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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百四十六話

 



 食後に風に当たりに散歩してくるといったら、だれも止めなかった。

 ノノカやイチゴが「一緒に行ってもいい?」と尋ねてきたから「だめー」とゆるく返す。


「そういうんじゃないから」


 それでふたりは留まった。

 結局のところ、茜原の一件で心配してくれているのだろう。

 それに噂が広まって、振ったその日にヒヨリが夜中の街を楽しそうに歩いていたら、それだけで軽口を叩くノリで悪口を言う人もいるだろう。

 どうでもいい。

 たとえばクラスで影響力や発言力がある人が苛ついて、バッシングをしてきたら? 非常に面倒だ。けど、二組でいえばコトネがその立場に堂々と君臨している。となれば男子がどう反応するかだけど、泉が茜原にやめておけという態度が大半を占めているし、だいたいがあまり興味をもっていない。なにせ、何度か振ったあとだから。

 ふたりもちゃんと知っている。だからヒヨリを心配しているのだと思うのだ。

 夜を歩く。

 歌えないのがもったいないくらい、未来のナンバーは素敵だった。

 まだ夜七時くらい。ぜんぜん早い時間帯なので、もう一度カラオケに顔を出して、同じバンドの曲を探してみたい気持ちに駆られる。

 退店前に、せっかくの場所でやられて悔しくて、調べられる限り調べた。

 たとえば「Stand By You」とか「Universe」とか「I LOVE...」とか。このあたり、イントロとサビを確かめて、ぐっときた。やっぱりヒットしているっていうだけで目印になる。

 飲食で言うなら? 看板か、定番メニュー。

 そこで奇妙なものは出さない。だれでも食べられるか、ジャンルの王道を選ぶ。好きな人なら食べられるメニュー。

 ランチやディナーのA、B、Cのみっつの定食を用意したとき。

 Aがホヤの刺身丼定食。Bが小魚の躍り食い丼定食。Cが世界一の干物を目指して作ったら世界一くさくなったくさや定食。こういうクセの強さはいらない。

 普通にハンバーグ定食とかエビフライ定食とか焼き魚定食とか、刺身定食とか、ラーメンと唐揚げとご飯セットとかでいい。麺類とセットにするにしても、その麺類も王道でいい。

 なのでアマチュアの自分にしてみれば、仮に音色で遊びたくて、テルミン四重奏の曲を入れたいとしても、アルバムのシークレットにこっそり入れるくらいでいい。それか、曲のどこかに心地いい遊びの刺激として混ぜてくれたら、それでいい。

 特徴。あるいはクせ。

 がらりとなにかを変える力を持っていて、存在感を放つもの。それ単体で食べようとすると、刺激的すぎて慣れなくて好き嫌いが激しいのでなく、だいたいの人がまず敬遠してしまう。

 特徴もクセも、警戒してしまう。

 目立つこと。なにかがあるかもしれないと思うようなもの。いつもの日常にないこと。

 緊張する。けど、旅先で、あるいはふと気が抜けて緩和したら?

 おもしろくて、笑えちゃうことさえある。

 緊張と緩和。

 旅先で普段は緊張で済ませることも、緩和させてしまえば楽しいからと遊ぶのが楽しい。

 それはたとえば飲酒もそう。

 居酒屋でお酒を呑み、大笑いをしたり愚痴ったり熱をあげて話したりしている人たち、緩和を楽しんでいる。お酒そのものを楽しんでいる人よりも、緩和を楽しんでいる人のほうが多いような気さえする。それに、おいしいお酒、おいしいおつまみ、料理があれば? 緩和はますます盛りあがる。

 居酒屋で福引き的なメニューを提供してゲームをしてもらうのもそう。

 系列店の中で実験的にショー形式の居酒屋があって、面白いから見学に行っておいでと店長に紹介してもらって、バックヤードで見せてもらったり、ソフトドリンクで早めの時間帯にご飯をいただいたりしたけれど、非日常の演出もある意味、緊張と緩和。

