第百五十一話
「清水ひゃっほう!」
「わー!」
トモと二人ではしゃいでました。
清水寺に来たけどすっごいね。前にも中学の修学旅行で来たけど、正直クラスのみんなとどう向き合えばいいのかに夢中で観光どころじゃなくて特に印象ないよね……!
なので今こそその素敵さ、感動の景色をトモと分かち合っているのですよ。
「あんまり縁に行くと危ないよ」
「さすがに落ちないよう」
「下からパンツ撮られるよ」
「えっ」
ユウジンくんに言われてあわてて離れる私とトモです。
「わあ、綺麗ですねえ!」
駆け出そうとしたノンちゃんに飛びついて止めたのは言うまでもありません。
「な、なにするんですか」
「だめだよノンちゃん」「パンツ撮られるよ!」
「はあ?」
なにいってんの、という顔をされました。
「ノンはスカートの丈あんまり短くしてないので大丈夫です」
どやるノンちゃんが私たちから離れて清水の舞台へ……!
「ああ……でも確かに下の方に怪しい人ちらほらいますねえ」
下を眺めてノンちゃんは渋い顔で後ろに下がる。
カメラを構えている男の人とか見えたのだろうか。
わざわざ観光地に来てまで狙うこともないのに。
「邪が出てそうやね」
目を細めて笑うユウジンくんを見てると、普通に疑問が。
「ユウジンくんもパンツ見たくなったりするの?」
「ちょ、ハル! あんた何きいてんの」
「いや、なんか気になって。交流戦の時に一撃食らってお披露目しちゃったし」
トモに怒られちゃったけど、でも聞いてみたい……のかな? いや、ちょっとした好奇心ですね、これは。たとえば鹿野さんあたりにきつい一撃を食らいそうになったらあっさり諦める類いの好奇心です。
「無粋なこと聞くもんやないよ」
「あいたっ」
持っている扇子でこつんとおでこをやられてしまいました。
それがいかにもユウジンくんっぽいかわし方だったので、にやにやしながら謝る私をトモとノンちゃんが半目で見てました。
「定番どころの観光と思うたけど。ええわ。写真、撮ったげよ」
「「「 お願いします! 」」」
懐にしまって、手を差し伸べられたので私はトモとノンちゃんと三人で、元気よくスマホを差し出しましたよ!
◆
風神と雷神をお祀りしているというところに行ってくる、というトモを見送って、私は清水の舞台で一人ぼんやり景色を眺めていました。
『……感じ入るものがあるのう』
タマちゃん?
『ちと変われ』
ぐいっと胸の内に引き込まれて、タマちゃんが私の身体の自由を引き取る。
「……すう、」
ふううう、と吐き出した息は長い。
タマちゃんの心から伝わってくる感情は幾つかある。
懐かしさ、苛立ち、不安……悲しさ、それと、いとおしさだろうか。
「お狐はんやね?」
タマちゃんがふり返ると、写真を撮って離れたと思ったユウジンくんがいた。
その手に持つ狐の白面で顔を隠している。
「嘘つき坊主と話すことなどないわ。妾は黄昏れておる。どこかへいけ」
「嘘つきとは随分やね」
「何が真打ち、管狐じゃ。嘘をつくのも大概にせんか」
「お怒りやね」
仮面の向こう側にある表情はわからない。
「坊主の中に晴明が宿っておるのはわかっておる。刀は泰成か、はたまた泰親か……。どちらにせよ、管狐は影打ちじゃろうが」
タマちゃんの問い掛けにユウジンくんは何も答えなかった。
「ふん! ハルと違って妾はあまりお近づきにはなりたくない! さっさとどっかいけ」
「つれないお狐はんやね。うちは仲良うしたいけどなあ」
「……何が狙いじゃ」
「さて」
仮面の内側で籠もる笑い声の意図も、やっぱりわからない。
「興が削がれたわ」
急に内側へ引っ込んでくるタマちゃんに押し出されるようにして、身体の自由が戻ってきた。
「あらら……振られてしもたわ」
「えっとう」
ど、どうしよう。
「ゆ、ユウジンくんは、タマちゃんが好きなの?」
「……もし、仮定の話やけど」
仮面を半分だけずらしたユウジンくんが薄い目で私を見ていた。
「真実、刀を奪う方法があったら……ほっとかんね、君の刀は」
「え――……」
「仮定の話やね」
仮面の位置を戻して顔を隠し、手を振って歩き去って行く。
歩みも声もなにもかも、私の知るユウジンくんから外れてない。
だから掛けられた言葉だけがずれている。
その内容だけが突拍子もなくて、違和感しかなくて。
思わず自分の身体を抱き締めた。
……タマちゃんは私の刀で、大事な御霊。それがたとえユウジンくんであろうと、渡すつもりはない。でも、もし……タマちゃんが誰かの元へと行ってしまったら?
