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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二章 二振りの運命と願い

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第十六話

 



 敷地内に確かに寮はあったよ? ありましたとも。

 立派で綺麗なマンションが……学校の敷地内にね。

 校門から校舎、校舎から体育館、特別体育館しか往復してなかったから気づいていないだけで、私が思い描いているよりもこの学院は巨大でした。

 まあ考えてみれば特別体育館が東京ドーム越えかよ! ってくらい大きいんだから、敷地が大きいのも納得と言えば納得です。

 そんな敷地に学生寮まであるんならさ?

 刀を持っている持っていないに限らず、同じ寮にしてくれればいいのに……ね?

 なんで別? 分ける必要性はどこにあるんだろう?

 そんなことを脳天気に考えながら、トモと二人で寮の中に入った時だった。


「よく来たね」


 玄関口の壁に身体を預けて本を読みながら私たちを待ち構えていたのは、私に胴着の着方を教えてくれたラビ先輩だった。

 ストライプのワイシャツに黒ネクタイ黒スラックス。シルクハットも、なんだか妙に似合っている。

 細身の長身の先輩にぴったりだ。


「……あの?」

「そっちの子ははじめまして。二年生のラビだ。ラビ・バイルシュタイン」

「ど、どうも。仲間トモです」


 お辞儀するトモに笑って頷くと、ラビ先輩は本を閉じた。


「監督生として二人に注意事項を伝えるね。この寮では男女が共同生活をする。最低限の公序良俗の範囲の中で、この寮の中では強い者が権利を得る。だから」

「「だ、だから?」」


 声を揃えて首を傾げる私たちに、ラビ先輩は笑顔で宣告した。


「時として落ち着いて飯も食えない戦場のような場所だ。どうか気をつけて。そろそろ襲いに来るだろうから」


 襲いに、とは? なんて脳天気な質問をする暇はなかった。

 玄関ロビーからすぐ正面に見える階段を駆け下りてくる人たちがいたからだ。


「ひゃっはー! 一年の女子が来たぜ-!」

「あの刀を奪え-!」


 せ、世紀末かな?

 袖がないパンクな制服姿の男の人たちが刀を手に、私たちに向かってくるのだ。


「逃げ場は自分の部屋だけ。鍵を渡すから、うまく切り抜けてごらん」


 ひょいっとラビ先輩が鍵を二つほうり投げる。

 咄嗟に受け取る私たちに微笑みかけると、ラビ先輩は優雅に歩き去った。

 代わりに男の人たちが躍りかかってくる。


「よくわからないけど!」


 私を庇うように前に立つのはトモで。


「わかった!」


 鞘ごと刀を振るった。

 それだけで男の人たちの身体が舞い散る。


「ぐおおお?!」「なんだあのお下げ!」


 どよめく男の人たちに笑って、トモが私の手を取った。


「ハルっ、走るよ!」

「う、うん!」


 男の人たちの間を疾走する。

 なんとか刀を小脇に抱えて鍵を見た。

 302と記された金属のプレートがチェーンでくっついている。

 お下げを揺らして走るトモの背中に呼びかけた。


「寮と部屋同じっぽいかも!」

「ハル、ナイス! 三階へいこう!」


 階段に差し掛かり「あたしのは」前を走るトモが手の中にある鍵をちらっと見た瞬間だった。


「隙あり!」


 頭上から飛び降りてきた男の人に、あわてて手を離す。

 私とトモの間に「おお!?」と驚きながらも男の人が着地した。

 すかさずトモが鞘を振るって男の人をかっとばした。

 す、すごい無茶するなあ!


「急ごう!」

「う、うん!」


 あわてて走りだす。トモに頼りっぱなしだ。

 そんな私を男の人たちが見逃すわけがなかった。


「あの尻尾女が狙い目だ!」

「やっちまえー!」


 何を!? ねえ何を!?

