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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百六話

 



 すぐにパンツを買って戻ってきたカナタとふたりで、ぷちたちのことを見守る。

 ぐっすり寝ている。出目金マシンではしゃいだのが、効いているみたい。

 正直ね?

 いまから夜が楽しみ~っ!

 しくじった!

 ぜったい夜なかなか寝ないやつ!

 明日にも響くやつ!

 前に強引に起こされた記憶が脳裏を過ぎる。お母さんだったり、お父さんだったり、トウヤだったりした。真夜中に元気になっちゃって、なかなか寝ないのは? 困りもの。

 生活のリズムが狂うとか、体調に影響がでるとか、いろいろ悩みはある。管理か支配か、その両方で心に障るし、その両方で対処しようとしがち。

 どうどうどう。

 お父さんもお母さんもトウヤも、別に私を管理したり支配しようとして起こしたわけじゃない。私の認識だけで決めつけないようにね? 小中いずれも学校でストレスためまくって帰ってきていた私だからさ? 夜はなかなか寝つけないし、寝つけない夜ほどネガティブと相性のいい時間帯もないもの。

 心配してくれてる。そのあたりは、ちゃあんとわかる。うっさいぞーとか、落ちつかないよーとか、そういうのもちゃんと教えてくれる。

 じゃあ仮に起こすか、あるいは起こさないのか。その境目は、なんだろ?

 区切りはいったい、なんだろな。

 お祭りの出店が落ちついちゃったり、店じまいを始めちゃったら?

 さすがにぷちたちがしょんぼりしちゃうだろうから、それまでに起こして祭りを楽しみたい。

 そのあたりが、区切りだ。

 まだ時間に余裕があるから、もうちょっとだけ。


「俺のぷちたちも、こうしてでられたほうがいいのかな」

「みんなが望んで尻尾にいるのなら、出すのはどうかと思うけど。カナタに遠慮しているというのなら、ちゃんと話していい頃合いじゃない?」


 私の遅すぎた実感という棘を、カナタに突き刺さないように留める。


「だよなあ。なんか、その。引っ込み思案なんだよ」

「そっくりじゃん」

「そうかなあ。春灯がさ、安全基地について教えてくれたろ?」

「うん」

「俺はそれをどうやって作ればいいのかわからなくて。ぷちたちが出てこれないの、安全じゃないからかなって」

「――……ううん」


 カナタも考えている。悩んでいるんだ。


「去年うちに、春灯が来て、料理や掃除、あれこれやってくれて。それは母さんがしてくれることで、俺たちに苦手なことで。そういうのとは別に」


 別に、という言葉に誘われてカナタを見る。


「掃除をする。なぜ? しなきゃいけないから。料理をする。なぜ? 食べなきゃいけないから。それだと、面倒だし。四苦八苦しながらでもしてくれた、春灯の十分の一もまともにできない」

「寮のお部屋は綺麗にしてたじゃない?」

「うちは広すぎるから」


 フォローをしたのに、間髪入れずに返された。しかも、かなりの早口だ。

 久しぶりだった。傷を刺激しちゃったのかもしれない。カナタの声は、かなり強ばったものだった。目元も、頬もこわばっている。気持ちの先が、痛みや願望に続いている。


「春灯と一緒に過ごすってなれば、そもそも綺麗な状態から入るし。それを維持できる、けど」


 おうちはそうもいかない、と。

 掃除ができる。カナタは。寮部屋はむしろ、同棲開始当初はカナタのほうがうるさくしてたくらいだ。洗濯だって、やる気まんまんだった。タマちゃんが「なんでかのう」と呆れるくらい。手洗いしたい下着さえ一緒くたに洗濯機に突っ込んじゃったというしくじりを、カナタは何度かしたけれど。真面目で、だから困っちゃうこともあったけど。洗濯に集中してた。

 それが緋迎さんちに帰ると?

