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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九十九章 おはように撃たれて眠れ!
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第千七百四話

 



 いのちあらばあふ世もあらむ世の中になど死ぬばかり思ふこころぞ。

 詞花和歌集の恋の上より、藤原惟成のもの。

 命さえあれば会うことも叶うはず。人の、男女の仲ってそういうものじゃん? だっていうのに、会いたい気持ちが高まるときほど死ぬような思いをするの、なんなん? まじでさー。

 みたいな? そんな翻訳になるみたいだ。お母さんの持っている岩波文庫によれば。

 会う。会いたい。

 この気持ちだけがすべてを言い切ることって、できない。

 DV男と別れた奥さん。ふたりの間にできた、こども。男がこどもに会いたいと焦がれるケース? あるだろうね。不倫で離婚した奥さんが、三行半を突きつけられて親権も取った旦那に希うも、こどもに会えないケースもあるだろう。

 世の中のすべての親になった人が、こどもにとって望ましい状態かといえば?

 もちろん、ちがう。

 じゃなきゃ世界にこどもを虐げることなど存在しないと断言できる。

 そんなことはない、と否定できたらいい。その願いこそ、まずは否定する。

 そんなことはない。

 本音をいえば「親のそばにいなきゃいけない」というのも「養育者はふたりいるべき。父親と母親。性別は男と女であるべき」というのも、乱暴に過ぎる。

 こどもときちんと過ごせる相手だろうかと疑問を抱かずにはいられない。

 また、その疑問が深まり自己否定に苛まれる養育者もいるだろうし? そこを突いて、敵意を抱く相手を責めて、なじる人もいるだろう。たとえばむごいことをして、別れた元養育者とかね。

 親子に限らない。

 人と人の関係の話だ。

 なので、愛しあうふたりなどと理想のオブラートで包んでいいこともない。

 愛しているからと、まるで高尚なことのように語りながら、言動が暴力だというケースは多い。

 自分の認識と言動の不一致。

 そう記すと、世界中の大勢の人は、あるいは社会における一般的な人たちは一致しているように錯覚する人も中にはいるかもしれないけれど、もちろん?

 そんなことはない。

 自分の思うとおりに世界はできていない。それでは順序が逆だ。

 確かめていけばいくほど、わからないことが増えていく。ううん、気づかず、知らなかったことを知る数が増えていく。

 自分の会いたい気持ちが、自分の思い焦がれる相手にとってどういうものか。

 その答えは自分の中には存在しない。だから正直、ぺらぺらと本のページをめくっていて、この歌を見つけたときは「わかる」と「でも身勝手」というふたつの気持ちがわき上がった。

 相手にとってどうか。ふたりの関係を育てられるかどうか。先があるかどうか。そこに目をつぶれば? 自分も相手も生きているのなら、会うことまではできるかも。

 でもじゃあ、死ぬような思いをするから、会うことを正当化して、その先にどうなるかを考えると? ね。

 完全に破綻するくらい大きなケンカをして、もう終わり。さらに死にたくなるような気持ちになるかもしれないよね?

 どんなにいまみたいに訳知り顔で語ってみせたところで、私は藤原惟成さんの人生について欠片も知らない。当てずっぽうを言っているだけ。私の偏見を並べているだけに過ぎない。

 それはどんな事実を明るみにするでも、目新しい気づきを得られるわけでもない。

 なので、この手の話は意味がなくて、山も谷もなくて、オチもないから?

 する価値のない話だって済ませることだってできる。

 人生は忙しすぎて、テンポも早すぎるから、気にしていたらキリがないもの。

 バラが必要? 花を咲かせて飾っていかなきゃ気持ちがもたない?

