第千七百十六話
佐藤さんに電話した。
経由して通報してもらい、急行してもらう。
ショックは強かった。それでもなんとか自分に活を入れて、スマホで現場を撮影する。
赤子の顔は正直、判別がむずかしかった。目鼻立ちがはっきりしていない時期で。
それにしても腐敗の度合いに差がある。液状化するほどじゃない。
そこで気づく。
冷房が作動している。音がうるさい。気づかなかった自分に驚くくらいに。
ふと知古の亡骸を見た。
首の切断以外にめぼしい傷口はない。
かなりの出血をしたろうに、ここには血が一滴も見当たらない。探せばあるのかもしれないが。
加えて切断面も鮮やかだ。
男性は彼女の旦那だろう。同じ指輪を嵌めている。
指輪を嵌めている彼女の手、というよりも腕が気になる。
死後硬直によるものか、掲げられたまま、ぶら下がる気配がない。
触ってみるべきか悩んだが、やめた。どうなるかわからないから。
赤ん坊の数を探るべきか悩んだけど、身体が拒否した。吐き気が生じて、仕方ない。
大量だ。
この現場には違和感しかない。
新宿と池袋の間にあるマンションの上層階。もうすこし詳細を語ろう。最寄り駅は高田馬場。徒歩で迎える圏内にある。近くに対面それぞれ一車線の道。人通りはそれほど多くない。とはいえ、他の部屋に住民がいるし、管理人もいる。
そこへ、これほど匂う亡骸を大量に運び込む方法はなんだ。
ちがう。ずれているそういう話なのか?
明らかに恣意的に作られた、この現場。知古の亡骸を冒涜して設置された、オブジェクトのような、この状態。
頭のない女を見て、近づいていこうとする無数の赤子たち。しかし女は手を掲げ、頭を持ち、男を見ている。咥えている。男は赤子たちと女性を見渡す位置につるされていた。脳はなく。代わりに置かれた肉の塊たちの正体が、私の予想どおりなら? いわゆる睾丸か。
人のものか、そうでないのか、確かめる勇気はない。
これまた切断面が綺麗な頭部、骨も血も、残された脳の一部も見えた。
今更ながらに手を合わせる。今月と来月くらいは、肉が食べられそうにない。
これが初めてじゃない。惨たらしい光景を目にするのは、これが初めてじゃない。
なのに、いろんな体液を身体中から垂れ流して、震えて動けなくなりかねない。そう考えるだけの余裕があるだけマシだった。
自分をなだめ、褒めて、粘りながら現場を探る。
血がない。この部屋には、亡骸に対してあまりに赤が見当たらない。
怨恨を思わせるような傷も見当たらない。ただし、亡骸を飾り立てて辱めるところに異様な執着を感じずにはいられない。簡単ではないはずだ。特に赤子を並べるのに。
そもそも、この子たちはどこから来た。最近、赤子が消えたという類いのニュースはあったか? なかったはずだ。なら、作り物? いや、この匂いが作られたものとは思えない。
だめだ。
混乱してきた。
なんだ。これは。
さらし者にされた彼女があまりに可哀想だ。
外からサイレンの音が聞こえてきた。
出よう。足元に気をつけて。外へ。ハンカチで扉を押して、隙間を抜けた。
そのままへたり込む。それほど間を置かずに、エレベーターから佐藤さんと柊さんが来た。すっかり青ざめているのだろう私に柊さんが呼びかけてくるけれど「いいから、中を」と訴える。
ふたりがうなずきあって、扉を開けた。すぐに「うっ」と柊さんが呻く。佐藤さんも息を呑んでいた。扉が僅かに開閉されるだけでも、死臭が溢れてくる。
顔をしかめながら、ふたりが中に入っていった。
どれほど経ったろう。酸っぱい匂いをさせて、柊さんがすっかり青白くなった顔をして出てくる。何度も深呼吸をしようと試みては、肩を上下させながら堪えるのだ。私のすぐそばに屈む。
「ベランダに出て、外に向かって吐いちゃった」
「うわ」
「朝ご飯、食べてなくて助かった」
胃液と唾液を軽く吐いた、と。
吐瀉物をぶちまけるよりは、マシ。
でも、そういうことじゃない。そういうことじゃないけど、そうなっても仕方ない現場だった。
「佐藤さんが応援を呼んでる。あなたがここに来た事情を聞かなきゃならない」
「――……わかってます」
当然だろう。
経緯を説明し、証明できるものを用意しないと。
もっともメッセージアプリの内容は、ふたりが部屋に入る間に再確認した。
ログもしっかりスクショを残してある。
彼女と知り合いであることも説明はできる。なんなら、そのことは佐藤さんも知っている。
『どういうことだ?』
昔、ちょっとね。
なんというか。
なかったことにされた事件の被害者同士なんだ。彼女と私は。
けれど、彼女は殺されてしまった。
妊娠していた。けどまだ、お腹が大きくなってはいなかった。
なっていたら、どうなっていたか。犯人に殺されていたか、それとも?
