第千七百十七話
プールでぷちたちに力を貸してもらって、みんなで短歌の情景を再現する遊びに興じる。
もっともウォータースライダーや流れるプール、濡れまくりなコースターにウォーターパークまで、さんざん楽しんでからだ。
ノノカを交えて、試せる限りを試した。
それもくたびれて、午後三時のプールサイド。
みんなで並んでビーチベッドにごろ寝。ここで寝たら、夜元気になるのでは? なんて杞憂が拭いきれないものの、ほどほどのところで起きて動き出すにちがいない。せっかく楽しいプールに来たのだし。
私はそばで見守る位置に寝そべりながら、ノノカと候補を絞っていた。
そこでさ? ノノカが欠伸をしてから、私をじっと見つめてきたんだよね。
「春灯はさ。どこまでやる気なの?」
「どこまでって、なにが?」
「んー。なんていうんだろうなあ。麗や佳村さん伝いに聞いていた頃と、実際に会うまでとじゃあ、春灯のイメージにギャップがあってさ」
ビーチベッドの上で胡座を掻く。
鮮やかなオレンジ色のビキニにデニム生地のパレオを巻いて、両手で足首を掴む。ノノカはぷちたちと一緒に遊んでくれたけど、私よりもタフかも。まだスタミナが有り余っていそうだ。
「会うまでの春灯のイメージって、ふわふわーっとしてて、ぽけぽけしてて」
ぽ、ぽけぽけ?
それはあの、褒めてます?
どちらかというと弄ってません? ねえ。
私の能天気なところを弄ってません? ねえ!
「正義感があって、私の目の届くところは幸せにします、みたいな? あと十回に九回はあほでまぬけなやらかしをする、みたいな? そんな感じだったけど」
十回に九回はね? もはや、ほぼすべてなんよ!
もうそれ「あなたはまぬけ!」って言っているのと、ほぼほぼ一緒なんよ!
「そ、そう?」
「そう」
あ、断言ですか。そうですか。
「へこむと重たいこと平気で考え込み続けるし」
「おぅっ」
「わりと内向きというか内向的だし?」
「ぐふっ」
「相談するの下手だし」
「あぅっ」
「わりと精神的に引きこもりがちだし」
「ああああああ――……」
そろそろ止めない!?
すでに致命傷なんだけどな!?
「そういうときほど過激になりがち。なのに行動に移るほどじゃない。ほんとはね? 衝動的なタイプだと思ってた」
「ううん」
ドキドキさせられっぱなしだ。
でも、ノノカの指摘もわかる。
特に去年の私は衝動的に行動することが、ずっと多かった。
いまはむしろ石橋をぺちぺち叩いて、じっと考えてる感じ。
なにせ、さ?
「いろいろあったから」
「ってことは、じゃあ、無鉄砲だった?」
「なんだかインタビューを受けているような気分」
「かもねー。で、どう?」
「衝動的な行動って、だいたい無鉄砲とセットじゃない?」
「それは、いえてるかも」
でっしょー。無鉄砲になりがちだよね。
だから経験値つんでる人ほど、衝動的なことを自覚しつつ気をつけるのかも。
たとえば疾走するなら? パルクールをするのなら? 注意する箇所を限定するかも。あとは日頃の経験値に委ねるみたいな?
一年を通して全然運動をしていないのに全力で走らなきゃいけないときの注意できるレベルと、日常的にいろんな場所を疾走して、パルクールして、ばりばりな人の注意できるレベルってちがう。
加えていえば、後者だからって怪我をしないわけじゃない。
むしろ、挑戦しまくっている人ほど失敗を経験しているはず。だよね?
そして全然運動をしていない場合、経験している失敗は少なそう。
受け身の練習の経験値でいっても、日頃から挑戦している人と、全然していない人とだと差があるわけだよね?
