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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百七十四話

 



 緋迎家が勢揃いの中、私はリビングで黒の聖書を手に立ちました。

 みなさんが拍手でお出迎えしてくださいます。ありがとうございます。そっとしておいていただけるともっとありがたいのですが、そうもいきませんよね。わかってます。


「ええ、と。どうも、青澄春灯です。今日は黒の聖書について、緋迎カナタ厳選集をお届けします」


 つらい。つらいよ。でも私のパワーアップに必要なら、大事なことなら頑張るよ。


「えっと。緋迎カナタによる翻訳つきでお届けします……まずは軽いジャブ。一つ目、お試しです」


 こほん、と咳払いしました。


「碧きの海、穢れを知らぬ煙」「青い空、白い雲」

「今日、我は新たなる学舎へと顕現せん! ククッ(暗黒微笑」「中学校に進学した。わくわくする」


 私が読みあげ、カナタが翻訳する。

 何プレイなんだろう。たすけて。

 とりあえず私は耳まで真っ赤です。声も震えそうです。

 思い出すなあ、当時は回想を省いたけど、コナちゃん先輩に命じられてみなさんの前で読みあげた時を思い出します。

 あの時は翻訳なかったの。でも翻訳つくとつらいね。身に染みてるよ!


「この世が闇に支配されるまで邂逅せん天使もまた、現界せんと願う。遂に神は赦された」「新しい友達と出会えるかもしれない。やっと素敵な機会が来た」

「魔王もまた、許しを与えた。悪魔と天使が運命を共に繋げ、最終戦争へと挑むことを」「やがて受験が待っているかもしれないけど、だからこそ友達が増えたら嬉しいなあ」


 くっ……! 喋れば喋るほど、想像以上につらいよ……!

 シュウさんは笑顔だけど肩がずっと震えている。

 ソウイチさんはほほえましい顔でいる。どっちもつらい……っ。

 なによりコバトちゃんがツバキちゃんみたいに目をキラキラさせて私を見るのがつらい……!


「恐れるな、勇気を持て。一度は天から堕ちた身、なれ、ど」


 カナタががんばれ、と視線で訴えてくる。

 無理です、と視線で訴える。頭を振られた。

 わかってるよ……読めばいいんでしょ……っ!


「だ、堕天した我が魂は永遠に不滅。ならばどのような責め苦を浴びようと、倒れん!」「小学校の時は友達がいなかったけど、今度こそがんばる」


 でも、カナタ……淡々と訳すから……つらいよ!


「くっ」「くっ」


 そこ訳すの? という顔で思わずカナタを見た。

 早く続きを読め、と目で訴えられて心が折れそうです。


「ゆ、指先が震える……ッ」「武者震いがする」

「絆と共に魂の浄化が行われた時、我が肉体は闇と光に適合するのか!」「うまくやっていけるかな」

「ふふっ……私にもまだこんな感情が残っていたのか……」「こわいなあ」

「い、以上です。問題がなければ、続けます」


 でも私の精神には大いに問題が起きているのでここまでにしたいです。

 泣きたい……! 私は彼氏のおうちで一体なにを発表しているんだろう……!


「問題はないようだ。続けよう」

「ええええ」


 涼しい顔のカナタを凝視してから私は咳払いをしました。


「す……すみません、ちょっと席を外します」


 頭を下げて、ダッシュでリビングを出てお部屋に飛び込み、ベッドに突っ込んで枕に顔を埋めた。ばたばたばたばた足でベッドを叩く。

 それからぐるぐるぐるぐる転がって落ちる。

 枕に押しつけた口から出るのは、


「あああああああああああああああああああああああああ!」


 です。叫び声です。

 無理だよ! そりゃ叫ぶでしょ! やっぱりわけがわからないよ! 私なにやってんの!

 暗黒微笑の時からもうだいぶ心が折れそうだったんだけど!

 まだやるの? まだやらなきゃだめなの?


『くっ、ぷ、くくく……い、いいじゃろ、いいぞもっとやれ、じゃの!』

『……俺にはお前の言っている言葉の意味がさっぱりわからんが、強さに繋がるのならやってみたらどうだ?』


 そりゃあ強くもなるよ!