いずれにせよ、ろくな結末にはならなかった気がする。
あまりにも、むごい。ひどすぎる。
なのに、まだマシだと思えてしまう自分がいるのも確かだった。
『なに』
指輪が私になにかを問う前に、扉が開く。
陰鬱とした顔で、佐藤さんが出てきたのだ。
「すぐに応援が来る」
言葉すくなくそう言って、佐藤さんは周囲を見渡した。
監視カメラを見つけ、ケーブルの有無を探り、辿っていく。
エレベーター内部もチェックしていた。
作りだすためには、頻繁な出入りが必要だと予想される現場だ。
いくらなんでも、なにかしらの映像が残っているのではないか。さすがに対策もしているだろうが。
「オカルトから久々に離れたと思ったら、これだよ」
佐藤さんのうんざりした呟きに項垂れる。
士道誠心と春灯ちゃんに関わる前の私は、佐藤さんと同じく現世に完結する人の悪意と、その振る舞いを目撃してきた。一度や二度じゃ済まないくらい。
姫ちゃんの力次第じゃ、別次元にだっていける。マルチユニバース。どこかには、霊子も霊力も、隔離世も存在しない次元があるだろう。
そこでもきっと凶悪犯罪は起きている。テロリズムも、戦争も、行なわれていることだろう。
そうした前提を踏まえて捉えると?
今回の一件は、どうなる。
隔離世は絡んでくるのか、こないのか。
こなかったとして、だからなんだ。
数多くの亡骸を用いて露悪的に飾り立てる人間がいる。
その事実に変わりはないのだ――……。
◆
佐藤くんからの報告を聞きながら警視庁で過去の書類を眺めていた。
死体を用いた空間作り。必ず残される絵画と、毎回おなじ署名。
絵画は必ず被害者の血液で描かれる。『A++』と記される署名もそうだ。署名的行動は、毎回テーマが同じとは限らない。
緋迎シュウが、部下たちと共に首を突っ込める事件か。
違う。なんとか佐藤くんと柊くんをねじ込むことができたとしても、雑用をさせられるのがオチだ。捜査一課が出張る。もしも犯人が想定通りなら、自分たちの出番はない。煙たがられるのがオチだ。
わかっていても、考えてしまう。
亡骸を冒涜する。それが共通点といえば、共通点だ。
被害者の年齢、性別に一定のルールが見られればと期待するが、人数を含めて毎回まちまちだ。関係性も見られない。
強いて言えば遺体に血液がほとんど残されていないこと、遺体の臓器を損壊したり、別の物品に置き換えてメッセージを残すこと。血液が見つからないこと。このあたりもまた、共通点と言えなくもない。
手の込んだ犯行だ。
冒涜的な現場の情報は直ちに箝口令が敷かれるに違いない。
その現場、発想からして、隔離世でも相当な邪を発生させているに違いないが、いまのところ、それと思しき情報は入ってきていない。なら、安定した精神状態で、異常な犯行を? しかも現場を亡骸で飾り立てまですると?
