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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十三章 表出する弾丸、切り裂く心 

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第百五十八話

 



 尻尾乾かすの時間かかりすぎたよね……!

 リビングへ戻るとソウイチさんとカナタが二人で神妙な顔をしてニュース番組を見ていました。

 コバトちゃんはもう眠っちゃったみたい。


「お風呂いただきました」

「ああ……ハル」


 カナタに手招きされて、ソファに腰掛けるカナタの隣に座る。

 促されるように見たテレビには、アメリカの報道官が映っていた。


『――』


 英語で話す会話の字幕が出ている。えっと……。


『重なる世界で、我が国は危機的状況にある中で、日本の協力を得てこれに対処する』


 どういうことだろう。

 カナタもソウイチさんもどんどん渋い顔になっていく。

 二人ともニュースにくぎ付けだから声を掛けるのも躊躇われるなあ、と悩みながらテレビに意識を戻そうと思った時だった。

 玄関から扉の開閉音が聞こえたの。時計を見たら夜十時を過ぎていた。二人に動く気配がなかったから、私はスリッパの音をとたとた立てて一人で玄関へ向かってみる。

 すると、入ってきたのはスーツ姿のシュウさんだった。

 くたびれた顔でパジャマ姿の私を見て目を見開き、それから微笑んだの。


「ただいま、そういえば今日からだったね」

「おかえりなさい。ご飯は?」

「食べてきたよ……って、あはは。悪くないね、こういう会話」


 シュウさんの笑顔に気のせいか、疲れが見える。

 思わず何か手伝いたくて、玄関口に置いたカバンをそっと拾い上げた。

 家にあがるシュウさんの後ろについてリビングへ戻った。


「二人ともただいま」

「兄さん、おかえりなさい」「おかえり」


 家族の挨拶がなされる中、シュウさんは疲れた顔でソファに座るの。

 カバンをソファに置いて「何か飲まれますか?」と尋ねたら、お水って言うから急いで台所へ行きました。


「シュウ、アメリカから協力というのは?」

「ああ……例のテロリストはあくまでアメリカにとって関与しない、テロリストでしかないって一点張りで。アメリカと協力体制を経て逮捕するべく動いているが……それと一緒に、アメリカの邪退治も要請されたんだ」

「要請って……誰が行くんだ? 日本だって、いつも人材不足だって嘆いているんだろ?」


 カナタの問い掛けに、シュウさんはネクタイをゆるめながらため息を吐く。


「機動力と高火力に特化した人員を総動員する。今回は討伐隊に参加した学生の参加も要請する。選んだ学生の親御さんに許可をもらっているところだ」


 どのコップが誰のかはまだ把握してないので、同じデザインのたくさんあるコップを選ぶ。

 コップにお水を注いで、それだけだとなんだから冷蔵庫のレモンのお汁をほんの気持ち垂らして氷を入れて持っていった。


「シュウさん、どうぞ」

「ありがとう」


 お水を飲んで、ソファに沈み掛かる。その膝上にはヒノカがいた。


『寝たい……疲れた……』


 ヒノカの声で訴えられるそれはシュウさんの願いなのか。

 すごくすごく大変そう。


「今日は早く帰れたが、明日はそうはいかないだろう。士道誠心でいえば真中さんや南さん、北野さん……二年生のカナタを除く生徒会の面々、一年生だと仲間さんと結城くんには来てもらう必要がある。手配から何から、頭が痛い」

「アメリカへ飛ぶのか?」

「いえ、府警の牡丹谷に行ってもらいます。アメリカに狙われた手前、私が行くのはどうも色々と都合が悪くて」

「なるほど」


 難しい話をしているけれど、あのアメリカの人たちのこととかの話題だ。

 どうしたって気になるけれど、さすがに入ってはいけない。男の人たちの話だった。

 獣耳を立てつつ、お風呂場へ行く。


「兄さんを襲った奴らの捜査の状況って、どうなの?」

「芳しくないね。国外へ逃亡した確信もないから、要人警護の必要がある……なので、手練れを使って霊力探査をかけている。明日には一区切りつくと思うから」

「国内の安全はそれから、か」


 よしよし、よく聞こえる。

 シュウさんが帰ってきたならお風呂をあたためないと。こういう時、実家と同じでスイッチ一つで給湯できるシステムつきのお風呂なのはとっても助かるなあ。あたため直し、と。

