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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百二十二話

 



 お母さんと美希さんの話がひどい。

 どうも星蘭にちょいちょい足を運んでいる美希さんは、葛葉さんちのふたりのこどもの学年の子たちにあれこれ教えることもあるんだとか。それはつまり、ユウジンくんたちの学年であり、私たちの学年でもある。高校二年生だ。

 じゃあ実になる話かっていうと、そんなことはない。


「ほらー。いるでしょ? ユニコーン」

「処女厨ね。はいはい。まだいるの?」

「いたの!」

「えええ……ネットで若者の皮を被ったおじさんじゃなくって?」

「いたんだってば、星蘭の子に! でね? ちょっとでもだれかといい感じになってる子を性的に見たり、いやらしいみたいに言うわけ」

「ますますおじさんくさいんだけど」

「ほんとなんだってば! そこで、どう返すべきか考えたわけよ。思いつかなかったんだけど」

「そんなのさー。男のほうがよっぽど処女だらけやぞって教えてあげればいいじゃない」

「目覚めたらどうするの?」

「目覚めるわけないでしょ」


 ひどい。

 徹頭徹尾ひどい。

 あんまりひどくて、ふたりの話に混じる気になれない。

 それどころか、なるべくぷちたちの気を私に向けようと試みるレベル。

 それくらいひどい。

 いるけどね。うちの学校にも、ちらほらと。

 あれですか。TSですか? なんだっけー! 話題になってなかったっけ。オタクくんさん、みたいに言ってるチャラ男が性転換してオタクくんに会いにくるみたいな話! あと、やんちゃな悪友ふたりのうちひとりが美少女にどんどん変わっていっちゃって、意識し始めて、そしてとうとう、みたいなの?

 好き!

 ぶっちゃけ大好き!

 男の子ばかりのブラウザゲームのカップリングでひとりを女体化する流れとかあるけど。

 ――……いいよね。

 っていう沼に、男と手を繋いだらもうビッチみたいに言う男子高校生をはめると。

 罪深いのでは? それはだいぶアウトなのでは?

 あと、そもそもセックスありきで人を捉えるような生き方していると、人付き合いで苦労するから、やめたほうがいいと思うよって話では?

 性別とセックスも別の話だよね。肉体的なもの、精神的なものとしては、いままさに活発に議論がなされているし、知識もあれば、変化もしている部分。でもって、セックスはコミュニケーションの手段のひとつで、プライベートゾーンが大事で、それ以外の部分も大事という前提のうえで、触れあうかどうかーとか、そういう話だしなあ。

 容姿、顔も体つきも肌の色も、あれこれ含めてプライベートゾーンと同じく、個人のとても大事なことだから、弄るのなしよ! という方向性が世界の潮流のひとつだよね。

 激しさを増した川が水域を広げて削れる土もあれば、衝突する岩があるように「はんっ」と笑う人がいる。ドラァグのドキュメンタリーで何度か触れられていた話。

 肌の色となると、KKKの話が出てきそう。

 テキサスでは昔、肌の色で店の入り口を分けたり、入店を忌避していたそう。テキサスに限らないだろうけど。そういう歴史を踏まえ、はっきりと、どなたでもどうぞと変えたことを明言しているお店もあるという。テキサスといえば、おいしいお肉とバーベキューの州というイメージだ。食のドキュメンタリーで見た気がするよ?

 そこにアジア系はいますか? みたいに訴える流れも皆無ではないかもしれない。けど、だいぶトーンダウンするという。

 そのあたりも踏まえて、関係の構築、婚姻、それぞれにおいて、過去をどう捉えるかみたいな話は? 実はだいぶおとなな話題になってしまっているかもしれない。

 地域や世代でも差がありそう。コミュニティによっても。表面的に違うと感じる変数がやまほどあるだけで、実はもっと簡略化して捉えられる部分があるのかな?

 わからないぞ?

 情熱的な赤! トマト! パスタ! ピッツァ! アモーレ! なイタリアだと、日本のマザコン判定を持ち込んだら、大勢がマザコンになるという。それくらい、お母さんを大事にする国なのだとか。そのイタリアときたら、アモーレ! ティアモ! 情熱的な愛の国。

 情熱的とくれば、恋愛も激しいし、結婚も離婚も激しいそう。お隣のフランスもかなりのものだとか。

 ちなみにこれ、日本人はみんな奥手で静かっていうのと同じくらい、雑な話だからね? 話半分どころか、聞き流す程度の前提で、よろ! お国バイアスって、日本でいえば東京の人はーとか、京都の人はーとか、大阪の人はーとかっていうのとおんなじノリ。

 そのうえで言うとさ?