やらかす怪我の度合いと、無鉄砲さが生じるリスクって、変わってくる。
「知らないことがたくさんあるんだなって思ったから、そのぶん慎重……に、したい時期かも」
「怖くなっちゃった?」
「……遅れて気づいた感じかな。本当は怖い場面がやまほどあったんだって」
「ふうん」
前後にゆらゆら揺れながら、ノノカが私の目をじっと見つめている。
「どんなに強くなっても、侍ひとりに救えるほど世界は小さくないよね。いま一番の大富豪レベルの富を築いても、日本のホームレスさんのケアと教育と生活費や、絞られてばかりの研究費の出ない研究者の援助とか、もろもろ、まるっと軌道に乗せられないよね」
「ぐ、具体的だね」
前にダイアナに刺激された私の脆いところを、ノノカが思いきり刺激してくる。
「今日どこかで放たれる砲弾も、街中に落ちる爆撃も防げなければ、紛争にまつわるビジネスも止められないし、止めたぶんだけ必要になる経済のカバーもできなければ? マフィアの抗争も、貧困が蔓延している土地のひったくりも強盗も殺人も止められないよね」
「……う、ん」
圧が。やばい。
「春灯がよくいうフラッシュさえ、どんなに早く走れても守れるのは地元のスターシティで駆けつけられる範囲の犯罪だし、警察の分析官としての仕事中は動けないし? スーパーマンも同じだし、ヒーローにはジレンマがあるね? トニー・スタークだって唸るほどのお金持ちだけど、スパイダーマンで宇宙のゴミ処理をしている人たちから仕事を奪ったよね」
「――……う、うん」
「前提として、どんなにすごくても、どんなに力があっても、お金があっても、足りないわけじゃない? だから仕組みって話をするんだよね?」
「そう、なん、です、が」
改めて整理して言われちゃうと、きつい。
「生物も、社会も、そこでの個体と集団それぞれの限界も、学んでみると、これまで衝動的に飛びついた夢が嘘っぱちみたいに思えて、むしろ語ることでだれかを傷つけるような気がして、どんどん引きこもる亀の甲羅が育っていくと。そういう状態なんだよね?」
「ノノカ、もしかして私のこときらい?」
「ううん。好き。きらいでも好きでもひどいこと言うやつはいるよ。私は春灯の感じていることを、なるべく正確に言葉にして、理解が合っているか確認したいの」
な、なるほど?
口から放たれる単語のひとつひとつが威力抜群なのに、組み合わさることによる相乗効果で私いまだいぶ死にかけてるんだけど! メンタルが!
「加えていえば、いま言ったとおりだとしても、すごくよくわかるよ?」
「わかるの!?」
「甲羅を育てるのも、中に引きこもるのも、背負うのもしんどい、めんどいってほうり投げる人もいれば、そうなりそうな気がして考えないし、重たいことは押しつけられるとこに押しつけるし、それじゃままならなくて不平不満を言動にだしたり。ときに暴力として、はけ口に依存したり。あるいは飲酒や喫煙、暴食になったり、自傷や賭け事にうつったりするのが人間じゃん」
「お、ぅ」
マドカよりもマシンガンで放たれる弾丸の威力がぁ!
ロケランでも連射してんのぉ!? ねえ!
大惨事なんだけど! 私のメンタルぅ! あと、この場の空気ぃ!
ふたりだし、いいけども! いいけどもね!?
キャッチボールじゃないんよ! もう! 試射場の的なんよ! いまの私!
答え合わせって、そういうとこない? ねえ。
あとさ?
マウント合戦とか、どっちがテーマに添って精度の高い知識を出せるか合戦とかって、あのー。FPS? のゲームみたいなとこ、ない? いかに先に相手の知らない弱点を撃ち抜くか、みたいなの。
もうね。
キャッチボールじゃないんよ! それは!
比較的、痛みを伴うんよ? しんどいんよ!
ふたりだし、いいけども! いいけどもね!?
ルールがわかれば、対峙の仕方もわかるってもんだし!
それでもちょいときついんよ? ほんとに!
「私が勉強に依存してるって、こと?」
「それもあるんだけどさ」
あるんかい!
他にもあるんかい! ロケランの弾丸が!
なんだい!?
「せっかくなら、整理つけてるかどうか知りたくて」
「整理?」
「そ。たとえばね? 時は江戸! 渋沢栄一や坂本龍馬、西郷隆盛に徳川慶喜の生きる時代! 徳川かくあるべし! 日の本の夜明けはかくあるべきぜよぉ! と、世の中を変えんとする人々がいた!」
お。展開かわった?
「民を虐げ、そのことに無自覚な!? お上! 海外情勢の変化に取り残されまいと夢見ずにはいられないインパクトの!? 黒船! 安寧の世が長く続く分、既得権益の強化の著しい!? 幕府と貴族たち!」
「お、おぅ」
「名が残る人、残らなかった人、残そうともしなかった人! たとえば田畑を耕して、家を守ろうとした人もいれば、その家を出て大政奉還の大望を抱くも、なぜか徳川の武士になって、どんどん商売の側面を強化した人もいる」
「はあ」
「どっちが偉いとか、そういう話じゃないけど、名前を残そうってみんなが意識するのは後者。どっちが偉いとか、そういう話じゃないけど」
「お、おう」
わかりやすく繰り返すじゃん。
あと、だれだっけ。ううん?
『渋沢。渋沢栄一だろう』
お、十兵衞! 珍しく教えてくれるね!?
『藍玉と蚕を含めて儲けていた農家の息子ではなかったか?』
そうなの?
そこ気になって声をかけてくれたの?
『まあ、なあ』
会ったことないの?
『ない』
ふ、ふうん……そうなんだ。
タマちゃん!?
『次にいけ』
それはそれでひどいっ!
次にいくけども!
ちなみに、いわゆる豪農ってやつかな?
