表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十二章 妖刀京都怪奇譚

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

146/2925

第百四十六話

 



 ラビ先輩とアイコンタクトが取れた。

 手招きされたから今こそ好機と近づいたら、ラビ先輩はカナタに私を預けてメイ先輩の隣に行ったの。さすが、やるなあ! アプローチかける強さを見習おう。

 カナタの隣にちゃっかり座れた私はコナちゃん先輩、シオリ先輩と三人でユリア先輩の食べっぷりを見守ったの。あっという間に食べきっていたところがすごい。その頃には他のテーブルのみんなもぼちぼち食べ終わっていました。

 ぼんやりする私のほっぺたについたご飯粒をカナタが苦笑いしながら取ってくれました。

 はずい。

 てれてれしていた時でした。

 ライオン先生の重苦しい咳払いが聞こえたのは。


「さて、士道誠心の皆に告げねばならんことがある」


 みんなが一斉に静まりかえってライオン先生を見る。

 きっと討伐隊の編成の話だってみんなわかっているんだ。


「例年では簡素な講評と名前の列挙しかないが、今回は緋迎シュウをはじめ警察の侍隊の方々から実にしっかりとした書類を預かった」


 ライオン先生が掲げるボードには分厚い紙が挟まれている。


「それゆえ、一人一人に丁寧な話をすることになるが……まずは結論からいこう」


 みんなの視線に熱が籠もる。


「討伐隊、三年生……真中メイ」

「はい」

「北野サユ」

「……はい」

「南ルルコ」

「はいっ」

「以上、三名」


 むしろそれは決定事項だとみんなの暗黙の了解があったから、緊張は増すばかり。


「続いて二年生。ラビ・バイルシュタイン、ユリア・バイルシュタイン、緋迎カナタ、尾張シオリ……並木コナ。以上、五名」


 生徒会の先輩たちみんな、思い思いの表情で頷いている。

 さあ、ここからだ。一年生のみんなが熱い視線をライオン先生に注ぐ……けれど。


「士道誠心の討伐隊編成は、以上の八名とする」

「え……」


 私たちに告げられた現実はあまりにも重たくて冷たいものだった。


「ま、待てよ! 嘘だろ、一年は誰一人もいねえってのか!」

「ギン!」


 思わず声を荒げるギンをノンちゃんが引っ張る。

 私たちの落胆をライオン先生が予測しないはずがない。

 だから、ね。


「ただし……此度の京都派遣に来た士道誠心の生徒において、手当てが出ないという条件を飲む限りにおいて、自主的に参加を希望する生徒を受け入れる用意はある」

「……ただ働きならいいってのかよ。ちっ」


 しかめ面で座り込むギンと、ショックで言葉もなく俯く私たちを見かねたのは誰か。


「何を勘違いしているのかしらないけど、毎年のことだよ」


 メイ先輩だった。


「なら、先輩が二年連続っていうのは?」


 レオくんの問い掛けにメイ先輩が頷く。


「一年の時は夏休み返上でただ働きしにいったの。ルルコもサユも付き合ってくれなかったけど」

「だって夏休みがただ働きでなくなるのいやなんだもん」

「ルルコに同じく」


 ああ……と納得するみんなを見て、満足そうに笑う三年生三人。


「どうするか選ぶのはみんな次第。それは獅子王先生から総評と個人に対する評価を聞いてからでも遅くはない……というわけで、すみません、先生。お返しします」

「うむ」


 重々しく頷くライオン先生。


「総評。今年の士道誠心は例年、討伐隊に選出しない一年生を含めた全員が事態の解決に全力を尽くした姿勢が素晴らしい。実際に仲間を守り、勝利の兆しを作り、目的を達成する個々の能力という点で見るに、特に三年生と二年生には可能性を感じるものである」


 そういえば……お城のそばで合流した時、メイ先輩と北野先輩は二人でみんなの背中を守っていた。南先輩がいなかったら鬼に逃げられていた。

 二年生の生徒会メンバーはみんなで隔離世にくるきっかけを作ったし、コナちゃん先輩は私たちを先導してくれた。

 ラビ先輩は私を助けてくれたし、ユリア先輩の力がなかったら鬼二人の元にたどり着けなかった。


「一年生はどうか、彼らの背中を見て健やかに成長してほしいと切に願う。そう願わずにはいられないくらい、素敵な可能性を見せてくれたと思う。ただ、警察組織においても侍隊は臨機応変かつ高い問題解決能力が求められる。その点において、侍候補生一年の諸君らはまだまだ幼いと言わざるを得ない」


