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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百二十九話

 



 ちょろちょろとホースから水が出る。

 排水溝のそばに立って構える私の両手に、お母さんがホースを近づける。

 いきなりカバーバブルをなくしたりしない。泡に閉じ込められた匂いが一気にぶわっと広がりかねないから。そうではなく、ホースを泡の中に入れちゃうのだ。先端がこつんと当たってから、お母さんが泡を弄ってホースの直径分の穴を開ける。勢いよくしゅぽっと入れて、直径よりも気持ち短めに穴を窄めた。すこしの間、じょばばとはねる水も泡の中でおとなしく流れ出る。


「つめたっ」


 黒いじゅるじゅるに跳ねた水が、露出した腕に当たる。

 まるで油の粘液みたいに水を弾くじゅるじゅるは、お母さんが水をどれほど当てても流れない。両手で擦っても、引っ張っても、掴もうとしても、状況は変わらない。

 ただ、泡の底にたまっていく水の色が真っ黒だ。いくらか流れるなにかがあるみたい。

 けど、確かめたり、水流を強めたりする前に、お母さんは蛇口を閉めた。


「これさ。水に匂いが移ってる可能性、ない?」

「ああああああ――……あるね」


 お母さんの真顔での問いに、私はすこし間を置いた。

 言われてみれば、ある。めっちゃある。


「ボディソープ? 石鹸かな? それか、いっそ洗剤!?」

「う、ううん。待て! 待ってくれ、娘よ! いっそ御珠だけ離して洗濯機に突っ込みたいレベルだけど、洗濯機が駄目になる予感がする!」

「第一、御珠が傷だらけになるよ!?」

「だめかー!」


 両手で顔を覆って空を仰ぐ母を、初めて見た私だよ!


「い、いっそ手を引っこ抜いて、私の手をまず洗ってさ? ゴム手袋を嵌めて、強めの油除去剤みたいなの見つけて、それでごしごしする?」

「それだ! あ、待って! 春灯の手にも別で泡をつけるから、その中で洗って?」


 もはや、そのレベル!?

 おぅ……なんてこった。

 北海道で有名という、ジンギスカン鍋。羊さんのお肉は独特の匂いがある。ラムか、マトンか。成育期間が長い大人の羊さんであるマトンが香りがつよい。話によると牧草のような匂いなのだとか。そうなの?

 匂い成分次第なのかもしれない。ただ、お鍋でじゅうじゅう野菜を焼いて、お肉を焼いて食べるやり方をするのが、ジンギスカン鍋だった。となれば焼き肉店と同じで、煙が出る。煙は部屋に充満して、匂いが残る。焼き肉屋さんに行くと、服にがっつり匂いがつくように。お店のそばにいくと匂いでわかるように。

 好ましい匂いなら、みんな気に入る? 気にしない? そうでもない。お鼻が敏感で刺激に弱かったり、一般的によいとされようと香りがそもそも苦手だったり、好ましい匂いだろうときつすぎたりすると? しんどいものはしんどい。

 匂い学みたいなのもありそう。匂いを調合するお仕事もあったよね?

 じゃあ、臭気についてはどうなんだろう。

 なぞ!

 わからん……。

 それにさ? そもそも、匂いと刺激は同じなのかな? それとも別なのかな?

 なぞだわー。わからん。

 わからんけど、うんち級の匂いを放つこれはきつい。

 とっととやろう。


「じゃあ、いったん泡を地面に下ろすから」

「せーので抜いてね? いい? ゆっくりよ?」


 念押しされて、しみじみ痛感。

 わりと早めに鼻が参ったんだなあって。参ってよかったかも。参らなかったら、延々とダメージを受け続ける羽目に。いや。匂いは変わらないんだから、ダメージは受けてるんだってばよ! ごまかさないで!

 お母さんとアイコンタクトをとりながら、地面に両手を下ろす。

 せーのと号令を一緒に口にして、引っこ抜く。泡から取りだした私の手にも泡。

 匂いが逃げ出すことはなかった。ねちょお、と、いやな手触りがあったけど、べちょべちょは御珠に貼りついたまま。私の手には名残が見えない。薄汚れた程度。

 ただし、匂いはどうか。

 試す勇気はない。

 まったく! ない!


