第千七百五十一話
ノノカを含めて、六人。
みんな名前を呼び捨てする形でいいというから、それに従うと私の予想どおり、ヒヨリが発案者。
そうしてやってきた、ノノカ、ヒヨリ、コトネにアヤネ、イチゴにミユウ。吹奏楽部の女の子たち。
イチゴとノノカが刀鍛冶で、他の四人は侍候補生。
目立つのはヒヨリとコトネ、アヤネの三人。獣憑きとして一目でわかるから。ミユウも獣憑きといえば獣憑きのようだ。すると四人とも御霊別授業で顔を合わせているはずなんだけど、コトネいわく「いや、あなた派手なグループだから距離あるよ」とのこと。
コトネはキラリと同じく猫。アヤネがネズミ。ミユウはお猿という。そしてヒヨリは狸。なんとレンちゃんとも知り合いなんだって。同じ狸同士の縁みたい。狐憑きの縁で絡む私とユウジンくんみたいな感じが近いかも。
コトネの音頭で私は最近の事情を説明すると、彼女はタブレットに指を滑らせて、画面をこちらに向けてきた。
書いてあるのは?
保育所。
「なければやることにしよ。式神たちと過ごすやり方。私たちでー、夏休みも近づいてるしー?」
何度もうなずくヒヨリは、きっとその気。
彼女は押しが強い。たぶん。
いまも顔の圧がすごい。昔ながらの酸っぱい梅干しを口いっぱいに頬張ってるようなこわばり具合で私を見つめてくる。目線を合わせないようにしているのに、つばが口の中いっぱいにたまりそう。
「え、と、でも」
「遠慮するだけ損じゃねー?」
名前がフルーツのわりにがっつり体育会系で制服姿なのに引き締まっているのが見てわかるイチゴちゃんがあぐらを掻いて、私を見てくる。
リビングで座布団を並べて座っているんだけど、彼女の周囲にぷちたちが集まって、くっついている。ぷちたち用のおもちゃ箱の中からひょいひょいっとボールを手にしてお手玉してみせたり、手品を披露したり、ブロックオモチャと輪ゴムで即席ゴム銃を作ったりと、とにかく多彩。すぐにぷちたちの心を掴んでた。
そんな彼女に問われる。
「青澄はなかった? ガキの頃、親から離れる時間」
「ご家庭による。でも、ひとりになる時間、大事。じゃなきゃ、もたない。理屈じゃない」
そんなイチゴちゃんのすぐそばに、ぷちたちに負けじとひっついているのがミユウ。ふたりは特に仲良しみたいだ。
「いやでも聞かなきゃわからないだろー? どうなの」
「え、と。あった、かなあ」
そんなに多くはないけど。
なにせお母さんとおばあちゃんの冷戦具合ときたら!
「あんまりっぽいなー。じゃあ、そこからだな」
「どういう形式でやりたいか、いっしょに考えてみようかー。イチゴたちにお願いしてー。その間に具体的に詰めよう。もしよければー、だけど」
ゆるい。コトネのしゃべり、ひたすらゆるい。
ただしノノカからもヒヨリからも、こそっと耳打ちされた。
彼女を怒らせると、ほんとにひどい目に遭うって。
だとしたら、それって猫憑きっていうよりも虎か獅子が憑いてません?
ネズミの獣憑きのアヤネはすごくおとなしい。極めて小心者なのかもしれない。あるいは人見知りとか? 慣れれば軽口をめいっぱい叩いてくれると、ノノカにフォローしてもらった。
コトネは手際よく、お土産だのご飯持参だのなんだのと気を回してくれている。そのおかげか、お母さんの心象がとてもいい。当たり前のように今夜のお泊まり権をゲットしていた。
そんな彼女も、けれど発案者じゃない。
あくまでも発案者はヒヨリ。
「ともだちっていうにはお互いを知らないし、仲間っていうにはまだ早い。けど、だからこそ気兼ねなく言ってほしい。ノノカの話じゃ、そうとう遠慮がちだって聞いた」
「ヒヨリの言い方へんてこだけどー、でも言い得て妙。ノノカの話によるとー。いろいろ連想しちゃう仲間相手だと言いにくいこと? 私たちは、ほぼ初対面だからー? 言っちゃえば?」
いやコトネのフォローも込みで、ふたりして変なこと言ってるよ?
