第百五十二話
どうしようか迷って、まずタツくんを見た私にユリカちゃんが触れてきた。
「お任せください……ここはなんとかいたします」
思わぬ自己主張だったけれど、ここは素直に頷く。
ユリカちゃんがタツくんの手を取って、山都の人たちの元へ。
獣耳に聞こえてきたよ。「もしよろしければ、喫茶店でお話いたしませんか? あなたの刀について興味がございます」
円行寺くんは戸惑いながらもタツくんを見た。タツくんはユリカちゃんに任せる気なのか、こないだは失っていたあの余裕を思わせる笑みを彼に向ける。
だから円行寺くんもほっとできたみたい。笑顔で頷いていた。みんなで喫茶店に向かうべく立ち去っていく。ユリカちゃん、ないす!
「失礼するわね。深海水族館へ行くの」
北斗の特別綺麗なお姉さんがそう言って立ち去る中、金長レンさんは動かなかった。
ずっと私を睨んでくるんですが。あのう。
「あんた、勝負しなさい」
「ええええ」
「迷路へいくわよ!」
「お、おう」
確かに迷路がある。忍者屋敷的な迷路が。でも、なぜに勝負?
逃げられるものなら、と周囲を見たらそそくさと解散していた。あ、あれ!
残ったのカナタとユウジンくんくらいなんだけど。鹿野さんや立浪くんはギンやトモたちと行っちゃった。
ううぬう。やられましたわ……。
スマホから着信の音が聞こえて確認すると、メイ先輩からだ。
やるとなったらとことんって子だから気をつけて……って、そんなあ!
「ほら、いくの!」
がしっと手を掴まれて引きずられました。
「もっと楽しい旅行になるはずだったのにいいいい!」
もう片手で助けを求めるのだけど、カナタとユウジンくんは互いに顔を見合わせて肩を竦めるだけでした。ううっ。
◆
「いい、アンタが狐でレンが狸。つまりこれは化け対決なの。そっちの狐は手を出すんじゃないわよ」
金長さん、ぐいぐいくるなあ。
迷路の入り口でユウジンくんがにこにこ笑顔でスルーの構えです。
「化け対決といわれても。引き受けるメリットがな――」
「はんっ、これしきで怖じ気づくとか士道誠心もたいしたことないな」
「……」
かちんときたよ。
「レンに負けるのが怖いんだぁ? アンタの狐もたいしたことないんだね、そうかそうか」
「……別にやるなら勝ちますけど」
思わず言い返した私にカナタが訴えてくる。「ちょろすぎないか」って。
でもむり。絶対やだ。タマちゃんバカにされるの一番許せないから。
「いいでしょう、受けて立ちますよ」
「そうこなくちゃ」
どや顔で頷くなり、料金を支払うから私も続く。
子供にちょうどよさそうな通路へと駆け込む私たち、全力すぎる。
「ふんっ」
「ふぁっ――へぶ!」
足を引っかけられて思い切り頭から突っ伏す私。
「一つ、二つ!」
顔を上げると金長さんがブラウスの胸ポケットから葉っぱを出して投げた。
それが天井に設置されたカラーコーンに混ざって本物の槍に!
ぐぬぬ。こ、これじゃあ通れないじゃん!
『まったく……児戯に熱くなりおって』
タマちゃん! 負けられないの!
『仕方あるまいの』
腕に伝わってきた霊力そのまま天井に触れる。
ぽんぽんと弾ける音と共に槍が葉っぱに戻った。
先を行くお尻を睨む。膨らんだ尻尾をなんとか掴んでやりたいのだけど。
何か手はないかなあ。
『どうせやるなら徹底的に、じゃな!』
壁に触れていた手から何かが広がって、左右から槍が差し込まれた場所を歩く金長さんの床の樹からツルが出てきて、金長さんをがんじがらめに絡め取った。
おっ、すごい! さすがタマちゃん!
『仕方なくじゃ。誰かの笑顔のために、とか言っていたお主がなつかしいのう』
それはそれ、これはこれだよタマちゃん!
