第千七百四十四話
食堂に集まって、朝食を取る。
男子もいる。だからもちろん茜原もいる。泉とふたりで話している。
がやがやしているけれど、こういうときに獣耳は困る。聞こえちゃうから。
「おまえさあ。悪い粘りの見せ方してるって」
「泉に言われたくない。北斗の子とは、その後どうなんだよ」
「だめ。結ちゃん、がちで高嶺の花だわ。本気でいって、大けがして一生ひきずるタイプの子な」
「アイドル相手は無理ですか」
「そういうことじゃあねえよ。そういうことだけどよ」
「なにが」
「ああいう子がアイドルになるのかもなってこと。ついでに言えば、なっていようといまいと彼女は俺には高嶺の花。そういうとこだぞ、茜原」
「なにがだよ」
「俺が思うにヒヨリちゃんも高値の花ぞ? お前のガチじゃ無理よ」
「うるさいなあ。泉に言われても説得力ないし」
「ばっかおまえ、ひとりに重たいお前と、かるぅく大勢に声をかけて振られる俺とじゃあ、どっちが女子を見てるかって話だよ」
「意味わかんない」
「だからあ。お前の話を聞いてるとさ? 彼女はお前にともだちでいてほしがってるって言ってんの」
ヒヨリにもよくわからない。
ただ、茜原の思いは泉に筒抜けなようだ。
あと当事者じゃないからか、意外にも泉にはヒヨリの態度が伝わっているようだ。
「ヒヨリ。あれ、ほっといていいの?」
「ばかどもめ。愚民は聴衆の中で噂を話す。大声でな!」
「ちょっとアヤネちゃん。口調が女王さま」
「るっさい野郎はきらいなんだよ、あたしは……こちとら朝から血が足りないってのに」
「背中さするから。ね? おちつこ」
「コトネ、すまねえ……あたしはもうだめだ。お前の鰯をくれたら元気がでるんだけどなあ!」
「なにほざいとるんじゃ! おかずはやらねえ!」
「ちっ。コトネがなまるときは本気の証」
なにをやっているのやら。
ヒヨリと同じ部屋に泊まる、ふたりの会話も軽めのあいづちで流す。
先に声をかけてきたのは、鷹居コトネ。親が広島出身の、吹奏楽部のトランペッター。枝毛一本なく丹念に手入れされた長い髪と、日頃のおとなしさ、面倒見の良さが育ちがよさげに見えるが、感情が揺れると方言がでる。実はかなり気性が激しくて、キレると怖いし、ヒヨリの部屋のメンバーの中で一番、いや吹奏楽部のメンバーの中で一番、華がある。泉を筆頭にするちゃらい連中が漏れなく玉砕済み。コトネはモテる。というか、モテてた。キレたときの暴れっぷりが怖すぎて、噂は一気にちゃらい奴らに広まり、声を掛けられることがぐっと減った。
対するのは、吹部でトロンボーンを吹く稲鶴アヤネ。コトネとは金管パートで仲良くなったそうだ。口調が乱れがちで、がさつで乱暴。目つきも常に悪い。あと、音に非常に敏感だ。手も足も出るタイプで、好き嫌いがかなりはっきりしている。あと、ちゃらいのをきらうキャラ付けが最近のアヤネの趣味みたいだ。食いしん坊でウエストが年相応の標準に留まっているが、腰回りからは想像できないくらい胸がビッグ。小さい頃からだとかで、かなり目立つ。肺活量もなかなかのもので、吠えるとすごい。
ふたりはどちらも侍候補生。だけど剣術がだめ。むしろケンカ上等とばかりに拳でいくのが好み。おまけにどちらも獣憑き。コトネが猫で、アヤネがネズミ。加えてヒヨリが狸なので、三人でいると獣感がひどい。
ノノカはちがう。刀鍛冶で、獣憑きじゃない
あと、他にもいる。
「朝から泉くん、元気だねー。茜原くんも」
「きもいコンビ」
「見た目は普通じゃない?」
「恋愛したくて、だれかを振り回そうとするところがきもいコンビ」
「わーお」
