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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百二十三話

 



 軽く上り坂になって、かと思えば下り坂になる。

 通路が開けて、閉じて、広がって。曲がりくねって、はちゃめちゃだ。

 一本道なのは変わらない。だから迷うことはない。むしろ、むちゃくちゃな部屋の設計自体が迷ってる。一本線で、線が重ならないように、なるべくながぁく、だけど不規則に一ページを埋めるような、そんな道を、およそ五分ほど歩いたときだった。

 道の先からモーターの作動音が聞こえてきた。曲がり道の先からやってきたのは、道幅いっぱいの横幅が大きなロボット掃除機に乗っかったアリスちゃんだった。


「おー。道をあけてくださーい。お掃除中でーす」


 幼女のアナウンスでーす、と。

 めちゃめちゃゆるい声で呼びかけてきて、思わず避けた私たちの間を通りすぎていく。

 目が合った。そんなに進む速度がはやくないから、がっつり見つめあった。

 なのに彼女はにこーっと笑いかけるだけで、行っちゃった。

 いや今日、平日ぅ! 授業時間中なのでは!? 休み時間だからなの!?

 呆気にとられて、なんにも言えなかったよ!


「あんな子いたっけ?」

「たまぁに迷い込む子がいるっていうのは聞いてた。緋迎さんちの娘さんとか」

「あー。コバトちゃん?」

「かな。たぶんバイト、頼んでるんじゃない? ここに自分で来れる子なんて滅多にいないから」

「そりゃあたしかに」


 ふたりは訝しみながらも、するっと流して歩きだしちゃう。

 待て待てぇ! めっちゃ気になるところやん……っ!


「ねー、ママ。あれなぁに?」

「なにしてたのー?」

「あれ乗ってみたい!」

「あれでお空とびたい!」


 ああもう。すぐそれどころじゃなくなるし!

 みさえさんがさ? わりといなす場面があるのもわかっちゃう。

 そんでもって、きちんと答えている場面が多いの、ほんとにすげえなあって痛感する。

 ひとつひとつに答えながら、ふたりの後をついていく。

 徐々に変化が見えた。

 たとえば、本棚を自由に移動する絡繰り人形がいた。棚の段と仕切りが突き出ている部分があってさ? そこをローラーで噛んで移動できる板に乗っているんだ。木製の日焼けした絡繰り人形は、これまた色褪せて日焼けした白い着物を羽織って、歯車が回る音を立てながら、板に載せられた本の山と、本棚の本を管理・整頓しているようだった。

 夜に見たら、おしっこちびりそうなくらい雰囲気抜群の自動人形たち。髪がひとりでに伸びそうなのばっかり。妙に生々しい質感をしている。顔はみんな違う。だけど、なんだか直視したくない。呪われそうで。

 それはぷちたちも同じようだった。

 がっつりびびって黙り込んじゃった。

 進むほど、人形たちの数が増えていく。


「そろそろかな? ――……お、見えてきた」


 お母さんの声が明るくなった。

 ようやく、突き当たったのか。扉でも出てくるのかと思ったけど、ちがった。

 開けたホールに辿りついたんだ。そこから道がいくつも延びていた。分岐点。あるいはここが、始点。

 中央に螺旋階段があって、階段の柱のうえに円形の床が広がっていた。

 そこに向かってお母さんが「おぉい!」と呼びかけると、すぐに、


「んー? おー!」


 髪の毛がボサボサで分厚い眼鏡のおじさんが顔を覗かせた。

 汗染みのひどいワイシャツと焦げ茶のチノパン。離れていても、獣憑きになって鋭くなった嗅覚が捉えたよ? あせくせえ!

 お母さんも美希さんも足を止めるし、私もぷちたちも続いた。

 おじさんが背後をふり返り、私たちを見て「待って、下りるわ」と呼びかけてきてさ?


「「「 あ、そこにいて! 」」」


 と、みんなしてハモっちゃった。

 理由は言いにくいけど、みんなの答えはハッキリしていた。

 匂う! くせえ! 風呂はいってねえだろ! やめて! せめて身体を洗ってからにして!


「やば。今日外れだ」

「風呂はいれ! 不潔おやじ!」

「ええ? 先月はいったけどなあ」


 美希さんの罵声に、おじさんが不思議そうに頭を掻く。

 そのとき、いろいろ散ったのが見えて、みんなして思わず三歩ほど下がった。

 足りないって! 匂ってるって! なんならフケもたまってるって!