「ホースをそっちに移すから、手を近づけて。大きな泡でくるみなさい。化かすの。できる?」

「もちろん!」


 ふたりで工程を確かめながら、粛々と手洗い作業へ。

 おうちに帰ったら手洗いうがい! っていうけれど、こんなに厳重な手洗いは初めてかも。

 お風呂場からお母さんが持ってきてくれたソープを新たな泡の中へ。それを私の手を覆う大きな泡へ。せっせと撫で擦って泡立てる過程で、どんどん黒くなっていく。

 気まずく、ふたりで息を呑む。

 迂闊にお風呂場で洗っていたら? 悲惨なことになっていたに違いない。匂い的な意味で!

 ホースの水でソープを流す。指先で手のひらや手の甲を撫でると、きゅっきゅと突っ張り滑るいやな手触りがあった。まだ足りない。

 そんな具合でさ? 思ったよりもけっこう手間取った。

 そうなれば当然、本丸である御珠のじゅるじゅるを落とすのは、もっと大変。

 排水を試みて、泡の解除をして、匂いが消えていることを確認しようとするも、排水の時点でなかなかの刺激臭! ソープの香りと泡が混じっていて、ある程度はおさまっているとしてもね!? きついね!

 ただ、匂いのきつさがゆるんだ分、それがどういう匂いか、もうすこしわかった。

 きつい垢の匂いだけじゃない。アンモニア臭もした。おまけに、やっぱりたしかにうんち臭も混じってた。

 これはいわば、命を放っておいた匂いだ。

 尊厳を放っておいた匂いなんだ。あくまでも、現代の価値観でいえば? それもどうかなー。昔がどんなだったか、時代ごとによって、地域によってどうだったか、個人差はどのくらいあったか、そうした研究と、その情報の欠片も知らないんだもの。

 わからないぞー? はてなの数は、おいくつかな? なぞ!

 ただ、気軽に洗えて清潔に保てる環境下で放置していたら? やはり、放っておいた匂いだ。他でもなく私が、私を。それだけじゃないかもしれない。尻尾の中で過ごしていたぷちたちを、私が放っておいた匂いなのかもしれない。

 中学校のときだった。夏休みの研究だと主張する結ちゃんに、うちまで押しかけられて、連れ出されて、結ちゃんがお約束した動物病院さんで放置されたわんちゃんのお世話をするのを手伝った。他にもクラスの子が何人かいて、キラリもいた。わんちゃんは一匹じゃなかった。たくさんいた。

 みんな、毛が固まって毛玉になっていた。それも固くて分厚い皮のようだった。お尻の近くにうんちがいくつもくっついていたし、尻尾がどんな風なのか、一目ではわからないくらいだった。

 怯える子も、怒りを奮いたたせている子もいた。そういう子は、獣医師さんや、動物病院のスタッフさんが面倒を見る。私たち中学生がお手伝いしたのは、人なつこい子たち。それも、スタッフさんたちがケアとかする前に、見守る程度。

 どの子も状態は同じ。悲惨な環境に放置されている。

 事前にちゃんと説明を受け、教えてもらえる限りのことを教えてもらった。トリマーさんたちが毛を丁寧に刈り取っていく。病気のある子、ノミがついちゃってる子、いろいろと。映画にみる野戦病院のようだった。兵器ではなく、無関心と放置という悪意によって傷ついた子たちが運び込まれている。

 だからみんな、わりとすぐに察した。

 私たち、いるだけで邪魔だ。なにもできない。そう思ったけど、結ちゃんが懇意にしている動物病院の先生は丁寧に、いろんな資料を使って教えてくれた。

 多頭飼いによる崩壊が注目されがちだけれど、すくない飼育でも崩壊している環境は存在すること。捨てる人もいるし、生かさず殺さず最低限を怠る人もいる。

 環境次第だ。その環境には、あらゆる要因がある。

 それはいきものにとって重要なもの。とても大事なもの。

 人間も含め、あらゆるいきものは環境に依存する。そして環境とはうつろいやすく、制御しきれやしないものだ。そのため、いろんないきものが、あらゆる手段を講じている。アリやハチは集団を形成し、役割を分けて活動を。卵生のいきものもいれば、そうでないいきものも。あらゆる生存戦略も、たとえば極めて振り幅の大きな温度変化には対応できない。

