第千七百四十八話
真っ白な空間になにかを垂らす。
タブレットだけで済ませたい子もいるけれど、満月日和はノートを愛する。
教科によって使い分け、授業用メモノートとまとめノートでも使い分ける。
装丁にだってこだわる。シリーズは合わせて、書き記していく。
真新しい雪に足跡をつけていくように。
ペンの選択は自由だ。鉛筆でもいいし、万年筆でもいい。
けれど私はずっとガラスペンを愛用している。教科によってインクを使い分ける。
色は二色まで。
基調の色と、特徴づける色の二色。さらにペン先のインクを落とす水と、貯めておくための小さなグラス。
このスタイルで二年目に突入した。中等部時代はお父さんにもらった万年筆を使っていたけど、お父さんが亡くなる前にくれたガラスペンに、いまは心を寄せている。
文房具の世界は深くて広い。歴史も長い。
書籍は紙か電子かなんて揉めているし、その波は文房具にも押し寄せてきている。そもそもパソコンなどの電子機器が便利になっていくほど、遠のきがちな人が増えているとも聞くけれど、逆に考えて?
趣味と嗜好の世界に立ち返って、好きに遊べる材料がやまほど眠っているのだと。
本音を言えばシャープペンが便利なのも、何色も入っていて切りかえられるペンが便利なのもわかっているのだけど、それでもあえてのガラスペンなのは?
書いては浸す水のグラスに色が入っていく。
それがなんとも目に楽しいから。
授業中にこっそり水の中に落としたビー玉を化かして、魚にしてみたりして遊んでいる。
前に北斗の子たちが何人も学校に滞在したことがあって、そのときに仲良くなった狸憑きの金長レンとは盛りあがった。
化かす遊びの楽しさには果てがないと。
彼女の親友に神力結という子がいて、その子は青澄春灯や天使星と同じ中学の出身だという。ならばレンは結とふたりで青澄春灯たちと遊ぶのかと尋ねたことがあった。
あのとき、彼女はなんと言っていただろう。
『狐憑きっていうか、狐っていうか。あいつら、レンは苦手なの。狸よりも猫よりも素質があるのに努力しない。遊ばない。そのくせ、こっちがなにかやると感激して、真似をして、さらっとやっちゃうの』
そういうつらさ、わかる? と聞かれて、あのときは答えられなかった。
狐憑きと狸憑きの関係性みたいなものとしては、わからなかったから。
似たようなことなら? ある。わかる。
あとから始めた人が自分より上達すること? よくある。
説明ならいくらでもつけられるし、その説明と「でも自分はがんばってきた」という気持ちや、やるせなさは別だし。説明でなだめられる気持ちだけしかないのなら、世の中らくだ。そうじゃないから大変だ。
狐憑きなら、何人か知っている。
士道誠心でいえば、私の代なら他の誰でもなく青澄春灯になる。後から緋迎カナタ先輩や並木小楠先輩がなったけれど、やっぱりまずは彼女をおいて他にないくらい、印象が強い。
それよりもっとというのなら、迷わず星蘭の人たちを思い浮かべる。
安倍ユウジンを始め、他にも数名いる。
西日本の隔離世の素質を持つ者が集まる京都の学校で、しかも狐憑き。いかにも本場。
なので京都の学校の狐憑きは本物ばかり。だれもかれもが異様に強くて、才覚に溢れている。
じゃあ憧れるかというと、そんなことはない。
率直にいえば?
ヒヨリはシリアスあんまり好きじゃない。
お腹を抱えて笑っていたい。遊びを大事にしているのだって、結局のところ、気ままさを守るためでもあるし? シリアスに陥ると、うまくいかないときに沼にはまって抜け出せなくなってしまうことを痛感しているから。
星蘭の人たち、なかにはガチ過ぎる人がいるからシリアス成分が漂っていて、苦手意識がある。もちろん大阪のノリもふんだんに入っているので、お笑いが好きな人もけっこうな比率でいる認識を持っているけれど、大阪の成分が抜けたら? おっかない。たとえば広島から入学した子の中には、ガチで道を極めてそうな人がいるとか、いないとか。つよい。
シリアスは、つまるところ解決せずにはいられないこととの対話の時間だ。
解決できないときにはイライラすることもある。
煮詰まるシリアスが増えると、一瞬でキャパを越える。
雨が降ったら傘を差す。横風が強いときには雨宿りをする。濡れたくないときには。なら、濡れてもいいときは? 風がなにかを飛ばしてこない程度なら、いっそ飛び出すのも手。
洗濯物を心配するのなら、雨宿りするのがいいだろうね。
いま着ている服しかなくて着替えがないときにも雨宿りするのがいいだろうね?
