表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

172/2925

第百七十二話

 



 カナタのお部屋で、カナタの膝の上に跨がって座る私の背中をカナタの華奢な指先が繊細になぞる。私の輪郭をなぞるように、優しく。けれど指先の向かう先は尻尾の付け根だ。

 そこに触れられると落ち着かない気持ちになるの。本能が叫ぶように訴えてくる。尻尾はみだりに触れさせてはいけない、と。急所だから、と。

 子供に触れられるのと、大人に意識して触れられるのと。

 どちらも経験したけれど、実はいつもどきどきするの。

 怖いな、どうしようっていつも思ってしまうんです。

 でもカナタに触れられるのは……悪くない。


「ん……」


 我ながら甘えた声だ、と思う。

 でもカナタの指が動く度に心地よい痺れが身体中に広がっていくから、どうしても出てしまう。

 ずるいなあ。カナタは私に触れるだけでこんなにどきどきさせるから。

 一時期話題になった、男性のとある状態に対して殺しにかかるようなちょっとあれなセーターの内側はキャミと下着、ホットパンツだけ。

 だけど肌の露出なんてほとんどないくらい尻尾はボリューミー。

 着やすいし尻尾でお尻は隠れるから寝巻きにちょうどいいのです。

 そんな尻尾のそばをカナタの指先が滑り――……。


「あ、ぅ……」

「ハル?」


 名前を囁かれて前を見た。端整な顔立ちが不安げに私を見つめている。

 いやじゃない。どちらかといえば……カナタに愛してもらうのは好きだ。大好き。

 うちのお母さんが見抜いた通り……こういう時間が私は好き。

 目を伏せる。それが私たちの先へ進むサインだった。

 唇が重なる。薄く開いてそっと触れてくる濡れた感触を受け入れるの。

 どきどきする。鼓動が高鳴る。訴えてくる。

 もっと。もっと触れて欲しい。

 臀部にいくんじゃない。カナタはただ私の腰を抱き寄せられるの。

 くっつく密度をもっと増したくて、カナタの首に両腕を回す。

 抱き合う私たちの唇から水音が立つ。キスの音も、何度も。何度でも。

 身体の内側から溢れてくるの。欲望が、どんどん。もっと触れて欲しい。もっと……愛して欲しい。

 タマちゃんの夢で見た渇望に繋がるまでに時間は掛からなかった。

 腰を揺らして擦り付ける。やりすぎだよ、と不安な私が叫ぶ。もっとやろう、とタマちゃんと一緒に欲望に前のめりな私が私を唆す。

 コバトちゃんは晩ご飯を食べ終えて、もうお部屋で寝ている。シュウさんは今日は帰りが遅いって連絡があった。ソウイチさんも喫茶店のある界隈にあるお店の人たちとの飲み会でシュウさんと同じく夜遅くまで帰ってこない。

