第百四十七話
すっごく長くてすっごくきついお説教が待っているか……と覚悟していたのですが、私たちを待ち構えていたのは、
「待って……朝までお説教するよりも、そうね……一言に変えましょう」
みんなを部屋に入れたニナ先生は真剣な瞳で私たちを見つめて言うのです。
「流されたくないのなら、場当たり的に行動するよりもしっかり考えて」
静かな言葉だからこそがつんとやられてしまうような衝撃がありました。
「行動せねばならんと思い立ったことはいい。今回は座して我らの話を聞くのを待っていて欲しかった、と我は思うが……若さゆえに行動せねばならんと思い立つお前たちの気持ちもわからないではない」
叱るのでも、なじるのでもなく。
「悔しくて、何かせずにはいられなかった、というのもわかる。だが……その悔しさは誰かに向けるものではない。自分を省みるために向けるべきものだ」
優しい声が一番つらかった。
「青澄」
「……はい」
怒られる、という不安よりも。
「我はお主を、もっと真っ直ぐな性根だと思っていた」
ああ……がっかりされてしまった、というショックの方が、何倍もつらかった。
「負けん気が出てきたのはいい。誰かの幸せを思って行動できるお前を我は買っている。ならば、みなに働きかける時にはゆめゆめ忘れてはならん」
大きな手のひらで頭を撫でられたことが、一番つらかった。
「……誰でも過ちを犯す。我もまた、そうだ。誰もがみな、そうなのだ」
「っ……あ、ぅ」
喉から出てくるのは、
「ごめん、なさい……」
でしかなくて。
「許そう。お主が認めたのなら、進むべき未来もまた……見えているな?」
頷く。
「青澄にのみ責任を押しつけるような……そんな奴もおるまい」
ライオン先生が見渡す先を、見る。怖くてたまらなかったけど、それでも見る。
誰も怒ってなかった。悔しさ、つらさを滲ませてはいたけれど……誰も、怒ってなかった。
それが一番、心に深く刺さった。私はまた、やってしまったんだと思って。
「では、今度こそ静かに待機せよ。一人一人、しっかりと話をせねばならんようだ。諸君らの怒りと屈辱の先に未来が待つよう、我は寄り添おう」
そう言ってライオン先生は立ち去っていく。
ニナ先生が言いました。
「じゃあ五十音順でいきましょう。青澄さん、ついてきて」
「……はい」
頷くけれど、身体が重たかった。
歩き出さなきゃいけない。それ以上に、やらなきゃだめなことがある。
「ごめんなさい」
深く頭を下げた。
「思いつきで、みんなに……迷惑を掛けて、ごめんなさい」
誰かの吐く息がこんなにも心を不安にさせるなんて思わなくて、だから。
「違うよ、ハル」
手を取って、身体を起こしてくれたトモは言うの。
「この間違いは、みんなでした間違いだった。あたしは……ハルが戸惑ったのに前に進んじゃった。だからハルが謝るのなら、もっともっとあたしが謝らなきゃだめだ」
隣に並んで、深く頭を下げるの。
「ごめん。ごめんなさい。シロが成功してもしなくても怒られるっていったのに、突き進んだのはあたし。どうにか取り戻したくて、みっともなくても足掻くべきだって思った、あたし自身」
「……仲間が謝るってんなら、俺も悪ぃだろ」
ベッドに腰掛けたギンは気のない表情だった。
「そもそもあの場で止められなかった誰にでも責任があんだよ。ハルが行く前にすっきりさせとこうぜ、遺恨は残したくねえ」
「だからやめておこうと言った……なんて、不満はいくらでも言えるな。僕はもっと強くならなきゃいけない。みんなが進むなら、その先を照らせるくらいに、強く」
ギンの言葉も、シロくんの言葉も心に染みる。
「刀か力が欲しい。そうしたら……隣で一緒に悩めるのに。どっちもないから……どこか人ごとなのが、痛い。ただただ、痛いね」
山吹さんに狛火野くんが頭を振る。
「刀の有無とか、たぶんそういうことじゃない。流されたのは……たぶん、今回も……俺たちに足りなかったものだ」
「流れ、か。そうだな……コマの言うとおり、僕たちは流れに飲まれるか、流されてばかりいた。今回はハルの流れに仲間さん、ギンが混ざり、大きなうねりになって……けれど、自分なりにどうするべきか考えるべきだった。そういう意味では」
レオくんが真っ直ぐ、タツくんを見たの。