氷菓のえるちゃんちも豪農って話だったよね。それで単語を覚えたところある。
そういう話じゃないね! よっし、次いってみよ。
「実家の農業を継いでたら? 幕府で仕事はできない。パリの万博にも行けないし、世界の商売の可能性だってわからない。けど、幕府で仕事をしたら、その土地で暮らす奥さんとこどもと過ごせない」
「ぐ、具体的だね?」
十兵衞の言ってた渋沢さんの話?
「スーパーマンが大統領になる話――……は、ありそうだけど。前のアメリカの選挙で話題になった党の分裂とか、アメリカの社会問題までは解決できないよね」
「そ、そういうヒーローじゃないからね」
広告塔にはなりそうだし?
なったらひどい問題がやまほど起きそうだし、クラーク・ケントが出馬する前にブルース・ウェインが出馬してそうだし、どちらにしても問題は解決しないよなあ。
こども向けのファミリー映画でひどい目に遭って翻弄されてピエロになるお父さん役みたいなことになりそうだし、それくらいで留まってほしいまである。
「今日も起きてるでしょ? きっと。いろんなことが」
「……まあ」
「そのへんで、頭ぐるぐるしてない? 並木先輩が、ばあかってぶちかましたのって、そういうことまで背負おうとしてるからじゃない?」
「そこらへんは最近、自覚してきたかな」
だけど背負わないこと、気負わないことは別だ。意識から排除するのと、どこかでなにかが起きていると忘れないこともちがう。別物。
去年のことをどうしても思い出す。事務所前で私を待ってさ? 出てきたところを詰めよってきたおじさんの言葉と、やり場のない気持ち。侍隊に入って亡くなった息子さんの無念を抱えていらっしゃったんだ。
シュウさん激推しの状態で私が出てきて、言わずにはいられなかったんだろう。お前ががんばったら、もっとなんとかなるだろって。
そう言わずにはいられない場面も多いんだ。きっと。
前提や文脈の話を最近よくするのはね?
想像を絶するくらい、乖離していると思うから。
今日、どこかで泣いている人。どこかで苦しんでいる人もいる。死が間近に迫っている人もいれば、ただいま手術中という人もいるだろうし? そこにも受けている人がいれば、施術を行なう人もいるよね。
自分の痛みと身近なほど、刺激される。
ぴんとくる例えは虫歯だ。
痛む虫歯は、ほんのちょっとの噛み合わせミスで激痛が走る。
痛みを刺激するようなこと、まったく関係ないとこですんな。すべきじゃないぞ。その通りだと思うし、控えているし、控えてきたけど、同時に悩みもする。
結局それって、当事者とおぼしき人たちに全部を丸投げしてるだけじゃないかって。
じゃあ首を突っ込むの?
雨にも負けずって、夏目漱石の遺作のメモにある、有名なやつ。青空文庫に入っているやつでさ? 泣いているこどもをなだめにいき、死にそうな人に怖がらなくてもいいと言いにいく。なりたい人物像を書いた文章の中に、そう記述されている。
そうして関われることに関わって、できることをする。
そこまでを区切りとして考えても、ね?
ノノカの言う村で生きるのも、武士になって務める範囲で生きるのも、比較するものじゃない。
だけど、比較して「やらなきゃ」と息巻くと、見失う。
刺激を前提とする文脈で語りがちになっちゃう。
それこそ大政奉還とか、開国鎖国とか、倒幕大前提だの日の本どうこうだの言いだすと?
どでかい対象になるほど、関わる人が増える。ぜんぜんちがう前提と、それにまつわる数多の文脈を一緒くたにしてしまう。それは大勢の人を巻き込む巨大なうねりとなって、大勢の痛みを刺激する。
痛みが広がり、負荷が高まり、なにもされずに放置されると?
耐えきれずに噴き出たものが、より大きなうねりとなって、さらなる痛みを広げていく。
じゃあ我慢するの?
そういう話じゃない。
私の、僕の、俺の痛み。
その扱いと、対処の仕方を知らない。
触れておいたほうがいいこと。学んでおいたほうがいいこと。
そういうのを意識してみると? 今度は触れない理由になっていく。
おまけにね?
