さてな。昂ぶると決まって噛み付いてくるどこかの彼女の癖が治るならいいなどと、思ってはいないさ」
「嘘だ! 今のぜったい図星でしょ!」
「でも……好きだろう? こういうの」
「う……」
否定できません! 肯定しかできません……!
「それに……首輪って言ったのも、あながち嘘じゃない」
私の顔に頬を寄せてくる。擦り返したら、当たり前のように……当たり前で済まないキスをしてきた。
耳元で囁くの。
「他の誰にも渡さない」
ぞくぞくとした。そんな言葉で潤んでしまう瞳に欲望はいっそ露わすぎて。
カナタの独占欲が自分に向けられているだけで、喜んでしまうこの気持ちはなんだろう。
わからない……わからないけど。
身体中が叫んでる。ぎゅって抱き締めてほしくてたまらなかった。
「そば粉つけてなに言ってるんだろうな……」
「ほ、ほんとだよ」
でも……ごまかしてくれなかったら腰が砕けてたに違いないです。
……それだけじゃすまなかったかもしれません。
「ハル……顔、真っ赤だ」
「か、カナタのせいです」
囁いて、それから深呼吸をした。
「そば、いいの?」
「そうだった……昼飯、楽しみにしてて」
離れていく熱を名残惜しく見たら、カナタは悪戯っぽく笑って付け足すの。
「今夜、デートしよう」
おそいよ、ばか。
そう思うのに、そんな気持ちさえ追い出すくらい嬉しい気持ちが吹き出してくる。
私の王子さまは、私にずるくできている。
だって――……いつだって私を喜ばせるんだから。
デートに思いを馳せていたら尻尾が膨らむばかりです。どうしよう!
真夜中のデートかあ。
楽しみすぎてどうにかなりそうですよ!
『俺はそばが食いたいんだが』
『食い気か! 色気よりも食い気か!』
タマちゃんのツッコミに加勢しようと思ったら、私のお腹から盛大に音が鳴りました。
よ、よかったよね。カナタがいる時に鳴らなくて……!
『やれやれじゃ……』
タマちゃんの呆れた声が心に刺さるよ!
でもでも、本当に楽しみなんだから! 素敵なプレゼントをくれて……カナタはどこまで考えているんだろう。
何かしたいなあって思う気持ち半分、残りはカナタがしてくれる何かがどんなものかわくわくする気持ちでいっぱいです。
今夜が楽しみ!
つづく。