 いちゃつくなら、これほどいいタイミングはない。

 黒の聖書の読み合いをしながらくっついていたら、なんとなく……そんな空気になって。

 嘘、すみません。実は地味に期待してました。

 カナタもそのつもりだったら嬉しいな、とか。まったくそのつもりがなかったら、いよいよやばいのでは? とか。色々考えていた。

 でも今日ほどいいタイミングがないのは、私の中の天使と悪魔の間ですら意見が一致するところ。だからカナタも同じ気持ちでいてくれたみたいだ。

 嬉しい。ほっとする。嘘。どきどきする。

 薄く開いた視線でカナタと見つめ合う。

 欲望に染まった鋭い視線が私を見つめていた。その瞳に見つめられるだけで、身体中に火が灯るの。

 天使が悪魔に懐柔される。

 カナタに求められたい。たった一つの思いに心が支配される。


「……ね、」


 タマちゃんに促されるままに、おねだり。


「いちゃいちゃ、したいです……」

「俺も――ああ、くそ!」


 顔を顰めて、それからカナタが心の底から申し訳なさそうに言うの。


「予備がないんだ。買ってくるのを忘れていた」

「おう……」


 それじゃあ、しょうがないよね。


「すまん、急いで買ってきて――」

「いいよ」


 立ち上がろうとするカナタを制するようにくっつく。


「最後までじゃなくていい。ただ……くっついてたいです。最近あんまり、そういうのなかったから」

「……今夜、俺をもやもやさせて寝かせない気か?」

「私だってもやもやするよ?」


 ただそういうことばかりじゃないとも思うの。


「でもいいの……くっついて、触れられて……どきどきしたいの。おねがい」

「ずるいな。お前にそれを言われると、いやだって言えないのを知ってるだろ」

「ふふー」


 カナタに甘える。部屋の構造的に最後までできなくても、それでもいい。

 いちゃいちゃしたいのです。


「――……ハル」


 腰に置かれたカナタの手が私の脇へと伸びて、そのまま胸へ――……


 ガタン。


「――っ!」

「っ!?」


 あわてて飛び跳ねるように離れる私たち。

 耳を澄ませる。

 さっき聞こえたのは玄関の扉の開閉音だ。

 一階の玄関からリビングに足音が向かっていくのが聞こえる。

 私たちはほとんど同時にため息を吐いた。


「……まただね」「逃したな……」

「「 はあ 」」


 しょんぼりする。

 うう……居たたまれない。居たたまれないよ……!

 熱の灯った身体の欲望を訴えるように尻尾は膨らんでいたし、どんなに自分の手で絞っても駄目だった。せめてくっついて触れ合っていちゃつけたら、それだけでも補給できたんだけどなあ。

 それでも帰ってきちゃったなら、出て行かなきゃいけないよなあ。

 いつもお出迎えしてるもん。

 それは今や夏休みにおける私の日課になっている。今更さぼるのもちょっとおかしい。


「カナタ、私の顔って赤くなってる?」

「耳までな」

「だよね……」


 ぱたぱたと手で扇ぎながら出て行こうとしたけど、その前にカナタのほっぺたにキスをして言わずにはいられなかったの。


「またね?」

「あ、ああ……また」


 照れてはにかんでくれるの嬉しい。

 名残惜しすぎるけど離れて廊下へ。

 カナタの部屋の扉を閉めて、そのまま崩れ落ちた。

 ……わかってるの。わかってる。

 お泊まりさせてもらっている彼のおうちでそういうの、人によってはありや、なしや……という話があるのはわかってるの。

 でも……でも!


「もっともっといちゃいちゃしとうございます……!」

『廊下で何を言っているんだ。出迎えるなら急げ。そうでないなら部屋で素振りでもして落ち着け』


 十兵衞の冷静なツッコミに我に返った私は急いで腰を上げて一階に降りました。

 会合帰りのソウイチさんとシュウさんが二人揃ってリビングでジャケットを脱いでたよ。


「おかえりなさい」

「ああ……」「ただいま」

「は、早かったんですね?」


 それとなく探りを入れてみた。


「再開発の話題が出てきたからね、中座させてもらった」

「私は部下に働き過ぎだからと追い出されて父さんと合流したんだ……それよりも」


 二人が私を見て、それから二人で顔を見合わせるの。するとソウイチさんがシュウさんを目で促した……って、何を?

 きょとんとする私にシュウさんは言いました。


「青澄くん。水を飲んだらどうかな」

「へっ」

「顔。真っ赤だよ?」

「あ、ああ、はい」


 シュウさんの優しい言葉に従う。

 もしかして。

 もしかしなくても……。

 カナタといちゃついてたの、ばれてますかね?

 居たたまれない空気が二人の間に広がっていってますけど……ばれてますよね!?

 しまった……十兵衞の提案通り、お部屋に引っ込むべきだった……!


「ハルさん」

「は、はい」


 ソウイチさんに名前を呼ばれて思わず飛び上がったよね。


「朗読会も修行も、あなたの実家からこちらに通う形で継続するのも……いいかもしれません」

「えっ」


 それは思いもがけない提案だったの。


「既に脅威は去った。我が家で家事をしたい、留まりたいというのならそれでも構いません。しかしあなたを守護する意味においてはひとまず、我が家への滞在はその意義を果たしたと言ってもいい」

「あ……」


 それを、言われてしまうと……その通りなんだけど。


「節度を持って、という意味もあります。若い恋人に何を言っても難しいでしょうし……士道誠心の寮で同棲しているのに、なにをいまさら、という話もございますが」

「父さん」

「誰かが言っておかなければ……カナタにも」


 シュウさんがそっと口を挟むけれど、ソウイチさんは大人の毅然とした強い瞳で私を見ていた。


「我が家でお預かりしているあなたに、もし万が一があっては……あなたのご家族に申し訳が立ちません」


 静かに諭されるのが一番効きますね……!