 あと私の尻尾の毛が散乱しているのはお掃除しておこう……。


「恐れていたけど、毎年八月は怒濤だね……アメリカ遠征がうまくいったら、今度は海外との連携を考える必要性が出てきそうだ。国を守るだけでは済みそうにないな」

「仕方あるまい。お前を襲った犯人は単独で隔離世に行っていた。御球の盗難は?」

「プロの刀鍛冶、刀鍛冶の学生たちに付与したものについては目下のところ調査中だけど、どこからか漏れた可能性は否定できない。学生に関してはどの学校も監視体制にあるから、考えるとすれば……」

「プロから漏れたか?」

「考えたくはないけれど、給料が十分とは言いにくいからね。ただ、核はすべて無事だとすぐに確認を取った」


 結構な毛量になるなあ。これだけ抜けたらいつかつんつるてんの尻尾になっちゃわないだろうか。不安。

 なんて横道に逸れたいくらい、リビングの会話は重たくて暗いね。

 でも見渡す限り尻尾の抜け毛は取ったので、キッチンへ行く。

 ゴミ箱に毛を捨てて手を洗って、いそいそとリビングへ。


「まあ……父さんが出張ることはないように努めているよ」

「シュウはもっと周囲に頼ることを覚えた方がいい」

「……今日は副隊長にもいわれた。事情説明を求められて行った先で、官房副長官にも」

「休日は休めそうか?」

「どうかな」


 コップを弄ぶシュウさんからそっとコップを取り上げると、シュウさんが眩しいものを見るような顔をして私を見るの。


「……いいね」

「え、ええと?」

「弟に先を越されるか。私も恋人を探すかな」


 何気なくシュウさんが口にした言葉は、いままで聞いたことがない類いのものでした。

 どう反応すればいいか戸惑う私とは違って、ソウイチさんは笑い声をあげるの。


「ははは! シュウがやっとその気になったか。いい人はいないのか? 母さんに似て美人なんだ、引く手あまただろうに」

「さて……カナタと違って、刀一筋だったからな。思い当たる節がない」


 シュウさんが茶目っ気たっぷりに笑ってカナタを見た。

 慌ててカナタが言い返す。


「お、俺は別に現を抜かしているわけじゃあ――」

「わかっているさ、冗談だよ」


 意外といえば意外だし、当たり前といえば当たり前だけど。

 みんなそれぞれ私と同じで普通に生きているから、何気なく話したり笑ったりもするよね。

 緋迎家の日常が目の前にあるんだなあ、としみじみ思いました。


「とはいえ、弟の彼女が可愛らしくパジャマ姿で実家にいると、考えざるを得ないね」

「あ、え、ど、どうも」


 どう反応すればいいかわからずお辞儀をした時だ。

 お風呂が湧きました、というアナウンスが聞こえたのは。


「シュウさん、お風呂あっためましたよ? 入ってきてください――え?」


 何気なく言ったら、シュウさんに手をきゅっと握られました。


「僕の嫁にならない?」

「え、え」

「兄さん!」


 カナタが慌てる中、シュウさんは珍しくソウイチさんそっくりの笑い声をあげて、私の手を離してお風呂場へと行きました。冗談だよ、と言っていたけど、そのわりには本気の声に聞こえましたよ?


『お仕事、大変』


 去り際にヒノカの声が聞こえたんだけど、なるほどなあ。

 疲れてるんだね。シュウさんが頑張る、ということは警察の仕事がしっかりなされている、ということで。それは私たちの日常の安全に直結しているから……いいことだし、大事なことだけど。でも、シュウさんもゆっくり休めるくらい平和なのが一番いいなあと思うのでした。


 ◆


 コップを洗っていたらカナタが来て、夜更かしするなよって言って上にあがろうとしたので、思わず呼び止めたの。そして、カナタのお部屋に入れてもらいました。

 オシャレしすぎず、洗練しすぎず。かといって気を抜かない。本棚にあるのは参考書や刀についての文献ばかり。もう一つの本棚には昔から今にかけての映画だらけ。中にはアニメもちらほらあるけど、男の子が好きそうなライトなのとか日常系とか、ちょっとエッチなのとかは一切ない。

 ベッドがあるのはちょっと驚き。さすがに実家ではちゃんと寝具があるんだね。だいぶほっとしました。いつも寝場所に頓着しないからなあ。私が引っ張り込まなきゃソファベッドで寝ちゃうもん。