 わりと離婚率が高い国だと、再婚するとか、相手にこどもがいるとか、そういうことの理解のしかた、受け止め方、悩みのケースと経験値がたくさんありそうだし? 解決できていないこともいっぱい可視化されていそう。

 環境によって可視化されるものっていう考え方はありかも。

 付きあって、別れて、また付きあってっていう人がたくさん身近にいたら? そういうものかなーって思うかもしれなければ「こんなの、へん!」と思ったり「自分って、馴染めないけどやばいの?」と思ったり、いろいろしそうだ。

 だとしたら、もっと想定される状態、パラメータがやまほどありそうだぞ?

 たとえば、そういう人たちがいて、馴染めない人がいて、互いにどういう交流がなされているかーとか。「普通、幼稚園か低学年の頃にはもう好きな人が何人かできては消えたりしていて、場合によってはおとなからみてこども同士の遊び程度に、付きあったりしてるでしょ」みたいな前提となる価値観が強固に存在していたら? 広まっていたら? そうなれない人は悩むかも。自分を疑うか、そんなことを実際にしている人たちを疑うか。どちらに矢印が向くにせよ、まあいいやで止めつつも一抹のさみしさや不安を感じることもあれば、おかしいと思う気持ちを暴力性に変えることもあれば? 嘘をついたり、だいじょうぶな振りをするかもしれない。

 どう感じ、どう行動するのかは決まらない。他人に制御できないし、また、するべきではない。

 とはいえ、なんとなぁく、ひとつの共同体としてあるとき、その環境に属するときに受ける刺激はあってさ? それが無視できない負荷になっている人もいそう。

 できてる振りをして嘘をつき、あとで判明して致命的な事態になってた、なんてこともあるけどさ?

 負荷をごまかしたくて、なかったことにしたくて。しかも、ごまかしてなかったことにできると、今度は利益が得られると? もうね。全力でごまかすんじゃないかな?

 そうして人は嘘つきになったり、ひどいことを言うんじゃないかな?

 文脈として、こういう流れがあり得るんじゃないかなー、なんて。ね?

 美希さんが見つけた男子の厄介なこと言う子の発言も、流れがありそう。

 どんな文脈で、そういう発言に至ったのかは謎!

 それを探っていくのが、カウンセラーの仕事なのかな?

 ドラマのハンニバルは、ちょうどその仕事をしていた。なんと、ファンタスティックビースト略してファンタビでコワルスキーを演じたチャーミングなおじさんが、ハンニバルの患者役で出ている。あのおじさん、めええっっちゃ! 好きなんだけどさ? なにせもう表情がかわいくて! 一作目ラストの笑顔なんかもう最高じゃない? ね!

 けれどハンニバルの患者さん役はどんなだったかっていうと、精神科医に九回、たらい回しにされた人。たしか九回。本人が数えていて、医師を変えることを勧めるハンニバルに訴えるシーンがあるんだよね。

 人に関わる、あらゆる欲と願い、帰属すること、支配すること、そのあらゆる願望を、お医者さんに対して依存してしまう状態っぽくて。

 私は依存をうまく使えたらと思うし、前提として意識しておきたいと思う。

 それに意識せずともしているし、そういう性質のものだとも思う。

 これがほんのすこし、ずれたり、狂ったり、付きあい方を学べる環境やだれかに依存できてこなかったら?