言ってるんだけど、頭がちっとも働かないし、キラリたちに言いだしにくい理由を言い当てられてもいる。そう、気づいた。
だからなにかを考える余裕がちっともない。
強いて言えば御願いすれば助けてくれるにちがいなくて、言わずにいたらみんなして水くさいって言うにちがいなくて。
なのに、それがわかっていてなお頼めない。
巻き込めない、みたいな意識もある。
それよりもっと、これは私の問題だ、みたいなところも。
加えていえば、こんなとこ見せたくないみたいな変な意地も。
おまけにいうと、こういう状況に巻き込んでいいのか、みたいな疑念も。
おかげでさ?
わー! ってなる。
こんな状況を知ってか知らずか、知らないとしても予想して、あえて来てくれた人たち。
いや。でも。無理でしょ。そう感じるけど、それよりもっと「もう限界」とか「休ませて」とか膨らむ自分の心をなだめきれない。
ともだちっていうには、まだ早い。お互いによく知らない。
だから仲間っていうには、早すぎる。
ヒヨリの言うとおり。
どこまで頼っていいのかもわからない。ただ、イチゴのお手並みはすごかった。それは間違いない。明らかに慣れているのが目に見えてわかる。
「いきなり信用してっていうのも無理だろうからー。それなら、しばらくそばで見てたらいいんじゃない?」
「ノノカたちは二組で進み具合が微妙にちがうかもだけど、授業内容の共有もできるし。合間に手伝えることもあるよ? 御珠を綺麗にするのとかね」
「ゆっくりやっていくの。その間はー、そばにいさせてほしいわけ。ヒヨリによれば、そういうことなんだよね?」
コトネに呼びかけられて、ヒヨリがうんうんと何度も圧強めにうなずいてくる。
なんなら顔を近づけてきてさ? 鼻息がほっぺたに当たりそうなレベル。
「鳥居があるんでしたよね? 宝島と往復するー」
「あるわよ。和室にまだ残してある」
いつものテーブルでピザを楽しんでいるお母さんがすぐさま返事をする。
ならばとコトネは「じゃあ行き来も楽ちんだ」と切りかえちゃう。
「学校をお休みするとしてもー、宝島のお清めの泉ー? ああいうところ、行ってみるのもありだと思うしー。あなたもあなたで、あなたの時間を過ごさないと溺れちゃうよ?」
「私たちが傘になる。いきなり全部できるようにするのでもなく、すべての問題を片付けるのでもなく、あなたが傘を見つけられるようになる補佐をする」
いいよね、と。
答えは聞いてない、と。
そんなノリでヒヨリが締めくくる。
じゃあ、とうなずく。それ以外に浮かばなかったし、実際、もう限界だった。
張りつめてなにかが解決するのなら、私はやまほど解決できていたに違いなく。
そんな風にはいかないから、抱え込んでどうにかなりそうだった。
これでいいのかな、とか。彼女たちにお世話になっていいのかな、とか。
もう並べたらきりないくらいの疑念があるけれど、強い押しの一手に流される。
ノノカから小楠ちゃん先輩や先生に伝えてくれるそうだ。
なら、いいんじゃないか。いや、警戒は捨てきれない。けれどもうなんでもかんでも抱え込んできていて、私の脳内センサーがぜんぶおかしくなってる。
警戒するべきなのかどうかもわからない。
わー。
「いんじゃない? 足りてないこと、いっぱいあるもん」
お膝に抱いてるユメが私を見あげて言うのだ。
たしかにユメの言うとおり。足りてないこと、いっぱいある。
ありすぎて、私だけでも、ぷちたちに協力させてしまったとしても、ちっとも追いつかない。
日常の積み重ねによる、足りてなさ。
それを日常でどうにかしようというとき、当事者だけじゃ間に合わないこと、やまほどある。
私たちは、そんな状況にいる。
「じゃあ、そのう。お願いしても、いいかな」