『アホ抜かせ。ハルの中が特別居心地いいのじゃ。どこへも行く気などないわ』
そ、そうだよね。そうだよ……ユウジンくんが変なこと言うから、不安になっちゃったよ、もう。
「Hello? hey! Japanese fox girl!」
……ん? なんだろう。獣耳を揺らしたときだった。
「モシモシー? 聞こえてますかー?」
揺らした耳から男の子がわっと入ってきて思わず飛び退こうとした。
そんな私の身体をぎゅっと抱き締めるの。
見たこともない金髪の男の子が。
「ハジメマシテー、レディ。キミかわうぃーね! 記念撮影、いいですか?」
「え、え」
急展開過ぎて理解が追いつかない。
そばに近づかれたの、まったく気づかなかった。
っていうか、抱き締められたままだ。
「す、すみません、一度離してもらえますか?」
「日本語ワカラナイネー! いいからいいから、はーい!」
自撮り棒のついたスマホを向けられて、にこっと笑われた。
全力で逃げるか、突き飛ばすか。一瞬迷ったけど、海外から来た観光客ならあんまりひどいことするのもあれかな、と我慢。
ぱしゃ、と鳴るシャッター音に満足したのか、男の子は自撮り棒を縮めてポケットに。
見ればワイシャツとスラックスはいかにも高校生チック。
ハリウッド役者かイケメン運動選手かってくらい決め決めのミディアムヘアーの髪型よりも、青い瞳の威力よりも。
未だに私を離そうとしないその拘束力が気になってきた。
おかしい。刀を手にしてたくさん戦ってきたし、身のこなしには自信があるけど、まるで逃げられない。この人ちょっと、おかしい。間違いなくただ者じゃない。
っていうか、それ以上に!
「は、はなして! やだ! なぜ抱き締める必要が!」
「じゃじゃ馬だね」
悪戯っぽく笑われてやっと気づいた。
「に、日本語わかってますよね!」
「ハハハハ!」
ツボに入ったのか、上半身を曲げて片手でばしばし膝を叩かれる。
「キミ、あれだろ? 侍ガールだろ? Youは素敵なNineTalesだ」
思わず彼の顔を見た私はたぶん、まだまだ油断していたに違いない。
気づいた時には頬にキスされていた。
目を見開く私に彼は笑って、
「See you!」
やりたい放題やって立ち去っていくのだ。
何が何だかまったくわからなくて、へたり込む。
なに、あれ。なんなの、あれ。なんなの!
◆
「ハルー? むかつくことがあったのはわかったけど、記念撮影するから笑顔-!」
「……むうう!」
「こりゃだめそう」
トモに連れ回してもらってお昼ご飯、舞妓さん体験をしているのですが。
だめ。頭がかっかしてそれどころじゃない。
油断してほっぺにキスされたのも不甲斐ないし、そもそも懐に潜り込まれたのも解せないし。
あれ、アメリカの白人さんだと思うんだけど。
「なんなのあれ!」
「だから、観光客じゃない?」
「日本の侍、人気ですからねー。ハルさんくらい目立つ特徴があったら、刀持ってなくてもモロバレに違いないです。むしろ絡まれたのが一人で済んで良かったじゃないですか」
「そういう問題じゃないよ! ほっぺにキスだよ!? いきなり! 隙つかれすぎだよ!」
トモとノンちゃんに視線を移した。
二人とも白塗りの厚化粧をして髪を結い半かつらというのをつけてもらって、花かんざしをつけて着付けてもらったところだ。
舞妓さんだけでなく、花魁の体験もできるというのだけど、シロくんから訂正された真実を告げられた以上はなかなか選びにくいよね。
でも私は、花魁さん体験に切り替わってます。
いや、ちがうの。待って。説明させて。
金髪だと全かつらになるの。タマちゃんがすっごく嫌がるんだよ。刀があれば大神狐モードになれそうだし、そうすれば黒髪に戻るんだけど、少なくとも刀なしでなる方法が今の私はまだわからない。調子が出ればできちゃいそうだけど、今は別に戦闘中じゃないしなあ。
なので花魁さん。
スタジオの人やヘアメイクさんに提案してもらったからなんだけどね。
みんなもどう? ってちゃんと聞いたよ? そしたら、南先輩とユリア先輩、コナちゃん先輩とシオリ先輩が同志になってくれました。
一年生だと、山吹さんとユリカちゃん。すっごく迷っていたユリカちゃんを私と山吹さんで口説き落とした感じです。舞妓さんもすっごく似合うと思うんだけど、花魁の格好をしたユリカちゃんとタツくんのツーショット……見てみたくない?
そこへいくと大変なのは茨くん、もといシズクちゃんかもね。ちょっと前まで男子だったので。岡島くんに口説き落とされ、クラスのみんなに乗せられて私たちと同じ花魁体験をする羽目になっていたよ。お姉さんにメイクされるたびにめちゃめちゃ緊張していたのが可愛かったかな!
