第百三十六話
ライオン先生とニナ先生が走る教師対抗リレーで声をからすほど応援した私ですが、ずっと見てはいられませんでした。教室に移動して着替えを済ませてグラウンドに戻ります。
ちょうどプログラムが進行していて白組応援団がグラウンドに出たところでした。
ただ出て行くんじゃないんです。
男子が作った騎馬に女子が乗っていて、みんな大きな旗を持っているのです。その周囲を他の生徒が覆っていて、まるで武将の出陣のようです。
巨大なスピーカーから流れた音楽は大河ドラマの合戦のもの。
先陣を切るのはラビ先輩とカナタ、綺羅先輩の騎馬です。上に乗っているのは甲冑を着込んだコナちゃん先輩。旗はその一つ一つが丁寧に描かれた大漁旗。
コナちゃん先輩が笛を吹く度に、騎馬になった女の子たちが両手で持った旗をぶんぶんと振り回すの。たなびく旗たちの音が凄まじい。騎馬を囲う人々が手に持った棒を振り回して風を切る音がすごいの。
ひたすらに迫力がありました。
騎馬を作っている人たちが二つの陣に別れます。
中心にいるのはそれぞれ左がコナちゃん先輩、右がユリア先輩の騎馬でした。トモの騎馬はユリア先輩のそばに、ノンちゃんはコナちゃん先輩の騎馬に寄り添うようにいます。
それがお互いに駆けていき、ぶつかる寸前に騎馬の先輩が飛んで相手の騎馬に飛び移ったように見えたのです。
『ほう』
十兵衞が思わず感心した声をあげました。
ど、どういうトリックなんだろう。普通にやったらまず無理だよ? おっきな旗も持っているのに。
『よく騎馬をみてみい』
タマちゃんの指摘に視線をうつす。
コナちゃん先輩の騎馬がカナタと綺羅先輩……あれ? ラビ先輩がいない。
あわてて視線をうつすと、ユリア先輩の騎馬に変わってました。
『人を切り替えてごちゃついて見せたんじゃろ。旗を振り回し周囲の雑兵で騎馬を隠し、後ろの二人に身体を預けて先頭の人間を入れ替えた。すぐに移動して走ってみれば、ほれ。騎馬が変わったように見えるというわけじゃ』
『旗の印象、動きの大きさなどに意識を奪われていると気づかない仕掛けよ』
二つの騎馬の陣は一つにまとまり、旗がぶんぶんと振り回されては空へとほうり投げられ、周囲を囲う騎手の手と手に入れ替わっていく。
そうして周囲がゆっくりと屈み、最後に中心に立つコナちゃん先輩が立ち上がった。
その手に掲げられていた旗はさっきまで持たれていた大漁旗じゃない。
白組優勝と書かれたシンプルなものだ。そのシンプルな柄の旗は、それまで見たどの旗よりも大きなものだった。
音楽がふっと消える。
風にたなびく旗を手に、コナちゃん先輩が叫ぶ。
「白に勝利を! 逃げ切れ! 差して掴み取れ!」
その瞬間に白組応援団のみんなが叫んだ。
「「「 勝つぞーっ! 」」」
えい、えい、おう! とタイミングばっちりに掲げられる棒に旗たち。
思わず拍手しちゃった。騎馬が解かれて白組応援団のみんながはけていくんだけど、その移動で旗が音を立てるのがすごくかっこよかったです。
すごいなあ。コナちゃん先輩すごい。かっこよかった!