 言い返せないなあ。悔しい。すごく悔しいけど、私もみんなも……一年生は状況に流されてばかりいた。それは取り返しがつかない。

 たとえ茨くんと岡島くんを羽村くんと井之頭くんが取り戻したとしても。

 私たちだけでは何も出来なかった。それは……疑いようのない真実だから。


「とはいえ、今回も例年と同じく自由参加を認めるくらいには可能性を感じる、と改めて記述する」


 闘志を燃やしてライオン先生を見つめるのは、私だけじゃない。

 ギンがいて、タツくんがいて。トモ、レオくんにシロくん。他にも、みんながそう。


「士道誠心はまとまりがある。それはともすれば型にはまりやすい、という意味でもある。そういう意味では力があるものの暴れっぷりが足りないようにも思える。特に今年の士道誠心には破格の刀持ちが多い。今後のさらなる活躍を期待するものである――……」


 さて、とボードを脇に抱えたライオン先生が口を開いた。


「個人評はホテルに帰ってから、一人一人呼んで行う。会計はニナ先生の指示に従って、お店の人に迷惑を掛けぬよう迅速で行うように」


 以上だ、と締めくくられたから立ち上がる。


「ハル」


 呼び止められてふり返ると、カナタが見つめていたの。

 どうするんだ? と問い掛ける視線に笑って答えたよ。


「私、やるよ。休んでられない。カナタが働くなら、私だってがんばるんだから」


 でも、言えなかった。

 すぐに戻って会計を済ませてみんなと出た。

 一年生のみんな、悔しくて悔しくてしょうがなかった。目に涙が浮かんでいた。

 刀を持たず、刀鍛冶の力にも目覚めてない人ですらそうなら……刀を手に戦った私たちは。

 たとえ例年誰も選ばれないからって、それがなんだ。

 悔しくて悔しくて、しょうがないに決まっているじゃないか。


 ◆


 部屋に引っ込む人もいたけど、私はカゲくんとシロくんの部屋にいた。

 一年生がみんなで集まっていたの。


「自主参加、どうする?」


 レオくんの呼びかけにみんなが顔をあげる。


「やる」「やらない選択肢がない」「つうかむかつく」「絶対やる」


 口々に声を上げるみんなにレオくんが頷いた。

 個人評価はまだ聞いてない。三年生から開始しているから、二年生と私たちは待ち。


「改めて確認するの、なんで?」


 トモが挙手してレオくんに聞くと、レオくんは腕を組んで思案げなの。


「やるなら見返したい。選ばなかったことを後悔するくらいの力が欲しいし、見せたいとも思う」

「それは……」「できたらいいけど……」


 うちのクラスの誰かが渋い声を出した。

 でも、悔しいけどそうほいほいできるなら、それなりのことができていたとも思う。


「偽刀はせめて、影打ち・初段にしたいな。真打ちにいかないまでも」

「刀の力だけじゃない。二年生と三年生と比べてないとされたのは、たぶん……作戦を達成する総合力だと……僕は思う」


 レオくんの呟きにシロくんが口を挟んだ。

 そしてまたしても沈んだ空気に。みんなわかっているんだ。


「二年と三年がいなかったら、俺たち何ができたのかな」


 羽村くんの呟きに誰も何も言い返せなかった。


「羽村と井之頭が助けてくれなかったら……僕は暴れたままだった」

「俺も」


 岡島くんと茨くんの落ち込む声に、さらに沈んでしまう。


「ごめん、侍候補生でも刀鍛冶でもないけど……いいかな?」


 挙手したのは山吹さんだ。

 みんなの視線が集まる中、山吹さんは堂々と胸を張っていった。


「今日のみんなはがんばってた。刀も力もない私から見て、だけど。自信を持って言える。みんな、がんばってた」

「わ、わたくしから見ても同じです!」


 姫宮さんが思わず声を上げる。

 みんなの視線が集まって、それがはずかしいのかすぐに真っ赤になっちゃったけど。


「それが足りねえから、例年通りなんつー屈辱味わってんだろ」

「そ、それはそうだけど」


 ギンの指摘にぐぬぬ、と悔しそうな山吹さんを見ていたら……何か言わずにはいられなかった。


「じゃあ、例年にないことをしない?」

「え――」


 みんなの視線が私に集まる。

 まいった。思いつきだったから、みんなに見つめられても困る。


「ハル、それって例えば?」


 カゲくんに聞かれて、腕を組んで考えてみる。


「んーっと。警察の人、まだいるのかな?」

「……そりゃあ。今日すぐ帰ってどうこうって感じじゃあないんじゃないか?」

「あたし見たよ。何人かは帰ってたけど、何人かは残ってた。あんたの彼氏のお兄ちゃんもまだいたはず」


 トモの指摘に頷いて、それからみんなを見渡す。

 どきどきした顔で私を見ているから、私だってもっとどきどきしちゃうけど。


「やられっぱなしって……やじゃない?」


 私の問い掛けに何人かが頷いた。ギンなんかは率先して頷いていた。


「いつもなら落ち込んで、こなくそーってなって。参加する人がいて。落ち込んでもうやだーってなったり、夏休み過ごしたいってなって参加しない人がいる、けど」


