第百五十四話
深夜、東京へと戻り病院に辿り着いて目にしたもの。
それは――……シュウさんがあらゆる器具に繋がれ、眠っている病室であり。外を厳重に警護している侍の人たちであり。
「――……っ、っ」
喉が震えることをおさえられず、泣き続けるコバトちゃんだった。
カナタのお父さんがそばにいる。
私たちを待っていたように椅子から立ち上がった。
「カナタ、後は頼む」
「え――……ま、待ってくれ! 父さんは何処へ!」
「シュウがいない今、侍を率いる誰かが必要だ。若い中で任せられる人間が関東にはまだ少ない。私が行かねば誰が行く」
カナタの肩を叩いてから、お父さんは意味ありげな視線をラビ先輩に向けたの。
ラビ先輩は頷いて……それで、行っちゃった。
カナタがよろけるようにシュウさんの元へと近づいていく。コバトちゃんに寄り添い、シュウさんを見つめる顔は見ていられなかった。
そんな中で、
「……あの、ごめん。いいかな?」
シオリ先輩が手を挙げる。
「ちょっと……」
コナちゃん先輩が困ったように見るけど、シオリ先輩の瞳は確かにシュウさんを見ていた。
「なんで、爆発事故なのに火傷してないの?」
「え――……」
コナちゃん先輩だけじゃない。
みんながシュウさんを見た。確かにシオリ先輩の言うとおり、シュウさんの顔は美しいままだ。その腕も。じゃあ、え、なんで。何が起きてるの?
「カナタ。キミに尋ねたい。刀鍛冶であった、キミに尋ねたい」
「ら、び……?」
動揺に揺れる瞳で、カナタがラビ先輩を見つめる。
私も、コナちゃん先輩も、シオリ先輩さえも動揺していた。
ただ、ユリア先輩だけが沈痛な顔で俯いていた。
「お兄さんに霊子を、魂を感じるかい?」
「……え、」
シュウさんに触れるカナタの目が見開かれる。
「……霊子は、魂はある。だが、」
「ここにはない。そうだろう?」
「ラビ……待て」
頭を振って、それから厳しい視線をラビ先輩に向ける。
「頼む。やめてくれ。いつもの調子でかき乱すんなら、今はよしてくれ」
「僕は、キミのお兄さんから」
「聞きたくない! やめてくれ!」
「……――頼まれたんだ」
妙にはっきりと聞こえた。
壊れる音。壊れてほしくない、何かが壊れる音が。はっきりと。
「お前は、なんだ。何を知っている」
カナタの声は、私が初めて会った時と同じ固く、強いものだった。
それは明らかにラビ先輩を責めていた。
「兄さん」
「いい。彼が襲われた以上、話すべきだ」
ユリア先輩を片手で制して、ラビ先輩は帽子を取って……くるりと回して御珠へと変えてしまった。それはただの侍にあり得ない。まるでカナタがするような……それは、ラビ先輩が刀鍛冶でさえあるかのような芸当だ。
コナちゃん先輩が傷ついた顔をして、シオリ先輩は俯いていた。
私は……私は、どんな顔をすればいいのかわからなかった。
「僕らはロシアから来た。日本の隔離世の技術は世界一でね。それを狙う勢力は多い。僕らは其のために派遣されてきた。もっとも、小さい頃にカナタのお父さんに助けられて、」
「待て」
説明を続けようとするラビ先輩がカナタの制止に止まる。
「今、必要な情報は少ない」
「……なにかな」
誰もが止めたかった。斬り合うような空気なんて、つらい。
二人は同志だったはずだ。仲間だった。特別な二人だと思っていたの。
でも、切り出せなかった。一瞬の間違いで取り返せなくなりそうで。
「ラビ。お前の今の目的は」
「緋迎シュウの救助」
「動機は」
「お世話になったから」
「……なら、なぜ五月、兄さんがあんなことになった」
「想定外だった」
「お前は、俺が去年の四月から付き合ってきたラビ・バイルシュタインか?」
「僕はこれまでもこれからも、そうでありたいと思っている」
もうやめて、と叫びたいほどの緊張感だったの。
二人にとっての原点を探り合うような話なんて、つらすぎる。
「わかった」
瞼を伏せたカナタが深く息を吸いこんで、短く吐いてから立ち上がる。
「お前は俺の親友か?」
「君さえよければ……これまでも、これからも」
ラビ先輩の手にある御珠にカナタが触れる。
「まったく、お前という奴は……隠し事を洗いざらい言え。簡潔に。俺は其れでいいが……二人はどうする?」