間延びした口調で語るのは、ユーフォを吹いてる亀浜イチゴ。髪の毛を鮮やかなピンクに染めている。けど、髪が伸びてきて根元の黒が目立つ。本人は気にせずヘアピンで束ねている。かなりの気分屋で、のんびり屋。柔道部に所属していて寝技最強。組まれたら負ける。中等部時代は弓道部にいて、弓もかなりの腕前だという。小麦色の肌をしていて、日焼け好き族。夏は彼女の季節だ。運動が好きなのに、運動部ではなく吹部に入ったことで、イチゴが去年いた一組ではざわついたそうだ。中等部からそのまま高等部に来た組だし、彼女は気にせず「やってみたいから」と選び、続けて、頼りになるメンバーになっているところに、イチゴらしさがある。
なら、切り捨てる発言を続けるのは? サックスを吹いてる茄子田ミユウ。侍候補生で、猿にまつわるなにかが御霊なのだとか。ヒヨリと同じく小柄で、ヒヨリより若干だが背が高い。舌鋒鋭い、というより単にきつい。ついついそのきつさに気持ちよくなってしまうと? うかつに傷つくスイッチを押してしまいかねない。そういう機微を知らないわけじゃないけど、彼女もアヤネと一緒でちゃらいのがきらいなタイプ。アヤネがポーズなら、ミユウはガチ。なすだみゅーと小学生時代のあだ名を喜んでいた頃に、ある男子のやらかしで傷ついてから、ずっとそう。
ミユウがきついことを言うときは、できれば話題を変えたほうがいい。そういう知らせだ。だからイチゴが目配せをして、ひとりでもくもくと朝のそうめんを啜っていたノノカが口を開く。
「朝から聞くのはハイカロリーだよね。ノノカも気になるけど。ヒヨリの気持ち」
「変わらないねえ」
ノノカにする返事は、これまでと一切かわらない。
ヒヨリの返事をもって、話題は終了。ならばとノノカが、例によって例のごとく青澄春灯の話題に持っていく。刀鍛冶の話題、新技術の話題。ノノカのメインテーマは最近このあたり。流行うんぬんより、二年生の有名人の話より、ノノカの悩みに付きあう意味で、四人とも耳を傾ける。ある程度はラフに。
朝はみんな、あまり強くない。
ヒヨリはそうでもない。
だから耳を澄ませつつ、考える。
変わらない。
たとえば茜原がヒヨリの問題を解決しようと、アニメや映画のヒーローみたいに活躍しようと、結論はいっさい変わらない。それも事前に伝えている。
振るときは、ちゃんと全部つたえるべく挑戦した。
先手を打ったともいう。あわよくばな期待を胸に、茜原が余計なことをしないように。茜原が期待して、うまくいかなくて傷つくまえに。
現状では言っておいてよかったなー、と。なにせ、言っておかなかったら、榛名ホノカと、彼女に対する自分への彼の意見は変わっていたろうから。
彼の打つ手をことごとく潰した。容赦なく。そこまでするほどの人間でもないぞ、自分は。そう思いはしたけれど、下手に卑下して刺激するのも問題だろうから控える。
問題があると知ると、それを解決することで、なにかを得ようとする。
遊んでいて痛感する。
人にはきっと、そういうところがある。
求めるものに問題があると? それを解決して、求めるものを得ようとするのもまた、自然。
だから断言しておく。満月日和の問題は、茜原にとって関係なくて、繋がったところで得るものはないぞと。伝えておく。
報酬になる気はないし、その気もない。ヒヨリの問題を解決したところで、彼に対してともだちまでがいいなあと思う部分は変化しないのだ。そういう見方をしちゃう相手が彼の隣に居座るのも、彼にとってはよくないとしか思えない。
それでも切りかえられない、切りかえにくいなにかが恋心にはあるのかもしれない。
不思議だ。
ただ、人の心は報酬にならないし、支配の理由を報酬にするのもどうかしてる。本気で遊べなくなってしまうし、強制的な理由を設定したら、それだけで「いつ裏切られるのか」とひやひやするのではないか。
父が母と一緒にいられず、別れてしまった理由を思い描く。
