第百三十八話
いま私はなぜか、栃木にいます。
隣を見るとカナタがスマホで古びた石を写真におさめていました。
あれえ? おかしいなあ。
星蘭か北斗か山都にいくのでは?
「ね、ねえカナタ。私たち、なんでここにいるの?」
「殺生石を見て玉藻の前の変化を確認せよ、と兄さんから指令があったからだ」
「はあ……」
わかる? 私にはわからない。
順を追って思い出してみよう。
まず体育祭の翌日、お片付けを済ませて学食に集まった刀候補生と一部の刀鍛冶を前にコナちゃん先輩は言いました。
「京都に集まることになりました。追加でお達しを受けたので、それに見合う生徒の名前を今から呼びます。呼ばれた生徒は前に出てきてください」
京都だ。ってことは名前が呼ばれればユウジンくんたちに会いにいけるぞ! と思ってわくわくする私。その横でギンが少し興味深そうに前のめりになるし、トモは渋い顔してた。
ユリカちゃんが寄り添うタツくんがすっと立ち上がる。名簿になっているのか、紙を手にしたコナちゃん先輩が微笑みを浮かべて受け入れた。
「まずはあなたね。月見島タツキ。養護教諭から日ユリカさんもご指名よ。二人は共に行動すべし、と厳命が出ています。よろしくて?」
「おう」「……はい」
手を差し伸べられてはにかみながら立ち上がるユリカちゃん。
二人が前に出るんだけど、なんだろう。いろんなカップルを目にしてきたけど、タツくんとユリカちゃんほど夫婦感出てるカップルはそうそういないのでは。
「次、一年生からは羽村、岡島、茨、青澄。以上、四名を京都へ派遣します」
わ、呼ばれた! と思いつつ。意外な面子過ぎて、立ち上がってお互いに顔を見合わせちゃった。
「直ちに前へ」
「は、はい」
あわてて前に出たんだよね。それは他の三人も同じです。ふり返った時に見たトモやギンの渋い顔は結構印象に残ってる。
あと……二年生はカナタとコナちゃん先輩とシオリ先輩の三人だけ。
三年生はメイ先輩、北野先輩と南先輩の三人だけ。一年生多めだ。
「あ、あれ? ラビ先輩とユリア先輩とか、レオくんやギンやコマくんは?」
「ハル、少し黙って。そして聞け!」
くわっと目を見開くコナちゃん先輩にあわてて黙ったんですよ。
「呼ばれた生徒は後発隊として。呼ばれなかった生徒はラビとユリアをリーダーとして、自主的に向かう先遣隊を編成します。参加希望者は前に出て」
「なあ並木、なんで自主的に参加するチームなんか作って京都へ行かせる?」
そうそう、綺羅先輩が突っ込んだんだ。ツバキちゃんのお兄さんのわりにごつい人。
「今回の依頼を警戒してのものです。有事の際には後発隊の補佐に回れるだけの人員を派遣しておきたいと生徒会は考えております。学院長先生の許可は得ていますので、一日早めでの出発とします」
「少しお金は負担してもらうけど、京都観光が一日多くできる」
シオリ先輩の補足に誰もが顔を見合わせて、それからぽつぽつと手が上がった。
うちのクラスはほぼ全員が手を挙げたし、一年生代表の三人も同様です。
三年生は渋い顔。そりゃそうだよね、受験がある年だから観光している場合かって話だし。二年生も見れば半々くらいだ。
その結果はコナちゃん先輩も予想していたのか、シオリ先輩と一緒に名前を確認して名簿にチェックを入れていた。
それで話は終わり。日は流れて後発組出発日当日、新幹線でいくぜ京都!!! という流れのはずだった。
なんだけど……出発前日に荷物をまとめるように言われて、素直に従ったらカナタに手を引かれて、前日出発する先遣隊のみんなと都心へ出て、かと思ったら新幹線じゃなくて違う電車に乗せられて。
気がついたら車に乗って、その先は徒歩で。
あれえ?
「きょ、京都は? 千年の都は? 花魁さん体験は?」
「観光する気まんまんか」
「あうち」
チョップを食らいました。ううん。おかしいなあ。
「それよりも、あの石を見て何か感じないのか?」
カナタに指差された石を見る。しめ縄かなあ、巻かれた石を見ても特になにも感じないよ。
タマちゃんはどう?
『ふん……昔の話じゃ』
「機嫌わるそう」
私の言葉にカナタが腕を組んで困った笑顔になった。
「まあ、予想はしていた。ついてこい、宿は取ってある」
「はあ……」
「一応、温泉宿だぞ?」
「えっ」
温泉!? と尻尾を膨らませる私ですが、すぐに我に返ります。
「あれ。高校生が二人きりで泊まるの? だいじょうぶなの?」
「残念な知らせになるかもしれないが、二人きりじゃない」
「えー」
「既に宿についている頃だ。急ぐぞ」
段を降りるカナタの後をついていく。
宿についている頃って……誰が? どういうこと?