「ちょっと待ってて!」

「「 いいから風呂はいってこい! 」」


 お母さんと美希さんが怒鳴るし、おじさんってば相当ひどい態度を取られても全然気にする素振りがない。


「もしかして、いつものことなの?」

「年に一回くらいは、綺麗にしてる彼に会えるんだけど。滅多にない」

「……なるほど」


 美希さんのうんざりした声と、引っ込んだおじさんの鼻歌交じりのステップする足音に実感する。思ったよりもずっと変な場所に連れてこられたみたいだぞ?

 入り口であり出口でもある場所から、ホールを見渡す。

 天井までの距離がさらに開いていた。

 螺旋階段のそばに、壊れた人形たちの山ができている。手がないもの、足が折れているもの。他にも顔の塗料が剥げているもの、胴体に刃物で傷つけられたもの。異様に髪が伸びているものなんかもある。

 道のすぐそばには本の山があって、たまに自動人形たちが回収したり、置いていったりする。ちらちらと確認してきたけれど、すべての本の背表紙にだれかの名前があった。デザインはすべて同じ。古くお高そうな判子で押したようなもの。角張った巨大な文字。


「いまさらだけど、ここ、なに? あの人、だれなの?」

「好事家。暇人。無職」

「人生を記した本の虫。変態。不潔野郎」


 ふたりがうんざりした顔をして、平気でひどいこと言うの。

 いまのところ、いい印象の紹介がひとつもないんだけど?


「自称、仙人。仙人は臭くならないと思うんだけどな」

「馴染みの店に顔を出しては、ツケでただ飯くってる。なのでやっぱり仙人じゃない」

「あ、あのう」


 コメントに困ることじゃなくてさ?

 なにか明るい話はないのでしょうか。


「あいつはね? 漂う霊子から、人のものを抜き取って本にして、ため込んでいるの。そういう力の持ち主なわけ」

「ここも、本も、彼の力あっての産物。ただし思いつくままに本棚を拡張して、適当に本を入れているし、管理している人がいないからね? 特定の人の本を探すと、宝くじの一等を当てるレベルで大変」


 それって、もはや見つからないのでは?


「ど、どうやって生活してるの?」

「ここに引きこもって、大好きな本作りを延々としてる。前に働いて、病んじゃって。年金もらえるようになってからは、必要な用事以外で外に出なくなった」

「婿のもらい手がいればねえ?」

「見つからないでしょお。生粋の引きこもりだもん」


 よ、容赦ないなあ、ふたりとも。


「なんで、じゃあ、ここに来たの?」

「彼は現世の霊子を採取して、本にする。そこで気づきがあったら情報として販売してくれるってわけ。おまけに、もう長いこと、こうして本を作っているからね。妙なことに詳しいの」


 なるほど?


「だれにも紹介されずにここに来るには、特殊な要素が必要。それは後天的に獲得する術が見つかってないもの。運といってもいいかもしれない」


 コバトちゃんやアリスちゃんが来れる理由。私たちが来れない理由。

 前に「隔離世に愛されている」みたいに表現されてた。シュウさんかカナタが言ってたんだったかな?


「そんな子はだいたい好奇心旺盛で、話好きだから。あいつももてなすし、そういう子しか行けそうにない場所で過ごしている人の話を知っている。自然と情報が集まるわけ」

「私たちみたいな人間が情報を買うと、あいつのお小遣いになるわけ」

「商売にするには客がいなさすぎるけどねー」

「値をつり上げるわけでもなし。生活力皆無なのも、ありゃ相変わらずか」


 ぼろくそに言うやん!

 生活力皆無かあ。はちゃめちゃで整理されていない本棚。

 幸いにして、通路に本が散らばっている、みたいなことはない。

 人形たちが整理するための場所として、本の置き場はきちんと設定されているし、そこにはカーペットなんかも敷いてあった。

 膨大にも程がある本の山。本が増えるのなら、棚を増やせばいいじゃない? 制限がない、この世界でなら可能だとばかりに、延々と増え続けるスペースと本。

 本の数だって、きっと数えていなさそうだ。人形たちの活動範囲を思うとね? 最初にこの場所に辿りついたあたりには、一体もいなかった。限定されているよね。片づいた場所だという考え方もあるし、整理がぜんぜん間に合っていないという考え方だってある。

 いずれにせよ、好事家で変態っていうの、わかった気がする。

 あ、でも変態っていうのは性欲と繋がる意味じゃなくてさ? 広辞苑いわく「形や状態が変わること。また、その変わった形や状態」かな!