 対処の仕方もわからず、自分で意識しても、できなくても、どちらであろうと対応できなくなる。そこで滞ると、だれかやなにかに過剰に求め始める。あるいは、過剰に干渉して支配しようとする。

 そういうものなのかなー? という推測をしているんだ。

 ハンニバル・レクター本人でいえば、社会適応と対人関係、承認欲求などなど、諸々の解消のひとつに殺人があって、そこに食人が加わり、それを調理して振る舞うことにまで発展させて、解消を試みているものと推測してる。

 実のある推測をしたいもの。私のは素人の推測。

 そのうえで推測を進めると、だいたいの人は彼のようにはならない。

 映画で語られるハンニバルは、大戦で惨い戦場を生き抜く経験していたし、医療技術を習得していたし、原作小説の設定だったかなー。足の指に先天的な特性があったような。そのあたりに注目し、彼が如何にして猟奇殺人鬼となったかを描いていた気がするけれど。

 彼のように医療を学び、戦地を経験した人のすべてが、彼のようになるわけではない。

 そこに着目して「あいつが異常」だとして済ませることもできる。けれど、それは彼のような特性を明らかにしたことにはならない。

 まあ、ハンニバル・レクターはフィクションのキャラだけどさ。

 PSYCHO-PASSっていうアニメだと、ハンニバルみたいな人は、槙島聖護のようなパーソナリティとして捉えられて、人を管理し、運用するシビュラシステムに脳みそだけ取り出されて取り込まれるに値する人物として判定されるのかな。

 どうかなー。

 あのシステムもいろいろ「うーん」と思うところばかり。

 その話はいっか。ずれちゃうし。

 気にしているのは、言動にみる特質と、それが生じる文脈。

 条件が同じでも、だれもが同じ結果を出すわけじゃない。それはなぜ?

 私はそれに対して、なにを提示できるだろう。

 なにもだ。

 なにもない。

 ないことが不安で、嘘をついたり、そんな疑問は最初から存在しないことにしてしまったほうが楽ちん。だから、ふたをする。

 そういうこともある。

 ひとつ要素を置いてみたら、みんながそれぞれ自動的に「なんだ?」と訝しむ。反応を示すタイミングができたとき、ひとりひとり意見を表明していく。正解を言わなきゃいけないわけじゃないし、だれかに配慮しなきゃいけないわけじゃないし、本音を言わなきゃいけないわけでもなければ、嘘をつかなきゃいけないわけでもない。

 だけど、それぞれに先入観や偏見というフィルターを通して、意見の表明に際していろんな変数の値が変化する。影響を与える。度合いも、その数も、結果的にどう作用するかも異なる。あまりに違いすぎて、捉えきれない。日常的に、そういう前提や文脈という水を、私たちは泳ぎ、掻いて、浮いて、飲み込み、排泄しながら生きている。

 じゃあ、だれかがだれかとするコミュニケーションについて、あれこれ言うのは? どういう前提や文脈が読み取れる? どういう圧があるのかな。どういう風に意思表明するのか、その人にとって潜む変数はどれほどあって、それぞれいったいどんなものなのかな?

 なぞ。

 わからん。

 あんまりにもさ?

 その人を知っていないと、見えてこないことが多すぎて。

 わからん!

 知っていればいいか、付きあいが長ければいいか、たとえば家族がいればそれで十分か?

 ちがう。そういうことじゃない。それは証明にならない。保障にならない。

 なるならネグレクトなんて言葉はないんじゃないかと思うのだし? もっとはっきりと、福祉が干渉できるんじゃないかな? そんなことはない。悲しいけど。悲劇も起きているけど。まだ、ない。

 ただ、居るのが楽という前提や文脈の存在する家庭と、居るのがひたすら苦痛ないし地獄という前提や文脈の存在する家庭とさ? ゼロイチじゃなきゃ、色として、グラデーションに分かれて違っていたとして。

 仮に居るのが楽な家庭要素があるのなら、そこにはなにか、あるのかも。こどもにとって、親が自分を知っていてくれて、見ていてくれているという、安全基地としてのなにかが。

 それはただ居るのが楽な家庭という言葉で片付けると、見落としてしまうような、たくさんの要素があるのだろうし?

 安全基地とはどのようにして構築されるかも、よくよく注意深く、問いを見つけていかないとだめだと思うのだけど。

 そういうのさえ含めて考えるとさ?

 あまりに膨大な情報量が相手になりそう。

 お父さんが持ってる昔のゲームぐらいの解像度なのかも。普段の私たちの認識って。それが、得意なこと、ずっと集中しているとき、最近のゲームばりの「もはや実写」な解像度になるのかも?

 それも雑な推測なんだけどねー。

 そんな印象、ありません?