訝しむ私です。だってシュウさんのお願いでここに来たっていうけど、見たのはただの石ころだよ。なんかすごいもののように展示されているけど、見れば見るほどタマちゃんからしんどい念を感じるだけ。
それは強いて言うなら私が自分を受け入れられなかった頃に見る黒の聖書やツバキちゃんのエンジェぅ呼びに対する苦い気持ちに似ていたけれど。
だからなにって感じだし。タマちゃん教えてくれないし。
『ハルはもっと玉藻の前について勉強した方がいいってカナタ思ってる』
「えー」
ヒノカが伝えてくれるカナタの思いに半目。
勉強きらいです。
タマちゃんのことならタマちゃんから直接聞きたいし。
でもそういうことじゃないんだろうなあ。
「カナタ、あの石を見てどうすればいいの?」
隣に並んで腕に抱きついて並ぶ。
いつだって歩みを緩めて私とゆっくり歩いてくれる男の子は、肩を竦めた。
「兄さんの考えはよくわからないが。ただ……俺はお前の中にある御魂が癒やされ、強くなるきっかけがあればいいと思う」
「……どうして、あの石みたらそうなるの?」
「あれは昔、成敗された玉藻の前が姿を変えた石ころだから――と言われているんだ」
「え――」
「殺された玉藻の前は石へと姿を変え、石から吐き出される妖気で生き物を殺して回ったという。その怨念の力は凄まじく、成仏させようとした僧さえ退けた」
歩きながら語られる内容に、タマちゃんはなんの反応もしない。
むしろその沈黙が雄弁に物語っている。
「ある日訪れた和尚が念仏を唱え、その杖で石を破壊した。石は砕け散り、中には方々へと飛び散ったという話もある。諸説あるが……ともあれ、夜になったから野宿をした和尚の前に幽霊が現われた」
「おおかた、あれじゃろ」
あ。タマちゃんが私の身体を奪った。
「妾は悪鬼羅刹の如き所業をするほど我を見失っておった。因業がたまりすぎてもはやどうにもならぬ。悪行を止め、我を止めてくれたそなたの念仏でどうか、妾を成仏させてたもれ、と泣いてねだったのじゃろ?」
当然カナタも気づいた。けれど私を引きはがしもせずに頷く。
「念仏を聞いて幽霊は成仏し、仏の元へ。中国やインドで悪さをした野狐の最後といってもいい」
「……ふん」
「俺はもちろん、お前の正体を知って……ハルの刀鍛冶になった時点で調べたよ。お前の振るまいと和尚に助けを求めた話を聞いて、妙にハルと重なって見えた」
タマちゃんが見上げるカナタの顔に見える感情は、なんだろう。
「身を立てるために、間違ったことをして……自分ではどうにもならず。出会い、救われる。その生き様は……ハルの御霊として、これ以上ないほどに彼女にお似合いだと思った」
「皮肉か?」
タマちゃんの言葉に私も同意。なんだかひどい言われような気がしますよ!
「違う。お前達二人はそっくりで……よく似て、俺はそれを愛しいと思っているだけだ」
「あー! なんか愛してるでごまかそうとしてるー!」
思わず叫ぶ私、タマちゃんは身体の制御を戻してくれたみたい。
通り過ぎる観光客の人たちがぎょっとした顔で私たちを見てきました。
す、すみません。突然大声を出して。
「そ、そんなことない。大きい声を出すな」
「でもさあ。カナタからしたらタマちゃんの昔って黒歴史だらけで、間違いだって言いたいんでしょ? 私の黒歴史も含め」
「そこまではいわない。結局歴史は勝者が作るからな、タイムマシンでもなければ真偽なんてわからないさ。それと同じで」
「ふぐ」
お鼻を摘ままれる。
「お前の黒歴史も、俺は未来を勝ち取る最強の力になると思っているし。玉藻の前のそれも、お前に力を与えるための縁になると信じている」
「……うー」
「ほら、宿へ行くぞ」
離されたお鼻をさすりながら、抱きついた腕に引っ張られるように歩いて……ふと疑問を抱いたの。
「京都には今日はもう行かないの?」
「試してみたいことがあるからな」
「はあ……」
なんだろう?
宿にいる人が誰なのかもわからないし……私には何が待っているんだろう?
あんまりきょとんとした顔でいたせいか、カナタが少し笑ってから言いました。
「玉藻の前の黒歴史、どうせなら退治して乗り越えてみたくはないか?」
その言葉に私の意志に重ねるように、タマちゃんが尻尾を膨らませたのです。
つづく。