率直に言って、どんな人物が犯行に及んでいるのか、想像に困る。
未解決なのだ。そもそも。インパクトの強すぎる犯行現場に対して、想定される犯人像が限定しきれなくて。
悩んでいたら、一課から刑事課長が顔を出してきた。
「よお、緋迎。どうだ?」
「今回は、どうだろうなあ……役に立てるかどうか」
こちらが答えると、彼は渋い顔をして扉を閉めた。
声を潜めて語りながら、近づいてくる。
「おいおい。頼むぞ? 神頼みだってしたい気分なんだ、こっちは」
当然のようにソファに腰掛けた。
居座る気だ。いやだなあ。長い付きあいだし、手伝いたいのは山々なのだが。
資料を眺める。A++の一件とは別の、日本にルーツがあるという人身売買組織の犯行とおぼしき写真付きファイル。手足を切除された若い男女が並ぶマーケットを捉えたもの。だるま屋。どちらも訪問者が「お前のほうでわかることはないか」と持ちかけてきたもの。
畑拳一には関与を期待したが、空振り。ウィザードも同じく。
それでも教団などから情報を提供してもらい、山都と星蘭を拠点として、各地の侍隊に指示を出して調べさせてはいるのだが、どちらもそれぞれに厄介の種をいくつも抱えていて、思うようにいかず。
A++は日本各地で犯行に及んでいる。一方で、だるま屋は静かなものだ。
行方不明者の数と合わせて、半ば都市伝説化している。たとえば去年、平成二十八年における行方不明者数は八万四千八百五十人。所在確認が取れた割合でいえば、八割を越えている。残る割合はどうなるか。死亡が確認されたか、届け出が取り下げられるなどしたか、だ。
若年層が増加傾向にある中、認知症などの疾病で届け出に至るケースも多い、というより認知症でのケースが多い。もうひとつ大きな事由がある。家庭関係でのトラブルだ。
放浪癖や遊びで届け出が出るケースもある。気晴らしがしたい、家庭で揉めたなどして夜遊びが過ぎるケースでも届け出は出る。だが、だいたいは? 所在確認が取れている。
しかし残る割合がゼロになるわけではない。
それゆえに、確認が取れた八割の話をさっ引いて、年間で八万人もの行方不明者が出ており、いまもまだどこにいるのかわからない者がいて、彼らがどうなったか、と話したい不謹慎な連中が囁くのだ。
身内でつけた目星といえば? 行方不明者ではなく、都心へ出てきて派遣切りにあったり、ネットカフェに滞在するなどしている者たちや、借金苦に陥っている者たちを中心に声を掛け、その中から選別して誘拐し、犯行に及んでいるのではないか、というものだ。
日本よりも、よほど犯行のたやすい国を中心に活動しているとみている。それもあってか、調査はろくに進んでいない。身元が常に明らかで、好ましくない業態で働く必要などなく、雇用主の一方的な都合で解雇されずに済み、それをたやすくしてしまう派遣業がもっと規制強化されれば、なんて夢想するけれど、ひとつも叶うまい。
喉元に留まる気持ちの悪い小骨のような件は、他にもやまほどある。
そりゃあ、自分だって神頼みのひとつもしたいのだが。
そういうこと、叶えてくれる神さまたちじゃあ、ないのだ。笑顔で「がんばれ!」って言ってくれるくらいかな。よくて。
『だめ?』
だめじゃないけど、人はたまに他人に頼りたくなるのさ。
「今回の一件、奴だと思うか?」
「俺は管轄外で、現場も見ていないんだ。今日なんか、直接うちのに連絡が来たから行かせたけどね。前の一件は、いつだった?」
「ちょうど先週の土曜日だ。大阪のサウナで早朝に、男が五人」
彼の短い説明を受けて、ファイルを漁る。
膝立ちになった裸の男が五人、向かい合って腕を組んでいた。
まるで組み体操のタワーだ。しかし、上にも下にも人はいない。
「で、他の階にもあったわけだ。大きな浴場でな」
「ええ……」
ファイルをよくよく見ると、たしかにあった。
全裸の男たちによる組み体操。裸だからか、よくわかる。
全員かなりの筋肉質。しかし、頭がない。
「何人いるの、これ」
大騒ぎにならなきゃおかしい犠牲者数。
にも関わらず。
「俺、ニュース見逃してる?」
「現在捜査中で通してる」
「って言っても数がさあ」
「被害者で彫物をしている奴にひとり、それなりに名の通ったホームレスがいてね」
「……はあ」
「身元不明人ばかりで、被害者の身元調査に難航してる。伝えられる情報がない」
それでもワイドショーが連日お祭り騒ぎになるような事件だ。
今日の一件も同じ犯人のものだとしたら?