 ベッドかあ……下に何か隠れてたりするのかな。


「何を考えているか知らないが、見てもないぞ」


 ……ふむ。


「別の場所にあるの?」

「さて」


 ベッドに腰掛けるカナタは余裕の笑顔だ。

 ううん。ううん。


「トウヤはファイル保存がばれないダミーアプリにえっちな画像のデータとか入れてたっけ」


 カナタが途端に渋い顔になった。


「探したのか?」

「んー。うちのお母さんの嗅覚から逃れるための参考にするべく。あと弟が姉に秘密とかちょこざいと思うので」

「……弟はよくぐれないな」

「いいのいいの。んっとねー。洋服ダンスの使わない季節の服の端っことか。あとは押し入れの上の板を外したところとか? すっごい昔の漫画のカバーで隠すとか……あとは参考書の中身をくりぬいて隠してたこともあったっけ」


 どんな反応をするのかな、と思ってカナタを見たら渋い顔は継続中。ひやっとした、みたいな素振りはない。ううん。


「……よく見つけ出すな」

「宝探し?」

「その宝はそっとしておくべきものだと思うんだが」

「じゃあカナタもそっとしておいて欲しいたち?」

「持ってない」

「えー! 嘘だあ。思春期男子がそんなあ! トウヤは山ほど持ってるのに!」

「あの……弟さんが可哀想なんだが」

「トウヤは別に可哀想じゃないよ。あいつ開き直って集めてるもん」

「そ、そうか? 俺はいま、姉がいなくて良かったと心の底から思っている最中なんだが……」


 う……これ以上は攻められない。


「とにかく、嘘じゃない。コバトがいるんだ。間違って見られたら大変だろう」


 直感したね。本気で持ってなさそうだって。


「カナタはそういうの見ないの?」

「興味がないと言ったら嘘になる。クラスの男子ほど盛り上がりもしないが」

「……まあ」


 確かに、カナタがそういうので誰かと盛り上がるところはまったくイメージできない。

 ラビ先輩と二人でそういう話してたらやだなあ、とも思う。

 けど同じくらい疑問。


「カナタはじゃあ、どういうのに興味があるの?」

「まったく……部屋に来たと思ったら、何を考えているんだか。おいで」


 私の腰を抱いて引き寄せてくるから、カナタの足の上に跨がって向かい合う。

 ちょっと、ううん。かなり……この姿勢はどきどきするし、悪くないです。


「俺はお前に興味がある。ただそれだけだ。正直に言えば」


 私の頬に触れて、髪をそっと分けて。


「お前の耳の形は素晴らしいカーブを描いていて蠱惑的だとか、」


 耳朶に指先で触れてくすぐってくるから思わず笑っちゃう。

 そんな私の顔をじっと見つめて微笑み。


「嬉しそうに笑う唇を見て、ハルにキスができたらどれだけ幸せだろうとか……いつも考えているけれど」


 子供みたいな顔して熱っぽい目で見つめられるとドキドキして大変。


「それだけ。三十億以上もいる大勢の女性よりも、たった一人のきみに夢中だ。そういう意味では、」


 近づいてきた唇を受け止める。ちゅ、と音を立てて離れる熱が名残惜しくて見つめてしまう。


「ハルの本があったら、隠しきれないほど買うだろうけど……あいにく、まだ本になってない」

「えー。私のえっちな本とかどこにも需要ないですよ?」

「でも、俺にはあるぞ? 俺だけにはある」


 悪戯っぽく笑うカナタに吹き出して、まったくもう、と肩を叩く。


「ひどいなあ。ずるいけど……嬉しいごまかし方」

「ごまかしてない」

「そういうことにしときます」


 カナタの頬に口づけて、甘えるように首筋に顔を押しつけて抱きつく。

 腰や背中に回る手はただ、私を甘やかしてくれるだけのもの。

 誰にも言ったことはないけれど、首筋の匂いも好き。


「今日はどうだった?」

「んー……料理たいへんだった」

「おいしかったぞ? 食べれば兄さんも毎日早く帰ってくる」

「そーだといいなー。朝ご飯はどうしよう」

「朝は決まってシリアルだな。父さんがたまに和食を食べたがって朝早く起きて料理することがあるくらいだが、基本的には冷蔵庫の豆乳とシリアルを出せば問題ない」

「んー」

「どうした?」

「問題ない、というのと、満足する、には大きな隔たりがあるよね」

「何か作りたいのか? 最初に張り切りすぎると続かないぞ?」

「わかってるー……」


 けど頑張りたい。今はもっとちゃんと、そう思うのです。

 目の前の素肌に口づけてから身体を起こす。

 離れがたいけど、これ以上くっついたら部屋に戻る気がなくなっちゃいそうだったから。


「ねえ、カナタ。アルバムとかない?」

「ん? ……ああ、探せばあると思うが。どこにやったかな……どうして?」

「見たいなあ」


 精一杯の目力で見つめる私に、カナタは少し考えてから吹き出すように笑って。


「探しておくよ。だからそんな目で見るな」


 そう言ってくれた。


「楽しみにしてるね……おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 笑顔で挨拶をして、そっと部屋を出る。