みんなの視線が彼に集まる中、レオくんはしみじみと言ったよ。
「タツ、君が……僕らに立ちはだかったことこそに、意義があったんだ」
「買いかぶりだ、ユリカに面倒があったらって思っただけさ。ちょっとした要因さえあれば、誰が俺の位置にいてもおかしくなかったと思う」
深く吐き出された息の重さに、みんなの顔も沈んでいく。
「ハル、行きな。先へだろうが後ろへだろうが、足踏みだろうが……誰より最初にお前さんが未来へ踏み出した。俺はそれには意味があると思っている」
「タツくん……」
「しっかり話を聞いて、答えを探そうや。俺たち全員で、今日の答えを……な」
タツくんが、それに続いてみんなが頷いた。
優しくて、厳しい。背筋を正さずにはいられない。
間違えてなお、私の可能性を信じてくれる仲間の視線が熱くてたまらない。
「……いってくる」
ごめん、と謝ることよりもしなきゃいけないことがあるってわかってる。
それでも謝りたい。それは……罪悪感をごまかすためかもしれない。
でも、なにより……こんな素敵な仲間に見せたい未来を、見せられなかった。その失敗を、私はどうにかしたかった。
しゃんとしよう。タツくんの言うとおり、ライオン先生とニナ先生の話を聞いてこよう。
しっかりするんだ。
泣いている暇なんて、ないんだぞ。
◆
先生のお部屋で、ライオン先生とニナ先生だけでなくラビ先輩とメイ先輩までいた。
「あ、の」
「座って」
ニナ先生に勧められて、椅子に腰掛ける。
さっき怒られたメイ先輩は、今は怒った素振りもない。
ラビ先輩は少しだけ困った顔をしていた。
「あなたを最初にしたのはね、二人に同席してもらうためでもあるの。実は決めてたのよ、一年生の最初はあなたにしようって」
ニナ先生の言葉に不安が刺激される。
「なんで最初になったか、わかる?」
「……私が特別、問題児だからでしょうか」
落ち込むし下向き過ぎるけど、自覚してるけど、それでもしでかしたことの大きさを踏まえると聞かずにはいられなかった。
そして、
「その通り」
あっさり肯定されてしまいました。やっぱりショック!
「去年のラビくん、一昨年の真中さんみたいに……ね」
「え……」
思わず二人を見ちゃうし、二人もまた私を見て苦笑いを浮かべていた。
「真中、我から伝えようか?」
「……いえ。自分で言います」
ライオン先生の問い掛けに首を振ると、メイ先輩は居住まいを正してから言いました。
「一昨年ね。討伐隊の選抜は特別課外活動で行われたんだけど選ばれなかったの。ぶち切れた私は、さて……なにをしたでしょうか?」
「え。えっ……」
みんなが私を見ていた。あたたかくて優しい目で。
困る。そんな風に見つめられるなんて、思っていなくて……何も浮かばない。
「警察に殴り込みをかけたの」
「えええ!」
「さすがに刀は持ってけなかったけど、止めに入る警官を投げ飛ばすわ暴れ回るわ。後を追いかけてきた先輩に止められるまでは大変だったの。警察の人がね」
意外すぎる。
「おかげでついてきたルルコは泣きまくるし、サユはその時の暴れっぷりが怖かったらしくてしばらく口もきいてくれなかった」
「……め、メイ先輩がそんなあばれるの、イメージないです、けど」
「そう?」
「ないです。いつもしっかりしてる、みんなの最強で、凜々しくてしゃんとしてる人ってイメージです」
「そんなことないんだ。ほんとの私は暴れん坊で、人より怒りっぽい」
そんなこと言われても信じられない。
私を叱ってくれたメイ先輩は、だって。
「完璧な先輩、なのに」
「ハルちゃん。完璧な人なんていないんだよ。完璧だと思ったら、それはそう見えるようにその人が振る舞っているだけ。或いは……完璧だと思う人に夢を見ているだけ」
優しい否定だから、でも、なんて言えなかった。
「それは、じゃあ……どういうことだと思う?」
「え……」
その先なんて、とてもじゃないけど思いつかなかった。
「私にだってハルちゃんみたいな時があったし。ハルちゃんだって私みたいになれるってこと」
「私が、メイ先輩みたいに?」
「なる必要もないけどね。ハルちゃんらしい、強くてしゃんとした姿があるんじゃない?」
「ある、のでしょうか……私、今日はだめだめでした」
こら、と叱る声はとてもとても優しかった。