 うっせえわ。今日のパンを得るので精いっぱいなんだわ、こちとら。

 そんな状況もざらにあるので、ますます後回しになったり、知っていることにしたり、済んだことにしたりしながら、やっていくしかなくなって、だれがどうすべきが増えていく。

 それじゃとても間に合わないんだけど。

 死ぬような思いをして、諦めるか。それとも、先のない過剰な選択を取るか。二者択一。二項対立に追い込まれてしまう。

 悪手だ。

 でも、仕方ないの。

 悪手まみれなんだもの。すでに。

 真っ当な手を選べる人は、そんな状況を想像さえできない。

 貴族と平民のような格差は、いまの世の中にだって存在し続けている。

 格差はいろんな形で潜んでいてさ?

 会いたいと願うとき、相手はそれに応えてくれるべきだと無垢に思考停止している人が、もしも格差にうんざりしている人に焦がれていたら? いやみで返されたら、まだマシかもね。

 清少納言は約束をして当てにしていた男が反故にして、翌日会いにきたときに追い払おうとしたそう。それでもしつこく粘りをみせてきたから、次の歌を詠んだという。

 曰く。

 よしさらば、つらさは我に習ひけり。頼めてこぬは誰か教へし。

 お前のつらさは私が原因だろう。いいよ? そこまでは、わかったよ。けどさ? じゃあなにが原因でお前はこないのかなあ? だれに教わったのかなあ!? 私には覚えがないぞう!? んんん!? ほら、言ってごらん? 私を悪党扱いする前に、約束を破ってなじるお前がまず弁明してみろよぉ! って、アイアンクローを決めながらつよつよな人に問いかけてほしい。

 失礼、荒ぶりました。

 考えるのも、気づき、知ろうとするのも、理由がある。

 自分の中に答えがあることって、すごく少ない。自分の中にある答えの大事さにだって、気づけない。それじゃあ困るから、止めない。

 意味はあるんだよ。ちゃんと。

 そこまで承知したうえで読み直すとね?

 命あれば会うことも叶う。けれど、いきなりそこで結論づけちゃうかどうかは、この歌を見た人次第だ。

 焦らないでいい。「会いたい」から「会う」というように、思うから行くと、単純であればいいわけじゃない。その単純さが救いになることもある。どっちかわからないなら、どっちか探ればよくて、自分の中にある答えだけは、調べられる。相手の中にある答えはそうはいかない。

 なんで一緒にいられること、対話できることが素敵かってさ?

 自分にはどうにもできない、またすべきでない相手が選んでくれるからだ。自分と関わることを。

 それは決して暴力で強いてはいけない類いのものだ。

 気恥ずかしいほどの正論は、けれど響かないし、届かない。

 そんな領域があるのも事実だ。

 正論だけで通ればいい?

 そんなことはない。

 正論は枠組みに存在するもの。枠組みが変われば通用しないもの。響かないもの。薬にも、毒にもなり得るもの。だから正論だけあればいいなんて、そんなことはない。特定の枠組みだけ存在し、肯定されるべきなんて、そんなことはないのだ。

 と、いう話は置いといて。

 自分がなにを感じ、なにを欲していて、なにを願っているかを認識できないのは、しんどい。

 なぜかを話す前に、小休憩がてら小話を。

 アンチャーテッド。おもしろゲームで、遊ぶ映画みたいに言われてるんだよね?

 その三作目で、主人公は砂漠に落下。さまよう場面がある。

 漫画マスターキートンでも、拉致されて砂漠に放置されて、サバイバルをしながら踏破する羽目になってなかった?