 割り当てられたお部屋に入って、明かりをつけた。

 どうしてかぬくもりを感じるこの部屋で、ベッドに腰掛ける。

 ううん……。


『どうかしたか?』

『何かを感じるのか?』


 十兵衞の問い掛けにイエス。

 そう、感じる。確かに……何かを感じる。

 それはカナタたちのお母さんが、ソウイチさんの奥さんが使っていた部屋にいるという事実に抱く何かの感情からくるものなのか、とも思う。

 それだけかなあ。それだけ……だよなあ。ううん? うーん。

 タマちゃんや十兵衞は何も感じない?


『特には何も感じないが……いい部屋だとは思う』


 確かに十兵衞の言うとおりだ。床も窓際もぴかぴか。

 とても綺麗にお掃除されている。ベッドカバーから何から、落ち着く色合いでまとめられているところもいい。

 でも、それだけかなあ。


『強いて言えば……そうじゃな。良き霊子に満ちた部屋じゃ』


 それって、珍しいこと?


『ふむ。気づいてみれば、確かに珍しい。大事にされたご神体のある神社や聖地、手入れが行き届き大事にされた墓……例を挙げればこんなところか』


 ふうん……。

 そう考えると、じゃあ……そうだね。

 もしタマちゃんの言うとおり、ここが良い霊子に満ちた部屋なら、ここはとっても大事にされているのかもしれないね。


『それだけではないのじゃが……いや、わかるまでは考えすぎの部類じゃな』


 タマちゃん?


『レシピノートとやらを探さなくてよいのか?』


 あっ! そうだった!

 あるとないとじゃ明日からの料理のハードルの高さが大きく変わるよ!

 急いで本棚を見た。しかし端から端を探しても見当たらない。

 そう簡単なところに置いてたりしないよね。

 ううん……。


「料理の本はある、けどなあ」


 本棚の隅っこにある分厚いレシピブックを取り出してぱらぱらと眺める。

 うちのお母さんも持ってる、有名な出版社のそれだ。

 ぱらぱらと捲ってみたけど、たとえばメモ帳が落ちてきたり、書き込みがあったり、みたいなことはない。

 ううん。早くも暗礁に乗り上げた感。


「ふう……」

「失礼、青澄くん。少しいいだろうか?」


 ノックの音に次いで聞こえたのはシュウさんの声だった。


「はい!」


 急いで片付けて扉を開ける。

 パジャマ姿に着替えたシュウさんはレアそのものだったけど、それよりも用件が気になる。


「あのう?」

「カナタから少し話を聞いた。料理番を任されたというから、もしかしたらキミはこれを探しているんじゃないかと思って」


 そう言って差し出されたのは古びたノートだった。


「母のノートだ」


 すごい! 初日に手に入るなんて思わなかった!


「喜んでいるところ、非常に申し訳ないのだが……」

「え?」

「まずは開けてみてくれ」


 言われるままにノートを開いた。

 とても綺麗な字で、料理名だけが記されている。

 けれどそれだけ。レシピはない。数字もない。

 これじゃあ何も書いてないのと同じだ。

 あるのは、そう。どんな料理を作っていたのか……それだけ。


「母のレシピは特殊でね。日に透かして見てもだめ。紙面に傷がないから鉛筆で擦る意味もない。仲の良い科学者に調べてもらったが、少なくとも薬品を使って書いた形跡もない」

「つ、つまり?」

「母が何を残したか、現状ではわからないんだ。だから……父に託され、ずっと預かっていた」

「おぅ……」


 これは難問だぞ。


「料理がおいしいと聞いた。明日は私の分も用意してもらえると助かる。ご飯を食べて帰る日は連絡するから」

「わ、わかりました」


 シュウさんにおやすみなさいって言おうと思って顔をあげたの。

 何かを言いたそうな顔をしていたから聞いたよ。


「どうかしましたか?」

「――……もしかしたら」


 シュウさんは私と、私の手にある古びたノートを交互に見てから真剣な顔でいるの。


「もしかしたら、キミなら母のノートの秘密を解き明かせるかもしれない」

「え――……」

「おやすみ」


 立ち去るシュウさんを見送って、扉をそっと閉める。

 ベッドに腰掛けてノートを見た。改めてページを見る。


『月に一度の特別感の演出をするステーキの作り方』『半年に一度だけ起きるイベント対策のトマト海鮮鍋』『毎日の小皿との戦い方』『何気ない朝食を何気なく美味しいと言わせる方法』『機嫌が悪い家族が思わず我に返るスープの作り方』


 なにより。


『野菜嫌いに捧げる必殺煮物の作り方』


 ど、どれも喉から手が出るほど欲しい!