◆
赤組の応援団がグラウンドに整列した時、空気が変わったよ。
赤いハチマキ、胴着姿で竹刀を持った男女が並ぶ。刀ではなく竹刀。なのに緊張感が凄い。
二人一組で並ぶ人たちの中心に立つのは、エレキギターとかを持ったバンドの人たちだ。
「うっわずるっ。軽音楽部フルで赤にいたの?」
歯がみする南先輩にどういうことか問うよりも早く、バンドの人たちが演奏を始めた。
攻撃的なサウンドに乗って先頭に立つコマくんとレオくん、メイ先輩と北野先輩が竹刀でガチで戦い始めた。
竹刀なのに息もつかせぬ連続攻撃は運び込まれたドラムのリズムと重なっているから、迫力十分だった。
メイ先輩たちの試合にしたって、ガチなのか振り付けなのかわからないくらい殺気に満ちあふれていた。
拍手なんてできない。迫力満点過ぎるから。
『先頭だけに意識を向けるな、もったいないぞ』
十兵衞の指摘にあわてて全体を見る。
後ろに並んでいる赤組応援団、数は白組応援団に比べるとずっと多い。
少数精鋭。全員参加の一年生の相手をするのは見たことない人たち。たぶんみんな上級生だ。
がむしゃらに打ち込む一年生の太刀筋をさばき、受け止めやすいようにあらかじめ決めていそうなくらい一糸乱れぬ面打ちをする。一年生がそれをなんとか防ぐから、一斉に竹刀がぶつかる音がするのが心地いい。
『振り付けはあるが、これはちと趣向が違うのう』
『上級生はさすが、というところなのだろう』
ほほえましい、という十兵衞の声に頷いて見る。
白組とはまた違う迫力を出してきた。その中心にいるのはメイ先輩であり、コマくんだ。
「……かっこいい」
山吹さんの呟きに頷いた。
なるほどこれは、確かに演舞に違いなかったから。
彼女の言うとおり、かっこよかったのだ。
でも、だからこそ。
「みんな、ぶちかますよ」
南先輩の言葉にみんなで頷く。
赤組が撤収を始める中、私たちは互いに気持ちを一つにしたのだ。
さあ、青組応援団の応援の時間だ!
◆
ぜえはあ、と息をする佳村や並木さんを横目に、俺はグラウンドを見た。
俺の……緋迎カナタの彼女がいる青組応援団の応援を見たかったからだ。
笛の音色に合わせて青組応援団の面々がダッシュでやってきた。
みんなして、青で統一した衣装姿だ。青いシャツと制服のズボンの男子に対して、青と白のフリフリのミニスカートな衣装を着た女子は妙に可愛い。
「ちいっ! あざとい!」
赤組からメイ先輩の悔しげな声が聞こえるが、女子の反応は概ね大好評だ。
手を叩いて可愛いと声をあげている。
先頭に立つ彼女が――ハルが腕を振った瞬間に女性アーティストが歌うポップスが流れた。
自分の取扱説明書について歌うその曲に合わせてハルが手拍子をする。みんなもどうぞ、と書いた笑顔でだ。周囲がつられて拍手をはじめると彼女は微笑み後ろに下がる。
入れ替わりでやってきた南先輩とハルのクラスメイトが向き合い、お互いにお辞儀をした。後ろに列を成している男女もまた、同じように動く。
ハルが手を叩きながら後ろのグループへ。
三つのグループの手前に集まった南先輩たちの男女仲良しグループは、女の子が男の子を振り回し、触れては押しのけて、それに傷ついて凹み、慰められて抱き締め合って幸せそうに微笑んでいた。
後ろにいる二つのグループは男と女に分かれていて、中心のグループを讃えたり、或いはうーんと悩んでみせたりと曲と歌詞、振り付けに対してリアクションを取っている。
なるほど、こうしてみると可愛い。異様に可愛い。
その中でも輝いているのが南先輩だ。シオリが部活でとてもお世話になった人で、去年の生徒会の中心人物。メイ先輩にとって頭が上がらない仲間の一人でもある。
男子の評判が異様にいいが浮いた話は一つもない彼女が、まるで初恋を楽しんでます、という顔でハルのクラスメイトと踊っている様はひたすらに華があって輝いて見えた。
間違いなく、今日の主役だと言えるだろう。横目に周囲の反応を見ればわかる。みんな、彼女を見て口元を緩めていた。
