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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百四十二話

 



 金長狸の系列の店ならば話は通る。

 厄介になり、ヒヨリは着替えを済ませた。己の化け術は、いまだ熟せず。着衣もろとも化けることができない。融通が利かない。身体を化かすと身一つで動かなければならない。事前に服装を化かして、己の化けた姿で持ち運べるなにかに変えればいいかと思ったが、自分を化かした途端に、ほかのなにかにかけた化け術が解けてしまう。

 現状、化かせるものは、ひとつまで。

 同世代に比べて小柄だ。学年全員でずらりと並んでみせても、前から数えたほうがよほど早いにちがいない。もっとも、おかげで装備も軽く済むのだから、ものは考えようだ。

 鏡越しに自分を見る。

 耳が隠れる程度に伸ばした髪、おおきな垂れ目。鼻はそう高くもない。洗顔とケアは気を遣っているからニキビぜろ。


「むっ」


 きりっと顔を引き締めるけれど、どうにもあほうに見える。間抜け。

 なんかこう、締まらない。そんな顔をしている。

 青澄春灯は「狐憑きなのに丸顔!」なんて言っているけど、彼女は表情を引き締めれば映える。その点、自分はどれほどがんばっても、間抜けに見える。

 しゅっとしていることに憧れはするけれど、それは自分のいく道ではないと割りきっている。ただ、未練があるだけで。だって、やっぱりうらやましいものはうらやましい。

 高校二年生で成長に任せるだけだと、自分の丸顔は変わらないだろう。体型も。恋をすると肌つやが、そしてより親密な交流をすると他の部分も、ぽくなるというのがもっぱらの噂。

 クラスでも段違いの経験をもつ甘原麗は、なるほどたしかに色気が尋常じゃない。

 彼女に比べて自分は恋をしたことがない。

 同行者の彼も、たんなるともだち。人としても「こいつほんとだめ」って思うところがたくさん見つかっちゃっているから、そういうスイッチは入りそうにない。

 無理にするものでもあるまい。

 それでも昔は四の五の言えずに、適当な相手だと己を納得させて、夫婦になった人たちがやまほどいるのだろう。

 恋愛とは強迫か、はたまた自由か。

 どうでもいいな。ひとまず、いまの自分には縁がない。

 縁はなくても、もうすこしめりはりのある体型にならないものかと自分の身体を見おろす。

 ふたりの錬金術師が、最近の刀鍛冶たちの特製スーツを元にこしらえたタイトスーツ。色は黒。透け感はなく、凹凸があまり目立たないようになっている。決して自分の体型に凸凹が目立たないわけではなく。断じて、そういうわけではなく。十割中、九割程度しかなく。


「ほぼ全部やんけ」


 小さく呟きながら、狭い個室トイレの中で身体を動かす。

 突っ張りはない。動きやすく、吸水性もいいと聞く。

 上からジャケットコートを羽織る。発注通り、錬金術師のふたりが自分の服を下地に改良してくれたものだ。元々が極めて薄手の素材。そこに霊子が行き渡りやすいよう手を加えてもらった。これは化け術に利用するためである。

 なのでコートのポケットの中にはなにもないし、特別なにかを入れられるスロットなんかも付けたしていない。去年の冬にやっすいショップで安売りしていたものだ。

 こちらも動きやすい。可動部が制限されないことは重要。

 シューズを履く。靴紐がなくても履けるデザインだけど、あえて紐をつけてもらっている。ごつめでソールもクッション性も抜群。長時間、長距離、重たい荷物を背負って歩いてもだいじょうぶ。立ちっぱなしでも走りまくっても疲れない。そこに部品をいろいろとつけてもらっている。言うまでもなく、化け術の触媒にするためだ。

 不測はないかチェック。

 スマホは? 持ち出せなかった。

 刀は? こちらも同じく。

 まあいい。

 トイレからでると、彼が女性に捕まっていた。


「つまりね? 茜原くん。お腹がすき、食べるものがない生きものが二匹、檻の中にいると食べ合うの。それは同じ親の腹から生まれたいきものでも同じ。飢えたいきものは、みな鬼になる。私の推測だとね? 日本でも、飢饉の折には悲劇が起きたんじゃないかって思うわけ」