 遊ぶのもそう。

 なら、片思いは? 相手と接する、ふとしたきっかけが緩和。だけど相手が好意を寄せてくれるとは限らない。好意があっても、ともだちどまりかもしれない。

 されているほうからしても一緒。ともだちとして、緩和できる機会で、相手が片思いをしていると気づくとき、緊張する。ううん、と思う相手だと? やっぱり緊張する。

 緊張にはいろいろあるけれど、いずれにせよ身も心もぐっと固くなる。それって地味に疲れる。緩和がセットならいい。お誕生日のケーキのロウソクを吹き消すときみたいに「ぜんぶ一度にけすぞ」と決意するも「ああでも消せなかったらどうしよう」と緊張する。吹いた結果に気が緩み、達成したら、緩和する。

 もうお誕生日のケーキなんて、やらない。こどものときにやったきり。お父さんはもういない。その緊張は、緩和しがたいように思える。

 だけど実はノノカたちが祝ってくれた。ケーキを買って、ロウソクを立てて。みんなでやるぞとイチゴが提案してくれて、ミユウが絶対にロウソクは年齢分なと妙なこだわりを見せ、アヤネ激推しの都内のケーキショップで買ったケーキでみんなでお祝いした。

 そういう緩和の仕方もある。

 緩和の手段を限定的にするほど、達成が困難なものにするほど、緩和できなくなって、夜はぐっすり眠りにくくなるし、遊べなくなっていく。枕を涙で塗らせるならマシで、ただ普通に寝つけなくなる。やっと眠れても、浅くて夢を見る。しっかり眠れないと身体も心も疲れが癒やせず、だんだん夢見が悪くなっていく。機嫌も合わせて低空飛行。頭痛もするようになるし。ご飯もおいしくなくなっていく。

 それでも緩和できないときがある。

 茜原がヒヨリに片思いをしつづけたら、その思いは緩和できない。彼が片思いをし続ける限り、ヒヨリは緊張し続ける。

 お母さんはそれがつらくてヒヨリを置いて、お父さんの元から去ったのか。ふたりはいつ別れたのか。わからないけれど、ふたりにしか理解できない緊張があって、達成できない緩和があったのか。

 なぞ。一切が、なぞ。

 身も蓋もないことを言うと、決着がついたヒヨリはもう気楽なものだ。

 けれど心の内で、ヒヨリへの気持ちに頼った茜原のいろんな緊張は、ヒヨリに振られたことで再び茜原の心に降りかかる。その重さも相まって、失恋は痛くて泣けるのかもしれない。


「失恋かあ」


 夜の街を歩く。

 歓楽街はだれもが浮かれている。

 お父さんが好きだった。お母さんが歌っていたという丸ノ内サディスティック。

 きわどい歌詞があるよね。毎晩絶頂に達して居るだけ。

 夜遊びの相手を求めていくお店もあるのかもしれない。そういう緩和の仕方もあるのかも。

 毎晩寝具で遊戯するだけ、とかね。

 寝具をひらがなにして、それを英語に変えると毎晩歌って遊ぶだけって感じがして楽しい。

 他にもダブルミーニングとして読み取れる部分があるぞとネットで解説しているページをいくつか見た。いろんな解釈を見たし、そのどれであろうと構わず妄想する。

 身体を。心を。

 重ねて願う。救ってと。

 人って、だって、緊張する。

 他人というのが、自分を緊張させる。

 愉快だ。なのに他人というのが、自分を緩和してくれる。

 なのに緩和できる人だと思っても、緊張させてくることもある。

 逆もまた、しかり。

 茜原からしたら、ヒヨリは告白してから、どんどん茜原を緊張させてくるように見えたかも。

 ヒヨリからすれば理由は明白だけど、茜原からしたら理解できないところもあったかも。

 そういうことも、ある。ままある。

 しかも時が流れる。

 学生でいるうちって、年齢と、数字を意識しまくるものだと店長がよく弄ってくる。卒業して、社会人になって、だんだんと意識するイベントが減って、どうでもよくなっていったり。あるいはそもそも意識せずに済んで楽になったり。逆にはちゃめちゃに意識しまくったりするという。

 大学生のお姉さんの先輩は「一回り上のバイトの先輩から聞いたけど、三十前に結婚するのが当たり前だった時代があるんだって」とぼやいていた。晩婚化。そもそも結婚する人の減少。そもそもそんなに余裕のない時代に、さらなる緊張を。