「もちろん。じゃあ、あなたのともだちたちにも声かけるね?」
「えっ」
「先生たちにも。基本はコトネたちを主軸にするけどー。ヒーローさんが知らないことを教えてあげるとー」
タブレットを膝において、コトネが片膝を立てる。
「協力者は多く、協力の質と密度はあげられるほど楽になるんだよ?」
彼女の言葉に思い出した。
いつか似たようなことを考えていたって。
「あなたたちの不安を教えて。あなたたちの失敗を、恥を。そのぶんだけ、私たちにできることが増える。いまが楽になって、そしたら、はじめて成長の話をしようよ」
ヒヨリの言葉には、気づかされた。
私は先へ先へと意識してきたし、それじゃ足りないぞと考えてきた。
けれど、それがなにかいままでよりも掴めた気がする。
そうか。雨か。
私はぷちたちと共にずっと雨に打たれている。
なんとかしなきゃと慌てふためいて、やらなきゃいけないことがひとつずつ見えてきて、なのにすぐには解決できないことばかりで、毎日をせっせとよくしていってはじめてどうにかなることも多くて、どれも私にはいますぐできないことばかり。
雨に打たれている。
傘もなく、雨宿りする場所もなく。
寝るのも休むのもままならず、このままだと風邪ひいて熱だして身動きがとれなくなっちゃう。
というよりも、すでにとれなくなってる。
「みんなのために生きるか死ぬヒーローっていうのはね? 都合のいい奴隷なの」
コトネは断言した。
それでアヤネやミユウの顔が曇り、イチゴが視線をあらぬほうへと逸らす。
なにかがあったのか。私は知らない。まだ、知らない。
「ひとりがわーって集まって、お互いに助けあって、みんなになっていくし? そのためにできることをしていくだけじゃない?」
ひとりがいて、集まって集団になって、どんどん巨大になっていく。
ひとりからはじまる。ひとりをこえて、ふたりになって。ふたりをこえて、みんなになっていく?
わからないよ。私にはまだ、わからない。わかってなかった。
「あなたはいま、やりたいことがある。なのに、できることがない」
死の宣告のように思えたけど、
「それってつまり、助けが必要ってことでしょ?」
コトネの言葉に射貫かれた。
不思議な子たちだと感じた。ノノカにこんな仲間がいたなんて知らなかった。
それに、こういう人たちがいるんだということさえ知らなかった。
知ってたつもりで、もうその先に思いを馳せることさえせずにきた。
「こういうとき、学生はわりと自由な時間があっていいよね」
「必要なことよりもまず、休める形を整えていくところからいこう」
「ま、ノノカとヒヨリがやりたいんなら、手伝うし?」
コトネに続いてそれぞれに気楽に気ままに言うのだ。
気にするなとばかりに。私に意思を示すように。
ずっとだまっていたアヤネが「さっ、サインくれたらいいかな」と言って、妙な間ができて、コトネを筆頭にアヤネを弄りはじめる。
イチゴはミユウとふたりで無視してぷちたちに「なんかやろうか」と持ちかけていく。
トウヤとコバトちゃんが来てくれて、お姉ちゃんも混じってみんなで遊びだしたとき、私は自分で思うよりもずっと助けられていたのだなあと気づく。
縁が助けてくれるというのなら、素直に受ける。
けど、これはどんな縁だろう?
わからないよ。
ユーリオンアイスのこと、何度も思い出してきた。
私は自分を、ヴィクトルがやってきたあとのユーリだと妄想していた。
ぜんぜんちがった。
冒頭でトイレで泣き崩れるユーリ? ううん。ぜんぜんだめ。
噛みあわなくて、回らなくて。悲惨な絡繰り。動こうとしても身体中から軋んだ音が出るような状態になってる、そんな状態。
油を差す? 構造を見直す? 分解する?
