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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十二章 妖刀京都怪奇譚

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第百四十八話

 



 割り当てられたお部屋に行くと、カナタが浴衣姿でベッドに腰掛けて刀の手入れをしていたの。

 天井へと伸びる穢れを知らない美しい刀……大典太光世。

 カナタの誰かを助けたいという心の形。

 それは曲がらず、すっと空に向けて伸びている。


「……ハル」


 怒るのでも、確かめるでもない。

 刀をそっと置いて、立ち上がり近づいてくる。

 広げられた腕の意図なんていっそ明白だ。

 逃げられず、進んで……飛びついてしまう。

 力強く抱き締められることがこんなに安心するんだって思わなかった。


「――……」


 深呼吸をすると、胸一杯にカナタの匂いが広がる。

 好きな人の落ち着く香り。カナタの使っているソープとシャンプーの匂いかな。

 それに混じって感じる男の人の香り。

 みんなの前で背伸びして、折れないように張り詰めていたものが緩んで溶けて、目に涙が溢れてくる。

 けれど、カナタの胸に押しつけて、すぐに消しちゃう。


「お疲れ様」


 髪を優しく撫でてくれる指先の繊細さが好き。


「……がんばったな」

「まちがえちゃった」

「それでも、ハルはがんばった」

「……みんなを、酷い目にあわせちゃったよ」

「ああ」


 好きで好きで堪らないから、甘えずにはいられなくて。

 好きで好きで堪らないから、見せたくない部分だってあるはずなのに……晒してしまう。

 カナタと私は互いに味方。そんな契約に縋って……恋人だから、じゃないひねくれた甘え方をしてしまう。

 つらくて、もどかしくて上げた私の顔はぐずぐずでひどいものに違いなかった。


「カナタ……」

「おいで。無理せず、素直に話してくれ」


 目元を両手で拭ってくれたカナタに抱き上げられてベッドに移動する。

 ティッシュで目元と鼻を拭って、ひと息吐く。落ち着いたなんてお世辞にも言えないけれど……私たちがなぜ暴走したのか、メイ先輩とラビ先輩の話、ライオン先生とニナ先生とシュウさんのメッセージ。そしてみんなで出した答えと、トモが気づかせてくれた私らしさを口にする。


「……がんばらなきゃって、思ったんだ」

「そうか」


 身体を預ける私を受け止めて、頭を預け合う。

 手はいつしか恋人繋ぎにして、二人で密着している。

 カナタの熱に甘えるように。してもらってばかりだ。甘えてばかりいる。


「二年生にも、迷惑かけてすみません」

「お前に道を説いたラビの手前、申し訳ないが……ラビで慣れてる。お前自身が反省したのならいい、だからもう気にするな」

「……ん。正直、距離ができちゃったかなって不安だった」

「そうだな。まあ……先に言っておくと、明日は並木さんに会ったら熱い抱擁くらいは覚悟しておいた方がいいとは思うが」

「うっ」


 こ、コナちゃん先輩がいたね……。


「みんなお前が大好きなんだ。だから……これくらいで、なんとかなるようなら、そもそもこれより以前にどうにかなっていたさ」

「そう、かな」

「絶対にそうだ。大丈夫、距離なんてできちゃいない。失敗があろうと、先へ進めるお前たちは近くなりこそすれ、遠ざかることはないよ」

「おぅ……」


 鼻をきゅっと摘ままれて、悪戯っぽく笑われた。


「ハルとまわりの絆は揺らがない。だから……お前が気づいた答えへと、真っ直ぐ進めばいい」

「……うん」

「気づけたお前たちを俺は誇りに思う。もちろん……お前の見つけたお前らしさも、俺はずっと愛している」

「う~~!」


 ずるい。こんなにぐずぐずに弱っている時に、そんな、そんなこと言うのずるい!