そういうときに「いっちゃえー!」と雨降る外に駆け出すのが好き。
緊張するなにかはいったん、えいやと緩和の手をぶち当ててみると、途端に視野が広がる。その瞬間の脱皮感が最高に気持ちがいい。
みんなと一緒になにかをやる場合にこれやると、かなり振り回す。特に緊張の内側で留まっていたい人には、攻撃に似た刺激を与えてしまう。そう受けとらない人も、そりゃあいるけど。運試しになるし、運試しでだれかを傷つけるのはね?
油断はしないで。
脱皮するときは、危ういもの。
昆虫も爬虫類も両生類もするけれど、脱皮直後にいきなり身軽とはいかない。羽根ができたとして、いきなり飛べるわけじゃない。
とてもしくじりやすいもの。
そのドキドキがたまらない。
それは壮大なできごとで、特別な刺激、大事な思い出になり得る。
狸にとってはそうでも、狐にとってはちがっていて、取るに足らないことのように軽々とやってみせるという。それがレンには許せないのだと。
レンにもシリアスがある。
そのシリアスは、ヒヨリでいえば家庭環境だった。
頭と心は別だから、損をしたかも、感動はちっぽけかもという疑心暗鬼はいつだって手強い。
比べても幸せなんかこないよ。
そんなの何度もわかってきたはずなのに、いくらでも心は無限に傷つくよ。
雨が激しくなる。
雨宿りするのか、傘を差して家に向かうのか悩んじゃう。その間も身体は雨に打たれてる。滝行かなっていうくらい、激しくなってなくても濡れ鼠になっちゃお終いです。凹んじゃう。
緩めていくことしかできないから、緊張することはなるべく減らす。一度に挑める緊張って、いきものにはそれほど多くない。
発明も、それが普及するのも、だからほんとはとてもすごいこと。
だけど私みたいにひとりになった子が生きやすくなるような発明は、まだまだ足りない。
雨はいつもどこかで降っている。
私に差せる傘は多くない。
濡れて遊べることって、地味にすげえ機会だ。
好きな人が踏み出せない雨に濡れてみせるくらい、私にはわけない。だけど、私に緊張をたくさんぶつけてくるようだと、もう無理だ。
臆病で、怖がりで、すぐに逃げを打つのはね? だって、儚くて脆い土台でなんとか遊んだり笑ったりしてるだけだから。いくらでも簡単に傷ついているからさ。
ノートにペン先を当てて字を描く。
紺と黒の狭間みたいな字に煌めく光が見える。インクの世界も沼。おいしそうな色も多い。
ただしペンでもガラスは扱い次第ですぐに傷つけてしまう。
そもそもガラスは固形に見えて、実はもっとあいまいで液体との境目にあるような物質だという。これは現在も論争の種だそうで、調べると細かい情報と知らない単語がわーってでてくる。
そんなガラスでペンを作る。
基本的には、ハンドメイド。作家さんが作ったものを買う。
万年筆は書いているうちにペン先が削れて育つというけれど、ガラスペンはペン先の構造次第。筆圧にも気をつけて。金属ではなくガラスなので、修復も可能といえば可能だ。ただし、その設備がない。持ち手とペン先が分離した構造というわけでもない。一体型しか私は知らない。
となると、修理はどうなるか。これはメーカーや作家さんによる。それにハンドメイドで、しかも作るのも修理をするのも手間がかかり、市場規模もシャープペンなどに比べると成長中だろう。なので修理ができたとしても、時間がかかる。
お金は栄養。成長や発展には栄養が大事。治療の段階に入ると、さらに必要になるもの。ニキビや噴き出る脂みたいに回ってくる栄養をため込むやつは問題外。ニキビや噴き出る脂を気にして「じゃあもうご飯あげない!」っていうのも、おかしな話。栄養を摂取してれば新陳代謝の一環で、そういうのが出てくる。だから洗顔したり、食生活を整えたり、ストレス解消したりする。
雨が降るからお外でたくない、じゃあないんだよ。
お外いくぞっていうとき雨が降っていたら、傘を差すんだよ?
雨が降るからお外で遊べない、じゃあないんだよ。
だったら雨が降っている中で遊べる遊びをしてもいいんだよ?