 だけど、環境って、いわゆるサバンナ~とか、山奥~とか、そういう人の手の入っていない自然だけを指し示すものじゃない。

 大辞林いわく。


『取り囲んでいる周りの世界。人間や生物の周囲にあって、意識や行動の面でそれらと何らかの相互作用を及ぼし合うもの。また、その外界の状態。自然環境の他に、社会的、文化的な環境もある。「――が良い」「――に左右される」「家庭――」』

『周囲の境界。まわり』

『動作中のコンピューターの状態。ハードウエア。ソフトウエア、ネットワークにより規定される』


 ここで注目するのは最初の談。

 取り囲んでいる周りの世界。まずそこに軸足を置いて想像する。

 自分を持ち抱えたおおきないきものが、カゴに自分を入れる。たまに水や、なにかを置く。それは食べられることを知っている。食べるし、飲む。顔を見て、尻尾を振ると、ごくたまに呼びかけてきたり、身体を撫でてくる。

 水を飲めばおしっこが出るし、食べればうんちが出る。だけど、それはどんどんたまっていく。どうしよう。なやみ、うったえる。吠えてもだめだ。おおきないきものは、なにもしない。撫でてくるとき、態度が穏やか。だから撫でてくるときの行動を繰り返す。だけど、おおきないきものは、たまに水とご飯を置くだけ。

 ただただ、それだけ。

 思い出したように、撫でる。

 思い出したように、不愉快そうに、掃除をする。

 いつもじゃない。ごく、たまに。

 それだけ。

 身体が痛い。うんちがだしにくい。寒い。暑い。くさいし、床は固い。

 いつご飯が食べられるか、そのご飯がまともかどうか、わからない。決められない。どうすることもできない。お水だってそうだ。器だって、洗ってくれることなどないかもしれない。家が埃まみれだと、ほんとにきつい。なのに、それさえ気づかないかもしれない。

 どんなに訴えても、変わらない。

 逃げることもできない。逃げてどうなるかが、まずさっぱりわからない。

 そうして、どんどん時が流れる。

 ある日、死ぬかもしれない。けれどきっと、おおきないきものは、不愉快そうに、掃除をするのだろう。

 泣かれたところで、意味はない。

 まったくもって、意味はない。

 そういう環境に、おおきないきものは自分を連れていく――……。

 そんな妄想を当時、した。

 環境の欄には、いろんな接続語? みたいなのが紹介されている。

 環境汚染とか、環境アセスメントとか、環境会計とか、環境管理とか。環境経済学とか、環境経営とか、環境社会学とか、ほかにもたくさん!

 個人的に気になったものを、ふたつ引用するね?


『――えいせい【環境衛生】人が健康な生活をおくるために、周囲の環境の保全または改善をはかること。または、そのための社会的努力』

『――りんり【環境倫理】[environmental ethics]人間の自然に対する傲慢さ環境破壊を招いたとの反省に立ち、生態系に対して人間がどのような義務を負うかを問う倫理の一分野』


 このとき、主語に自分を置くことができるじゃない?

 私自身の環境衛生を意識するの。周囲の環境の保全または改善をはかるんだ。具体的にね。外でゴミをポイ捨てしないのもそう。

 一緒に過ごす人を勘定に入れるかな? その人にも主体性があって、自分と同じようにやれー! ってぷりぷりしても始まらないじゃない? 対話を重ねながら、お互いに環境衛生を意識していく。

 一緒に過ごす人だけが大事? 勘定に入れるのは人だけ? のん! まさか! いきものと一緒に過ごすのなら、そのいきものだって勘定に入れる。

 テレビでペット特集番組とか、動物の面白映像コーナーとかで、新聞を運んでくる子や、人の便器にトイレをする子が紹介される。他にもいるよね。人の生活の役に立ちそうなことをしてる子。下手っぴでも、失敗してても、かわいくていいねーなんて盛りあがっちゃうの。

 それを見てさ? うちの犬もできればいいのに。うちのネコもそれくらい賢かったらな。そんなことを言う人がいるかもしれない。そういう人が、普段、いきものにどう接しているのか。そこにはかなりの断絶があるのではないか。

 自分にとって都合が良いかどうかで判断してない?

 自分にとって価値があるかどうかで判断してない?

 時間をかけていろんな集積で作られた自分という山から下りて、山を眺めたうえで、その判断が絶対だなんて言える人がいたら? 疲れてるよ。参ってるよ。追いつめられてるかもよ?