わりとおとなは永遠の誓いを破る。
いや、むしろ破っていい。一緒にいてケンカが絶えなかったり、疑心暗鬼になって攻撃的に接するばかりになるくらいなら、一触即発の事態になる前に、怒りやしんどさが憎しみに変わる前に破ったほうがいい。
そう思うから、納得できないこともそりゃああるけれど、そういうものだと考えている。
そのぶん、父の寂しそうな顔も、自分が足りないと感じるあらゆるすべても、再現する気はない。だから、軽く付きあうみたいなことをする気も起きない。
加えていうと、やっぱりじっさいモテないし。
疑問ではある。
あと、落としどころが見つかればいいなとも。
モテていた頃のコトネの振り方は正直、容赦がなさすぎて。それに自分が真似できる類いの振り方でもなくて、却下。どう伝えたらいいのかわからなくて、定番に頼ったこともある。さんざん迷って「好きになってくれてありがとう」とか「その気持ちはうれしい」とか「だけどごめんなさい」とか、そういう決まり切った言葉をここにいる仲間たちに教えてもらって、なるべく気持ちを込めて伝えた。
茜原は、でも、まだ飲み込めていない。
時間がかかるのかもしれない。
そういう体験をしたことがないから、よくわからないけど。
自分も茜原のように、だれかを思って、一方通行に苛まれたら? 彼のように引きずるのだろうか。理屈を並べることはできるだろうけど、きっと足りなくて、どうにもできないのだろう。
どうにかなるなら、人は苦しみとさよならできるようになっている。
そうはなっていない。
そのせいか、どうにもならなくて、人はおかしくなる。
おかしくなってしまう。
そうなる前に、休んだほうがいい。遊んだほうがいい。
茜原もそうだ。
気持ちをどうにもできないのなら、ヒヨリを忘れたり、きらってくれたりしたほうがいい。
それがたやすくないから、おかしくなってしまうのだけど。
ノノカが「彼女はさ。なにか大きなことをしたがってる気がするんだよなー。でも、それに応える刀鍛冶って、なに?」などと言っているから、ふと思う。
彼女もまた、茜原がヒヨリに執着するように、恋をしているのだろうか。
自分の求める形になってほしいものに、下心が暴走しちゃっているのだろうか。
だとしたら、玉藻の前はヒヨリになにを求めているのだろう。
彼女を遊びに誘うこと?
それとも、組織のことを踏まえて、彼女の悪役になること?
それっぽい人はおおぜいいたみたいだ。
基本的に楽しいことが多いし、どんなに願っても体験できないことばかりだったから、彼女を中心に起きたことについてヒヨリは肯定的な立場だ。もちろん、人によっては否定的になる。ここにいるメンバーでも、意見は分かれている。当然の話だ。
特に人生つらくてガチなんですっていう感じの人に襲われたり、振り回されたりする事件では、自分の問題を刺激されてつらくなった人もいたはず。
そういうんじゃあ、なく。
うちの組織のように、もっと遊びに全力な、そういうライバルになってほしいとか?
どうかな。
どうだろ。
噂話や評判を聞く機会しかない。
御霊別授業で一緒になっても、そもそも話すきっかけがない。同じ妖怪クラスでの授業でも、彼女はともだちと集まっていて声をかけるきっかけも理由もまったくないものだから。
彼女の歌も、特別な興味があるわけでもない。サブスクを通じてダウンロードして、たまに聞いているけど、他のアーティストと同じで新譜がきたらすぐに乗り換えるし、それまではちょいちょい聞くくらいのお気に入り度。
なにせ時間が経とうと、新譜にまみれようと、ずっと聞き続けたくなる曲って一年に一曲でも出会うことができればいいほうだから。
そう考えると、音楽の世界って過酷だ。あるいは芸術の世界?