 じゃなきゃ餓鬼なんてものが生まれる? などと語る女性に、茜原と呼ばれた彼が顔をしかめた。


「飯屋せんせい、グロいです。生徒を相手に真夜中に話す内容じゃないです」

「でもね? 茜原くん。きみも満月さんも、そして私も組織の一員でしょう? さらにいえば私はあなたたちよりもぉ?」

「――……せんぱい」

「えらいでしょお? ううん?」


 飯屋クウ。うちの学校の教師であり、組織の一員である。


「組織っていっても、いたずら好きの集まりじゃないですか」

「京都の本部がしっかり働いているんだから、私たちだってそろそろ活動しなきゃでしょ。上意下達。狭い檻で餓鬼の私に抗うのはオススメしないよ?」

「こっわ。脅迫反対! それにねえ! 本部ったって、星蘭の二年生の悪党ごっこ遊びじゃないですか」

「ちょっ、たとえ居酒屋だろうとトップシークレットをばらすな!」


 先生が彼の口を手で塞いだ。

 なにをやっているのやら。

 ふたりして、自分と同じ格好をしている。といっても、タイトスーツの上になにを羽織るかは個人差がある。先生はミリタリーベストを。彼、茜原は派手めなジャケットを。


「あ、満月さん。こっちこっち」


 先生が手招きをしてくるので、素直に従ってふたりの卓へ。

 先生の隣の椅子に座る。


「餓鬼の飯屋クウ。化け狸の満月日和。濡れ女の茜原アイ。三人ちゃんとそろったね? じゃあ、今夜のいたずらのプランは?」

「先生まるなげですか?」

「生徒および後輩の自主性を重んじているの」


 どやる先生に彼は即座に折れて、ヒヨリと語ったプランを提示した。

 よしよしと彼女はうなずき「それでいこう」と促した。

 彼と顔を見あわせてから、いいけどねと息を吐く。

 先生は理由のわからない根拠を軸に胸を張って切り出した。


「組織のモットーは?」


 彼はこういうとき、ノリが悪い。


「俺、東京支部のしか知りません。ついでにいえば支部の人間、ここにいる三人しか知らないです」

「じゃあ東京支部のでいいから、ほら。はやく」


 先生の機嫌を損ねるのが上手。

 話が進むから、いい。


「世の中を愉快に。みんなが笑えるいたずらをお届け」


 彼が先を促すように自分を見つめてくる。

 あわよくば、全部を彼にしゃべらせて楽をしようと思ったのだけど、だめだった。

 恥ずかしいから、苦手なのだ。


「いたずらの後始末はしっかりと。どうせやるならド派手に遊べ。最初に名乗りを忘れずに。最後に花火を忘れずに」

「正義の味方が来たのなら」

「ド派手にやられて豪快に花火で退場する」

「「 それがショーのお約束というものなのであ~るっ! 」」


 彼とふたりで渋々タイミングを合わせる。

 嘘みたいな決まりは、けれど京都で日夜たたかうヒーローと悪の大幹部の間で決められたもの。

 実態は、ゆっるいゆっるいごっこ遊びだ。

 ただし、参加しているのはヒヨリと同じ高校生から、上は還暦間近のいい大人までが参加する。

 ちょっとしたおふざけ。サバイバルゲーム。

 参加するは、漏れなく隔離世の力を持つ者たち。その決まりも、現世に霊子が満ちるようになってからは緩くなってきている。

 そこでの遊びを通じて、あらゆる技術の実験も行なっている。

 住良木とは関係ない。むしろ別の国内企業が母体。そのわりにゆるい。

 彼はこの場にいる三名しか知らないようだが、先生はもちろん、自分も実は知っている。

 いろんな人がいる。

 隔離世の力というのも、なにもいいことばかりではない。

 獣憑きや、妖怪めいた姿になった者たちの行き着く場所が必要だ。これまでも、これからも。

 差別と偏見の被害者になりやすい。場合によっては、かなり惨い形で。

 時代が変わっても、消えないもの。なくならないもの。そのための手立ては?

 簡単だ。居ること、生きることができる、そういう環境作りに必要なすべてが手立て。快適になっていくための技術の発展も欠かせない。その他にもやまほどあるけれど、たとえば周囲が学び理解することを筆頭に、即座に変えにくいことばかり。

 それをする組織が、言うなれば自分たち三人が参加しているところ。

 おあそびサークルのようなものだけど、実は幅広い人脈と繋がれて、悩みも相談できるから助かる。

 参加費はお気持ちで。お布施をしたけりゃ企業のお店で働いて。そうすればお金も稼げていいよ、というのが、このサークルの奇妙なところ。

 その奇妙さを知らずに牛丼チェーン店でアルバイトをしたとき、士道誠心の学生ならと紹介された。ほんとのほんとにゆっるい集まりだ。

 活動範囲の侍隊に軽くお説教される組員もけっこういるという。まあ、どんなに悪くてもお説教で済む程度で、しかも「ああ、おたくあそこの?」と言われちゃうくらいには認知されている。

