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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第十二章 妖刀京都怪奇譚

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第百四十五話

 



「夏休みがなくなります」


 それは警察からの事情説明の会場になった広間に集まる私たち士道誠心一同にコナちゃん先輩が告げた、絶望的な宣言だった。


「……え、」

「そ、そんな」

「そんなばかなことってあるかよ!」

「俺たちはなんのために学生生活を過ごしていると思っているんだ!」


 以上、私を含めた私のクラスの声でした。


「いや、勉強のためだろう」

「進路のためという考えもあるね」

「ご飯のため……」

「青春って、意識高い人ほど忘れがちだよね」


 以上、カナタ、ラビ先輩、ユリア先輩、シオリ先輩のツッコミでした。

 いやいやいや。


「待って! ど、どうして夏休みがなくなっちゃうんですか!」


 そりゃあ確かに超絶シリアスモードでシュウさんが八月やばいって言ってたけど、何も急にそんな! そんなの、あんまりにも惨すぎる……!


「ええい、おだまり! そして聞け!」


 仁王像もかくやという怖い顔で見得を切られました。

 コナちゃん先輩の顔力に怯む一年生一同です。


「たぶんだけど、警察のお手伝いで邪の討伐隊に編成される生徒が今回選出されると思うの。去年とは趣向が違ったから戸惑いはしたけれど、ともあれ」


 こほん、と咳払いをしたコナちゃん先輩にみんなの視線が集まる。


「いいこと? 将来、もし侍か刀鍛冶への進路を考えているのなら、断らないこと。就職に際してかなり有利になるから。事実、二年連続で参加したメイ先輩は――」

「ストップ、コナちゃん。確実じゃないことは喧伝しないこと」

「……すみません。討伐隊に編成されて確かなのは、参加したら夏休みどころではなくなること、特別課外活動同様に討伐すればするほど手当てが出ることです。私から言いたいことは以上。何か質問は?」