わー。
こんな感じ。
なにをするにしても頭が回らない。
ヴィクトルは勝てるスキルがあるのに勝てないユーリに自信をつけるのが自分の仕事だと告げていた。
私にも自信はない。どうにかできるスキルがあるのかどうかもわからない。
なにせもうずっと「わー」ってなってるから。
できるのかな。私に。
それって進みたいのに外れないブレーキみたいなものだ。
動くたびに負荷が生じる。なにしても熱が生じていたら、そりゃあ頭が回るはずもなく。
コトネが「んんっ」と咳払いをしてきた。
「ひとまずさー、真似やめない?」
「え」
「おうちの真似やめるの。できる人の真似するのもなしね?」
「と、いいますと?」
「すること、したいことを見つけるところからいかなきゃー。ね、ヒヨリ?」
コトネに振られて、ヒヨリがピザにかじりつこうとしている手を止めた。
とろりと垂れ落ちるチーズと大きなエビを、あわてて巻く。
「あっぶな。あー、うん、そう」
巻いた部分をかじる。チーズ、冷めたらもったいないもんね。わかる。
南国果実のドリンクをあおって、早めに食べちゃってからヒヨリは私を見た。
圧はだいぶ和らいでいた。なら、あの圧は私に条件を飲ませるためのもの?
「春灯と、式神たちとで、一緒になってやりたいことを見つけて、それを叶えていくことでしか続かない。こうしなきゃっていう欲求は邪魔になる」
それってもしや、アガペーなのでは?
「でもいま春灯も、式神のみんなも、こうしなきゃ、こうじゃなきゃっていうので頭がいっぱいだから。そういうの、ぜんぶ下ろして楽になるとこからね」
「ぜんぶ、下ろして」
「荷物を増やしながら登山したら、みんな遭難するでしょ? 船旅でもそう。陸路も一緒。ね?」
たしかにヒヨリの言うとおりだ。
いつかのシュウさんみたいに、私もまた重さを増やして意識を強めることばかりしていた?
それって、無理だ。
好きからはじめて、好きのために栄養を注いで、そうしてやっと芽吹くんじゃないのか。
あの日のシュウさんに私はなにを訴えた。
忘れてた。ずっと。
強めの一発をお見舞いされた気分だ。
あの日、私はシュウさんに刀をと言った。
なのにコトネは「ぜんぶ下ろして」と言うのだから。
いったいどれだけ、どれほど背負い込んだつもりでいるんだろ。
数えたらきりなさそうだ。やば。
それはまるで、掃除のその字もない尻尾ハウスみたいな惨状。
増やすので精いっぱい。足すので精いっぱい。
整理するにしても、必要なことがありすぎる――……と、また足して増やしてしまう。
下ろせない。
あーあ、無理! って、割り切れない。腹を割れない。なかなかね。
「いいとこなしでいい。悪いとこばっかり気になるんでもいい。私は――……私たちはさ」
あれ? なんでいま、言い直したんだろう。
一瞬とおくをみるような顔をしたけれど、ヒヨリは表情を戻して続ける。
「いまのあなたしか知らないからね。いまのあなたを、いまのあなたのペースで教えてよ」
ヴィクトルはユーリに尋ねる。ユーリは答えるしかなくて、なのに答え続けていったら今度は全力で素直な気持ちをぶつけるくらいにまでなってさ。
そっちのほうが、ずっといいよなー。
抱え込んで、だれにも言えずに「わー」ってなるよりもさ。
わかってる、つもりだった。
いいとこなしでいい、悪いとこばっかり気になるんでもいい、かあ。
なかったことにするんじゃなくて、あるものぜんぶ、言って、下ろしてくんだ。
シュウさんにとっては刀だった。あの日の私にとって、のほうが正確だ。
だって刀は夢で、理想で、未来で、希望の象徴だから。
自分が愛し、愛されたいものの象徴だから。
それが重荷になっちゃうのなら、いったん下ろせばいいと感じて訴えた。
あの日の私の言葉より踏みこんで、あの日の私とシュウさんの距離感くらいのヒヨリに言われてさ?