 もしも世の中の労働層がお金を稼がずに生活するとき、みんなは日々をどう過ごすのかな。経営者や経済界が「労働者! 働かなきゃだめ! ぷんすこぷん!」と必死に圧をかけても、そんなのみんなで無視して生活するとき、みんなそれぞれに、なにをするのだろう。

 そんな前提はだいぶぶっ飛んでる。それを語るのは、かなり変。あり得ないと鼻で笑うよりもおかしなことかも。

 だから考えにくいし、ある程度の支援ないし、依存を前提とするのも確か。

 まあ、働いている人たちさえ、そこはまったく同じだけど。かかる負担がちがうかな。

 負担の話はいったん置いといて。というのも、そうしないと話が進まないから置いとくのだけど。

 言うなれば社会の多数派ないし、マジョリティーは社会の変化を必要としない。変わってくれたらいいなーくらいの願いはあっても、切実さはマイノリティほどじゃない。社会を軸として、ぐるんぐるんとえらい速度で回っているとき、軸にがっつり組み込まれている人なら負荷はそこそこ。だけど、遠く、段階を挟むほど、振り落とされやすくなる。そこが、マイノリティな層。

 別の軸を作るのも、別の仕組みを探すのも、マジョリティよりマイノリティ。

 そういう捉え方があるみたいだ。どうやら。

 マイノリティはいろんな言葉に繋がっていく。

 あまりに切実で、あまりにむごい状況は多い。けど、たとえば学校で飼育する動物といったら決まってウサギで、みんなもウサギがいいと言っているけど、自分は亀がいいなんていうのもマイノリティといえばマイノリティ。なんでもかんでも現状維持する人たちの中で、現状を変えようとする少数派もマイノリティといえばマイノリティ。

 マジョリティがやっとの仕組みしかない、枠組みしかないようだと? マイノリティのしんどさは増す。そして自分が生まれてから死ぬまでマジョリティで居続けられる保障も担保も、なにもない。なので、人はあらゆる試みをする。分断を加速させたり、マジョリティの特権と維持を強固にしたり、楽にしやすくしたりする。

 そんなの知らないよ、と言わんばかりの空間だった。

 だけど、ここはとても寂しい場所にも見えた。

 滅多に人が訪ねてこない。

 自分に集中できる。自分と世界があればいい。そこにあえて人は求めない。

 けれど、来る者は拒まない。

 程なくして、おじさんがこざっぱりした顔で下りてきた。服からなにから全然ちがう。

 いやな匂いは一切しない。


「お待たせして申し訳ない! こりゃあまた、べっぴんさんぞろいで! 麗子ちゃんに美希ちゃん、それから――……キミは麗子ちゃんの娘さん? いやあ、似てるねえ!?」


 にこにこしながら、歩いてきた。

 陽気に語っていたのに、そばに来る頃にはもう、額に汗をにじませて、息を切らしていた。

 身長はそれほど高くない。百六十くらいかな? かなりの痩せぎすだ。

 実際、体力がめちゃめちゃないみたい。ちょっと待ってとその場に屈んで、ぜえはあと呼吸する。しかも歩いたり、身体を曲げたりするたんびにポキポキ音が鳴っていた。

 どんだけ運動不足なのか。ほとんどを、この部屋で過ごしているのかもしれないぞ?

 案外、不摂生が祟って血圧あがってたり、内臓やられてたりしてない? だいじょうぶ?