 はっ、と真っ先に笑ったのはギンだった。


「つまりあれか。夏休み返上のバイトに誘われるかもってことか? しかも、それはもしかしたら将来に繋がるかもしんねえ、と」

「あくまで可能性の話だけれどね」

「一応いっておくけど」


 頷くコナちゃん先輩にメイ先輩が補足する。


「ちゃんと活躍しないとだめだよ。活躍できない人に将来の話を持ちかける大人なんていないからね?」

「上等じゃねえか」


 笑みを深めるギンはやっぱりギンで、それを頼もしく思っているのはノンちゃんだけじゃない。私もシロくんも、他のみんなもそうだ。


「……はあ。あなたたちの顔を見ていると、心配するだけ無駄みたい」


 ため息を吐くコナちゃん先輩に、みんなで笑う。

 和やかな空気の中で、タツくんは椅子に座って腕を組んだまま、ずっと黙っていた。

 寄り添うユリカちゃんの顔も浮かない。

 そういえばタツくんは山都の男の子……確か円行寺トラくんだっけ、と出て行っちゃったんだ。

 そっちの決着はきちんとついたのだろうか。


「そろそろみたいね。みんな、静かに」


 手を叩くコナちゃん先輩にみんなが姿勢を正す。

 ちょうど、会場の前にシュウさんが出てきたの。そばにはいつかカナタのお父さんのカフェで見たお姉さんがいて、他にも警察の制服姿の大人の男女がずらずらと並んでいく。

 中にはライオン先生をはじめ引率の先生方が四校分いた。それもそのはず、ここには士道誠心、星蘭、北斗、山都の四校の生徒が集まっている。

 でも静かだ。コナちゃん先輩がしたような説明を他の学校のみんなも聞いたのか、まるで選ばれるかどうか気になって仕方ないみたいに、会場は緊張感に包まれていた。


「この度は京都までお越しいただき、誠にありがとうございます」


 シュウさんの穏やかな声がマイクを通して会場に響き渡る。


「各四校は我々、日本の警察組織における警備部侍隊と密接に関わりがあることを最初に述べておきます」


 な、なんだか緊張してきた。

 思いのほかきちんとした話になりそうだ。どきどきする。


「そのため、この場にいる二年生や三年生の生徒の中には、ああまたか、と思われたかもしれませんが、そうではない生徒のみなさんのために説明いたします」


 前にある机に手を置いて、シュウさんがゆっくりと呼吸して間を置いた。

 背後にある白いスクリーンに映像が映し出される。

 それは私たちが今回、京都で戦った時の映像だ。しっかりと録画されていたのだ。いつ、どこから? そんな疑問はきっと、プロの人たち相手に抱くだけ無駄なのかもしれない。

 だって私たちは彼らにまんまと隔離世に隔離されてしまったのだから。


「刀は才能です。その鍛冶をする力もまた、才能です。けれど、才能だけで生きていける業種などない。人は誰かと共に生きていく以上、一人の才能で完結する完璧な世界などあり得ない。それゆえに」


 警察の人たちに介抱され、地上へと戻される生徒の映像が流れる。


「とくべつ危険な隔離世で互いの背中を、自分の人生を預けられるかいなか。我々はみなさんが学生のうちからよくよく観察し、また試します。ですから今回の件で懲りた、というのであれば……君子危うきに近寄らず、という教訓を胸に抱いていただきたい」


 鼻白んだ空気を感じる。一方的だ、大人の押しつけに過ぎないじゃないか、という感情の流れを感じずにはいられない。獣耳が捉える苛立たしげな吐息なんかはだめ押しだ。


「もちろん今回の手当は出ます。常に安全には最大限の配慮をしております。今回もけが人は出ませんでした。とはいえ、ですよね?」


 微笑むシュウさんには大人の余裕しか感じない。

 私に触れる手の震えなんて、微塵も感じさせない。


「隔離世に関わる限り、みなさんにはいついかなる理不尽な不条理が訪れるかしれません。もし刀に関わるのなら、その覚悟を強いるために我々はみなさんに負荷をかけなければなりません。それくらい……危険な世界です。無理だと思うのなら、才能など早めに捨てて欲しいとさえ思っています」

「せんせ、もうやめて。しんどいわ」


 声が上がる。ユウジンくんだ。いつもと変わらない調子で、立ち上がって閉じた扇子をつきつけて言うの。


「そんなん覚悟あるなしの話でしかないやん。ほならどうでもええわ。はよ、討伐隊の話して」

「そーそー。これくらいでどうにかなる奴なんか知ったこっちゃねえくらいうざいので、どうでもいいよ。それよりそれより、レンは手当てとやらがお金なのかどうかと、それからそれから将来の話が聞きたいな」


 続いて声を上げたのは北斗の金長レンさん。

 お金の話とは、狸のお腹は真っ黒そうであります。

 話を中断させられたシュウさんは、気にした素振りもなく笑うの。


「そうだね。わざわざ京都に来るきみたちだ、今更の確認だったね。では次の話をしよう。先に断りを入れておくと、明日はただ観光を楽しんでもらえればいいと思っている」


 シュウさんの言葉に、隅っこで機械のそばにいる人がパソコンを操作した。

 途端、スクリーンの映像が切り替わる。


「手当てだが……旅行費用と、地域振興のためのクーポン券だ。お小遣いがない人は親御さんに連絡するといいね」

「ええええええ! 話がちがうよ! 移動費用なんて学校持ちのつもりでしかなかったから、正直お金もらえなきゃやってらんねえ!」


 金長さんを筆頭に抗議の声が上がるけど、しょうがない。

 お金もらえるって夢見ちゃうよね。まあここにいる生徒だけでも結構な人数になるもん。一人一万円あげてもけっこうしんどい金額になるのは間違いないよ。

 北斗の先生かな、すっごい美人のお姉さんが耳まで真っ赤になって人差し指を立てている。渋々引き下がるものの、態度の悪さを隠そうともせずに金長さんはテーブルに足を乗っけた。