昨夜はスプレーで絵や記号をめいっぱい落書きした。やがて消えるいたずら用のスプレーだ。茜原が組織からレンタルした遊び道具は、消しやすい専用塗料入り。
世界中に突如として出現する壁画アート。
あれ、本来は迷惑がられる人たちとまったく同じことをしている。名前が売れて、価値がついて、だけどその前から風刺が効いていて、しかも無許可でこっそり塗られているという。
謎のアーティスト。それはひとりか、はたまた集団か。
それに類することをしている人は他にもたくさんいて、保存されているベルリンの壁を素材にする人さえいる。風刺をさておき、現代でも美大があって、アートは生き続けている。けれど、名だたる美の巨人たちに名前を連ねる人はどれだけ残るのか。すくなくとも、生きているうちはわからないかも。百年、二百年後にわかることかも。
音楽も、アートも、代謝が激しい。毎日はがれるかさぶたのように、落ちていく作品たち。それを生み出す数々の人々。裸身でペイントしたり、砂で描いたり、塗料を投げつけたり。
壁画アートも認められず、受け入れられなければ、ただの落書き。
なんにも知らず、迷惑だと思う人に汚れとしてみなされ、落とされるのがオチ。
そういう世界で、足掻いちゃってるのかな。遊んでいるのかな。それとも、居るのかな。
そう考えると、会ってみたい気はする。
ただ、特別な興味があるわけではない。
強いて言えばノノカの付き添いでついていくくらい?
セッションするほうが、ずっと手っ取り早い。
彼女のノリがどんなか、一緒に音を楽しむ方が、手っ取り早い。
「そんなに悩むんなら、ヒヨリたちで押しかけていって、バックで演奏するから歌ってもらったら? そのほうが、どういう人かわかるんじゃない?」
「はあ? ちゃらついてて彼氏とお盛んな女の後ろでえ?」
アヤネが心底いやそうな顔をするが、ノノカは「みんながその気なら」と色気を出し始めた。
吹部の担当楽器以外に、他の楽器を使える子がいる。ちょいちょいと。高等部で楽器をはじめたイチゴさえもだ。まあ、そんな簡単なものじゃないから、過度な期待はお互いになしってことにしているけれど。
たまにここにいる六人で合わせては楽しんでいる。
ノノカが一番手広い。けど、ノノカの専売特許というわけではない。
そういう遊びに仲間をひとり増やそうというのは、かなり刺激的な提案だ。
コトネがアヤネをなだめつつ、イチゴと目配せしてノノカに賛成する流れを作ろうとし始める。ミユウはこういうとき、だいたい黙っている。言うときは言う子だから、反対というほどの気持ちはないのだろう。
歌かあ。セッションねえ。
それもまた、遊びだよね。
◆
放課後に茜原と泉ほか男子数名に誘われて、ヒヨリはお決まりの六人と一緒に出かけた。
相手もこちらも六人。合計、十二人。
いかにもなセッティング。けど、実際は茜原に対するフォローなのだろうし? 人数が必要でもあった。
というのも行き先は宝島のカラオケ。
次元を変えて、いろんな曲が、どういう理屈か入っている。そのいろんな次元とやらがよくわからないけど、いまある世界と似た、別の世界があるのだそう。
アプリに似てる。いろんな似たアプリがでてる。スマホで二大巨頭になっている企業でも、似たようなアプリがあるわけで。そういう感じで、似てる世界があるのだとか。
もしも、有名なアーティストがいない世界があったら? ジャンルが根づかない世界があったのなら? そこで生まれる音楽はどんなものになるだろう。
興味はあるけど、一時間の滞在にかかる費用がばか高い。宝島の通貨は現世の円じゃない。換金所はあるけど、レートはあまりよくない。二束三文にされてしまう。他にも霊子で支払うことができるけれど、これはもっと効率が悪い。
十二人で狭い部屋に二時間、霊子払いでやっと支払う感じだ。体感、二時間でひとりあたりの会費が五千円くらい。攻めすぎ価格設計。それでも泉が三年の先輩に聞いた話によると、この次元のアーティストの未来の新譜が聴けるという、マシンの操作方法を教わったそうで。
現金を支払うわけじゃないし、なんならちょっとだけ興味があるし?