曲が終わり男女が抱き合ってふり返る。気づけば後ろにいた二つのチームは一つに混ざり合っていた。
アメリカのポップスターがゾンビを演じたことで有名な曲が流れる中、ハルと男子生徒がよろめきながら前へ前へと出て行く。その顔はいつの間にメイクしたのか、血色の悪い土気色をしていた。ゾンビたちの一糸乱れぬダンスの行進にカップルたちは恐れおののき逃げ惑い、引き裂かれていく。
そしてとうとう南先輩は男子と離ればなれに。囲まれてしまった彼女を取り囲もうとするゾンビたち――というところで曲が変わる。
一時は世間で流れすぎた雪の女王のテーマソングといってもいい。
立ち上がった南先輩の衣装が切り替わっていた。内側に隠れるようにしていたのか、今の彼女は青いドレス姿だった。
彼女が指を振るう度に氷の結晶が伸びてゾンビたちを茨で絡み取っていく。
「その手があったか――」
並木さんが唸ったのも無理はない。刀の力だ。より正確に言うならば、あれは南先輩が刀を手にしたことで使えるようになった自らの霊子の力に違いない。
まるで映画の女王がそうしたように、南先輩が歌い、指を振るたびに氷の茨がゾンビたちを捕まえて、その動きを止めていく。
踊り、腕を振り上げた瞬間にグラウンドの土の表面から氷の柱が浮かんできた。いくつもの柱の間に段ができていき、それを南先輩が駆け上がっていく。
一人を、孤独を歌う彼女たちの下でゾンビたちが一人、また一人と崩れ落ちて倒れ伏していく。なんでもできると胸を張る彼女のドレスの裾が煌めき、雪に包まれて色を変えていく。
「綺麗だ――」
気づけば生徒会の面々が集まる中で、シオリが囁く声がはっきりと聞こえた。
階段を駆け上がってくる男女たちに呼応して、南先輩が縛っていた髪をほどく。
けれど共に踊った彼らは氷の壁に阻まれてしまう。
夏の熱気が近づいてきたのに寒さすら感じる世界で、南先輩は歌に合わせて唇を動かす。
少しも寒くない、という彼女の顔が悲愴に見えるのは、男の願いでしかないのだろうか。
「――、」
気づけば目を奪われていた。寂しさこそ世界の本質だと訴える彼女の未来がどうなるのか、気になって。
ハルのクラスメイトが氷の壁に触れて――溶かして南先輩を抱き締めて、
「恋をしたの、あなたを一人にしたくない」
指を鳴らす。
氷が一斉に割れた。
すぐに軽快なポップナンバーが流れる。ドラマの主題歌として、ダンスが非常に話題になった曲だ。ドラマ自体は放映されてから時間が経ったものだが、ハルがしばしば部屋で動画を見ていることがあるから知っている。
地面に降りた南先輩たちを受け止めたハルたちの顔は元通りになっていた。
再び三つのグループへと分かれて、最後に運動着に戻った青組応援団が二人を願い、未来を越えていこうと願うその歌を全員で楽しそうに歌うのだ。
今中心にいるのは南先輩だけではないし、男だけではない。
恋する少年少女が二人、それが世界の中心だった。
指先を絡めて、頬を重ねて微笑み合い、二人を重ねてその先へ。
音楽が鳴り終わって南先輩が笛を鳴らした。
「あおぐみーっ!」
「「「 しろとあかをこえていけーっ! 」」」
すぐに拍手が鳴り響いた。
やりきった顔をする南先輩はハルのクラスメイトに抱きついて喜び、青組の応援団の面々が万感の思いでうなずき合って去って行く。
そんな中でも金髪で狐の耳と尻尾を生やした俺の彼女は目立つ。
俺が見た時にはもう、彼女もまた俺を見ていた。
ピースを向けてきて、それを一つの指に変えて振ってくる。
思わず笑った。
どや顔もその振り付けもさることながら。
ただただ愛しいと思ったから。
「俺まで応援してどうするんだ」
囁いた時、肩におもみを感じた。
「負けてられないよ、カナタ」
「もちろん、勝つ気よね?」
「おいおい、仲間はずれにされた恨みは忘れないよ?」
ラビが、並木さんが、シオリが俺のそばにいる。
だから頷いた。
「まだまだ後半戦、上げていくさ」
ただ、思わずにはいられなかった。
今日の彼女を永遠に覚えていられたらいいのにって。
つづく。