「はーあ。しょうがねえなあ」

「では続けよう」


 渋い顔をする大人の人もいるけれど、シュウさんは構わず話すみたい。


「各校所轄の警察の侍隊の手伝いをしてもらいたい。といっても、我々もプロだ。どちらかといえば……修行をつける、という言い方の方が適切だね」


 初めて挑発的に笑った。それがまた、びっくりするくらいに似合っている。


「各校の先生方に名簿をお渡ししてありますので、みなさん、どうか先生の発表をよくよく聞いて、受けるかどうかを考えてみてください」


 みんなの視線がそれぞれの学校の先生に向かう。


「この度の参加を心より感謝します。それでは」


 優雅にお辞儀をして、警察の人たちを連れてシュウさんが出て行った。

 拍手とかそういう話じゃない。

 それにみんな、それどころじゃない。

 名簿はどうなっているのか。自分は選ばれているのか、いないのか。

 先生方は顔を見合わせて譲り合い、やがてライオン先生が推されてマイク前に立つ。


「士道誠心高等部教師、獅子王です。それでは各学校ごとに会場を移しますので、自分の学校の先生方の指示に従って速やかに移動願います」


 きびきびとそれぞれの生徒達のもとへと向かう先生方に習って、ライオン先生はマイクの電源を切って私たちのもとにやってきた。隣には当然のようにニナ先生がいる。

 いま気づいたけど、二人とも夫婦揃って着物姿だ。京都だけに妙に似合うなあ。


「士道誠心、参るぞ」

「え、と」「どこっすか?」


 私とカゲくんの戸惑う声に、ライオン先生は柔らかい笑顔で仰いました。


「ささやかだが座敷を用意した。まずは飯を食べようではないか」

「茨くん、岡島くん、だいじょうぶかしら?」


 ニナ先生の問い掛けに二人がだいじょうぶだと答える。

 けれど茨くんの声は可愛い女の子のそれに変わっているから、妙な違和感。


「ではいこうか」


 歩き出すみんなに続こうとして、ふと足を止める。

 立ち上がったタツくんが睨んでいた。円行寺トラくんを。

 視線を感じて見れば、金長レンさんのきつい視線とユウジンくんが笑顔で手を振るのが見えて戸惑う。

 とりあえずユウジンくんに手を振り返すと、金長さんはユウジンくんにもきつい視線を送り始めた。

 あれえ? なんで金長さんに敵視されてるのかな。


『我らが狐で、奴が狸だからじゃろ』


 ええ、そういうことなの?


「ハル!」


 カナタに呼ばれたから、私は急いでみんなの後を追いかけたのでした。


 ◆


 ライオン先生が案内してくれたのは、ホテルからさほど離れていない鳥料理屋さんだった。

 貸し切り状態で席に着いてすぐのこと。


「おごりですか?」

「八葉……我の財布を殺す気か。持ってきたのなら、自分で払え」


 ですよねー、と笑うカゲくんの言葉にみんなのメニューを見る目がより真剣なものに!


「ごめんなさいね。学校から預かったお金は明日以降に回す予定だから、今日はなんとかお願いね。ただ持ち合わせがなかったら言ってちょうだい」

「はいはい!」


 にこにこ笑顔のニナ先生にすかさず山吹さんが挙手。


「なかったらおごりになりますか!」

「なりません。明日のみんなの食事と旅行プランがちょっと残念になります」

「おう……まさかの連帯責任」


 ますますみんなのメニューを見る視線が真剣になったよね!


「お、俺からあげ丼にしよ」

「僕もそれにしよう……」

「あたしも! あ、お味噌汁つけよ」


 カゲくんとシロくんより一歩リードなトモ。


「ノン、お前はなににすんの」

「親子丼にしようかな、と。せっかく旅行で来てるわけですし」

「じゃあ俺は大盛りで」


 ギンとノンちゃんはほっこりするなあ。

 尻尾があるから横向きにした椅子の背もたれに腕を預けて周囲を見渡す。

 三年生は三人だけでテーブルに腰掛けて楽しそうに笑い合ってる。綺羅先輩とか来ればよかったのにーと思いつつ、ああでもツバキちゃんいるもんなあ、とも思う。

 そこへ行くと二年生は生徒会の面子で固まってさ、


「店のメニューすべて三つずつください」

「はははは、ユリアは平常運転だなあ。じゃあ僕はからあげ丼にしよう。カナタはどうする?」

「唐揚げ頼んで分けないか?」

「いいね。半分こだ」

「まったく、みんなでいるとすぐにいちゃついて……シオリはどうするの?」

「コナと親子丼分けたい」

「じゃあそれで」

「「 そっちもいちゃついているのでは 」」


 仲良さそうでいいなあ。

 っていうかさあ。カナタもさあ。

 いくら団体行動だからって、もうちょっとこう……くっつこうとかしてくれてもいいのでは?