 私には男の子がビッチだの処女じゃなきゃだの言ってても、ちっともわからん。

 女好きでヤリチンクソ野郎がいたとして、相手にされるかどうかは別としてチャラい奴がいたとして、そういう人の話題が好きな人のことも、ちっともわからん。

 ふぁみこん? の解像度。

 あ、いるぞ? くらいの感じ。

 作り込まれたソフトじゃないよ?

 点ね。点。緑一色の背景に、黒いドットがひとつ。それくらいの解像度。

 さすがにそれはぼーっとしすぎ?

 前提や文脈を辿って、ありとあらゆる情報、変数を可視化したら? 点は途端に巨大化して、拡大化されたり、詳細化されたりして、目視する人と同じくらいの解像度になる。

 だけど、そこまでは知らない。わからない。

 ハンニバルの解像度も、槙島聖護の解像度も、私は低いよ? どのレベルなのかもわからないくらい。

 私の世界の解像度は、どれほどあるのだろう。

 お魚屋さんに並ぶ一尾、一枚の魚たち。同じ種類だと、途端に私の解像度は落ちる。

 たとえば岡島くんなら? 料理するのにどれがいいかを探る、いわば解像度をあげる具体的な手段をいくつも持っているだろうけれど、私にはわからない。

 仮に岡島くんの目利きと、その際に用いる手段があっても、食べるときの味を想像するのであって、直接食べて確かめているわけではない。

 ただし私よりは精度が高い。それはもう、間違いない。同時に、それが完全でも完璧でもないのもまた、間違いない。だれより岡島くんが、私にそう教えてくれることだろう。

 そういう前提を踏まえてさ?

 ハンニバルは、ある程度の見通しと把握をしたうえで、患者さんのどでかい依存を回避しようと試みる。真っ当に、患者さんに提案し、代わりの医者を紹介すると約束して。

 医師がハンニバルだからえぐく思えるけど、患者さんと医師としての関わりなら、知識ゼロの私にしてみると真っ当に見える。

 真っ当じゃない事情が実はある。

 患者さんには楽器店のともだちがいるんだ。そう、さっき話した人間楽器を作った猟奇殺人犯が。患者さんは知らないけれど、ともだちの日頃の言動が怪しくて過激なことを懸念していて、ハンニバルに相談していた。

 そうして結局、悲しい末路に。

 そのあたりはドラマで是非ご確認をって話なんだけどね?

 人ひとりあたりの情報量って、莫大だよね。

 だけど日頃、そのすべてで活動しているわけじゃないよね。

 そのあたりも、なぞー。わかんないや。

 わかんないけど、ふぁみこんどっとワールドでふぁみこんどっとを相手に「あれって、ああだよねー」って言っちゃう瞬間は多い。やまほどある。

 みんなふぁみこんどっと解像度で話してるときは、わりとごまかしがきく。

 けどたまにえっぐい解像度で見てる人がいると、途端にふぁみこんどっと解像度で済ませてるのがバレる。手抜きで歌っているところをトシさんたちに見つかるくらいの気まずさがある。

 悲しいかな、プロの世界はみんなそうってこともない。

 ごまかすの当然な人たちの集団っていうのもある。

 業界の慣習として済まされること、窓口が暴力を振るってよしとなっていることの背景、その文脈に、ふぁみこんどっと解像度で済まされていることもある。

 悩ましいかな。そういうときの対処法を私は知らない。

 私の解像度をあげるのだって、どうしたらいいのかわからないくらい。

 そこへいくとね?

 なにも知らない、なにもかもが新鮮っていうのは、大きなチャンス。

 あるいは解像度をあげるきっかけに溢れているかもしれない。

 ぷちたちや、私のちっちゃい頃とか。

 いくつになってもする旅がたまらなくいいのとか。

 人生に迷って自分探しにあちこちいっちゃうのとか? やったことない分野に挑戦しちゃうのとか。

 興味。関心。無知を知るきっかけ。

 心のわくわくスイッチもいいね? 舞浜のテーマパークにドハマリしてさ? 舞浜に住んじゃう人さえいるじゃない? 住むまではいかないけど、しょっちゅう通ったり、帰りに寄ったりする人もいる。年パス買ってね。