これが縁だというのなら、素直に委ねちゃえと思えた。
だって、私の中にあるなにかが形を持ったから。
キラリたちにも、カナタにも。
だれにも言えずにいたことを、むしろこれからはじめる関係性を利用して言っちゃえば? なんて。なかなか、ない。
シュウさんと私の距離感に、これも重ねてみてしまう。
タイミングってあるんだなあと思えたよ。
言っちゃおっか。
お片付けするとき、ひとまずなにがあるか全部わーって並べてみるほうがやりやすかったりするし? 気持ちを並べたって場所とらないし。
こういう縁のはじまりかた、いいなって思っちゃったんだもの。
下ろしちゃえ。
先へ進むために。その前に休むために。
まず、いまの荷物を下ろしちゃえ。
◆
臨時の職員室に行くと、先生たちが「あいつら勝手に外出して」と話し込んでいた。
扉をノックすると「おー、茜原かー」と扉のそばの席に座る先生が気づいてくれたから、飯屋先生はどこか尋ねる。
それだけで飯屋先生が気づいて、すぐに出てきてくれた。
おかげで助かった。
けど、他の先生たちがいる手前、大っぴらに組織の備品を渡すのも気まずい。
だからスマホを出して、備品紛失の件の周知メールを見せて、あれぜんぶ自分の仕業ですと伝える。ごまかそうと思っていたのに、なんか嘘をついて説明をでっちあげるのが面倒くさくなって。自棄だった。
「そっか。じゃ、明日の昼にでも持ってきて。うまくいっとくから」
先生はそれで済ませた。
励ますのでも、たしなめるのでも、叱るのでもなく。
「――……いや、それでいいんですか?」
「なに。怒られたかった?」
「まあ」
「悪いことしたって思ってるんなら私がいちいち言うまでもないし。それどころじゃないなら、いま怒っても頭に入らないでしょ」
「そりゃあ、そう……かも」
でも、なんだか腑に落ちない。
「私になにか言ってほしいか、アイくんは。うん?」
飯屋先生はたまにお姉さんぶろうとするところがある。
姉などいないし、いてもうっとうしいにちがいないと、先生が振る舞うたびに思う。
「いいです。泉たちにさんざん言われてるんで。女子たちの視線もきついし」
噂になっていた。広まっているうえで、良し悪しのバランスでいくと悪に自分が傾いている。
それも本音をいえばうっとうしい。ほっといてほしい。関係ないんだから。
「――……」
先生の呆れたような、心配するような、なんともいえない深呼吸。
「なんですか」
「かまちょめ」
「は? なんで。ちがうし」
「そ?」
じゃあ戻っちゃおっかなあと露骨に煽ってくる。
それで、すこし悩んだ。けど、先生の言うとおりになるのが癪に障るから「失礼しました」と立ち去る。明日ね~と気ままな声がして、それが余計に苛立たしい。
泉たちに合流するのは気が引けた。
だけど行く先があるわけでもない。部屋に戻って、だらだら過ごすくらいしかやることがない。
「はあ」
彼女と過ごせなくなったから、その時間がまるごと空いてしまう。
ともだちに戻ったというか、ともだちのままというか。現状維持、ただし自分から恋愛アプローチを引く。考えてみると、自分の行動を変えたところで、これまでとまったく変わらない。
だったらいっそ、連絡してみる?
スマホを出してメッセージを表示する。これまでやりとりしてきた内容が、そこに全部ある。
縛られている気がして、いっそ全部消そうかと悩み、いやでもこれを消したらなにもかも自分で台無しにしている気がしてできず。
連絡して、いつもと変わらない調子で応対されたらきつい。出ないのも。応対してくれて、かつ、気にしてくれてたら。いや、それどうなんだ。
ただただいやな気持ちでいっぱいだった。
なのに、どうすることもできない。
彼女は変わらない。変えられない。自分には、なにもできなかった。
変えれば、変われば、自分は報われるのだろうか。
「わかるかよ、そんなの」
ただ、それは越えちゃいけない一線だとわかっていた。
なのにその一線しか、恋する自分の先には見えやしない。
ちがうほうへ目を向ける。目を閉じて、踵を返す。泉はそうしてきたと言っていた。あいつも盛大に振られてた。自分は絶対そうならないと斜に構えていたけど、なった。
「あーあ」
宝島の通りに出て歩くと、カップルがけっこう目につく。
彼女と手を繋いで歩くことはない。
ないのだ。
飲み込めやしない。
この気持ちをどうすればいいのかわからない。
彼女には、迷惑。面倒なのだ。自分の思いは。ともだちとしてはありでも、恋愛としてはなし。それとなくなら何度も。直接的にも何度か。彼女に言われるたびに流したり無視したりして、認めたくない気持ちに縋った。
結果は変わらず。
いっそ一騎打ちでも挑んで盛大に負けてみるか?