 自分の黒歴史日記を彼氏の家族相手に読みあげられる人はそりゃあさぞ心もお強いでしょうよ!

 くそっ! 刀は心だなんて、なにそれなんなの、だからお前は最強の刀を二本も手に入れたとかどや顔で言われるの? そのために私は黒歴史を心折れずに話せるようにならなきゃいけないの?

 そんな無茶な! ああでもちょっと筋が通っているような気がするから悔しい……!


『びくんびくんしとらんで、早く続きをやらんか! あはははははは! いやあ、続きが聞きたいぞ? 妾は楽しみじゃ! 久々の素敵な余興じゃのう!』


 くっ……! 逃れられない運命なら、あらがいたい! だってそんなお年頃ですもの!

 なにかんがえているんだろう! 私にもわからないや! あははははは!


「いっそ殺せぇぇえええええ!」

『ばかいっとらんで、下いくぞ』


 ……はい。


 ◆


「そ、それでは学校の教室に初めて来たところから、続けます」


 わーと拍手してくれるコバトちゃんの期待が刺さるね。とっても刺さるね。

 今更やめたいなんて言い出しにくいくらい楽しみにされると、その、逃げ場がなくて。


「戦いの時は来た!」「教室に入りました」

「天使と悪魔がみな、我を異端の徒と認定した」「アウェイです」

「なぜだ! 天使の封印具、悪魔の外套を羽織った我は無敵のはず!」「眼帯とマントを着た私は受けるはず」

「くくく……我の余りの王気に恐れを成したか! 哀れな子羊どもめ!」「ちょっと弾け過ぎちゃったかな、えへ」


 ぶは、とシュウさんが吹いた。

 ぷるぷる震えながら、私は咳払いした。「すみません、ちょっと席を外します」


 ◆


「ああああああああああああああああああああああ!」


 ◆


「つ、続きを、言います」


 涙目になりながら黒の聖書を広げる。


「が、学徒を導く、お、おお、狼が吠える。汝の名を告げよ! 契約の時は来た!」「先生が言いました。自己紹介の時です」

「我が名はクレイジーエンジェぅ!」「私の名は狂った天使です」


 シュウさんが耐えきれず再び吹き出した。

 私はもう一度、席を外した。


 ◆


「あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 ◆


「つ、つづけましゅ……」


 ひい、ふう、と荒い呼吸でかつての自分が書いた文字を読みあげる。


「ふ、ふ、ふははははは! だ、だだだだ堕天したこの身は既に天使と悪魔、すべての属性を兼ね揃えた最強の証!」「はっはっは。私はみんながどんな人だろうと受け入れてみせるぜ」

「友達になってくだしぃ……」「我が血と盟約を交わさん!」


 ごまかそうとして絞り出した言葉をカナタが私語に翻訳したの。どや顔で。彼氏がどや顔で。私の黒歴史を……くっ!

 わあああ、と歓声をあげてコバトちゃんが全力で手を叩くから、追求しづらい……!


「だだ、だ、堕天した我が身は一つっ! 最終戦争への幕開けだ!」「ひとりぼっちになりました。長い中学生活の始まりです」

「ふ、くっ……くく、く……」


 泣きべそを掻く私と涼しい顔のカナタの対比がツボにはいったのか、シュウさんが背中を向けて身体を震わせている。ばんばん膝を叩いてもいる。

 いっそ大声で笑ってくれていいのよ。


「かっこいい! 学校、楽しそう!」


 そうかなあ。そうならいいなあ。

 そう言ってもらえると、日記を書いた頃の私は報われる気がします。

 でも今の私は死の間際にいます。


「ひ、ひとりぼっちだよ?」

「でも楽しそう。お姉ちゃんみたいな人がいたら、見てたいなあって思う」

「ね、ねえコバトちゃん……見ているだけじゃなく、友達になってくれると嬉しいんだけど」

「んー?」


 ちょっと意味わからないです、みたいな顔して!

 この! この! 可愛いから許すけど!


「ねえ! これ本当に必要なの!?」


 思わずカナタに縋り付いて揺さぶった。


「はっはっは。必要だとも」

「なんで!?」

「それを今から父さんが説明してくれるはずだ」


 投げた! 投げたでしょ! 放棄してない?