毎日のようにだれが怪しいだの、数少ない被害者の知り合いを辿ってみただのやっていそうなものだけど。見ないからなあ。ワイドショー。
呑気か。
『シュウ、テレビ見ないじゃん』
そうでした。
彼女がきらいなんだよ。
テレビつけるんなら、笑えるやつにしてって怒られちゃうんだ。
「だが、今回はちがう」
彼が鼻息荒く息巻いている。
立沢くんからの連絡があっての情報だ。
佐藤くんが柊くんとふたりで、彼女についている。
ご家族のもとに送り届けることになるだろう。
ただ、カナタや青澄くんたちに伝える内容ではない。士道誠心に伝えておくことでもない。
侍隊で引き続き隔離世の警戒は、これを密に行なうとしてもだ。
警備部の出張ることじゃあ、ないわなあ。
自分たち、たった三人の部署で捜査をするにしても、明らかに隔離世が関わっているとわからない限り、捜査一課が長年追いかけている事件解明に参加するのも難しかろう。存在感も、発言力もないし。一課長と自分がいかに仲がよくても。否、縁があるからこそ、難しい。
きらいだもんなあ。みんな。
『仲わるいんだねえ』
まあ、結局のところはね。
仕事になると、そこまで余裕ないというか。
遊びがないというか。
おまけに仕事の内容が内容だから、みんな気を張る分、仲の良し悪しは二の次かな。
『犯罪で、被害に遭った人がいて、死人まで出ても?』
だからついつい、心が身構えてしまうのさ。
なのでね。立沢くんには自分から話をしておかないと。
あの子の場合、なにをするかわかったものじゃない。
青澄くんたちのように、自分を育てることに注力してくれたらいいんだけどな。
解決しようと意気込んで、無茶をしてしまいそうだ。
『なにかを解決しよう、なにかをよくしようとするのは、いけないことなの?』
その気持ちを否定したいんじゃないんだ。大事な場面が多いよ?
ただ、それだけでは足りないんだ。
その気持ちの次が大事なんだよ。
『次って、なあに?』
たとえばなにかを解決しようとするのなら、そのなにかとどれだけ一緒に挑めるかが大事になってくる。
病をこじらせる人がいたら、その病が治れば済むのかな?
違うなあ。
なぜ病にかかるか、というところから見ていく。
結果だけではなく、その過程も踏まえて伴走できなければね?
また同じようなことが起きてしまう。
それじゃあ意味がないだろう?
改善するためには、いろいろと越えなければならない壁がある。
たとえば壁ひとつとってもさ? 壁に向かう助走の仕方も、飛び越えるときのフォームのチェックもいる。体調やメンタルを整える必要もある。それぞれ手段はひとつに限らない。限る必要がない。
ただ、それゆえに制限したほうがいいこともある。
なにかとね? ルールが増えていくんだ。
『シュウの話はよくわからないよ』
説明が具体性に欠けていて不親切だったね。
いずれ、わかるように説明していくよ。
『そういうの、問題の先送りっていうんだよ?』
たしかにね! 一本取られた。
じゃあ、立沢くんを止める理由を説明しておくか。
話は単純でね?