「ねえ、青澄さんはどうする?」


 山吹さんに揺さぶられて我に返る私。


「えっと……んー」


 悩む。今日はとびきりお腹がすいたから、ユリア先輩ほどじゃないにせよたらふく食べたい。

 一人だし。やけ食いか。やけ食いしちゃうか。


「よし、親子丼大盛りだ!」

「おっ、いいねー! じゃあ私もからあげ丼大盛りで!」

「……二人ともよく食べるね」


 げんなりした顔でいる狛火野くん。


「コマくんは食べないのかい?」

「動くとどうもお腹に入らなくて。大勢の鬼の分け身なんて相手にしたから、正直ばてばてで食欲もないんだ」

「気が細いなあ。がつがつ食べて元気でいかなきゃ」


 ぶすっとする狛火野くんを弄る山吹さんは幸せそうです。


「どうしたのかな、きみはずいぶん憂鬱な顔をしているね」

「あ……」


 着物姿で店員さんの手伝いを買って出ているレオくんに、お茶をもらってどきどきします。


「お通しですわ」


 金髪の女の子にそっとお新香をもらうのだけど、思わずじっと見つめちゃった。

 レオくんとお揃いの着物はライオン先生とニナ先生のそれに勝るとも劣らぬ上品なもので、金の髪をした彼女に不思議とよく似合っていたから。


「……すごく綺麗」

「え? え、ええと、あ、ありがとうございます」

「彼女は姫宮ラン。許嫁さ」


 えええええ! と大声をあげそうになった私の口を姫宮さんがあわてて塞いだ。

 みんなの視線が集まる中、照れた顔で「なんでもありませんの」と言う。

 それから手を離して、耳まで真っ赤になって離れて行っちゃった。


「少々照れ屋なんだ」

「おおお……」


 京の都に恋の華が咲く。

 こりゃあ鳥でもあげなきゃやってられないよ!


「きみに紹介できてよかった。もしよければ、見かけたら挨拶してあげてほしい」

「よろこんで!」


 当然頷きますよ!


「じゃあ、失礼。タツの機嫌があまりよくないんだ」


 微笑み離れるレオくんの向かう先。隅っこにいるタツくんは腕を組んでむっつりしている。そばにいるユリカちゃんがいそいそとお茶とかお新香を差し出しているんだけど、食べる気配なし。珍しいなあ。タツくんがあんな風になっちゃうの、初めて見た気がする。


「タツ、山都の彼との決着がつかなかったみたいだ」

「狛火野くん……」

「刀が訴えてくるのかもしれない。あいつを斬らずにはいられないって」


 噛みしめるような言葉に自然と気持ちも沈んでしまう。

 だからかな。


「そういうのはあと。今日はもうおいしいものを食べて、お風呂入って、気持ちよく寝るの! それだけでいいの! ほらほら、二人とも顔が暗いよ?」


 私と狛火野くんのほっぺたをむにっと摘まんで笑う山吹さんのパワーに圧倒されちゃうね。

 見つめる現実はただ明るいもの。それでいいじゃない、というメッセージに身を任せたいとも思ったの。

 でも、だとしたら。

 タツくんらしくない振る舞い、それをもどかしく見つめるユリカちゃんを放ってもおけない。


「私、いかねば」

「え――」


 目が点になる山吹さんを置いて、私は隅っこの席にいる二人の元へ行きました。

 近づくとね?


「タツさま……ご飯だけでも、召し上がってくださいませ」

「いらねえ。いらねえよ。俺ぁ……あいつと決着つけるまで、何も食べねえ」

「で、ですが、お体にさわります」

「斬るか斬られるか、それ以外に関心なんざねえ」


 聞こえるの。二人のすれ違いが。あまりにタツくんが頑な過ぎて、レオくんも割って入れないみたい。

 周りが見えてないなんて、やっぱりらしくない。タツくんにばしっと言いたい。


『だめだ。よせ』


 十兵衞!?