「あるよ。それはちゃんとある……今回みたいな失敗を積み重ねて、不足を知ることで至れる境地がね」
「不足を、知る?」
「生きることは、足りないことを知っていく旅なんだ……って、これは先輩の受け売りなんだけどね。でも、私はこの言葉を大事にしているし、ラビが去年間違えた時に伝えたし……あなたにも、伝えることができてよかったと思ってる」
お尻を叩かれるよりも、ひょっとしたら心に響くしかり方だったかもしれない。
「長々とすみません、先生……ごめん、ラビ。結局全部言っちゃった」
ライオン先生とニナ先生は誇らしげにメイ先輩を見ていたし、その気持ちは痛いくらいにしみた。
「いえ。ただ……何も言わずにいるのもなんだから、ハルちゃん。僕からもいいかな?」
「は、はい」
身体をラビ先輩に向けると、ラビ先輩はどこか困った笑顔で言いました。
「僕は昔から、誰かを動かしたり何かをしでかすのが好きだった。ユリアがいたから、あんまり無茶はできなかったけれど……どうも、人を困らせるのが性分みたいだ。だから、人に憎まれたり恨まれたりすることも多かった。士道誠心に入る前の僕は……思い出したくもないくらいさ」
たぶん、本当の意味でラビ先輩が昔の話をしてくれたのはこれがはじめてだった。
「だからね……カナタとコナちゃんを焚きつけたし、シオリとユリアを何度だって困らせた。僕の一言が切っ掛けで、いろんな事件を士道誠心で起こしたりもした。だから……ハルちゃんの今回の失敗には思うところがある」
両手を組み合わせるラビ先輩の表情だって、見たことのないものになる。
「みんなを君の言葉が動かした。その方向性が暴れる、というのだから……僕とメイの影響は君に色濃く出ている。不安だよ。僕とメイのいいところも悪いところも、きっと君は素直に受け継いでいくから」
「私が……二人の」
「まるで僕たちの子供みたいだね」
メイ先輩が半目でラビ先輩を睨むけれど、口を挟まないでいる。
「冗談はさておいても。君に僕のような素質があるのなら、ゆめゆめ忘れないでほしい。話す前に、それがもたらす影響はなんなのかを考えることを。そして、もしハルちゃんの思い描く悪い方向へ転がってしまったなら、どうすればリカバリできるのかを……しっかり考えてから、話して欲しい」
直接的なアドバイスだった。
初めて尽くしだけど、どれも忘れられない。ラビ先輩のアドバイスもまた、絶対に忘れちゃいけない。
「以上です。では、席を外します」
立ち上がるラビ先輩にメイ先輩が続く。
「ハルちゃん、いい? がっかりして終わりじゃないんだよ。ここからどう成長するのか、楽しみにしているからね?」
「メイ先輩……」
「君には笑顔が一番似合ってる。明日を楽しく過ごせるように、今日はがっつり反省して、切り替えていくんだよ。それでいいんだからね?」
「ラビ先輩……」
ありがとうございます、と立ち上がって頭を下げる私に笑ってくれた。
二人が部屋を去ると、空いた席にライオン先生とニナ先生が腰掛けたの。
ライオン先生はその手に持ったボードを見つめてから、私に視線をずらしました。
「青澄、緋迎シュウより個人評価という形でメッセージを預かっているが、それよりもまず先に伝えたいことがある」
「……は、はい」
椅子の上なのに、座っているのに……身体が強ばってしょうがない。
「過ちを犯さぬ者はいない。けれど、過ちを犯した後にどれだけの者が許すかは、その者の行いによって大きく異なる」
「間違えて離れる程度の絆しか結べない、ということも……悲しいけれど、世の中にはよくあることね」
二人の先生の言葉に、気づくもの。
「お主は良い絆を築きあげてきた。先導したお主を受け止める一年生たち、お主の進む先を照らす真中とラビ。どちらも……得がたいものだ」
「素敵な仲間と先輩たちだと、見ていてじんときたの」
みんなの素敵さ、大事さ。かけがえのない、絆のすべて。
「大事にするといい」
「はい!」
「瞳に輝きが戻ったな。お主の力はすべて、絆にあるようだ」
「あ――……」
「では、評価に移ろう」
居住まいを正す。
「青澄春灯。特別な感謝を抱くほどに縁がある故、彼女は資質は明白である。人と刀のあるべき未来を見据える意志の強さ、時に危ういほどに周囲の願いを感じて行動してしまう感受性と柔軟さ。それは現時点では矛盾するありようとして、彼女の未熟さに直結している」
