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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十四章 訪れた八月の休暇

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第百六十八話

 



 晩ご飯のお皿洗いを済ませてエプロンで手を拭った私は上機嫌でした。

 カナタのお母さんノートの神髄は料理への対策よりもレシピにあったの。

 考えてみれば当然だよね。料理対策のノートなんだもの。レシピがないとおかしいよ。

 だから当然、私はレシピを――……最初のレシピと書かれたページを見た。

 そしてどきっとした。

 浮かび上がった黒い文字にはこう書いてあったの。


『待ってました。料理を作る気になったあなたの決意をずっと、待っていました! ようこそ!』


 歓迎の言葉だった。

 まるで……食卓に対応するためのページは全部お試しみたいな勢いです。

 料理を本気でする気持ちがあったのかどうか、試されていたのかな? もしかしたら。

 それとも全部お茶目?

 どちらかといえばお茶目の方が、聞いている限りカナタのお母さん像に一番近い気がします。


『あなたを全力で楽しませるためにも、まずは入門編から。頑張るつもりのあなたには少しだけスパルタでいくわよ? ついてくる元気はある?』


 もちろん!

 私は全力で取り組みました。

 一つだけ、料理に不慣れな人への課題があって。それ以外は意外と簡単レシピばかり。課題を乗り越えた次のページにはしれっと同じ課題が書いてあって、さらに一つ課題が増える。

 毎日乗りこなしていくと、自然と出来ることが増えていく……そんなノリみたい。

 最初の課題は野菜をかわいい形に切り抜いてみよう、です。課題と言ったけど方法は簡単。レンジでチンした野菜を切って型抜きで抜くの。

 今日作ったのはクリームシチュー。最初のシチューはいきなり味の土台からなにから色々作るんじゃなくて、ルウを使うよ。

 だから私でも安心! というわけです。

 夏なのにシチューかよ、という顔をされないか不安だったけど、気にしすぎたね。カナタもシュウさんもソウイチさんもお花の形をした人参を楽しそうな顔で食べてくれました。

 実は……ニンジン嫌いのコバトちゃんは残したんだけどね。

 ううん、これはまだまだ頑張らなきゃいけないようです。ゆるやかな野菜ジュース攻めでいきますよ! 長い気持ちでトライです!

 それに、物は考えようかな。ブロッコリーとかは食べてくれたから、進歩ゼロってわけじゃないので問題なしです。

 もう一度最初から言うね?

 私はこれ以上になく上機嫌だったわけですよ。

 なんならスキップしながらキッチンに戻った私なんですが、


「ふむ……」

「なるほど……」


 ソウイチさんとシュウさんが眼鏡を掛けて黒の聖書を読んでいたのを見て膝から崩れ落ちました。

 な、なんで。私の黒歴史日記なんで。

 思わずカナタを探したら、いないの。


「どこ――……はっ!?」


 獣耳が確かに扉の開閉音を捉えたからダッシュで向かうと、黒い布地に白いレースがついたワンピース姿のツバキちゃんがいました。

 一緒に入ってきたカナタが抱えているのはダンボール箱。

 中に何が入っているのかなんて、想像に難くない。間違いなく残りだ。残りの黒の聖書が全部入っているに違いないよ!


「エンジェぅ!」

「おぅっ。つ、ツバキちゃん。ツバキちゃんなんで? ねえ、カナタ……話を聞きたいんだけど。どういうこと?」


 靴を脱いで飛びついてきたツバキちゃんを抱き留めながら、カナタを見たの。

 そしたら顔をふっと背けられました。


「いや……夏休み、暇だと言うから……その、泊まりに来るついでに持ってきてもらった」

「ずっと言いたかったんだけど、カナタは私の日記をほいほいほいほい簡単に持運びしすぎなのでは!? なんでシュウさんとソウイチさんが読んでるの!?」


 さすがに恥ずかしすぎるんだけど!


「……お前の話をしたら、修行の材料に出来るかもと言われて。お、俺は反対したんだぞ?」


 本当ですか。本当なんですか?

