第百三十五話
目まぐるしく日々が過ぎていって、とうとう体育祭当日がやって来た。
メイ先輩、ラビ先輩に南先輩が選手宣誓に立つ開会式とか、体育祭開始を告げるアナウンスさんとか、その他諸々よりも私の頭の中は走らなきゃ、ということで頭がいっぱいでした。
練習に参加すればするほどに焦らずにはいられませんでしたからね!
今にしても短距離のコースに並びながら心臓がばくばくです。
会場を見渡すと白いハチマキ、赤いハチマキの集団が遠目に見えます。青いハチマキをつけた集団のいる待機席の仲で落ち着かない気持ちでいる理由は数え上げたらキリがありません。
同日、中等部の体育祭もやっているので、ツバキちゃんが中等部に出ずっぱり。中高一貫の学校では中等部と一緒にやることもあるみたいだけど、士道誠心は分けてやるっぽい。
なのでそれはよしとしても。
「ハルヒー」「がんばれー!」「ねーちゃんてきとーになー」
うちの家族が来てる……!
高等部の体育祭は家族の見学自由だけど例年少ないっていうから安心していたのに! むしろうちの家族含めて満員御礼ってくらいの人混みですよ!
「頑張らないとね?」
「あ、あはは」
横に並ぶトモに引きつり笑いです。
第一走者は私、トモ、あとタツくんの彼女さんである日ユリカさんと金髪のゴージャスな女の子だ。端っこにいるノンちゃんと山吹さんが泣きそうな顔なのはなんでなのか。
「五十メートル走では刀の使用は禁じられます! それは結果にどう影響するのか!」
「位置について」
熱い実況者さんの声に構わず告げられたスターターさんの声に身構える。
「用意」
ど、ど、どうしよう。普通に走る?
『なにをなまっちょろいことを言っておるか』
ふっと笑うタマちゃんに身体の制御を持っていかれた、と思った時にはクラウチングスタートの体勢になっていて、私の手に力が入るんです。五十メートル走でクラウチングスタートって。みんなスタンディングなのに、なぜに私だけ。
ぱん、と弾けた瞬間に四肢に力が込められる。それはいいよ。目まぐるしくゴールテープが迫ってくる。凄い勢いで動いているのもいい。ただ。
「あーっと! 青組! 青組の選手がまるで動物のように疾走しています! 追い掛ける白! 白の女子の顔! それはありなのかという顔!」
トモだ! と思ったけどまるでテープに飛びつくようにタマちゃんが身体を起こして一番でゴールイン。勢いが残っている内に身体の自由が戻ってきて、よろめきながらふり返る。
二番はトモ、ゴージャスな子が三位。山吹さんが四位について、ノンちゃんとユリカちゃんが一生懸命よたよた駆け込んできて同率ビリ。
「解説の獅子王先生、刀の力は使用禁止なのに、果たしてこれはありなのでしょうか?」
「ありですね。古来、鬼などの刀を手にした生徒による綱引きなども認められてきました。身体能力における力は有効という判定になります」
「というわけでありとのことです! 一位は青組、これに続くことができるのか! 目が離せなくなってまいりました!」
順位別に並んでいくんだけど、どうしよう。
「ふ、ふふふ、ふふふ」
と、トモの目が燃えている! ノンちゃんがんばった、とか言いたいのにそんな空気皆無だよ!
「は、走るの大変ですね」「は、はい」
ああ、ユリカさんと二人で仲良さそうに話してるし!
「な、仲良くいこうよ。ね?」
「どう思う?」「あり得ませんわ」
えー。トモまでゴージャスな子と話してるしー。混ぜて欲しいんですけども。
「次の百メートルが楽しみだね、ハル……ふふふふ」
は、波乱の予感しかしない!
◆
一年女子が終わって一年男子が並ぶ。
タツくんとレオくん、ギンと白組の男の子、そしてカゲくんとシロくん。
陸上部のカゲくんは一位有力視ですし、ギンの身体能力の高さは抜群。タツくんだってもちろん負けてない。これは荒れるのでは?
「沢城くん! ぶっちぎれ!」
「ギン!!」
ぶんぶん手を振るトモとノンちゃんにギンは余裕の笑み。
それを見て闘志を燃やすカゲくんとシロくん。わっかりやすいなあ。
「二人とも! がんばれ!」
「ファイト-!」
白に負けてられないよね。山吹さんと声をあげて応援するんだけど。
「レオさま! どうぞ勝利を!」
ゴージャスな子の声援にレオくんが微笑む。
「位置について、用意!」
パン、と弾けた瞬間に、それは起きました。
みんなの動きが止まっているんです。
いいえ、正確にはただ一人を除いて静止しています。
涼しい顔をしてレオくんが走ってゴールしちゃうんです。
ふり返ってレオくんが手を叩いた瞬間に五人が地面に顔から突っ込んでた。
う、うわあ。うわあ!