それで行ってみた。
ただし問題がある。
ひとつめ。現世の客は入り口で小さな金庫に靴とスマホなどの録音機器を必ずしまうこと。
ふたつめ。知らない曲は歌えない。
なので、どやりたければ通って歌って覚えるしかないし? 盗作しようと外で歌おうとしても、未来の曲だと、アーティストが発表するまでは口が回らなくなって歌えない呪いがかかるそうだ。
早い話が知らない曲を聴きに行くカラオケ。
そんなところ、高い費用を払っていく理由あるぅ? と感じる人はそもそもこない。逆にいえば、ここに集まる人は気になるスイッチが押された集団ということで。
青澄さんがどういう歌を歌うのか、すこし気になった。けど、最初に調べたいのは、むしろ早くしてなくなったスターがもしも生きていたら発表されたかもしれない曲とか、解散してしまったり、消えてしまったりした好きなアーティストがもしも存続してて、爆売れしてた場合の世界の曲とか。そちらが優先。
そんな次元があるのかどうかもわからない。ただ、気になる。
ドリンク代もばかにならず、ワンドリンクで粘る作戦を事前に取り決めていたので、みんなして泉のレクチャーを聞き、人数分用意されている子機をせっせといじった。
イヤホンジャックがついているし、無線接続もできるというので、持ってきたイヤホンで試し聴き。ここまでくると、カラオケじゃなくて音楽ショップ。いっそ買えたらいいのに。持ち出しはNGという、かなしみ。
何回か来てるんだよね、と言って泉が一緒に来た男子たちと交代で何曲か歌う。せっかく来たなら歌わなきゃ損だとばかりに、探すよりも歌うことを選んだ仲間もいる。
ノリのいい曲なら、カラオケにある打楽器を使って合いの手もいれる。そんなことをしていたら、二時間なんてあっという間に過ぎていく。
そんな中、泉に背中を押されて茜原が立った。
名前を知っているバンドの、知らない曲名が表示される。イントロですぐにわかる。バラードだ。ボーカルの人が立って、ピアノを弾いている。メンバーはソファに座って演奏中。どこかのビルの上で、まぶしい電飾をバックにして。
ドラマ映像が混じる。
茜原、熱唱。
歌詞でぴんときた。全力でぶつけにきている。うわあ。引くわあ。
引くなあと思いながらも曲も、映像も素敵で見ちゃう。
昔から不思議だった。
男性の恋愛歌。幸せか、未練たらたらの二択しかなくない?
こじらせ未練の歌。
片思いの歌。
恋に乗れていたら。身軽だったら。エモさを感じ取れたのかもしれない。
歌詞にあるままだ。
ぴんとこなくて、知らない街の夜景みたいだ。
ノノカや女子の仲間が心配そうにヒヨリに目配せするけど、だいじょうぶ。
茜原は重たくて溺れそうなのだと感じながら、ミュージックビデオを茜原の歌声を聴きながら眺める。
近づいた距離が、片思いをしている人にとっては特別だ。
もっとと願っても、それを叶えてくれる力は運命と呼ぶべき巨大なもので、それは人には作り出せない。だから、繋がれる相手と出会えないとき、繋がれない相手なのだと気づいたとき、もう世界まるごとやり直すくらいしか手がないんじゃないかって思えてしまう。
それくらいの、空しくて切なくてたまらない気持ちに、だけど相手に「綺麗だ」っていうのが精いっぱいで。終われない。そのやり方も見つけられない。ただ、その状態が「終わり」なのだと気づかされるような、そんな痛み方。
儀式なのかなー。
ヒヨリのそばにいてくれる仲間たちが心配になるくらい、不安になるくらい、やめてくれよーってことを茜原はしてる。茜原の仲間の男子たちも、なんとかしたがっている。茜原だって、そうだ。
ただ、悲しいくらいに溝があって、茜原が切々と歌った歌詞に感じるように、お互いともだちという観客としてしか繋がれない。つづきは、ない。世界を変えたら、ヒヨリも茜原もまるでちがう人になっていて、だからそこでもしもロマンスがあるとしても、それは自分にも、茜原にも体験できないものだ。べつのだれかの愛でしかないんだ。
茜原が焦がれて思いを訴えるほど、ヒヨリは孤独を感じる。