というわけで、私はなるべく買う。バイト代の中から捻出する趣味のひとつだ。
買うときには修理が可能か事前に調べる。たまに文房具を扱う大きなチェーン系列の店舗で販売会をしたり、デザイン絡みの作家が大集合するお祭り即売会が開かれたりするときには、足を運ぶ。
修理がだめでもデザインが素敵だと悩む。
特別なときに、特別な文字を記すための特別な道具として選ぶというやり方を、最近は好む。
書くことが楽しくなるのはけっこう大きい。
先生に聞くのが楽しくなるのもそう。授業に添った内容であれば、学びが深くなる。
決まり切ったラインを行かなければと先生が緊張の内側に留まっているときには、やっぱりこれってつまらない。退屈。
教科が好きで選んだ人だと、緊張の外側にあるところに先生の好きなポイントがあって、それを先生が話せると? 熱がこもって、楽しい授業になっていく。なんて思っている私はわりとよく先生に「なまいき」と軽めに言われる。饒舌に語っておいて「年上をのせようだなんて」と。でも好きでしょ? って尋ねると、だいたい流される。
こうした態度が反感を買うことも過去に何度もあったけど、もういい。慣れた。
他にできない。
私はこうやって生きるのが、いちばん楽だ。
あらゆることを引いて残った私が、いまの自分。
おっと。訂正。
私が意識して引けるすべてを引いて残った私が、いまの自分。
なんならもっと引いてみたい。
ありとあらゆるものを引いて、それでも残る私ってなんだろう。
なにも残らないかもしれない。
自分で思うよりも自分って、特別でも個性的でもなんでもない。
そう思って、自分に価値なしと削っていったら、そりゃあなにも残らないだろう。
緊張して引いても、緩和するぞと狙わない限り緊張は解けないから。自分で緩和させる気がないまま引いてもね。
好きなもの、譲れないもの、こだわっているもの、シリアスなもの。
そういうものを引いていく。
やらずにはいられないものがあって、放ってはおけないものがあって、執着せずにはいられないものがあって、自分がどうにも不安定なときには、いったんやめちゃう。
お父さんは魔女の宅急便のキキが黒猫のジジともう一度はなせる未来をずっと夢見ていた。けどウルスラとキキの夜にふたりが話したこととか、キキが理想の魔女ではなく自分らしくやれることをやる姿とか思い出すと?
雨が降ったら傘を差す。
傘を差せないときには休む。
休んでも気が晴れないなって思ったら、外へ出る。
ちょっと散歩してみる。歩いてみるのが気に入ったら、歩いてみる。
なにかの景色に心を奪われたら、眺める。
知りたくなったら調べてみればいい。
世の中にはシリアスなこと、みんなで挑まないとどうにもならないこと、本当にやまほどありすぎるけれど。
私はずっと、みんなと挑む機会は逃さなかった。なにかが楽しくなると信じて。なにかがすこしよくなるかもしれないと願って。みんなで精いっぱいしくじるときには、みんなと一緒にいたくて。つながって、いたくて。
でも毎度じゃない。
男の子たちと茜原の挑戦に、私は乗らない。
それはみんなと挑む、ただその選択が答えにはなり得ないからだ。
シリアスなこともそう。
できることをするし、これはまずいことになると思ったらやめるし、それでもしたほうがよさそうだと思ったらやる。カラオケでキレ散らかさずに茜原のひとりしばいを見守ったときのように。
できることは、いつだってそう多くはない。
ろくでもないことしかできないかもしれない。
キキは空を飛べなくなって、ジジの言葉がわからなくなった。ああ、もうだめだ。理想の魔女から遠のく以前に、自分の思う魔女らしさを失ってしまった。
地元とちがって、ともだちもろくにいない。家主の夫婦はいい人たちだけど、ママとパパじゃない。ジジの言葉もわからない。完全にひとりぼっちだ。
それでもパン屋のバイトや、配達の仕事をするなら? 歩いて移動するしかない。
家に帰るか。
まだ残るか。
ホウキで空を飛ぶ練習をしたり、ジジに話しかけたりして、キキは粘る。
けれど結果は伴わない。
お気に入りの傘をなくして、コンビニの前で立ちつくして豪雨を見つめるような気分。もちろんキキのはもっとつらいものだけど、方向性はだいたいこんなものだとして。
トンボが死にそうなとき、キキは飛び出した。デッキブラシを借りて、飛んだ。
手段は別にホウキじゃなくてよかった。
ああじゃなきゃ、こうじゃなきゃと自分を決めるほど、自分はもうすこし自由だし勝手だ。
飛ぶと決めた。
魔女は飛ぶもので、飛ぶならホウキで、とかじゃなくて。
そう決めて、飛んだ。
飛べるはずで、昨日までできていたはずで、それは当たり前のことで、とかじゃなくて。