 ろくでもないな。

 好きに働いて、好きに遊んで、好きに休んで。そういう緩和しかない人生っていうのは、まずない。緊張がどこかに待ち受けているから、緩和の手段がいくつもほしい。

 だから人は旅をする。おいしいものを食べ、身の回りを綺麗にして、歌ったり躍ったり、ゲームをしたり本を読んだり映画を観たり、ネットで投稿したりする。団らんしたり、だらだら話したり。そうして緩めていく。

 写真を撮ることを覚えたら? 日常の景色を見るようになる。いつでも撮れるように備える。スマホのカメラだって全然いい。日常に緩和の機会がぐっと増える。

 ともだちも、恋人も、夫婦もパートナーも、そういう感覚が合う人を選ぶ気がしてる。たぶん、もしかしたら。

 ゆるんでいる顔をしてリラックスしているふたりのテーブルに料理を運ぶのはいい。

 険しい顔をしたり、身体が緊張してこわばっているふたりのテーブルに近づくのは気まずい。

 片方だけがリラックスしているのはだめ。片方だけが笑っているのもだめ。

 そういうの、伝わる人には伝わるし、伝わらない人には伝わらない。

 伝わらない理由はちゃんとある。探せば必ず見つかる。

 茜原にはいまはまだ伝わらないけど、いつか、もしかすると伝わる日がくる。茜原が望み、過ごせば。

 ヒヨリは変えない。その気がない。いまの茜原が求めることじゃない。だからしない。伝わったとして、だから付きあうとはならないし。それはいつかどこかでヒヨリが片思いをして振られる相手からみたヒヨリにも言えること。

 おまけに伝わる必要も、ない。すくなくともいますぐ変わらなきゃだめなんてことない。緩和させていかなきゃ、ずっと長いこと自分を苦しめ苛む緊張は緩和できないもの。

 遊びながら気づいていければいい。

 休みながら気づいていければいい。

 それがむずかしくて、だれかに願っちゃうの、わかる。

 すごくよくわかる。

 そういう風に思っちゃうヒヨリが茜原と一緒にいたら、どれほど支配したがるか想像できてしまって、きつい。

 ゆるめるふたりがいいね。

 あそべるふたりがいい。

 やすめる繋がり方がいいよ。

 言葉じゃなくて、だけど言葉も大事で。

 なにかだけじゃだめ。ただそれだけが、むずかしい。

 緊張が多いほど、緩和させてくれるものを願う。だから緊張しているときは、いろいろと雑になってしまったり、余裕のなさに飛びついてしまいたくなる。緩和できなくて緊張ばかりが続いてしまうのに、執着してしまうことさえある。

 東京にきて、いろいろと緊張することばかりが増えていく。緩和の瞬間がないわけじゃない。音楽がよりどころ。歌うことで絶頂へ。なのに東京の生活は絶頂漬けにはさせてくれなくて、買えない夢も面倒な税理も自分をさせるばかり。

 すると今度は音楽にさえ、緊張が生じる。自分の楽園にどうか緩和を。

 茜原にとって、ヒヨリの選択こそが緊張の源。そう彼が思って、ヒヨリの選択をどうにか変えようとあがくほど、ヒヨリにとって茜原の存在は緊張の源へと変わっていく。

 そうなる前に、離れる。

 だから人は永遠の誓いを守り抜くことよりも、別れることを選ぶ。

 そのとき、こどもがいることもある。

 ここで話者によって内容は変わっていく。

 ヒヨリの立場でいえば?

 外向けにはどうってことないとかいうかもしれない。母親はいると言える相手には言うかも。

 処理しきれていない心の中では「でもふたりがケンカしたり、悲惨なことになる前にどうか離れて」と思うし「ふたりの気持ちなんて、そんなのどうでもいいからヒヨリのためにそばにいてよ」と思いもするし。ヒヨリの願いで引き留めて、仮にふたりが悲惨な事件でも起こそうものなら、たぶん一生かけても治らないくらいの傷を負う。心には、必ず。もしかしたら、身体にも。