カナタに呼びかけられた二人は間違いなくシオリ先輩とコナちゃん先輩だった。
コナちゃん先輩をチラ見してから、シオリ先輩が口を開く。
「ラビはきっとただ者じゃないと思ってた。調べたこともある。情報がないことが、きっと答えなんだと思ってた。別に真実がどうあれ、ボクはラビとユリアの仲間だ。それは変わらない」
「私は……私はショックだわ。メイ先輩もきっとそう。だって私たちを引っかき回す、むかつくくらい完璧な男が……その背中がまたしても遠ざかったんだもの」
コナちゃん先輩のショックポイントそこなの? と思って見たら、いつもの調子で笑っていた。シオリ先輩は顔をあげて口元を緩めているし、カナタだって……笑っていた。
ああ……よかった。
「打ち明け話くらいじゃ気が済まない。それにメイ先輩が好きなら、誰よりメイ先輩にこそ話すべきよ。そうじゃない?」
「違いない」「ほんとだよね」
三人が頷くから。
よかった。何かが起きるかと思ったけど、私の考えすぎだった。
みんな、それくらいでどうにかなるほど、やわな関係じゃなかった。
「すまない。話す時は動く時と決めていた。だが……今のみんなの顔を見たら、杞憂だったみたいだ。さっきのカナタの調子には心が折れかけたけど」
みんなの視線がラビ先輩に集まる。
御珠をひょいっと投げて帽子へと変え、かぶったラビ先輩は……変わらず。
「状況を掴んで事態を進める前に、話をさせてくれ」
手をぽんと合わせるラビ先輩にユリア先輩が寄り添う。
銀髪の美しき兄妹。ロシアよりの使者。
「幼い頃、カナタのお父さんに救われたことがある。僕らはまあ、ちょっと完璧だからさ」
「それをさらっと言うあなたの性格がつくづくむかつくわ」
「あはは」
コナちゃん先輩に冗談だよと笑うけれど。
「国から派遣されて、ちょっと御珠を取ってくるだけのつもりだったんだけど。もともと、あんまりいい身分じゃなくてね。国に戻っても明るい未来が待っているわけじゃなかった」
「……亡命」
「カナタのお父さんのおかげでね。カナタのお兄さんにも小さい頃から世話になった。もっとも、高校になるまでカナタとは会うことはなかったから……僕はカナタに会うのをずっと楽しみにしていた」
熱視線を迷惑そうに手で追い払うカナタに笑って、ラビ先輩は話を続けた。
「かねてから言われていたんだ。隔離世に関する体制を盤石なものにしたいって。地固めに協力して欲しいってね。だから連絡が途絶えて、久しぶりに会ったらとりつく島もなくなった彼と再会した時には割と絶望しもした」
五月の一件だ。
「ハルちゃんが……カナタが、みんなが活躍して救われた。肝を冷やした。無茶もした。だから繰り返さないために、なんでもするつもりだ」
「ずっと隠してきたことを明らかにするくらいにか」
「痛烈だね。でもそうだ」
カナタの言葉に頷いて、ラビ先輩は強い視線でシュウさんを見た。
「事前に連絡を受けていた。隔離世を知るアメリカ人が来た、何かが起きるかもってね」
「それって、」
「そう。京都で会った、あの彼だろう。立場上、知り合いは多くて、噂話もよく聞こえてくるんだ。ちょっと問題のある奴なのは……わかるだろ?」
思わず頷いた。
「シュウのリムジンの運転手は見つかっていないが、どこかで昏倒させられているんだろう。リムジンは炎上したが、シュウの身体を見るに爆発前に気絶させられたか、シュウ自身が逃げたかして無事だったんだろう。どういう理屈かは本人にいずれ聞くとして」
少し間を置いてから、ラビ先輩は両手を広げてはっきりと言ったの。
「彼は無事だ。しかし霊体は隔離世にあり、敵に捕われていると見ていい」
「敵って、じゃあ……アメリカ人?」
「シュウから聞いた話じゃ大統領特使だって話だけど」
ラビ先輩の発言にシオリ先輩がため息を吐いた。
「あのさあ……同盟国の警察に攻撃を行う特使なんているの? あり得ないんだけど」
「でも、彼の身分についてアメリカに確認は取れている。さあ、なんででしょう?」
にっこり笑顔のラビ先輩をコナちゃん先輩が半目で睨む。
「わかっているなら言いなさい」
「アメリカがどうやって隔離世に行く技術を手にしたのか……もっと端的に言うと、日本にしかない御珠をなぜ持っているのかわからないけれど」
