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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十二章 妖刀京都怪奇譚

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第百四十九話

 



 朝、ホテルの食堂で茨くんに似た女の子と会ったんだけど、終始ぼーっとしていたの。


「茨くん?」

「えっ、あっ!?」


 手に持っていたパンを放り上げて、慌てて抱きかかえている。


「あ、青澄か」

「どうしたの?」

「……なんか、生きていくだけで大変だなって」

「おーぅ」


 朝から重たいこと考えてる。すごい。


「どうしたの?」

「女になっちまっただろ? なにげに……ハードルすげえ高くて」

「ああ……まあ、そうだろうね」


 逆の立場だったらすんなり受け止められたりしないと思うもん。

 っていうか。ううん……。


「マジでどこからどこまでも女子なの?」

「ニナ先生に確かめられたから、間違いない」

「……ほう」


 ニナ先生……確認したんですか。

 ちょっとすごい、いやかなりすごい。


「じゃあ困らないのでは? むしろ、茨くんちょっとえっちっぽいし、喜んで受け入れそうなのに」

「お前けっこう言うよね」


 半目で言われたけれど気にしませんし、パンツをじっと見ていたことは忘れてないですし。


「まあまあ。で、だめなの?」

「……いや。たとえばお前、昨日まで男だったお……あたしが一緒に風呂入ったら、どうよ」

「……うん」


 思わずそっと目をそらしちゃったよね。


「一事が万事この調子でさ。朝、岡島と一緒にホテルの近くにあるコンビニ行って、とりあえず間に合わせのパンツ買ってきたんだけど」

「……あー」


 そういえばコンビニに売ってるよね、パンツ。


「履く時のハードルと、履いてる自分を見た時のハードル……わかる?」

「心中お察しします。ま、まあでも、今の茨くん可愛いからいいんじゃない? ほら、女子のパンツ姿だから嬉しかったりしちゃったり?」

「おまえなあ」


 信じられないものを見るような顔された。


「自分の姿に欲情できる?」

「えっと、それは、その……」


 目をそらしました。


「と、特殊なナルシストなら、あるいは?」

「ちげえから。そういうんじゃねえから。可愛いなあと思っても、自分だし。ただただ俺はショックだよ……」

「そ、それでご飯が進まないんだ」

「んー。岡島とか井之頭はさっさと食って、いまデザート取りに行ってる」

「そっか」


 どうしよう。フォローしたいけど方法がわからないよ。

 トレイを手に突っ立っていたら、なにしてんの、と声を掛けられた。

 見るとトモがノンちゃんと歩いてきたのだ。


「あれ? ハル……その子だれ?」

「ああ、うちのクラスの茨くん。正確には、さん?」

「……ども」


 恐る恐る頭を下げる茨く……もとい、茨さん。


「そういえば下の名前なんだっけ?」

「……シズクだよ」

「意外。茨さんって可愛い名前してるんだね?」

「うっせえ。だからクラスの誰にも率先して言わないんだっつの」


 言い合う私たちのそばで立ち止まる二人がそれぞれに挨拶する。


「で、ハルは突っ立ってどうしたの?」

「女子になりたてのシズクちゃんの悩みにどう答えるかで悩んでるの」

「あー」


 ノンちゃんがしみじみ頷いた。


「刀によって身体が変質するケースは青澄さんを見ればわかるようにゼロではないですが、しかし女性になってしまうというのは……かなり大変そうです」

「下着とかもってないよね、どうしてるの?」


 トモの問い掛けに茨さんもといシズクちゃんが俯いた。


「パンツはコンビニで買ってきた」

「なんか……お疲れ」


 肩をぽんと叩くトモにシズクちゃんはますます俯いてしまう。


「まさか人生で女子のパンツ履く日が来るなんて思わなかった」

「まあ男子のままでそんな日が来たら変態だもんね」


 しょうがないよ。

 それはそれとして、ノンちゃんは半目で茨さんをじっと見つめる。


「……見れば見るほど女の子ですね」

「まあ。上から下までそうなってますけど」

「ブラとかどうするんです? ノーブラで今日一日活動するんですか?」

「サラシ巻く……」


 が、がんばってくださいね、と弱々しいフォローを返すノンちゃん。

 でも難しいよ。こればかりはなんともフォローできない。

 サイズ同じなら貸しましょうか、とか。言えない。言えるわけない。元は男子だし。


「で、できる限りフォローするからさ」

「あ、あたしも」

「も、もちろんあたしもです」


 ありがとーと涙目になってもそもそパンをかじり始めるシズクちゃんの背中には、確かに哀愁が漂っていたのです。


 ◆


『食事を済ませた妾たちは何をするのじゃ?』


 ちょっと待ってね。ホテルのロビーに集合って言われて立ち止まっている。

 荷物と刀は部屋に置いてくるように言われたので、お財布とかを持ち運べるようにショルダーが手荷物です。

 誰かいないかな、と周囲をきょろきょろ見渡す。すぐに士道誠心のみんなを見つけられた。

 ちなみにコナちゃん先輩と目が合って嫌な予感がしております。

 ずんずん近づいてきたコナちゃん先輩は、右手を掲げました。

 チョップか。チョップなのか!