「レオてめえ! そういうことすんのかよ!」
「俺まで巻き添えにする必要あるか!」
思わずギンとタツくんが怒鳴るけれど、髪を優雅にかき上げたレオくんには響かない。
「勝てば官軍さ」
「「「「「 ちいいっ! 」」」」」
男五人の心が一つになったよね。三つにチームが分かれていたはずなのにたった二つの組み分けになってたよね。
ほとんど横一列でゴールしてたよね。五十メートル走とは。
◆
上級生の走者を見ていても見所は盛りだくさんでした。
あまり全力を出すイメージがないラビ先輩の華麗な疾走に並ぶカナタの全力疾走とかね。歓声があがるのも納得なんですよ。
二年女子はあれだね。トモの何乗倍もしたかのような闘志をコナちゃん先輩が燃やしていたよね。チームに戻ったからか男の子たちの視線がどこに向いているのかわかってしまってもにょるけど。そんなみんなの視線が引いて見惚れちゃうくらいの燃えっぷりだった。
三年生の男子は知ってる人少ない分、開き直って白組の綺羅先輩を応援したよ。ツバキちゃんがいない分、少しでも声援を届けたかったので。
問題はね。三年生女子だよね。
メイ先輩と北野先輩に南先輩が並んでいる。他の三人は前に出る気がしないのか、それとも三人が燃えているせいなのか。
「……なんか、バチバチしてないか?」
カゲくんの言葉にうん、と頷いた。
メイ先輩と南先輩の笑顔が怖い。ぱん、とピストルの火薬が弾けた瞬間にメイ先輩が前に出る。小柄だけど躍動感に満ちあふれた走法に並ぶ南先輩は、息を呑むほど足が長くて綺麗で。リーチの差を活かして並んでいた。
だから。
「うわあ……」
二人の間に立つ北野先輩のピッチが一番早くてフォームが綺麗だから、なんかずるい。結局、北野先輩が一位になって南先輩が二位、メイ先輩が三位だった。
けど三人そろって圧倒的で、一秒から二秒おいて残りの三人がゴールインする。
五十メートルの時点で一部の火花ばちばち。今日、生き残れるかなあ。
◆
百メートル走に並ぶ私は隣を見ました。
トモが笑顔。すっごい笑顔。あれ? なんだろう。燃えている感じともちょっと違う。
「と、トモさん? なんで楽しそうなの?」
「獅子王先生に確認してきたんだけど、刀を持って技を使わないならありなんだって」
「……ほお」
「というわけで」
ばちばち言い始めるトモの髪。
それがなんの予兆なのか考えるまでもないよね。
「用意、」
「いくよ、雷神」
『そうは――』「させん!」
ぱん、と弾けてすぐにトモの身体が前へと飛び出た。
負けじと走りだすタマちゃん。
さすがに雷さまには勝てなかったけど、いいのかなあ。異種格闘技過ぎなのでは?
次の走者になった人たちを見てると、普通に走ってる人もいるし。人をどう配置するのかで大きく勝敗が左右されそうであります。
◆
障害物競走は無事にね。終えたんですよ。私はね。私は。
網の下くぐり、綱渡り、パン食い、そして借り物。私が引いたくじには新婚さんと書いてあったのでニナ先生とライオン先生を捕まえて無事にゴールしました。
でも新婚さんなんてしれっと書いてあるくじですよ?
「おおっと! 紙を手に止まっている-!」
きっと爆弾めいたネタが書いてあるに違いないよ。
ノンちゃんが絶望した顔で立ち尽くしてます。
「これはあれか! 好きな人か!? 好きな人なのかー!」
実況している人の熱がすごい。そしてノンちゃんがふるふる首を横に振っている。
「ノン、声だせ!」「佳村、なにを探しているの!」
「が、学食メニュー全部制覇した人、いませんかー!」
ギンとコナちゃん先輩の呼びかけにノンちゃんが意を決して叫んだ内容にみんなの目が点に。
思わず隣の人と顔を見合わせてしまう。
「た、食べたことある?」「さすがにない」
シロくんは微妙な顔して首を横に振った。そんななか、
「ここにいるよ!」
岡島くんがある人の手を取って掲げた。
みんなに押し出されて待機席から押し出されたのは井之頭くんだった。
井之頭くん……!