もし。
「隔離世に霊体を移動させ、大統領の命を狙えるとしたら? そんな奴がいたとしたら……どうだろう?」
「ラビは凄いこと言う」
ぞくぞくした顔してるシオリ先輩もなかなかだと思う。
「軍籍か、それとも僕とユリアのような特殊ケースなのか。それはわからないけれど……国の中枢にいる人たちの心臓に銃を突きつけて反撃も許さない、そんな状況で……アメリカにもし邪がうじゃうじゃしている映像を突きつけてこう進言してくる奴がいたら、どうだろう」
帽子を外して胸に当て、
「大統領。今すぐどうにかしないと、瞬きした次の瞬間にはアメリカが終わりますよ……って」
これで終わりです、とばかりにお辞儀をするラビ先輩に、シオリ先輩だけじゃなく私もぞくぞくした。
「愛国者の暴走だね。すごい。すごい。やばい。ボク好みの案件だ」
「きっとシュウを襲った連中を煙たがっているはずだし、それと同時に邪への対処をどうするべきか手段を探っているはずだ。カナタのお父さんはその対策もするつもりだろう」
「……待て。兄さんはどうなる」
「難しいね。だってこれ、日本も危険だよね。だってこれ、推測通りなら二国に対するテロだもの」
「そ、それはそうだが!」
「落ち着いて。今まで話したことは推測が含められている。そもそも敵について判明する情報が少ないんだ」
「くっ……せめて情報の共有など、協力体制が取れれば」
「それも難しい。もしアメリカの事情が僕の推論通りならこっちに秘密裏に対処して欲しがってるんじゃないかなあ。情報もきっと伝えられないと思う」
微笑むラビ先輩の見えているものは、やっぱり私には見えないけれど。
「あの。シュウさんが無事なら……きっと、向こうにいる人たちはただじゃすまないはず」
「ハルちゃん、その通りだよ。シュウによって狼煙が上がると思う。彼らの現世の肉体探しはカナタのお父さんに任せて、僕らはそこへ助けに行く」
「待って。だったらみんなも連れて帰るか、警察の手を借りるべきでは?」
コナちゃん先輩の言葉にラビ先輩は残念そうに首を振った。
「のど元に銃を突きつけられているような非常事態なんだ。侍隊は然るべきところへの警護で手一杯だよ。警察の手を借りて現世の探索をするのが精一杯さ。つまり、僕らがやるしかない。ただね」
ふっと微笑んで言うの。
「京都にみんなを置いたのには、理由がある。奇しくも僕らは見たことがあるよね、いつかの夜に」
「百鬼夜行だ!」
「そうだよ、ハルちゃん。京都には安倍ユウジンがいる。大勢を運ぶための雷神の力が必要なら、」
「鹿野さんだけじゃなくて、トモとシロくんもいる!」
「ふふ……」
余裕たっぷりに笑うラビ先輩をコナちゃん先輩が憎らしげに睨みました。
「既に布陣は完璧、ということ? ほんと、抜け目ないわね」
「褒め言葉として受け取っておこう。それに……さっきはすべてを失うかもしれずに怖かったさ」
「お前が俺の制止に構わずに言うからだ。考える余裕もない時に、まったく」
「それについては謝る。ただ、のんびりもしていられないだろう?」
「否定はしない。助けるために必要なら」
不安げにいるコバトちゃんの頭を撫でて、カナタはシュウさんを見た。
「しかし、今は……兄さんが知らせてくれるのを待つしかないのか」
それはもちろん、不安だ。
けれど、
「大丈夫さ」
カナタのお父さんに連絡するのか、スマホを取り出したラビ先輩がはっきりと断言するの。
「僕らは忘れがちだけれど……彼は最強の侍なのだから。隔離世へ行こう、きっと彼が伝えてくれる」
◆
目を見開く。
どうやら、緋迎シュウの人生は終わっていないようだ。
恐らくは閃光弾の影響だろう。閃光に惑わされずに扉を蹴破り外へ出たが、隔離世へ飛ばされてかぶりものをつけられ拘束された。所持していた御珠はスマホと共に奪われてしまったようだ。
背中に突きつけられた固い感触が何かは、彼らのアジトについてすぐに判明した。
拳銃やライフルを手に武装した少年少女たち……というには年齢にばらつきがある。
私くらいの男もいた。気弱な顔をした黒人、苛立ち不安げなイスラム系、もちろん白人もいる。当然、官邸にいた少年もいた。