 見ていて心配になってくる。


「いやあ……食べものの配達を覚えたら、だめだね。いよいよ外に出なくなってさ」


 とうとう腰を下ろして胡座を掻いた。

 頭も骨の形がはっきりわかるほどだ。

 体重やウエストのサイズをはかったら、私より軽いし細いまでありそう。


「割高じゃなくなれば助かるんだけど。で。麗子ちゃんは、昨日の件かな?」

「そ。娘に役立つ情報ついでに、ひどい死に方をした人間の本が何冊か、わっと入ったって言ってたでしょ? そっちも手がかりがあるなら教えてくれない?」


 彼はちょっと待ってと、人差し指を立てた。

 いやに長いし、すごく細い。これまた骨と皮だけみたいに見えて、不健康。

 食べれないより、食べれるほうがいいなーってしみじみしちゃうくらい、ガリガリだ。

 強制も矯正も反発を生むし、効果的じゃない。尾を引くし、生じる負荷は怨みに育つ。

 交渉を。それを手間だと思うのなら、触れない。

 それもいろいろ問題あるよなあと感じながらも、もやもやする。

 ぶしつけな言い方とか、話の持っていき方とかしか浮かばない。このあたり、経験値がもろに出る。食を楽しむのにも、いろいろといるのだ。


「あのう。もしここじゃなきゃだめっていうんじゃなければ、お外で、軽く食事しながら話しません?」


 なので、試みてみた。

 食べられる機会になれば、なんて。

 だけど「ああ、ごめん。もう牛丼すくなめを注文しちゃってさ」とおじさんに断られました。

 食べるんならいいの! それならそれで! ところで少なめって! もっと食べて!


「――……そうそう、思い出した。たまにあるじゃない? 赤ちゃんポスト。トイレの出産、放置による遺棄。ロッカーに置き去り。昔はね、こどもを置いて立ち去る親なんてのも、そう珍しくない時代があった」


 映画シャザムの男の子がそうだった。

 お母さんに誘われて遊園地へ。ふたりで遊ぶ。けれど、はぐれる。

 男の子ははぐれたせいで不幸になったと信じて、ひたすらお母さんを探す。

 だけど、やっとの思いで見つけたお母さんは、育児が困難すぎて自分を置き去りにしたのだと告げる。一緒に暮らせるはずもない。だれもが豊かになれる社会になんて、まだまだ到底なれていやしないし、それを望む人がどれほどいるんだって話だし。なんなら自己責任だと、そういう人たちを責める人さえいる始末。

 なにもかもが足りない中で、自分たちの利益を守るために、だれかの不幸を当たり前なことにする。それは卑怯という言葉だけじゃ足りない。

 けれど、そんなことを言っても変わらないし、なにも始まらないのも確かで、スーツでハービーとマイクが揉める話の中にもあったっけ。貧富の格差という社会問題と、自分にできること、その限界の話が。

 そんなのテーマも問いも答えも手段も仕組みも枠組みも、星の数ほど必要になるのに、みんなして一言で、なるべく短く、完結に、少なくして解決しようとするから、先には進まない。進めない。実際、現世はゆっくり進んだり、ゆっくり下がったり、暴力はなくなることがなく、格差は生じて、繋がり続けていく。

 その現象として、こどもの置き去り。望まぬ妊娠、叶わぬ中絶、捨てられる赤子のようなことが起き続ける。積極的に報道される類いの内容でもない。二十四時間テレビ以外の枠で見かけるもの、見かけないものの差のように。そこにはっきりと、まざまざと、マジョリティの枠組みは提示され続ける。教育も環境も、仕組みも枠組みも。


「とはいえ久々に連続して、捨てられた子の最後の記憶を本にしてね」


 どれくらいの数がわかっているのだろう。

 私にはわからない。

 おじさんはあごひげを指で撫でた。じょりじょりと音がする。

 せっかくなら無精髭も剃ってくればと思ったけど、肌もひょっとしたら弱いかも。

 男性は床屋さんへ行くと、顔剃りしてもらうんでしょ? カミソリで綺麗に整えてもらうの。

 なので、床屋さんを頼ったほうがいいまである。そういう話じゃない。わかっているけど、つらい話題。


「十冊は越えていたように思う。題がつけられなくて困るし、今日は午後にはお寺に行ってお参りしなきゃあ、やるせない」

「同じ日のこと?」

「恐らくは」


 お母さんの問いに、おじさんは肩を落とした。

 長い長いため息を吐く。どこまで、霊子を本にする過程で知ることになるのだろう。

 すべてだろうか。その子が誕生して、捨てられて、息絶えるまで泣き叫んだ、その時間のすべてなのだろうか。


「さすがに妙に思うんだ。示し合わせたように、同じ日に、それだけ多くの命が捨てられ、亡くなるなんて。私が知っている限り、支援活動をされている県に預け入れられる、年にかかる人数ほどだったと記憶している」


