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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百六十九話

 



 喫茶店の営業があるソウイチさんに稽古をつけてもらえる日は少ない。定休日は水曜日だけだもん。アルバイトを雇っていて、その人は結構信頼できる人らしく、たまにその人にお店を任せて面倒を見てくれたりもするよ。

 そしてシュウさん。

 シュウさんが一緒の稽古となると、これもまた毎日とはいかない。公務員であるシュウさんは週末しか休めないもん。

 そもそも週末でも忙しいのがシュウさんだから、一緒なのはむしろレアです。

 というわけで、毎日やる稽古はカナタとコバトちゃんとするんです。

 なのに鬼ごっこで勝てないの。ずっと勝てないまま。

 地味に悔しいよね。

 おかしい。子供の遊びと侮るなかれ。私全敗ですよ。

 あれ? これって私が子供並み、またはそれ未満であることしか証明できてないのでは?

 なんてこと……!


「ハル? ハル」


 くっ……どうにかして一勝をもぎとらなければ……!


「ハル!」

「はっ!?」


 獣耳のそばで大声を出されてはっとしたら、カナタが呆れた顔をして私を見てました。


「父さんがアルバイトさんに仕事を任せて来てくれたんだ。しゃんとしよう」

「う、うん」


 我に返って見ると、そこは都心。

 東京都新宿区にある雑居ビルの上だ。

 すでに隔離世へと移動済み。

 ソウイチさんとシュウさんがワイシャツにスラックス姿で立っている。

 そばにはワンピース姿のコバトちゃんとツバキちゃんもいる。

 士道誠心高等部は入学の資格に隔離世を知覚できる才能が必要とか聞いたことがあるけど、それは中等部にも適用されるのか。

 綺羅ツバキ。どこからどう見ても美少女にしか見えないが、持っている。というか、ついている、というべきか。

 なんで下ネタを一人で考えているのかな。戸惑っているのかな、いつもより人が多くて。

 考えてる場合じゃないね。


「ええと、ここで何を?」

「クレイジーエンジェぅ」


 ソウイチさん、というか彼氏のお父さまに呼ばれると破壊力あるね! 私の中学生時代の自称って……!


「な、なんでしょうか」


 もう既に私は泣きそうですけど!


「中学時代のあなたの日記……通称、黒の聖書。あなたの夢と希望が記されていましたね」


 いえ、違うんです。

 あれは冴えないモテない垢抜けない、ないない尽くしなのにバカにはされても弄られても背伸びして折れずに学校に通い続けた私の痛みに溢れた黒歴史ノートです……!

 強いて言えばあるのは妄想くらいですかね!

 前向きに折れずに毎日をおもしろおかしく脚色した日記ですよ!


「空を飛べる、というのもありましたな」


 え、えっと、えっと。

 色々書きすぎて、あと高校に入ってからいろいろありすぎて、正直いまの自分はまるで把握してませんけど!


「黒の聖書、第九章。空に掛かる白い橋。訳すと飛行機雲」

「おうっ……!」


 ツバキちゃん……! なんで暗唱できるの……!

 タイトルを呼ばれた瞬間にぱっと思い出したよ! そしてその訳も正解だよ、むしろよくわかるね……! 私のファンすぎるでしょ……!


「あ、あの! あの! それ以上は――」

「序文、訳。空に掛かる飛行機雲を見つめていると不思議」

「待って、」

「みんなぶらさがったら楽しい気持ちになれるんじゃないかな」

「お願い待って、」

「お猿さんみたいにやったらたいへん。落ちたら大事故だよ?」

「誰か止めて! 止めてよ! それ私の黒歴史なんですけど!」

「だから空を歩けるといいなあ。そしたら合唱で揉めるみんなも笑顔になるに違いないよ。そう話したらクラスの男子にお前マジで大丈夫? ばか? と心配された。凹まないゾ★」

「いやああああああああああああ!」


 精神力ががりがり削られている……! 私いま、猛烈に凹んでいるぞ★


「ううっ」

「やってみましょう」


 ……え?