得たものが大きすぎるほど、失うことを思ってしまう。
尊すぎるほど、失いがたいことほど、想像できる範ちゅうを越える痛みを思ってしまうんだ。
失ってしまったあとでも、そう。
あのとき、これがあればと思わずにはいられないとき、失った痛みはあまりにも強くて、ケアできていない。
おじさんの訴えたときの激情は、息子さんを失ったときの痛み。他にもきっと、痛みの成分になっていることがある。失って気づいたこと。失うことで生じる変化と、その痛み。奥さんとの関係から生じるもの。さらには、奥さんに見て取る奥さんの痛みも。
やまほど。数えきれないほどの前提が、文脈が、激情として噴出する。けど、全部じゃないんだよね。それでも全部に変えて、吐き出せないんだよね。
お姉ちゃんの遺影を見て、途方に暮れて和室に座っていた、いつかのお母さんのようにさ。
そのとき読み解ける心と気持ち、いつだって全部じゃない。
なにかひとつの滞りに、数えきれない前提と文脈。
そのすべてに触れることもできなければ、触れていいのかもわからない。
わからないんだ。
私は甲羅に引きこもる。
無鉄砲だと自覚したうえでも衝動に身を任せるくらいじゃなきゃ動き出せないの。
やれることからしかやれなくて。
できることを増やしていかなきゃ、やれることも増えなくて。
縁がなきゃ。
環境がなきゃ。
運が巡らなきゃ。
私たちはたやすく追いつめられる気がするの。
仕組みと枠組みが、縁も環境も、さらには運にさえも、ちょっとばかりアシストになる気がするし、邪魔することだってある気がするの。
それにはひとりじゃだめだと気づいたし。
劇パト2で野明が言うの。ロボット大好きで、現役の警察官としてロボットに乗るパイロットで大活躍していた頃は、整備班に任せていいのに率先してワックス買ってロボットを綺麗にしていたお姉さんがさ? 警察を辞めて、重工業のテストパイロットをするようになって。もし運が悪ければ、警察に捕まるような元職場からの呼びかけに応じて向かう車内で。
いつまでもロボットが好きなだけの自分でいたくない、甘えたくない、みたいなの。
悩ましさが、ここにあってさ?
初めて聞いたとき、猛烈な拒否感があった。
劇場版の二作目、お父さんが特に大好きなんだけど、それならいっそ私はふたりの軽井沢とか、笑えるほうが好きだった。ロボットが出るんだよ? 大立ち回りのド派手なアクションでいいよって思ってた。
なのに、最近惹かれるのは、むしろ二作目のほうだ。
刀があれば。
斬れれば。
そこに依存していたい自分がいる。
歌えれば。金色があれば。
そこで現状維持に甘えることに依存していたい自分が、ずっといる。
それじゃあ、ぷちたちが求めるママには永遠に足りないままだ。私の依存の中に、ぷちがいないもの。
刀も斬るのも、歌も金色も依存状態になりやすい。
お酒やたばこ、自傷行為や賭け事、暴力と本質的には変わらない依存に行き着くんだ。
先がない。
自分と、自分のための世界が強化される。それで、おしまい。
それでよかった。
正直、ずっとそのままでよかった。
そのはずだった。
私のための青春。私のための戦い。私のための、みんな。
それさえあれば十分だったはずなんだ。
そんなことないぞ? と、気づかされることばかりだった。高校に入る前からずっとだ。
傷が増えていた。痛みがたくさんあった。だから、それを癒やす依存先として、私の求めは強固に育つばかりだった。
やめると気づいても、痛みがなくなるわけじゃないし、傷がなくなるわけでもない。
それはいつまでも現実的じゃない。
それはどこまでも現実的じゃない。
感じとらないかぎり。気づかないかぎり。
劇パト2で語られる戦争のように、現実的であったことなんてない。
それなのに、なくならない。消えない。
海面上に見える氷山も、海面下に潜るとあまりに巨大に広がるように。ううん。いっそ、大地みたいだ。海の下にまで続いていて、巨大なプレートとして存在する。
人間の知覚で捉えるには、あまりに大きすぎて現実的じゃない。
それくらい、掴めないもの。
だけど、縋るのがあまりに前提になりすぎているもの。
だって、ほら。少なくとも成人するまでや、空や海にいる仕事を選ばない限りは、地面の上で生活するじゃない? 地面があるのが当たり前。
なのに地面に依存するの、やめよ? 当たり前に縋るの、やめよ? なんて言っても「じゃあどうすんの? 海に潜るの?」みたいな話になるし、いろんな機械や道具やエネルギーがないと成立しないよね。
パトレイバーだと特車二課、壊滅す! っていう話がすごく好きでさ?
ロボットを装備する警察の待機所が、いまでいうお台場あたりの、埋め立て地にあるんだったかな? とにかく僻地にあるの。そのせいで、近くにあるのはコンビニ一軒。スーパーは遠いし、ピザの出前なんてやってない。比較的ちかい中華料理屋の上海亭っていうお店が、整備班と警備部特車二課第一小隊、第二小隊のご飯を一手に引き受けてくれているみたい。
整備班は数十人。小隊は待機任務の人がだいたい六人つめている感じ。加えて小隊の隊長さんは毎日ふたりいる。ひとりは定時であがるけど、お昼は食べる。
なので、けっこうな人数のお昼をなんとかしなきゃいけない。
というわけで、注文する点数は多いし、みんな選択肢がないものだから、あらゆる品の中から細かな注文をつけてくる。
すると上海亭としては、その負担って異様に高いものだから?