 結局、人は緩和できることに限界がある。

 それはだれにでもそう。

 本人にとっても周囲にとってもお店にとってもいいお酒の飲み方ができるのなら、どうぞどうぞ。今日もお店にいらっしゃいと誘う。悪いお酒の飲み方になってしまうのなら、どうかまずは自分のために、休んでから来てねと思うし? 願う。

 憂さは遊んで晴らして。

 遊びで晴らせるように、まずは休んで。

 そう思ってきたけれど、茜原とヒヨリの関係性じゃむずかしい。

 一緒に居るというだけで、お互いに緊張してしまう。

 限界だった。

 だから茜原は歌ったんだ。「Pretender」を。

 ヒヨリにしてみれば、いやいやおまえってつっこむところがやまほどあったけど。

 いい。いまの茜原の精いっぱいだってわかるくらい、ともだちとして大事に思ってる。

 言わないけど。伝えないけど。

 混乱するだろうから。緊張がまた増えてしまいそうだから。

 私は私で夜をいく。

 自分で曲を探していたときに、見つけた未来のユニバース。

 歌詞にあった。

 人は簡単にだれかの侵略者になれる。理想や永遠を語って。愛や正義を武器に、身勝手にエモさをかもしだしながら、相手に台本を押しつけてくる。

 それはゆるくない。遊べない。休めない。

 それじゃ生きにくいよね。

 見てればわかるよ、茜原。私も一緒だから。

 弾むままに跳ねて進む。めいっぱい大きく手足を振っていけ。

 なんといっても心の中にある台本は、自分にしか覗けやしない。

 だれかの心に眠るスコアは結局、見つけられない。

 音を出してくれなきゃわからないし、いちいち止めて「ちがう」と怒られても困る。

 お互いに音をだして、重ねてぶつけて戸惑って笑って、そうして生きるのが精いっぱい。

 つらい相手となんて、セッションしない。したくない。したくてもつらい相手とは続けられない。できなくても話せる人とじゃないと話せやしない。

 それじゃ困るから、いろんな専門家がいる。いろんな制度を作ったり、変えたり、直したりしてる。間に合わなくて、いまもどこかで赤点だと押しつけられてなじられて生きるのがつらくなってる人がいる。そういう人をなじるだれかは、その人が緊張のもとで。でも、なじられる側にとっては大勢のひとりひとりや社会がそもそも緊張のもとで。

 緊張してたらうまくいかないんだ。なんでも。しくじる可能性が増すんだ。

 なのにがんばろうとしたら、ますます緊張してしまう。

 それは人を遠ざけたり、暴力で狙われたりする。そうでなくても、人をたやすく殺すだけの力がある。

 お父さんは苦しんだ。さみしかったし、つらかったはずだ。

 自分がいたとき、お父さんも、お母さんも、つらかったのだろう。

 お父さんを救うなにかをお母さんに求めたところで、ヒヨリにできる緩和はない。ヒヨリに求めなければない。だけどたかがしれていて、結局やっぱりお父さんがお父さんに求めるとして、それにも当然、限界しかない。

 お金と一緒。

 それは栄養。

 栄養が足りていないから、栄養がほしい。なのに栄養は、いまないものをやりくりして増やせという。不可能だ。いまより増えることはない。まず、ない。いまの栄養でやりくりしながら、育てていけるくらい安定できればいい。けれど、足りない量が水準を下げていくほど、安定なんてほど遠くなってしまう。

 緩和は栄養。

 だから身動きが取れないとき、休む。

 まず、休む。

 それだけじゃもちろん足りないからこそ、めいっぱい休む。

 自分を追いつめずに、ちゃんと遊べるようになるために、とにかく休む。

 お父さんを救うには、足りなかった。

 あまりに足りなすぎた。本当に多くのことが。

 茜原はまだ、休める。遊べる。仲間がいて、ともだちがいて、相談できて、協力してくれて。だから、ひとまずもうすこし、だいじょうぶ。泣くだろうけど。一緒にいてくれる人たちがいるだろうから、だいじょうぶ。

 ヒヨリも負けじとだいじょうぶ。

 いまのところだいじょうぶそうじゃないのは、ノノカから聞く青澄さん。

 それをヒヨリがいま考えるのは、気晴らしだし、遊びだし、そうして気を紛らわせたいし、それくらいには参っているから。できることがあるのはいい。意識を逸らして集中できることがあると、助かる。

