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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第二章 二振りの運命と願い

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第十三話

 



 足音が近づいてきて、咄嗟に入り込んだのは長屋の中。

 開きっぱなしの扉を抜けて、すぐそばの壁に背中を預ける。


「待ちやがれ!」

「な、なぜ僕を狙うんだ!」


 沢城くんとシロくんが怒鳴りあいながら走り抜けていった。

 何をしているんだか……ふう。


「も、もういい、かな?」

「え」


 背中から男の子の声が聞こえて、あわててふり返った。

 するとそこにいたのは、入学式に向かう途中の電車で痴漢から助けてくれた男の子だった。

 名前は確か……狛火野(こまひの)ユウくんだ。


「何を考えているかわからないけど……困る。僕、女の子に密着されるの初めてだから、その」


 もじもじされてあわてて離れた。

 ふり返ってみると、私より先に扉のそばで隠れていたみたい。

 私が背中と両手でどんって追い詰めちゃった形だ。

 ……なにやってんの。そもそも、これは壁ドンに値するのだろうか。

 違う、違うよ青澄春灯(あおすみはるひ)! そこじゃないよ!


「ご、ごめ――んぇ?」


 謝ろうとした唇に人差し指を当てられる。


「静かに」


 今度は身体を抱き寄せられて、背中を壁に押しつけられた。

 すぐそばにある扉の向こうから、


「オラオラオラオラァッ!」

「ふ……」


 親方様の気迫に一笑で応えるライオン先生、そしてすさまじい音量の金属音が立て続けに何度も何度も、数え切れないくらいに聞こえてきた。

 すぐに車が何かにぶつかるくらいの衝突音がして、特別体育館の天井の方から何かがぶつかる音がする。


「若いな、見込みもある。意気や良し、だが……まだまだだ」


 満足げに言うライオン先生。

 い、一体何をしたんだろう? 気になる。

 どこかへと歩き去ってくれたなら、いくらでも考える余裕が生まれたんだろうけど、そうはいかなかった。


「誰かいるな。出てくる度胸があるなら、早くしろ。そう長くは待たんぞ」


 ば、ばれてるーっ!

 なんなの、戦国時代の武将かなにかなの? それか漫画の最強キャラかなにかなの!

 気とか感じちゃう系? あ、あわわわわ!


「君は逃げて。僕が時間を稼ぐから」


 耳元で囁くと、私が返事をするよりも早く狛火野くんは出て行ってしまった。


「刀持ちは強制的に選択授業は実践剣術に。何があろうと他の選択授業には異動出来ないのがしきたり……なら無理はするまいと思ったんですが」

「臆病だな……狛火野」

「慎重なんです。抜く時は必ず斬る覚悟を決めてから、そう決めているだけだ」


 私のすぐ後ろで金属音が聞こえた。

 スライドするような音じゃない。


「狛火野流抜刀術か。居合いが得意らしいな。来い、稽古をつけてやる」


 ライオン先生の声に応えるように、地面が割れるような音がした。

 ついで剣戟の音。

 荒々しく猛々しい親方様のそれとは違って、一撃の音が鋭い。

 ふり返って見たい。そんな欲求が湧いてくるけど、そうだった。

 逃げなきゃ。狛火野くんはそのためにライオン先生に立ち向かってくれたんだから。

 裏口から扉を開けて通路をひた走る。

 その途中で「刀が手に入ればもてると思ったんだ」「素敵な刀と出会ってハッピーになりたかっただけなの」本音をこぼす生徒とすれ違うの。

 きっとみんなライオン先生に斬られたショックにやられているんだろう。

 私も効果時間が切れてもたくさん本音を喋っちゃいそうになったし。

 気持ちはわかるけど、でもごめん!

 私、行かなきゃいけないの……!


 ◆


 それからだいぶ走ってみて、やっと気づいた。

 特別体育館の中はだいたい八つの区画に分かれている。

 最初にいたのが長屋だらけの、言うなれば居住区。

 途中にお店が建ち並ぶ商業区もあるし、端っこには海沿いを水含め完全に再現した漁港区もある。暢気に考えて入ったけど、この特別体育館は思った以上どころの騒ぎじゃなく大きい。

 その証拠のように、神社のある小山や六階建てのお城まである。

 東京ドームくらいは余裕でありそう。それだけ大きな敷地って言われても不思議はないかも。

 それだけ巨大な施設なのだから、じゃあかくれんぼ的に安心かって……そんなことまったくない。


「残るは五名。沢城、住良木、仲間、結城と青澄か。我がクラスが残り二名とはな」

「くそ……ここで男を見せなきゃ、あいつに認めてもらえすらしない……あの人に届くはずないってのに」


 ずるずるとカゲくんを引きずりながら歩いてくるライオン先生の声が聞こえる。

 せっかくお城にまで逃げ込んだのに、どうしてわかるのかな!


「匂うな……青澄か。出てこい」


 ひえええ。

 なんでばれるの! やっぱり先生最強キャラなの!? そこいくと私は最弱キャラなんですけど!