 自分のこれでいいやで、安易に済ませているだけ。自分に易しい区切りを増やして、壁をどんどん増やして、せまっくるしい井戸をさらにせまっくるしくしているだけ。

 だめだよ。そんなの。

 だれのためにもならない。自分が振るう暴力にさえ気づくことさえできないよ。

 周囲の環境。まわり。

 私が中学時代に見た、たくさんの子たちの環境を、私たちは見ていない。説明してくれるお医者さんから、かなりショックが強いから、見たいと思う子だけ、ようく考えて挙手して。そう言われて、私は踏み出せなかった。写真はあった。けど、見れなかったんだ。そのときは。あとで結ちゃんにお願いして、また動物病院に行って見せてもらったけど、決断するまで時間がかかった。

 物が多い家だった。埃っぽい家でもあったけど、まあまあある範囲だ。ただ、わんちゃんが入れられていた場所だけが、露骨に汚れていた。

 他にもいろんな例があって、これがそのすべてじゃないよ、と。そう聞いた。

 もっとちゃんと、数多くの状況を見て、学んで、知らないことに気づいて、学んでいかないと。とても手が足りないのは百も承知だけど、放っておけないよね、と。こんなのひとつもなきゃないほうがいいに決まっているけど、それじゃなくならないよね、と。そう言って、お医者さんは写真を手にお仕事に戻っていった。

 たしかに、そうだ。

 人それぞれに見方があるし、行動にも、捉え方にも、数多の幅がある。もしも許されることなら、それこそ聞いて回りたいけれど、当時もいまも、それこそ無知なまま、働く人たちの邪魔をするだけのような気がしてる。できる限り学んでから行きたいけれど、そもそもなにから手をつけていいのかわからなかった。

 なつっこい子たちが尻尾をめいっぱい振って、ぺろぺろ舐めてくれたり、飛びついてああもう! と興奮しながら身を寄せてきたりする。あの光景を、熱を、テンションを、覚えている。忘れられない。あれって、いったい、どういう思いがあって?

 わからない。

 わからないよ。

 恥ずかしい話、そのままだったんだ。私にとっては。

 なのに、解決できないことはやっぱり、解決できないまま、いつかまた出会う。

 刈り取った毛の匂いを思い出す。

 とても、よく、似ていた。

 そうなるに至る背景を、やまほど想像できる。むしろ、するべきだ。そしてそれは恣意的で、自分のお山の上から適当に妄想するのでは断じてなく、自分のお山から下りて、よく学び、よく歩き、いろんな場所で経験を積みながら、見識を深めながら想像するものだ。それでも足りないくらいだよ。

 学びって、途方もない。

 たとえば天の光はすべて星だとわかったらさ? 次は星の距離が気になる。距離が違うのなら、光の速度が気になる。それらはすべて同じかどうかが気になるし? 光が届くまでに、どれほどの時間がかかるのかも気になる。私たちが地球上からみる月サイズで観測するには、どれほどの天体望遠鏡が必要なのかな? それって、どうやって作るの? 地上の設備だけで足りるの? だいたい、星には種類ってないの? 地球は太陽じゃないけど、じゃあそもそも星にはどんなのがあるの?

 もうね。途切れない! ずーっとずーっと、先がある。あるいは、見つけ出せるかも?

 すくなくとも、学校の教科書で終わらせたら、その先への旅が物足りないまま終わっちゃう。

 そして、旅は断じて楽しいことにしか存在しないわけじゃない。

 もっと切実な状況、悲惨な環境だってやまほどある。

 いま自分のお山から見えるものだけ、自分のお山での手前勝手な見方だけで世界のなんにもわかるはずがないのに。自分のお山から下りるのは、地味に勇気がいるものみたいだ。

 歩荷となって、てめえのお山を下りて、旅をできるだろうか。

 旅路をせっせと整備できるだろうか。環境衛生を整えていけるだろうか。

 それができなくて、こわくて、だれかにやってほしい状況自体はあり得る。是非はさておき。そこから、自分でできるように、こわくないように、だれかにやってほしいけど仕方ないから自分でやるぞ、くらいにもっていけないか。そのための手段はないのか。仕組みは。枠組みは?

 ひとりでできないことを達成する。そのための集団であり、社会だ。

 私たちは依存する。

 いきものは、依存する。

 ホモサピは単体では生きられず、みんな弱者だ。そして、みんなで一緒に活動し、みんなで生きるという生存戦略をとっている。

 私の学びだと、いまはこんな感じ!