 狸のお店を数える遊びをしながら、大通りをいく。

 お酒が飲める年になって、けっこう飲めるとわかったら、未来の自分は居酒屋をハシゴするのだろうか。接客や料理の研究というより、食いしん坊だからお店を回るのは好きだ。幸い、うちのグループは食いしん坊が多いので、食い道楽は趣味のひとつ。

 さすがに仕入れ値がどうのとか、どこから食材を調達しているのかとか、そこの業者の評判はどうとかまで詳しい話は知らないし、わからない。本音をいうと、そこまで興味もない。

 あるのは、おいしいっていう満足感。

 そこに至るまでの緊張と緩和。

 どきどきする。

 恋も一緒なのかもしれない。

 まずくっても、あーあとふたりでゆるくらくに流せたらいい。笑い話にしたり、ネタにできたらいい。

 できないとき、どうする?

 緩和の手段、どれだけ浮かぶ?

 ヒヨリは正直、ぜんぜん知らない。だから茜原の緊張を緩和する手段もわからない。茜原が緊張させてきたときの緩和の手段もまるでない。

 いまのはヒヨリと茜原の話だけど、ノノカに聞くかぎり、青澄さんは相手を世界のあらゆることにしかけているみたいで、そりゃあ出口のない緊張まみれの世界に飛び込むようなもので、つらいだけだよなあと感じる。

 緩和できない。人の数だけやまほど必要になるのに。むりむり。

 彼女は学校を休んでいるけど、気持ち的に休めていないんじゃないか。

 もちろんいましていることを止めることと休むことはイコールじゃない。

 休もうとがんばらなきゃいけないのなら、それもうだいぶ抱え込んでいる。緊張を。

 ヒヨリはいま、荷を下ろしている。

 そうしてやっと、できることを増やせるくらい、やりくりできる栄養が見えてくる。

 たくさんの荷物を抱えていると、それはできない。

 物理的に必要なことがあるのなら、それと付きあいながら下ろせる荷物を下ろしたり、一緒に持ってくれる仲間と連携したりできればいいけれど、それさえやっぱり緊張まみれだとわからない。

 ぼうっとして、手元が狂って包丁で指を切ってしまって怪我をするときみたい。

 あのぼうっとしている状態だと、なにがなんだかまるで頭が働いていないし、心もぜんぜんうごかないでいる。

 それがずっと続くようなものだ。緊張まみれで余裕がなくなるっていうのは。

 どうにかしてよと駄々をこねられるだけマシな気がするけれど、ちがう。良し悪しだ。

 茜原は男子たちに協力してもらい、恐らくは事前に何度か通って、あの店で歌を練習して、とうとうお披露目した。何人かに囲まれている中での彼の振る舞いは、ヒヨリにとっては暴力。

 激しくしんどかった。本音をいえば。

 そういうとこなんだよ、茜原ってぶち切れる可能性もあった。

 耐えてしまった。いいかわるいかは別にして。そう。大勢がいると、あそこで感情的にはなりにくい。そういうところに計算しているっぽいのも、それって結局は自分のためでしかないところも、徹底的に姑息で無理。

 だから夜を歩く。

 そんな荷物はさっさと放り捨て、下ろしてしまって、ほんとに簡単にできる数え遊びから始める。

 これ以上、きらいにならないために。

 これ以上、緊張する条件を増やさないために。

 さっさと考えたり感じたり悩んだりうんうんいったり、ほんっとあいつさあ! とぶちぎれる前に、とっとと「遊ぶぞー! 自棄遊びじゃい!」と切りかえる。

 緩んでるから。区切りをつけて、これまで緊張していたときのぶんだけ。

 あふれてくるのは、きもちいいことばかりじゃない。

 自分にやばさがあるんだとちゃんとわかったうえで、それでも明日を生きるため、今日を楽しく乗りきるために、満月日和は遊ぶのだ。

 今夜あそべたら、明日はもっと遊べる気がする。

 今夜むりなら休んだほうが、明日からすこしずつ楽にできる気がする。

 だから、こんな夜だから。

 真っ赤な零点の私のままで、どうぞひとりでいさせて。




 つづく!

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