それだと飛べなくなったとき、ただ途方に暮れて、無茶な練習さえしてしまう。
そういうんじゃなくて。
冷たく滑らかな柄の感触を頬に感じながら、宝島に即席で作られた教室の黒板を眺める。
タブレットでの授業もある。利用している子もいる。
私はちがう。他にもいろんな子がいる。
青澄春灯の刀鍛冶の座を決定的なものにしようと意気込むノノカは両手を掲げ、自動筆記機械なるものを作りあげて、動かしている。わざわざ自分の霊子を注ぎ込んで、集中し、疲れくたびれながら。肩を怒らせて。
コトネは頬杖をついて窓の外を眺めている。だが手はペンを握り、ずっと動かしている。彼女は気まぐれにノートに絵を描く。美しい絵ではない。授業で聞いた言葉でぴんとくるものから連想する絵をただ書いている。あれで学年上位に食い込む成績だ。
レンのむかつきとはずれるが「自分よりも楽にできるように見える」という存在として、コトネは私にとってまさにそういうタイプ。でもともだちになって、よくよく付きあってみると、そもそも暇な時間に本を読んだり、予習復習を欠かさなかったりという、ありふれたことを、自分らしくやる術を身につけているだけだった。熱を出さない限り、彼女は習慣をやめない。
ミユウは寝ていて、アヤネは半分寝ている。かくかくしている。ふたりの成績はそれなり。コトネよりも頭使ってんよ、という振る舞いをしているけど、ミユウは前日徹夜組で、アヤネはコトネに付きあってひいひい言いながら自習している。
授業も場合によっては、シリアス問題が関わる。
学生の授業の悩みなんてと笑う社会人もそれなりにいる。居酒屋で絡まれるとき、たまぁにね。いる。そういう人って学生時代に戻りたいくらい、いまが大変なのかもしれない。
そんなにいやならやめて、もっと楽しく過ごせるお仕事のしかた探すか、別のお仕事みつけたら? なんてことは思っても言わない。
頭が思うほど心は自由じゃない。
心で感じるほど頭は自在じゃない。
行動を決めるのは、だから手だ。
どっちがなにを訴えているか知る術になるから。
私にはぴんときた。
雨が降ったら傘を差す。
街で知りあった子が死にそうになったら? デッキブラシで空を飛ぶ。
もしかすると作品によっては、デッキブラシで空を飛ぶことが世界を救う手段になり得るかもしれない。そんな誇大妄想を垂れ流してキキに近づく輩がいたら? いったん落ちつこうかって警察官たちが止めるだろうし。傍から見たら不審者だろうし。その可能性がもしもあったとして、ね。キキにすべてを背負わせるかって話だ。
不審者が出たなら、それで済む。
ともだちがそう言ってきたとしても、距離を取る。
問題はキキが、自分にできることなんじゃないかと背負おうとして、シリアスになり始めたら? これだ。
世界のどこかで戦争が起きている。紛争も。テロも。犯罪だって。貧困もある。そのせいで起きる暴力も。問題なんて、やまほどある。私たちが上等ないきものだと思うなよ。あるよ。
じゃあ諦めろとか、なにも考えるなとか、そういう話でもない。
人が死ぬと知って、身近な人さえいなくなって孤独に陥ると実感したところで、どれほどのことを変えられるだろう。
なんて、そういう話でもないよ。
もしも可能性があるとしたら、それはなんだろう。
わからないけれど、あるとしたら発明なのだと思うのだ。
スマホみたいなの。SNSみたいなの。
だけど江戸時代に比べて夜が明るくなって便利になったことがどれほどあったとしても、なにかひとつの発明がすべての問題を一緒くたに変えることもない。
何年も、何十年も、何百年も? 下手したら、千年や万年、もっとかけて、ゆるやかに、ゆるやかに変わっていく。その間を生きる数えきれない人たちの営みを土台にし、栄養にすることによって。
雨が降ったら、屋根を壊したり、だれかの傘を奪ったり、傷つけたり。そういうのは、だめだ。傷は治すのがたいへんだし、それをよしとする暴力は根が深すぎて、もっとたいへん。やらかすまえに、休まなきゃ。自分を大事にできるくらいになるまで、まずは元気にならなきゃ。それはひとりじゃできないし。もうね。おおごとだ。
おおごとすぎて、わけがわからなくなってしまう。
そういう兆しを、青澄春灯の返信に見た。
ゆうべ、玉藻の前にもらった画像をグループメッセージに送ったあと、個別に彼女にメッセージを送った。寝るまで既読はつかなかった。ついたのは、一時間目が終わったあと。
私は「はじめまして。あなたに聞いてみたいことがあって。雨が降ったらどうする?」と送った。だいぶぶっ飛んだ内容だなと我ながら反省するのだけど、玉藻の前について話すべきかどうするか最後まで決めきれなくて、言葉を濁したら? 不思議なメッセージになってしまった。
そんな私のメッセージに対する彼女の返信は?