 悲しいかな、侍隊や一般の方に見つかったときには必ず名乗り口上をあげないといけないお約束があり、とても大事な決まりごとだそうなので、いたずらを実行するのは組員の五割を切る。その五割に対して、侍隊や、元侍隊ないし、四校の卒業生で面倒見のいい人が相手をしてくれる。

 いってしまえば隔離世という、現世から切り離された場所でのガス抜きが主な構成員も多い。現世で荒事はなにかと面倒だ。それに比べて隔離世はやんちゃをしても、怪我さえしなければ、無事に戻れる。とはいえ、侍隊は警察の一員なので、やんちゃも度が過ぎれば? 彼らも放ってはおけない。

 そんなわけで、決まりごとがでてくる。

 粋な悪党になるという決まりごとが。

 悪党の定義も大事だ。

 シリアスなの、重たいの、しんどいの、きっついの、ぜんぶなし。

 ギャグ漫画のようなテイストじゃなきゃだめ。

 そういう風にいたずらができないときは、きちんとお休みをとること。

 いってしまえば、そういうサークルなのだ。

 錬金術師たちも、八雲マリも、その弟子である黒宮マオさえも、自分たちの所属するサークルと縁がある。言うなればはみ出し者たちなりの集いだ。

 ゆるくおばかにあほうに騒げ、という連中が主流派。

 個人的には大歓迎。これぞ満月日和になるというもの。

 正直、最近の士道誠心は居心地が悪い。

 ノノカが躍起になっている、青澄春灯のバックアップ。狐憑きの彼女からして、やっぱり狐はシリアスがお好きなのだろうか。きっつい感じだ。

 最近のヒヨリも負けじときっつい状態だった。

 せっかく綺麗な月が空に出ても、雲で隠れちゃ見えない。地球が影になったら、欠けてみえるお月さま。だけど見えないだけで、いっつもまん丸。なら、見えない部分もまとめてまん丸を愛したいのだけど、雲が邪魔をするだけで気分が下がっちゃうくらい、遊び心は陰りやすい。

 それじゃあ満月日和にはいかないのだ。

 たとえば最後のセリフ。あ~る、なんて。なんか触れちゃいけなさそうなレベルで格好悪い。

 けど、格好悪いのを全力でやるから楽しいという洒落心というものがある。

 ださく。

 恥ずかしく。

 それでも笑って生きていこうぜ、人生は! なんていうのが、サークルの決まり文句の中にある。居酒屋も経営している超巨大な飲食系の企業なので、トイレに筆文字で記した紙が貼ってあったりして! 個人的には「滑ってるぞ! ださいぞ! 気づけ!」って感じだけど。

 まあ、だいたいそんな観じ。


「あ。満月さん、なにかよからぬことを企んでいるって茜原くんから聞いたけど」


 おい、なにバラしてんだよ。あとでしばくぞ、と眼力を込めて睨むが、彼は顔を真横に向けて見ない振りを決めていた。いや、無理しかないから。まあ、秘密にしてねという前置きの霊験なんて、たいしたことないんだ。

 見るなと言われたら見ちゃうし。

 開けるなと言われたら開けちゃう。

 昔話にもあるじゃないか。

 しょうがないなー。

 この組織、抱えてもいいことないから話せることは話して、話せないうちはゆっくり休もうという標語がある。ちなみに、どんな標語にもセットで「できる範囲で構わないから」という一文が添えてある。

 でもでもでもでも?


「リエちゃん先生の仲良しの、榛名さん。ヒヨリのお母さんかもしれなくて。直接あうのがこわいし、霊子体に青澄さんとおんなじ異常があるっぽいし。クッションとして、青澄さんちに忍び込んで、あの子の状態を調べて、気持ちの落としどころを探ろうとしてました」


 ヒヨリは言える。


「先生いま重たい一撃に瀕死」


 相手が受けとめられるかどうかは別。


「でも耐える」

「いやべつに耐えなくてもいいんですけど」


 諦めてくれてもいいのよ。つらければ。


「ううん。私ね? うちの組織のモットーが好きなの」


 唐突に自分語りするやん。


「それはなぜか? 答えは簡単」


 まあまあなテンポで進んでいくやん?