さあ大変。
オヤジさんは出前を引き受けて、作ってくれるんだけど、アルバイトのドライバーさんは不満を溜めていた。なので、ある日とうとう、ストライキ! 注文品をぜんぶ野良犬に食べさせて、逃亡した。
前にも話したっけ。これ。好きなんだよねー。あの話。
紆余曲折があって、特車二課が壊滅しちゃう一面記事が全国紙に載っちゃう事態になるんだけどさ?
この回の終わりに、第二小隊の巡査部長のおたけさんが上層部への上申書を作るの。その中で「食堂の設置がなければ同じようなことが起きますよ。早くなんとかしてよね」という主旨の内容をしたためている。
もちろん、食堂は作られない。
後に実写映画シリーズになるんだけどさ?
やっぱり食堂はないんだよね。悲しいことに。
だけど食堂が作られれば、ほんと、たった一店舗に食糧事情のすべてを依存するなんて危ないことにはならないよなあ。
警察にとっては、お金がかかるけど。
逆に言えば、仕事が作られるわけで。
よくない? ね。
警備部が所有するロボット犯罪の部隊となれば、そこけちるのまずいと思うんだけどなあ。
日本だと海上自衛隊の潜水艦に食堂がなかったら、狂気の沙汰じゃん。もうさ。
国際宇宙ステーションに食堂がなかったら? どうするの?
それくらいの話だと思うんだけどなあ。
もしも車が空を自動で飛ぶ時代ができたとしてさ? 車の自動運行を制御する機械が、だれでも入れるところにぽつんと置かれていたら? 危ないよね。セキュリティ上、どうなることかって感じだ。
バイオハザードにせよ、ウォーキングデッドにせよ、大挙してゾンビが来そうな世界で扉を開けっぱなしにして寝ないよね。
それくらいの話だと思うんだけどさ。
なぁんか、渋るよね。
そんでもってさ?
なぁんか、渋る状況を変えられないよね。
なんでなんだろうなあ。
ロボットってそもそもお金がかかるのはわかるんだ。維持費もばかにならない。減価償却の範囲内かなー。整備班の人員数がけっこうな負担にもなっていそう。いなきゃ困るんだけどね。
わかんないんだよなあ。
わからないし、どうすればいいかも思いつかないから、放っておくのかなあ。
それとも、別の方向を見て、なにかをして、それで終わったって思うのかな。
なんでもかんでも効率化のコストカット、とか?
ばかの一つ覚えでやると、なんにしたって、ひどいことになるよ?
その、いい見本な気がするんだけどさ?
アニメでちょうどいいセリフがあるから引用すると「傷つけられた人間の痛みは、傷ついた者にしかわからない」ので「食事に困る環境にいる人間の痛みは、食事に困る環境にいる者にしかわからない」感じだ。
日頃、食事がなんとかなっちゃっているのなら?
お偉いさんが予算を割いてくれることはない。
もしも低予算でヒット映画が作れたときには「あ、この予算でいいもの作れるんだ」となる。
ばかの一つ覚えは人気が高いのだ。なんちゃって。
これこそまさに傷を執拗に攻撃する一撃なんだろうなあ。はあ。
長く長く影響を与えるから、ほんとよくない。貧すれば鈍するのだ。
そんなことばかりだってぷりぷりしたって、そんなことさえ変わらないのだ。
変えられないのだ。
ノノカの顔を改めて見る。
ほんとのところは、なにかにふて腐れているんじゃないかと当たりをつけて、初めて想像できることがある。
「ノノカはさ? やれないことがあるの、いや?」
「普通、いやじゃない?」
お。尻尾を出した。
眉間にはっきりと皺ができたのだ。
「気づくと慣れてるの。ひどいニュースにも。友だちの問題も、学校が巻き込まれることにも」
慣れちゃだめでしょ、と彼女は訴えたいのだ。
実際、ノノカは不機嫌さを顔にはっきりと出して私にぶつけてくる。
「だけど、慣れたことに気づくたびに、大事だったはずの夢とか希望とか、世界のきらきらした輝きみたいなものが、どんどんそぎ落とされていく気がしてさ」
「――……うん」
それが許せないんだ。いやなんだなあ。
それならわかるよ。そういう気持ちなら、わかるよ。
日に日に感じる。学ぶほど、楽しくもあるけど、切なくて悲しくもある。
昔はふわふわしながら思ってた。
小学校はいやだったけど、だいきらいだったけど、お父さんもお母さんも優しいし、大好きだし、お母さんの友だちも、親戚の葛葉さんちとか、おばあちゃんとかも、大事にしてくれるし。アニメは楽しいし、漫画は面白いし。
けっこういいじゃん。楽しいことあるじゃん? 世の中、しんどいことも多いけど、割合しっかりしてるじゃん? って。
そんなことなかった。
実感わかなかった。ニュースに聞くひどいことも。ドラマに見る脚色されたできごとにだって、どこかに共感する人がいることも。だからドキュメンタリーに見る昔の映像が、本当にあったことも。そこに繋がるような、ニュースのしれっとした一文も。どこかで起きてることだって。
じゃあ、そういうの許せないぞ!? ストライキだい! なんてする?