とどめをさしてと願うのだ、なんて。
あり得ない。それもやっぱり、越えちゃ行けない一線だとわかってる。
なくせない。なかったことにできたら楽になれるにちがいないのに、なくせない。
こんな自分でいたくないのに、どうにもならない。
彼女なら。
そう思ったのに、だめだから。
もう、どうにもならない。
「――……くそ」
なのに彼女の表情や声ばかり思い出してしまう。
きらいになれずに、思い出を抱えて生きるしかないなんて。
うんざりだ。
そう思えば思うほど、焦がれる。
助けてよ、と。か細くこぼれた自分の声のあまりの情けなさに笑えてきた。
帰ろう。部屋に。
嘘でも遊べば気が紛れる。うっとうしいことも多いけど、泉たちとばかをやっているほうがまだましだ。
失恋って、もっとわかりやすいものだと思ってた。
泉が玉砕したとき、強く思ったものだった。
でも実際はちがった。
世界は変わらない。なにかが終わるわけでもない。ただ、毎日が続いていくだけ。ちょっとだけ、関係性が変わって。それはひとりにとっては致命的でも、他の大勢にとっては「まあ残念だけど妥当というか、当然?」程度のことに過ぎなくて。
ふわふわと続いていく。
「あーあ」
鼻で息を吸ったら、音が鳴った。
無性に目頭が熱くなってきて、何度か手首で拭いながら先を急ぐ。
どんなに考えても、きらいになれない。余計なのは、ただただ自分が彼女に求めることだけ。
わかっているんだ。本当は。それがなにより痛くてきつい。
それでも好きだったんだ。
なにをどうすればよかったんだろ。
一緒にいるだけで満足できていたらよかったんだろうか。
答えはもう、わからない。
どうしたらいいのか、教えてくれよ。
気持ちをくれよ。
どんなに訴えたって、彼女はなにもくれやしない。
できたことといえば、過剰で余計なことをさっ引いて遊べる時間、一緒に居る。ただそれだけ。
それじゃだめなのかって、聞かれたことさえある。
自分が求めることに応えることはできないし無理だしやりたくない。でも遊ぶのは楽しい。ともだちとして話すのも。
茜原アイがどんなだめなところがあるとわかっても、ともだちとして大事に思ってるから、遊びたい。
それじゃだめなのかって。
いいところだけ、心に響いたとこだけ、もっともっととねだらずにはいられなかった。
彼女に毎日プレゼントを渡し続けてくれるサンタになってとねだるように。
でも、知らないんだ。
わからないんだ。
ただ、一緒に居るだけじゃ足りなくて、もっと欲しくて、求めずにはいられなくて。
彼女にはそれが余計で、いらなかった。
それでも止められないんだ。理屈じゃないだろ。こういう気持ちって。
「――……」
くそ、くそ、と何度もつぶやく。
うわさなんか確かめずとも、いろんな評価の中に混じっている確信が浮かぶ。
自分のことしか考えてない。
そんなの彼女にとっては痛いだけ。周囲からみてもそう。
求めたら応えてくれる相手と付きあえばいいのか、なんて妄想するくらい、最低な気分だ。
こんな自分を変えてくれる気さえしてた。
全部、彼女に押しつけて満足かよ。満足できないし、他の手段が思い浮かばないからこうなったんだろ。そんな自分さえ、やめられないんだ。
なのに彼女は聞いてくれた。話してくれた。
それが合図だと思ってしまったんだ。
最悪の勘違いだった。
なのに、この思いをどうすればいいのかわからないんだ。
世界が変わればいいのに。
失恋したら、もっと変わってくれたらいいのに。
どこまでもいってもねだることしかできない自分に気づかされて終わりなんて、ほんと、くそったれ。
消せないメッセージをたどる勇気もなくて、スマホの電源を切った。
つづく!