「くぬぬぬぬ! 卑怯者!」
「即座に足を引っかけたあなたには言われたくないかな!」
ぴょいっと飛び越えて先へと進む。
背後からぽぽぽぽぽん、と弾ける音が聞こえた。きっと追い掛けてきてるんだ。
先へ急ごう。
「落石注意!」
「えっ」
軽そうなおっきなボールが並ぶ小部屋に出たかと思ったら、上から重たい石が落ちてきた。受け止められるはずもなく潰される。
しれっとその石に飛び乗って、
「ぐえっ」
私の前に躍り出た金長さんはしたり顔だ。
「いやあ、大変そうですねえ。石、どけてあげましょうか? 頭に輪っかつけますけど。おばかなお猿にはお似合いね」
「な、なんのつもりかしらないけど、大きなお世話かな! だいたい狐か猿か統一を……へぶっ!」
葉っぱを数枚出して私の上にのせたんだ。
どろん、と彼女が言った途端に重さが増したの。そのせいで潰れそうです。
「あらごめえん。もっと重たくしちゃった。うるさくていらっときちゃったぁ」
「ぐぬぬ!」
「じゃあねえ」
優雅に歩き去る背中をむむむ、と睨む私です。
『……タマ、助けてやれ』
『仕方がないのう。あと猫みたいに呼ぶな、妾は狐じゃぞ!』
身体中に満ちる力に抗えずに、私の上に乗っかった岩がすべて葉っぱへと姿を変える。
急いで追い掛けて、尻尾を掴んで引きずり倒し。背中を蹴られて壁にぶつかり。
だんだん過激にぶつかりながら、ぼろぼろになった私たちはほとんど同時に太鼓を打ち鳴らしたのだった。
もちろん出るまでにもさんざん喧嘩しましたよ。
なんで喧嘩売られるのかわからないし、なんでどんどん頭に血が上っていくのかもわからないけれど。なぜか無性に思うの。金長さんにだけは負けたくないって。なんでだろう。
◆
スタンプラリーなんですけど、暴れないでもらえます? という係の人。
やんわりと注意されたボロボロの私たちを見てユウジンくんは笑うし、カナタは渋い顔。
見ればその後ろにコナちゃん先輩をはじめ、士道誠心の生徒会のみなさんがいて。他にも北斗の超絶綺麗なお姉さんもいる。
「レン、あまり迷惑を掛けないの。士道誠心の真中さんから聞いたけど、あなたから喧嘩をふっかけたんですって?」
「……じゃれあいです」
「とてもそうはみえないけれど。行くわよ」
「……ふん。覚えてろ、狐娘」
すごい敵視されてる。敵視されたまま……別れて終わりになりそうで。
それはいやだった。もやもやを抱えたままでなんて、いれない。
わがままだけど、どうしてもいやだった。
「なんで」
「あ?」
思わず呼び止めた。
「なんで、私に絡むの?」
どうしても聞かずにはいられなかった問いに、金長さんは一度だけ深呼吸をした。
「同じように化けるくせに、そっちは日本三大妖怪なんて言われてさ。レンの刀が負けてるみたいじゃない。そんなの許せない。アンタに勝って、レンの刀が化ける妖怪最強だって証明すんの」
敵意だけじゃない。明確な決意。最強になろう、存在を証明しようという意志に満ちていた。
さっきの迷路で向けられた敵意に返せたのは敵意だけだったけど、今の言葉はそうじゃない。
だとしたら、私は彼女になんと言うべきだろう。
拳には拳を、だろうか。タマちゃんが言っていたことだ。私の刀はなんのためにあるのか。
伝えたいのは、ふざけるなとか、しらないし、とかじゃなくて。
「……桜、すごく綺麗だった」
「アァアアア!?」
ブチギレですよ、という反応に凄くびびったけど。
「さ、桜、京都の……あれ、すごく綺麗だった! 今の私には、まだ、あんなのできない!」
絞り出して口にした言葉に金長さんは信じられない、という顔で私を睨んでから乱れた髪をかきなでると。
「金長レン。あんたは?」
「……青澄、春灯」
「そ……じゃあ春灯。次やる時にはもう少しマシになってなさいよ。今日のはおふざけ。でも次やる時はもっとすごい化け合戦するんだから。いい?」
びしっと突きつけられた人差し指に思わず頷く。
「う、うん!」
「あと……足だしたり蹴ったりしてわるかったわね。それは一応……謝っとくから。ごめんなさい」
「たっ、対決だったからいい! 私もあなたの尻尾掴んだりしたし、私こそごめん」
「お人好し、ばか、さいてー。うざいしきもい」
心が折れそうです。
「レンでいい」
「えっ……」
「じゃあまたね、春灯」
ふっと笑って手を振られたから、思わずめいっぱい振り返した。
立ち去る北斗の二人を見送っていたら、コナちゃん先輩が心配そうな顔で私の髪や衣服を整えてくれたの。
「変なのに見込まれる性分ね、あなたって子は」
「……ども」
「子供みたいな喧嘩やったね」
ユウジンくんの指摘に苦笑いです。
ほんと、子供みたいな喧嘩だった。途中、結構派手なぶつかり合いもありましたけど。
「目立つお狐はん持ってると大変やね」
「苦労を自ら背負っていくタイプだよ、ハルは」
心配そうなカナタにはひたすら申し訳ないですけれども。
「月見島くんには住良木くんらが合流して、山都と和やかに食事を取っているようだ。僕たちも楽しく回ろうじゃないか、ね?」