シュウさんの声になぜか、自然と変換して聞いてしまう。
「自分の望む未来に対して見せる意志の強さこそ、彼女の強さの本質であるように思う。その未来とは常に、誰かの笑顔に直結しているし、これから先もずっとそうであるべきだとも思う」
あ――。
「誰かを助ける侍に特別大事な資質だ。願わくば、彼女が常に誰かを助け、それによって彼女が幸せでいられるよう……今後の活躍をますます望むものである」
願われていた。祈ってくれていた。ああ、だから。本当に……私は、間違えてしまったんだ。
「以上だ」
「涙を拭いて……どう、思うかしら?」
ニナ先生が渡してくれたハンカチで目元を拭って、鼻を啜ってから息を整えて……やっと言うことなんて。
「目先のこと、しか、みえてなかった、です」
反省以外にあり得なかった。
「私、みんながつらそうで。それをどうにかするなら……見返せばいいって、それだけで。シロくんが言ってたんです。うまくいっても、いかなくても怒られるって。なのに、私が切り出した行動の結果がどうなるのか、考えてもいませんでした」
口にしてみれば、なるほど。
シュウさんや大人の意図に流されてしまうだけになるのも無理はない。
「流されたくなくて、なら、あらがえばいいなんて……浅はかでした」
「己の行いが見えているようだな」
「……さっきは、まるで見えてなかったです」
みんながどんな顔になるのか、私はまるで考えてなかった。
「なぜ、見えるようになったかわかるか?」
ライオン先生の問い掛けに頷きたかった。けれど、わからなくて……首を振る。
「間違えたから、としか……言えないです」
「違う、青澄。結果を口にするのではなく、意志を口にせよ」
「え――」
「お前は、何を意識して言った? なぜ、まるで見えてなかったと言えた?」
「それは……怒られて、そんなことになったら……みんな悲しむって、当たり前のことを意識してなくて」
そこまで言ってから気づいたの。
二人が私を優しい顔で見つめていることに。
「みなの悲しむ顔を意識した、と。そう言えるお前を我は素晴らしいと思う」
そんなこと、言われると思ってなかった。
「誰かの顔を思い浮かべた時、あなたは見るべき未来を捉えている。だから、どうか。今後は思い出して。何かを言う時、やる時。一緒にいる人の顔を、大好きな仲間の顔をようく見つめて……忘れないようにしようって、思い出して欲しいの」
ニナ先生の言葉が胸の中に染み込んでくるの。
ラビ先輩のアドバイスに一緒にあるべき、私なりの考え方に違いなかった。
胸が一杯で、だからこそ見えた私らしさ……失敗を犯して手に入れた、大事な贈り物。
気がついたら立って、深く頭を下げていた。
「ありがとうございます!」
「うむ。精進せよ」
「がんばってね」
井之頭くんを呼んできて、という二人に見送られて私は部屋を出ました。
みんなの元に戻って井之頭くんに部屋番号を伝える。
去り際に私の肩を叩いて微笑む井之頭くんの無骨な優しさにお礼を言って、みんなを見渡した。思い思いの過ごし方をしているみんなの中でタツくんが私に気づいて言いました。
「その顔、見えたみたいだな」
「あ……うん! 先輩や先生もだけど……みんなのおかげ」
「ならいい」
笑うタツくんの声にみんなが気づいて私に視線を向けてくる。
「風呂はいって、さっさと寝ちまえ」
「そーそ、タツの言うとおりだ。考えてもみれば旅行だっつーのに、しけたことばっかしてんのもな」
「ギン……お前はもう少し反省した方がいいんじゃないのか」
「うっせーな、シロ。反省ってのは、何も引きずるってことじゃねえんだよ。どうすれば同じ過ちを繰り返さないか考えるってことだろうが」
「う……いきなり正論で返すな、戸惑うだろ」
二人の話にみんなが笑うの。そこに悲嘆も絶望もない。
「ハル、てめえに未来が見えたんなら、それでいいんだ。俺もだし、タツの野郎も見えてんだろ?」
「まあな」
「レオは言わずともとっくに考えてんだろうし」
「ふ……」
「コマはむしろ引きずりそうだが」
「うるさいな!」
「心配なのはむしろ女子連中と、ハルのクラスの連中だろ」