 臆病さ、恐怖、傷や痛み、抱えきれないものほど、それは自分にとっての弱者への振る舞いに出る。でね? 自分より弱いものをおいて、自分は安全なのだと錯覚したくなることがあるのかもしれない。

 だけどそれは環境衛生への一手にならない。問題はそのまま問題として残る。つまり、だれかへの振る舞いに見て取る、自分の臆病さ、恐怖、傷や痛み、抱えきれないものへの対処を置き去りにして、過剰さは暴力に転化される。

 その中には区別と、枠組みの設置と、それに対する無関心を装った虐待と名づける暴力も、当然ふくまれる。

 繰り返すし、根深くてうんざりするけれど、それを選択する、ないし当然だと思うとき、選択者の内部に見て取る負荷には対処が必要じゃない?

 共同体としての感覚。依存する、という前提を破壊しようとするときの過剰さ。尊厳を欠いたら、あるいは破壊したら、いったいどれほどの事態になるか。歴史に学ぶと、うつうつしてくる。

 自分を育てる。ぷちを育てる。


「いやこれ、大がかりになりそうだわね。重油でも落ちそうなの、探してきたほうがいい? って、一般人に買えるか!」

「あ、あははは」


 お母さんの自棄気味な発言に苦笑いしながら、内心ではもっとしんどい思いだ。

 それだけじゃ足りねえや。

 ぷちたちみんな、臭くなくなったって言ってなかった?

 みんなして外に出てくるようになった。当然だよ、そんなの。

 こんな匂いが尻尾の中に充満していたら? そんなところにいたくない!

 私にぶつけた怒りは、ぎゅっと凝縮して、それでも耐えに耐えて絞り出したもののような気さえする。

 まさかいま、尻尾の中をお掃除してたりしてないだろうか。

 だめだ。なんかもう、それはほんとに、だめだ。私がやらなきゃ。

 そう思うのに、やり方がわからない。

 去年の夏休みでカナタんちでお掃除とかもろもろしたときのことをお母さんに話して、おでこをべちっと叩かれたんだよね。去年の私は思ってたよ? なんとかするぞと意気込んで、なんの経験もないから逆にいろいろできたって。だけど、お母さんの指摘はもっと踏みこみが深くてさ。うちでお母さんとお父さんがなにもできなくなったら、あんたどこまでできた? って。

 家事についてとか、日々の過ごし方とか、そういうことまではまだ教えてないし、伝えてないし、そういう環境もなければ、仕組みもないから凹むところじゃない。けど、だからってそれを彼や彼のお宅の人たちをどうこう思って済ませるようじゃあ、無知の差別だからねって。

 わからないんだ。

 こうしたほうがいい、という手段が提示されても、自分が使えなかったら意味がない。

 まったくもって、意味がないの。

 いざ自分ができなくなったとき、負荷に見舞われたとき、初めて気づくことばかりなの。

 しかもね?

 その先は無限に広がっていてさ。

 学ぶほどに世界が広がっていくんだ。果てしなく、どこまでも。

 済まないの。繋がっていくの。

 だからか、切実なことを学ぶとき、ふと自分のひどさと出会う瞬間がある。

 みじめさかもしれないし、あまりにもむごたらしい暴力を振るったことかもしれない。

 自分にその気がなかった、なんていうのはね? 言い訳にならないの。

 心の環境衛生って、なんだろ。

 わからないんだ。

 私には。

 あの毛玉の匂いが凝縮した、黒いじゅるじゅるの正体も。

 洗い落としても、それはきっとまた増える。

 台所をね? 使うとき、どうしたって料理中にゴミが出る。水垢も増えるし。汚れでどろっとする。

 お風呂もそう。抜け毛がたまる。垢だってそう。

 おトイレもねー。汚れが目立ちやすい場所。

 水回りっていうよね。水回りは汚れが目立ちやすいし、たまりやすい。

 トイレの便器の前にカーペットを敷く。使用前、使用後にぷしゅっとかけるスプレーもあれば、タンクに設置する置くだけの洗浄剤もある。もっとシンプルにブラシを使うこともあれば、お高い洗浄機能つきの便器も。まあ、それでも汚れるけども。