「ソウイチさん、今なんと」

「ですから、空を歩いてみましょう」


 シュウさんを見た。笑顔だ。

 カナタも、コバトちゃんも。

 もちろんツバキちゃんも、笑顔で私を見ている。


「……え、ほんとに?」


 私の問い掛けにみんなして頷くの、なんで。


『まあ……習うより慣れろ、じゃな』


 えええええ!?


「どうぞ、こちらへ」


 手招きされるのは、ビルの屋上の縁。

 足を一歩踏み出せば、容易に落ちる場所。


「しょ、正気ですか?」

「あなたが宿す刀の御霊の一振りが玉藻の前なら、落ちても大丈夫」


 違いない、とタマちゃんが確信をもった気持ちを伝えてきた。


「ハル、そもそもお前には交流戦で落ちた実績があるだろう」

「嫌な実績! いや、あるけれども!」


 カナタのツッコミに思わず言い返しつつも、ならばと立ってみる。


「カナタから聞きました。星蘭との交流戦において、あなたは士道誠心の特別体育館に築かれた城の天守閣から空を駆けてきた、と」


 確かに天守閣から走って出て行った。

 安倍ユウジンくんとの対決の場に向かうために、真っ直ぐ一直線。

 空を走ったよ……あれ?


「なんであの時できたんだろう」


 腕を抱える私にカナタがずっこけた。


「お、お前……それ本気で言っているのか!?」

「だ、だって覚えてないよ」


 疑わしい、という目で見つめてくるカナタの視線が痛い。

 痛すぎるのでそっと隣を見たの。


「そ、ソウイチさん。どうやればできますか?」

「私には出来かねますので。シュウ、お前は?」

「よしてくれ、父さん。無理に決まっている」


 ……ええと?


「カナタはどうだ?」

「俺にだって無理だ」


 待って。ちょっと待って。


「どういうこと?」


 私の問い掛けにみんなが顔を見合わせて、それから私を見るの。


「青澄さん……屋上から足を踏み出せば落ちますよね?」

「……そりゃあ」


 万有引力、だっけ。よく覚えてないけど。


「木からリンゴを落とせば落ちるよね、的なやつですよね?」

「お前は本当に高校生なのか?」

「ううっ」


 カナタの視線とツッコミが痛いよ!


「大人になればなるにつれ、現実の認識が深まる。翻せば、あまりにも超常の現象めいた行為ができると信じられなくなる。踏み出せば落ちると私たちは思ってしまうのです」

「はあ……」


 まあ、でもわかるかも。

 たとえば小学生の頃に見たニチアサヒロインみたいな超絶アクション。幼稚園の頃の私はできると確信していた。小学生になってもしかしたらできるといいな、になって。

 中学の頃の私はできるように変われたらいいのに、になった。

 まあ今の私ならできそうな気がするけどさ。高校に入るまでの私に説明しても、絶対無理だと思い込んでいたに違いないよ。


「空を飛べる夢を見ることができる資質、といいますか。はたまた、否定しない力をお持ちというべきか。あなたは可能性を信じる力をお持ちだと見受けられる」

「えっと……」


 どういうことだろう。夢なら誰でも見られるものじゃないの? 可能性だって同じだ。私は刀という形で可能性を持っている。なら信じるのは当然だと思うんだけど。

 よくわからないでいる私にソウイチさんは微笑みを浮かべたまま、ずっと優しく語りかけてくれるの。


「質問を変えましょう。あなたの刀に宿る玉藻の前は、空も歩けない妖怪ですか?」

「それは違うと思います」


 はっきりと言い返した私をみんなが眩しそうに見るの。


「なら……どうぞ。信じて、一歩踏み出してみてください」

「……はあ」


 もっとあれこれ、細かい手順を言われるのかと思ったけど。

 信じるだけでいいの?