 すう、と息を吸いこむ。だめだ。私は何を言おうとしているのか。ああ、でも。


「もし、もし今日、警察の人たちをあっと言わせるくらいに制圧できたら、どうかな。私たちすごいってならない?」


 いいのか。こんなこと、言い出していいのか。


「暴れて欲しいとは言われたが、暴れすぎじゃないか? 結果がどうなろうと、すっごい怒られる気がするぞ」

「そ、そうだよね。やっぱりやめ――」


 シロくんの不安げな声にかまわず、思わず立ち上がった人が二人いる。


「あたしはのった。もし実力が足りないっていうなら、感想もらうより実感したい」

「俺もだ。先生からああだこうだ言われるのは性に合わねえ。話を聞いて落ち込みました、なんてする気もねえ」


 トモであり、ギンだった。


「ノン、てめえはどうする」

「隔離世に巻き込むならノンがいなきゃ駄目ですし、偽刀をどうにかするんだとしてもノンが手助けせずにどうします」

「はっ。てめえにいちいち手を貸されなくても、今のこいつらならどうにだってできんだろ」


 ギンが笑って言った時にはもう、みんなが立ち上がっていた。


「まあ……ギンじゃないけど、守るよりは攻める方がいいね」

「どうせ叱られるなら、とことんやってやろうじゃねえか」


 狛火野くんとカゲくんがうなずき合う。


「……みんなに迷惑を掛けたから、黙って見てようかと思ったけど」

「そういや俺たち、気づいたら刀を変えられてて。いわゆる被害者っつーの? なら仕返ししねえとな」


 拳を重ねるのは岡島くんと茨くんだ。


「青組の団結は揺るがないよ」

「ってわけだから……俺もやるよ」


 山吹さんに、羽村くんも。

 みんなの意志が一つに集まった、と。ならばやっぱりやっちゃおうか、と。

 そう思ったから、


「……なら、ここから先へは行かせられねえな」


 立ちはだかるタツくんの決意の表情が信じられなかった。


「なぜかと聞くつもりはねえ。けどな」


 真っ先に立ち向かえる強さとぶれなさはきっと、ギンしか持ち合わせていなかった。


「止めるってんなら……押し通る」

「尽忠報国……個人的な理由を戦線を切り開こうってんなら、俺が止める」


 構えるタツくんに刀たちが従う。

 八本、増えて広がるそれから感じる脅威の強さは相変わらず、全身に鳥肌が立つほど。


「ノン、隔離世へ連れてけ」

「は、はいです」

「シロ、仲間、あと茨と岡島、全力で床をぶちぬけ」

「わ、わかった」「了解」「お、おす」「ん」

「後の全員で一気に行け」


 ひりつくような緊迫感に私は、ユリカちゃんは、こんなのおかしいって顔をした、けれど。


「いきます――!」


 ノンちゃんが叫んだ瞬間、魂が身体から引きはがされる。

 その勢いは凄まじい。しかし構わず展開した刀をさらに増やして広げるタツくんにギンが村正を抜いて振りかぶる。

 通り抜けていく刀の一本がノンちゃんに向かったから咄嗟に抜いた刀で受け止めた。

 二人の雄々しくぶつかり合う力を制御することなんてできない。

 言い出しっぺの私が止められないくらいに、既に二人は大暴れ。

 ギンの指示通りに四人が床を攻撃した。開く穴に次々と飛び込んでいく。


「たぶんこっち――!」


 トモの先導にみんなの足音が続く。

 戸惑いながらも後を追いかけるシロくんの視線が私を捉えた。

 けれど、動けない。


「ハル……ッ!」


 タツくんの声に、その刀に縫い止められている。


「あ、あ、」


 青ざめるノンちゃんの声がする。

 でもしょうがない。

 タツくんの刀が私とノンちゃんを取り囲んで、いつでも私たちの全身をずたずたにできる状態だったから。

 目まぐるしく繰り出される刀を防ぎ、踊り、タツくんを攻めるギンの動きはもはや芸術的ですらあった。

 けれど、タツくんの武力を相手に攻める手を止められない。意識を奪っていなければ、何がどうなるのかわからないからだ。

 ギンが止まることは即ち、負けることを意味する。


「は、う――」


 身体中に浴びせられる、かつて時代を背負った男達の殺意は本物だった。

 十兵衞を抜いていなかったなら、その意味さえ理解せずに腰が砕けていた。

 私に縋るようにして膝を折るノンちゃんの方が、反応としては自然。

 けれど、


「た、タツさま! このようなことはおやめください――」


 ユリカちゃんが叫ばずにはいられないこの状況に、流されているわけにはいかない。

 流されるから私たちはだめで、そんなのはもうやめると決めたんだから。


「タツくんは止まらない。ギンだって、止まらない」


 口にするのは事実。


「相手が人なら斬らねば進めず、相手が私闘を国に挑むなら止めねば進めない」


 身体中を襲う殺気の冷たさに抗うように、刀を握る。

 いま必要なのは神の力なんかじゃない。断じて違う。

 必要なのは、そう。剣豪の力。死線をくぐり抜ける達人の力以外にあり得ない――!