まさか。しないよ。
しても変わらんじゃろーって思うからだ。
大地を押しても凹まない。砂だったら、そこだけ凹んで見えるくらいのことにはなるかもしれないけど! で? ってなるもんね。
祈ったところで、おいしいおいしい稲が実るわけでなし。そんな暇があったら、こつこつ学んで、やっていくしかないかなあって感じ。
稲を実らせるぞーっていうんなら、稲穂がほしいし、耕さなきゃ始まらないし、土に栄養をあげときたいし? やることたくさんあるよね。
そういうことを増やしていくばかりなのかなー。
村に留まるか。それとも武士になるか。
縁に、環境に、運にさ? わりあい、ずっと左右されません?
人にできることって、どれくらいあるんだろーって、よく考えちゃうんだ。
そんなにないぞ? ましてひとりなら、余計にないぞ? って。
だけど、ないことを自分がだめーってことに繋げて悩んじゃうことのほうが、前はずっと身近で当たり前だった。お父さんもお母さんも、トウヤも、私にしょっちゅう言ってた。中学で私の話を聞いてくれる先生たちも、いつかわかるよって言葉を添えて、言ってくれてた。
当時はむしろ、いやだったなー。
ノノカも、そういう気持ちなのかも。
できる。ううん。できるほうがいい。
そのほうがずっと、変えられることが多い。
世の中のぜんぶ、自分のせいとして背負えたほうが。ずっと。なんとかできるはず。
いま思うと、だいぶしんどい。
スーパーマンみたいにすっごい身体を手に入れても? まず無理。空を飛んで、銃弾を弾き飛ばせても、知らないことがわかるわけじゃない。
なんとなぁく、なんでもできるはずって思ってただけ。
そうじゃないと知るのは、学ぶのは、挫折なのかな?
先がないと項垂れちゃうくらい、きついのかな?
そうとは限らない。限らないけど、でも、そうじゃないと知るできごと次第で心がぼきっとやられちゃいそうだ。
初めて育てた稲がみんな、虫にやられたら? それが頼みの綱の食糧だったら? あるいは、お金にするための手段だったら? 次に挑めるか。
だれを省くこともない「みんな」で笑って過ごせたらいい。
それが異様にむずかしい。おまけに、ひとりじゃ無理だ。
日曜日の番組で見てると、農作業は近所の人と集まってわいわいやってた。
みんながみんな、そういう風にしてるかっていったら?
正直、疑問。
気の合う合わないもあるだろうし。ほんとのところはけっこうむずかしそうだ。クラスのみんなと仲良しも、学校のみんなと仲良しも、どっちも異様にむずかしいことがあるもの。
事務所でもねー。同じだ。
夫婦ならみんな仲良し? ないない。
仕事してればみんな元気? ないない。
友だちならケンカしない? ないない。
恋人ならわかりあってる? まさか! ないない。
じゃあ、ないないってわかって、それでおしまい? まさか! それこそ、ないない。
折れたら終わりじゃないよ。
失敗して終わりでもない。成功して終わりでもない。ゴールテープを切って終わりでもない。
「じゃあ、ますますキラキラさせずにはいられないね?」
「そこだよ、そこ。もっとさー。その気力が欲しいわけ! 春灯を見てると、うわ! まぶしっ! ってなるくらいが、あなたに会う前の私のイメージだったの」
「期待に応えてくれなきゃ拗ねちゃうぞって?」
「そ。だって、そのキラキラを音にしたいっていうのが、私の目標なんだから」
包み隠さないなあ。ノノカは。
むっとしたり「うわああああああああああ!」って言葉のロケラン乱射に参ったり、いろいろしそうな会話のぶつけ合いだったけどさ。
腹を割って話したいのだなあと思えたら、ね。なんか、笑えてきちゃった。
なにかを言おうと思って、言葉を探していたときだった。そばにあるベッドで、ユメがうなされている。険しい顔をしていた。抱き上げて撫でる。
悪夢にうなされているのか。それとも寝ている真っ最中に、身体のどこかがつっちゃったのか。
小さい身体は健やかに成長中。その痛みにうなされることもあるみたい。
赤ちゃん時代は特にそうらしいよ? 夜泣きの理由の中には成長痛もあるんじゃないかって。
ぷちたちの赤ちゃん期間を、私も、ぷちたちも、経験できずにきてしまった。だから、推測することしかできない。ユメを抱き上げて、だいじょうぶだよーって声を掛けながら髪を撫でてみる。すこしでも穏やかに眠れたらと願って。
他の子はすやすやと気持ちよさそうに寝ている。うなされているのは、ユメだけだった。
一瞬、ユメとシンクロしてる理華ちゃんになにかが起きたんじゃないかとさえ想像したけど、さすがに考えすぎかな。
なんでもかんでも、壮大に考えていたら見逃しちゃうよね。反省。
いまは、ユメが心地よい眠りに戻れるように努める。
一度、抱き上げるままに肩口に引きよせたら、顔を擦りつけてきた。ぎゅっとしがみついてくる。背中を撫でながら、鼻歌を口ずさむ。だいじょうぶ、だいじょうぶ。
ノノカはずっと見守っていた。
邪魔をするのでも、離れていくのでもなく。
ユメの寝息が落ちついたから「ごめんね、中断しちゃって」と声をかけて、ようやく「眠っているときに聞こえるといい音ってなにか、考えてた」と返事をしてくれたの。
それって素敵な問いかも?