「し、失礼します」
ノンちゃんが駆け寄って手を差し伸べたら、井之頭くんは片手でそっと断り、なにも言わずに走っていったの。二人でゴールした姿はほほえましいの一言です。
実況している人がマイクを手に彼に尋ねました。
「えー、質問です! 士道誠心高等部の学食では毎週変わるメニューもあるほど、大勢のニーズに応えられるようになっておりますが! 恒常メニューの制覇によりもらえる特殊なカードの色は、なんでしょうか!」
誰が知っているんでしょうかね、こんなレア情報! と締めくくった実況さんがマイクを井之頭くんに向けた。
「……黒です。ちなみに半年、一年の週替わりメニュー制覇で銀、金にかわります。それぞれのカードで特典がつくため、好き嫌いせずに学食のメニューを楽しんで欲しいというおばちゃんたちの計らいです。どれもうまいから、オススメですよ」
「おーっとまさかのパーフェクトな回答か! 正解です!」
恐縮して頭を下げるノンちゃんに井之頭くん、どや顔。
まだまだ私の知らない学校の一面が、明らかになっていくなあ。
「シロくん、学食のこと知ってた?」
「いや、スタンプがあること自体初めて知った」
「券売機の上に置いてある」
岡島くんの涼しげな一言に「おお」と頷く私たちでした。
◆
女子は百四十センチ台、男子は百五十センチ台の生徒しか参加できない一輪車競走ではノンちゃんすっごい早くて、女子全員参加の騎馬戦ではまさかの南先輩生き残りがあったりして。
部活対抗リレーでメイ先輩がラビ先輩と走って陸上部に食らいつき、後半の追い上げでなんとか優勝をもぎとったり、見所たくさんでした。
競技を順調に消化していって午前の種目を終えた私たちは父兄席でお弁当を食べながら不思議な気持ちでいました。
「緋迎さんとご一緒できるだなんて、光栄です」
「いやいや、はっはっは。娘さんにとてもよく似てお美しいお母さまと聡明なお父さまで」
「いえいえいえいえ、どうぞビールを」
お父さんとお母さんがカナタのお父さんと三人で話してる……なんだこれ。
「……ん、お兄様、」
「ああ、卵焼きか」
コバトちゃんにカナタがお弁当のおかずを取ってあげている。
うちのお母さんの味付けが気に入ったのかな、あまいあまい卵焼きをもそもそと食べているコバトちゃんはとても元気そう。
カナタの妹さんの綺麗さにうちの弟はなにも言わずにぼーっと見とれていますが。
「こ、コバトちゃん? 元気になったのかな? こんにちはー?」
「……」
私が話しかけるとカナタの影に隠れちゃいました。
「すまない、人見知りで……学校に通うまでではないが、気分転換になると思って父が連れてきたんだが」
「……」
「この通りだ」
困ったように笑うカナタの後ろから半身を出してじぃっと見つめられるのなんだろう。
「ね、姉ちゃん、すっげえ可愛いんだけど。俺、ツバキさんとどっちにすればいいのかな」
「アンタは黙ってなさいよ」
弟は尻尾で強めに叩いておいた。
気づけ。一人は男の娘だぞ、弟よ。
「ねえカナタ、シュウさんは来れなかったの?」
「さすがにな」
渋い顔をするカナタにくっついて箸をぷるぷる伸ばすコバトちゃんが気になって仕方ない。
お弁当箱を持ってそっと差し出したらびくってされました。
でも近づいたお弁当箱に並ぶ卵焼きの魅力には勝てないのか、箸を伸ばして一つ取って食べています。
かわいい。
「前半は白リードだな」
「あ、うん」
カナタの言葉に視線を得点表に向ける。
白トップ、赤が追い掛けて青が猛追をかけている感じ。
騎馬戦の結果、南先輩が勝ち残ったおかげで、まだまだどこが勝ってもおかしくないくらいの拮抗した状況ですよ。
今はご飯タイムなので、みんな自分の親御さんのところに集まってご飯をつついています。見渡せばノンちゃんやトモの親御さんが見られたり、コナちゃん先輩のご家族を見られるんだろうけど。ギンたちの家族も含めてすっごい気になるけど。
「姉ちゃん姉ちゃん、おれ卵焼きになれないかなあ」
放っておくと弟がコバトちゃんに粗相をしそうなので、この場を離れられません。
やれやれ。
「なってもアンタ食われるだけだから」
「そしたら身体の一部になれるじゃん」
「きもい。食べてもらえないと思いますよ」
しょうがないから尻尾で全力ではたいておこう。
「それよりカナタ、午後のプログラムはなんだっけ」
「男子の棒倒しからだな。次に応援合戦やって教師参加のリレー。百メートル決勝を女子、男子の順で。次に男女別に綱引きをやって、ラストに組別対抗リレーを女子、男子の順でやって終わりだ」
「うわあ……」
棒倒し以降は出ずっぱりじゃん。
無事に終われるんだろうか。激しく不安ですよ。
「ねーちゃん、ねーちゃん」
「なによ」
「初めてねーちゃんが活躍してるとこ見たからさ。どうせなら勝ってるとこみてえなあ」
そうそう、とお母さんが乗っかり、ビールで真っ赤になったお父さんも乗っかってきた。カナタのお父さんが「負けてられないぞ」とカナタに発破をかけていく。
笑って応えるカナタと、カナタにくっついて離れないコバトちゃん。
和やかな空気に包まれている私とカナタの家族。なんだか不思議なものを見ている気持ちでいっぱいです。
でもちょっと、いやかなり幸せなのでよしとしよう。がんばるぞ、午後も!
つづく。