船着き場の倉庫の中のようだが……しかし、隔離世にしては邪がいない。彼らが掃討したというのか。
刀は――……あった。遠く、積み上がったコンテナのそばに置かれている。
椅子に座らせられて、手足が縄で拘束。
「やあ……また会ったね。約束通りだ」
「English please」
「郷に入りては郷に従え。僕はこれでも礼儀を重んじる方なんだ」
笑顔からなにから、それらはすべて演技だ。
「日本語で話そうよ、Samurai。腹切りはさせてあげられないけどさ」
見れば彼がリーダーなのか、誰も口を開こうとしない。
私を意識している若い子たちの中で、フードをかぶって顔を隠す大人の男だけが異質だった。
あちこちに意識を傾けているあたり、彼には要注意。
「名前を聞こう。さきほど、官邸で聞きそびれた」
「何がいいかな。ジャック・バウアー? ギブソン? それとも――」
「やはりよそう、興味はない」
私の挑発に彼の口角がつり上がった。
道化のようだ、と気づく。
イスラム系の少年が声を上げる。こいつはなめてる、一発撃って黙らせよう、と。スラング混じりの汚い英語だった。
けれど道化の少年は頭を振った。
「non, non, non! こいつは生かして連れ帰る。船にのせて運べば済む。そうすれば……僕らはアベンジャーズも真っ青のヒーローさ!」
道化の少年の言葉に、フードの男と黒人の少年以外の全員が顔を緩めた。
やはり……予想通り。彼らは幼い暴走をしていた。
無邪気で、浅はか。
それがアメリカの大統領の特使だなんて、あり得ない。
「アメリカの大統領は、国民が選ぶ。その是非、制度のあり方は特に去年、大統領選で大きな話題となったが――……しかし」
「Hah?」
息を吸いこむ。銃が向けられる。
なるほど、隔離世において銃、か。これほど侍にとって皮肉な武器もあるまい。
フードの男が持っているのは突撃銃だ。
スナイパーライフルを持っているのは……黒人の少年か。
「アメリカの夢を体現する者が選ばれる。夢は一人でみるものじゃない。みんなでみるものだ」
「――何が言いたい」
初めて道化の正面の仮面が崩れた。攻め時だ。
例え銃口が幾つも私を向いていようと、ここが攻め時だ。
「キミが脅して従わせたつもりになった夢は、キミごときがどうにかできるほど柔なものじゃない」
「……うるさいな」
「彼は特別だ。時に間違いを犯そうとも……簡単に揺らぐものじゃない。それが国であり、夢だからだ。キミの妄想程度でどうにかなると思うのならそれは、酷い間違いであり、同時に醜い侮辱だ。早々に撤回した方が良い」
「アンタ雄弁だなぁ」
私の言葉がわからない少年少女が彼を見る。
彼の顔は真っ赤に染まり、怒りに歪んでさえいた。
「語るなよ、立場をわかってんのか?」
怒りと共にこめかみに拳銃を当てられる。
「考えが変わった。死にさえしなければ、多少痛めつけても問題はないな」
軽く息を吐いた。指先で触れる縄、足首に感じるそれらの霊子は既に掴んでいる。
なにより――……
『シュウ』
聞こえる。
彼女の声が、はっきりと。
あの子のおかげだな……。
「ふ」
「何がおかしい。わかってんのか? あんた絶体絶命なんだぞ」
「ふふっ……」
耐えきれずに吹き出してしまった。
「フィクションがお好きなようだが、ならば今言った台詞をよくよく考え直した方が良い」
瞬き一つで、すべての霊子を棒の形へ変換して少年を組み伏せる。
「日本では負けフラグ、というんだ。それは」
勉強になったかな、と笑うと少年が叫んだ。撃て、と。
周囲にいる子らが発砲するが――
「すまない」
隔離世にいるならばその霊子を捉え、操ることは容易い。
それができるからこそ、侍は、それを支える刀鍛冶は
「ここで私に弾は当たらない」
最強と呼ばれる。中でも私は特にな。もっとも面倒な称号だが。
フードの男が背中から取り出したものを見て、思わず目を奪われた。まさかロケットランチャーまで出てくるとは思わなかった。
発射された弾をどうにかするよりも、弾丸をかわして急ぎ禍津日神を回収する。弾ける暴力の嵐から逃れ、倉庫の外へ出た。
途端に銃撃を受ける。
刀で切り払うべきか躊躇った。角度を誤れば折れる。
