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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百七十六話

 



 夜更け過ぎに目が覚めた。

 隣にはカナタがいる。気持ちよさそうに私を抱き締めて寝息を立てている。

 離してくれなかった。離さずにいてくれた。

 素肌の感触が気持ちいい。落ち着かなくなる時もあるけれど、今はただ落ち着くからいい。

 首筋に触れる。興奮するとやっぱり噛んじゃうし……痕はしっかりつけてしまう。

 私のだって主張するみたいに。

 その時には意識しないのに『あと』になって見つめると、それは私を浮かび上がらせる。


「かわいい独占欲じゃろ」


 私の口から出たのはタマちゃんの囁き。


「おぬしの首筋にも……ほれ、ついておる」


 カナタは私を傷つけない。

 だからついているのはキスの痕跡。


「月が綺麗じゃのう……」


 視線が向かう先は窓。

 眠りにつく前、網戸にして開きっぱなしにして、だから風が吹き込む。

 名残の匂いは風にまぎれて、今は私たちに混じって夏の香りが広がっている。

 耳に聞こえる虫と人の声。どこかでいまもだれかが愛を叫んでいる。

 網戸の向こう側には世界が広がっていて、それを月明かりが照らしていた。

 昔は街灯を野暮な人の意思のように見ていたけれど、今は違う。

 誰かが転ばないように、不安にならないように道を照らす意思だ。


「愛に触れると脆くなるのう。心が露わになる……堅さと柔らかさが抜けて、素直になっていく」


 ……そうかな。


「宵に紡ぐ嘘は愛のためにあるものじゃ……すべてはそこに帰結する」


 すう、と吹き込んでくる風にまばたきする。

 胸の内に入り込んで眠りについた魂に微笑み、愛する人の首筋に顔を埋める。


「ん……」


 当たり前のように私の後頭部に手を置いて、唸る恋人の瞼が開く。


「……どうした、眠れないのか?」


 優しい声を言う人の顔を見つめたくて、少しだけ離れた。

 顔立ちとか、作りとか……そういうものを超越したどこかにある輝き。

 ああ、この人はこの顔だからこの人らしくて、それはとても尊くかけがえのないものだと感じる瞬間がある。

 私には……そんな瞬間を感じたことがある。

 カナタを美しいと思う。カナタのありようが、私には美しく見えるから。


「大好きなんだなあって……実感してたの」

「やっと愛してくれたのか?」

「もう」


 冗談言う時はおどけてくれるところが好き。


「ほら……」


 甘いキスをしてから、


「これで俺の愛も伝わった?」


 笑いながら気持ちを伝えてくれるところも好き。

 顔を寄せて私からもキスを返す。


「お返し」

「眠れなくなりそうだ」


 幸せそうに顔を緩めて、それから腰を抱き寄せてくる。

 別にえっちなことしようとか、そういうんじゃなくて。


「暇さえあれば……こうしていたくなるんだ。どうしてかわかるか?」

「なんで……?」


 どきどきしながら尋ねる私に答えをくれるの。


「もし人に抱き締めたら幸福になる力があるなら、お前はナンバーワンだ」

「なにそれ」


 笑い合う。別に気の利いた言葉じゃなくていい。くだらなくていい。くだらなければくだらないほどいいのかもしれない。


「じゃあカナタも私のナンバーワンです」

「ダブル受賞だな」

「もう」


 笑い合う。

 そんな瞬間が幸せに満ちているから。


「ツバキがお前にくっつくのも……並木さんがシオリを抱き締めるのも、最初は理解できなかった」

「……うん」


 カナタの瞳は私を見ながら過去を見つめていた。


「ハルと過ごすようになって……日に日に実感していくんだ」

「一人じゃ眠れそうになくなってきましたか?」

「まあな」


 私の言葉にカナタは笑顔で頷いてくれた。

 それが……すごくうれしかった。最初に出会った頃のカナタは違った。世界と戦って……一人きりで眠りについていた。

 今は私といる。カナタはそれを大事にしてくれてるんだと思って。

 ……すごく、すごく嬉しかった。


「人は誰かに触れると……案外、それだけで通じる何かがあるのかもしれないな」

「んー。カナタに触れても、いまのカナタが私にどきどきしてるかわからないけどなあ」

「なら心臓に触れて」


 私の手を取って、そっと左胸に当てるの。

 鼓動が伝わってくる。何気ない、ありがちなようで……それでも確かに響く音がある。


「私がどきどきしそうです」

「まいったな。そんなことを言われると……おっと。鼓動が早くなりそうだ」

「ええ?」


 わからないよ、と言おうとしたら唇を塞がれた。

 早まっていくのは私の鼓動……ううん、カナタの鼓動も高鳴っていく。


「だめ……」

「予備がないから?」

「……ん」


 頷く私の顔を見て、カナタは真剣な顔。

 ずるい。そんな顔をされたら……拒めない。


「なら――……せめて、全力で俺を感じて」


 私の輪郭をカナタがなぞる。

 欲望も理想もない交ぜになっていく。

 けれどカナタは真摯に、一途に、ただ愛情を注いでくれる。

 不安になるの。あんまりにも……暗闇の中でそばに輝く光が眩しすぎて。

 どんどん黒く淀んだ私が濃くなるの。

 無垢なままでいたのなら……享受するだけで終わる一夜の夢。

 混じれど白と黒に分かれるのなら、せめて灰色になりたくて。


「私も、する……」


 愛する人の輪郭に口づけを。

 唆すヘビさえ愛して、リンゴをかじるの。

 楽園を追放されるとしても……不完全さを知ったから、愛へと進む足はもう止まらない。止まれない。

 どこまでも絹の底へと堕ちていくの。


 ◆


 身についた身体のリズムに任せて朝方、身体を起こした。

 裸身にまとわりついてくるタオルケットを下ろして、隣にいる人の寝顔を見つめる。

 何度見つめても飽きない。

 私の好きな人。私を愛してくれる人。

 喜んでもらえる力が欲しい。幸せになってもらえる力がもっとたくさん欲しい。

 私、わがままになっていってるなあ……。


「はあ……」


 身体がばきばきだ。もっと寝ていたいと訴えてくる。

 甘えたい、起こして抱き締めてもらって、昼まで二人でくっついていたい。

 そんな欲望に頭を振る。

 それだけがしたいわけじゃない。他にも山ほど、したいことがある。あくまで寝起きでつらくて優先順位が上なだけ。

 しゃきっとしなきゃ。でも……ううん、そうだなあ。


「もうちょっとだけ……」


 もうちょっとだけ、愛するこの人の寝顔を見ていよう。

 それくらいは許されたい。

 ああ、だめだ。やっぱり私、わがままになってる。

 だって……カナタの寝顔、可愛すぎるんだもん。


「……ずるいなあ」


 大好きだよ。




 つづく。

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