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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二章 二振りの運命と願い

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第十七話

 



 疲労困憊のトモと、それでも動きすぎてぺこぺこなお腹を満たすべく食堂へ移動した。

 男の人たち……先輩がたは私たちに気づいて「つええなお前ら」「またやろうぜ」と気さくに笑うだけ。

 引きずっている人は一人もいない。戦う気になる人も。それがせめてもの救いでした。

 入寮日限定定食、というあまりにもクリティカルなメニューを券売機で買って(カードを読み取り機にかざさなきゃ反応しなかった)、カウンター越しに食券を出してびっくり。

 伊勢エビのお味噌汁、舟盛りのお刺身、一口サイズのステーキ(黒いつぶつぶがのってる!)、山盛りどころか富士山盛りって感じの白米。

 サラダにまぶされている黄色い粒はなんだろう……考えたら負けな気がします。

 それにしてもいくらなんでも量が多すぎではないでしょうか。

 舟盛りって。舟盛りって。一種類三きれもあるし、それぞれに魚の名前を書いた札がのってるし。

 違う、そうじゃない。

 高すぎるよ、っていうツッコミが真っ先に出るべきだよ?

 このステーキもそばに和牛で有名なブランドがしれっと書いてある名刺が置いてあるもん。

 怒濤の現実にやられぎみの脳みそは考えるのを放棄したがっていて、それはトモも同じようだった。


「たべよっか……」

「うん……」


 言葉少なに箸を伸ばして、ご飯を一口。

 口に入れて香りの良さにびっくり。そして噛んで更にびっくり。

 甘い。すごく甘い。お砂糖とか、そういう甘さじゃないの。

 なんていえばいいんだろう!

 なんていえばいいの……美味しい……泣きたい語彙力。大好きなアニメ歌手のライブ帰りみたいに頭が働かないんです。

 口に入れた瞬間、目を輝かせて凄い勢いで食べ始めたトモに負けじと、一つ、また一つお皿を空けていく。

 食べきって椅子の背もたれに身体を預けて、蕩け顔になっている私たちに近づいてきたのは、


「いっぱい食べる女子は見ていて気分がいいな」


 月見島くんであり、


「飲み物、持ってきたよ」


 お茶の入った湯飲みを二つ分持ってきてくれた狛火野くんだった。


「ひと息ついて」

「ありがとー!」

「ど、どうも」


 歓喜の声をあげてお茶をくいっと飲み干しちゃうトモに続いて、頭を下げる。

 ありがとう、と言おうとした時だったよ。

 ぐううううううう!

 お腹がなりました。すごい音でした。ごまかしようがない瞬間でした。

 吹き出すように男の人たちが私を見て大声で笑いましたよね。しょうがないですけど。

 いっそ殺して……!


「ここのご飯美味しいから、いくらでも入るよね」

「おかわりは? 味噌汁もご飯もサラダもおかわり自由だ、言ってくれれば持ってくる」


 さわやかに笑う狛火野くんに続いて、意外や意外。

 月見島が私のトレイを持って聞いてくれたのだ。

 っていうかそれだと私食べること決定ですよね。


「い、いやその、おおおお、お腹すいてないというか」

「尻尾、見てみろ」

「え」


 呆れた顔で笑う月見島くんにあわててふり返ると、尻尾がこれ以上無く左右にぱたぱたと。


「おかわりは?」

「……ど、どれも、ちょこっと」


 ぐううううううう!


「大盛りで」


 諦めた。もう無理だ。私には無理だ。淑女っぽく振る舞えばもてるんじゃないかと思っていた時期がありました。とうに過去に過ぎ去って戻れないところにまで来てしまいました。


「わかった」


 笑顔で頷いておかわりを取りに行ってくれた月見島くんには感謝してもしきれない。

 なぜならこの日、私は三回もおかわりをして(トモは一回で満腹になっていたのに!)、そのたんびに月見島くんが運んでくれたからだ。

 ほんと、その……すみません。


 ◆


 何かをごまかそうとしても尻尾が素直なんだから困るなあ。

 どうにかして消せないものかなーと思ったけど、だめ。


「尻尾の消し方? さすがにわからないかな……先輩方は何かわかります?」


 狛火野くんが聞いてくれたんだけど、食堂にいる人たちはみんな肩を竦めるだけ。

 誰に聞いてもわからないんじゃしょうがないか。

 それからは益体もないことをだらだらと話していた。

 学校に入ってからのこと。

 狛火野くんと月見島くんにそれぞれお礼を言って、トモが二人に自己紹介をして。

 二人はトモや私と同じ高等部からの入学組で、私を除いた三人はずっと剣道をやっていたこと。

 胴着の着方がわからなくてラビ先輩に助けてもらったって話をしたら、三人揃って笑うから困りました。それからトモが「尻尾用に穴とか開けた方がいいかも。手伝ったげる」と言ってくれた。

