第千七百四十七話
雨が近づいてくるのが見えた。
夜の明かりに照らされて、ゆっくりと近づいてくる。
そんな経験ないので、追い立てられるように早足で先へ。
逃げて逃げて、気がついたら昨日の店にたどりついた。クレハさんが手招きしている。彼は雨が降るのがわかっていたかのように赤い蛇の目傘を差していた。そばに駆け込んで、周囲を見渡して気づいた。
雨が自分を覆い隠すように、周囲から迫ってくる。
まるで彼の元におびき出されたかのように。
化かされた気分だ。
「失礼。主は自然な縁の導きに委ねることにしたようで。今宵の雨だけ、泣かせていただきました」
わかるようでわからない言い回し。
それが似合うのは、なぜか。
顔か。結局やっぱり、顔なのか。
いや、顔を引いても雰囲気イケメン感が漂っている気がする。
それは具体的に読み取ると、なんだ。どう説明できるのか。
わからないけど、似合っていた。
あとは、どうやら玉藻の前に会えなくなったようだ。
その必要がなくなったから。
彼女がそう判断できるだけのなにかが青澄春灯か自分に起きて、彼女はそれを把握したうえで選択したのか。御霊として縁を結んだ青澄春灯が相手ならいざ知らず、自分に関しては?
カラオケの店員と知り合いとか? 結局は人脈の力のなせるわざ?
この雨は彼女が降らせたのか。
宙ぶらりんな私の疑問は?
「こちらを預かっております」
ベストの胸ポケットから名刺とさほど変わらない紙のカードを渡された。
ふわりと香る、彼の香水と、それとは異なる花の香り。
フルーティな感じ。コトネがつける香水に似てる。あれは、なんだっけ。ドレスで着飾るイベントでつけてた、大人がつけるやつ。みんなで弄ったけど、ほんの微かにつけられた香りはとても大人びて見えて個人的にはかなり羨ましかった。
強いて言えば百合かな。
今日の紙には筆ではなく、ペン字で美しく「雨が降れば傘を差す」と記してある。
まあ、そうだ。そりゃあそう。
傘を持っていない自分も、もしもここが現世ならコンビニに駆け込んでビニール傘を買って済ませていた。背丈的に実は雨合羽でも、まあまあごまかせる。足元が信じられないレベルで濡れるから、やっぱり傘を買うけどね。それに差している間はパーソナルスペースを確保しやすくなるし。
「どうぞ。お詫びといってはなんですが、傘をお持ちください。不要であれば宿に預けていただければ、後ほど受け取りに参りますので」
「はあ」
徹頭徹尾、説明はしない。
話さない。会わない。
紙がなかったら、彼女が存在していたかどうかさえわからなくなりそう。
けど見方を変えると、彼女は介入を極力省きたい。
自然にいくままに任せたい。
それって、なんでだろう。
「傘は、じゃあ、ありがたくお借りします。いただくかどうかは、宿までの道中で決めますね」
ビニール傘よりよほど高価で、そもそも量産される類いのものにしては手が掛かっていて、仕立てのいいものだ。悩まないわけじゃないけど、即断即決はなしで。
「ところで紙の内容や、私について、なにか聞いていません?」
「特には。よしなに願えればよろしいかと存じます」
ふわっとしている。
なにも言っていないのと変わらず。
自分ごとの範ちゅうにする気はない。お互いに、それでよし。
会う前と変わらない主張は、けれど紙の知らせと矛盾する。
「なのに、こういうものをくれるわけですか」
「雨が降り、天気を憎むこともありましょう」
傘の下から顔を覗かせて、彼は空を見あげた。
夜に光源が向けられるでもなく、淀んだ曇り空かと思えば、そうでもなく。
雲は疎ら。夜の気まぐれな天気雨は、私の周囲でしか降っていない。
「けれど傘を差すか、軒先に逃げ込まなければ延々と濡れてしまいますね」
「……当たり前のことですよね」
「であれば、当たり前のことが書いてある紙にどれほど意味があるのでしょうか」
そう言われちゃうと、粘りようもない。
じゃあ帰りますと伝えて、傘を受けとる。
そばにある柱には他にも番傘が立てかけてあって、彼はそれを差した。
お気をつけてお帰りくださいねと手を振られる。
あとは帰るだけ。なんだけど、なんだか腑に落ちない。
ゆうべも今夜も狐につままれる。
二メートルは離れた頃だったか。
「雨とはままならぬものですね」