 飛びついて押し倒しちゃった。

 見下ろすと綺麗な顔があって、気づくと私の腰はカナタに抱き締められていた。


「寝なくていいのか?」

「……寝る、けど」


 ど、どうしよう。これから先なんて全然考えてなかった。

 だからかな、カナタにあっさり横に倒されて上下逆転です。

 押し倒された私のおでこに口づけを落とすの。


「まだ動き足りないのか?」

「あ、う、え、えっと」


 からかう言葉に言い返せない。


「まだ、聞かせてもらってない言葉があるんだが」

「え――」

「わかってないようだから……俺がどれだけお前を愛しているか、伝えないとな」


 耳元に降りてきた声の響きにぞくぞくとする私はカナタの腕の中で、めいっぱい愛情を再確認することになりました。

 抱き締めて何度も口づけてくれたカナタの胸に顔を擦り付けてひと息ついた私はやっと気づいたの。


「……心配、かけてごめんなさい」

「いいよ。気づいてくれたから……もういい」


 微笑みながら口づけてくれたこの人の笑顔も、もっとちゃんと心に刻みつけようと私は思ったのです。

 ……それはそれとして。


「ねえ、この流れでなんで櫛だすの?」

「今日は暴れ回ったからな、九つもあるからしっかり手入れしないと」

「……ふうん。えいっ」


 タマちゃんの力を意識して分散させた途端に九つが一つになりました。


「ああっ」

「一つでいいよね?」

「い、いや、だが。せっかく九本あるなら、九本――」

「一本でいいですよ。それでじゅうぶんですから」

「……だめか?」

「だって九本も櫛で整えてたら朝になっちゃうよ。寝ないと困るでしょ?」

「俺は構わないけど」

「だーめ。明日はカナタといっぱい行きたいところあるの。だから一本だけです」

「……帰ったら残り八本」

「どんだけ好きなの……いいけど。じゃあ帰ったらね?」

「よし」


 嬉々として離れちゃうの、ちょっと納得がいかないんですけど。

 まあ……尻尾に櫛を通してくれるの、気持ちいいからいいけどさ。

 こんなのでお返しになるなら、どうぞどうぞって感じですけど。


『少し真面目にお返しせねばならんのう』


 ……だよねえ。

 みんなにももちろんだけど、カナタにも。

 私はいったい、どんなお返しができるんだろうか。

 考えなきゃいけないんだけど……ううん。あれえ?

 何か忘れてる気がするんだけど、なんだろう?


 ◆


 シャツが窮屈なんですけど。

 女子は好きだけど女子になりたいわけでもない俺は茨です。青澄のクラスメイトです。

 刀は鬼だと思っていたら茨木童子とかいうすっげえ妖怪の茨木童子だったんだって。

 岡島とセットで京都に着くなり、プロの刀鍛冶とかに目覚めさせられて気がついたら青澄たちに助けられてました。

 色々あったけど、元気です。元気だからこそ困ってます。


「ねえ、茨くん。体調で何か問題はない?」


 我らが男子(俺はもう違う? うっわ、ややこしっ! とにかく男子!)の憧れことニナ先生に身体を見てもらった後だ。裸を見たけど、まあすげえ。スマホでしか見たことのない女体がそこにはありましたよ。

 でもテンションあがりもさがりもしない。だって自分の身体だし。悪くないどころかなかなかのないすばでーでしたけど。でも自分の身体だしなあ。

 ただ……なってみて気づく。この姿こそ自然だなって。

 だからなのか、我らがライオン先生は落ち着かない顔です。


「困ったことがあれば言え。お主の潜在的な戦闘能力の高さなどは非常に評価が高かったが、岡島とお主ほど強力な妖怪の刀に目覚めた例はあまりないゆえ」

「青澄さんだけで終わりかと思っていたから、これは嬉しい誤算ね」


 ほっこりされるのもくすぐったいっちゃあくすぐったいけど。


「特に問題ないっす。強いて言えば服、とか下着とか?」

「あ、ああ、そうね、そういわれてみればそうね。用意しないとね」

「あのお……俺、もう男に戻れないんすかね?」


 困ったことと言えば、まずそれだ。


「なんか岡島といると胸がもやもやするんすよね。元々あいつとは仲が良いけど、それだけじゃない感じで。すげえ落ち着かないんで、戻れるものなら戻りたいんすけど」

「……そ、そうね」


 まるで生徒に恋愛相談でもされたかのような、嬉しそうな笑顔なんだけど何をどう言い返そう、みたいなほっこり空気をさらに醸し出される。

 困る。別にそういう意味じゃねえし。ただ見てるとほっとけないとか、俺がそばにいないと、とか考えるだけでしかねえから。

 なんとかしてほしいんだけどなあ。


「刀をぶった切ったら戻れるんすかね」

「あ、あまりオススメはしないわよ? 元に戻す方法はゼロではないけれど、大変だから」

「……うーん。なあ、ライオン先生。俺は女として生きてかなきゃいけないんすか?」


 俺の問い掛けにライオン先生は眉間に皺をぎゅっと寄せて唸ってしまった。ううむ、って。

 隣にいるニナ先生もほっこりを引っ込めて、さて困ったぞ、という顔。

 別に深刻に受け止めてもらいたいわけでもねえんだけどなあ。


「俺バカだしよくわかんねえし、なんなら別に女になるのもやじゃないけどさー。戻れないってなると、父ちゃんや母ちゃんに説明しなきゃなんねえし。それはどうすればいいんかな?」