 それが、一日でというなら、確かに変だ。

 けれどあまりに惨くて、あまりに悲しい状況すぎて、麻痺してくる。

 そもそも、そうしたできごと自体、信じられないし、ないほうがずっといいに決まっている。

 それでも、起こりえる。

 加えて、言いにくい。抱えているのも、きつい傷になりそうで。

 言えるか。言いやすいか。それを思ったとき、心がひどく痛む。

 途方に暮れそうなほど、恐ろしくもなる。

 サイレントマジョリティって、歌が出てたけどさ。

 マイノリティほどサイレントを押しつけられたり、圧がかかったり、自分で圧をかけてしまうものはないんじゃないか。


「こいつはね。伝えておかなきゃならない話だと思ってさ」

「――……最近の事件と関係あるとか?」

「どうかな。テレビは見ないし、ネットのニュースなんていうのもね。麗子ちゃんのほうが詳しいよ。例の如く、明日までには本を送るからさ? あとの判断は任せる」


 そういうところが不親切、とか。

 そこでもっと商売っ気を出せばいいのに、とか。

 たぶん、言いたいことがやまほどあるんだろうなあと、お母さんのもどかしそうな顔を見て思う。

 商売として情報に値段をつけて、先払いを願ったり、契約書を取り交わしたりすればいいのに。それもない。仕事としてみるなら、こんなに万引きし放題なやり方もない。

 情報に質としての加工も加えない。ただ、知ったことを伝えるだけ。そういう意味じゃ、お母さんと美希さんが辛口で評価している理由がわかる。たしかに生活力はない。

 そういう社会なんだなあ、なんて実感する。

 生活の糧として、いま聞いた話を材料にするのが、生活力だなんて。


「こんなところかな。お題は本を見て決めて」


 お母さんに委ねちゃうの!?

 きっと、お母さんと同じ顔をしちゃったに違いない。

 そりゃあ、外で生きていこうとしたら、生きづらそうだなあ。このおじさん。


「こういう類いのことだと、いますぐ渡しても、お寺で使っちゃうんでしょ」

「あっはっは、まあねえ! 沙汰もなんとやらっていうじゃない?」


 お布施かな?


「別で渡すから、私たちのぶんも祈っておいて。こっちもこっちでお参りしておくから」

「わかった。それで、娘さんがどうしたって?」


 お母さんの用事のひとつは済んだみたいだ。

 おじさんが私を見あげてくる。

 彫りの深い顔をしている。クマが目立つ。人なつこそうで、柔和な顔立ちをしているけれど、場所柄か、それとも生活ぶりゆえか、浮世離れしていて、ふわふわした印象の捉えにくい顔をしていた。


「それがね?」


 お母さんが私の尻尾について話しはじめる。

 美希さんもところどころフォローを入れてさ?

 あれこれと語るのを、おじさんはにこにこしながらうなずいていた。

 ぷちたちはおじさんよりも、この部屋の異様よりも、退屈を持てあまし始めているみたい。人形の山を見ている子が多かった。ただ、無気味な亡骸の山のようで、みんなしておっかながっている。

 私たちが話す音がホールによく響く。人形たちの動く歯車の音も賑やかといえないこともない。

 代わりに街の喧騒も、人いきれも、なにも聞こえてこない。

 私はすっかり呑まれていた。

 朗らかな顔をしているおじさんは、多くの人の時間を本にしているという。

 人生いいときだけでも悪いときだけでもない。マジョリティだけでもマイノリティだけでもない。一色だけに留まるものでもない。グラデーション。

 それを本にすることで、世界に触れている。繋がっている。

 お参りに行くという。お布施もするという。

 異質で、怖くもある。恐ろしくもある。おじさんの境地が奇妙で、たしかに変態だって思う。

 見た目ほど簡単で、単純な笑顔じゃない。おじさんの前提と文脈を知ったら、話せなくなるかもしれない。そういう生き方を、この人はしている。

 お母さんと美希さんは、情報を求めるうえで信頼しているのだろう。私はそこに頼り、縋るしかない。

 ここにある本を手に取ってみたいと思った気持ちが、どんどん萎んでいく。

 けど、それだけではなかった。

 だれかのかさぶたをしたい記憶にさえ、残れるかどうかという命もある。

 そうした命がなにを願うかなんて、わからないし、決められない。

 それでも残さずにいられず、作らずにいられなくて、おじさんはここに留まるのかもしれない。

 そんな偏見を見つけてさ?

 だけどやはりわからなさが満ち満ちた、この紙の世界に私は留まる。

 お母さんは、ここにきて、お姉ちゃんの本を必死になって探したのだろうか。

 コバトちゃんは、ここでサクラさんの本を、一生懸命探したのだろうか――……。




 つづく!

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