クレハさんがそう呼びかけてきた。
「天ほど遠い存在の気持ちというのは、まこと、ままならぬもの」
お風邪を召されぬように。
そうまとめて、それっきり。
改めてふり返ってみても、彼はやはり手を振っていた。
彼の向かい側の女性はというと、傘を差して今夜も落ちつかない顔で通りを眺めている。
ふたりの後ろにそびえる豪奢な店舗に視線を投げるも、扉が開く気配はなく。
帰るしかないし、入る勇気もない。
傘の紙に塗られた油が雨を弾く。
その音が私の心をくすぐる。解けない謎は後回しにして、雨降る夜を散歩しないかと誘ってくるから、ふっと笑ってお辞儀をした。
とっとこ進め。
とことこ歩け。
舗装された地面に雨粒が跳ねて、足元を濡らす。
靴を化かして黄色くて大きなレインブーツにする。
これで気兼ねなく歩ける。
水たまりをいけ。飛び込め。
大きく足をあげてさげて、ご機嫌にいけ。
ヒヨリはダンスはそこそこしかできないけれど、それと好きかどうかは全然関係ない。
雨の日は歩くことさえ遊びになるのがとてもいい。
冬はたいへんだ。寒いから。やるなら夏がいい。
元気に飛び跳ねると、父は喜んでくれた。調子外れに歌ったときだって。
あれをいつも。そう思うのは、もう二度と父に会えないから。士道誠心に入って、学生寮生活に入って、たまに帰って褒められると、なんだかくすぐったいような、ずれてるような。そういうのがなんだかいやで、拗ねたりふてくされたりした。
わかりやすい気持ちだけで生きていけない。
だから気持ちはままならない。
天気を天の気持ちと読む気はないけれど、天気はいまも人には手出しできない領域だ。観測して、予報を出す。治水に精を出したり、野菜を育てるときの対策をしたりする。
雨が降れば傘を差す。
傘がなければ濡れるしかない。だったら雨が通りすぎるのを待つのもいい。
雨雲をなくそうとか、雨に濡れる人を嘲ろうとか、そういうことはしない。
雨に濡れないために屋根をつける。商店街の上に設置する。そこまではできても、家から駅までの道の上に漏れなく屋根をつけることはできない。また、しない。だって、傘を差せばいい。実現するのに大変なことと、楽なことがふたつ並んでいたら? まず楽なことを選ぶ。
その楽なことが面倒になると? あるいはそもそも楽なことの対象者に入らなくなると?
いろんな状態が思い浮かぶ。
濡れるなら濡れるままにする、と選ぶ人はそうはいない。
霧の都ロンドンではハットにコートを身につけて、多少の雨でも濡れて歩く人がいるという風評を聞いたことがある。けれど、あくまで風評。
ネットの記事によると風が強くて、東京よりも年間雨量が少なく、霧雨も多い。だから傘を差すと危険で、防水加工のジャケットや服を選び、雨が降ったらフードで頭を隠すなどして済ませる人が多いとか。温暖化の影響で傘も流行りつつあるとか。
それにしたって結局はヒヨリがイギリスに行って、雨が降ったときどれくらい人がどういう行動を取るのか見ないことには確かめられないことだ。
ただ、雨との付きあい方にはいろいろとあるし? 雨にもいろいろある。酸性雨なんていうバリエーションだって存在する。
ま、でも、それはそれとして。
雨が降ったら傘を差す。
レインコートもいい。
あまり濡れたくないから。
けど、濡れたらこの世の終わりかというと、そんなことはない。
濡れた服は洗濯すればいい。濡れて貼りつく服の感触との楽しく遊べる付きあい方を私はまだ知らないけど、なにかあるかもしれない。
スコールを浴びるのは実に気分がいい。豪快すぎて。自然すげええ! ってなって。サイパンに行ったときに体感した。
良くも悪くも目立つ青澄春灯。私は直接はなしたことはないけれど、彼女きっかけで行けた場所、できたことはたくさんある。けど、まったく話したことのない人だから、天気に似て遠い。
そもそも人は遠い。
親が相手でも一緒。
だれが相手でもね。遠い。
あまりに遠すぎて、だから雨が降ったら傘を差すだけじゃなくなってしまう。
近くに感じたときに、ついつい強く反応してしまう。求めてしまう。
雨ほど気軽には付き合えない。雨のほうがいい。
だって私には傘がある。洗濯機があって、全自動でスイッチひとつでどうにかなる。
うまく付き合えないとき、どうするの?