「あ、ああ、そうね。それは、ええ、確かにそう」

「我も間に入る故、一度説明に伺おう」

「ならいいや!」


 ライオン先生がついてきてくれんなら、母ちゃんも頭ごなしに怒ったりしねえだろ。ほんとおっかねえんだ、うちの母ちゃんは。


「じゃあ俺、部屋に戻ります」

「うむ。岡島を呼んできてくれ」

「ういーっす」


 お疲れですーっつって部屋を出て、のんびり歩く。

 まあ、その、揺れる。下着とかないからなのかなあ。揺れる。

 自分の乳だとありがたみがないなあ。漫画とかで女の身体になる類いのやつを見る度に「おお、やっぱテンションあがんのか?」って感じで思っていたけど。

 盛り上がらない。

 さっきも言った通り、なんか妙にしっくりくるんだよなあ。今の身体って。

 だからぶっちゃけ、親の問題がパスされるってんならあとはもうただ一つだけ。

 扉を開けた時には岡島が出てきた。


「お、おお。どうしたんだよ」

「……来るって思ったから、出てきた」

「お、おお」


 いつだって余裕しゃくしゃくって面した岡島の考えてることは、さっぱりわかんねえ。

 片目がねと妙にぱりっとしたシャツ、ぴんと立った背筋。

 妙に強キャラ感あるくせに趣味が料理。お菓子からなにからなんでも作れて、俺はちょくちょく料理部に顔出して色々ごちそうしてもらってる。

 仲が良い友達。たぶん今年中には親友になる、予定だった奴。

 ……なんで、青澄のパンツ見てる時よりもすげえどきどきするんだろう。


「茨、大丈夫?」

「へっ」


 額を冷たい手で触られる。うっわ指細っ、とか。なに考えてんだ。相手は岡島だぞ。


「熱ありそう。井之頭が薬持ってきてると思う。もらってきたら?」

「お、おお」

「じゃ……後で」

「お、おう」

「……わかってないようだから言っておくけど。部屋、同じだから。あんまり暴れないでね」

「おう」


 相づちしか打てないなんなのやばい。

 俺の額から手を離してため息を吐くと、岡島が俺の額に拳をこつんと当ててきた。


「な、なんだよ」

「……女になったからって、変な遊びしないでよ。入りづらいの困るから」

「し、しねえよ! 井之頭んとこで遊んで待ってるよ!」

「よかった」


 じゃあね、と立ち去る岡島の奴はやっぱり余裕綽々で、俺はなんだかそれが無性に悔しくて。

 だってのにドキドキが止まらない、この感じはなんなんだ?

 くそっ。落ち着かねえ! 問題はこれだ! これだけ! これしかねえ!

 なんなのあいつ! 男だから余裕なの!? 許せないんだけど!

 苛々しながら井之頭の部屋に行った。

 部屋で一人で待ってんのもなんだしな。神居と二人で静かにばば抜きしてたから混ぜてもらった。神居はあれで露骨に顔に出るタイプで、それは俺も同じ。だからポーカーフェイスが得意な井之頭に勝てない。

 それも岡島がやってきて四人になるまでの間の話だ。岡島の勝負強さとか、顔に出なさ加減といったらちょっとおかしくて。

 負けがこんで追い詰められた俺と岡島の一騎打ちになった。

 あいつは何考えてんのかよくわかんない顔して言いやがった。


「次……負けたら罰ゲームね」

「はあ!?」

「言うこと一つ聞いてもらおうかな」

「はああ!?」


 岡島の指が俺の二枚のカードを行き来する。

 ハートのエースか、ジョーカー。


「そうだな……茨、女になったし」


 ジョーカーに向かう。


「勝ったら彼女になってもらおうかな」

「へっ」


 上等だ。


「ならカードを取ってみろよ」


 何いってんのこいつ、とか、ばかじゃねえの、という言葉よりも。

 目先の勝利を信じて俺は言ってやりましたよ。


「……じゃあ、なってくれるの? 彼女に」

「お前が勝てばな」


 井之頭と神居の「正気か」というどよめきが聞こえるが、俺はいま勝負に夢中なのだった。

 いける。無様に負けて俺の言うことを聞けばいいんだ。勝ちすぎだぞこの野郎!