『空を駆ける、か……もっと面倒なことを言われると思ったがのう』


 やっぱり簡単?


『当たり前じゃ。誰に聞いておるつもりじゃ?』


 そうだよねえ。ちなみに十兵衞はどう思う?


『俺に期待するところでもあるまい。そして真実、お主ら二人は道理を意地でどうにでもする類いの女よ。進め、進めばわかる。できるだろうよ』


 信じてくれているんだろうけど、道理を意地でどうにかするって私どんだけなんだろう。


「エンジェぅ! がんばれ!」


 ツバキちゃんに笑顔で手を振った。

 私のツイ垢とか、黒歴史のデータとか。

 そういうの全部愛して応援し続けてくれた、たった一人の子。

 そんな子の前で情けない真似はできない。

 私を信じてくれる誰かを信じる。

 誰かが信じてくれる私を信じる。

 私は私を信じるの。


「じゃあ、まあ」


 いってみますか。

 空に足を一歩踏み出す。

 私だけじゃだめ。落ちるに決まっている。

 でもだいじょうぶ。

 私にはタマちゃんがいる。タマちゃんができると信じることなら、私だって同じように信じる。

 何もない宙を私の足が踏んだ。確かに感触がある。

 ふわふわしてる。よくよく見れば、金の粒子が私の足を支えていた。

 もう一歩踏み出してみる。

 空に浮かぶ私を金の粒子が支えてくれている。それはきっと、ううん。間違いなくタマちゃんの霊子だ。

 やっぱり簡単。思ったよりもすんなりできた。


「あのう。これになんの意味が」


 ふり返って尋ねる私にソウイチさんもシュウさんも腕を組んで微笑んでいた。


「あなたは刀を信じますか?」


 刀は心。

 ソウイチさんの問いかけはきっと、私にこう尋ねていた。

 あなたは自分の心を信じますか、と。


『愚問じゃな』

『素直な気持ちを伝えればいい』


 うん。そうだよね。


「信じます」


 自信。

 自分を信じる。

 私の答えはもう出ている。

 だから……空だって駆け抜けてみせるよ。


「並木さんがいたら、こう言っていただろうな。どれほどすごいことをしたのか、わかっていないんだ、と」


 カナタの言葉の意味がよくわからない。だって私にとっては当たり前のことをしただけ。

 こんなのタマちゃんなら簡単にできると信じていたし、それを疑うはずなんてない。


「あれだけのものを書いて、それを信じて貫けるお前は最強だと思う」


 えっと……。


「もしかして、遠回しにバカにされてる?」

「違う。もし仮にバカなら、最強のバカだ」

「……やっぱりバカにされているのでは?」


 疑問を抱く私に「エンジェぅ!」とツバキちゃんが飛びついてきた。あわてて抱き留める。

 落ちたらどうするの、と言うけど「信じてるから」と笑ってくれるんだから、まったくもう。ずるい。

 ふわふわと漂う私はよくわからないのだけど。


「信じる力が強さになる。あなたはもっと、自分の過去を力に変えていい」

「大人になるとなかなか思いつかず、また思いついたとしても現実で否定してしまう。そんな夢と希望をあれだけの冊数にまとめ、抱える君には可能性があると思う」


 ソウイチさんとシュウさんの言葉を聞いて、腕の中にいるツバキちゃんを見てから必死に考えて、考え抜いて尋ねました。


「つまりあれですか? 私が強くなるためには、私の書いた黒歴史ノートを読むべきだ、と?」

「そういうことだな。ツバキもいるし、俺も手を貸す」

「ええと……待って?」


 顔が強ばる私です。


「も……もしかして、逃げ場がない? え? 読むしかない感じ?」


 みんなして頷くから割と絶望と共に叫んだよね。


「そんなばかな!」




 つづく。

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