イギリスはロンドンだと風が強くて、横風によって雨粒が身体を打つそうだ。霧雨だとしても、傘では防げない。だから防水加工の服を選ぶ。東京よりも雨がすくないからできるのか。
サバイバルをする人たちはどうしているのだろう。
できることを増やせる前提で行動して解決できるのなら、できることを増やす?
じゃあ、それが叶わなかったら?
豊かに。ひとりひとりの負担を減らして。手が届く範囲の人を幸せに。
そのために、手が届かない範囲の人の幸せを奪い、彼らの負担を増やして、貧しく。
それはやっぱりおかしな話で。
なのにそういう道のほうが選択されがちで。
昔みた天空の城ラピュタで、女の子がおじさんに銃を突きつけられても言ってみせた言葉を覚えている。
『土に根をおろし、風とともに生きよう。種とともに冬を越え、鳥とともに春を歌おう。どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ』
こども心になんか響いて。
水たまりができていく。それを踏む。ぱしゃんと跳ねる。
水たまりを踏みたい。飛び込みたい。濡れちゃう靴だとできない。そばに人がいてもだめ。逆に濡れてもよくて、そばにだれもいなかったら、気にしない。広い道路なら。狭い道路とか、そばにだれかのものがあったら別。
水たまりを踏みたい。だけど、それはなにかを犠牲にしてでもしたいことじゃない。
犠牲。それもどこか陶酔を誘う言葉だ。あるいは陶酔を誘って、なにかをごまかしたいときの言葉だ。エモさと同じ危なさがある。そんなフレーズだ。
恋をしたい。
だけど、それでしたくないことや、感じたくないことは拒否するし、だれかに対しても変わらずおなじく、いやな思いをさせたいわけじゃない。
力関係がもしも存在したとして、それを行使するのはね。
女の子のいう「どんなに恐ろしい武器を持っても」っていうところに重なる。
自分に賛同して、協力してくれる人たちさえ含め、命令に従う存在を「たくさんのかわいそうなロボットたちを操っても」っていうところに重ねてみると?
そんなことしても、結局はだめだ。
無理なんだ。
いきものの、当たり前の過ごし方みたいなところから、私たちはどう足掻いても抜け出せない。どこまでも、どこまでも、ただただ、いきものだ。
できることを増やすときでさえ、失敗したり、恥を掻いたりしまくって進むいきものだ。
とっとこ進んで宿が近づいてきて、雨がやんできた。
傘を下ろす。道を通り抜けていく犬の配達員さんが「うえええい!」と身震いをして、盛大に彼の水を浴びた。
一瞬のできごとだった。
やらかしてしまったと気づいた二足歩行のかわいい白い犬のお兄さんが、あわわわと尻尾を内股に丸めて、見るからにかわいそうになるくらいぶるぶる震え始める。
「あ、ああああ、あのう」
開いた口から響く、びびりちらかした声!
「あっはっはっはっは!」
爆笑しながら「気にしないでください。宿ついたんで、問題なし! お仕事おつかれさまですー」と見送る。あわてる背中を見送って、畳んだ傘をぎゅっと抱いた。
なんてまぬけ!