なのに、それに気づかず、茜原が感じた孤独のままに歌ってもね。
見つけられるのは、溝と、ともだちより近い距離感にはなれないなあという実感ばかり。
かなしいよね。この距離感。
だけど無理だった。やっぱり、わかりきっていたように、無理だった。
茜原は自分の思いでいっぱいいっぱいだから。
ヒヨリが無理だと感じた部分も、もしかすると、そのいっぱいいっぱいさが生まれる問題を解決しなきゃ変わらないかもしれず。それは茜原が自分でどうにかしたくなって、どうにかしようとして、時間をかけて変えていかなきゃ、だれにもなんにもできないところ。
そんな茜原と居るには、ヒヨリにも抱えている問題が多すぎて。
茜原の痛みは、負荷は、しんどくてさみしくてせつなくてたまらない気持ちは、ヒヨリに痛みを、負荷を、しんどくてさみしくてせつなくてたまらない気持ちを与えてくるから。
先はない。ないんだ。
茜原のひとりしばいを見守る。
もしもこのさき茜原がいま願うような距離感になるような、まさかのもしかしてのタイミングが訪れても、結末は見えてしまっていて、いつまでたっても期限付きのまま。
それにさえ気づく余裕がない、茜原のひとりしばいを見守る。
ほかにできることもなく。痛くて、しんどくて。さみしくて、せつなくて。
たまらない気持ちのまま、見守る。
連呼される。さよならの英語。
なんとか噛みしめようとしている。茜原は。恋って、そういうずるさがある。
あってもいいさと笑って、私は見守る。
きっといつか、この日を笑って弄ってやろうと心に決めて。ただただ、見守る。
もしも恋愛に才能があるとしたら?
ひとりしばいじゃなく、ふたりで居ることなのだと思う。
茜原には無理だった。
私にだって、無理だった。
そのあと、泉たちがなんとか盛り上げる曲をずらっと並べていた。示し合わせていたように。なんならセトリさえ組んでいたかもしれない。男の姑息さよ。
弄る気にはならない。
店の決まりを守って退店して、微妙な空気をみんなで分かれてそれなりにやり過ごそうとしているなか、私のそばに茜原がいた。
ゆっくりと歩く私に合わせて。並んで。
「初恋だったんだ、がちで」
ぽそっと呟いてくる。
いつまでたっても自分の話。そういうところやぞ、と拒絶反応を示す部分もある。
それはけっきょく、ヒヨリの中にある痛さでもある。
「じゃあ次の恋、がんばれ」
「――……ほんと気軽に言ってくれるよ」
「でも、さよならって言うために誘ったんでしょ? なら台本に則って、伝えるよ」
「……ほんとごめん」
居たたまれなさをごまかすためか。
それとも誘ったときの口実が、エサに過ぎなかった罪悪感を慰めたいからか。
そういう気持ちもあるだろうけど、そうじゃない気持ちもあるかもしれない。
どっちでも、ほんとのところ、私には一切関係ない。
そこに怒る人も、そりゃあ大勢いるだろう。
ずるいし、卑怯だもの。
でも、いいよ。
これで区切れるのなら。
「じゃあ、ともだち」
「――……うん」
会話はそれっきりだった。
男子たちの宿が先に近づいてきて、空気がえらいことになっていたから、ここでいいと私が切り出したし、だれも反対しなかった。
そそくさと戻っていく男子たちの中で、茜原を呼び止める。
「さよなら」
茜原とヒヨリ以外の全員がぎょっとしたし、茜原は泣き笑いみたいな顔して「さよなら!」と言って、手を振った。泉に肩を抱かれて、宿に入っていく。
さっさとここから離れようとアヤネが背中を押してきて、イチゴが「えげつな! 容赦な!」とぼやき、ミユウは「手ぬるい」と返す。
だけど、これは儀式で、ひとりしばいはもう終わったのだから。
カーテンコールの幕引きに贈る言葉は、これでいいのだ。
背負えない、扱えない気持ちは下ろしていい。
おつかれさま。
こんな私は忘れて、いい出会いに恵まれますように。
狸が願うんじゃあ、いまいち効果が薄いかも。
あーあ。
玉藻の前に今夜あえたら、お祈りしておこうかな?
それくらいしたって、罰は当たらないのではないだろうか。
つづく!




