第千七百三十七話
鶏のささみ肉に塩を振って、火を入れるじゃない?
中まで火が通ったら?
一口サイズに切って、わさびをのせて食べると?
これが地味においしいのです。
梅肉という手もある。
お茶漬けに投入するのもいいね!
その場合、いりごまでしょ? ちぎった海苔でしょ? 白だしちょっと入れるのもいいね!
ああでも味つき昆布とかつお節もあり。粉末に加工すると、つけ麺の魚粉っぽくて、よし。
うまみ。ああ。うまみ。
待って?
味だけじゃないよね。
食べるときの楽しみ。
香りでしょ? 噛みごたえでしょ? のどごしでしょ? 温度もあるね。
そもそも唇、口の中、喉と、触れて感じる楽しみみたいなのって大きい。刺激もそう。熱でしょ? からいのも、しびれるのも、ここで感じる。すっとなくなることもあれば、残ることもある。
じゃあ、香りは? テーブルにきたとき。口元に運ぶとき。口に入れたとき。食べた後に残る香りもある。
わさびのように鼻に抜けていくとされるからさと香りもあれば、山椒のように舌やお口の中がぴりぴり痺れるものも。
もちろん、わさびだから辛くて鼻につんとくるわけじゃない。山椒もそう。種類によって、保存によって、調理によって変わることがある。量でも変わる。当たり前っちゃ当たり前なんだけどさ。
たとえばわさび。西洋わさびとわさびだと、けっこう差がある、というか。あった、というか。加工品がざらにあるけども。よくわさびチューブを使うけども? その中身は西洋わさびとわさびを混ぜたり、ほぼほぼ西洋わさびだったりするそうだ。その西洋わさびも品種改良してわさびにだいぶ近づいているという説もあったりする。そもそもわさびをするときのすり方でも変わるとかいうし? わさびひとつとっても謎。どれだけ連呼しても、一本の辛味は加工や状態によって変わるわけで。深い。気がする!
じゃあささみにのせるわさびは、どういう状態がおいしいのかな?
わさびチューブにも刻みわさびが入っているやつ、あるじゃない? わさびの身が入っていると、風味が増してうまうまだ。だけど、そのわさびも田んぼから引っこ抜いたばかりのものを食べると味がちがうとか、ちがわないとかいうよね。
なぞ!
わさびとくれば?
おさしみにつかうってこと? のんのん! わさびはいろいろ使える。
わさび漬け。野沢菜を漬けるとき、わさびを入れるのもあり。キュウリを漬けるときにも使える。わさびの風味は実によし。味もいいし、香りもいい。いわゆる地下の茎部分だよね? それがおいしいのが不思議! まあでも野菜って、そういうとこあるし。
じゃあ鶏のささみはどの部分? 胸肉の一部。
それを、わさびと和える謎。
塩を振って焼いて、そこにわさびをのせて食べるのは、うちのお父さんが好きなやり方。焼き鳥屋さんでは比較的よく味わえるそう。事実、塩気とわさび、良く合う!
漬けるときも、のせるときも、和えるときも、わさびは基本そのまま。火は入れない。
じゃあ火を入れたらどうなるのかな?
煮込んだら? 焼いたら。どうなるの?
イメージないなあ。
ああでも、やったことある人ぜったいいるよなあ。
私がそういう料理を知らないのか、はたまたあっても全国区な知名度になってないのか。こういうとき、生産地の食べ方に学ぶっていう手があるよね。
「お父さん。わさびの食べ方、ほかになにかある?」
「かつおぶし、わさび、ごまを振ったご飯に醤油をたらして食べる? 似たようなのをパスタでもできるね。トーストにも使えるかも」
おお……。
「わさびの葉っぱや茎を漬物にすることもあれば、それを切って天ぷらやなにかに使うってこともあるけど。あんまり手軽に買える食材じゃあないかな」
「あああ」
近所のスーパーに当たり前に置いてある食材かっていわれたら、たしかに身近じゃないかも。
おっきなところ、お高いところなんかに行けば? あることも。けど、だいたいは葉っぱや茎を切って、すりおろす部分だけになっていることが多いイメージある。
ただ、でも、そっか。
わさびの葉っぱかー! あるね、葉っぱを食べる手が!