 泣きそうな思いで三階へと急ぐ。

 辿り着いた廊下で待ち構えていたのは、やっぱり刀を手にした男の人たちだった。


「よう、一年。今日は眠れると思うなよ?」

「これが俺たちなりの歓迎会なんでねえ」


 笑い合う男の人たちはかなりの迫力です。

 ちょ、ちょっとこれは、かなりのピンチなのでは?

 私を庇うように前に立つトモも、さすがに怖いのか身体が震えている。

 立ち向かわなきゃ、でも……多勢に無勢過ぎる。

 そう思った時だった。


「よう、先輩がた。ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあはしゃぎすぎですよ。飢えてるんですか?」


 沢城くんの声が聞こえたのは。

 男の人たちが物凄い形相になって、道を空ける。

 出来た通路を優雅に歩いてくるのは、沢城くんだけじゃない。


「申し訳ないが、入寮したてだ。うちの学年を可愛がるのは程ほどにしてもらおうか」

「いくらなんでも、これだけの集団で襲うのはどうかと思うよ」

「王道に反する。先ほどラビ先輩を通じてお願いしたはずです」


 月見島くん、狛火野くん、そして住良木くんだった。

 なのにあちこちを囲う男の人たちの視線も表情も物凄いまま、私たちを捉えて離さない。


「一年ども。ハッキリ言っておくが、これは二年と三年の総意だ。てめえらはぶっつぶす」


 誰かの声に「はっ、上等じゃねえか」と笑って返す月見島くん。

 柄に手をかける狛火野くんと住良木くんは、男の人たちに顔を向けていた。

 そんな中で、一緒になって笑う沢城くんは……私を睨んでいた。


「手を出すなよ先輩。そこの女は……シロのそばにいるそこの女だけは、俺がもらう」

「な!? 沢城!」


 狛火野くんの制止は届かなかった。


「うるせえ、いくぜ!」


 疾走する沢城くんは、


「――ッ!」


 咄嗟に鞘を振るうトモの攻撃をあの曲芸師じみた化け物みたいな跳躍で避けた。


「飛んだ!?」

「楽勝ッ!」


 着地した沢城くんは真っ先に私に刀を振るった。

 あわてて鞘を伸ばす。けどその程度の力では防ぎきれない。


「あぅっ!?」


 そのままはじき飛ばされてしまう。男の人たちを巻き込んで、転がって。

 やっとの思いで立ち上がった眼前に、刀身が迫ってきた。


『任せよ』

「十兵衛!?」


 おじさんの声と共に身体が勝手に動いた。

 あり得ない速度で振るわれた腕が、沢城くんの村正を摘まんで止めていた。


「ほう」

「そも、止める気だったな?」


 私の喉から勝手に出た言葉は、沢城くんの興味を惹くのに十分だったようだ。


「いいねえ、いいねえ!」


 心の底から楽しそうに笑って、沢城くんが刀を引く。

 誰もが今の攻防を見ていた。


「十兵衛……」「柳生……」「あの右目を見ろ!」


 男の人たちがざわついている。

 けど自分のことだから、誰かが言った私の右目がどうなっているかなんて、わからない。

 何せよく見えている。見えすぎているくらいにだ。


「いくぜ、祭りだァ!」

「「「「「ひゃっはー!」」」」」


 誰かの叫びに男の人たちが一斉に喝采をあげた。

 ほ、ほんとうにお祭り騒ぎだ!

 世紀末感が加わってちょっとどころじゃなく、大騒ぎ!

 刀を手に襲いかかってくるみんなを切り伏せ、なぎ払い、逃げて、逃げて。戦って。

 勝手に動く身体に響く『籠絡に足る男はおらんかの』という暢気なお姉さんの声に反論する元気が完全になくなった頃にはもう、疲れ果ててへばった男の人たちに囲まれて、私はトモに背中を預け、沢城くんと対峙していた。