証拠能力も含め、適正な捜査をしないとね。警察だからさ。権力のある機関ほど法に則って行動しなければ。権力は猛獣。法は猛獣を捕らえる檻であり、手綱でもある。警察に許される権力もまた、猛獣。法の範囲で行なわなければならない。それに、トラブルが発生したときに対応できない。
『要するに?』
邪魔なんだよね。
結果さえよければすべてよし、とはいかないんだ。
また、結果のみを優先に先に進んでいっちゃあ困るんだよ。
将来的に再度、裁判になったときに「捜査に問題がありました」なんてことになってはね。
『理華がどんなに優れた探偵になったとしても? 犯人を見つけられたとしても?』
高校生を頼りにする警察なんて、問題あるでしょ。さすがに。
司法にかかる手順を踏まえるなら?
そして、どこまでいっても人的ミスの起こりえるのが、人のすることなら?
彼女が調べたいのなら、然るべき経緯を経て警察官となり、捜査課の刑事になって、捜査をするべきだ。
『けど、理華から情報提供があったら?』
そりゃあ、喜んで参考にするよ?
裏取りをしたうえで、信頼できる情報だと判明したらね。
『大人って……』
こんなものだって。
大勢が活動して、担保を取っていく。
その際、信用と信頼を勝ち得るのは個人の人気ではなく、大勢の日常的な働きなのさ。
『えええ』
すくなくとも、私はそちらのほうが好ましいと思っているんだよ。
わかるかな?
『ちっとも』
だよなあ。
困っちゃうなあ。
困っていても仕方がないから、仕事するか。
◆
話を聞かせてというから、洗いざらい話す。
証明すべきを証明し、連絡すべき人に連絡を。
あらゆる大人たちから、言外に圧を感じた。
こどもは、おとなしく、学校へ行け。高校生は、まだこども。二十代でも、社会じゃひよっこ。二十代後半から三十代にかけて、歯車としてどこまで回るかコースと、どこまで潤滑油になれるかコースと、いろいろと分岐するけど、まだ若い。三十代後半から四十代、ばりばり働く。なんとかして打破を求め、荒々しく、野心と活動が重なりあう。
なのに、十代がなにをするものかと。
集団と環境が仕組みや枠組みとして稼働するのが社会なら、モラトリアム真っ最中の人間は噛みあわないので、居場所に戻れ。どうぞどうぞ、おとなしく勉強してなさいな。
間違っても凶悪犯を見つけようなどと思うなかれ。
邪魔。迷惑。厄介。
そりゃそうだ。わかる。
私が彼らの立場なら、なんと言う?
立沢理華、お前は高校生ぞ? 学校いっとけ。トラウマ光景を目の当たりにするだけに留まらず、もしも万が一すごいことに犯人まで辿りついたとしたら? 狙われるんやぞ? 警察こまっちゃうねんぞ? やめとけ?
こうなる。
実際、まだ鼻の中に匂いがこびりついていて、無限に現場の匂いを嗅ぎ放題。
最低最悪の気分だ。
会いたくない。から、追いかけたくない。
なのに放っておけない。
自分を呼んだ人が、殺されていた。死後、何日が経過していたのだろう。わからない。メッセージを受けとったとき、彼女は生きていたのだろうか。私が受けとったメッセージ、彼女が打ち込んだものなのかどうか。
わからない。わからない。わからない。
ああ、なんて気持ちが悪い。
マオとは別種の悪意を感じる。
緋迎さんがわざわざ会いに来て忠告していった。
気持ちはわかる。ぜんぶこちらでなんとかするから、なにか気がついたら連絡してね、と。笑顔で釘を刺してきた。なにもすんなよ、と。
警察。自宅。パパの車で、学校へ。今日はうちに残るか提案されたけど私は辞退した。うちは警備サービスに入っているし、学校は学校でなにかとトラブルがあったぶん、セキュリティちゃんとしてるし。だったら、学校へ。大人たちが願うように振る舞ってみせるべく、そう決めた。
ママはどうかと思うくらい心配してきたけど、それだけの事態だとわかっていても「これが初めてじゃない」ので、やんわりとなだめておく。もちろん、私が目撃した現場の詳細なんかは話さずに。話せるはずもなし。
佐藤さんにも連絡したし、仲間内にも連絡しておく。
今日はいきなり動き出さず、心の休息日として、スタミナを貯蓄するターンとする。
そうでなくても、移動中の車内で反省点がやまほど浮かぶ。
まずは、スマホで連絡を試みなかったこと。
彼女のスマホが犯人の手に落ちていたら? 私のことを相手が知っていることになる。だれが打ち込んだのかを明らかにする意味でも、佐藤さんと話しておくべきこと、確認しなければならないことがある。
なぜ彼女が狙われたのか。理由がわからない。ただ、彼女が妊娠し、結婚していることを知ったうえでの、あの現場なら? いったい、いつから準備をしていたのか。
なんで、あの現場を作ったのか。
そこに思い至らなかったことを反省点として数えなければ。
仮に、あれを「作品」として呼称するのなら?