お花も食べられるらしい。タンポポだって食べられるのだし? 人の食欲ほんとすごい。
まあ。買えればの話だけどね!
「海外だとすりおろしたわさびを混ぜたディップやソースなんか使っていそうじゃない?」
「フレンチでお皿に綺麗に描かれるソースのラインみたいな感じで?」
「そうそう。ディップにしても、口に入って香る匂いと味はアクセントになるから」
「なるほどなあ」
冷蔵庫の前で、きざみわさびチューブを睨む。
ソースにディップかあ。ありだな。
チューブはどうしても、ある程度の加工をする。わさびだけじゃなくて、他のものも入る。なので、単体での調理からはずれる。チューブとしておいしく食べられるようになってるからさ? 加工品をさらに加工するってなると、けっこうごちゃつくよね。
そんな意味じゃあ、ご当地だからこそ、素早く配送されて気軽に調理できる場所だからこそ作れるものっていうのは、けっこうありそうだ。
それに、手元に届くまでかかる時間に対して、なるべく出荷した状態と変わらない状態で運ぶ術があるとよさそう。
それだけじゃ足りないけど。
売れなきゃ、流通しにくい。これでも足りない。
ちっとも足りない。
仕入れる動機が売れた実績。そういう手法だと、大きな壁がある。なによりまず売る行為の強化や、現時点でないか弱いか足りない実績を作ることが、その動きの中にないからさ?
私が仕入れを考えるのなら「普段はチューブでいいかなあ。たまに、いい魚を出すぞっていうときに合わせて仕入れてみるならありかな」となる。あくまでも、私なら。
なにせ、ほら。
スーパーって、食品がぶわーっと並んでいるわりにレシピへのアクセスがまるでないじゃん?
だから「こういうの作ってみようかな」と繋がりにくい。
もちろん、ここにも足りない前提がある。
仮にスーパーでディスプレイを置いて動画を流しても、商品にちっちゃなレシピブックがのっていても、足を止めるかどうか。そこから劇的に広がるかどうか。購買意欲にどこまで繋がるのか。けっこうシビアな問題。
おまけに「今夜のおかずは、これと、野菜これだけ買って?」とか「このお肉買って?」とかっていう、お手軽調理具材みたいなのがすでにいっぱい売ってある。キャベツとお肉を買えば、裏面にあるレシピと中身のソースを和えて調理すると簡単回鍋肉とかさ。ああいうのがあるからね。
購買層にもいろいろな前提が眠っている。
すでに買う物を決めてきている人もいれば、ぶらぶら歩きながら考える人、決める人もいる。予算をがっつり決めているケースもあれば、わりとゆるいケースも。なんの気なしに手に取れる値段帯と、そうでない値段帯も差がある。
うなぎは高騰してる。前は一家で千円いかなかった気がするけど、最近じゃ国産でって縛りを加えるだけで二千円、三千円とか軽くいく。無理だ。
同じく無理なのが、冷凍のカニ。立派なやつになるほど、お高い。
同じ理由で牛肉も、和牛は日常的には選ばない。オーストラリア産とかアメリカ産の牛肉が主力。やっぱり値段は目に留まる。
奮発するならありかーってケースもあるだろうし、気にせず買う人もいれば、ぜったい買わない人もいるだろう。財布の紐の緩み方には、いろんなパターンがある。
そういうあらゆる前提を踏まえて、足を止めてもらって、いろんな商品を手に取ってもらえる映像って、どう? あるいはレシピブックを作るのって、どう? たやすい?