 孤独のグルメのごろーさんも、食事するぞって動き出しているときのわくわくスイッチ入っている感、あるじゃない? ああいうの、いいよねー。あれもまた、旅。

 遊動民の名残なのでは? とする説がある。

 実際にどうかはしらないよ? そういう本を持っているけど、まだ読破できていない。一度読んだからって、本ができるまでの知識の文脈をすべて辿るには、膨大な時間がかかる。私の経験という変数を抱えた構造体が変化すれば、特に知識を辿らずとも、読み取る情報が変わるかも。

 それはどちらかといえば、私を辿る流れだけど。

 本を何度も読む楽しさって、自分を探る旅ができるところにもあるよなあ。

 そういう、いい意味でふぁみこんどっと解像度との付きあい方を知っておくのも楽しいかも。点に見えたものさえ、実は変化していく。変わらないというのも、ひとつの変化だ。

 旅。また旅。

 スナフキンもムーミン谷に戻ってくるたびに、なにか新しい発見をしているのかな?

 その新しさの中には「ああ、変わらないんだなあ」という実感もあるんだろうなあ。


『いまさらじゃがのう。考えごとが長い』


 ごめんね、タマちゃん。

 お母さんと美希さんが「冬に出すやつのネタ、それでいく?」「いまから冬ぅ?」と話し込んでいるんだ。なんの話なのか怖くて突っ込めないし、ぷちたちがいるときにツッコみたい話題じゃないし、現実逃避してた。


「あれえ?」

「人、いないねえ」


 ぷちたちがきょろきょろとし始める。それで周囲を見渡して、思わず立ち止まった。

 それなりに人通りのある道を進んでいたはずだった。

 歩行者用信号の音に、車に、人。建物の空調、自動ドア。東京の雑踏。その一切合切が静まりかえっていた。

 道の先が見えない。陽炎。ゆらゆらと揺れる。ビルが日差しを反射してうんぬんかんぬん、みたいなこと?


「春灯、ここではぐれると手間取るよー」

「はやくおいで。ここはまだ狭間なんだから」


 お母さんと美希さんが呼びかけてくるから、ふたりを見た。

 自分の立ち位置とふたりの間が霞がかっていて、はっきりと見えない。

 ふぁみこんどっと解像度なら、むしろ目立つ。二メートルも離れていなかったはずなのに、十メートルほどの距離が開いていて、それくらいなのに鮮明に見えない。

 ぞわ、と。

 無気味に怯えそうになったとき、私の頭のうえをユメがばしばしと叩いた。


「はやくー!」

「そ、そうだね!」


 急いで、ひとり残らず見逃さないように、ちゃんと確認しながら、ぷちたちと一緒にふたりのそばへ。さっきの揺らぎが見間違いだったとしか思えないほど、当たり前にはっきり見える。

 そう。それが当たり前。当たり前なことに、私はいま、すごくほっとしている。


「行くよ」

「ちゃんとついておいで」


 ふり返って私を見るふたりの目が、なぜかいつもと違って見えた。

 ますます、ぞわぞわっとする。のに。


「ギャップが生じる、見方が変わるっていうのは、面白いじゃない? こいつ、こんなにかわいいんだ、みたいなさ」

「鉄板だって。相手が男子に戻って、そこからどうするーみたいなのさえね」

「えええ!? 性別かわったら、そのままでよくない?」

「戻るからこそ味わえる葛藤ってのがあるの」


 ふたりがすぐに次の話のネタの打ち合わせを再開する。

 やっぱりひどい! 話の内容が!

 ぷちたちにも聞こえてるんですよ!?


『ならば、はんにばるとやらの話もどうなのじゃ?』


 うっ!

 それを言われると、苦しいね!

 いやもう、ハンニバル役の役者さんの美貌があまりに素敵すぎてさー。

 かっこいいの! アクションシーンも!

 なんだろなー。ドクターストレンジの悪役を演じていたときのコミカルな表現もできちゃうの、ほんと反則! いいんだよなー。あの人。

 役者萌えゆえに、なんとか見れているまである。

 ちなみにハンニバルのドラマのジャック・クロフォードFBI行動分析課長の役者さんがね? よく洋画で見る人なんだよー!

 もうね。超絶豪華なの! わかるかなあ! わからなかったら、次までにオススメ映画をピックアップしておくよ?


『けっこう。先日、マトリックスを見たのでな』


 モーフィアス役だね! そうそう!