 なるべく音をたてないように気をつけながら、急すぎる階段をのぼって天守閣にまで辿り着いた。

 するとそこにいたのは、


「妙なところで会うね」


 狛火野くんに助けてもらった後に会った、あのいい匂いがする王子さまみたいな人だった。


「ど、どうも。ええと」

「住良木だ。住良木レオ。君の名前をぜひ聞きたいところだが」


 正座していた彼は脇に置かれた刀を手に取ってすっと立ち上がった。


「獅子の名を両親より賜った僕はこれより、獅子王と戦わねばならない」


 柔らかく笑う彼に気負いなんて見えない――その手が震えてさえいなければ、の話だけど。

 きっと不安と戦っているのだろう彼は、壁に震えている手を当てた。

 するとどうだろう。壁がひとりでにスライドして、梯子が見えるではないか。


「お逃げ」

「で、でも」

「力を持つ者は、それに見合う強さを持つ必要がある」

「ノブレス・オブリージュ」


 病が疼いてつい呟いてしまったのに、住良木くんは優しく頷いてくれた。


「僕が大事にする精神だ。さあ、行きなさい」


 のっし、のっしと足音が近づいてくる。きっとライオン先生だ。


「一緒に行きませんか?」

「……誘ってくれたことを覚えておこう」


 ふ、と笑って彼は階段へと踏み出した。

 逃げる気なんてないんだ。勝てるかどうかわからないのに、立ち向かう気なんだ。

 すごくすごく悩んで、私は梯子に手を掛けた。

 落ちないように気をつけながら、隠し通路として設置された場所を通り抜ける。

 仰ぎ見ると、開いた壁は閉じていった。そしてすぐに聞こえてくる。


「巨大企業グループの放蕩息子と侮るなかれ。王に挑むはただ一人の男なり」

「ふ」


 住良木くんとライオン先生の声だった。

 息も詰まるような緊迫が頭上に満ちていた。

 みんながそれぞれの目的でライオン先生に立ち向かっていく。

 トモは自分の求める理想を勝ち取るため。

 狛火野くんは私の……ううん、違う。きっと、困っている人を護るため。

 住良木くんは自分の信じる理念のため。

 じゃあ……私はなんだろう。

 私らしい理由はどこにあるんだろう。

 梯子を下りた壁を押したら、するっと開いて勢いのまま落ちちゃった。

 ぼしゃんという音に続いて身を切るような冷たさに包まれる。

 ばたばたと身体を動かして出たのは、水面の上。

 お堀の中だった。すぐそばの階段を駆け上がってお城を見上げる。

 住良木くんは大丈夫かな。狛火野くんも、トモも……一応、沢城くんとシロくんも。

 ずぶ濡れのまま突っ立っているわけにもいかない。

 私はみんなに背中を押されてここまできたんだから。

 残り時間はどれくらいだろう。

 壁を探しても、遠すぎるし時計も見当たらないし。

 濡れている胴着が煩わしくて、水気を絞ってから周囲を見渡す。

 その時だった。落下音が背後で聞こえたのは。

 恐る恐るふり返ると、ライオン先生が映画の人殺しマシンが未来からやってきた時のような、膝を突いたポーズで屈んでいた。

 ま、まじっすか。


「さて……ここまで残るとは意外だな、青澄」


 立ち上がり、刀を突きつけてくるけど私も意外です。


「ひ、ひええええ!」


 一瞬でいろんなものが吹き飛んで、気がついた時には走りだしていた。

 ムリムリムリ! 無理だよ! チートすぎるよライオン先生!

 足音が迫ってくる。

 無我夢中で走って、転んでも起き上がって。

 むしろ素直に斬られた方がマシってくらい擦り傷だらけになりながらも飛び込んだのは、


「ハル!? こっち!」


 どたばた騒ぎに気づいてトモが出てきてくれた、鳥居を抜けた神社の中だった。


「中へ! あたしがいく!」

「え――……」


 ふり返ると、神社の外に躍り出たトモはその手に刀を掴んでいた。


「今年は豊作だな。初回で掴めるヤツがいるとは」


 化け物じみた身体能力をもっているライオン先生は、満足げに笑ってトモを見つめていた。


「神社に気づくとはなかなかいい筋をしている。だが、それだけではな」


 刀を突きつけるライオン先生に立ちはだかるトモの両足は震えていた。


「あなたに会えるのを心待ちにしていた。あとはそれに見合う自分になるだけ。お願い――っ」


 懇願に似た叫び声と共にトモが頭上で鞘から抜き放つ。

 その刀身を雷光りが包み込む。


「雷切――ッ!」


 天井を貫く雷がトモへと落ちた。

 なのにその刀は雷を切り裂いて、地面で爆発した。

 砂埃が落ちて煙がはれた時、トモは刀を手にして前のめりに倒れていた。

 前に立つのはライオン先生だ。


「さて」


 何事もなかったかのように私を見て笑う。


「次はお前だ」


 それはまさに絶望の宣告だった。

 だから、願った。

 かつて夢見た強さを。かつて憧れた美しさを。

 その二つがあるのなら、なんにだって勝てると信じて、こじらせた昔の自分の夢を。

 みんなにみせたらまたひとりぼっちになると信じて隠した私らしさを。

 思い出した瞬間だった。


『求めよ……妾を』『今こそ我が名を叫べ』


 頭の中で聞こえた二人の声は、知らない響き。

 けれど私の心を確かに揺らしたのだ。

 きっと――……天の恵みに違いない。




 つづく。

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