これは防げないわー。
そっか。宝島で雨が降ると、こういうことが起きるのか。
さっさとお風呂に入って、着替えを済ませよう。温泉に浸かる口実ができた。これにノノカたちが加わるかもしれない。どっちでもいいな。
一瞬で済むのならいい。
私にできることで解決できるのなら、それもまたよし。
むしろ、そういうことのほうがよほど少ない。
人の気持ちはままならない。自分のことさえ、ままならない。
雨が降ったら傘を差す。
洗濯物はため込むと大変だから、都度都度洗う。毎日やれば一着二着で終わるから楽に済む。すると土日には、ちょっと手強い洗濯に挑める。たとえばお布団カバーとか、枕カバーとか。掛け布団を干すのもそう。
掃除も似てる。習慣にすればするほど負担が減っていく。片付けだってそう。
刀の手入れも、ハミガキも、買い物も。
フリマアプリで安く済ませる人もいるというけど、なかなか馴染まない。馴染まないなりにやる術がある。外を歩く。商品を眺める。いまどきがどうとか、昔がどうとか知ったこっちゃない。私に似合う方法を選ぶ。私のできないことをうまくやれる人がいても、それは私のことじゃないので弄らない。知りたいことがあって、ともだちにできる子がいたら教えてもらうくらい。
せっせと日常の負担を減らす。
すると?
毎日しなきゃいけないことが減る。できることを増やしたり、育てたりできる。
そんなの理想論で、やっぱりままならない。
だから幼い頃のまま、雨が降ったら傘を差す。
もっとすごい力、もっとすごい手段で雨から身を守ったり。あるいは雨に濡れてもぜんぜんいいようななにかが生まれたりはしていない。
そういうところ、変わっていない。十六、七年じゃ変わらない。
和傘の歴史はどれくらい? 洋傘の歴史は?
人類は雨に対して、どうしてきたのかな。どれくらいのラインであれば、いいのかな。
わからないけれど、雨が降ったら傘を差す。
そうして歩く。
付き合える、という段階が、意外といい塩梅なのかもしれない。
事実、私は傘を差して雨を歩く時間を気に入っている。
◆
やまほどの問題が見えてくる。
青澄春灯の周囲には問題しかないかのよう。
ぷちたちが訴える。お母さんがあれこれ頼む。学校からいろんな連絡がくる。マドカやキラリからも連絡が途切れないし、高城さんからは仕事の連絡がやまほどくる。ナチュさんからだってそうだ。
今日に限ってはシュウさんから連絡があり、体調はどうか聞いてきた。ついでになにかと探りを入れてくる。今日もどこかでなにかが起きているのかもしれない。
教授にウィザード。他にもきっと、あるのだろう。
えげつないレベルの悪党も。気取っているだけで孤独にやられた人も。あるいはどちらもセットのパターンも。
クリミナル・マインドを久しぶりに見返そうと、いろいろ眺めていたら休暇を取る取らないで揉めている人がいた。シーズン1で活躍したチームの大黒柱が去って、彼の後任としてやってきた、彼の仲間のロッシ捜査官。捜査した犯罪や、従軍時の体験、そして学んできた知識を土台にして書き上げているだろう本が売れていて、彼は編集から連絡を受けている。
チームに入って大活躍のロッシは仕事の虫だ。
というか仕事って能力を発揮できて成果に寄与できるほど、のめり込むところない?
ロッシだけじゃなくて、クリミナル・マインドだけじゃなくて、他のドラマでもわりとよく見かける。逆にNCISだと「俺は休みを取っている」とボスであるギブスがさらっと言ってた気がするけど、それもただの逆張りじゃなくて「仕事とプライベートだったらプライベート優先」っていう美学があるからじゃなかったかな。日本だと、お父さんの持ってるふっるいVHSに「二十四時間、休みなしで、死ぬ気でがんばれ」みたいなCMがいっぱいあるけどさ?