作品を作る者は、まず二種類に分かれる。
作ったものでなにかを得ようとする者と、作らずにいられない者。
後者なら? だれかにお披露目する必要性などない。必要性がないだけで、お披露目しないわけじゃないけれどね?
前者だとしたら?
それは富かもしれない。承認欲求を満たすことかもしれないし、だれかと交流するための材料かもしれない。
さらにいえば、だれかへのメッセージかもしれない。
恐ろしいのは、メッセージであった場合だ。
作品を残した者がメッセージを伝えたいのだとしたら、その相手はだれだ?
私だとしたら、どうだろう。見ていたんじゃないか。犯人は。私の反応を。どこかで。
ぞく、と。背筋に寒気が走る。鼻から息を吸う。
私に見せるためだとして、あの光景はなんの意味がある?
私相手でないとしたら、それはいったい?
あの作品の意味とはなんだ。
『深淵に覗き込まれるぞ?』
そう、たいした深淵ではないと思いますけどね。
『薄気味悪い光景だった』
ただし、配置した亡骸にしても、亡骸に与えた辱めにしても、捻りがありませんでした。
『むしろ、あの状況を作りあげることに気味悪さがあるな』
殺しの手口、現場の構築。そこかな。気持ち悪いのは。
気持ち的にも道義的にもきついけど、あえて遮断して、作品としてみるのなら?
もっと気味が悪く、味に満ちた作品がすでにあって、それと比べると作った者の異質さは手口と工程に留まる。
かつて私が目撃した光景と比べると、どうだろう。
『かつて、か。一度対峙した相手なのか?』
直接ってわけじゃあないんですけどね。
作品としての現場なら、何度か。
最初に目撃したものが一番、印象に残っています。
ある作家の絵画をモチーフにしたものでした。
交合する男女の骨と肉と内臓を削ぎ、椅子に組み立てたもの。癒着して生まれる兄弟姉妹のケースが稀にありますが、それを模していましたよ? 上半身の半分と腕、それに頭部は互いに切除され、縫い合わされていました。背もたれとなるふたりの上半身の中には、綿菓子が詰められていたそうです。
『死への陵辱を好む者か』
どうなんでしょうね。
ただね? ダメ押しっていうんじゃあないんですけども。
ふたりのこどもが座っていたんです。生きた状態で。母親の乳房の中に埋め込まれた哺乳瓶の中の母乳が、乳首に取りつけられたチューブから吸えるように。
今回の事件のように、キャンバスとサインを残して。
『A++か』
そうです。中学時代に出くわした事件の中でも、なかなかどぎついもの。
揺り起こしたくない記憶のひとつ。どう考えてもイカれてる。
殺人鬼。そう考えている。
プラスふたつは、プログラミングで使うそうだ。インクリメント。増加を意味するもの。一を加える処理なのだという。なら、Aはなんだ。Artとでも言いたいのだろうか。
それにしては、稚拙に感じる。そもそも殺人を犯し、亡骸を加工して作りだす芸術など、ない。あるべきかどうかじゃない。ないんだ。そんなのは。私は断じて認めない。仮にその偏見を取り去ったとして、それにしても稚拙に感じる。
同一犯の犯行だとして、男女の組み合わせが多い。モチーフは、男女とこども。あるいは男女と赤子。それが、多い。けれど、すべてではない。自分の腕を試すように、あるいは遊びのように、モチーフを変える。
言い方を変えれば、まだまだ幼い。手段と労力に対して。
別にいい。十分すぎるほど、殺している。あるいは死人を集めすぎている。