「いい、根性、しているじゃねえか」


 疲労困憊だがご満悦、という沢城くんには申し訳ないんだけども。


『限界だ』


 おじさんに言われるまでもない。

 筋という筋が悲鳴をあげている。

 実感したのは、おじさんの能力はずば抜けて高いということ。

 ただの一度も斬られていないのが何よりの証拠だ。

 そして、おじさんが操る私の運動能力がぽんこつだということ。

 おじさんの理想についていけない。

 その上、おじさんが無理を通したからもう限界。

 既に物凄い筋肉痛に見舞われて、涙が出ちゃうレベルで痛いデス。

 背中越しにトモも限界間近の喘ぐような息を繰り返していた。

 遠くで一年の三人が、それぞれ強そうな先輩と向き合って肩で息をしている。

 中には女性の先輩もいたけど……話せる空気じゃなかった。

 誰がどう動けば決着がつくのか。

 救いを求めたちょうどその時だった。


「今日はこのあたりにしようじゃないか。みんな、入学式で溜めた殺気のガス抜きは出来ただろう?」


 手を叩いて涼しい顔をしながらラビ先輩が階段を登ってきたのです。


「だから今日はここまでだ。一年の実力がわかったところでよしとしよう。これ以上は僕が止めなきゃならない。それが生徒会長たる僕の権利だから。そうだろう?」


 それはあまりにも無茶な物言いだった。

 真っ先に鋭い目つきで睨んだのは沢城くんで、周囲を囲む先輩たちの何人かから不服そうな気配を感じた。

 けど、それだけだった。誰も何も言い返さない。なんで?


『隙が無いな』

『面倒な男よ』


 おじさんとお姉さんが言うことが理解できない。

 ラビ先輩は凄い、ということなの?

 そう考えると肯定するような二人の声が頭の中に響いたの。


「ちっ。明日は斬るからな」


 刀を私に向けてそう言い捨てると、沢城くんが立ち去っていった。

 他の先輩たちも、一年の三人もだ。


「ようこそ、士道誠心学院高等部、その学生寮へ。君たち二人を歓迎するよ」


 悪意もなければ害意もない。

 純粋な笑顔と共に差し伸べられた手を、トモははね除けた。


「……先輩は、あたしたちを斬らないんですか?」


 怒っている声だった。


「傍観するのが役割ですか」


 酷い目に遭った後だから、トモの怒りたい気持ちはすごくよくわかる。

 私はただただ疲れたから、そんな元気もないだけで。


「忠告してくれたから味方だと思っていました。あたしの勘違いですか?」

「そ、そうです! 先輩の目的がわからないです!」


 やっとの思いで尋ねたの。

 けどね。

 そんなトモや私の反応さえ承知の上で、ラビ先輩は笑顔のまま言うのだ。


「斬る必要がない。結果が見えている勝負は誰もしない。そうだろ?」


 全身の肌が……なんでだろう。

 ぞわっとした。寒気がしたの。


『しかり』

「ッ」


 おじさんの同意がよくわからない。

 苦しそうなトモの息も。

 もう怒っているとか、そういうんじゃない。

 背中越しに感じる。トモは震えていた。


「と、トモ?」

「よかった、理解してもらえて」


 私にはただの笑顔にしか見えないのに、トモには違うみたい。

 すっかり口を噤んでしまっている。


「僕は生徒会長であり、監督生だ。だから……刀持ちの生徒は競い合う。そんな理念に従いこそすれ、抗いはしない。忠告はするが、邪魔はしない主義なんだ」

「抜かずの白兎……あなたが」


 トモが何かを呟くと、ラビ先輩は手を引いて……懐からカードを二枚取り出した。


「食堂で使えるカードだ。紛失したら入り口で申請してね? 今日はみんなのお詫びの奢りでチャージ済みだ。ごちそうを楽しんでくれ。そこまでセットで歓迎会なのだから」


 差し出されたカードをトモが受け取りそうになかったから、代わりに受け取る。


「じゃあ」

「待ってください!」


 立ち去ろうとした先輩を咄嗟に引き留めた。

 何を言おうとしているんだろう。わからない。わからないまま、言う。


「先輩は……いい人ですか?」

「その問いに頷くほど、僕は善人でもなければ悪人でもないよ」


 先輩の笑顔は真っ白過ぎて、私にはどう受け止めればいいのかもわからなかった。




 つづく。

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