「恥も失敗もやらかしてなんぼだし、つらいこともしんどいことも共有してなんぼだから」


 それは事実だ。

 だからこそ、組織は迫害されかねないほど露骨に見た目に隔離世っぽさがでちゃう人も、現世での日常の活動がしんどい人も、率先して雇用したり、しなかったとしても手厚くサポートしたりしている。できれば株主になってね、とか。できればクーポン券を利用して、うちのチェーンでご飯食べてね、とか。みみっちい見返りを要求しているけれど。支援をしている。

 それくらいインパクトのある社員さんやアルバイトさんがいる。半漁人、ただし見た目がほぼほぼ魚な人とか。一つ目小僧状態になっている人とか。そういう人たちが、見た目を一般人とさほど変わらないよう学べる場所も提供しているくらい、支援してる。

 甘原麗が本気を出して、姿まるごと女郎蜘蛛状態に化けたまま戻れなくなったとしても?

 うちの会社なら、だいじょうぶ! 断言できちゃうくらい、いろんな人がいる。

 みんなも普段は疲れるからって、厨房やバックヤードだと素の姿で働いていることのほうが多い。なのでジョークもけっこう世間からずれていて、ヒヨリとしてはお気に入りポイントのひとつ。

 個人的には、わりと愉快な職場です。


「共有できるくらい、毎日しっかりするのを前提にするから。そのためには、めいっぱい休み、めいっぱい遊び、めいっぱい学ぶことが大事だと考えているから」


 そんなに深いテーマ性があるのかなあ。

 ヒヨリには疑問だ。ただ、居心地がいいのは確かだった。

 なにげに時給がけっこういいし。お仕事まわりで必要な法律まわりさえ含めて、教育しっかりしてくれるし。


「そんなことしなくても、なんなら会いに行けば? 連絡するよ?」

「ほら、先生もこう言ってる。忍び込むのはどうかなあ」


 やばい。露骨に舌打ちしそうになった。

 茜原め。姑息なやつ! 先生の威を借りやがって!


「うっわ。俺、めっちゃ睨まれてる」

「先生にちくるからでしょ? じゃれあうのはさておいて。今日、いたずらしにいく予定だったでしょ? 行くならそろそろでましょうよ」

「神出鬼没のアートが流行ってるし、隔離世でスプレー遊びといこう! 図案、かんがえてたんだ! それか、狐か狸かビーム銃、探しにいきます?」

「探し物は手がかりないから、見送りかな。それにしてもひっどいネーミング!」

「組織で開発された遊び道具なんですよね? だれのネーミングなんですか?」

「そこまでは私も知らないなー。満月さん、わかる?」


 首を横に振る。

 覚えがない。

 ただ、組織にいる発明家や刀鍛冶のおもちゃ好きが、ちょいちょい新装備を作っては組織の構成員向けに発表している。図書館の本と同じで、申請すれば借りられる。ちゃんと返さないと怒られる。おまけに届け出をだすときには、ちゃんと名前と住所と連絡先の登録が必要不可欠。返却を忘れると、組織から連絡がくる。延滞してますよーって。

 そういうところもゆるい。

 茜原が言っていた探し物にしたって、そうだ。

 相手に向けて、ちゃっちいオモチャの銃で撃つと、ふしぎなふしぎな光が出て、相手を漏れなく狐か狸に化かしてしまうのだ。効果は三分つづく。

 だからなに!?

 というツッコミは野暮。

 そういうオモチャまみれなので、いい年こいた構成員がいたずらついでに隔離世で遊ぶときに重宝しているそうだ。地域によっては侍隊の人も一緒になって遊んでいるとか、いないとか。

 そんなオモチャが一点、紛失。

 社員さんが呑み会の帰り、泥酔してオモチャを入れたカバンを電車に置き去りにしてしまったのだ。翌日、カバンは無事に回収したものの、オモチャだけがなくなっていたという。

 カバンを回収したのは駅員さん。駅員さんが盗むわけもなく。となると?

 使用される状況によっては騒ぎになりかねないから、みんなで気をつけるようにしてねという連絡が回ってきたのだ。

 そういうところも、なんだかゆるい。

 これくらいでいいよなーと思うのだけど。

 このところの士道誠心のシリアスさについて、ヒヨリはそう思わずにはいられないのだけど。

 なにかお願いせずにはいられないものがあるから、青澄春灯を筆頭にみな、顔が怖くなっちゃうのかもしれない。

 ゆっくりいこう。そう思っても、榛名ホノカのことを考えるとヒヨリさえ顔が険しくなってしまう。あと茜原が雑に自分を扱うときも。きりりとぴりついてしまう。

 いけない、いけない。

 ゆるめていこう。


「さっぱりです。それより、いきません?」


 提案して、ふたりと店を出る。

 向かう先は鳥居。現世に戻って、隔離世でオモチャを使って遊ぶのだ。

 秘密の夜遊び。先生が同伴してるけど、まあいい。おとなの保護者同伴ってことで。

 ご機嫌に三人で鳥居のそばへ。先生、茜原に続いて自分を鳥居の先へと進もうとしたら、首根っこに抵抗を感じた。


「おっと。これは愉快な狸娘がおるなあ?」


 コートが掴まれていた。

 恐る恐るふり返ると、青澄春灯に金髪と九尾と獣耳がとてもよく似た、着物姿の極み美人お姉さんが立っていた。指先でコートを摘ままれている。彼女はまちがいなく自分を見つめていた。