ないない。ないわー。
どちらをどう優先するか、バランスをどうするかは自分で選ぶもので強要されるものじゃないし、だから仕事にのめり込んじゃうのとタスク多すぎて忙殺されてるのに職場がなんのケアもしないで「きみがやってくれるからさあ」っていうのとはまったくの別物だし。
ないわー。
ないけど、のび太をぼこぼこにするジャイアンたちのように、先生もかあちゃんもいない場所でオレさまルールがまかり通ったまんまなところが多かったら? そりゃあ「きみ、やるよね。社会人だし」って言ってくるよなー。
いくらでも転べる。転ばないようにするための杖はない。あるとしたら、ごまかしかた。
学んで手を抜く。力を入れるより、ごまかしておく。
だれかがやらかしたら、ここぞとばかりに自分はやってますアピールをするべく「社会人なめんなよ!」とキレ散らかしてみせたりして。
あーあ。
ないわー。
っていうのでごまかせなくなってやらかす犯人を逮捕する回もしょっちゅうあるよなー。
育児もばっちりしっかり、そのカテゴリに入っているんだからさ?
人って業が深いいきものだよね……。
ますます落ち込んじゃったよ。こういうときにはコメディ一択だった。
泣いて笑って歌って恋をして三角関係になってやらかしてやらかされて、結局いい具合のハッピーエンドになる映画を観て、なんか楽になればよかった。
しくじったー。
なのに真夜中にソファで寝転んで、みんな寝ている時間帯に「部屋かえりたくない」って粘りを見せる私、なんとまだ高校二年生。
わあお。
「これからどうなっちゃうのー?」
うつ伏せになってクッションに顔を埋めていってもね。
どうにもならないってことくらいわかってる。
わかってるんだけど、なんとか持ち直したはずのモチベや元気が、午前中だけで軒並み品切れになるのやばくない?
意味もなく膝から下を上げ下げしてソファをべしべし蹴ってみたりして。
いたい。
「あー」
ノノカから連絡が来ていた。
吹奏楽部の仲間と一緒に顔を出したいって。
一緒に演奏しないかーって。ギターへなちょこ未満なのにぃ? って思ったら、私には歌ってみないかっていうの。断る理由もないけど、平日は午後ほぼ活動停止状態に追い込まれているので、土日のどっちかに遊びに来てーって言っといた。
日々、気が回らなくなる。
なのに日々、あれがやばい、これはまずいというなにかが見つかる。
解決するための冴えた見方、みたいなのに人気が集まるのもうなずけるし? そんなの小手先でさえないよなーというのも、しみじみ感じる。
どうでもいいんだわ。
いま、そばにきて、助けてくれたらいいんだわ。
そのためにできるかぎりのことをするから!
みたいな思考に陥っていて、心はずっと赤信号が点灯中。
わかっているのに止まれない。
日常は待ったなしだ。
どんなに大事な子たちでも、剥き出しに感情をわーってぶつけられる時間が続くと参る。
軽くねえぞとか、簡単じゃねえぞとか、そういうのも本気でどうでもいい。
ただただ、ぼうっとひとりを満喫したい。
癒やしになる孤独があるなんて思わなかった。
けど孤独じゃ乗り切れない日常が待っている。
どんなに身構えても、どんなに休んでも足りない。午前中に切れちゃうんだもの。エネルギーが。もういっそ残高無視して、一ヵ月くらい舞浜のホテルに泊まってテーマパークとレストランとホテルの往復だけで済ませたい。
お金持ちか。
あと絶対問題あるぞ、その過ごし方。
そういうことじゃねーから。
「ねえんだなあ」
ぷちたちがゲームやオモチャ遊びでケンカしてわーってみんなで泣きだしたり怒鳴りだしたりすると、もうそれだけで「だれかー連れ出してー」って願うんだけど。
そういうことじゃねえんだなあ。それはそれとして遊びたいけど。
タイムスリップした江戸時代だと、親はふたり、お仕事に出て。赤ちゃんやこどもは、こどもたちの中で頼りになって、そこそこ年を重ねた子に任せていた。現代だと、保育施設や幼稚園がある。だれかに委ね、ついでに遊んでもらおうというだけで留まる場合もあれば、さらに学ばせちゃおうと欲を抱くパターンも。