 って、ええ!? タマちゃんがマトリックス見たの!? なんそれ!


『よいから歩け。置いていかれるぞ』


 おっと、そうだった!

 はぐれたら危ない場所でどんどん先に行っちゃうの、やばくない?


『文句を言うより進め』


 はあい。

 先へ先へと進む。

 元気あふれてどこかに行っちゃいそうな子に出目金マシンを勧めたり、抱っこしたりして、気づけば歩いている子がひとりもいなくなっていた。

 白い霧が真夏の蒸し暑い東京は神保町の路上にかかる。

 私がそう思ったからなのか、霧の合間を時折青く透き通る魚影が通り抜けていく。

 青い影は好んで書店から書店へと渡り歩くように泳いでいた。大きさも、数もまちまちだ。

 ぷちたちがはしゃぐ。飛んでいこうとする。

 けれど私はどうなっちゃうのかがまるでわからず、ぷちたちがひどい目に遭うかもと思うと、やまほど危ないパターンを想像してはますます怖くなって、だめだと引き留めて、ふたりの後を追う。なんなら小走りにだってなる。なのに、距離が開く。ふたりはゆっくり歩いているのに。ぷちたちと一緒だろうと、どんなに急いでも、なかなか距離を詰められない。しかもどんどん霧が濃くなる。

 なんで、と焦って本気で走りだしたところで、突然ぐっと距離が縮まって、ふたりの間を通り抜けた。なんで、とますます焦りつつ、転びそうになりながらも、なんとか停止。

 霧は晴れていた。

 いつの間にか、どこかの建物の中に入っていたみたいだ。自動ドアが開いた音もしなかったのに、周囲は壁で覆われていたし、天井もあった。

 ただし、ガラスだ。

 ガラス越しに、東京の空とは思えないほど深くて鮮やかな青が見えた。

 ところどころ、なにかの根やツタが伸びている。

 お母さんと美希さんがふたり並んでちょうどいいくらいの狭苦しい道。間を挟む壁は、すべて本棚。むせかえるような、年を重ねた紙の匂いに満ちていた。

 天井まで、およそ十メートル。

 どう考えても機能的じゃない。

 ちょうど左右にある棚を見ると、背表紙は一定の法則で統一されていた。白い革表紙に、仰々しい旧字体で記号的に配置された氏名を、判子で押したよう。すべて、赤。かと思ったら、たまに黒も混じる。けど男女で分けているわけじゃないようだ。


「ちゃんと干してんのかねー、あいつ」

「さすがに量的に無理でしょ。いつも整理してる絡繰り人形が見当たらないし」

「結末が出た本が不審な形で増えたって話だけど。お母さんも立ち寄ったらしいし、だったら叱られて手入れを始める頃合いなんだけどな」

「人形を増やせる貯金もないからねー。私たちがお金まわさないとさ」

「そういえば最近、買ってなかったかあ。うちの旦那はお世話になってるって言ってたんだけどな。そっちは?」

「うちの子たちが星蘭に行ってからは、あんまりかなー」

「「 それでか 」」


 ふたりして、鼻をつまんで不満顔。

 だけどすぐに「行くよ」と私に呼びかけて、私の横を通り越して進んでいく。

 奥へ、奥へ。明かりは天井から差し込む日差しだけ。

 陽気とはほど遠い場所。

 どう考えても、現世の神保町にありそうには思えない。

 だけど、神保町から出るほど移動したわけでもない。

 かといって隔離世に飛ばされたわけでなし。

 どちらかといえば、鳥居をくぐって宝島に来たときのような感覚が近い。

 ついでにいえば、アリスちゃんに連れられて迷い込んでいく不思議な空間に、とてもよく似ている。

 どこなんだろう、ここは。

 ふたりの話からして、目的地の近くに迫っているっぽいぞ?

 どきどきしながら、先へと進む。

 数えきれない背表紙に押された、だれかの名前たち。

 その意味を探るのが怖いけれど、置いていかれるのが怖いし、知らないことに出会う旅のようでわくわくするし、進まずにはいられない。

 簡潔な答えよりも、魅力的な問いを目指して、私はぷちたちを離さないように気をつけながら足を進めた。石のタイルが張られていて、かなりしっかりした建物っぽいぞと遅れて気づく。

 なのにまだ、道は狭い。




 つづく!

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