 途端にいろいろと回らなくなる。

 ポンコツカナタさんのほうが私にとって身近だ。

 結局のところ、気を張って、がんばって、しなきゃいけないことばかりに囚われているから真面目でしっかり者に見えるだけ。

 そう見せるのに必死だ。カナタは。周囲に対してだけじゃない。自分に対してこそ、むしろ息切れしながらがんばっちゃうし? 私がいると、ますます肩に力が入る。

 そんな風に毎日を過ごしていたら、そりゃあ気ばかり疲れて、体力も落ちるって。

 さすがにそれは言い過ぎのこじつけ過ぎかな!

 でもねー。

 ポンなんだよ。カナタは。

 ぜんぜんいいんだ。それで。

 いいのに。力を抜いて。

 なのに、それができない。

 かっこつけたがりだからーって、私はしばらく済ませてた。

 でもちがう。

 サクラさんがいないことで生じた傷がいつまでも延々と治らず、治せずにいるからさ。血がにじんじゃうし、膿んじゃうから、せっせと絆創膏を貼るのに必死だったからだ。

 そりゃあ気を張る。

 そりゃあすぐどうこうって話じゃない。

 おうちに帰るとポンになるのは、傷を刺激する光景を目の当たりにするからだ。

 傷が痛むのに、ちゃんとやらなきゃなんて、無理だって。むりむり。

 たぶん、サクラさんレベルでやらなきゃって思うだろうし? 力んだろうし。

 ますます、無理。

 サクラさんはさ。もはや家事、達人レベルぞ?

 カナタさん、私と一緒でせいぜいがんばって初級者レベル。

 有段者に段位も取得せずに挑んだって、赤子の手をひねるように瞬殺されるよ!

 むりむり!

 練習してかなきゃね。

 掃除も、なんで掃除するかっていったらさ?

 埃を取って、風通しをよくするでしょ? 台所も、お風呂も、トイレもね。

 綺麗にするの。

 気が云々なんていう、すぴりちゅある~な話じゃない。

 シンプルに、虫が湧くからね……っ!

 お庭の伸び放題な草だってそうだ。昆虫たちの居場所になる。住処になる。

 東京だって、厄介な虫は湧く。見た目的にね!

 生存力が強い虫は、食べものの幅が広い。住処もそう。

 蚊が増えても困るし? 気持ち的に、すっきりする。そういうとこにも、征服願望みたいなものがあるかも?

 ただ整理整頓、きれいきれいが一番よしっていうより、もうちょっと理由があるんだ。

 好きなものを気持ちよく飾る練習になるし? 手入れをする遊びの練習にもなる。手入れに慣れれば、できる遊びも増える。あとは、自分の状態を知る力も育てられる。

 だけど、こういうのってさ?

 自分で楽しみを見つけられるくらい、のびのびやれなきゃあ、続かない。

 いやいややるのも、だれかに言われてやらされるのも、なかなかねー。馴染まないよね! むしろ傷を増やす。治すの大変なんだから! 傷をつける意味なんか、ないんだよね。

 カナタの場合、傷を重ねてみるし、広げちゃうだろうし?

 それじゃあ痛くて先がないよなあ。

 経験値を積んでいくどころじゃあない。

 それゆえに、滞る。

 できなくなる。

 もし仮に不足を見るのなら、その不足は過剰な痛みへと続いているかもしれない。

 癒えなきゃ不足は補えないんだけど、だれかに穴埋めを求めるケースもある。それ自体がだめなのだとは、思わない。ただ、暴力によって補うケースがある。これが問題だ。

 率直に言うと私はDVって暴力によって補う類いのものなのかなあという偏見を持っている。暴力を行使することで自分を保っている、という偏見をね。実際はどうなのかと偏見をなだめながら学んでいるけれど、どうなるかなあ。

 私なりの造語を作ったじゃない? さっき。暴力依存って。

 だけど既存の言葉に学び、それを用いて説明できないかを試し抜いてからでも遅くない気がする。私の造語にあたる言葉や概念が、すでにあるかもしれない。探し抜いて、見つからないまでの間に暫定的に利用しつつ、もし尋ねられる人と巡り会えたときには「こういう感じの言葉ってないですか?」って教えを請いたい。わがままなんですけどね!