「うっせ」
へっと笑うギンに真っ先にカゲくんが言い返す。
「俺らがそうそうへこたれてたまりますかっての」
「……まあ、昨日までの生き方を否定する暇はないね。進むべき明日が見えてきたから」
「刀があるなら、それは俺たちが進むための理由でしかないってな」
岡島くんに羽村くんが続く。妙にしみじみと語るそれは、侍ならではの未来の捉え方なのかもしれない。折れない心が刀なら、それは進むための理由に違いない。
「くよくよしてもはじまらねえよ。俺なんか、女になってんだぞ?」
茨くんの言葉に誰かがちがいないと笑った。
「失敗しても、何度だって成功するまで続ければいい。へりくつみたいだが、僕はそれが真実だと思う。そして……九組にこの道理がわからない奴はいない」
「おう!」「当然だ」「……間違いないね」
シロくんの断言に、みんなの声が続く。
「向上心、か。いいね、なんか」
「わたくしも……続きたいです」
「その形が刀にまつわる力なら、今すぐにだって手にしたい気分ですわ」
山吹さんが、ユリカちゃんが、姫宮さんが続く。
そんな中で、
「成長できる可能性を信じていなきゃ、何も始まらないね。見返すよりも、まず自分で強くなろう」
トモがへこたれているわけがない。
「はいです。もっと、ちゃんと……まっすぐ強くなるのです」
拳をぎゅっと握るノンちゃんもまた、闘志を燃やしていた。
「へっ……ご機嫌じゃねえか、なあ、ハル。なにせ答えがいま出たんだぜ?」
「まったくだ……今日の反省の答えは、つまりはまっすぐ強くなること、だな」
タツくんが締めくくって、みんなが頷いた。
暴れる前には気づけなかったこと。間違えたからこそ、見えたもの。
大事にしなきゃだめだ。失敗の上で、だけどこれは確かに成果なのだから。
「気づいてみれば当たり前だけどな」
「カゲ……そうは言うが、同じ間違いを犯しそうになったら気づけるようになった。前を向いていこう」
「……尽きない向上心こそ、大事なのかもしれない」
岡島くんの言葉に私も頷いた。
「そうだね。人生長いんだもん、折れてられない。だとしたら、いつだってずっと大事にしなきゃいけないのは……向上心なのかもしれないね」
言ってみればすごくしっくりくるの。
「そういや、ハル。お前の刀は折れない心の象徴なんだっけか?」
「あ、う、うん」
今言われると恥ずかしさがやばいのですが。ギンはとつぜんなんてことを言うのかな。
でも素直に頷くよ。
「へっ、いいじゃねえか。一年のスローガンにしたっていいくらいだ。折れてられねえし、まっすぐ強くなるってんならもっとずっと楽しくいきてえな」
ギンがどうだ? と煽るとみんなが乗っかった。
「ようし、結論が出たところで明日は観光だ。さっきも言ったがな。すぱっと切り替えて元気出せるように、終わった奴はさっさと休みな」
それぞれにタツくんの言葉にとびきりの笑顔で返事をするみんなにおやすみを告げて、私は部屋を出た。
みんなの笑顔が眩しすぎるから。この笑顔を見られるように、忘れないようにしようって心に誓ったの。
私の刀は、力は、誰かの笑顔のために。
折れない心はそのためにある。曇らせるためになんかない。輝かせるためにあるんだ。
凹んでなんていられない。
一歩、前へ。この一歩が未来へいつかきっと届くと信じる。
遠回りかもしれない。近道を歩いたつもりで大失敗をやらかしたばかり。
けれどそれを積み重ねて、もっと、ずっと、私らしく。
だって私は信じてる。
みんなの笑顔を。私の刀を。
『なあ、ハル。今日見た笑顔を忘れないでくれ』
『そうじゃぞ。お主の活力の源を……大事にせねばの!』
うん。そうだね。忘れない。大事にするよ。
「――ハル!」
ふり返ると、トモがいた。追い掛けてきてくれたんだ。
「なあに?」
「……ちょっと、心配だったんだけどさ。でも、アンタの今の顔見てほっとした」
「え――」
「折れない心がアンタなんだ」
ぎゅっと抱き締められて言われた形容詞に身体中が痺れたの。
「笑顔がなんかずっと、アンタらしいから安心した」
「トモ……」
「じゃ、また明日ね」
背中を軽く叩かれて離れて部屋へと戻るトモをぼうっと見送る。
それはきっと、私だけの宝箱の蓋が開いた瞬間に違いなかった。
つづく。