 ラビ先輩の言葉で警戒していたけど……食堂に入った時からはもう誰も襲ってこない。

 それはラビ先輩がみんなに「今日は手出し無用だ」と言ってくれたおかげみたい。狛火野くんが教えてくれたの。

 月見島くんが「目下の目標だな」と唸っていた。

 どうやら四人が入寮したその日、ラビ先輩に挑んだ沢城くんが一瞬でやられてしまったようなのだ。しかもその時、ラビ先輩は刀を一切抜かなかったらしい。

 やっぱり強い人なんだ。

 突き放してみたり……けど、胴着の着方を教えてくれた時の先輩は優しかった。

 紳士で、よくわからない……かっこいい人。

 妙な間を壊したのは、


「ああ、むり……ここで寝てもいいですか。お腹いっぱいで幸せすぎるんですけど」


 暢気なトモの声だった。

 思わず笑っちゃってから、乗っかって「いいね。いいかも。寝たい」と笑う。

 美味しすぎるご飯と気楽な会話。

 至福の顔でだらけているトモと一緒にいつまでものんびりしていたかったけど、時間も時間。

 気づけば十時を過ぎていた。

 二人にお別れして、トモとお風呂へ向かうことになりました。


 ◆


 脱いで鏡を見てびっくり。

 完全にお尻から尻尾が生えている。

 付け根のあたりからしっかりとした毛が。

 もこもこと。ふわふわと。


「ハル。尻尾も洗っちゃう?」

「えっ……あ、考えてなかった。そっか。洗えるのか、これ」


 左右に振ってみて実感。やっぱり生えてる。となれば手入れもしなきゃいけないのか。


「でもそれ乾かすの、時間かかりそうじゃない? どうする?」

「あっ……そっか」


 お風呂に入るとこれ濡れちゃうよね。

 小学生の頃は髪を長くしていた時期もあったので、わかる。

 この尻尾を乾かすのは相当、骨が折れるに違いない。


「じゃあ、ちょっと待って」


 脱衣カゴに入れたポーチから綺麗に畳まれたビニール袋とヘアゴムを出して、トモが私のお尻に跪いた。


「これを、こうして――こう」

「おおっ」


 ビニール袋を広げて尻尾をくるむと、ヘアゴムで根元を縛ってくれる。

 ちょっと、いや、けっこう窮屈だけど。


「これなら濡れないっしょ」

「す、すごい! え、なんで? なんでこういうの思いつくの?」

「えー……っと。大型犬……みたいなのを飼ってて、お風呂に入れてたから?」


 ペットっすか。


「ま、まあ、それでも助かるよ!」

「洗うときは手伝うから言ってね。ブラッシング込みでやったげる」


 ペットでもなんでもいいや。

 トモさまーと泣きつこうとする私を片手で止めて「はいはい」と流しちゃうあたり、凄い……。


 ◆


 脱衣所の時点で実は気づいていたことがあるの。

 人がいない。


「がらがらだねー」

「女子いないのかな?」

「襲ってきた先輩たちもみんな男の人だったよね」

「一人見た気がするけど……ほとんどそうかも」


 トモの言葉に頷きながらお風呂場を見渡す。

 広々としたお風呂場は湯気が過剰なくらいのぼっていて、それでも流し場には一人もいないのが丸わかりだった。


「泳げるかな」

「あ、それやりたい」


 呟いたら案外トモが乗り気で乗ってくれたから、二人で笑っていた時だった。

 ちゃぷ、じゃばあ……と湯気でまともに見えない浴槽から音がした。

 湯気の中から出てきたのは、ラビ先輩と同じ銀色の腰まで届く長い髪が綺麗な女の人だった。

 スタイルも凄い。

 私なんか逆立ちしても敵いそうにないレベルで腰がきゅっとしてる。それだけじゃないの。

 ぼんっ……きゅっ……ぼぼん!


「……失礼」

「はっ!?」


 我に返った私とどう声を掛けようか悩むトモの横を通り過ぎて、女の人は行ってしまった。


「い、いたね、人」

「す……すごい綺麗な子、だった……よね」

「うん……」


 狐につままれたような顔をする私とトモにはもう、浴槽で泳ぐ気なんてなくなっていた。

 それくらい綺麗だった。

 私とトモが揃って見とれてしまうほどに。

 そして頭の片隅で理性が囁いていた。

 お風呂場で突っ立ってなにしてん、って。




 つづく。

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