私はとてもじゃないけど思いつかない。
お料理系の動画配信者の有名な人にせよ、うちの学校なら岡島くんにせよ、動画を出したり、身体にいいよって番組で紹介したりしない限り、規模の小ささはそのまま意欲を小さくさせる気がする。
広告業界の戦略を利用するのが手っ取り早い。普及しすぎていて、当たり前になっていて、麻痺していて気づかないレベルで広がっている。よくいえば。悪く言うなら蔓延してる。なので私たちはよくも悪くも受け入れやすくなっている。だから、その戦略を利用するのが手っ取り早い。テレビもそう。
じゃあ各都道府県の中で完結しているスーパーチェーン規模だと、どういう戦略がいいのかな? 同じ手を使うのがいいかな?
それも謎。
それに手段は手段に過ぎず、問題がないわけじゃない。なんだってそうだ。
なので、いまある手を取るかどうかも悩ましい。
いっちゃえば強迫性に陥らせて、刺激する。当たり前に根づかせて「すべき」思考に追い込めれば? 網を仕掛けてとる漁のように、引っかけることのできる人が増える。網目を細めることができれば。十重二十重に仕掛けられれば? いいよね。
網を網と気づかせずに済ませられたらいい――……なんて。
どう?
私はやだな。そういうの。
やだっていっても、目先の数字は欲しいよなあ。
強迫性が働く条件がここにあると? 利用しちゃうかも。
ずれていく。流れていく。やがて壁か網にぶつかる。自分がそれを認識できるとは限らない。
それはそれとして、スーパーにレシピ問題は悩ましい。
作りたいし、お惣菜って気分じゃないんだけど、スマホを使って自分で調べるにはきっかけがない。結局、そのときよくやる手に流れる。
そばばっかりなカナタみたいに、好きだし、他に選択肢が浮かばないし、その必要性も感じないケースもあるかも? そういう人しかこないスーパーができたらさ。そばとつゆばっかり売れるのかな。そばに関わらない商品は全然売れなくてさ。なんじゃそりゃ。
そういうスーパーで、彼らが普段かわない食材を売り、満足できる調理と食事体験につなげてもらう術って、どう?
ちっとも浮かばない。
試食っていうのは、ひとつの手。だけど、試食した人みんなが買うわけじゃないし、作るわけじゃない。たまぁにテレビで達人が出てくるけど、つまり販売員さんによって結果に差が生じてしまうわけでさ? その時点で、むずかしい問いが見つかっちゃってる。
私なら、どうだろ。
仮に、そこそこ値段がはるけど、手が出せて納得出来る価格帯で生のわさびがフルセットで売られていてさ? そこに、わさびレシピノートが添えてあって、動画もあって、達人がいて、実食もできて、おまけに試し作りコーナーまであって、それがめちゃくそおいしかったら?
そこまできても、みんながみんな、それに付きあうわけじゃないかー。むずいなあ。
むしろ呟きアプリの料理をやっている人、食べるの好きな人の感想とか、調理動画とか見たほうが「あ、よさそう」って思っちゃうもの。でも、それもアンテナを張っていて、かつ引っかかる前提がないと無理。そうなると、スーパーサイドだとそんなの読めるわけないから、仕掛けることになるし、スーパーが仕掛けるのと個人が「これいいんだよなー」って素朴で率直に言ってるのとだと訴求力にちがいが出そうで。
むずい! たやすくない!
そうして今日もうちでは練りチューブ。
わさびひとつとっても、いろんな方向に向かっていく。
果てしねえなあ。
最近のお気に入りフレーズ。果てしねえ。
「マヨに混ぜる手もある。イカで試してみよう」
お父さんがせっせとディップを作る。
わさびマヨディップのために、私はチューブを渡した。
ひとまずチューブわさびでできることをする。それってなんだか、冷たいお水でしぶしぶ洗い物をするような感覚。どうじゃろ? ほんとにほうじゃろか? わからんね?