なんだろね。
眠っているときに聞こえるといい音って。
「春灯に押しつけたけど――……ほんとはさ。できないぞっていう負荷に、めげてるの。私は」
「そっか」
「二年の刀鍛冶でできる子たちがいて、でも、思ったより形にできなくて」
ノンちゃんや日下部さん、柊さんたちのことだろうなあ。
「高橋先生が見てくれてた。けどさ? 先生は研究したり、指導したりするのは得意でも、企業でグループ作業をするぞっていうくらいには、グループで研究することに慣れていたわけじゃなくて」
ルルコ先輩たちが入ってきて、いろいろと共有してたっけ。
そういえば高橋先生がついていても、行き届かなかった部分はあるよなあ。
関わる人数が多すぎるぶん、そもそもひとりで管理すること自体が不可能だ。
なので、みんながそれぞれグループにまとまって行動するようにして、なるべく管理せず、そこでの経験値をつめるように距離を取る形へと、先生は早々にシフトさせていたんじゃないかとさえ思う。
「だれしも知らないこと、わからないこと、できないことがあるんだってわかったりして」
期待してたんだ。ノノカは。
「話すと当たり前すぎて、自分でもばかだろって思うんだけど。なんかさ。それでもって思ってた」
「私にも?」
「そ。佳村さんと最近よく話す。彼女の場合、沢城くんにおんなじこと思ってたって」
「あああ」
去年の四月五月あたりのノンちゃんにとって、ギンはたぶん理想であり、正解だったんだろうなあ。夢と希望の象徴だった。
でも、だからって、なんでもできるパーフェクト超人なんてことはない。
ギンにもいろいろと抱えてること、問題、苦手なことがある。シロくんへのコンプレックスだって、そのひとつだし? しっかりと仲を深めていたわけでもないのに、私に甘えてきたところとかも、ギンの脆さだよなあ。同時にそれは私の脆さに気づくきっかけでもあったんだけどさ。
それはより悲惨な形で思い知ることにもなりえる。
サクラさんを失ったソウイチさんのように。無事に出産できたと思いきや、お姉ちゃんが死産だったときのお母さんのように。
できないことがある。そもそも自分の意志の及ばないところで、そうなることも。
多すぎるよ。つらすぎる可能性が、ほんとのところは多すぎる。
だからこそ、折れてしまう。
折れてしまったままではしんどすぎて、先を目指す。
それはときに、傷を刺激する象徴的ななにかを攻撃することなのかもしれない。
より悲惨な暴力に訴え出てしまうケースさえあるだろうし? そういうときほど、正しさに依存する。それを訴えることに、依存する。
ままならない。
あぢきないぞ? 人生は。まるで現実が私たちに攻撃してくるかのように襲いくる。
でもさ?
だから胸が熱くなる。
穴掘りシモンの信じる心とか。海賊王になるぞって男の子の叫びとか。
ここで悲報です。
やるぞって意気込むたんびに心が折られる。
参っちゃうよね。
壁を乗り越えたら、次の壁が「待ってました」と訪れる。
ぐるぐる螺旋を描くように、戻ってくる。それでも信じたいんだと、戻ってくる。
戻ってこれないとき、私たちは膝を折る。立ち上がる気力を失う。
それは休みが必要なとき。
ノノカはすこし、休みたいんだ。
今日の私はもう、立ち上がれるよ?
くよくよするさ? へこたれるさ。
そうして休んで、休んで、休み抜いて、次にいくさ。
あぢきないって? それって、楽しかったり、努力してよかったーって思えたり、さいこーだわ! って思えたりするから、感じ取れることでしょ?
うっせ。なら利用すっぞ!
負荷? 感じたところをどうにかすっぞ!
そんだけだ!