『奇遇じゃのう。妾も同意見じゃよ、十兵衞』


 タマちゃんまで! な、なんで? なんでだめなの? ユリカちゃん、めちゃくちゃ困ってるのに。


『タツをおぬしが諫めたら、彼女の立場はどうなる。いいか? おぬしは――』


 そこでみとれ、と身体の自由を奪われてしまった。

 そしてユリカちゃんの背中にひっつく。


「ねえ、ユリカちゃん。困ってるならばしっと言ってやればいいのに」

「え――」

「おいばか、武士は食わねど高楊枝なんて気取ってねえで飯の一つも食えねえのか。そんなんだから決着だってつけらんねえんだよ、ってね」

「あ、あ、あ」


 タツくんの怒りの眼光が私たちを捉える。


「三歩後ろを下がる性分のユリカちゃんの言外のメッセージにも気づかねえような朴念仁にどうして誠が背負えるんだ、ってさ」


 顔が真っ赤に染まっていく。怒らせてるー……ど、どうする気なの?


「た、タツさま! わたくし、そ、そんなこと言ってませんし思っていませんから!」


 慌てるユリカちゃんの横で、タマちゃんがにんまり笑顔。


「でもー……いつもの風流なタツくんなら、自分の願いだって受け止めてくれるはずなのに。どうしてこうきかん坊なんだろう、とは?」

「お……お、お、思って、ま……」


 あ、嘘つけない子だ。この子、嘘つけない子だ。


「……す、すみません」

「ですって! 嫁を困らせて、悪い旦那だねえ」


 この、と手を伸ばそうとするタツくんからひょいっと飛び退くタマちゃん。


「こりゃあ叱ってやらにゃあ。さ、さ、ユリカちゃん。ばしっと言ってやんな」


 タマちゃんの思い描く私の口調のイメージとは。


「……ユリカ、お前さん」

「す、すみません。ですが……タツさま、お願いですからご飯を食べてください。今宵は鋭気を養い、いつものタツさまになって立ち向かって欲しゅうございます」

「ちっ……ああ! もう!」


 髪をかき乱して、それからお茶をくいっと飲んだ。

 何度か深呼吸をして、俯く。


「すまねえな。頭に血がのぼっちまって、しょうがなくてな」

「で、では?」

「ああ……いただくよ。久しぶりの旅行だってのに、お前さんの顔もろくに見えてねえようじゃあ仕方ねえ」


 ユリカちゃんの頭をそっと撫でて、もう一度深く息を吐き出すとタツくんは私を見て言うの。


「ハルも、悪かった。目が覚めたよ」

「それはユリカちゃんのおかげですよ。私はちょいと口を挟んだまで。じゃ!」

「あっ、あの! 青澄さま」


 ユリカちゃんが真っ赤になって私を呼び止めるの。


「なんじゃ?」

「あ、あ、ありがとう、ございます……」

「余計なお世話、すまんかったの」


 じゃ、と言っていそいそと立ち去るタマちゃんが呟くの。


「男に恋する女を立ててやらにゃあ、女が廃るわ」


 ふっと笑うタマちゃんがふり返る。

 瞳に輝きの灯ったタツくんはユリカちゃんと笑い合い、レオくんにも話を振っている。

 戻ってきた姫宮さんと四人で仲良くしていた。

 これでよかったとほっとしたのは、私だけじゃない。タマちゃんも十兵衞もだった。

 身体の自由が戻ったので席に戻ったら、山吹さんがにこにこしてたの。


「な、なにかな」

「ああいうおせっかい、好きだなあって思っただけ」


 私だけじゃできなかったけどね。

 タマちゃん、ありがとう。


『ふふん。礼を言うならまだ早いわ。二年生の誰かが席を立ったらすぐに仕掛けるぞう!』


 え、な、なにを仕掛けるの?


『そりゃあ、ほれ。決まっておるじゃろ。カナタの隣を狙うのじゃ! 妾たちに気づかせて構ってもらわにゃあ、ここにいる時間がもったいないわ』


 お、おお! 攻める気まんまんだ! すごい!

 さすが! さすがタマちゃん! ついていきます!


『そのためにもまずは飯をかっ食らうぞ! 高速で食べて隣に行くのじゃ!』


 わかったよ!

 燃える私とタマちゃんに対して、十兵衞がそっとため息を吐きました。


『あまりがっつくと、逃げられてしまうぞ……お前達が聞いているとは思えないが』




 つづく。

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