 思わず視線を送って身構える私の前で、コナちゃん先輩はスカートの中にもう片手を伸ばすとどこからともなくハリセンを取り出して、すぱんと一撃を食らわせてきました。


「このおばか!」

「み、見えなかった。いったいどこから……」

「それは秘密。とにかく、あれこれ言われてあれこれ反省した後だからこれ以上は言わないけれど。あなたのいいところの一つに素直なところがあるんだから、悪いと思ったら素直に反応なさい」

「は、はい」


 褒められたり認められたりするなんて思ってもなかったから、照れつつ素直に頷いてしまう私です。


「そうそれ、それでいいの」


 頭を撫でられる。ハリセンとなでなで。私はコナちゃん先輩に転がされている……。


「あ、それと話は変わるけど今日は少しの間、緋迎くんを借りるわよ」

「えっ」

「生徒会は星蘭に挨拶に行くの。たぶん……北斗と山都もね。それ以外の生徒は、星蘭は普通に一日お休み、他の三校は観光ってところかしら」

「えー! カナタもだけど、コナちゃん先輩も遊べないんですか?」


 それはちょっと、いやかなり寂しい。

 一緒にあれこれ体験してみたかったのに。


「可愛いことを言ってくれちゃって。挨拶回りが終わったらすぐに合流するから」


 またね、と頭をもう一撫でして行ってしまいました。

 待っていたシオリ先輩やラビ先輩とユリア先輩が、なによりカナタが笑顔で手を振ってくれるので振り返す私です。


「恋する乙女の顔してる」

「えっ」


 ふり返るとユウジンくんがいた。


「暇を持て余してるからな。一緒に遊ぼ、おもて」

「いいの?」

「士道誠心の観光ルートについていく程度やけどね」

「やたっ」


 これほど心強い味方もいない。両手を挙げて喜ぶ私ですが、ふと強い視線を感じて周囲を見ると……いた。


「狐同士仲がよくて結構ですねえ。お盛んなようでえ」


 毒気たっぷりの笑顔で主張される、金長レンさんの敵意よ。


「狸になったどこかの誰かさんのお腹は真っ黒けなのかな。いちいち誰かに突っかかるところは、昔っから変わらないね」

「げっ」


 金長さんが半目で睨む先にメイ先輩がいた。

 毛先を気にしている南先輩と寝ぼけ眼を擦る北野先輩は絡む気ないみたいだけど、逆に言えばメイ先輩一人で十分だったのかもしれない。

 北斗の制服姿の人たちの中に紛れるように一歩引いて、ジト目で敵意を送ってくる金長さんにとって、メイ先輩はかなり手強い存在らしい。


「どういうお知り合いなんですか?」

「レンはハルちゃんと同じ代だよ。遠縁の親戚っていうか、なんていうか……私に会いにちょくちょく士道誠心に遊びに来てたの。どこで性格ひん曲がっちゃったんだか、それとも遅めの反抗期でもきたのか、今はこの通り」

「うるさいうるさい! あれとか言ってんじゃねえぞ、色ぼけ女! 知ってんだぞ、後輩と付き合ってるっておばさんから聞いたもん!」

「あんたの方がうるさい。あんまり騒ぐな、迷惑でしょ」

「ちっ! メイなんて知らないし狐も嫌い! どっかいけ! うざいんだよ!」


 しっし、と手を払う仕草をする金長さんを見る目が優しくなるの、私だけなんだろうか。めっちゃ口悪いけど、それがもし背伸びによるものならほほえましさしか感じません。

 まあメイ先輩が言うほど気楽な子でもなさそうだけど。

 昨日の桜の花びらはきっと……ううん、間違いなくこの子の仕業だ。

 それに大勢が集まって警察の説明を受けた時に見せた態度の悪さは子供ゆえの無謀さだけじゃない、胆力の太さがあればこそできる行動だと思う。

 もっともシュウさんの方が上手だったけど、逆に言えば高校生でシュウさんを上回る人がいても困るよね。相手はプロで大人でできた人だし。

 ……ううん、がんばろう。まだまだだなあと思うので。

 先生方がロビーで手続きを済ませてみんなの元へ散らばっていく。

 星蘭の夏目先生はニナ先生をはじめとする各校の先生一人と、星蘭の生徒、各校の生徒会の生徒を連れて出て行ってしまった。

 北斗と山都の生徒もそれぞれに出て行く。ちらっと見たらタツくんは特に気にしたそぶりもなくユリカちゃんと楽しそうに話していた。

 ……よかった。乗り越えられたみたいだ。


「士道誠心はこれより史跡を巡る」

「えー! 遊ぶのは!?」


 思わず悲鳴をあげた私だけでなく、クラスのみんなも縋るような視線でライオン先生を見た。


「そんな目で見るな……ニナ先生と一緒に考え、午後には生徒会の面々と合流して遊べる予定を組んである。それを楽しみにせよ」

「おお……」


 ちょっと感動。ライオン先生がちゃんと考えてくれてなかったこと今まで一度もなかったけど。その話の中にニナ先生が入っているあたりに感じる、この幸せオーラはなんなのか。


「せんせはニナ先生と新婚旅行的なことしないんすか?」


 シズクちゃんぶっこむな! 女子になっても変わらないな!