それぞれできる人、やむを得ずしている人、やむを得ずできない人、そもそもするしないじゃなく一択しかない人。様々だろう。人と書いたけど、願わくば家庭で悩む類いの話題であってほしいし、そう言っちゃうくらいにはこどもと養育者の関係性っていろいろある。
バットマンのブルース・ウェインとシャザムのビリー・バットソンじゃちがうし、それぞれにたいへんなこと、できること、できないことはちがうって話だ。
御珠はまだくさいまま。
ぷちたちが鼻を摘まんで「くっちゃー!」といやがるくらい、変わらない。
隙間時間を見つけて掃除をしているのも、ほんとはまずい。
お母さんがあんまり急いでやるなと言う理由がさらにまたひとつわかった。
そもそも毎日が大変なのに、休める時間にがんばっちゃうと、もうね。エネルギー切れになって、やらなきゃいけないことは残り続けてさ? 単純に負荷が増すんだね。
がんばっちゃだめだ。というか、がんばるがんばらないんじゃあないんだ。
なんていうのかな。
「あああああ……」
思いつかないや。
息を吐いていたらクッションがあつくなる。
なんかもう、いっそこども向けの映画とか見る?
ぷちたちといろいろ見てるけど、わりと途中で眠っちゃう。
お母さんやぷちたちにいわせると、いびきをがっつり掻いているそうだ。
やばい。だけど、栄養が欲しい。心の栄養が! いまこそ、切実に!
ママ寝ちゃって見てないから知らないじゃんって、ぷちたちに最近いびられるんだけど。ねえ。ひどくない!? 寝たのは私だけど! 教えて!?
って、お願いしたら動画を再生してくれるんだけど、まあ漏れなく寝ちゃうんだよね。
しんこく。
この眠気、しんこく。
ひとりの時間になる、この夜にやる気が出ちゃうのも、ずれてる。
早く寝て、朝から夜までを過ごして、夜には一緒に寝ちゃうくらいが理想型。
ただし私の理想は私につらく当たってくるので、うまくいかないことばかり。
「あああ……」
ろくなアイディアも浮かばずに、体育の授業と御霊別授業の連続よりもくたびれた身体を起こして、二階へとゾンビのように進む。
階段をやっとの思いであがったところで、スマホの通知音が聞こえた。
パジャマのポケットから取りだして確認すると、メッセージアプリでノノカが作ってくれた、ノノカとノノカのともだちたちのグループで、彼女たちと私とでやりとりした自己紹介メッセージの下に画像が添付されていた。
満月日和さんという狸が憑いてる子からで、ペン字でなにか記された紙が映っている。
タップして表示してみた。
「雨が降れば傘を差す?」
そりゃそうだろ、と心の中でツッコミを入れる。
いやいや。そうじゃないだろ。なにか意味ありげだよ?
じゃあ、どんな意味があると?
わからん。
とりあえず字が綺麗。はちゃめちゃに美しい字だった。お手本にしたくなるようなレベル。
考えようと天井を見上げたけれど、頭がまったく働かない。
「……あしただ」
なんかもう、健やかに眠っていてくれるだけで感謝の塊みたいに思えてきた。
もっといろんな段階がきっとあって、だけど私はどこまでいけるかとても不安。
愛は。まごころは。
もしもそれらは育てるものだというのなら、どこかに教科書はありませんかね?
ないので今夜も寝転がる。
たくさんのぷちたちと寝るとき、がんばってくれるクーラーがぬくもりを心地よく感じさせてくれるお助けアイテム。でも、乾燥するとぷちたちは私よりも簡単に風邪をひき、ひどく熱がでてしまいかねず、するとぷちたちがもうつらくてたまらなくなっちゃって私もいてもたってもいられないので、しょっちゅうは動いてもらっちゃあ困るわけ。
冷感シート、タオルケット。それらじゃまだまだ物足りない。
最近の私、わりとがちで巣作りに奔走してる。
つづく!