 尻尾も耳も隠せない。

 彼女もおなじ。

 よくよく見ると、そばの街灯に照らされた彼女の瞳は人のものと明らかに瞳孔が違っていた。

 細くて長いスリット状。だいぶ、おっかない。


「あああああ、あの、ななな、なにか?」

「みなまで言うな。話がある」

「どっ、どどどっどどっど、どちらさま?」

「連想したろう? 春灯を。ならば、わかりそうなものじゃなあ?」


 くふ、と彼女は笑った。

 淡い淡い白梅の香りがする。着物も仕立てのいいものだ。

 髪の毛も尻尾も、見惚れるくらい絹糸のように艶やかで、なのにどうしてだろう。

 ヒヨリはいま、彼女の獲物になった気分。

 おそらく、いいや。まちがいなく、彼女がだれなのか、浮かんでいる。

 けど、なぜ。どうして。

 せっかく遊びにいこうというのに、なぜここで、よりにもよって自分を?


「玉藻の前と名乗っておくよ、狸娘」

「満月日和ですけど」

「妙な名前じゃなあ」


 失礼な!


「まあよい」


 勝手に流すな!


「狸娘」


 私が名乗った意味とは!


「代わりに遊びを提案しよう。乗るなら残れ。乗らぬならゆけ。妾からの二度目はない提案」


 いかがする、と彼女に呼びかけられて、鳥居と彼女を交互に見比べた。

 いろいろな返しが思い浮かぶけど、ひとまず言わなければならないことがある。


「明日じゃだめですか? 今夜は先約がありまして」

「よいよ、明日で」


 意外と柔軟!


「しかし理由も説明も明日になるぞ。今日と同じ時間にここで。遅刻はなし」

「約束できます?」

「むろん。主は?」

「もちろん、できます」


 じゃ、そゆことで、と。

 彼女に告げて、鳥居に逃げようとするのだけど首元を掴まれたままだった。


「あのう。離してもらえます?」

「……いや、やはりおかしい」


 なにが?


「妾が狸どもに呼びかけて、お主にあたりをつけ、狸の一報を受けて、お主をここで待っておったというのに」


 知りませんけど?


「妾を選べ」

「いやあの。さっきはいいって言ってたじゃないですか」


 ノノカから聞いた話だと青澄さんは彼女に対して全肯定しているそうだ。

 ならばこそ、あえて問おう。

 なぜ!? だいぶ自分至上主義なんだけど!


「仲間に伝えて、今宵は妾に付きあえ。約束はしない主義じゃ。めんどうくさい」

「ええええ」


 勝手だなあ。

 お姫さまかな? なんか、そういう感じのいわれがあったような。


「じゃあ一緒に来てくださいよ。一緒に遊ぶか、遊び終わってからならいいですよ?」

「ええ……」


 いやそうだなあ!


「わらべの遊戯に付きあえと?」

「わらべにはわらべの世界の理というものがあるんです。しっかり守らなきゃでしょ?」

「ならば店にて待つ。たぶん。戻ってきたら必ず追えよ?」


 袂から名刺を取りだして、ヒヨリのコートのポケットに忍ばせる。

 ようやく首元を離して、しゃなりしゃなりと去っていく。

 香るだけで心が華やぐような残り香をふんだんに残して。歩くたびに揺れる九尾が絹の糸の雨のようだった。視覚的にうるさい。ゴージャスっぽいけど。

 ポケットから名刺を取り出すと、そこには居酒屋の名前が記されていた。

 面倒なのに目をつけられてしまった気がする。

 青澄さんの御霊がなぜ、自分に? 狸たちに呼びかけて、わざわざ自分をご指名のようだけど。いったいなんの用だというのだろう?

 さっぱりわからないけれど、後回しだ。

 約束はしっかり、ひとつずつ守る。だれがうえだのしただの、優先順位の変更だのは基本的に受けつけない。順番は守りましょう。

 気を取り直して、鳥居をくぐるその前に、名刺を鼻に近づけて嗅いでみた。


「なんか、いい匂い」


 匂いの語彙すくなっ。




 つづく!

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