笹かまにわさび。タルタルソースにわさび。タルタルに使えるのなら、茹でたほくほくポテトにのせてもサラダに使ってもよし。ゆで卵にタルタル使うのもうまし。
わさびとお酒の相性はどうじゃろ。
未成年なので飲酒はしないしやらないしできないしする気もないけど、お料理でお酒を使うのは好き。おしょうゆ、みりん、お酒! これを合わせて、加熱して、アルコールを飛ばせば? 和の味~! 実によし! お酒は香りがとてもいい。この場合、料理酒や日本酒あたりが主。
ワインだと、どうなんだろ。ワイン煮がぱっと浮かぶ。ソースに使うこともあるという。けど実際にやったことはない。葡萄だと加熱したら渋味が出そうなイメージある。たぶん、どうするか手がある。気がする! どうじゃろ! どうじゃろ?
他にも焼酎、いも。あと、泡盛でしょ? いっぱいあるなあ。
いろいろ浮かぶ。
焦って終わりにせずに調べてみるのもいい。
実際に試してみたいし、食べてみたい。それにはやっぱり、ひとりじゃ限界しかない。まずわさびを作るところから始めなきゃいけなくなっちゃうもの。すると、そもそも種はどこにあるの? とかになるじゃない? 見つけるところからってなると、ね? いろいろ教えてくれる人がいるのといないのとだと、どえらい差があるし。
たいへん。果てしねえし、ままならねえし、たやすくない!
わさびで料理なら? 楽しめる先ばかり。私はね? けど、人によっちゃ「うっわ、めんどくさ。どうでもいっすわ」となりそう。
ウォーキングデッドあたりでよく見られるけど、意思を統一しようとすると? さらに混沌とする。必然性を設定したとたんに、いろんな問いがやまほど発生する。人間関係の摩擦は、代表例。
鬼ごっこでキレる頃って、あるじゃん。
そうとう昔だけど。
一緒に遊ぶゲームでもそう。
決まりがはっきりしていても、役割がはっきりしていても、じゃあそれでいいかっていうと?
どうなんだろうね。
おまけに、その通りにするのが楽しくて、そこから外れたすべてはだめ! なんてわけじゃないよなあ。
だから決まりがあっても、枠組みがあっても、手段があっても、みんながみんな、それを同じように評価することはない。多数派が少数派に属性だの名前だのつけて、あれこれ言おうと、その現象は変わらない。
変わらないのに、そういう動作だけを、ずーっと続けていると? いざというとき、他に手段の検討もできず、枠組みの状態も気づけずに手が打てないかもしれず。負荷が増して暴力に依存していくことさえ起こりえる。
わさびで料理なら? そこまでいかないけどね。
カナタにそば禁止でわさびで料理をしてもらうとなると? まず無理だなー。そば禁止な時点で、それを習慣的に作ってくれるだろうか。あれこれ作るようになってくれるだろうか。
ならない。それはもう去年、体験してる。
そんなカナタに学ぶことがある。
私だって、そういう一面がいっぱいある。あと、それって別にだめじゃない。悪いことじゃない。責める類いの話じゃないし、永遠不変の事実だなんて知らないのに言えるわけもない。
ただ、なんとなく、ふわっと思うわけ。
人によるけど、そういうとこあるよなあって話。
人それぞれの差とか、ちがいとか、対応するならさ? 決まったブロックという手段と、ぜんぜんちがうたくさんの人との間に挟む、どんな姿でもはめられるジェルとか、緩衝材みたいなのが欲しいよね。
真っ先に思いつくの、テレビの宣伝で見かける入れ歯安定剤なんだけど。
もっと他にないんか! 私よ!