 意味を自分なりにアレンジして、既存のものとすり替えるのも危うい。

 自分を固めるばかりで、世界に学ぶことを忘れ、怠ると? 自分と世界の安定が崩れていく。

 そいつはちょいとまずい。対話が難しくなる。

 話を戻すね?

 暴力に発展するくらい余白が埋めつくされて、傷はそのままで、癒やされることもなく、治せることもなく、自分を保てないなんて、そんなのやばい。そうなる前に止めたい。

 それにさ?

 そもそも余白がいっぱいになったら?

 そもそも傷ついたら?

 自分を保つ術って、あればあるほどよさそうだけど、それって、どうやって見つけるの? どうやって作るのかな。どう育てていけばいいのかな?

 どれくらい、答えが浮かぶ?

 お掃除を利用したら、どれくらいの選択肢が浮かぶかな?

 料理を利用したら、どう?

 逆に日常の生活で自分にできないこと、だれかにやらせて完全に依存していること、どれだけあるかな? そこから、どんな痛みに繋がりが見えるだろう。どんな傷が浮かぶ? あるいは暴力に繋がっている可能性はない?

 そうはいっても、現状で変えようのない状況もある。

 それはじゃあ、なぜ変えようがないの?

 ずっと続いているから、そうあるべきなの? ずっと変わらないべきなの?

 だれも知らないだけかも。

 問いも。その答えも。解法の数も。

 たとえば、問い。雑誌が売れなくなってきました。売れるようにしたいです。その答えは?

 問い。日本は人件費が高くて材料を国内で調達すると、商品の値段が高過ぎちゃいます。なので国外で調達しています。ここに、どんな問題が潜んでいますか? また、その問題はいくつ浮かびますか? 立場によって、その問題はどう変わりますか? その答えは、どれほどありますか?

 とかね。

 だれも知らないだけかも。

 たくさんの問いも、たくさんの答えも、調べればやまほど見つかるようでいてさ?

 ほんとのところは、その多くが妄想なのかも。

 問いを見つけて、答えを出そうと足掻いている人も。運良く出た答えが一攫千金に繋がった人も。答えが出たとはしゃいでみたら、ぜんぜんそうでもなくてがっかりって人も。

 いろいろいそうだ。

 すごく限定的な問いになると? 応用が利きにくそうで、たいへん。

 カナタの安全基地の育て方は、私とどれほど重なるのかな?

 人それぞれで、けっこう差があるものなのかな?

 そうでもないのかな?

 わからないや。

 こればかりはね? ますます、わからない!

 話を聞けばたちどころにわかるっていうのなら、あらゆる人がシャーロックに早変わりじゃない? 心の悩みも、対人関係の悩みも、わかる人に話せば一発解決! お仕事の悩みもなんのその! 挫折も失敗も、ぜんぶまとめて、どんとこぉい! 解決だい! とね?

 ならない!

 そういう人はいない。いたらたぶん、わかるってことにしてわるぅい商売してる。

 実際にいるとして、できるのは、専門分野の経験と知識と人脈を用いて助言をするか、一緒に挑戦して失敗しながら成功に結びつけるか。負担は助言よりも一緒にやるほうが大きいので、必然的に費用もかさむ。すると? ますます繋がる人を限定する。

 そんな感じじゃんね?

 わからないんじゃないかなー。

 みんな。だれも。自分にわかることまでしか、わからない。なんなら、そのことさえ頭の中からすっぽぬけちゃったりして!

 ね?

 そんなんじゃあ、あぢきないよ? ほんとにさ。

 あぢきないこと、このうえなしだよ!

 江戸時代をそうとう大昔だと感じるけれど、学問の発展と、それにかかる時間の移ろいをたどるほど「あれ!? 技術の進化が著しいって言葉にその気になっているだけで、私が思うよりも、世の中ってわかってないことのほうが多いのでは!?」って感じる。

 できることが増えるほど、わからないことが減っていくような気がするけれど、そんなことないよなー。

 かんちがいだ。

 だから広げていく。できることを増やし、わからないことを明らかにして、たくさんの気づきを得て、さらに学ぶ。

 余白の増やし方も、そのひとつ。

 たとえばそれは、荒れたお庭を掃除するようなものだとしたらさ。どうする? どうやる?

