第百三十話
連れて行かれたのは薄暗い屋上棟でした。
「刀持ちに聞くのは癪に障るが教えて欲しい」
「は、はい」
なにを? と思いつつ、木崎くんを見ます。
そり込みの入った短い髪、思い詰めた表情……なんだろう。
何を悩んでいるんだろう。
「羽村ってのは、どこまで動けるんだ?」
「えっと」
真面目かな。
「体育とかで意識してみたことないから、よくわからないかも」
「ならせめて、頭がいいかどうかは」
「ええ? うんと……テストの結果はどうだったかな、補習にはなってなかったと思うけど」
悲鳴あげてた組じゃなかったと思う。
「羽村くんのことが知りたいの?」
「……べ、別にそういうわけじゃねえ。ただ敵を知り己を知ればっていうだろ」
「はあ」
ならダンスに関しての質問を私にするべきなのでは? と思いながら相づちを打つ私です。
「ダンスを決める材料が欲しいの?」
「そ、そうだよ、それだよそれ」
「わっ」
肩を力強く握られて思わず驚いちゃった。
「風早先輩も南先輩も中途半端な踊りじゃ許さないって言うけど……俺はみんなが楽しめる振り付けにしてえんだ」
「は、はあ」
「難度が高い方が見栄えがするっていうけど、誰もやる気にならなきゃしょうがねえだろ」
「ま、まあ、そうかも?」
「難しいのじゃだめなんだ。技術云々じゃねえんだよ」
なんていうか、意外。
「ダンススクールに通ってる木崎くんこそそういうところにこだわるのかと」
「……ちげえよ」
何かをこらえるように言う木崎くんに何かを尋ねるべきか悩んだ時、チャイムが鳴ってしまった。
すると木崎くんは私の肩を掴んでいることにやっと気づいて、あわてて手を離して謝ってきたの。
「すまねえ、かっとなって。とにかく羽村のこと知りたかったんだ」
やっぱり羽村くんのこと気になってるんじゃん、とは突っ込まないでおこう。
「別にいいけど」
「あんた刀持ちのわりに話せるな。じゃあ」
言うだけ言って階段を下りていっちゃった。
『遅刻するぞ』
「はっ!?」
十兵衞のツッコミに我に返った私はあわてて階段を駆け下りて教室に向かうのですが、入り口で待ち構えていたライオン先生に名簿で軽く頭をこつんとやられてしまうのでした。
とほほ。
◆
二時間目の休み時間に入った時でした。
「なにみてんの、羽村」
「んー? 動画」
茨くんが羽村くんに絡んでる。見れば羽村くんはスマホを片手にじっと見つめているのです。身を乗り出して見てる茨くんにみんなもなんだなんだと集まるし、私も気になって手元を覗き込みました。
そこにはね。
「かわいい! ダンス?」
「そう」
私の問い掛けに羽村くんが頷いた。
体操服にスカートを履いた女の子たちが男の子たちと仲良く踊っていたのです。
腕を組んだり、抱きついてみたり。脚で男の子の身体にくっついて、上半身を地面に倒してみたり。キスをするような振り付けもあるし、男の子の身体の下をすいーって出る振り付けもある。とにかく踊っている人たちみんな楽しそうで、幸せ一杯って感じでした。
「体育祭のダンスの動画な。これがいっちゃん可愛いなーって」
羽村くんの発言に「なになに、これやんの? 合法的に女子と絡める機会到来?」と茨くんが乗り気になってるけど。
「僕らのクラスでそれやったら、男女比率が絶望的」
岡島くんのぼそっとした呟きにみんなの表情が暗いものに。
「みんなでやるには少し難しそうな振り付けだな。僕にはできるか自信ない」
シロくんも浮かない顔だ。
「まあ……応援団でもスムーズに意見が通るわけじゃないし。これからな、これから」
さらっとそういって笑える羽村くんに空気が弛緩する。
その羽村くんが言うのです。
「青澄、ちょっといいか?」
なんだろう?