 ねえ、それ説明する機会を放棄してない?

 私の凝視にカナタがすっと目をそらした!

 あー! 放棄してる!

 だからなんだって話だけど!


「ぐぬぬぬぬ!」

「まあまあ。今の日記で一つ質問があります」


 私をなだめるナイスミドルに凝視を向けちゃいました。すみません。取り乱しました。


「仮に……友になってくれるという者が現われたとして、その者がもし大罪人だとしても受け入れますか?」

「え」


 まばたきをする。

 でもだめ。泣いて恥ずかしいの我慢して我慢しきれなくて頭が回らない。


「正直、そんなところは割とどうでもいいというか」


 だって。


「ひとりぼっちは寂しいじゃないですか」


 素直に口から出た言葉に頷く。

 そうだよ、ひとりぼっちは寂しいよ。


「キャラを押し通して受け入れられて、だけどどこか距離があって。そんな中学生活だったので、一緒になってバカやってくれたり遊んでくれる子がいたなら」


 そうだなあ。


「そりゃあ犯罪を犯してたら、それに対していろいろ思うかもだけど。でも友達になってくれたら、力になるし。なんでもするし。大罪人だからやだとか、そういうのはないです」


 それくらいひとりぼっちは寂しい。寂しくないってどんなにポーズを取っても、ひねくれてもねじまがっても、やっぱり寂しいものは寂しいよ。


「玉藻の前を……どう思われますか?」

「すっごく綺麗で、いろんな経験豊富のお狐さま? なんか昔悪いことしちゃったみたいですけど、でも今は私の素敵な味方です。私の思う素敵女子でもあります」


 みんなにとってはどうかしらないけど。

 私にとってはそう。カナタが「お前の理想の女子像とは」と呟いたけど、いいの!

 綺麗だし、自由だし、男の人と私より上手に付き合うし。綺麗になる手を知ってるし。そういうの全部憧れなの。


「なるほど、そうか。素直に理想を求めた彼女の魂に、玉藻の前は引き寄せられたのかもしれないね」

「うむ」


 シュウさんの言葉にソウイチさんが頷いた。


「では、十兵衞は?」

「片目が眼帯ってめっちゃかっこいいですよね!」

「な、なるほど」


 思わずテンションマックスで言った私にソウイチさん、苦笑い。でもシュウさんは膝を叩いてる。


「それでいいのか」

「だってかっこいいじゃん。隠された力感というか、さいきょーって感じするじゃない!」


 カナタのツッコミに思わず言い返す私です。


「士道誠心に入りたての頃はよく眼帯をしてなかったか?」

「あ、そういえば最近してないかも」


 なんていうか日常を過ごしているとついつい忘れがちというか。


「たまにはアイデンティティーを思い出すのも悪くないんじゃないか?」

「んー! んー!」


 迷う。どうしよう。どうしようかな。

 つけたいかつけたくないかで言ったらつけたい。

 でもつけなきゃいけないっていうわけじゃない。

 それに……右目は見えすぎちゃうけど、慣れなきゃいけない気もするの。

 この目があるから私は戦えるし。隠してる場合じゃないとも思う。

 隠された力感っていうのには心の底から惹かれるから、そうだなあ。


「おっきな戦いの時にはつけてみます! 演出です!」

「どや顔をするな」

「あうち!」


 べしっとツッコミを入れられてしまいました。

 和やかな空気に包まれたので、私は時計を見る振りをしながら言います。


「そ、それじゃあそろそろ――」


 お開きに、と言おうと思ったのですが。


「続きが聞けるのかな」


 先回りしてシュウさんに言われてしまったので、逃げ場がなくなりました!

 なんてこった。なんてこった!

 綺麗な笑顔でドS炸裂ですか! 楽しみだなあと顔に書いてあるよ! くっ! カナタと同じで端正な顔立ちなので妙に映えます……! 悔しい! けどがんばっちゃう!


「……たまに思うんだが。ハルはドMじゃないか?」

「おぅっ……!」


 流れが流れなだけに、まったく否定できないよ……!


「では、次へ行こうか」

「はい……」




 つづくよ!

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