「それは自分で作るもの。自分でなるもの。できないことを知って、育っていくんじゃない?」
「そんなもん?」
「じゃないかなー」
「ならさ――……いつかの教授みたいな、ああいう暴力に見舞われたらどうするの?」
意地悪な質問だけど、と。
ノノカが付けたした。言ってから後悔したのだろう。
「あ、いや。その。意地悪すぎだ、いまの。さすがに」
「んー。でも、あり得るよね」
実際に、起こりえる。
というより、今日もどこかでだれかが苦しんでいる。泣いていることだ。
私たちはいつだって、備えていようといまいと、それとは関係なしに悲惨なことが起こりえる状態でいる。
電車や飛行機なら? 事故らないように整備されてるし、電車なら線路のチェックと管理がなされている。ここにお金が回らなかったら? あるいはパイロットや操縦士さんに負荷がかかる状態だったら? 整備に勤める人たちが過酷な労働環境だったら、いったいどれほどの惨事が起こりえるか。
特車二課のご飯事情も、それと一緒だ。
コストはそのまま強度になり得る。成長しやすさや、環境の安定を保持する力になったりする。強度と一口に言っても、言い切れないほど影響する。無い袖はふれないけどね。惜しんでいたら、些細な刺激があまりに悲惨なできごとに繋がりやすくなる。
貧すれば鈍する。
それでなくても、関係なしに悲惨なことは起こりえる。
備えていない人が悪いっていうのは、論点がずれてる。ちがうちがう、そうじゃない。
じゃなくてさ?
悪意はあるよ。それは確かに存在するものだ。
お鼻でめいっぱい呼吸してから、ユメの背中を撫でる。
「まずは、守る。攻撃から、防ぐよ」
仮に田畑で作物を育てようっていうのなら、大地の栄養を糧に作物が育つわけでしょ?
じゃあ大地に栄養をあげていこうとしたら?
栄養がほしい植物は他にもいる。作物を栄養として求める生きものも。
イノシシや猿なんかが田んぼを荒らす。昆虫による食害もけっこうなものだという。
そこで登場、カルガモさん。他にもカカシを立てたりして、備える。
鳥に狙われないように網をかけたら、今度は狐や狸が穴を掘って、通り抜けて食べ散らかしたりして。それじゃ食べていけないっていうんで、あの手この手を選ぶ。現代でも猟師さんに頼ることがあるのは? そうした被害を防ぐ意味もあるという。
めっちゃお金がかかるというハウス栽培に移れたとして、無茶苦茶つよい台風が来たら大ごとだ。べらぼうにお金がかかっているというのに、直せって? 無茶だ。借金を抱えていたら、とてもじゃない! なので、被害が出ないように備える。
たとえば牧場だったら? 鶏とか、牛とか。
伝染病が蔓延して、殺処分を命じられたら? もう、終わりだ。
観光客やテレビ局がふらふらっと、なんの予防もなしに入り込まれて終わりなんてことにもなりかねないというよね。
なので、神経を張り巡らせて、備える。
なにもせずに守れる保証はない。仕組みも行き届いているとは言い切れない。
やれる限りをやっても、それでも無情な結果が襲いくる。
大学で「こういう知識を発見しました!」となり「防げる手段を発見しました!」となって、利用できたら最高だ。けど、自分たちで調べられるほど、だれしもいけるかっていったら、無理だよなあ。
具体的に捉えるほど、どう対処するか見えてくる。
そういうことを、するよ。
あまり考えたくはないけどね。
江戸時代に行ったときに教授と出くわしたことを思い出す。
備えていようといまいと、起こりえる。
そして備えていても、どうにもならないことがある。
けど軽減できる可能性もある。備え次第では。対応次第によっては。
なので。
「みんなで挑む。そのために力をつけている。これから先もね」
去年から一年分の経験値をのせて決める。
ルルコ先輩たちが共有してくれたこと。
ミコさんが会いに来てくれて、教えてくれたこと。愛生先輩も。
態勢を整えている、だけじゃなく。
態勢を強化する、その段階にいるのだ。いまはね?
整えるだけじゃ足りないことを学んでいる。
「しっかり育っていってるよ。みんなで。だから、それを続けるの」
完全に防げたら? 作物が実れば、それに越したことはない。
でもそうもいかないからさ?
かといって、いまやってることはずれてないからね。
喉元に感じる切っ先は、数えきれない。
対象を増やすほど、大きなものとして捉えるほど、精神的に身体に向けられた暴力の数は増していく。
それでも、と言い続ける覚悟で、螺旋のように巡るいいときとわるいときさえ踏まえて、決め続けるんだ。
つとめていく。そう、選び続ける。
がんばっていくんじゃあ、無理だ。遊び、休みながらじゃなきゃあ、できないぞ?
だからつとめていくとき、ちゃんと取り入れていくんだよ?
自分を育て、守るとき、優しくなきゃね? もたないんだもの。
つづく!