木崎くんといい、羽村くんといい。
羽村くんについていって学食の自販機コーナーに向かう道すがら、隣を見た。
柔らかそうな髪、切れ長の目。うちのクラスで言うならかっこいい所の羽村くん。
木崎くんの話をするのかなあと思ったらね。
「青澄はさっきのダンス、やってみたいって思ったか?」
「あ、えっと」
ダンスの質問なんてされると思ってなかったからちょっと慌てるけど。
「面白そうだなあって思いましたよ?」
「そっか」
笑うと人なつこいんだなあって思いながら、羽村くんの笑顔に頷きます。
「木崎くんの話かと思った」
「なんでだよ……ああ、昨日揉めたからか?」
「う、うん」
さすがに木崎くんに羽村くんのことを聞かれたなんて話はしない方がいいよね。
「あんなん、想定の内だから別にどうでもいい。むしろみんなが納得できる切っ掛けになりゃあ、なんでもいいわ」
自販機で紙パックのジュースを買った羽村くんがさらにお金を入れて、私にどうぞっていってくる。おごりなんて、ってあわてるけど、いいからって押し切られちゃいました。
ううん、申し訳ないです。でも素直にフルーツ牛乳を買っちゃおう。
「やりがいがあって楽しいことしてえよな。あとどうせ男女でやるなら、それに意味があるのがいい」
「……どうして?」
紙パックを手に羽村くんを見ると、なんともいえない顔でいるの。
「中学は男子校でさ。バカやるのは楽しかったけど、共学の青春っていうの? 憧れがあんだよ。俺みたいな奴、他にもいると思うからさ。これを切っ掛けにしたいんだよね」
「へえ……」
ん? 待って?
「え、羽村くんって男子校だったの? 意外! え。そうなの?」
目を見開く私に「ここだけの話な」って笑うの。
そこまで言われてやっと気づいた。
「あ、じゃあこれ口止め料?」
「茨あたりに知られるとめんどくせえからな。なんだお前もモテない組じゃん、とかいいそうだ」
「ああ……」
すごくいいそうであります……。
にしても本当に意外だなあ。
「羽村くん、別に女子に対して自然じゃん」
「口うるさい姉貴が二人もいるからさ。女子なんてって思ってた時期があるんだよ。それすら俺にとっては黒歴史だけど」
「へええ!」
「正直、南先輩と二人って嬉しいような、姉貴と一緒にいるかのような複雑な気持ちだわ」
肩を竦める羽村くんに尋ねる。
「お姉さんって二つ年上だったりするの?」
「年が近い方は。一番上は大学生」
「そうなんだ……」
知らなかったなあ。欲望にいろいろと素直な茨くんに比べると余裕がある人だなあって思ってたけど、お姉さんがいて振り回されてたからなのかなあ。
弟っぽさみたいなの感じないけど、それは私と羽村くんがタメだからかもしれない。
「ちょっと話がずれたけど。青澄って彼氏いんだろ?」
「ぶぇ!?」
「寮が同じ奴らには周知の事実だと思うぞ。いまさら否定されても困るくらいのレベルで」
「あ、は、はあ……まあいますけど」
「だよな。でさ。ああいう振り付けにしたら気まずいってんなら、教えて欲しくて」
「ああ……」
なるほど。たくさん男の子とくっつく振り付けだったもんね。
カナタはどうだろう。体育祭の振り付けだって割り切ってくれる……よね。そこはだいじょうぶだと思う。
けど意識したり悲しまないかっていうと、話は別だ。
めちゃめちゃ意識するだろうし悲しむだろうなあとも思う。
「ううん。ちょっと難しいかも」
「だよな。誰もがカップルってわけじゃないとしても配慮は必要か。それにそういうの恥ずかしがったり嫌がる奴もいるだろうから、やっぱバリエーションあった方がいいな……そこは南先輩に相談してみればいいな」
意外。自分の案に固執したりするのかと思いきや、柔軟っていうか。
「羽村くんって結構モテそう」
「サンキュ。でもこれがさー。なかなかいい出会いがねえんだわ」
可愛い子と友達になったら紹介よろしくなって笑って言える彼は、十分魅力的だと思えるんです。
教室に戻って授業を受けながら考えたの。
みんなが楽しめるように難度を下げるべきだって言う木崎くん。
男女でやる意味をもたせて、やりがいがあって楽しいことをしたいと言う羽村くん。
二人の目的はすり寄せられるよなあって思わずにはいられません。
木崎くんは刀を持っている人に対して偏見みたいなものがあるっぽいけど、羽村くんはニュートラルだ。たいして意識してない。なら案外うまくいきそうじゃない? って思ったんだけどね。
それは翌日の放課後に起きた出来事です。
「まいったなあ……これは予想外だねえ」
引きつった笑顔の南先輩。
後ろに書いてある文字はね。
『羽村 九票』
『木崎 九票』
実際にダンスを目にした私たち青組応援団の投票結果です。
なんということでしょう! 一学年六人、合計十八人の青組応援団の投票結果がまさかの同票なんです!
「ど、どうしよっか」
さすがの南先輩もこれには困った顔です。
羽村くんも木崎くんも、書記として前に出ている風早先輩も。
もちろん山吹さんやフブキくん、ルミナさんを含めた他のみんなも困惑しているわけで。
救いを求める顔をする南先輩と目が合ってしまいました。
やばい。猛烈に嫌な予感がします。
「ハルちゃあん! どうすればいいと思う?」
「え、えええ?」
南先輩の白旗と同時にみんなして私を見つめられても!
ど、どうしよう!
つづく。