「井之頭、神居。確かに聞いたね?」

「ま、まあ、聞いたが。しかし、いいのか? こいつは茨だぞ」

「俺も聞いたが。な、なあ岡島、正直……いや、お前がいいなら止める権利はないが。いろんな愛があっていい、とも思うが、しかしいいのか? こいつばかだぞ」

「おい! いい加減わかりきってるから、バカって言うな!」


 神居に噛み付く俺のカードを、岡島が掴んだ。

 ……ん? 視線を戻す。

 岡島は確かに、


「じゃあ決まりだ」


 ハートのエースを掴んで、ひゅっと取り上げちまった。


「あっ――」

「茨が女でいる間は、僕の彼女」

「あ、あ、あ」


 ハートを奪われ、手元に残った死神とにらめっこする俺の腕を掴んで、


「じゃあ二人ともおやすみ」


 岡島が俺を連れ出してしまった。

 部屋に押し込まれた俺はベッドに放られた。

 何が俺を待ち受けているのか。こいつはどこまで本気なのか。

 ま、まさか、思春期の勢いに任せて、俺が女になったからってその衝動をはらそうと――?


「茨、君さ。前から思ってたんだけど」

「な、なんだよ」


 前から俺のことを襲いたいと? 前の俺は男だったのに? なんてやつだ……!


「髪、似合ってないよね」

「……へ?」


 なんですと?