でも、そういうことだ。
歯医者さんでとる歯の型みたいなものがほしい。
加工がしやすくて、自分と対象の間に挟むと、ひとまず安定させられる手段とか、仕組み。
臨機応変さのように、人に求めるとすると? 状況次第によって誤差が生じる。というか、誤差は永遠に生じているもので、がちっとはまるものじゃない。人がやる以上は失敗する可能性を常にもつ。そしてなくせないものだ。それがむしろ、自然で当たり前ってもの。
そう考えると、なるべく人から切り離せるといい。だって、それってつまり、緩衝材がないじゃん。人次第になっちゃうじゃん。それってもう、直じゃん。やる人が目標に対して緩衝材がないんじゃあ、意味がないじゃん。開始地点に戻るじゃん?
健康で、包丁も火も電気も扱える私もお父さんも、料理ができてさ? これだと技術も知識も緩衝材っぽく思える。スマホやパソコンでネットを通じて見る信頼性の高いサイトや動画もそう。万全でも完璧でもないし、失敗の余地が常にあるけれど。だいたいは、なんとかなる。
でもなにかの要素が崩れるだけで、私もお父さんも、料理をするのがしんどくなる。
この場合の緩衝材って、なんだろ。
インスタント食品? 配達してくれるお店? そして、それらに支払うお金?
じゃあ、それらが機能しない場合の緩衝材って、なんだろ?
目標は食事だとしたら、どうだろ。
そうやって辿っていくと、突き当たる解決がむずかしい前提や条件は? 存在しない緩衝材は? なんだろ。
それを、ありとあらゆる人たちがやろうとするとき、取りこぼさないための網目って、なんだろ。どういうものだろ?
そういう類いの問いが、生活の至るところに眠っている。
ぷちたちと過ごす時間についても、そう。
私がいまを生きる時間についても、そう。
果てしねえなあ。
緩衝材が欲しい。
おばあちゃんが来てくれたおかげで思い出した。おばあちゃんちに集まったときにいたよ。入れ歯を直でいれて、噛むのしんどい、楽ならインプラントにしたいけどばかたかいし時間かかるしやだなーって愚痴ってたおじいちゃんが。入れ歯安定剤つかえばいいってだれかが言うと、あれはあれでめんどいし、なんかやだっていうの。
そうして柔らかいものを食べる。噛みたいなあって言いながら。
いまある手段を使え。それがだめなら、おまえもだめ! 方式だと、いずれその不便さは自分に回ってきて苦しむ羽目になる。私の歯がしっかりしていても、一緒に暮らす人の歯がえげつないことになったら? やっぱり、かたいものを食卓には出しにくいわけで。カナタがふがふがいってる未来も、あんまり想像できないけど。そりゃあ、だって、いま十代だし。
生きれば老いる。やがて死ぬ。
盤石な富はない。人の営みに完璧はないよ。完全もない。
果てしねえからさ?
緩衝材がほしい。
ユーリがヴィクトルと出会い、ユリオと競い。そもそも地元でいろんな縁と出会い、こつこつ滑りつづけ、曲作りをお願いすることに挑戦することも、それを頼める出会いも、そこで頼りになるピチットくんも。数えだしたらきりないけどさ。
緩衝材は果てしねえ縁という素材でできてることも、あるのかも。
縁だけがすべてとは言わない。わからないから! 断言もしない。他にもあり得ると思うし、まだまだ探したいし。
それくらい、いまは緩衝材に飢えてる。
お腹がすいたなら、食べれば満たせるんだから楽。いまはね。
風邪で寝込んだり、お腹くだしたりすると? それさえままならないんだから困る。
困ることを数えて、そこに潜む問いを明らかにして、緩衝剤を作った気になっても、それでも足りないから怖い。
果てしなさに戸惑いながらも、夜食の準備が整っていく。
寝るのがこわい。
明日がくるのがこわい。
果てしねえ問いの天の川に、溺れてしまいそうで。
どんなに自分を鼓舞しても、すぐさま折れてしまうくらいには途方もなくて。
わさびをたらふく食べて、涙を流せばすこしは自分に素直になれないかなあと甘えてるんだ。
つづく!