 広大な砂地で、物資はなし。

 さしあたって問題となるのは、飲食。飲み食いできるものがないこと。コンビニも自販機も水道も、なんにもない。あるわけない。

 次に問題になるのが、日中の強すぎる日差し。そして日が暮れて生じる、あまりにつらい寒さ。寒暖差が激しい過酷な状況が問題となる。

 マスターキートンだと、特殊部隊の経験を活用してサバイバルを成し遂げていた。苦労もあったけど、なんとか乗り越えていた。

 けどアンチャーテッドは、ちがう。

 喉が渇いて物資もなくて、ふらふらになりながら移動。遺跡に傭兵団が集まっていて、戦闘になり、近くの住民に救助される。けど、傭兵団に殺されるか、そもそも遺跡にさえたどり着けなかったら? きっと死んでいた。

 リッチなディナーなんて言わない。

 せめて、水。そして、ぐっすり休める場所を。

 願いを叶えられる状況じゃない。

 喉がからからになった人たちが水を求めて殺しあいを始めることさえある。

 負荷を軽減するための欲求に対して、叶える手段があるとして? 少ない水を求めて殺しあいをする人々もいるのなら?

 マスターキートンのように、ビニールシートとおしっこ、強い日差しと穴を利用して飲料水を獲得する技術を使う人もいる。実際にやったことないからさ? どんなもんか? 知らないよ!

 むしろ最近だと、ナショジオあたりでサバイバルのドキュメンタリーやってなかったっけ?

 植物にビニール袋をかぶせて、蒸発した水分を貯めるとか。砂の中でも、塩の混じった白い地域を掘ってみたら、地下水が見つかるかも? とか。

 いろいろあるよね。

 砂漠でも空気からお水を取る方法を研究して、実証して、目指せ現実的な運用を! なんて動きもあるという。

 やがて水を得られる手段は、いま水を求める人々の喉を潤すことはできない。

 別の話なんだ。

 どっちも必要だよね。そして繰り返すけど、やがて水を得られるようになるのも、いま水を得る必要があるのも、どちらも別の話だ。

 期限としては別。でも、どちらも大事な話だ。

 ただ、いま喉が渇いているとき、将来どうこうってなかなかイメージしにくい。

 そういうようなこと、いろいろあるよね。

 気にしているのは、ここだ。

 安全じゃないと脅かされるとき、安全基地が試される。そして将来の水を求めるのも、いまの水を求めるのも、どちらも脅かす作用がある。直接いま、まさに水が必要だ、という作用がなにより強烈で、それ以外の作用はたいしたことないだろーって見方をしがち。

 でも、そんなことない。

 安全基地を維持するとき、不安な要素を排除する? それとも、より安全になる要素を強化する? 両方やる? 他にもやまほど選択肢があるだろうけど、実際のところ、どうする?

 いますぐ水が必要だとした場合、安全基地と生命の維持は直結して感じられて、実際に水の獲得が急務。サバイバル技術がないと? それに、奪うにしたってそもそも奪う相手と物資がないと? 結局は「みずぅ……み、みずぅ」ってゾンビのように徘徊するのが関の山。

 知恵を絞ろうとしても、想像するだけの材料が手元になかったら? 無理だ。

 スマホで調べたくても通信回線がなきゃあ意味がない。

 切迫感が増すので、死に物狂いになる。なっていられる間は。消耗しきったらもう、それどころじゃない。けれど窮鼠猫を噛む、ということもある。ラクダで移動する人たちを見つけて「ひゃっはあ! あいつらの水を奪えぇ!」ってなるかも? いやいや。もうド直球に「助けて!」って言いにいったらよくね?

 あれや、これや。

 パニックムービーだと、ありがちな問答だ。

 相手が信用できる環境しかない、とは限らないのが世の常。

 なので、いい人たちかもしれないし? 小銃をぶら下げて移動中の、やべえ人たちかもしれない。

 怖い可能性が可視化されるほど? うまくいかない可能性を想像するほど? 恐れるほど?

 警戒する。

 その手の映画で絶対的に信用しない人もいる。

 そこにもし前提として、私の偏見を率直に述べるなら?