「休みが取れるまでは無理だ。とはいえ……今日の日程は、諸君らの初体験も踏まえてみなが楽しめるよう予定に組み込んである。日程を配るぞ」

「おお……」「なんかよくわかんないけど……」「大人っぽい……」


 しみじみこぼす九組を横目にギンがぼそっと「あほくさ」とツッコミを入れたのですが、私は気づいていますよ。隣にいるノンちゃんもきらきらした目でライオン先生を見ているってことくらいはね!

 ライオン先生が配ったプリントを手に、私は燃え上がりました。


「やるぞう、花魁体験……!」

「ねえ青澄さん。僕が思うに、それは舞妓体験なのでは?」

「えっ。シロくん、どういうことなの?」

「プリントをよく見てくれ」


 シロくんの何気ないツッコミに頭が真っ白になる私です。

 言われるままにプリントを見たら、舞妓体験と書いてありました。はっきりと。

 あ、あれ?


「遊郭の体験がしたいってなかなかの発言だと思うから、たぶんそれは花魁ではなく舞妓さんのことだと思うんだ」

「ぶぇっ」


 耳まで真っ赤になる私。か、か、カナタにスルーされてたけど私が間違えているって思われてないっぽい! その上でのこの指摘……! は、はずかしすぎる……!


「……どっちがどうなんだ?」


 眉間に皺を寄せて尋ねる、私と同じアホの子カゲくん。


「花魁っていうのは、つまるところ遊郭の上級な女郎さんだ。つまり……艶事をするんだ。遊女で客を取るのはだいたい16、7という説を聞いたことがあるが、まあ上級かどうかは推して知るべしだな。ともあれ、このご時世でそんな体験は日本じゃできないだろう」

「おぅ……」


 つ、つまりあれかな。

 私はカナタに猛烈にはずかしいことをアピールしてたのかな……!


『ぷ、くくく、あははははははは!』


 た、タマちゃん! 気づいてたなら教えてよ!


『いやいや。お主とカナタは既に同棲していて付き合っているのじゃ、別にええじゃろ』


 十兵衞!


『ふっ……まあ、可愛い勘違いだな』


 ちょっと声が笑ってるよ! ぐぬぬ……!


「じゃあシロ、舞妓ってのはなんだ?」

「舞妓というのは、宴席で芸を披露する修行中の芸妓さんのことだ。踊ったり、いろいろするぞ」

「へええ……じゃああれか。やるとしたら舞妓体験か?」

「カゲ、興味を持ってくれたところすまないが男はしないぞ」

「えー。じゃあ俺らはなにやるんだよ」


 ほっ。話が流れた……と思っていたら肩をぽんと叩かれました。

 恐る恐る見たら、ユウジンくんがきらっきらした顔してました。


「ほんまおもろい子やね」

「ぐっ……わ、忘れてくだちい」


 声が震えちゃいますよ。ああもう。ああもう。ああもう!


「男はあれやね。女子が舞妓の格好をするんを待つ間は着物の着付けをして陶芸体験やね」

「えー。安倍、それ本当かよ! どっちかってえとそれも勉強くせえな」

「そういうなよ、カゲ。終わったらみんなで合流して映画村に行く。そこはなかなかのスポットのようだ」


 シロくんは地味に楽しみなのか、目をキラッキラさせていた。


「では参るぞ、ついてくるがいい」


 威風堂々たる出で立ちで自動ドアを開けるライオン先生はまるで戦にでもいくかのようです。

 はずかしい勘違いはずっとしていたけど、でも楽しい時間が待っていると思えばいいや。

 カナタたちと早く合流できるといいなあ。

 そっかそっか。舞妓さんか。顔を真っ白にして髪を結わえる感じだっけ?


『金の髪をした妾たちには獣の耳が生えておる。ちと大変そうじゃが……うまく綺麗にしてもらえるといいのう、気張っていくぞう!』


 うん、がんばるよ! 戻ってきたカナタに惚れ直してもらえるようにしよう!

 そしてさらっと流せそうなら勘違いを流しちゃおう!

 ……無理。真顔で「お前はいったいどんな勘違いしてたんだ」とか言われたらはずかしくて死んでしまいます。

 わ、忘れてるよね? きっと、忘れてるはずだよね?

 うああ。


「ハル、どしたの? あんた顔真っ赤だよ」


 トモに声を掛けられたので、俯きながら言いました。


「私ってとってもバカだなあと思いまして」


 世の摂理の無情を感じずにはいられないね……とほほ。

 ああでも祈るくらいはただだ。祈っておこう。

 カナタが忘れていますように。特にさして気にもしていませんように……!




 つづく。

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