 手で引っこ抜けば、すべて終わり? そういう草しかないのかな? 厄介なツルはない? 樹が生えていたら? 血の池みたいなのができてたら、どう? 金属の棘がめいっぱい生えた巨大な草むらが生えていたら、どうする?

 抜いても抜いても、即座に生えてくる厄介な草だったら?

 それにさ。

 人の目には荒れた庭に見えても、他の視点から見たらどうかな?

 たとえばアスファルトで舗装された道よりも、草むらを好む生きものがいやしませんか?

 荒れ放題の庭には、植物だけじゃなく、昆虫もいるだろうね。

 その虫は、いったいどんな生態なんだろう。

 心の余白、あるいは余裕を私は庭に例えた。なら、庭にて暮らす昆虫は、いったいなにを例えるのか。昆虫だけしか来ない? まさか! 昆虫がいるのなら、昆虫を食べる鳥も来るよね? 鳥だけじゃないかもよー? 鳥を狙う獣までくるかも! それらはなにを示すのかな?

 もちろん、これは私の妄想で、おまけに遊びだ。

 自分の安全基地を整備し、育てようとするのなら? 取っかかりがほしい。

 そこで考えているに過ぎないの。

 それでも、やるの。

 なんでかってさ?

 痛いことって、ろくに見通しが立たない。なるべく考えずに済ませたいし? 思考停止気味の楽観論で、易しさを目的とし、非常に雑になる。

 場当たり的な対応に終始し、余白はますます手入れがむずかしくなり、荒れていく。

 それじゃ困るじゃない?

 だけど、痛い傷を痛いまま触るのも、やっぱりむずかしいじゃない?

 だったら、どうするの?

 楽しめる形で、楽しめる範囲で、こつこつやりながら経験値を積んで、できることを増やし、楽しめる範囲を拡大・拡張に努め、気がついたら? できることがめいっぱい増えて、わからないことに気づけるようになり、目端が利くようになって、知らないことに気づき、対処できることが増える!

 かも、しれないじゃない?


『楽観的に過ぎるがな』


 十兵衞がたしなめてくれる。

 もちろん、わかってるよ?

 結論づけるには、あまりに早計。

 なにせ、これって方針の話だからね? でしょ?

 なにが楽観的ってさ。

 失敗と、それを経験値にする過程が入っていない。

 おまけに傷が痛むときのケアについても、考慮が含まれていない。

 楽しめる形でというけれど、痛むとき、できることって想像以上に少ない。減りやすい。限定条件がめちゃくちゃ増えているかも。傷って、だってほら、痛いとそれだけで、障りたくないじゃない? 突き指したら、その手は使わずに済ませたいくらいじゃない? 捻挫した足もそう。実際、痛むのに無理を通すと症状が悪化すること、多そうだ。なので早期に病院に検査に行くし、定期的に検査してもらうわけでしょ?

 なら心の傷は、どうかな。

 心の痛みは?

 生活のままならなさは、どうなの?

 人とのままならなさなら、どうかな?

 そこまで練り込まれてる?

 自分のお庭は、だれかを招いてリラックスしてもらえるものかな? そもそもまず、自分がリラックスできる状態?

 仮に自分はだいじょうぶだと思えたとして、ほかのあらゆる人はどう?

 他人の庭にずけずけと入っていって、勝手に好き放題にしていい理由など、ひとつもない。なぜなら、それは暴力だからだ。

 では、了承を得ればいい?

 ど~かな~!

 それはまずいでしょ。

 じゃあ、どうするの?