「十兵衞!」


 叫び動く。

 背中を斬るような真似はしない彼らの刀を斬り、払い、はね除ける。

 体感する死線、五分先で済ます道筋はたった一つ。

 薄氷の綱を渡るような無謀な歩みで、けれど。


「は、ぅ、」


 泣きそうな女の子を背に、立ち止まるわけにはいかない。

 体育祭をやってよかった。

 青は進め。私の名前にもある青に澄み渡っていく思考は、ただ一つ。

 進め。進む先に未来がある。


「――、」


 がむしゃらに、ではなく。

 ただ一心に、振るう。振るって、斬り抜ける。

 すべての刀をさばいて残る一本をギンとぶつけあって、タツくんが笑う。


「足りねえか。足りねえな。今の世に語り継がれる妖刀と剣豪が相手じゃあな」

「ちげえ……ちげえよ、タツ。俺ぁさ。そんなことが聞きてえんじゃねえんだ」


 ギンの背中が叫んでいる。


「タツ! てめえの刀はなんだ!」


 そう聞ける男の子だってきっと未来を睨んでいる。


「俺たちのガキくせえ仕返しを止めずにはいられねえ、そんなてめえの心はなんでできてるんだ!」


 斬り合っているのに、戦ってない。

 殺し合うような攻防を繰り広げていたのに、相手を理解する心に満ちている。

 その気高さ、強さに誰しも惹かれずにはいられない。


「――……俺は、」

「ぶってんじゃねえ、ただの月見島タツキが願う力ってのは、なんだ!」


 刀をかちあげ、蹴り飛ばす。

 たたらを踏むタツくんへと振るわれる村正は、しかし。


「だめ――!」


 間に入ろうとしたユリカちゃんへと向かう。

 誰も止められなかった。

 遠くにいた私とノンちゃんにも、夢中でタツくんを庇おうと飛び込んだユリカちゃんにも。

 ギンとタツくんにしか、止めようがなかった。

 だから、


「ッ」


 止めたのは、一人の鬼だった。

 拳が村正を掴んでいた。悲劇を防ぐ、ただそれだけのために。

 ユリカちゃんの身体を抱いて、肘で受け止めていたのはタツくん。

 けれどその額から生える角は、人の物ではあり得ない。


「――ァ」


 ひゅう、と誰かの喉が鳴った直後。


「アアアアアアァァアア!」


 タツくんの怒号と共に、ユリカちゃんの身体から柄が出た。

 それを掴んだタツくんが引き抜く。桜の花びらが舞い散るその刀を手に、ギンへと迫る。

 鬼の刀。その荒々しく禍々しい力は人の身で防ぎきれるものじゃない。

 よけるのに必死なギンの背に飛んで、後ろへと投げて十兵衞で受ける。

 刀の悲鳴なんて想定済みだ。鬼の刀を受け止めるなら、神の刀でなくてはならない。

 引き抜いたタマちゃんの刀で受ける。


「アアアアア!!!」


 タツくんの瞳が怒りに歪んでいた。

 正気を失っていることは明白。その引き金が何かも、明白。


「ハル!」


 ギンの言葉にふり返るまでもない。

 切り飛ばした無数の刀たちすら鬼の力にまみれて襲いかかってくる。

 前後から襲い来る力を防ぐ手立ては、一つ。


「タツさま!」

「ハル!」


 叫び声が二つ、けれどそれをはね除けるくらいの強さで――……拍手。

 私を殺すためだけに振るわれた刀を黄金の膜で受け止める。

 ユリカちゃんが泣いて縋るタツくんの目に光が戻る。

 次いで地面へと落ちていく刀たち。

 荒い呼吸が部屋の中を満たす。


「俺、は……」

「タツくんの刀は、ユリカちゃんと共にある」


 膜を消して、立ち上がり。

 傷なんて負っていないのにぼろぼろになった男の子と、それに寄り添う女の子を見つめて。


「タツくんの心は、ユリカちゃんを守るためにあるんだね」


 わかってしまえば簡単なこと。

 ユリカちゃんこそ、タツくんにとってのすべてだ。

 それまでの姿なんてすべて、現実に抗う叫びでしかない。