 信用できないくらい、痛い目にあってきたか、うまくいかずにひどい目に遭ってきたか。それとも信用できないから、感じ取れないし、裏切ってきたか。

 どちらも別種の痛み。やり方によっては、だれかを傷つけている可能性も大いにある。

 実際、そういうタイプのキャラクターは主人公か、主人公の大事な人、あるいは両方につっかかるし、なにかとトラブルを起こす。あるいは不確定要素として、立ち回る。たとえば不確定要素を際立たせるノリでさ? とびきり重要で、しくじると漏れなく死ぬ役目を担うことになったりして。達成パターンの場合、デレ期到来したりして!

 そんな裏読みはさておき。

 前提となる経験や学びが、私たちの偏見を形作る。

 感じ方さえ、ときに強く左右する。

 それはたとえば先述した、やがて水を得られる技術と、いま水を得ることの違いへの理解と、どっちも別で、どっちも大事だっていう認識にさえ、影響を及ぼす。

 いま喉が渇いている人が、でるかわからない井戸をせっせと掘るべきだ、なんていうのは現実的じゃない。いますぐ飲みたい水を得られるかどうかもわからず、なんの手がかりもなしに砂漠を掘っても、ね? 途中で息絶えてしまうんじゃないかな。

 余裕がなくなると、怒りっぽくなるし? 判断力も落ちる。分析する力も、影響を受けるんじゃないかな? 偏見と選択の間に生じる段階も、安易にすっ飛ばされがちになりそうだぞ?

 仮にさ。

 死ぬような思いをするくらい、会いたくて仕方ない人がいたとして。

 その余裕のなさは、なんでできているのかな?

 どうして、そこまで追いつめられちゃうのかな?

 相手が安全基地だからなのかな? それとも、相手と会えないことが安全基地を脅かすから?

 その切実さを「足りない」と感じる人もいれば「過剰にもほどがある」と感じる人もいるだろう。

 ちがうもんね。

 それだけ焦がれる人生のパターン、偏見として抱ける分岐の数が、どれほどあるのか。それともないのか。

 ぜんぜんちがうもの。

 パターンを知っていても、紐づいていないケースもあるだろうし?

 共有すると一言でいうには厄介でむずかしいことを知らず、知ろうとせずに済ませたら?

 先がないもの。

 そこまで踏まえて、改めて連想するとさ?

 人生のあらゆることがろくに安全基地として機能せず、穏やかさをろくに知らずに育ち、あるいはそれを自覚することができないままに、はじめて安堵することができただれかとの出会いに焦がれている状況を思い描いたら?

 しみる歌になるんだろうなあ。

 いのちあらばあふ世もあらむ世の中になど死ぬばかり思ふこころぞ。

 穏やかに過ごし、安心できる夜が続いた家で過ごせた。それって途方もない奇跡のような財産だ。だれにも等しく与えられるものじゃない。

 なまじ一時期あって、失われたことに意識的だとしたら?

 悲劇だ。

 それこそガンダムのシャアはさ? 逆襲するとき、彼のミューズである存在を指して、母親になってくれるはずだったと訴えた。相手は情けない奴って言い返すし、見ている人たちのたくさんの感想をみても同じような感想が多いけど。

 カナタのおうちを見て、そこでしばらく生活してみて感じた。

 プレイボーイで一緒に過ごせる女性との出会いもけっこうあって、それでも満たされない安心と安全って、彼はついに手に入れることができずに巨大な隕石を地球に落とすまでになっちゃうんだからさ?

 えぐいなーって。

 あまりにしんどいぞ? って。

 復讐のために人生を捧げて成功し、自分の行いを省みるべくテロ組織に身を置いて、いろんな経験をした彼って傑物として見れるところもけっこうあるし、同時に拭いようのない人間臭さがあるし?

 なにより、青年期に心の安寧を求めて出会った女性を自分が大きく関与する機会で失ってしまった事実は、もちろん彼の責任について論じることもできるだろうけど一旦横において、トラウマとしては深すぎるんだろうなあって。

 自分の安全基地を、ここが安全だとしみじみ息抜きができるくらい育てられなかった大人の振るまいとして、思いを馳せる部分はあってさ?