 他人は変えられない。また変えるべきではない。

 己の庭は、己のもの。だれかの庭は、だれかのもの。

 では大事な人の庭がみるみる荒れていくとしたら? そのために困ったことをしてきたら? それは悲惨な攻撃になるかもしれない。あるいは逆に自分が浅ましく攻撃するかもしれない。

 暴力を通じて依存するようになるかも。

 あるいは、そんな相手を面倒みなければならないとして、そこに存在理由を見いだし、依存してしまうかも。

 いずれも困る。それは困るのだ。

 それなら、さあ。どうするの?

 私たちは、なにを、どこから、どのようにしてはじめるの?

 必要なのは、がんばることなの?

 それとも自分の味がみえてくるような、たのしいことなの?

 ぷちたちの寝顔を眺めてみるとね?

 自然と見えてくるよ。

 楽しめるかどうかに分水嶺が潜んでいる。

 引きよせたいのは、つらいつらいと我慢しながらがんばらなければならないほう?

 まさか!

 たのしめるようになっていくほうがいい!

 私はね?

 そして、自分の中にない世界と触れあうし、世界のだれにもない私に触れてもらう。

 人はみな等しく、平等に。暴力を用いて依存することなく、庭のお手入れを語り合えるくらい楽しいほうに引きよせ、術を見つけ、共有し、できることを増やし、知らないことに気づけるようになり、学んでいく。それを続けていく。支配はいらない。暴力もいらない。我慢も忍耐も、つらさを見つけるための信号だ。独裁者や圧制を敷き暴力を正当化したい者たちは、その信号をだれかに暴力を振るうための兆しに利用したろうけれど、私はそれを拒絶する。

 それでもやはり、十兵衞が教えてくれたように、楽観視している。

 このとおりにやるのが、本当にもう、むずかしい。

 気づけていない問いがやまほどある。なので見つけていない答えもまた、数えきれないほど存在する。

 カナタに視線を戻す。ふたりで見つめあうだけで、気持ちがぐっと楽になる。

 ただこれだけのことを、光を放つ蛍が見れなくなった現代の川のように、取り戻せなくなる。

 本当にむずかしい。

 わからねー! だらけなんです。

 参っちゃうね?

 でも、ううん。だからこそ、この問いに挑まずにはいられない。


「サクラさんのお手伝い、してみたら? 次におうちに帰ったときにでも」

「――……それでなにかになるのかなあ」

「お母さんと一緒に掃除ができるよ?」

「ええ?」


 なにそれ、と構えるカナタは面倒そうだし、疑心暗鬼。

 根本的に、お掃除あんまりなあって状態だ。

 そんな人が、お掃除で私のお庭が華やぐぜ? うぇいうぇいうぇい! ってサクラさんと同じことをできるって? 無理だって! いきなり同じ境地にはいけないよ。

 それはたとえば、私がいきなりドラちゃんを作りだすようなもの。設計図もなにもなしにね? あるいは隔離世の力が一切はいらない形で、トニーのアイアンマンのスーツを作っちゃうようなもの。

 私にそんな技術も知識もない! 経験もない。

 できないって。

 いろんな勉強をしなきゃね? お金もかかる。どこかのネットメディアが、アイアンマンのスーツって実際に作ろうとしたら、いくらかかるか概算を出していた気がする。たしか、戦闘機が買えるレベルじゃなかった?

 バットマンだとさ? バットモービルっていう専用戦闘機が出てくるけど。あれなんか、モロに戦闘機の価格に、専用の技術費や材料費が上乗せしてかかりそうだ。わお! やっばいぞ?

 それにさ。そうした技術を身につけるまでにかかる費用もあるよね? 材料を調達するのだって同じ。加工するのもそう。

 人が学ぶ過程で、やまほどお金がかかる。

 ハリウッドの兵隊さんの映画だと、優秀な兵士の育成費用って目玉が飛び出ちゃうくらいだって言ってた。

 教育やトレーニングにまつわる費用、えげつないんだよね。というより、生きると生じつづけていくものだ。そもそもね。だから社会でという話になるわけで。

 お掃除ひとつとっても、一緒だ。

 お料理ひとつとっても、そう。

 ほにゃらら家伝統の味! なんていうのもね? 安く見積もりがちだけど、大事に作られて、残されてきた過程にあるものって、実はばかにできないんじゃないかなあ。

 そこに気づかないで、検討しきれなかったら?