と、いうわけで変身を遂げた私たちは、同じように着物姿に着付けてもらった男子たちも合流して、写真撮影をしている。
今は南先輩と羽村くんが二人で撮影してもらっているところです。色っぽく肩と胸元出した南先輩に羽村くんたじたじ。同じようにいけいけな山吹さんとユリア先輩に狛火野くんとカゲくんが赤面してますよ。
別のスタジオでは舞妓さんの格好をしたメイ先輩がラビ先輩と一緒に写真を撮ってる。つんとしたメイ先輩を追い掛けるラビ先輩、みたいな構図がちょっとおかしかったです。
そんな感じで順次、女子が男子を指名して撮影しているよ。あぶれた男子はどうなるんだろう。
「あんまりカッカしてると、アンタの彼氏も話しかけにくいでしょ」
「あ」
そ、そうだ。ど、どうしよう。カナタに言わなきゃ……だよね。
怒られるかな。悲しませちゃうかな。がっかりされちゃうかな。
悩みながら視線をあげたら、こういう時に限ってすぐに目が合っちゃうのなんでなの。
「あ、あ、」
や、やばい、どうしよう。カナタがこっち来た。
「仲間、佳村。すまない、順番が来たら呼んでくれ」
「あ、はい」「はいです!」
「いくぞ」
手を握られてそっと連れ出されてしまう。
板間を歩いて渡って、手洗いの前まできちゃった。
「あ、あの」
「何かあったんだろう?」
「うっ」
さすがの慧眼ですね!
「……そのう」
じっと見つめられると弱いです。
しょうがないので、清水の舞台で会った推定アメリカ人の話をしたんです。
そしたらやっぱり、ため息を吐かれました。
「はあ……」
「す、すみません」
「いや、お前を責めるとかじゃなく。少し、自分が口にした言葉に首を絞められて苦しくてな」
「……カナタ?」
「とにかく、ハルが無事でよかった」
「無事じゃないよ! ほっぺたにキスされましたよ……?」
「――上書き、は。今したら丸わかりだな。それはあとで」
繋いだ手にそっと口づけを落として、カナタは言うの。
「何が悔しいんだ?」
「……私は隙だらけだなあ、と」
「前からそうだった。今日やっと気づいたことでもない」
「うっ……それは、そうかもしれないけど」
でも、そうじゃなくて。そういうことじゃなくて。
もどかしい思いでいる私の耳元に、カナタが唇を寄せて囁くの。
「怒ってはいる。けど……俺が一番いいと、知っているのもお前だろう?」
「ふぁ」
顔中に熱が広がる。尻尾も膨らむ。
「今晩、いやというほど思い知らせよう。だから今はそれを楽しみに、笑ってくれ」
「あ……はい」
思わず素直に頷いてしまった。
「お前が花魁になるのなら、客が俺で終わりになるように――……全力を尽くそう」
ずるい。
「とてもよく似合っている……他の誰にも渡さない。そう心に強く刻みつけるほどに。ハル、綺麗だよ」
ずるい!
「ハル-! 出番-!」
トモの声にカナタが私の手を引くの。
「おいで」
「は、はい!」
油断したら腰が抜けそうなくらいの言葉をさらっと言って私を導いてくれる。
ああ。やっぱりカナタは私の王子さまなんだなあとしみじみ思いました。
……ちなみにね。
「青澄。尻尾はもうすこし、どうにかならないのか」
「九本が全部、膨らみ過ぎているわよ?」
ライオン先生とニナ先生に指摘されても尻尾の膨らみはどうにもなりません。
撮影するカメラマンさんはもちろん、金髪と尻尾、獣耳があるにも関わらず気張って着付けをしてくれたお姉さんになんともいえない顔をされたのですが。
「いいよ」
「カナタ?」
「その尻尾が、俺への愛情を叫んでいるから……俺はこれでいいよ」
ますます尻尾が膨らんでしまったので、諦めて撮影していただきました。
開き直ったお姉さんに尻尾まで整えられたのもいい思い出といえばいい思い出かもしれません。
金に赤い着物姿だからなかなかの見栄えだと思うんです。カナタがすっごく満足そうだったから、いいかなって。
だからってお姉さんに、あなたもせっかくお狐さまなら、と南先輩ばりに肩と胸元だされた時には恥ずかしさで死にそうになりましたけども。
みんなと写真の見せ合いっこをしたかったけど、現像までに時間がかかるそうで。
体験を終えた私たちは着物や花かんざしを返して、化粧を落として映画村に移動することに。
舞妓さんの格好で行けたらいいけど、そりゃあ着物とか借り物なんだから無理だよね。しょうがないか。
その頃にはすっかりすっきりしていたので、まさかね。
映画村で出会うとは思いませんでした。
「げっ、士道誠心まで来た」
金長レンさんを先頭にした北斗、そしてそばに山都の人も見える。
撮影の間は時間を潰していた星蘭もいて、つまり。
「期せずして、鉢合わせやね」
ユウジンくんの言葉に頷く。
山都の中にはもちろん円行寺トラくんもいた。
彼は不安そうな顔をして、私たちを――……ううん、タツくんを見ていた。
そしてやっぱり金長さんが敵意あふれる視線を私たちに注いでいる。
ど、どうしよう?
つづく。