 万が一が何か、ソウイチさんは言葉にしないから……しないでくれるから、何を危惧しているのか明らか過ぎるし気遣われてる。

 やばい! ものすっごく居たたまれないよ……!


「カナタを呼んできていただけますか?」

「は、はい」

「珈琲を飲みましょう。少し話があります」

「……はい」


 うわあ。うわあ!

 まずった。やっちゃった。やっちゃったよ!

 急いで二階に行った。

 カナタはお部屋で黒の聖書をまとめて、朗読会の手順を考えてくれているみたい。

 だけど、扉を開けて立ち尽くす私を見てすぐに近づいてきた。

 私の頭に手を置いて言うの。


「何かあったんだな?」

「……あ、あの、その」

「いい、だいたいわかった」


 俯く私を見てカナタは察してくれたんだと思う。

 私の手を引いて一階へと下りるの。

 何が起きるんだろう。不安です……。


 ◆


 コバトちゃんを抜いた緋迎家家族会議、開始。


「二人の交際は両家ともに認めている。学校側から聞かれた同棲の許可も含めてね」

「「 えっ 」」


 緋迎ソウイチによる先制攻撃!

 爆弾投下!

 青澄春灯と緋迎カナタは顔を真っ赤にして俯いた。効果は絶大だ!


「先日ご挨拶をしてきた時に確認してきたよ。ハルさんのご両親とも話した。二人が大人になって、やがて結ばれるのなら……それもいいだろうと私は思っている。青澄さんのご両親もね」


 大人の攻撃力は凄まじい!

 高校生二人は沈黙した!


「だから……わかるね? あたたかく見守るだけで済むように……二人には気をつけて欲しい。それだけだ」


 緋迎ソウイチの必殺技!

 高校生二人は何も出来ない……!


「カナタなら気をつけていただろうと思うよ、父さん」


 緋迎シュウのフォロー!

 緋迎カナタ、はっとした顔で慌てて頷く!


「も、もちろんだ。俺だけじゃない、ハルだって気をつけてる。それは……これからも変わらない」

「それなら……この話はここまでにしましょう」


 思いも寄らぬ家長からの終了告知!

 予想もしていないカードが出されて誰もが彼を見ずにはいられなかった。沈黙せざるを得なかった!


「二人を信じています。けれど……どこかで一度、話さなければならないと思っていたことです」


 そうして二人にあたたかい珈琲が出された。

 恐る恐る飲んでみた二人が思わず顔を見合わせる。

 緋迎カナタはミルクたっぷり、キャラメル一垂らし。

 青澄春灯は砂糖二つにミルクたっぷり、クリームたっぷり。

 二人の好みにぴったり合うトッピングだ。


「少し疲れました。今日は……早く寝ることにします」

「私も父さんに習って、早く寝よう」


 先に立つ緋迎ソウイチにより、試合終了のゴングが鳴った。

 立ち去る家長、見送る若い二人の胸に去来するものとは?

 緋迎シュウが立ち止まり、ふり返った。


「私は……私も二人を信じている。せっかくの機会をうまく生かしてくれたらと思う」

「兄さん……」

「高校生で恋人がいて、互いの両親に応援されている。学校の寮で同棲、夏休みに一緒に過ごしている。これほどの状況は滅多にないぞ? 楽しんで」


 微笑みを一つ残して彼もまた立ち去った。

 ここに勝敗は決した。

 家長の諭し、一人の大人の応援。

 対するは、若い二人の自制。

 決着は?


「……甘いな」「うん、すっごく……甘いね」


 俯く二人の苦い顔が答えだった。




 つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