ラビ先輩がまとめてくれたので、素直に生徒会の人たちとユウジンくんと歩き出すの。
タツくんがユリカちゃんと一緒で自然にしているなら、今日はもう何事もないと思ったけど……それは間違いだった。
「Hello! ジャパニーズ侍ガール!」
嫌な予感がして飛び退いたら、いたよ。いた。あのアメリカ人が。
抱き締められるのは避けられたけど、背中に触れられたので急いで離れる。
「避けられちゃった!」
ははは、と何が楽しいのかわからないノリで膝をばしばし叩いて笑われる。
警戒するみんな、私を守るように前に出るカナタが彼を睨む。
「何かご用ですか」
「It's You! カナタ、緋迎だよね? シュウの弟の!」
名指しされたからこそ、みんなの警戒が増した。
「僕ってさ」
懐に手を入れた、と思った次の瞬間には、
「早撃ちが得意なんだ」
彼が拳銃を突きつけていた。
咄嗟に私を庇おうとしたカナタが、
「くっ」
……濡れた。濡れたの。びしゃって。
「ハハハハ! 水鉄砲ダヨ! 当たり前だろう? ここは日本だもの! 僕はヤクザじゃあないんだ! しっかし、なんて顔だ! 傑作だな!」
「な、お前!」
「ハハ、怒らないで」
大爆笑する彼は手を叩いて、懐に水鉄砲をしまう。
「安心してよ。ただの水だよ。にしてもイケメンだねー! かっこいいねー! 水に濡れたらより美人さんだねー!」
思わずカナタを見たら……くっ。
確かにそこはかとない色気が! 水に濡れたせいで前髪が張り付いたりとかして、夏服が水に濡れて――……って、そうじゃない。だめだってば。今考えることじゃないよ。
「……あなた、なに」
不信さと苛立ちを隠さずに前に出たのはコナちゃん先輩だった。
「ごめんごめん。ただのファンだよ。緋迎シュウや、その父。そして日本の侍のね? だから、」
「だからシュウさんに似たカナタに声を掛けたの?」
「ハハハ!」
笑いすぎて、だから不気味。
懐から取り出した手についているのは、赤鼻。
それをお鼻につけて、目を見開いて大仰に驚いた顔を見せる。
「あんまり似ているから、つい悪戯しちゃった!」
赤鼻を取ると眉間に皺を寄せて上半身を屈めてきょろきょろする仕草で言うの。
「とっても美しい女の子がいたら、ハグせずにはいられないし! 今日はなんて日だ!」
そう言ってコナちゃん先輩に抱きつこうとするけれど、そんなの先輩たちが許すはずがない。
シオリ先輩とユリア先輩が前に出るし、コナちゃん先輩も片手で制したよ。
「やめて。アメリカ式ハグに興味はないの。質問に答えて。あなたは何者? ただの旅行客?」
「おやおや! 警戒レベルMAXだね! でもでも、僕はただの旅行客ぅ……ごめんねごめんねえ! ……あれ? 受けない? 日本のギャグ、勉強してきたんだけどなあ!」
おどけたように両手を掲げて降参のポーズを取る。
全部が全部芝居がかっている。ラビ先輩たちのそれとは、でも、違う。
……私だけなのかな。どう受け止めればいいかわからないの。
ラビ先輩は楽しそうに見守っているけど。
「でもほら、カナタ色っぽいヨネ!」
両手を広げてどや? とする彼に促されてみんながカナタを見る。
「……そんな、見るな。まったく、誰かハンカチ持ってないか」
迷惑顔で濡れたところを手で拭うカナタの放つ……黒の魔力。
「「「「 ……ごくっ 」」」」
この場にいる女子四人の喉が鳴りましたよね。
「ハハハ、いやあしかし水も滴るいい男ダネ! ここで買った手ぬぐいあげるよ」
ポケットから取り出した手ぬぐいをカナタへと押しつけて、
「バイ!」
行っちゃった……。嵐のような人だ。
「……ラビ」
「ふふ……カナタ、せっかくのもらいものだ、それで顔を拭いたら?」
「あ、ああ。まったく、酷い目にあった」
「ハルちゃんを庇う騎士さま。かっこよかったんじゃないか?」
「ラビ、茶化すな」
ユリア先輩に呼びかけられて意味ありげに笑うラビ先輩に頷くと、カナタが手ぬぐいを広げる。
「――e real」
「え――」
獣耳が捉えた音に私は咄嗟にふり返った。
出口へと向かって去りゆくアメリカ人の背中が見える。
踊るように、常におどけて歩く素振りはピエロ。
ラビ先輩も道化っぽく振る舞うことがあるけれど……方向性が違う。
あれは、アメリカの映画で見る怖いピエロだ。
「ハル、どうしたの?」
「え、えっと」
実は……その。
「あの人、なにか言ってたと思うんです」
「……なんて言ってたの?」
コナちゃん先輩の真剣な顔に続いてみんなの視線が集まる。
や、やばい、どうしよう。
「そ、そのう……」
非常に言いにくいのですが。
「え、英語だからよくわかんなかったです! えへ!」
コナちゃん先輩のハリセンがうなりをあげたのは、言うまでもありませんでした。
だ、だって最後の単語しかよくわかんなかったんだもん!
そんな言い訳が通用するわけもなく、花魁の話もしっかり筒抜けだったため、私は東京に戻ったら勉強会をするという宣告を受けたのでした。
とほほ。
つづく。