「小顔になって全体的に柔和になったから、髪もそれにあわせて整えようか」


 部屋に置いてある新聞紙を鏡台の前の床に広げて、椅子を設置するなり手招きをしてきた。


「おいで」

「え、ええと。お前は俺に何をするの?」

「何って、髪を切るんだ。鬼になって後ろ髪が伸びてるし、せっかく可愛い女の子になったんだから髪もそれに合わせないと」

「……今から切るの?」

「当然だよ。ほら、はやくおいで」

「……はあ」


 ベッドから降りて、椅子に腰掛ける。

 その間に岡島がユニットバスに入って、バスタオルを持ち出して俺の肩に掛けた。

 胸ポケットから取り出されるハサミは……年季の入ったものだった。


「髪きったことあんの?」

「自分の髪はいつも自分でセットしてる。兄さんが美容師で、見よう見まね」

「……ふうん」


 意外だ。

 あと岡島に髪を撫でられるの微妙に落ち着かない。うそ、ごめん。めっちゃ落ち着かない。


「俺の髪、変な風にすんなよな」

「しない。ただ……茨、女の子の間は一人称変えた方がいいよ」

「えー」


 ちょきん、とハサミが音を立てる。ぱさりと落ちる、髪。

 赤みがかったざんばらな髪をした自分が鏡に映っている。

 岡島の言うとおり、なるほど確かに男の自分が見たら思わず毎日目で追い掛けちゃうレベルの可愛い女子がいる。俺は似合わない。

 撫でられて、ハサミを入れられて。頭がバカになるなあ。ただでさえバカなのに。


「一人称、なにがいーかな」

「青澄さんみたいに、私とか」

「そんなかしこまったの、俺には無理だわ」

「あたし?」

「ギリそれかな」

「あちき」

「ないない。漫画じゃねえし」

「わっち」

「お前は俺をどうしたいの」


 ぷっと吹き出してみて、思った。なんだ、笑えるじゃん。


「岡島ー」

「……なに?」

「俺さ、刀の名前がわかってから……なんかみょーに、お前を見てるともやもやすんの。なんでかな」


 深い呼吸の音が聞こえた。


「茨木童子はね、男か女か定かではないという説がある。酒呑童子の恋人だった、なんて説もあるくらいだ……きっとそれは刀の御霊の気の迷いだよ、たぶんね」

「……ふうん。岡島はじゃあ、俺に対してなんとも思わないの?」

「さて、どうかな」

「ごまかすなよー。なんとも思わないのに彼女になれとかいってんの? お前ってただ者じゃないと思ってたけど、どちらにせよそうとういっちゃってるぞ」

「……否定は、しない」


 背に回った岡島の身体が近づく。前髪にハサミが当てられる。ちょきん。


「ただ思っただけさ」

「なにをー?」

「……守らなきゃって。そばで戦ってくれるのは、茨でしかあり得ないって……だから、茨の悩みは一緒になって解決したいし、恩返ししたいだけ」

「俺、お前に何かしたっけ」

「一人称」

「……むー」


 はずいんだけど。声ももちろん女子だから、一人称を変えたらすべてが変わっちゃうみたいで。受け入れてしまうみたいで……怖いんだけど。


「あたし、何かしたっけ?」


 言ってみたら自然と声から何からしっくりきちまった。

 岡島の手でどんどん、鏡の中の自分が身の丈にあった姿へと変わっていく。

 ……女として、似合いの自分になっていく。


「一緒に戦った。なんだか……無性にしっくりきた。あとは……ひどい言い方になるけど」


 岡島のハサミが持ち替えられる。

 梳きばさみってやつかな。毛量の多いところを丁寧に。


「楽しそうだと思って。馬鹿正直で明るい茨のそういう部分、前から好きだったから。もし茨がどんなでも、僕はそのそばにいたいって前から思っていたんだ。男なら親友に、女なら――」

「彼女、かあ……なんだよ。あたしのこと、好きすぎか」

「引くと思って、言わずにいた」

「じゃあなんで、今は教えてくれたんだよ」

「不安なはずなのに、いつもは馬鹿正直な茨がそれも表に出せずに戸惑ってるから。まず僕が腹の内を言わなきゃ、はじまらないと思って」


 岡島の指先は優しい。

 恋だの愛だの正直よくわかんねえし、岡島から向けられるのがいいのかわるいのかどうかもよくわかんねえけど。


「はあ……青澄に、みんな感化されすぎじゃね? お人好しがどんどん広がってる気がする」


 鏡の中の自分は自然に笑顔になって、なのにそのくせ目元ががんがん潤んで滲んでいく。

 滲んでよく見えない姿は、前の俺か、今のあたしか。


「……おかじまぁ」

「なに?」

「……こんなんなっちゃった。だいじょうぶかな、このさき」

「僕がついてる。みんなついてる。だから大丈夫だ」

「……でも、もうあたしついてない」


 思わず泣きべそを掻きながら言ったら、岡島が吹き出した。


「ひどいな、いまのは、ひどい、面白すぎる……くくっ」

「わ、わらうな! こっちは真剣に悩んで悲しんでるんだぞ!」

「いや、うん。すまない、茨のそういうところ、好きだ」

「あ、あのなあ! こっちはお前に口説かれるために言ってんじゃないんだぞー!」

「わかってる、わかってる……大丈夫」


 頭に置かれた手から伝わってくる。


「たぶん……これも縁だから。茨が困るなら、僕がなんとかするよ。だから大丈夫」


 引き寄せられて、抱き締められる。

 前の姿なら驚いたりなんなりしただろうに、不思議と嫌じゃない。

 それどころか、すげえ安心してしまって……抱きついてさんざん疲れ果てるまで泣きはらしてしまったのだった。

 落ち着いてから綺麗に整えられた髪はもみあげと後ろ髪は赤く色づいた毛束だけが長く、明るく茶色い髪はやや長めに切りそろえられていた。つんつんしてる。妙にスタイリッシュな髪型だなあ。

 でも……悔しいけど鏡の中のあたしは可愛くてかっこよくて、すっきりしちまった。


「岡島、ありがとな」

「いいよ……茨の未練を切っただけさ」

「未練ってお前……あたしのこと男に戻す気ないだろ」

「できればそのままでいてほしいな」

「なんでだよ」

「それは……そうだな。ねえ、茨」


 後片付けを終えた岡島は微笑んで、肩を竦めて言いやがった。


「きみとなら、とっても面白い恋愛ができそうだ。僕はそれが今から楽しみだよ」


 やっぱり、こいつの考えていることは俺にはよくわかんない!

 なんだよ、面白い恋愛って! どういう意味だよ!


「男に戻らないで欲しいな」

「なんでだよ!」

「だって彼女がいなくなっちゃうじゃないか」

「く、ぬ」

「じゃあ、よろしく」


 ……くそ。

 父ちゃん、母ちゃん。

 俺、女になっちゃった。

 彼女より先に、彼氏ができちゃいました。

 ……言えるかな。言えないな。少なくとも当分は言えない。

 岡島に山ほど言い返したいのに言葉が出てこない。

 それどころか顔が熱くてしょうがない。

 くそ。やっぱり問題だ。付き合うんだとしたら……岡島の手のひらで転がされそうです。


「ところで、恋人になりたての僕たちは早速二人きりの部屋で寝ることになるけど大丈夫?」

「はっ」


 大問題だああああ!




 つづく。

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