 その姿で既に八つ。今増えて九つ。ううん。

 新たに現われた刀にすべてが集まって……一つになる。

 それがまことの一振りなんだ。

 ユリカちゃんを守るためなら……鬼にすらなれる、それがタツくんの刀であり心だった。


「……べた惚れかよ」


 あきれたように笑って、ギンが刀をおさめる。

 タツくんは何も言わずに笑って、ユリカちゃんを抱き締めた。


「じゃあ一区切りついたところで……お説教の時間だね」

「えっ」


 タツくんの背の向こうに見えた、腕組み姿勢のメイ先輩から感じる脅威はひょっとしたら今日一かもしれません。


「ああ、もう他の子達は二年と獅子王先生で成敗済みだから、残りはきみたちだけ」

「一抜けた!」


 ノンちゃんを抱えて穴に飛び降りようとしたギンの身体が、瞬きした時にはもう凍り付いていた。


「捕獲したよー」


 穴から聞こえてきた南先輩の声に絶望する。


「首謀者が誰かは聞いているから、まずは事情説明から。お尻叩くのは、それからにしよっか」


 笑顔の宣言に抗えるわけもなかったのです。


 ◆


 事情を聞いたメイ先輩にお腹を抱え込まれてゲンコツを頭の上にぐりぐり押しつけられる私です。


「まったく、誰に似たんだか。私? それともラビ? コナちゃんかな? ……あ、月見島くんはいいよ。止めようとしたんだし」

「……いや。止められなかったし、連帯責任です。ユリカや姫宮、山吹はついていくしかなかったんで大目に見てやって欲しいですが、俺は罰を受けます」

「潔いね。チョップを食らって泣きながら説明を始めた誰かさんに聞かせてあげたいなあ」


 ぐりぐりが! ぐりぐりの圧力が増してきました!


「せ、先輩! 暴れろっていうから応えようとしただけなんです!」

「迷惑かけろって意味じゃないの。聞けば首謀者はあなたじゃない、ハルちゃんめ。このおばか!」


 ぺしん! とお尻を叩かれました! めっちゃいたい!


「あんまり悪く言わないでやってください。ギンとハルのおかげで……俺の刀のあるべき姿が見えたんです」

「結果オーライでしかないから、許す動機にはなりません。いくら君を信じていたとしても、君がもし前に出られなかったら事故が起きていたんだから。むしろ許さない」


 とはいえ、と呟いたメイ先輩の手が再び私のお尻に振り下ろされました!


「あうちっ」

「現状に甘んじたりしないで、何かをなそうというその気概は好き。だから――」


 ひゅん! ぺちん!


「あうち!」

「部の先輩としてのお叱りは、このくらいにしといてあげますか」

「お、お尻がひりひりします……」


 解放されて涙目になる私なんですが、俯いて見えた影に顔をあげるとね。


「……おぅ」


 ライオン先生とニナ先生が笑顔で立っていました。

 こめかみに血管浮き出てるよね。二人とも。


「がんばってね」


 後ろを見ると、絶望した顔のみんなが続いていたの。

 南先輩に氷を解いてもらったギンはノンちゃんと一緒にへばっていました。

 私たちを待ち受ける未来なんて、それはもう一つしかないに違いない。


「残念だ。お前達がそこまで愚かだったとは思わなかったぞ」

「他の学校の生徒さんたちにも悪影響があるって、しこたま嫌味を言われてきたの。でもそんなことはどうでもいい。ただ……強いて言えば、そうね」


 頷いたニナ先生が両手をぽんと合わせていいました。


「ちょっと、頭を冷やしましょうか。言っておかないといけないことがありそうだから」


 ほらね?

 ……ああ、もう。

 言い出しっぺなので、素直に謝ります。

 ほんと、ごめんなさい。




 つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