 ページを捲れば他にもパワーワードが山ほど出てくるけど、でも書いてあるのはタイトルだけ。それ以外にはなんの情報もない。

 たとえば魔法使いの映画のように文字がさらさらっと出てきてくれたり……するわけないよね。ないか。ないよなあ……はあ。

 解決法が手元に来たと思ったら、一番近くて一番遠いところに情報が離れていく。

 確かにこれが手元にあったらもどかしい。カナタに相談する? いや、普通のアプローチじゃどうにもならないノートなのに、カナタに見せてもどうなるものでもないよね。

 ううん。

 何か……ノートの解決になるようなこと、言われたことあったっけ?

 タマちゃん、十兵衞、何か覚えてる?


『特にはわからんの』

『さてな。ハルにわからないなら、俺も特には』

『そもそもどんな奥方かもわからないのに、考えようがないのう』


 そうだよねえ。

 わかるのは、すごく綺麗な人というだけ。

 あとは……何かを聞いた気がするけど、覚えてない。

 なんだったかな……。


『……さて。ソウイチ殿の奥方ともあれば、さぞ人格面でお強い方だったろうが』

『ユーモアもありそうじゃのう。ノートの記述を見る限りは』

『できれば、生前に会ってみたかったな』


 ん?


『どうした、十兵衞の女好きに反応でもしたか?』

『茶化すな』


 待って。ねえ、待って。

 お強い方って言った?


『ああ……言ったな。人格面でお強い方だと。慕われるには理由がある』


 待って。それ。それだ。


「それだ!」


 慌てて部屋を出て、一階へ降りる。

 遺影を――……在りし日の彼女を見る。

 微笑む彼女の胸像だけじゃない。他に何か写真はないかと周囲を見渡して――……見つけた。

 仏壇のそば、和室にたくさん写真が飾られている。

 家族写真ももちろんあった。

 緋迎家、産まれたばかりのコバトちゃんを膝上に抱いたお母さん。シュウさん、子供のカナタ、そしてソウイチさん。

 ……刀の数は、三本。

 ソウイチさん、シュウさん……そして、お母さん。


『……そういえば』


 そうだよ、十兵衞。誰かが言ってたよね。お母さんも強い侍だったって。

 これって突破口にならないかな!?


『そうはいうが……それで?』


 う……。


『実の息子の緋迎シュウも、亭主の緋迎ソウイチも気づかないんだぞ?』

『気になるノートではあるが……それだけではないか? さっきのハルじゃないが、魔法みたいな手段でもなければ無理じゃろ』


 そうだよね。魔法でも……なければ……、


「魔法でも、なければ……」


 呟く私はなぜ、刀を探しているのか。


『――……ふむ』


 私の手からノートに力が流れていく。

 金色の澄んだ霊子がノートに伝わっていく。タマちゃんがしてくれたことだ。

 けど、ノートに変化はなかった。


『ただの霊子ではだめだということかの……』

『緋迎ソウイチと緋迎シュウが試しただろう』


 ううん。ううん。だめだ。近づいたと思ったのに。

 タマちゃんが力を使ってくれた時、これだと思ったのに。

 なんだろう。何かが足りない。


『読む人を選んでいるのかのう』


 そんな、タマちゃん。

 選ばれし者だけが読めるノートとかさ。

 私ならまだしも、カナタのお母さんがそんな悪戯するわけないって。


『いいから。試してみるだけタダじゃろ?』


 それはそうだけど。

 んー……私の霊子を注げばいいの?


『おぬしのそれは真っ黒じゃから、案外あっさり読めたりしての!』


 タマちゃん! いくらなんでもそれは――


「え、」


 紙面に描かれた透明の文字に、まるでインクが注がれるように文字が浮かび上がってくる。

 それは確かに、パワーワードと同じ綺麗な字で書かれていた。


『ようこそ、未来のシェフ』


 ぞくぞくと震え上がる気持ちを抑えきれなかった。

 ああ、なるほど。

 嫌になるくらいわかってしまった。

 この人はカナタのお母さんだ。

 間違いなく、カナタのお母さんなんだ。




 つづく。

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