『いっそ必要なところ以外に屋根を作っちゃう、とか?』
いや。
でかいな。スケールが。
あと迷走っぷりがすごい。
私のメッセージに負けじとどうかしてる。
理解した。
この子、だいぶ参ってる。
生徒会長に海上を飛ぶ船の甲板でハリセンの一撃を食らった彼女を見ていた。私も。
ただの人間だ、相談しろ、みたいな主旨のお説教だったように思う。
なのに、どうだ。
返ってきた言葉はまるで、童話かなにかでやりすぎる類いの神さまかなにかを気取っちゃいないか。たぶん、その神さまはもっと偉い神さまにしこたまお説教されるにちがいない。コミカルな描写で。彼女は神さまから修行を受けているという。そこでしょっちゅうお尻を叩かれていたそうだから、きっと同じ目に遭うのだろう。
危ないな。
なんでだろう。
入学してから知る彼女の成果をふり返ると、やりかねないと思ってしまう。
ふと感じた。
彼女にはともだちがたくさんいて、だれもがみな頼れる仲間たちだ。
私にとって、このクラスの吹部のメンバーたちのように。
けど、どうか。
私がおかしなことをすると、五人がそれぞれに突っ込んだり止めたりしてくれる。
そこへいくと、彼女は?
生徒会長がわざわざ、空飛ぶ船のうえでハリセンでしばいて止めなきゃいけないくらい、ツッコミが不在なのでは?
彼女はいろんな人と出会い、なんなら助けてもきたのだろうけれど。
じゃあ、彼女は?
「――……」
深呼吸をして、水を溜めたグラスを眺める。
水色に鮮やかに発色したグラスの中で、私が化かした赤い金魚が泳いでいる。
ぱくぱくと口を開閉させているけれど、これは真似事だ。いきものじゃない。そう振る舞わせているだけ。ぬいぐるみやロボットみたいなもの。
狐憑きの彼女は、自分の分身をだし、それがやがて式神になって、とうとうこどもとして命を宿すに至ったという。おかげで育児で頭が回らないのだそう。
なにそれ。
待て。
意味がわからないけど受け入れるとして。
なにそれ。
なんでだれもつっこまないのか。
レンのように嫉妬するなんて発想、ない。
彼女みたいな力が欲しいかどうか、わりといまはどうでもいい。
そうじゃなくて彼女の抜けてるところと、すごさが生み出すダメさ加減とが、浮き彫りにする抜けっぷりとか、なんともおかしい。
なんでだれも止めなかったのか。
彼女の家に行って、現場を見たら「みんなでほっといたら、こんなになっちゃった」とか思いそうだ。
彼氏はなにをやっているんだ。
彼女に負けじと頭がふわふわしているんじゃないか?
もしも仮に彼女にだれもなにも言わないのだとしたら、彼女のともだちもともだちで、類は友を呼ぶような状態になっていやしないか?
彼女からは週末に来てと言われた。ぷちたちと過ごすので手いっぱいだからと。
休んでいるはずだ。本当なら。彼女は。
なのにちっとも休めていないの、しばらくツッコミたい。
言うなれば彼女は、あれだ。
豪雨の降る、かなりきつめの台風が来ている中で「ああああああああああ」って外で叫んでいる、そういう人。
燃えているノノカには悪いけど、私は思う。
だいぶアホなんじゃないかって。
そんなアホな彼女が世界中のシリアスを背負おうとして、持ち味みうしなって、さらには子育てしなきゃとてんぱっている。
「――……ふう」
なに!?
それ!
意味わかんないんだけど!
そんな彼女の御霊になる玉藻の前って? あともうひとりいたよね。柳生十兵衞って?
ますます気になってきた。
あれかな。彼女の身内も派手な御霊が多いというし、能力もすごいというし?
だからみんな、まず自分に夢中なのかな。青澄さんも含めて。
私もすごい速度で走れたら、そりゃあ夢中になりそうだものなあ。
それは私の道じゃないけどね。
できることが魅力的すぎるのも考えもの、という場面なのかもしれない。
彼女は私のキキなのだ。
そう思ったら黒猫に化けて行きたくなった。
いや、ここは狸だろう。
もうね。
いろいろ手伝うつもりで乗り込まないか?
週末と言わず、なるべく早く。
比べてきらっている暇なんてない。
素人考えなので間違っている可能性は大いにあるよ? あるけれども、あえて言わせて。
私が思うに。
彼女にはツッコミが足りていないのでは?
つづく!