『余裕。信じて』
そうはいうが、これはいわば再デビュー戦だ。
確実にいきたい。
『なら欲望を引き出す』
刀の願うままに振るい、大地へ泥を吐き出した。
周囲の欲望を吸って産まれたそれが叫ぶ。
『――……!』
彼らのそれは聞くに堪えないうめき声だ。
『船、ある!』
さて、一人で制圧するには少し骨が折れそうだ。
多種類の武器を平然と出してきたあたり、注意が必要だ。もちろん私の禍津日神を以前狙撃したスナイパーがあの黒人なら、注意も必要だ。
『くる! 左膝裏!』
振り返りざまに切り払う。確かな手応えがあった。狙撃はかわせた。
『やれる。シュウと私なら』
ああ、そうだな。確信したよ。
とはいえ綱渡りをするつもりもない。ここで確実に連中を捕まえるためには手が足りないにも程がある。御珠とスマホも回収したい。
目的の達成には助けが必要だが……それはラビに連絡してあるから、わかるように知らせれば済むだろう。
父さんに連絡もしているから、彼らが日本に対してさらなる凶行に走っても対策は取れているはずだ。
何より、ここは隔離世なのだから……彼らの肉体がどこにあるのか、それを探らなければ話にならない。それも恐らくは父さんがいれば捜査はなされるだろうが……こればかりはどうなるかわからない。
さて、
「どうしたものか」
さすがに携帯を奪うくらいの知恵はあったようだ。今のままでは連絡手段はない。
禍津日神の求める先へ走り、停泊していたタンカー船に乗り込む。
どうする?
物陰に隠れていたら足音が近づいてきた。
爆発音も遠くで聞こえる。あのフードの男は怪しい。軍人……よりは傭兵だろうか。
現実で私を拉致するだけの道具と手段がただのヒーロー願望のある幼い子たちにあるとは思えない。何より隔離世で使える銃器というのが不可思議だ。
現実の物体を使っているだけ? ただそれだけのことか? 彼らの言葉が本当なら、企業がついているはずだが、それはどんな名前のどんな企業だ?
手際からなにからプロがいなければ成立しない。それにスナイパーの腕は本物だった。なにより彼は少年だ。とても戦地や紛争地域にいたようには思えない。
すべてが歪な連中だな。
父さんに指導を任されて初めて会った時のバイルシュタイン兄妹のように、ありようが歪んでいる。
まるで隔離世に関わる者は、心の真のありように気づかない限りそうなることを宿命づけられているかのように……。
『シュウ、考え事はあと。あいつら吐き出した泥を倒して、こっちに近づいてきてる』
わかっている。
普通に考えればじり貧といったところだが……実際には不思議と負ける気がしない。
それに幸いなのは、私が窮地であると彼らが思い込んでいる点だ。彼らがそう思っている限り、この場から逃れようとはしないだろう。
できればよりここに繋ぎ止めるだけの手段が打てればいいのだが。彼らを隔離するような、そんな壁を作れたら。ただの泥ではだめだ。
『それだけじゃないよ』
わかっているとも。
ラビたちにどう伝えるべきかを考えなければいけない。
『――……遠くに感じる。ハルたちの霊子』
やはり、ラビはやってくれたな。求めれば応えてくれた。一人でできないことは、誰かと解決すればいい。単純だが真理だ。
つくづく思う。
私はどれだけの過ちを犯したのか。
『私が、狂わせた』
違う。私が間違えたのだ。
『……じゃあ、今度は間違えられない。ううん。素敵な未来に進みたい』
……そうだな。私もそう思う。
『傷ついたことに気づかず、それを伝える術もなくて……でも、もう大丈夫』
刀から感じる力の胎動に目を伏せた。
……禍津日神。敵は、すべて船に向かっているか?
『狙撃手、倉庫の上。それ以外はみんなこちらに向かってる。フードの男が指示を出してる……絶体絶命?』
いいや。
「絶好の好機だ」
根元に触れ、切っ先へと霊子を剥がし。
『わかった。あげるよ、狼煙を』
「ああ。きかん坊の説教をしなければな!」
振るった。
炎の柱が空へとあがる。
彼らの退路を奪うように。
反撃の狼煙は上がった。戦いの時は、来た。
あの少年のように昔見たテレビ番組を意識するのならば……そうだな。
「最初からクライマックスといこうか」
つづく。