 歌がますますしみてくる。

 ぷちたちを起こさないように、愛生先輩と短歌を使ってオタトークをしながら連想する。

 出会いが生死に重ねて思えるくらい、焦がれる思いの土台になにがあるのか。

 あるいは、なにを足せて、なにを引けるのか。

 実際にいますぐ水を飲まなきゃっていうときに考えるのは、あまりに手遅れが過ぎるから。

 それは水を飲めるときに備えて、考えておきたいじゃない?

 いなくなってから初めて気づく。たぶん、それってよくあることなんだ。いることを、いる間にあれこれ探っても足りないし、いないという点をおいて洞察したって足りるはずがないんだから。

 いま私の悩みは、いますぐ水を飲みたいのか、それともずっと水が得られるようにしたいのか、とかね? 水を飲めるときこそ考えておきたい。

 それをいろんなことに重ねてするには、世界は広すぎるし、忙しなくてたいへんだ。

 遊動民だった頃、人は旅をして、しばらく留まっては、また旅に出ていたそうだ。怪我や病は死への近道。野生生物が足を悪くしたら、生存できる年月がぐっと下がるのと大差ないくらい。食べものに含まれる虫や病にだって、備えもない。

 定住するようになって、人は長く留まり、そのために必要なものを作りだしたり、探ったり、失敗しまくって成功と出会ったりして、できることが増えたぶん、なにがどう変わったのか。

 それこそカルトさえ利用しそうな文脈だ。

 あぶないあぶない。おっかない!

 そういうのとは別にしても、学校で学ぶことがたくさんあって、そのわりにカリキュラムのずっと奥底、抽出された薄味の液体じゃなく、抽出元の研究やフィールドワークや実験に深い味が眠っていて、そのすべてにアクセスするには知識が増えすぎて。

 人類に限界が見えてきた、なんて話も出てるそうだけど。いやいや、そうはいうてもぉ! ってくらい、まだまだ先に進めそうな気がしてて。

 それはあくまで、やがて水を得るような方向性で。やがて水に困る人を減らす方向性で。

 いま喉が渇いている人を減らす方向性でもなければ、喉が渇き続けて苦しんでいる人のケアという方向性でもない。

 前提がちがう。

 さみしさという点をおいても、そう。

 愛だの恋だのいっても、一緒。

 会いたい気持ちさえ、そう。

 九尾の尻尾の穴は、どっちかな? いますぐなのかな? やがて、なのかな?

 ぷちたちが私を求める気持ちは?

 私がぷちたちに感じる愛しさは。振り回されて感じる負荷は?

 学びが花になるのなら、清少納言が枕草子にやまほどしたためたように花を増やそう。ちょうどお母さんの本に残された歌をみんなで詠み合うように花を飾ってみるのもいい。

 笑えればの歌みたいにさ?

 とにかく笑えれば、花を飾れる気がするんだ。

 いまね?

 実はカナタのことを考えてる。

 普通、愛生先輩じゃなくて、カナタが起きるといるものじゃない?

 それって無茶なわがままだけど。愛生先輩じゃなくてっていうんじゃないけどさ。めっちゃ救われたし? うれしいし、久しぶりに話せるいまという時間が楽しいんだけど!

 それとは別に思うわけ。

 顔を見たら、心にじわっと安心の花が咲いていく。

 満開の花畑になる。

 距離が離れて吹く風に花びらが舞い散って、頼りなくなっちゃうのが目に見えている。

 ぜったいに会うし、会えるのわかる距離感にいるからさ?

 清少納言のときめくことのように、いまという時間は出会えるまでのときをくすぐる仕掛け。

 スパイスみたいなもの。

 なので焦らないし、いまという時間を楽しむつもり。

 そう考えるとね?

 たくさんの花が咲いていくの。

 だからいま、会いたいなって考えてる。




 つづく!

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