 ずれたピントが、ますますずれちゃう。

 価値という言葉を点にして打ったとき、たとえばいなくなってすごくさみしくてつらかったサクラさんと一緒に、いろんなことをやってみるのって、もう計り知れない気がするの。

 私にとっては。

 カナタにとっては、どうかな。

 わからない。

 ただもし、興味があるのなら、やってみるのもいいような気がする。


「不安なら、ついていってあげよっか」

「――……正直、お願いしたいです」


 表情に困っているみたいだ。眉をひそめて、困った顔して笑ってる。

 興味はある。けど、それがどういうことなのか掴み切れてない。警戒したほうがいいのか、飛びつくレベルでやってみたがったほうがいいのかって感じ。

 カナタの尻尾が膨らんでいた。

 お鼻でめいっぱい息を吸って、長く時間をかけて吐きだしていく。

 カナタもまた、ぷちたちの寝顔を見つめる。

 自分の気持ちを探しているように見えた。ぷちたちに向ける瞳に、どこか憧れを見て取れた気がして。

 安全基地が、ずっと見当たらなかった。探していた。苛烈に当たってくるシュウさんにこそ、求めた。そこがカナタにとって人生の強烈な皮肉のように思えてならない。

 求めていた。求め続けていた。

 がむしゃらに我慢して、がんばって、つらくなるばかりで、傷口も癒えるどころか深まる一方で。そんなカナタだから、シュウさんが暴走して救いを求めたとき、言えたのかもしれない。飛び込めたのかもしれない。やっと、シュウさんの弱さを糸口に、自分の弱さを通じて共感できたのかも。

 ぜんぶ、私の当て推量。すべてが私の偏見。実際どうかは、カナタにしかわからない。

 あいまいな点を打ち、そことの比較で探る。

 そういう手法があるとして、不慣れな私はしくじる可能性のほうが高い。

 この類いの偏見が、どれだけ無自覚に人を傷つけるか。だからきっと、言わない。言えない。

 代わりに、そばにいる。カナタが求め、許してくれる距離感で、寄り添う。

 私が求めるようにしかできないから、困る。

 求める形を増やす。求めたくない形もまた、増やす。気づきを増やし、学んでいく。

 追いつかない。痛みが絡むと、特にそう。

 人とともにいるのは、とても繊細で、むずかしい。

 それでもいたいと願う。願わずにいられない。

 だれとでも、そうできるわけじゃない。だから、出会いが貴重だと、安易に済ませたくもない。

 もっと素敵ななにかを探したくて、私は問いを探す。答えを探る。挑戦を続ける。

 それはどこまでも、私のもの。私の庭の、お手入れ法。

 見つけて越えて、はじめてあなたを感じるよ。

 安全基地を探してきたのは、私も同じ。けれど、カナタの求めと、まったく同じ意味を持つわけじゃない。

 自分の中に、すべての答えがあるわけじゃない。

 だれかの答えは、だれかの中にしかなく。

 だれかといるときの答えもまた、だれかといる時間の中にしかない。

 知るのも、学ぶのも、ひとりでは完結しない。

 途方に暮れちゃうよ。

 それでもいたいと願う。

 願わずにいられない。

 恋だの愛だの軽く易しく言うけれど、私はその輪郭さえわからずに求めるのだ。

 あなたと一緒に、世界に触れては、その形を確かめていく。

 なんで、そんなことをするのだろう。


「「 ――…… 」」


 ふと視線を合わせて、示し合わせたように口づける。

 額を重ねて、ふたりでちいさなちいさなこどもたちを見つめつづける。

 湧き上がるあたたかくてくすぐったくて安らぎ落ちつく穏やかな感情の問いを、気づきたくて、知りたくて。触れていたくて、やめられない。

 カナタも、ぷちたちも、このときも、ふれあえることも、寝顔を見守れることも、そのすべてが宝物だから、求めずにはいられない。




 つづく!

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