 他にもキッチンに三角コーナーを置いて、そこに入れる袋を設置して、うちは毎晩それを生ゴミとしてまとめておく。夏場はすぐに腐る。調理をすればでる。前にお母さんが、庭の土壌管理用に、土をためて、みみずを飼育して、みみずのエサ変わりに生ゴミを捨てる人がいるって言ってた。そこまでいくと、かなりのもの。他にも、冷凍庫を使って凍らせて、燃えるゴミの日にいっせいに捨てるパターンもある。ただ、やっぱり、ゴミが出る。野菜の皮、魚の食べない頭の部分など。それを利用するやり方もある。野菜の種類によっては、皮を利用した料理も。

 お風呂の浴槽の水は洗濯機に使えるし、浴槽を洗いやすくするスプレーの洗浄剤もある。ブラシもいろいろ。

 そういうの全部、買えればの話。

 いかにも、できないときしか、そのまずさに気づけそうにないよね。

 やまほどあって、いろんな手があって、だけどそれは知っていてもできるとは限らないし、なじむとは限らない。

 それじゃあ、心の環境衛生どころじゃない。

 あ、ばっちい! いらない! あ、汚れた! フタしとけ、フタ! あ、どうにもならなくなってきた! そこには近寄らないでおこう! どっかいけ、しっしっ!

 って。

 いやいや。

 どう考えても先がない。

 どんどん引きこもっていっているだけ。

 そんなお山からは、さっさと下りちゃえ。

 地面にぴんと立った、針のような山のてっぺんはさ。どんなに高くなっても、下りることができない、やべえ山だよ。落ちると致命傷。落ちれなくなって、お山の大将という虚勢を張ることしかできないぞ?

 自分にそう言い聞かせて、なだめる。

 お山を下りよう。

 あまりにくっさいじゅるじゅるでまみれた御珠に。そんな匂いにまみれたところからぷちたちが逃げ出すほど放置しちゃっていた事実に。私は耐えきれずに怯えて、怖くなって、否定したくなる。

 けど、そんなのあと!

 怪我をしたら、怪我をした理由にうんうん悩むのが先? 問いただすのが先? のん! 質問も、行動も、治療に向けて行なうもの。ね? わかること、わかった気になって済ませることは、求めてないの。で!

 濡れた両手でほっぺをはたく。

 気合いを入れろ!

 あと、


「みんな、もうお外くさくないから出てきて?」

「「「 やだ! 洗ったお水くせえもん! 」」」


 ぷちたちに呼びかけたら、尻尾から一斉に顔を出して、みんながあかんべえと舌を出す。

 たしかに洗ったお水はくさい!


「尻尾の中はだいじょうぶ?」

「「「 いい勝負! 」」」

「でもママ、どうせ洗えないんでしょー?」

「いや、ママなら洗ってくれなきゃだめでしょ!」


 ぷちたちがわいわい騒ぎ出すけれど、みんなして程なく一様に顔をくしゃくしゃに歪めて「くっせ!」と言うの。


「ちゃんとなんとかするからさ。おうちの中で待ってて」

「あ。そうね。それがいいわ。冷蔵庫にお菓子あるし」

「「「 それを先に言ってくれなきゃだめでしょー! 」」」


 わーっと、みんなして尻尾から飛び出して、おうちに逃げ込んでいく。


「ちょ、待って! あなたたちもまだ匂うから! 春灯、それ持って追いかけるよ!」

「え、あ、急ぐなら置いとけばよくない?」

「汚れていても大事なものでしょうが! ほら、はやく!」


 お母さんに促されて、急いで泡に包まれた御珠を持ちあげる。

 言われてみれば、そうだった。

 こういうところでも、ふとした瞬間に出てくる。私の雑なところ。

 匂いはガードしてるんだ。むしろ私の手を洗ったお水が問題なわけで。

 お母さんがホースのお水をまいて、急いで排水溝に流しきる。私は急かされるままに、急いで泡を抱えておうちへ。

 ぷちたちに「お風呂あがりのほうが、アイスはうまいんだぜ?」と交渉して、なんとかお風呂に軌道修正してもらう。どうせくさいし、いい匂いするもんねーと、みんなして受け入れてくれた。よっぽど尻尾の中も、御珠のじゅるじゅるも臭かったのだろう。

 ほんとごめん……っ!

 ガチ凹みでしばらく動けないくらいでも、いまはまだ凹んでいられない。止まっていられないのだ。

 こつこつ洗っていこうか!




 つづく!

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