洗練させる前に、今度こそ見つけ出し、追いつめて、捕まえるべきだ。
あるいはいっそ、仕留めるべきではないか。
あんな。惨い。
「理華ちゃん」
後部座席で並んで座るママが、手を握ってきた。
見おろしてやっと、自分が強く握りしめすぎていたことに気づく。
手のひらが痛い。爪で皮を裂いてしまったのかもしれない。
「コンビニに寄ろう」
パパはなにかと理由をつけて寄り道をする。
ママもパパのフォローに回り続ける。
私を引き留めるように。繋ぎ止めるように。
たまに、思う。
春灯ちゃんが、どんどん力を手に入れるにつれて。もっとできるのに。もっとやれるのに。
いろんな場所へと赴き、その手を差し伸べたら? きっと、よくなることが多いのに。
けれど、それは過ぎた振る舞いなのだと緋迎さんは私に忠告した。
九尾に穴が空いた。春灯ちゃんに限界が訪れた。無理をしすぎたことの、なによりの証左だ。
自分の人生を生きるのだ。
まずは自分を育てるのだ。
でなければ、潰れてしまう。荒ぶり、無理が祟る。
だけど、それでは防げないことがある。不足に潰されてしまうこともある。
私にはそれが許せない。
今日、私が目撃した数多の暴力の内訳など、知りたくない。
知りたくないけど、知って対処しなければ、次の犠牲者が出るに違いない。
犯人はまだ捕まっていないのだから。
学生の出る幕じゃない。
わかっているけど、放っておけない。
枠組みから除外されて、それをよしと受け入れて、なにかが変わるとでも言うのか?
無理だ。
溢れかえっているじゃないか。枠組みが暴力と化した事象が、世の中に、やまほど。
放っておけるはずが、ないじゃないか。
緋迎さんも、佐藤さんも私に忠告した。これはいま、侍隊の出番ではないと。
隔離世の絡む余地のない事件なのだと。
関係ない。私にはね。
けれど、一度ゆるめよう。決めたじゃないか。今日はスタミナを貯める日だと。
「やっぱ、うちでのんびりしようかな」
ふたりにとっての安心を提供する。それは私の安心にも繋がる。
春灯ちゃんに言わせれば、安易な選択なのだろう。けど、これまた春灯ちゃんに言わせれば? 安易さは手段だ。なら、うまく使おう。
『あの娘には伝えるのか? 助けは求めるのか』
いいえ? まさか!
現世の事件、現世の手段による犯行なのだとしたら、春灯ちゃんの心に障る。
すでに限界を迎えているのに無理を強いるだなんて! あり得ない!
どうせ頼るなら、人選的にも他に適任がいる。
たとえば瑠衣のほうが具体的に助かる手段を提供してくれる。あいつ、忍びだし。腕も立つ。
ワトソンくんあたりも頼もしい。教団にそれらしい手段があるのなら、力を借りれないか相談するのも手だ。
『つまり、結局は調べるのか』
自衛のためにもね。
もし万が一、犯人が私を認識していたら? 今後、狙われる可能性がある。
私が離れたら、私の家族を狙う可能性もゼロではない。いまのところ、除外するに足る十分な理由が存在しない。セキュリティサービスで十分かどうかも謎。
なので。
調べる前に、地固めから。
瑠衣たちに連絡をして、防御を固めてから方針を決めます。
『警察には厄介がられるのでは?』
どうせ佐藤さんたちったら、私に心配せざるを得ない状況に違いないのでね?
安心を提供していきますよ。捜査の邪魔にならない範囲で。
『――……それって、悪役の言い分みたいじゃないか?』
あは! やだなあ!
こういうときにはね?
悪党って言ってもらえます?
つづく!