 じーっと。じーーーーーーっと。思いきり見つめてみましたよ。


「そんな目で見るな……悪かったと思ってる」

「しょうがないなあ……埋め合わせ。明日スイーツ」

「乗った」


 そそくさとダンボールをリビングに運んでいってしまうカナタを見送る。


「まったく……」

「なんだかんだで許しちゃうエンジェぅ好き」

「まあねえ。実際、ツバキちゃんやあれのおかげで私が強くなれたのは事実だもん」


 そうとも。中学生時代のあれこれを私なりに全力で書き記した日記を見られて、その当時の呟きを知っていたツバキちゃんがいて。

 ツバキちゃんにひたむきな声援を送られたり、自分の過去と向き合い受け入れたことで私は強くなった。単純な力としてだけじゃない。心の強さを得られた。

 つまりもう大勢に見られてる日記なの。

 それに一度は大勢の人たちの前で朗読したこともある。恥ずかしがるなんて、あまりにも今更すぎる。


「とはいえ……」


 正直、恥ずかしいことには違いないよ。

 強いて言えば、一言いっておいて欲しかっただけなんだけど。

 でもねえ。聞かないのもわかる。カナタに事前に聞かれても、承諾はしなかったと思うもん。

 あれは私のプライベートな日記には違いない。吹聴するほど前のめりにもなれないわけですよ。

 あれ、カナタのお母さんのノートみたいにできないかなあ。

 それは今考えてもわからないから後で考えるとして。

 どうせ手遅れなら、前向きに成長できる切っ掛けにしよう。

 さて。


「ツバキちゃん、お泊まりするの?」

「二日だけ……送ってくれたお兄ちゃんにばいばいしてくる」

「来てるの?」

「案内してくれた」


 どやるツバキちゃんが私から離れていく。

 扉が開いて先に見えたのは、確かに綺羅先輩だ。手を振ってくる先輩にぎこちなく応えてから私は腕を組んだ。

 さあ、どうする青澄春灯。

 これはたいへんなことになってきたぞ。


 ◆


「ここの文章だが……よく意味が掴めない。これは――」

「えっと……エンジェぅが、」


 コバトちゃんが混ざり、主にソウイチさんがする質問に書いた本人である私ではなくツバキちゃんが答えるという、ある意味で壮絶な羞恥プレイを受ける私です。

 なんとまあ、珈琲の減りの早いこと早いこと。

 カナタが今日何度目かになる「休むんなら上に」という提案に震える声で辞退。

 だめ。気になりすぎて放置なんて無理。それはそれで死んじゃう。

 それは百回目の深呼吸をした時だった。


「明日試してみたいことが出来た。鬼ごっこも勝敗が変わらない状況に少し悩んでいたところです」


 ソウイチさんの言葉に思わずびくっとしました。


「……」


 黙々と読んでいるコバトちゃんが気になってしょうがないし、


「ふむ……」


 読みふけっているシュウさんは黒の聖書を初めて読んだカナタと同じ熱中ぶりです。


「今日は失礼します」


 おやすみ、と言って立ち去ろうとしたソウイチさんに思わず「あの!」と呼びかけた。

 みんなの視線を浴びながら、私は恐る恐る尋ねました。


「ご、ご感想は?」


 ソウイチさんがシュウさんを見て、シュウさんはカナタを見た。

 カナタはツバキちゃんを見て、ツバキちゃんは私を笑顔で見つめる。

 コバトちゃんだけ、ずっと読み続けていた。

 え。あれ? どういう空気なの? これどうすればいいの?


「どこまでもあなたらしい素敵な原石の塊めいた日記でした」


 泣きたい! 耳をすましながら泣きたい……!

 なんかもう本当にすみません……!


「君らしさの塊のようだね」


 シュウさん……!


「ありのままの姿が記されているのはとてもいい。刀は心。ここに君の心が記されている」


 フォローなのか賛辞なのか、私には理解できません……!


「コバトもこういう風になればいい?」


 やめたほうがいいよ、と慌てる私と違って、他の四人は笑顔で見守るのです。

 望むなら、応援しよう。

 そんな言葉を口にしてくれるくらいには、認めてもらったのかもしれません。

 だとしても、


「お姉ちゃん、すごいね」


 顔から火が出るくらい、はずかしいことには違いないけどね……!




 つづく。

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